朝日が程よく道ゆく人々を照りつける中、スカジャンを羽織った小柄な生徒が、パルクールでビルの屋上や住宅の屋根を駆けていく。
(流石にこれ以上の遅刻はやべぇ……!)
彼女はミレニアムサイエンススクールの三年生、美甘ネル。通称C&Cと呼ばれるエージェント組織のリーダーであり、今日も今日とて道中遭遇した困り人を助けたせいで、絶賛遅刻の危機に見舞われていた。
加えて本日の一限目は必修科目。三年生であり、C&Cの頭である彼女の矜持と焦りが、小さな体を一層前へ前へと加速させる。
まるで鳥にでもなった様な全能感をネルは味わう。
そして、ようやく視界に映り始めた学園に向かって、勢いそのまま──飛び降りたビルの壁を足場に──グッと一直線に跳び込んだ。視界の中で正門がグッと広がる。
同時に、
「は?!」
「・・・え?」
ネルがカナエを確認した時、カナエも自身に向かって飛翔するネルを確認した。が、カナエにとってはあまりにも突然の事で、ネルにとっては身動きの取れない空中のため、両者共に回避のしようがなかった。
ネルの頭頂部がカナエの顔面に撃ち込まれると、
ガツンッ! と、頭蓋骨が割れたかの様な音を立てた。
ぶつかった衝撃を利用して彼女は華麗に着地したが、カナエはそうもいかなかった。ミサイルの様に突如飛翔してきたネルによって、鼻がへし折られ、気絶していたのだ。
ネルはその後、すぐにカナエを医務室に運びこんだ。
カナエの歪んだ鼻腔から、セミナーの象徴である白いジャケットへ。そして、そんな彼女を抱えて奔るネルのスカジャンへと血は滴っていった。
4PM
……ネル先輩が一羽……ネル先輩が二羽……ネル先輩が三羽……ネル先輩がヨン……ん……? あれ、なんで私寝て?
目が覚めると見覚えのある天井が広がっていた。上体を起こして周囲を見渡すと、やはり此処は医務室だと確信する。私がセミナーの補助員として抜擢されたての頃、生活リズムを崩して何度か運び込まれた事がある。だから間違いない。
暫く経って、目の下あたりに何かを貼られているような感じがあった。手をやり、指でその先へとなぞっていくと鼻に触れた。
「いっッ?!」
思わず、うずくまる程の激痛だった。ベッドを後にし、洗面台に立つとその理由が明らかになった。そして同時に、気を失う直前に何が起きたのか思い出せてきた。
そうだ。ネル先輩だ。ネル先輩が翔んできたんだ!
あまりにも突然のことで、避けようとすら思わなかった。ネルさんのことだ、遅刻せまいといつもの如く焦ったのだろう。
いつもであれば、彼女が正門に到達する頃、ミレニアム生徒の殆どは各自の教室や研究室に入り、各々の分野に没頭している。研究熱心な生徒ともなると泊まり込む子達も大勢なので、遅刻ギリギリのタイミングで校門を通過する生徒はネル先輩ぐらいだ。
なので、今回ばかりは正門の端で右往左往していた私がイレギュラーだったということなのだろう。
そうでなければ、あのエージェント部隊のリーダーであるネル先輩が、私に突っ込んでくるなんてことは起こり得ない。
「もう四時……」
取り出したスマホで確認すると、どうやら私は随分と長く気を失っていたようだ。時間も時間だし、激痛とショックのせいで倦怠感すらある。そのままベッドに戻って、翌朝を迎えるのが良いのかもしれないが、一度目が覚めてしまったせいか、なかなか眠れない。
4:30PM
結局私は、セミナーの皆に一言断りを入れに行くことにした。
医務室に書き置きを残して人っ子一人いない廊下に出る。エレベーターに乗り込むため、セミナー室の階のボタンを押して暫く待つと、到着を知らせる機械音が鳴り、扉が開く。特徴的なネコミミヘッドホンを付けた娘がそこには居た。
ゲーム開発部の才羽モモイ。売店へお菓子の補給に向かう途中なのだろうか?
「さっ、さ……っ」
「さ?」
「貞◯だあぁー‼︎」
カナエが制止するよりも早く、モモイが自身の愛銃ユニーク・アイディアを構えた。カナエもそんなモモイの暴走を止めるため、倦怠感で体をフラつかせながらも両手を前に押し出して、モモイ目掛け一気に飛び掛かる。
その光景は、銃を構えた少女にとって、伊豆大島の出身の半陰陽が自身を呪い殺さんとするものであった。
「う、うわぁァァァア!?」
モモイの悲鳴と十数発の銃声の後、静けさを取り戻した廊下の奥でエレベーターは上昇を始めた。
「成程。つまり、映画に登場した幽霊と私を見間違えた……という訳ですか、モモイさん?」
「は、ハイ……ソウデス」
モモイが発砲にまで至った経緯はこうだ。どうやら今日、いつものように部活部屋に様子を見に来たユウカにモモイが「ゲーム部の予算を増やせ」と抗議したそうだ。
すると彼女が不機嫌だったせいか、普段より一層コッテリ論破されてしまったのだ。そして気分転換に近くのレンタルショップで映画でも借りて、皆んなで見ようとなったらしい。
問題は此処からだった。今時のアクション映画でも借りればよかったというのに、モモイのある意味天災的なセンスが発揮され、敢えてパッケージの古い作品を借りてきたのだ。モモイが借りてきた映画は言うまでも無くホラーもので、それも昔流行った名作。しかしナウでヤングなモモイ達はそんなものとはつゆ知らず、日も暮れかかった時間帯に視聴し、見事、トイレに一人で行けない恐怖症を疾患してしまったのである。
しかも丁度、部室のお菓子も底をついた。視聴中、恐怖を紛らわす為に普段より多くお菓子を消費してしまったらしい。モモイはミドリに付き添いを頼んだが、その場合ユズが部室に一人取り残され怖がってしまう、可哀想だということを理由に拒否。よってモモイが一人で恐る恐るも売店へと向かい、私に銃弾を喰らわせたのだ。
「ハ?」
思い返すと思わず声が漏れる。
モモイがビクッと跳ねる。カナエはうんざりしていた。どうして最近はこうも碌でもない事ばかり起こるのだと。
「幽霊を見たからと言って、校内で発砲しても良いと?」
「い、イエ……」
「叱られたからと言って、部費を映画のレンタル代に使ってもいいと?」
「そ、それは……」
「それは? 何です?」
「あ、あれだよ! ……インスピレーションを受けるためさ!」
モモイは上手いことを言ったと思っているらしい。フンスっとした表情でこちらを見上げる。しかしそんな彼女を無言で見下ろし続けると、再び萎縮し始めた。目の輪郭が潤んでぼやけ始め、今にも泣き出しそうになっている。
「しょ、しょうが無いじゃあん」と、モモイ。
「怖かったんだもん!」
正直、もう怒る気力もない。しかも、先程の銃撃で弾丸を一発鼻に、四〜五発を体に喰らったのだ。狭いエレベーターの中でモモイを落ち着かせるのに必死だったが、場が場でなければ蹲って泣いていた。しかも、心なしか眠たくもなってきた。モモイの暴走の後始末をユウカさんに任せたら、さっさと医務室のベッドに戻ってしまおう。
「取り敢えず、このことはユウカさんに報告させてもらいますね」
「えぇ?!」
「当たり前でしょう? 貴方が手当たり次第に撃ちまくったせいで、医務室前の廊下が悲惨なことになったんですから」
「そ、そんなあ〜」
などと、モモイとやりとりしているとエレベーターが止まった。スムーズな開扉音が背後から聞こえる。
振り返ると、セミナー室へと続いている慣れた通路が広がっていた。時間も時間なので人っ子一人いない。ミレニアムの技術を凝らした通路脇の導光板が、私達の体温をセンサーで確認し、点灯する。
幽霊など存在する隙も与えぬ、暖かい光に満ちた空間となった。
「行きますよ、モモイ」
まだ見ぬユウカに怯え腰のモモイの手を、カナエが引く。そう彼女を怖がることはないと、カナエは言う。
「カナエは知らないんだよ……ユウカの容赦無さを」
「私の経験上、彼女はこのキヴォトスに於ける数少ない善人だと思うんですけどね……逆に、どうして貴方はそこまで彼女を敵視するんです?」
セミナー室に着くまで、二人はユウカに関する雑談を繰り広げた。やれ規則にうるさいだの、やれ世話焼きだの、やれ声が高いだの、やれ可愛いだの。
「い……居ない」
モモイを外に待たせ、セミナー専用のカードキーで入室すると、人っ子一人見当たらなかった。ユウカさんのデスクに寄ると、書き置きがあった。行き先はC&Cの部室だと記されている。
「まさか……」
その書き置きの意味する事を容易く感じ取ったカナエは、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「行き辛い」
柄にも無く、粗野な口調で。
主人公…もといカナエの愛銃ってどれがしっくりきますかね?自分としてはどれも似合うような感じなんですけども
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