またこの物語は純然たるエンターテイメントであり、時代考証、風俗考証は元より正確を期していない。
明治六年、優善は浦和県を辞し、工部省に転じ、さらに三池に赴任した。この頃は正規の採用試験というものもなく、仲間内で仕事を融通し合うということが公務員でも行われていたので、公務員の転職も稀ではなかった。
陸(くが)は上京してからしばらく夫矢川文一郎と砂糖販売店を営んでいたが、何年かの葛藤の末、離別し、長唄の師匠になった。
明治八年が明け、成善は高等師範学校を卒業し、文部省の役人として浜松に赴任することとなり、伊保と共に浜松に転居した。
成善が浜松に赴任した後、浜松に師範学校が設立され、成善は教頭に任ぜられた。若干二十歳である。
翌明治九年は伊保の姉安(やす)が帰天し、比良野貞固(さだかた)も帰天した。
浜松での生活にも慣れ、教員としての生活にも慣れてきた明治十二年、成善は突然、教頭職を辞し、伊保共々東京に戻り、周囲を驚かせた。そして、その年の十一月には慶應義塾に編入した。
東京で英語を学ぶだけの貯えができたので、当初の伊保の進言に従い、東京に戻ったのである。
明治十三年の十二月に慶應義塾の全科を修めた成善は翌年、再び働き口を探していた。本当はさらに英語を究めるため、勉強を続けることを望んでいたのであるが、浜松時代に蓄えた金銭が底をついてしまったのだ。
やむを得ず成善は職を探すこととなったが、当時、慶應義塾の卒業生は引く手数多であり、働き口はいくらでもあった。その中には新聞記者の仕事もあり、三重県の三重日報が主筆の席を準備し、成善もこの話には乗り気だった。
伊保は黒船の一件以来、かわら版職人に憧れ、その夢を成善に託していた。成善もそのつもりで、英語を勉強していた理由の一つも新聞記者になるためであった。
そしてその夢がついに実現するのである。
そんな年が明けた明治十四年の寒い午後、伊保は再び森養竹の住まいである営業していない骨董屋を訪ねていた。
養竹は相変わらず歌舞伎役者のような恰好をして原稿を執筆している。この頃の養竹は大蔵省印刷局に席を置きつつ、演劇論に傾倒していた。
「森様はいつまでもお変わりないですね」
そんな養竹を見て骨董屋のカウンター越しに伊保はポツリと言った。皮肉とも素直な感想ともいえる。
この前、ここに来た時、隣にいたはずの貞固はもうこの世にはいない。
「変わらないのはこの格好だけであろう。もう良いじじいになったよ。それに今はもうこの格好で外に出ることはなくなった」
そう言う養竹に伊保は老いを感じた。自身も同じように齢(よわい)を重ねているのだろう。
「それにしても伊保さんが私のことを訪ねてくるというのも珍しいな。昔はあんなに毛嫌いしていたのに」
「確かにそんなこともありましたね。道純に嫁した頃は、森様は私にとって天敵でした」
言って二人はお互いに微笑んだ。
「それで、私に相談事とは何かな?」
「成善のことです」
「うん」
「三重日報に主筆の席があるそうです」
「それで、・・・伊保さんは相変わらず気が進まないのだな」
養竹は伊保の心の中を見透かしたように言った。
「よくお分かりですね」
「浜松に赴任した時もそうであったではないか。それで、金が溜まるや否やさっさと職を辞して東京に戻ってきてしまった。私は直接、成善から聞いているが、成善としてはそのまま浜松に留まっても良いと思っていたようだ。それなのにさっさと東京に戻ってきてしまった。大方、伊保さんが成善を焚きつけて東京に戻るよう仕向けたのであろう」
養竹が相変わらずの軽い口調で言うと伊保はいかにもというようにうなずいてみせた。
「浜松の生活には刺激が少なかったですからね」
「伊保さんらしいな。それで?」
「それで森様に相談なのです。何とか成善に三重行きを思いとどまらせる方法はないでしょうか?」
聞いた養竹は一瞬、伊保を凝視し、そして一つうなずいた。
「・・・なるほどね。道純先生も比良野殿もみんなあっちに行ってしまわれたという訳か」
何故自分に相談を?という一言は飲み込んだ。貞固亡き今となっては、伊保にとって相談できる相手は養竹しかいなかった。養竹が続けた。
「それで、相変わらず伊保さんは成善には良い顔をしたいのだな」
「もちろんです。私はあくまでも成善の母。成善の絶対的な味方でいたいですから。それに、三重のような田舎に行かなくても東京でも新聞記者の仕事はあると思うのです。もう弘前でのような生活は嫌なのです」
聞いた養竹は「少し待っていてください」と伊保に言うと奥に下がり、新聞を持ってきてカウンターの上に置いた。
そしてその新聞を開いてみせると、ある記事を指さして伊保に読ませた。
「三重日報の話は私も成善から聞いている。この記事に出くわしたのはたまたまだった。この新聞はこのまま伊保さんにあげよう。後は伊保さんの力量次第だ。でも伊保さんのことだ。この記事さえあればきっと、成善を翻意させることができると思うよ」
養竹は記事を熟読する伊保に言った。伊保はなお、新聞記事に集中していた。
帰宅した伊保は早速、新聞を持って成善を自室に尋ねた。
「お出かけでしたか?」と成善。
「森様のところに行っていたのです」と伊保。
「森様のところに?」
「森様はお前のことを心配しています。それで、これを見せられたのです」
伊保は畳の上に新聞を広げ、養竹がそうしたようにある記事を指で示した。
「何でございましょう?」
「読んでご覧なさい」
成善は畳に座り、前かがみになって新聞を読んだ。
熟読すると、記事の内容は三重県庁が三重日報に金を出しているというものだった。
「おっか様は何をお考えなのですか?」
記事を一通り読んだ成善は伊保の真意を聞いた。
「県庁がお金を出しているような新聞に公正な報道などできるはずはありません。私は私のかなえられなかった夢、かわら版職人になるという夢をお前に託したいと思っています。しかし、県庁の言いなりになるようなかわら版職人では駄目だということです。お前にも矜持というものがあるでしょう」
聞いて成善は畳の上でしばらく逡巡していたが、やがて何かが吹っ切れたような、むしろさっぱりした表情になった。
「分かりました。おっか様のおっしゃる通りです。お上の言いなりになるような新聞記者では駄目だというのは、それはその通りでしょう。私の求めるものでもありません。三重日報の話はお断りしましょう」
成善はハッキリとした口調で言った。
そんな成善を見て伊保はホッとした表情で微笑んだ。
「また最初から働き口を探さなければならないのでお前には迷惑を掛けてしまいますが」
伊保は水を差したように、申し訳なさそうに言った。
「いいえ。これで決心がつきました。実は愛知県の中学校の校長にならないかという話もいただいていて、そちらも良いかなと思っていたのです。確かに中学校の校長は新聞記者ではありませんから面白みには欠けますが、給金は悪くないですし、何より安定しています。それに校長ともなればその地域でも名士にもなれます。ですからまた最初から働き口を探さなければならないわけではありません。私は中学校の校長として愛知県に赴任することにします」
成善が力強く言った。
それを聞いた伊保は仰天した。まったく寝耳に水だった。
「しかしそれではお前の夢から離れてしまうのではないのですか?新聞記者になろうというお前の夢から」
「いいえ。離れはしません。浜松の時と同じように、またお金を貯めるだけです。お金を貯めて、また、東京に戻って勉強の続きをやりたいと思います。愛知県の中学校は浜松よりももっと田舎の落ち着いたところにあると聞いています。おっか様のことものんびりさせることができると思いますよ」
伊保の真意を知らない成善はそう言ってニッコリと微笑んだ。
仰天した伊保は成善には気付かれないよう、それでいて迅速に森養竹を再訪し、再びカウンター越しに向き合った。
「なるほど策士策に溺れるということですな」
事の顛末を一通り聞いた歌舞伎役者のような恰好をした養竹は笑って言った。
「笑い事ではありません」
伊保は憮然としている。
「もうこうなったら成善と一緒に愛知に行くより他ないのではないか?浜松の時のように。もっとも成善は優秀な男だから今度は文部省の方が離さないかもしれないなあ。それこそ愛知に骨をうずめることになるかしれない」
「物騒なこと言わないでください。それより助けてください。もう森様しか頼れる人がいないのです」
言って伊保は養竹の前で手を合わせた。
そんな伊保を見て養竹はもう一度笑った。
「男ノ助と呼ばれた伊保さんも今回ばかりはどうしようもないのかな」
「男ノ助ですか」
養竹に言われて伊保は少し微笑んだ。
「ん?どうしたのだ」
伊保の表情に養竹は首を捻った。
「いや、久し振りにその言葉を聞いたものですから」
「・・・そうか、伊保さんのことを男ノ助と呼んでいた連中もみんなあっちに行ってしまったのだな」
「そうですね。無駄に長生きしました」
「男ノ助と言えば、私は昔から一つ疑問に思っていたのだが・・・」
言って養竹は腕組みをした。
「何でしょう?」
「伊保さんのことを男ノ助と呼ぶことに異論はないのだが、そもそも伊保さんが男ノ助と呼ばれるようになったのは何がきっかけだったのだ?」
伊保は遠い記憶を思い出した。
「・・・昔、私がまだ若い頃、いや、幼い頃といった方が正確かもしれませんが、江戸城の本丸に奉公していたことがございました」
「ああ、それは何となく聞いている」
「その時、津山松平家の婿様を組み伏せたことがあったのです。あの出来事がきっかけだったと思います。当時、私は十二歳、婿様は私より二つ年上だったと思います」
聞いた養竹も微笑んだ。
「その話は私も色々な人から聞いたことがあるが、話す人によって微妙に内容が違っているので何が真実なのだろうと思っていたのだが、今、伊保さんが言ったことが真実なのだな?」
「はい」
「でも、なぜ婿殿を組み伏せたりしたのだ」
「婿様は鬼の面をかぶり、下女に石を投げたり、灰を振りかけたり、いたずらばかりしていました。それが許せなかったのです」
聞いた養竹は少し考える素振りを見せ、やがてひらめいたように言った。
「・・・今の話を聞いて少し思い出したことがある。今回の成善の件、うまくいくかどうか分からないが少し考えてみよう」
「何かお考えがおありですか?」
「この前の高等師範学校の時のように一芝居打ってみようかと思う。ただうまくいくかどうかは分からないのでくれぐれも期待しないように。台本ができたら連絡するよ」
養竹は不適に微笑んだ。
それから数日後、諦めて愛知行きの準備を始めた伊保のもとに養竹から一通の電報が届けられた。電文には「×ガツ×ニチショウゴユシマニコラレタシ」と打ってあった。
伊保は指定された時間に湯島の営業していない骨董品屋を訪れると養竹は洋装で伊保を待っていて、伊保を驚かせた。
伊保が養竹の歌舞伎役者のようでないまともな格好を見るのは一緒に浦賀に黒船を見に行った時と法事の時くらいのものだ。
「その恰好、どうされたのですか?」と伊保。
「出掛けるのだ。伊保さんに会わせたい御仁がいる」と養竹。
「出掛けるって、どこにですか?」
「文部省だ。だからこんな格好をしているのだ。では行きましょう」
そう言って二人は冬の東京の街に出た。
湯島から文部省のある竹山町、現在の千代田区一ツ橋までは歩いて移動できる距離だ。二人は雑踏の中を並んで歩いた。
「伊保さん。よ~く私の話を聞くのだぞ」
雑踏の中、養竹が隣を歩く伊保に話しかける。
「はい」
「これからある御仁に伊保さんを会わせる。それで一芝居演じることになる」
「一芝居って、本当にお芝居をやるのですか?」
「そうだな。それは大事なことだ。これから私達がやることはあくまでも芝居であって真実ではない。それをまず肝に銘じることだ」
「台本はあるのですか?」
「あるが伊保さんには教えない方が良いと思うので教えない。伊保さんにはあくまでも即興で芝居を演じてもらいたい。まあ、伊保さんの力量をもってすれば、あるいは成善の愛知行きをなきものにすることができるかもしれない」
聞いた伊保は首を捻った。
「その御仁とはどなたですか?私の知っている人ですか?」
「伊保さんが昔、会ったことがある人なのだがあまりにも久し振りなので思い出せないかもしれない。きっと思い出せないだろうが、まあ、思い出せば、あああの人かと思うだろう。そういう御仁だ」
「それも事前には教えて下さらないのですね?」
「教えない方が良いと思うのだ。先入観なく、いきなり会った方がな。きっと伊保さんは驚くだろうが、伊保さんにはその方がうまく行くと思うのだ」
そんな会話をしながら文部省に到着し、事務室で来意を告げると二人は職員に案内され、階段を昇り、二階の会議室に案内された。
会議室の中はテーブルと椅子だけが殺風景に並んでいる。
「ここで少し待っていてください。いや、だいぶ待っていただくことになるかもしれないが、とにかく待っていてください。その御仁をお連れします」
養竹はそう言うと部屋を出て行った。
事実、伊保は少しイライラするくらい待たされ、窓の外の街の景色を見たり、部屋の中を少しウロウロしたりしたが、十数分後には養竹がやはり洋装の老人を連れ、部屋に戻ってきた。
外の景色を見ていた伊保はドアの方を振り返り、入室者を見た。
入室者の頭髪は後退しており、それに反比例するように顔には立派なひげを蓄えている。もし軍服姿だったなら思わず敬礼してしまいそうな厳しい顔をしていた。
洋装の老人も伊保を見た。
伊保は入口の方に数歩近付き、一礼してもう一度老人の顔を見た。
養竹は伊保に右の掌を向け、老人に「こちらが日野屋山内家の次女翳こと渋江伊保です」と紹介した。
老人といっても実年齢は伊保とそれほど変わらないようにも見えたが、その顔を伊保はまったく思い出すことができなかった。
「お忘れかな?こちらは旧津山藩の藩主であらせられた松平斉民(なりたみ)様だ」
伊保が黙っていると養竹がそう言った。
「探したぞ」と斉民。
その眼光は鋭く伊保を睨みつけた。
「はい?」と伊保。
「私を覚えていないのか?」
「申し訳ありません。覚えておりません」
伊保は申し訳なさそうに言った。
「私はそなたのことをよく覚えている。覚えているというより、一日とて忘れたことはない。忘れているのであれば思い出させてやろう。私は幼少の頃、江戸城の本丸で下女であったそなたに組み伏せられたのだ」
それを聞いた伊保に昔の記憶が鮮やかに蘇った。
「・・・銀之助様でいらっしゃいましたか!」
あまりの懐かしさに伊保は思わず微笑んだ。
それを見た斉民の表情は険しくなった。
「そうだ。あの頃はそう呼ばれていた。私はなあ、あの時の、そなたに組み伏せられた屈辱を一日たりとも忘れたことはなかったのだ」
斉民は怒っているようであった。何と言おうかと伊保が考えていると養竹が口を開いた。
「実を申しますとこの私も伊保殿には痛い目に合わせられていたのです」
聞いた伊保があっけにとられていると斉民が続けた。
「何、森殿もか?」
「はい。伊保殿は私の亡き師匠、渋江道純先生の配偶者だったわけですが、師匠の妻(さい)であることを良いことに、昔はよくいじめられたものでした」
「なるほど、ではこのおなごは私と森殿、共通の仇ということだな」
「どうもそのようでございますな」
「私は昔から何とかこのおなごを見つけ出して仕返ししてやりたいと思っていた」
「それは伺っております」
「今日、ようやくその機会が巡ってきたというわけだ」
斉民が不気味に笑った。養竹が続けた。
「それなら一つ私に良い考えがございます」
「考えとな?」
「はい。実は伊保殿の子息、渋江成善が先日、慶應義塾を修了したのでありますが、この度、愛知県の中学校に校長の職を得たと聞いております。しかし斉民様なら学芸の方にも知己がおありでしょうし、文部省に圧力を加えることもできましょうから、子息の中学校長就任を邪魔することもできましょう」
言って養竹は伊保の方に顔を向け、ニヤリとした。
伊保はその瞬間に養竹の真意を読み取った。
「そっ、それは困ります。そんなことをされたら私達親子は露頭に迷ってしまいます」
伊保は動揺してみせた。斉民が続けた。
「路頭に迷えば良いさ。それはまあ、身から出た錆というやつだな。せいぜい苦労すると良い。それにしても森殿」
言って、斉民は養竹の方を向いた。
「よく連絡して下さった。これで長年の胸のつかえが取れたぞ。渋江成善だな。よく覚えておこう。では森殿。私は次があるのでこれで。後のことはよろしく頼みましたぞ」
そう言うと斉民は「ハハハハハ」と高笑いを残して会議室から出て行った。
会議室に残された伊保と養竹は必死に笑いをこらえていた。
伊保と養竹は竹平町の庁舎を出て冬の街を歩いた。
街のはるか向こうにはまさに銀之助を組み伏せた旧江戸城本丸がある。しかし、道が舗装され、馬車が行き交う街並みは嫌でも時の流れを感じさせた。
「何はともあれうまくいったな」
庁舎がはるか遠くに小さくなるとようやく養竹が口を開いた。
「それにしてもあんなところで銀之助様とお会いするとは本当に驚きました。森様はご存じだったのですか銀之助様のことを」
「斉民様の津山藩と私の福山藩は友藩で、もっと言うと私が仕えていた阿部正弘公は両藩の当主だった時期もあったのだ。そういう縁で斉民様も昔から知らない間柄ではない。もっとも斉民様とは身分が全然違うので政(まつりごと)ではなく、学芸の縁でお近付きになったのだがな。斉民様が幼少の頃、江戸城内で下女に組み伏せられたことがあるということは聞いていて、その下女に仕返ししたいと思っているということも本人の口から聞いていた。その下女が伊保さんであることも誰かから聞いて知っていたのだが、斉民様ご本人には教えないでいた」
「そうでしたか」
「この前、伊保さんから成善が愛知県の中学校の校長になるという話を聞いた時、ちょうど斉民様から別件で話があって、斉民様が文部省に影響力を持っていること、伊保さんに良くない感情を持っていることも知っていたから、これは使えると思ってこのような場を設定したのだ」
「それならそうと最初からおっしゃって下されば良かったのに」
「私は芝居がうまいが、伊保さんの演技は見たことがないからなあ。伊保さんの演技力が分からなかったのでああいう形を取らせてもらった。まあ、うまくいったじゃないか」
うまくいったのはその通りなのだが、伊保はなんとなく元気が出ない。
「どうした?うまくいったのに、いつもの伊保さんらしくないな」
「そうですね。うまくいったのはその通りなのですけど、それよりも私は紅顔の美少年だった銀之助様があんなおじいさんになってしまっていたのが衝撃でした」
伊保はポツリと言った。
「それはお互いさまではないか。伊保さんも。この私も」
「だから衝撃なのです。普段、鏡の中の自分と接しているので自分自身のことには気が付きませんが、周りから見ると私もあんなおばあさんになっているのかと思うと」
「それはその通りだ。いずれにせよもう棺桶に片方の足を突っ込んではいるのだろうなあ」
養竹はしみじみと言った。
そんな二人の間を木枯らしが駆け抜けていった。
結果として東京に留まることとなった成善は攻玉社の教師となり、続いて慶應義塾の教師となった。そして午前中は慶應義塾で教え、午後は攻玉社で教えるという生活となった。
成善は芝烏森町に家を借り、伊保と水木と共に住んだ。
明治十六年の八月には札幌で開拓使の仕事をしていた優善が職を辞し、東京に戻って来た。その頃、陸は本所相生町の自宅で長唄の師匠をしていて、山田専六はその家から電信局に通勤していた。
優善はその家に転がり込み、もっぱら演劇評論に没頭した。しかし、この年の十二月、優善は相生町の自宅で帰天した。頓死だった。
この頃の伊保の生活は毎日が同じことの繰り返しとなっていた。
毎朝同じ時間に起き、同じものを食べ、同じ時間に寝る。たまに煙草を買いに外出することはあるが、それも決まった時間に、決まった道を通って、決まった店に、決まった銘柄を買いに行くだけだった。
翌明治十七年の二月九日、天ぷらそばの昼食を済ませた伊保は夕方、同じように、決まった時間に、決まった道を通って、決まった店に、決まった銘柄の煙草を買いに出た。
帰宅した伊保は成善の背中で世間話を始めた。背中で母の話を聞いていた成善はいつになく、母の呼吸が浅いことに気が付いた。息を深く吸うと苦しそうである。
「おっか様、今日は妙にせかせかしますね?」
成善が聞いた。
「もう歳だからね。少し歩くと息が切れるのだよ。今日は久し振りに煙草を買いに出かけたからね」
言った伊保は再び世間話を始めたが、しばらくすると突然黙った。
成善は母を振り返った。
「おっか様、どうかなさったのですか?」
成善はそう言って心配そうに母を見た。母は火鉢の前に座り、首をやや傾けていた。
異常を感じた成善は急ぎ、母の傍に駆け寄った。伊保の視線は定まらず、口からはよだれがたれていた。
「おっか様!おっか様!」
成善は叫んだ。
「ああ」
伊保は一言発しただけだった。
成善はすぐに伊保を寝かせ、医者を呼びに行った。
医者が来たが、医者の見立てではもう手遅れだという。脳卒中を起こしており、右半身は不随、出血の場所が悪く、出血量も多いので助からないというのだ。
伊保は、薄れ行く記憶の中で道純に嫁すことを決めた時のことを思い出していた。
弘化元年、伊保二十九歳の時のことである。
伊保は実家の日野屋で石川貞白と向き合っている。
「学のある男に嫁したいというのであれば、そなたも学のあるおなご故、嘘ではないのだろう。それは私にも理解できる。しかし、それだけではない、何か別の動機があるのではないか?別にそなたの気持ちをあれこれ詮索するつもりはないのだが、道純先生に取り次ぐとして、私もそなたの本当の気持ちを理解していなければうまく取り次ぐことはできん。言いにくいこともあるかもしれないが、ここは道純先生に嫁したいという本当の動機を聞かせてもらえないだろうか」
道純に嫁したいと言い出した伊保に不審を抱いた貞白が尋ねた。
伊保は「はい」と静かに言い、居住まいを正し、そして続けた。
「私は道純先生の後見(うしろみ)が欲しいのです」
「後見とな?」
貞白は少し驚いた表情で言った。
「はい。兄栄次郎も姉安の婿宗右衛門様も湯島の聖堂に学んでいます。商人(あきんど)の子としてはあり得ないほどの教育を受けています。その二人の兄を前に、私が老舗の通い番頭を入り婿としたら、私は生涯、二人の兄に頭が上がりません」
「なるほどそれはそうかもしれぬ」
「兄は隠居し、私に日野屋の暖簾を押し付けるでしょう。そうすれば私は日野屋の女主人となるはずですが、学が劣るという一点を持って兄の言いなりにならなければならないのです」
「確かに入り婿殿は栄次郎に首(こうべ)を垂れねばならないだろうな」
貞白がうなずく。
「しかし、道純先生の妻となるのであれば話はまったく違ってきます。道純先生は二人の師匠筋。そうすると今度は二人の兄が師匠の妻であるこの私に首を垂れなければならなくなるのです」
聞いて貞白は首を捻った。
「二人の兄の言いなりにならないために道純先生を利用するということか?」
「簡単に言うとそういうことになりましょう。私は道純先生の後見を得て、道純先生の妻という立場から日野屋を管理監督したいのです。私が日野屋の暖簾を継ぎ、兄の言いなりになるよりも余程日野屋のためになると思います」
「確かにそなたの言う通りかもしれぬ。しかし、道純先生をただ利用するだけというのは、私は気が引けるなあ」
貞白が困ったような顔で言った。
聞いて伊保は少し微笑んだ。
「もちろん私は道純先生のことを人間として尊敬しています。夫として申し分のない方だと思っています。ですから結果的に道純先生のことを利用することにはなりますけれども、それは結果であって、それだけが目的ではないということです。貞白先生にはどうぞ、そのところご理解いただき、お取次ぎいただきますようよろしくお願い申し上げます」
伊保は畳に手をつき、貞白に深々と頭を下げた。
伊保はもう何十年も前のことを昨日の記憶のように思い出した。とてもうっとりとした、良い気持ちだった。
そして伊保は安らかに、眠るように天国への階段を上って行った。
明治十七年二月十四日、伊保は帰天した。六十九年の充実した生涯であった。
渋江道純の生き永らえた子ども達はみんな四番目の妻伊保が産んだ子ども達だった。
渋江家を継いだ成善はこの年、横浜毎日新聞の記者となった。ようやく、伊保の夢を引き継いだのである。成善は以後、ジャーナリストとして活躍していく。
山田専六は東京府庁電信局に長く勤めた。
陸は長唄の師匠としてその方面の重鎮となった。
水木はその後、伊保の実家である山内家を継いだ。
二人の娘は男運には恵まれなかった。しかし、人生そのものが幸か不幸かは本人のみ知るところである。
森養竹は老いてもなお、演劇評論家として活躍していたが、翌明治十八年の十二月に七十九年の生涯を閉じ、道純や伊保に会うため長い旅に出た。
(了)