怒りを溜め込むタイプ   作:シニゴ

6 / 9
銃の元ネタ:

・Mauser M1916 Red9
:言わずと知れた、ドイツの自動拳銃C96の派生型。「1916」は1916年設計を意味し、「Red9」 はドイツ軍の制式拳銃弾、9x19mm Parabellum弾用に改造されたモデルである事を示す。グリップに赤字で大きく「9」と刻印されているのが外観上の特徴で、オリジナルのC96(7.63x25mm Mauser弾に対応)と補給・給弾時のトラブルを防ぐための処置とされている。

https://firearmcentral.fandom.com/wiki/C96_Mauser

・Erma-Werke MP40/Ⅰ
:MPは、ドイツ語のMaschinenpistole(短機関銃)。40は、1938年に開発されたMP38を基に、いくつかの改良が加えられて、ドイツ国防軍に制式採用された19「40」年から由来している。
カナエが使用しているMP40/Ⅰは、通常のMP40に、32連箱形弾倉を2本挿入できるよう改造されたもの。一本目の弾倉を撃ちきった後、レバー操作でもう片方の弾倉に、迅速に切り替えることで擬似的な64連の箱型弾倉としたもの。史実では、独ソ戦において遭遇した赤軍のPPSh-41(71連ドラムマガジンを使用)に対抗するため開発された。しかし、重量増加に見合うだけのメリットが無かったため、ごく少量しか製造されなかった。

https://firearmcentral.fandom.com/wiki/Maschinenpistole_40/I

・TsNIITochMash KS-23
:おそロシアでお馴染み、ロシアの軍需企業TsNIITochMash
(日本語では「精密工学中央研究所」などと訳される)が設計したショットガン。本銃の特徴は、23mmという大口径を備えている点である。これは、製造過程で品質基準を満たさなかったGSh-23機関砲の銃身を流用したためであり、その大口径故に、多種多様な弾薬を利用できる(バックショットにスラグ弾、フラッシュバン弾や催涙弾等)。
又、本銃は刑務所での暴動鎮圧用装備として開発された経緯を持つため、ゴム弾も発射できるが、多くの文献で「40m以内での使用には危険性あり」と紹介されている。
流石おそロシア。

http://mgdb.himitsukichi.com/pukiwiki/index.php?%BB%B6%C3%C6%BD%C6/USSR%20KS-23

https://firearmcentral.fandom.com/wiki/KS-23?so=search




ネルの場合(中編:後半)

 一日目

 

 7:00 AM

 

 部屋の主が、蠢くように寝返りをうつ。鼻から迸るような痛みで、カナエは目覚めた。舌打ちしながらも、カナエは日光を遮断しきった部屋の中、ベッドから起き上がって、目覚まし時計に手を伸ばす。

 

 アラームが鳴り始めると同時に、カチッとボタンは押された。すると彼女はおもむろに体を大の字にして、1分程度のエクササイズをこなし始める。今日は何か予定があったかな……と、思考するのと背後のドアが開かれたのは、ほぼ同時だった。振り返ると、そこにはエプロン姿の美甘ネルが。

 

 

「ネル先輩?」

 

「……朝飯、できたぜ。冷めねえ内に降りてこいよ」

 

 

 彼女の姿に唖然とする此方に構いもせず、先輩は部屋を後にした。暫くすると、食欲を唆るような香りが漂ってきた。

香ばしさに導かれるように部屋を出る。ウォールナットを敷き詰めた階段を降りて、キッチンに足を運ぶと、其処には湯気を立てる朝食と、エプロンを脱ぎかけていたネル先輩が。

 

 

「何だよ」

 

 そんな彼女を、物珍しそうに見つめるカナエ。

 

「いえ……ネル先輩って、スカジャン以外も着れたんですね」

 

「どういう意味だコラ」

 

 

 今度はそんな彼女から、突き刺すような視線を向けられる。朝っぱらから凄むだなんて、元気な方だと思う。

 それはそうとして、食卓に視線を移す。白米に味噌汁、肉じゃが、そして副菜に卵焼きが配されていた。昨日、私がお願いしたとおりに肉類を取り入れた献立にしてくれたのだと思うと、やはりネル先輩は律儀な人だと感じた。

 

 先日は、被害者という立場故に、好き勝手に言ってしまった自覚があるが、そんな我儘にも付き合ってくれる寛容さが彼女にはあるのだろう。

 

「……まあいい、さっさと席に着け。冷めちまうだろ」

 

 ネルに促され、席に着く。事前に、卓に用意されていた箸を掴み「いただきます」と、合掌。

 

 出だしは、湯気を立てる卵焼きから。箸を差し入れると、ふんわりとした柔らかな弾力が指先に伝わった。崩れないよう慎重に持ち上げ、一口頬張ると、甘じょっぱい出汁が舌の上で優しくほどける。噛むたびに温かな湯気が鼻を抜け、口いっぱいに卵のまろやかな香りが広がった。

 

(美味しい)

 

 ネルの料理の腕前に、私は文字通りに舌を巻き、ゆっくりと二口目を味わった。

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

 

 朝食を平らげたカナエは実に満足気な声色で、そう言った。箸をつけ始めてから10分と経たずに完食した彼女を、ネルは怪訝気に見つめる。

 

(こいつ、本当に鼻折れてんだよな?)

 

 カナエ曰く、喋るだけでも辛いらしいが……と、昨日のやりとりを思い出す。一方、当人は未だに朝餉の余韻に喜色を滲ませていた。普段よりも、幾分か幼いような雰囲気を醸して。

 

(プライベートでも静かな奴かと思ってたが、そうでもなさそうだな)

 

 そんな彼女をネルは暫く見つめていたが、どうしてか無性に小恥ずかしく感じる。自分以外の誰かに料理を振る舞った経験のない彼女にとって、それはある意味で当たり前の感情なのかもしれない。ましてやそれが、馬鹿にもわかる程に喜ばれてしまっては尚更である。

 

 プライドの高いはネルは、かぶりを振って、そんな情緒を「ご主人様への奉仕」で紛らわす事にした。

 

 カナエと食卓の間に、小さな体で割り込むと、汁の一滴どころか米粒一つ残っていない食器を手慣れた手つきで回収して、洗い場に流し込む。

 

 

「食い終わったんなら、とっとと部屋に戻って寝な」

 

「え?」と、カナエが間の抜けた声を出す。

 

「……オメェ、どうして私が此処に居るのか、忘れたわけじゃねえだろうな?」

 

「いや、流石に食器洗いぐらいはできますよ?」

 

「できますよ?じゃねえよ。怪我人は怪我人らしく、安静にしてろ」

 

 

 しっしっ、と、カナエは追い払われる。確かに家事をお願いしたにはしたが、さほど手間の掛からぬものまでこなしてもらうというのは、些か申し訳ない。

 

 先日は一から百の如く、ネルにメイドとして振る舞うよう言いつけたが、今思えば、私は被害者という立場を利用して、過剰に要求してしまったのかもしれない。先輩の性格柄、メイドを忌避するタイプなのは言わずもなのに、どうして私は彼女が嫌がるような事を強制させてしまったのだろうか?

 

 

(人生って、何が起こるか分からないなあ)

 

 

 小さな体で、シンクにのめり込んでいる彼女を見て、そう思った。ネルの身長は146cm。世間的には小学5年生程度の彼女の背中を、カナエは食卓を隔ててじっと見つめる。

 

 ……ミレニアムに編入した当時は、驚きに満ちていた。慣れない学風、馬鹿と天才は紙一重を体現した後輩に先輩達。あれらには一時期、本当に参ってしまった。科学の発展には犠牲がつきものだと豪語する幼稚な輩が、ゲヘナの外にもいるとは思わなかったから。

 

 全く想定していなかった訳ではない。ただ嘗ての居場所より、マシだと考えていた。そして心の片隅に、このキヴォトスでは実現しえないような、淡い期待を抱いていたのかもしれない。

 

 叶うならこの世の全ての人間が、過度な甘やかしを捨てたユウカさんや、ネル先輩のようになってくれる事を願う。

 尤も銃が銃としてではなく、日用品の如く生産されてはライフリングを擦り減らすこのキヴォトスでは起こり得ないことだろうが。

 

 

 結局カナエは、部屋に戻らなかった。ネルが振り返るその時まで、ただボーッと、自身よりも二回り小さい背中を眺めていた。

 

 

(ネル先輩は本当に小さいなあ)

 

 

 身長に見合った年齢であったなら、今頃彼女を抱き上げていたかもしれない。尤も、そんな事をした日には、彼女の「ツインドラゴン」の餌食にされかねないが、今の自分には、それが許されるかもしれない。そんな根拠のない、確信に似た何かが込み上がる。

 

(別にいいか、今日ぐらい)

 

 きっと彼女の身体は温かいのだろう。或いは、火傷を負うぐらい熱いのかもしれない。

 

「おい」

 

 家事を済ませた彼女に呼びかけられる。振りむいたその目は、依然として部屋に戻らぬ此方を案じているように見えた。

 

「具合でもわりぃのか?」

 

 一仕事を終えた彼女は、いつの間にかスカジャンを羽織り直していた。

 

「いえ、なんと言うか……」

 

「?」

 

「ネル先輩って、温かそうですね?」

 

「??」

 

「抱っこしてもいいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7:15 AM

 

 

「よっと」

 

 ボフッと、ネルによって簀巻きにされたカナエは、ベッドに放り込まれる。

 

「解せぬ」

 

「解せよ‼︎」

 

 こうして、ネルの奉仕は幕をあげた。

 

 袖をまくり、簡単なものから片付けていく。裏庭に設けられたテラスで、洗濯物を取り込んで、しっかりとたたむ。

 

 それぞれの衣服は収納時、スペースを圧迫しないよう、長方形型かつコンパクトに折り纏める。学園のジャケットは少し湿っぽかった為、回収せず他のことに手をつけ始める。

 

 

 

 7:30 AM

 

 

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃーん」

 

 カナエ、再び。

 

「……呼んでねーよ。てかどうやって抜け出した?」

 

 

「布テープと布団程度で私は止まりませんよ」

 

 

「成程、梃子でも安静にしねえつもりだな?」

 

 

 カチャッ

 

 

「ちょっ!流石にツインドラゴンを持ち出すのはダメですよネル先輩。家を蜂の巣にするつもりですか?!」

 

「家と巣なんざ、お前には同義語みてぇなもんだろうが!大袈裟なんだよ」

 

「家を巣だなんて!私は熊か何かですか?せめて人間扱いしてください!」

 

「実際、キレたら熊みたく凶暴になるだろお前は!怪我人らしく安静にしろって何度言やぁ分かるんだあ?!……まあそうテンパんな。外しやしねぇよ」

 

「でしょうね、この00(ヤンキー)!」

 

 

 売り言葉に買い言葉、といった具合に彼女達は暫く言い争った。ネルが怒りの赴くままに引き金を引こうとし、それに気付いたカナエが落ち着くその時まで。

 

 

「こ、これには事情があるんです」

 

「ほぉー言ってみろ。私にご奉仕させた挙句、言いつけを破ってまでの事情ってやつをな」

 

「早急に処理しなきゃならない請求書があるんです」

 

「……請求書?」

 

「はい。先週、先輩が任務で爆破した建物の請求書とその明細書が、先日漸く送られてきたところでして」

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

「…………会計(ユウカ)に頼めばいいだろ」

 

「私もそう思い、連絡しましたよ。……でもその会計は今、先週アカネさんが任務で爆破した、別の高層ビルの後処理に忙殺されているようでした」

 

 

 あくまで、電話越しにそう感じただけですけども、を最後にカナエは黙り込む。一方で、ネルは嫌な汗が数滴、体の何処かを滴っていくのを感じた。

 

「……コーヒーいるか?」

 

「角砂糖3つでお願いします」

 

 カナエはその後、昼食と夜食の時を除いて、2階から降りて来ることはなかった。午前中の家事を全てこなして、コーヒーを差し入れに行って以降、ネルは一階のTVやゲームで時間を潰すことにした。

 

「熱中するのは構いませんが……壊さないでくださいよ?」

 

「わあってるよそんなこと」

 

 カナエは書類と精算、ネルは家事とゲームを各々こなして初日が過ぎた。

 

 

 

 

 

 二日目

 

 12:17

 

 事務仕事に一区切りをつけたカナエは、ネルとTVゲームで対戦するようになる。初めは休憩がてらに、一階に降りてくるだけだった彼女をネルが誘ったのだ。今熱中している格闘ゲームの対戦相手として。

 

「ちょっくら付き合えよ」

 

「いいですよ」

 

 短いやり取りで、彼女はあっさりと了承した。長くデスクに拘束されていた為、何かしらの刺激を欲していたのだ。予備のコントローラーを媒体に接続し、キャラクターを選択し終える。そして、

 

「なッ!」

 

 5分後、70インチのTV画面は「K.O.」の文字を映し出した。

 

「ネル先輩って、意外とゲーム弱いんですね」

 

「クッソ……ておいッ何処に行きやがる!」

 

「何処も何も、二階ですよ。帳簿入力がまだ途中なので」

 

「もう……一戦だ」

 

「え?」

 

「もう一戦だ!勝ち逃げなんざさせねぇぞ!」

 

「えぇ……?」

 

 

 仕事に戻りたいカナエ。そんな彼女を睨みつけて、再戦を要求するネル。まあ、もう一戦ぐらいなら、と渋々彼女の隣に座ってコントローラーを手に取る。

 

 そして5分後……否、5分も経たずに70インチのTV画面は、再び「K.O.」を映し出した。他ならぬ、カナエの勝利によって。

 

「ぐああーッムカつく!んだよあのハメ技!?ウザすぎんだろ!」

 

「ふふふ……良いハメ技程、うざいものなんですよネル先輩」

 

「んの野郎、調子に乗りやがって……いい気になんなよ!そのにやけっ面、ぜってぇ引っぺがしてやる!」

 

「はいはい。というわけで再戦いきますよー」

 

「あっちょ待て!操作が……ッ」

 

 

 

 

 

 それから数時間後──具体的には朝日が夕焼けに変わって暫く経った頃────

 

「うおっしゃー!」

 

 漸く私はカナエに勝ち星をあげた。負けては睨みつけ、再戦を要求し続けた過程が漸く実を結んび、ガッツポーズをとる。

 

 

「へへーん……見たか!さっきの私の華麗なコンボを!」

 と、カナエを指差す。

 

「……驚きました。やはり飲み込みが早いですね」

 

「へへ……まあな。にしてもまあ……人をおちょくる割には、随分と動きが鈍かったじゃねえか?」

 

 三時間前のお返しだと言わんばかりに、ニヒルな笑みを浮かべるネル。そんな彼女にカナエは返す。

 

「数時間もぶっ通しでプレイしてたら、普通は指が疲れて、操作が拙くなるものなんですよ」

 

 一息入れて、

 

「つまり、先輩は私に技術で勝ったのではなく、体力のゴリ押しでなんとか勝った、ということなんです」

 

「ハッ!なんとでも言え。勝ちは勝ちだ!」

 

 

 カナエの正論のようにも聞こえる屁理屈を一蹴して、私は勝利の余韻に浸る。任務でターゲットを仕留めた時とは違う、やんちゃで弾けるような爽快感が、脳内を満たしていくのを感じる。

 

 

「なあ、もう一戦しようぜ!」

 

 そう言った私を、カナエは怪訝そうな目で見る。

 

「聞いてました?もう指がガタガタなんですって!」

 

「ああ?んなもん気合いでどうにかできんだろ」

 

「それができたら苦労しませんよ」

 

 それに、とカナエが続け様に何かを言おうとした時、彼女の腹底から情けない唸り声のようなものが響いた。

 

「お腹……空きました」

 

 カナエの腸の叫びを聞いて、ネルはまさか!と言わんばかりに時計を見上げる。未だ「K.O.」を映し出すTVの頭上に飾られたそれは、長針と短針で午後5時きっかりを指し示していた。

 

「なあ、カナエ」

 

 時計から目を離せないネルは訊く。

 

「私らが対戦しだしたのって……何時からだ?」

 

「正午をやや過ぎた頃からですね」

 

 つまり、とカナエ。

 

「私はネル先輩に5時間近く付き合ったってわけですね」

 

「待ってろすぐ飯つくっから」

 

「お願いします」

 

 

 

 

 

 

 5:15 PM

 

 

 いただきますを合図に、カナエはネルの速攻チャーハンを口に運ぶ。

 

(良い匂い)

 

 スプーンいっぱいに掬われた、卵と肉そして赤みを帯びた米の盛り合わせを、私は味わい尽くすが如く咀嚼する。

 

(あぁ塩味と肉のコラボが効く)

 

 枯渇したエネルギーを補充するにあたり、塩以上に欠かせない物は無い、とやはり思う。ただのゲーム対戦で、これ程まで体力を消耗するとは思いもしなかった。指と目以外に激しく動かした覚えはないが……それだけ自分も、ゲームに熱中していたということだろう。その対戦相手が、ネル先輩になるとは思いもしなかったが。 

 

 それでふと、向かいに視線を送る。すると、彼女も此方を見つめていたようで、互いの視線が交わる。

 

「どうかしました?」

 

「いや……なんつうか、その……悪かった」

 

 彼女の返答に、私はただ首を傾げた。

 

「無理に付き合わせて」

 

 付き合わせて、というのはゲームについてだろうか?口内の炒飯を飲み込む。

 

「別に謝ることじゃないですよ。私だって、途中からのめり込んでましたし」

 

 それに、とカナエは続ける。

 

「楽しかったですよ。ネル先輩との対戦」

 

 食卓を隔てるネルに、カナエはなるべく彼女が自らを責め立てないよう、笑いかける。

 

「本当に久しぶりでした、誰かとゲームで遊んだのは。……ついでですし、この後も他のソフトで対戦しません?」

 

「いいのか?」

 

「この際ですし、とことんやりましょう。残りの家事も手伝いますよ」

 

 

 そう言って、カナエは最後の数粒を音を立てないようスプーンで掻き寄せ、完食した。

 それにつられて、ネルも負けじと飯を掻き込む。彼女が完食したのは、カナエに遅れて二分後のことであった。

 

 

 

 

 7:30 PM

 

 ネルとカナエが、ゲームを再開してすでに2時間近く経過していた。それでも二人は疲れた様子ひとつ見せずむしろ楽しげに、時折真剣な表情でコントローラーを操作していた。

 

「赤◯羅こい赤甲◯こい◯甲羅こッ……緑!?」

 

「オラオラオラァ!先に失礼するぜ!」

 

「ウオォぉぉ逃さない!」

 

 ここか!と、僅かな計算と勘を頼りに放たれた甲羅が、先頭をゆくネルのカートに命中する。

 

「なっ?!当たんのかよ!」

 

 火花を散らしてクラッシュするネルの化身を追い抜いたのは、カナエ。

 

「お先に失礼!」

 

「クッソォ……待ちやがれ!」

 

 スティックを忙しく動かし、直ぐにコースに復帰したネルだが、NPCに抜かれて結果は4位。一方のカナエは1位であった。

 

「だあぁぁー畜生!これで10連敗目かよ?!」

 

 噛み付くような勢いで、リザルト画面に凄むネル先輩。そんな事しても結果は変わりませんよ。なんて言い出したら、今度は私に牙を剥くかもしれない。

 

「先輩はとにかく、前に出すぎなんです。だから後走から総攻撃を喰らうんですよ。こういうのは、3位あたりを占位してラストパートで漁夫の利を狙うくらいが丁度いいんです」

 

 事実、私はそれでネル先輩に勝ち星を挙げ続けている。このレースゲーム、とにかく攻撃的なアイテムが多い。先頭車両をピンポイントで攻撃するアイテムだって存在する。他には、一定時間の無敵化に加えて最高速度が増加したり、使用者以外のすべてのプレイヤーに雷を降らせたりするなどなど、出る杭は打つと言わんばかりの仕様になっている。

 逆にいえば、順位的に不利なプレイヤーが一発逆転したり、絶対有利に見えた先頭車が一気にビリになったりするなど、先が読めず、爽快感のあるシステムが魅力でもある。

 そんな仕様は、勝利(一位)以外に興味のないネル先輩を些か苛立たせてしまったようだが、それはあくまで結果論。

 

 事実、ついさっきまで彼女は一位に上り詰めて、勝ったと言わんばかりにハイテンションになっていたのだから。必ずしも、憤りだけをこのゲームに抱いている訳ではない。尤も、そんな彼女に甲羅をぶち当て、勝利を奪い取ったのは他でもない私だが。

 

 しかし────

 

「ネル先輩って、普段ゲームとかしないんですか?」

 

 と、私は疑問を言う。彼女は趣味を『勝利』だなんて豪語するぐらいには戦闘を好み、その身と時間を闘いに費やしている。

 ならばと思い、尤も手頃にできる勝負──すなわちゲーム──にだって、日頃からのめり込むタイプだろうと予想していた。故に驚いた。ここまでスティック操作やゲームシステムに慣れていないことに。

 

 

「……まあ、暇な時にはよくするけどよ、休日なんかは任務の前準備で潰れちまうことが、しょっちゅうあってな」

 

「色々あって、ゲームは一日一時間って決めてんだ」

 

 

 そうだった。どうして私はその事を失念していたのだろう。

 00(約束された勝利の象徴)だなんて言われるネル先輩だって、一人の人間だ。圧倒的で、容易く手に入れてきたと思われてきた勝利の数々は、結局のところ、私のような一介の会計補佐が知ることのないような、多大な準備と努力に多くの時間を費やしてきたからではないのだろうか。

 

 

「お茶、いります?」

 

「ああ、頼む」

 

 

 逃げるように、キッチンへ足を向ける。ネル先輩との騒がしい日々が、私の意識を覆い隠していた。コユキの件、ノアさんの件、私を見る目が変わったミレニアムの皆。

 コユキのことは、まあ、良い。クローバーの冠を渡されて以降、彼女はすっかり大人しくなった。時折、セミナーの仕事を手伝いに来るようになったし、学内奉仕にだってきちんとこなしていると、ユウカさんから聞いた。横領からはすっかり手を洗い、今やユウカさんをはじめとする、多くの生徒に可愛がられる存在となった。私とは真逆だ。

 

 未だ心の底につっかかるのは、ノアさんだ。彼女は書記として、あらゆる事を記録する。見て、聞いて、記して、過去が失うことを許さない。そんな彼女がどうして、あの日、私を盗撮したのだろうか?

 

 盗撮した上で、どうして私にコユキについて、聞いたのだ。

 

 理解できない。いや、理解できるはずなのに、そうする事が怖くて、理解できないと、必死に自分に言い聞かせているだけなのかも知れない。

 

 だって、あの場で吐いた私の言葉は、嘘以外のなんでもなかったのだから。コユキを排し、追求するノアさんから言い逃れれば、あとは時間が解決するだろうと、全ていい方向に向かうだろうと、そう踏んだ私が吐いた嘘だったのだから。

 

 だから怖かった、ノアさんと会うのが。彼女を学園の何処かで見かけるたびに、目が合うたびに、目には見えない鎌が、心の臓に突き刺さるような気分だった。

 

 そんな日が暫く続いて、今度はネル先輩だ。

 そうだ。あの日、私はミレニアムに行きたくなかった。ノアさんに会いたくなかった。会いたくなかったんだ。でもそんなことしたら、何も知らないユウカさんに、また迷惑をかけてしまう。

 

 

 だから私はあの日、遅刻寸前のネル先輩と────

 

「ッ!」

 

 パシャンっと、ステンレスと液体が弾むような落下音。コップにお茶を注いでいた私は、知らぬ間に、器から溢れるぐらい注いでいた。手を包み込む、突然の茶の冷気に驚いたのだ。

 

「どうした?」

 

 振り返ると、此方に寄ってくるネル先輩。ついさっきまで、ゲーム友達のように思えた彼女が、今の私には別の存在に見えた。

 

「手、手を滑らせただけですよ」

 

「嘘だな」

 

 その言葉に、ジッと重みを感じた。

 

「コップが落っこちた音より先に、水音が聞こえた。それも、暫くな。手を濡らして数秒経ってから、コップを落っことすやつがあるかよ。こっちこい」

 

 彼女の指示に、私は従った。拒否する気すら起きなかった。

 

「しゃがめ」

 

「え?」

 

「いいから!」

 

「は、はい」

 

 側から見たら、私は何に見えるだろう。注射に怯える子犬か?

 

「……ったく」

 

 そっと、彼女の利き手が私の額に触れる。突然の事で、ただ混乱する。

 

「熱はねえみたいだが、もう寝ろ。掃除は私がしとく」

 

 こうして、私とネル先輩の二日目は、突然終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、盛大にぶちまけやがって」

 

 そう毒づきながら、私はキッチンの戸棚から雑巾を取り出す。生地と汚れの境界が曖昧になった布切れを手に、カナエが零したを麦茶を拭き取ると、あっという間に手が濡れた。

 

 カナエのやつ、随分と吸水性のいい生地使ってるな。

 

 そうして床を掃除してから数分後、着信音が鳴った。雑巾を洗濯機に放り込み、すぐ隣の洗面台で手を洗って、ポケットから端末を取り出す。相手はノアだった。

 

 

「こんばんは、ネル先輩」

 

「こんばんは……って今何時だと思ってやがる?」

 

 

 五分もすれば、時計の針は午後8時を指していたであろう時間に、セミナー書記からの連絡。これまでの経験で、ネルはノアが話し出すよりも先に勘づいた。面倒事だと。

 

 

「はい……夜分遅くにすみません。実はカナエちゃんの事で、お願いがあるんです」

 

 

 

 

 

貴方は不慮の事故で、とあるC&Cの部員に鼻をへし折られた!事故後、賠償として、一週間自宅に住み込みで働いてくれるとしたら、どのメイドにへし折られたい?

  • ネル
  • アスナ
  • アカネ
  • カリン
  • 最強のパーフェクトメイド、トキです。
  • エッチなのはダメ!極刑!
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