男ノ助   作:山田甲八

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この物語は史実に基づいている部分もあるが、架空のものであり、登場する人物、場所、施設、役職などの固有名詞はたとえ実在のものがあるとしてもすべて架空のものとして描かれている。
またこの物語は純然たるエンターテイメントであり、時代考証、風俗考証は元より正確を期していない。



八 安政の大地震

 安政元年、渋江家では二月十四日に五男専六が生まれ、三月十日には長男恒善が帰天した。

 翌安政二年の三月十九日には六男翠暫(すいざん)が生まれ、四月十八日には伊保の放蕩癖のある兄、広瀬栄次郎が帰天した。

 栄次郎が帰天し、ここで一つ問題が起こった。

 栄次郎はとっくに隠居していたものの、伊保の実家、日野屋山内家には先代忠兵衛の妾(しょう)だった牧がまだ健在だった。牧は忠兵衛亡き後、引き続き日野屋の扶養家族となっていたが、その後、当主の栄次郎は金座の役人株を買って隠居、日野屋山内家は当時まだ二歳だった道純の娘棠(とう)が家督相続した。しかし、その棠も二年前に天然痘で没してしまう。

 牧は引き続き金座の役人となった広瀬栄次郎に養われていたが、その栄次郎も帰天してしまった。

 吉原の花魁の成れの果て、栄次郎の未亡人、浜照が頼りになるはずもなく、忠兵衛の長女安(やす)の夫長尾宗右衛門も酒浸りで頼りにならない。

 結局、牧は自分のことを「母の仇」と言っていた伊保に頼るほかなかった。背に腹は代えられず、老いた妾は渋江の屋敷に伊保を尋ねた。

 道純目見えの際に立派に普請された客間に通された牧は伊保と静かに向き合う。

 久し振りではない。栄次郎のところに行けば牧と顔を合わせる機会はある。栄次郎の葬式でも顔を合わせている。しかし、伊保は何かとても久し振りに牧に会うような気がして、懐かしさすら感じていた。

「・・・どうしました?」

 長い沈黙の後、伊保の方から口を開いた。

「・・・伊保様に成敗されに来ました」

 老いた妾は目を伏せたまま静かにつぶやいた。

「成敗?」

「そうです。成敗です」

「成敗とはどういったことでしょう?」

 ピンと来ない伊保が重ねて尋ねる。

「もう何年も前のことになります。伊保様が六歳か七歳になった頃だったと存じます。伊保様は片方の手にほうきを、もう片方の手にちり取りを持って私の前に立ちはだかり、『おのれ、母の仇、思い知ったか』と叫ばれたのでございます」

 伊保は聞いたがそんな昔のことを思い出せるはずもない。

「はて、そんなことがありましたでしょうか?」

 伊保には確かな記憶はなかったが、そのようなことがあったのかと問われれば答えはきっとイエスなのだろう。伊保が妾である牧に良い感情を持っていないのは事実である。

「そうです。くみ様が四人目のやや子をご懐妊中、病にふせられ、耳がほとんど聞こえなくなりました。その際、私はそんなくみ様のことをひどい言葉で罵ったのです」

 くみは忠兵衛の正妻である。栄次郎を産み、安を産み、伊保を産んだ後、第四子を懐妊中に病にかかり子どもと共に帰天した。

 その際、伊保はまだ二歳であり、牧が母を侮辱したリアルな記憶などあるはずはない。ただ、六歳の頃、兄の栄次郎に聞かされ、そのことは知っていて、牧に恨みを抱いていたのは事実なのだろう。もう遠い記憶だ。

「許してください。いいえ、許されるものではないとは思います」

 牧は畳に手をつき、首(こうべ)を垂れて額を畳に擦り付けた。

 あんなに元気だったこの妾も齢(よわい)を重ねた。きっと自分も同じように齢を重ねているのだろうと伊保は考えた。

 伊保はそんな牧をしばらく見つめていたが、やがて少し微笑み、口を開いた。

「・・・いえいえ、牧さん。私はもうとっくに牧さんのことを成敗しましたよ」

「えっ?」

 意外な言葉に牧は思わず顔を上げた。

「私は牧さんが私に首を垂れなければならないほどの生活を手に入れたのです。これ以上の成敗はないでしょう。むしろ私は牧さんに感謝しなければならないのかもしれません」

「私に感謝?」

 牧が驚いて聞き返す。

「そうです。感謝です。私は小さい頃からあなたのことをやっつけたいと思っていたのです。本当に小さい頃から」

「はい」

「あなたがいたから私は頑張れたのです。もしあなたがいなければ私は兄栄次郎や姉婿の宗右衛門様に食い物にされていたかもしれません。しかし、私は武家に嫁すことができ、栄次郎や宗右衛門様の干渉も撥ね退けることができました。今の私がいるのは牧さん、あなたのお蔭なのです」

「そんなことまでおっしゃっていただけるなんて・・・」

 老いた牧の頬が濡れる。

 伊保は老いた妾を受け入れ、牧は何人もいる渋江家の食客の一人となった。

 

 この頃、渋江家の問題は次男矢島優善の放蕩だった。

 道純の三番目の妻徳が産み、ただ一人生き永らえた優善は津軽藩の医官矢島玄碩(げんせき)の末後養子となり、まだ幼い玄碩の次女鉄に婿入りして矢島氏(うじ)を継いでいた。

 優善には悪い遊び仲間がいた。道純の学者仲間で同門でもある対馬藩宗家の医官、塩田楊庵の嫡男、良三である。

 塩田家は対馬藩宗家の藩医の家系であり、良三の父塩田楊庵は道純や養竹と同門なのであるが、養竹に負けず劣らず奇人として名をはせた御仁であった。

 楊庵は散歩を日課としているのであるが、必ず一人で出かけ、誰も伴うことはない。不審に感じた友人がある日、こっそり楊庵の後をつけてみると、杖を人差し指の先に立て、倒れないようにバランスを取りながら本郷の辺りを徘徊していた。

 優善と良三は酒を飲まないにもかかわらず、町の料理屋という料理屋に出入りし、吉原で遊ぶこともあった。当然借財ができる。借財は親に払わせるが、親の怒りを買い、どうしようもなくなると行方をくらましてしまう。

 矢島優善は津軽藩の藩医であるから優善の不始末は藩の不始末。当然、留守居役の比良野貞固(さだかた)が意見してくる。

 この優善の件を解決するために伊保、道純、貞固の三人で会合が開かれた。

 三人は渋江の屋敷にある、本棚に本がびっしりと敷き詰められた広い講義室に集まった。一様に口は重い。

「さて、どうしたものでござるか」

 貞固が正面に伊保と道純を見据え、口火を切り、続けた。

「もし、優善が道純先生の嫡子ということでござれば、勘当ということになるのでござろうが、既に優善は矢島氏を継承してござる。このまま素行不良が続くと津軽家としては優善に永の暇(いとま)を言い渡すよりほかないと考えるのでござるが、先生と姉さんはどのようにお考えでござるか?」

 伊保と貞固は実の姉弟ではなく義理の姉弟ですらない。

 伊保は道純に嫁す直前、貞固の父である比良野文蔵に仮親になってもらったことからむしろ貞固と伊保は義兄妹の関係にあるとすらいえる。

 それでも既に帰天した実姉の威能が道純の二番目の妻であり、道純と貞固は義兄弟であった時期があったことから道純の今の妻である伊保のことを貞固は「姉さん」と呼んでいる

 対面の二人は唸った。道純が黙ったままなので、仕方なく伊保が口を開いた。

「矢島の家督はどうなるのですか?優善はまだ若く、鉄はさらに幼いのです」

「矢島の家は優善が誰か養子を取るということで存続させましょう。まだ若いが、優善は隠居でござる。鉄は幼いが優善とは夫婦(めおと)。鉄のことを考えると離縁させるわけにもいきますまい。時期が来れば、時期が来ればということは鉄が成人したらということでござるが、今のように形式上ではなく、正真正銘の夫婦になりましょうから、そうすればかつての森養竹殿のようにどこかで医業を始めれば良いのでは」

「町医者ということですか?」

「いかにも。優善は、素行は不良でござるが森殿と同じように医師としての技量を評価する声もござる。医官は引退でござるが、町医者として繁盛すれば生活に窮することもござらん」

 聞いた伊保は納得する部分もあったのだが、それでも異議を唱えた。

「確かに優善は放蕩に過ぎるかもしれません。しかし、兄の栄次郎も同じようなことがありましたし、それに、優善にはそれ以上の特別な事情があるかと存じます」

「特別な事情?」

 貞固が首を捻る。伊保が続けた。

「比良野様にはご理解いただけるかと存じますが、優善は鉄の婿としてあてがわれているのです。私は優善が少し可哀想過ぎると思っています。だから多少のことは目をつぶってやりたいのです」

 鉄は重い天然痘に罹り、命だけは助かったもののその容姿は瘢痕(はんこん)に満ちていた。一方の優善は自他ともに認める美丈夫である。似合いの夫婦とは言い難く、二人の関係が愛情で結ばれているとも思えなかった。

「姉さんは随分と優善に甘いのでござるな」

 貞固が少し皮肉っぽい口調で言った。道純はさっきから黙っている。

「栄次郎のことはよくご存知ですよね?」

「もちろんでござる」

「栄次郎は優善をはるかに上回る放蕩にふけっていたのです。最終的には吉原の女郎を身請けし、妻(さい)として迎えたのですから。それに比べれば今の優善はかわいいものです。私はこれまで兄栄次郎には散々な目に会わされてきましたから」

「商人(あきんど)と武家は同じではござらん。比較をするなら森養竹殿でござる」

 聞いた貞固は少し強い口調で言った。

「森様?」

 伊保にとって養竹は天敵だったが、黒船以来、嫌な感情は薄まっている。

「森殿は、今は阿部家に帰籍してござるが、昔、永の暇になったことがござる。その理由は姉さんもご存知でござろう?」

「はい。役者として芝居小屋の舞台に立ったことをご当主様に咎められたということだったと覚えております。しかし、優善は我が兄栄次郎と同じく放蕩が過ぎるだけではありませんか」

「なるほど、姉さんはご存知ないのでござるな?」

 貞固が静かに尋ねた。

「何をですか?」

 伊保は嫌な予感しかしなかった。聞いた貞固は咳払いをし、居住まいを正した。

 そして、改めて伊保と視線を合わせた。

「まず、森殿のおさらいをしておきましょう」

「はい」

 言って伊保も居住まいを正した。

「森殿は放蕩していたわけではござらん。奇人というか、行動が異常だっただけでござる」

「分かります」

 伊保だけが答え、道純は相変わらず伊保の隣で腕を組み、目を閉じ、静かに二人の話を聞いている。

「森殿は演劇が好きでござった」と貞固。

「それは理解しています。だから、いつも歌舞伎役者のような格好をしていて、町で『成田屋』と声を掛けられれば見得を切って見せていたのです」と伊保。

「いかにも。それだけでもう十分武家にとっては不祥事でござるが、でもそれだけならまだ、謹慎程度で永の暇にはならなかったでござろう。しかし、森殿は舞台に立って大名の役などを務めていたのでござる。武家が芝居小屋で演じるなどは言語道断。しかも大名の役を演ずるなどお上に対する冒涜でござる。ご当主の顔に泥を塗ったのもいいところでござろう。それで永の暇となってしまったのでござる」

 聞いて、伊保は少し黙った。

「・・・・・・まさか、優善も役者の真似事をしていると?」

 伊保が言うと貞固は道純と同じように腕を組み、目をつぶって渋くうなずいた。

「役者ではござらんが似たようなものでござる。もっとひどいかもしれぬ」

「はい」

「塩田良三をご存知でござるか?」と貞固。

「ええもちろん」と伊保。

「優善と良三は悪い遊び仲間でござるが、それだけではござらん」

「・・・・・・」

 伊保は言葉を失っている。貞固はそんな伊保を見てコックリとうなずき、続けた。

「優善は松川飛蝶という名で寄席の高座に上がっているのでござる。しかも真打ちとしてでござる。良三は松川酔蝶という名で優善の前座を務めているのでござる。浪人ならばともかく、大名に仕える身が寄席の真打ちを務めるなど正気の沙汰ではござらん。また夏になると船を借りて隅田川で影芝居をやっているという話も聞いてござる。いや、聞くだけではござらん。拙者はその現場を見ているのでござる」

「なんと」

 伊保が驚きの声を上げた。

「一人は津軽家の医官、矢島家の当主、今一人は対馬宗家の医官の跡継ぎでござる。この二人が高座に顔をさらすことを躊躇しないのでござる。ご当主の顔に泥を塗る行為。武家としては失格でござろう。森殿の件と似ていると思いませぬか?」

「・・・・・・」

 伊保は絶句した。

 伊保、道純、貞固の三人は押し黙った。

 そのうち、それまで腕を組み、目を閉じて黙っていた道純が目を開けポツリと言った。

「この屋敷に閉じ込めよう」

「閉じ込める?」

 腕を組んだまま貞固が口を聞いた。道純が続けた。

「そうだ。屋敷の二階に座敷牢を作るのだ。そしてそこに優善を閉じ込める。貞固、それでいかがかな?」

 座敷牢は民間の軟禁施設である。江戸時代では大名や旗本などでも素行不良から軟禁状態に置かれる場合があった。また、藩主のような立場の者であっても、世襲ゆえ主君に相応しくない者がその地位についてしまうこともあることから、あるいは藩内を二分する権力闘争が発生することもあることから、主君押込のようなことも見られた。

 貞固は腕を組んだまま少し思案し、やがて口を開いた。

「・・・なるほど、それならばお家の面目も保てましょう。拙者も矢島家を廃絶したいと思ってはござらん。鉄のことも可哀想だと思いますし、道純先生のご意見、中々の妙案かと存じまする。座敷牢に幽閉している間に改悛し、津軽家の医官として役に立つかもしれませぬ。医官としては役に立たずとも、町医者ができるくらいには回復するかもしれない」

「私は反対でございます」

 貞固の同調に、伊保が少し大きな声を上げて抗議した。

 しかし、貞固は渋い顔で続けた。

「姉さん。ここは理解していただけないでござろうか?最悪の場合、優善の詰め腹を切らせなければならないことにもなるのでござる。拙者としてもそのようなことはしたくはござらん」

「伊保。そなたの気持ちはよく分かる」と道純。

「はい」と伊保。

「しかしだな。武家には武家の生き様というものがあるのだ」

「私は反対でございます」

 伊保はただ反対を繰り返すだけだった。

 

 それから渋江の屋敷では新たな普請が始まり、夏が終わる頃には二階に立派な座敷牢が完成した。

 完成した座敷牢を伊保は道純と見つめた。伊保は、もしできることならば自分が代わりにこの座敷牢に入りたいと思ったくらいだ。幸か不幸かこの座敷牢の主(あるじ)となるべき者は借金取りに追われ、今は行方不明である。

「そなたには申し訳ないと思っている。優善のことをこんなにも気に掛けてくれているのに」

 座敷牢をボーっと見つめていた道純がポツリと伊保に言った。

 聞いた伊保は少しトーンダウンした。道純も悩んでいるのだ。

「何か他に方法はなかったのでしょうか?」

「これは津軽家の決定だ。だから私は何もすることができない。もちろんそなたも何もすることができない」

 道純が力なく言った。

「今の私達に何かできることはないのでしょうか?」

 伊保も力なく言った。

「祈ることだな」

「祈ること?」

「そうだ。神でも仏でも何でも良い。実は私も祈っているのだ」

「おまえ様が祈っていると?」

 伊保は首を捻った。

「そうだ。座敷牢はできたが幸いここに入るべき囚人は行方をくらましている。だから、このまま行方不明で帰って来ないことを祈っているのだ。まあ、いずれは帰ってくるだろうが、その時にはこの座敷牢を使わなくて済むくらいに改悛して帰ってくることをな」

 道純が表情を変えずにもう一度ポツリと言った。

 聞いた伊保は軽い衝撃を受けた。優善は道純の三人目の妻徳が産み、唯一生き永らえている子だ。自分とは血の繋がりはないが、道純とはしっかり血が繋がっている。

 この人は武家の立場と父親としての立場のジレンマに苦しんでいるのだろうと思った。

 

 そしてこの年、安政二年の十月二日がやってきた。

 この日、伊保は久し振りに道純の芝居見物に付き合った。元々勉学一筋の道純は遊びの分野では無趣味な男であり、趣味と言えば芝居見物位のものである。むろん森養竹やあるいは次男優善のように自ら舞台に立つほどの熱意はない。ただゴザ敷きの安い席で観るだけである。しかも幕府の直参となってからはその芝居見物すら躊躇しており、本当に久し振りの芝居見物であった。

 伊保を伴っているからかこの日は珍しく畳敷きの席に座り、のんびりと観劇した。

 道純と帰宅した伊保は晩酌にも付き合い、早めに寝た。

 そして、それは突然にやってきた。

 午後十時、地響きがしたかと思うと二つの大きな衝撃があり、二人は跳び起きた。

 安政の大地震である。

 振動はどんどん大きくなったが、道純は、そこは冷静に枕元の両刀を握り、講義室を通って表座敷に出ようとした。伊保も道純の後に続いたが、道純は講義室に入ると壁の本棚が倒れ、身動きできなくなってしまった。伊保は講義室の手前で倒れ動けなくなった。

 しばらくそのままで揺れが収まると若党がやって来て夫婦を救出した。その際、道純は衣服の下が破けたが、両手に抱えた両刀を手放すことはなかった。

 屋敷の外に出ると、二人はとにかく呼吸を落ち着かせた。他の家々からも人々が次々と逃げ出してくる。

「行ってくる」

 呼吸が少し落ち着くと道純は伊保に言った。

「行くって、どちらに行かれるのですか?」

「柳島の下屋敷に決まっているだろう」

 道純は先代津軽信順(のぶゆき)公付の医官であり、この頃、信順は柳島の下屋敷に住まいしていた。

「こんなときにですか?」

「こんなときだから行くのだ。私は津軽様の家来であり、医師なのだ。信順公や近習の者にもしものことがあれば手当をしなければならない。家のことはそなたに任せる」

 言って道純は破れた衣服を取り繕うこともなく、かといって両刀は大切に両手で抱えたまま出かけて行った。大小両刀を決して手放さず、何を差し置いても主君の下に馳せ参じる。それを見て伊保は武士の妻であったことを改めて実感した。

 

 道純が台所町の屋敷に帰って来たのは翌日、日が高くなってからである。

 道純は破れた衣服のままでフラフラであった。伊保もそうだが、道純も一睡もしていない。それでも両刀はしっかりと両腕に抱え、何よりもそのまなじりはしっかりしたものであった。

 そんな道純を伊保は崩れかけた屋敷の前で出迎えた。

「随分と遅いお帰りでしたが、いかがでございましたか?」と伊保。

「遅くなったのには訳がある」と道純。

「柳島の下屋敷は?」

「壊滅した」

 道純が疲れた口調でそう言い、続けた。

「幸い、信順公はご無事で、浜町の中屋敷に移っていただいた」

「それはお疲れ様でございました」

 伊保がねぎらった。

「その足で本所の上屋敷にも行ったのだ」

「上屋敷に?順承(ゆきつぐ)様は国許にお戻りでは?」

「ご家族の安否を尋ねたのだ。幸いに無事だった。それで留守番の貞固にも会って来た」

「比良野様もご無事でしたか?」

「ああ。それで津軽家の在庫米を供出するように貞固に指示したのだ。しかし、当主不在の中、貞固は逡巡していた。勘定奉行も不在で自分では決められないと」

「はい」

「しかし、こんな状況で当主や勘定奉行の意見など聞いている暇などあるはずはない。そなたの独断で本所の窮民に炊き出しをするように意見したのだ。貞固はなお迷っていたが、大声を出したら最終的には腹を決めてくれた。だから時間がかかったのだ。もう、上屋敷では炊き出しが始まっている頃だと思う」

 柳島の下屋敷は武家の屋敷でありその作りは堅牢なはずである。その下屋敷が崩壊したのだ。本所界隈、ひいては江戸一帯がどのような惨状かは推して知るべしである。

 聞いて伊保は道純の武士としてというよりも人間としての矜持に感心した。

 優善のことでは意見が対立したが、何だかんだ言って道純は人間味のある温かい人なのだと思った。

「・・・そなたの願いが天に通じたのかな」

 しばしの沈黙があり、道純がポツリとつぶやいた。

「私の願いとは何でございましょうか?」

 伊保が尋ねる。

「優善を座敷牢に入れないことだよ」

 道純は座敷牢の辺りを指さした。座敷牢は原型をとどめないほどに粉砕されていた。座敷牢は主を迎えることなく消え去ったのだった。

 道純の問いを理解した伊保が異議を述べた。

「確かに私は優善が座敷牢に入らなければ良いなあとは思ってはおりましたけれども、屋敷の崩壊までを願っていたわけではありません。ましてや江戸中を震災が襲うなどということを願うはずはございません」

「そうか。それはそうだろうな。いくらそなたでもこれだけの大地震を引き起こすことなどできはしないだろうからな」

「しかし、天に通じたと言われれば一つ良いことはありました」

 伊保は疲れてはいたが少し微笑んだ。

「良いこと?何だ?それは」

「昨日、あの時間、優善が座敷牢の中に入っていなかったということです。見てのとおり、二階の座敷牢は滅茶苦茶。もし、優善が座敷牢の中にいたら、逃げ出すこともできず、もうこの世にはいなかったでしょう。もし私が天のお裁きに感謝することがあるとするならば優善の命をお守りくださったことには感謝しなければなりません」

 聞いた道純は自分が間違っていたかもしれないという素直な気持ちになっていた。

 

 安政四年七月二十六日、七男成善が生まれた。また小普請医師に降格させられていた矢島優善は表医師に復帰した。

 翌安政五年には道純、伊保夫妻の最後の子、七女幸が生まれ、ほどなく早世した。

 この年の夏、江戸ではコレラが大流行した。当時の衛生状態ではコレラはおよそ不治の病であり、第十三代将軍徳川家定もコレラに倒れ、激動の幕末はスピードを上げていく。

 八月に入ってもコレラ禍は一向に収まる気配がなかった。

 八月二十二日の夜、渋江家ではいつものように夕餉の膳があり、道純はいつものように晩酌した。しかし、あての刺身に箸が向かわなかったのを伊保は見咎めた。

「どうしました?なぜ召し上がらないのです?」

「少し腹の具合が悪いのでよそう」

 道純は刺身には手を付けず、早めに床に就いた。伊保は嫌な予感がした。

 翌日は浜町中屋敷の当直であったが、道純は体調不良を理由にこれを休んだ。そしてこの日、嘔吐した。

 それから二十七日までの間、同僚の医師が代わる代わる往診にやって来ては、当時の最先端医療の粋を結集させたが功を奏することはなかった。

 このわずか数日前まで道純は「後二十年は生きる」と豪語していたのだが、人間とはあっけないものである。

 道純はかねてより後継ぎと決めてあったまだ二歳の七男成善への教育方針を遺言し、特に将来、蘭語を学ばせることを遺い残し、二十八日の夜、天国への長い階段を登っていった。

 後には四十三歳の未亡人伊保、次男矢島優善二十四歳、四女陸(くが)十二歳、六女水木(みき)六歳、五男専六五歳、六男翠暫(すいざん)四歳、七男成善二歳の四男二女が残されたほか、渋江の屋敷には伊保の父忠兵衛の妾牧が寄寓しており、優善の幼き妻鉄もいた。

 

 道純没後、比良野貞固は喪が明けぬうちより渋江の屋敷を訪れ、伊保に比良野邸に住まうよう、説得を試みた。

 このところ道純と貞固は藩政を巡って意見を異にし、長らく絶交状態だった。そうした事情もあって伊保も貞固と面と向かうのは久し振りである。

 道純が帰天したからこそ貞固とも面と向かえるようになったのであり、ある意味皮肉な話でもあった。

「姉さん」と道純の仏前に線香をあげたばかりの貞固。

「はい」と伊保。

「実は姉さんにお願いがござる」

「私にできることでしょうか?」

「この渋江の家を引き払い、子ども達共々、比良野邸にいらしていただきたい」

 貞固は渋江一家の引き取りを申し出た。

「そんなことは比良野様のご負担ではありませんか。奥様にも迷惑を掛けてしまいます」

 伊保は驚いて言った。貞固は首を左右に振った。

「迷惑などとんでもござらん。妻(さい)も賛成でござる。それにこれは拙者にできる道純先生へのせめてものご恩返しなのでござる」

「ご恩返し?」

 伊保は首を捻った。

「確かに道純先生と拙者は国の政(まつりごと)において意見を異にし、絶交状態にござった。しかし、拙者は道純先生の恩義を忘れたことはござらん。いずれは親交を復活させ、これまでの恩に報いたいと思ってござった。しかし、その時が来る前に道純先生には先立たれてしまい、恩に報いることができなかった。本当に無念でござる。それゆえ、せめて先生があちらでご安心できるように、姉さんと子ども達を引き取りたいのでござる。幸い、比良野の屋敷は広く、空いている部屋もござる。贅沢はできないが、子ども達を食べさせ、教育を施し、成人となることを見届けることくらいはできる。どうでござるか。姉さん。お考えいただきたいのでござるが」

 貞固の提案はむろんうれしいものではあったが、それは伊保の哲学と相容れるものではない。それは貞固も理解しているはずのことであった。

「比良野様は渋江の寡婦遺児のことを心から心配されてそのようなことをおっしゃってくださっているのでしょう」

「もちろんでござる」

「しかし、比良野様と私はもう長いお付き合いなのですから私がどういう人間なのかはご存知いただいているかと存じます」

 聞いた貞固は目をつむり、息を吐いてうなずいた。やはりという思いが頭をよぎる。

「拙者ごときの扶養に甘んずる人ではないと」

 貞固は力なく言った。伊保は力強く続ける。

「比良野様は立派なお方です。しかし、私は比良野様に頼ることはできないのです。なぜかと申しますと、私を頼りにしている者が少なくないからです。私が他の誰かに頼られているのに、その私が自分の足で立てないようではその誰かの力になることはできません」

 伊保の意志は強い。そもそも最初から貞固が説得できる相手でもなかった。

「申し訳ござらん。拙者はただ、道純先生への恩に報いるという拙者の我ままをかなえようとしているだけなのかもしれん。もっと姉さんの心中をお察しするべきでござった」

 貞固が静かに言うと、伊保は首を左右に振った。

「いいえ。比良野様には感謝しております。道純も同じ気持ちだと思います。最後は絶交状態でしたが、道純は比良野様に感謝して旅立って行ったのだと思います」

「断られる覚悟はしてござった。しかし、道純先生亡き後も姉さんは拙者の姉であるわけでござるから、力にはなりたいと思ってござる。何かありましたらご遠慮なくお申し付けくだされ」

 貞固がしっかりした口調で言った。仏壇では線香が煙を吐き続けていた。

 

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