「そう。ネル、それにカナエ……貴方たちの報告を要約すると──」
ミレニアムタワー最上階。『ビッグシスター』こと調月リオは、二人を前にそう切り出した。
「カイザーの支配が及ぶアビドス内部で、正体不明の追っ手と交戦した、ということかしら?」
「まあな」と先輩が短く応じる。
「正確には、カナエは戦闘に加わってない。二十メートル先で待機しろと、私が指示したんだ」
「なるほど。その点について間違いはない? カナエ」
「はい。確かにそう言われました。バイクを停めてネル先輩の元に駆けつけたときには、すでに敵は現場から姿を消していました」
「……アビドスの土地をカイザーが実質的に支配していることを、貴方は知っていたの?」
「いえ……恥ずかしながら、その件はお二人の会話で今知りました。もし知っていたら、先輩を連れて行ったりはしませんよ!」
私は会長をしっかり見据え、はっきり言った。授業だけでなく、これからは社会勉強もしなければならないだろうと思う。
リオは視線をネル先輩に向ける。
「追っ手の正体について、何か手がかりは掴めたの?」
ネル先輩が「ああ」とだけ言って差し出したのは、不規則に波打って歪んだナンバープレートと、今はあまり見かけないポケットベル──いわゆるポケベル付きの携帯だった。
残りの証拠は爆発で焼失したらしい。運転手が手榴弾を放り込んだのは、そのためだろう。
会長はそれらをヴェリタスとエンジニア部に分析させると告げ、さらに報告の続きを指示した。しばらくしてネル先輩は会長室を出て行った。私と会長は二人きりに残る。C&Cの部長を退室させてまで私に話すことがあるのか──そうした疑問は飲み込んだ。
すれ違いざま、ネル先輩が「(あんまり)気張るなよ」と小さく声をかけてくれた。彼女はこういう場面に慣れているのだろうか。しかし彼女の言葉とは裏腹に、私の頭はこの状況の矛盾と不安で張りつめている。気を張らないわけにはいかないのだ。
「貴方がミレニアムに入学して、ニヶ月が経ったわ」
何の前触れもなく始まる。適切な返しにしようと、この二ヶ月を簡潔に思い返す。
「……そうですね。我ながらとても濃密なニヶ月でした」
「そう」
「……」
「……」
(気まずい)
私とリオ会長の接点は、「セミナー」である事だけだ。勿論、意図的に彼女を避けてきた訳ではない。書類やら事務報告やらで、前衛的でなんかよくわからないデザインのロボ像が片隅に配されているこの会長室に足を運ぶのは、このニヶ月で幾度かあった。
……あったのだが、その都度彼女の両手はパソコンに遣わされていて、視線は此方に合わせる事もなければ、彼女の左手側に展開された数枚のパネルに向けられていた。
彼女は「会長」で、私は「会計補佐」。彼女の処理すべき業務量が私と比較するまでもない事は、考えるまでもない事で、他から合理的と言われている彼女が、此方の他愛のない話題を、実に端的な返事で終わらせることは目に見えていた。
そんな先入観のせいなのか、私は調月リオという人物が「会長」であることしか知らない。
無論、ノアさんやユウカさんとで話題にした事もあるが、結局確かなのは、調月リオが「会長」として信頼でき、相応の能力を持つ人物という事だけ。
「率直に質問するわ」
リオはカナエから視線を外す事なく、デスクチェアに掛けた。そのじっくりな所作は、重大な何かを抱え、それを強固な意志で支える人間のように見える。
「カナエ、貴方は『トロッコ問題』というものを知っている?」
トロッコ問題。制御不能のトロッコが、直線路上の五人を轢き殺そうとしている。線路のスイッチを切り替えて、一人を犠牲にする或いは五人を犠牲にするかを問う倫理の問題。
「貴方なら、どちらを選択する?」
どちらとは、五人を犠牲にするか、一人を犠牲にするかのことだろう。
「確か……功利主義と義務論かの二択になるんですよね。一人を犠牲に、より多くを生かすのが功利主義的。五人の死に関与せず、傍観するのが義務論的な判断だとされていますよね」
「ええ。その通りよ」
「……質問に質問で返してしまいますが、リオ会長ならどちらを選びます?」
「一人を犠牲にするわ」
お手本のような即答だった。即答であっても、彼女は眉一つ動かさなかった。小を犠牲に大を救うというシンプルな解以上の、重大な考えが彼女の中には有るのか。
「どうしてですか?」
「当然のことでしょう。一か五を犠牲にしなければならない時、より多くの命を救える選択をするのは」
「確かに、それもそうですね」
カナエの相槌に、リオは違和感を得た。
「それも?……貴方には、一を優先する理由もあると言うの?」
「いえ、ただ何というか……あまりにも単純すぎるな、と思いまして。例えば、例えばですけど……」
左手の指を五本、右手の方も一本立てる。
「五を、路地でたむろする不良。一を、ネル先輩にした場合……リオ会長は五を取りますか?」
ネル、という自身にとって付き合いの長い存在を巻き込まれたことで、リオは僅かに口篭った。
「それは……あまりにも非現実的な例えだと思うわ。そもそも、彼女はレールの上に拘束されるなんて失態を、犯したりはしない」
「ええ。確かにそうですよね。例を考える途中で、私もそんな結論が浮かびました」
彼女なら、トロッコが来るよりも前に五人を助ける事すら可能だろう。しかし、そんなリオに「でも」とカナエは続ける。
「実際に起きたらどうします?」
「……」
「ああ、ネル先輩だとリアリティが無いと言うのなら、他の誰かでも構いませんよ。例えば……」
数少ない、これまでのリオとの面会の記憶を辿る。ああ、一人いた。車椅子に乗って、「ミレニアムが誇る」から始まる自己紹介をしたと思えば、会長を物静かに罵っていた方が。
「ヒマリ先輩とかは、どうですか」
「彼女が?」
「はい。ヒマリ先輩の秀才ぶりは、ユウカさんやチヒロさんからも聞き及んでいます。ですが、ことの渦中に放り込まれて平気なタイプではありませんよね」
誘拐され、身動きも取れない彼女は、レールの上で一体何を成せるのだろう。歯でキーボードでも打つかもしれない。
「……」
「……決められないんですか」
「一を犠牲にするわ」
「どうして?」
「仮に、ヒマリが貴方の言う状況に陥ったとしても、彼女はそうなる事を望む。そう判断したからよ」
「仮に彼女がそうなる事を、望んでいなかったらどうします?」
「その仮定も、ネルの件と類似して非──」
リオが言い切るよりも先に、カナエはその言葉を壊れた自動ドアのように、遮断した。
「非現実的だと言いますか」
リオは、その一言がハッキリと拒絶を示すものだと感じた。ミレニアムの統治者として、多くの者達に敵意を向けられてきた彼女。そんな彼女だからこそ、カナエの言葉の奥に燻るそれに気付いたのだ。
「何故そう断言できるんですか。まるで人が死ぬ間際の言葉を、聴いた事があるかのように」
カナエの瞬きは止んだ。淡い水色の角膜を裂く縦長の瞳は、眼の裏まで届くように普段よりも鋭く見え、それはリオを僅かに硬直させた。
「そう言う貴方は、聴いた事があるの?」
「ありますよ」
『一人を犠牲にするわ』と、答えた自身の写しのように、カナエは返した。彼女と僅かな関わりしか持たないリオに、緊張の糸を張らせるのには十分な一言だった。
しかし、同時にその回答はカナエ自身にとっても不本意なものだったようで、彼女は自身の口を、右手で平手打ちを思わせる程の速度で塞いだ。塞がれた後、指先は彼女の左頬に鈍く沈み、両目の先は、微かにリオから下へブレた。
誰が見ても、過大なリアクション。彼女を良く知っていようがなかろうが、今のカナエに違和感を抱く事は、誰であれ難しくない。それ程、彼女の動揺は明らかなものなのだから。
やがて、指先は自身の頬を撫でる様に剥がれた。両目はリオを捉えていたが、正確には彼女の目ではなく、首に焦点は当てている。
「つまり……そんな簡単な事ではないって言いたいんです」
後ろで組んだ片方の手が、蠢きだす。左手に掴まれた右手の人差し指は、半ば無意識に、爪先を親指の腹に押し当てる。
「『五と一のどちらを選ぶべきか』なんて、誰が“一”かで簡単に変わってしまうじゃないですか」
初めてトロッコ問題を知ったとき、私も会長みたいに“五を選ぶのが正しい”と思っていた。でも現実味や親近感を少しでも織り込むと、話は変わる。
一が特に問題も起こさない優等生で、五が常識の欠けた不良どもだったら?
一がネル先輩で、五がミレニアムの生徒たちだったら?
前者なら単純だ。優等生の“一”を救えばいい。数が多い“グズ”を助ける義理はない。だが後者は違う。私としてはネル先輩を優先したい。彼女はC&Cの部長になった時点で、この種の覚悟をしているだろうが、それでも納得できない。
犠牲となる本人の立場や末路に矛盾がなければ、会長の言うように“五を救う”という選択肢が最適解になり得る。だが、人は──私も──最適解というものを、素直に受け入れられるわけではない。ネル先輩のような人が死ぬことに、頷けるはずがない。
だから私やネル先輩を慕う者たちは、全力で阻止に向かうだろう。解決策が見つからなければ、五を犠牲にする道を選ぼうとするかもしれない。
そのとき、線路に縛られた者たちの意思など考慮されないだろう。全員がむき出しの感情で突っ走る。私がトロッコ問題を好ましく思わない理由はそこだ──究極の選択を迫るくせに、選んだからといって事はスムーズに運ばない。割に合わない。
「なるほど。それが貴方の考えなのね」
会長が徐ろに席を立つ。それじゃあ、と続けて。
「一が世界を滅ぼす魔王。五がそれ以外の人々である場合は?」
と、投じてきた。
「ゲームのような例えですね。魔王だなんて、それこそ非現実的じゃないですか」
拍子抜けした気分だ。会長の口から、魔王だなんて言葉が出るとは。
「確かに、その指摘は正しいわ」
けれど、と会長は繋げる。
「魔王に等しい……いえ、それ以上の存在が、このキヴォトスには実在するわ」
「……」
「信じられないと言うのなら、
「五に決まってるじゃないですか」
カナエは、目を細めて訊く。
「そもそも、魔王の死を悲しむ人々なんて、いないでしょう」
その返答に、リオは満足した。いや、安心したと言うべきかもしれない。自分以外に、共に茨の道を歩んでくれるかもしれない、目の前の存在に。
最近は「トリッカル」っていうゆるふわ系ゲームにハマってます。友人に「お前こういうの好きだろ」と勧められたのがきっかけなんですが…序章でガチガチのリボルバーが出てきて、それを見たガイド妖精が「力を感じる」とか言っちゃたりするんで「あ、これ好きなタイプだわw」って感じでやり込んでます。
貴方は不慮の事故で、とあるC&Cの部員に鼻をへし折られた!事故後、賠償として、一週間自宅に住み込みで働いてくれるとしたら、どのメイドにへし折られたい?
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ネル
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エッチなのはダメ!極刑!