またこの物語は純然たるエンターテイメントであり、時代考証、風俗考証は元より正確を期していない。
翌安政六年、矢島優善は浜町中屋敷詰めの奥通に任ぜられた。信順(のぶゆき)付に出世したのである。優善は問題児ではあるものの、医者としての技量にはむしろ定評があった。だから出世自体は驚くべきことではない。素行不良がなければ降格もなかっただろう。この辺りは森養竹と相通ずるところがある。
しかし、伊保はこのことを素直には喜べなかった。優善は相変わらず渋江家の問題児であり、優善の遊蕩は続き、優善は引き続き伊保、そして比良野貞固(さだかた)の頭を悩ませていた。
そんな渋江家の悩みを聴きつけ、道純の門下生で津軽藩江戸詰め近習医筆頭の中丸昌庵が意見してきた。
道純の門下生であるから昌庵は渋江の屋敷には出入り自由であり、伊保もよく知っている。
「優善さんは一時の気の迷いから降格の憂き目にも会いましたが、心を入れ替え、精進したことから奥通にまで任じられました。道純先生がお亡くなりになって日も経ち、鉄殿も成長されました。ここは一つ、優善さんを独立させてはいかがでしょうか?」
渋江邸の書物のあふれかえった講義室で昌庵が伊保に提案した。昌庵は多才能弁の人だった。
提案を受けたものの、伊保はこれまでの経緯から、優善のことを奥通という額面通りに受け取ることができない。できれば自分の監視下に置いておきたいというのが本音だ。
「独立させるということはこの家を出て一家を構えるということですね?」
伊保が昌庵に確認した。
「そうです。そうすれば優善さんも責任感が芽生え、今よりもしっかりされるのではないでしょうか。ここの屋敷は快適ですし、ここで暮らしていると優善さんにはどうしても甘えが生じてしまうのかもしれません」
理屈の上ではそうかもしれない。昌庵は煽るが伊保はどうも賛成する気になれない。
「では比良野様に相談してみます」
伊保は貞固の名前を口にした。どのみち貞固の意見を聴くことなしに決められる問題ではない。貞固は道純亡き後、優善の事実上の後見人である。また、優善に不始末がある場合、当然、藩の問題になるので貞固の介入は避けられない。
「ああ、それなら問題ありません。これは比良野様からの提案でもあるのです」
昌庵がしっかりした口調で言った。
「比良野様の?」
伊保が確認する。
「道純先生亡き後、比良野様が優善さんの事実上の後見人であらせられることは私も承知しております。もちろん優善さんも承知しています。ですから比良野様の意向を無視して行動することはできません」
昌庵はさも当然という口調だった。
貞固の意見というのであれば伊保も無下に拒絶するわけにはいかない。
「分かりました」
伊保は不承不承に同意した。
「ありがとうございます」
「それで、独立させるとして、家はどうするのですか?」
「ちょうど、ある町医者の邸宅に空きが出たのでそこに奥方と一緒に住まわれれば良いでしょう」
既に鉄は十五歳になっていた。優善は鉄に下女一人の三人で本所緑町の家での生活となり、そこから浜町の中屋敷に通う生活となった。
ちょうど同じ頃、渋江家は台所町の屋敷を引き払い、亀沢町に引っ越した。
昌庵の計画が実行に移され、表向きは順調に進んでいるように見えたが、渋江の屋敷を離れ、伊保の監視を離れた優善はさらなる放蕩へと向かっていった。
文久元年になり、伊保は道純の遺品である三つの本箱を渋江家の幼き当主成善の部屋に運んだ。
「この本箱の中には父様の遺品の中でも特に大切な本が入っています」と伊保。
「はい」と成善。
「『十三経註疏』という本です。善本は日本ではここにあるものを含め三冊しかありません」
「十三経註疏」は十三経の注釈本である、十三経は儒家が重視する十三の経書の総称であり、その注釈書も何種類かの刊行があるが、清代に諸本を比較校正して刊行したものが最も善本とされており、この本箱の中にあるのもその善本であった。
「そのような大切なものをなぜ私のところに?」
幼い成善が首を捻った。
「これらの本は父様がお前のためにと残して下さった本なのです。今年はもう父様の三回忌です。だからお前の傍に置くこととします」
伊保は幼い跡継ぎに厳しい口調で言った。成善はしっかりうなずいた。
「それともう一つ、付け加えておきます。この本は父様のものですが、津軽家にとっても貴重な財産です。お前の力量で大切に保管するように」
それから数日後、緑町の優善が成善を尋ねてきた。生け花の友達を集めて会を開きたいのだが、緑町の自宅は狭くて適当な座敷がない。ついては成善の部屋を貸してはくれないかという依頼だった。幼い成善が兄の依頼を不審がる必然性はない。特に何かを気にするでもなく、成善はごく自然に兄に部屋を貸し与えた。
果たして優善の生け花仲間と思われる連中が数人やって来て、成善の部屋で汁粉などを食べ、しばし歓談し、帰っていった。
優善一行の帰宅後、成善が本箱の中身を確認すると、中身はすっからかんだった。
優善が渋江家に侵入し希少本を盗み出したのは津軽藩にとっても看過し得ない一代不祥事であった。
それ以前にも同様の不行跡はあった。優善が台所町の旧宅の土蔵から本を持ち出すのを当時まだ生きていた兄恒善が見咎め、奪い返すということもあった。一方、人目を触れずに持ち出された本の数は知れなかった。
三月に入り、貞固がやってきて、伊保と貞固は再び道純の位牌の前で向かい合った。
線香の煙が虚しく立ち昇る。
「優善のことでござる」と力なく貞固。
「はい」と力なく伊保。
「不行跡のかどで隠居ということに相成り申した」
聞いた伊保は黙ってうなずいた。追放されないだけ感謝しなければならない。
「やむを得ません。それで矢島の名跡はどうなりますでしょうか?」
「こちらは殿のご加護があり、養子を取ることが許されたでござる。すなわち、優善が養子を取り、名跡は養子に譲り、優善は隠居ということになるでござる」
貞固が冷静に説明した。
「承知しました。それで養子はどのように決められるのでしょうか?」
養子は良いとしてここは貞固に任せるよりほかにない。
「中丸昌庵殿が現在、候補者を探しているところでござる。まあ、昌庵殿は道純先生の門下生にして近習医筆頭。お任せして間違いはござらん」
貞固は自信たっぷりに言ったが、既に昌庵お勧めの独立が失敗したと思っている伊保は昌庵の判断を素直に信じて良いものかどうか、心が揺れていた。
結局、昌庵が医者仲間をあたり、町医者の伊達周禎を探し出し、これを推薦した。
他に意見はなく、この年の八月四日に二十七歳の優善を養父とし、四十五歳の周禎を養子とする養子縁組及び矢島家の家督相続が実行された。
現行民法では年少の養親が年長の養子と縁組をするいわゆる年長者養子は禁じられているが、家督相続が至上命題であったこの時期は当たり前のように、それこそ将軍家でも行われていた。
道純亡き後、津軽藩江戸詰め留守居役の貞固は事実上、渋江家の後見人であり、優善に直接面接し、この隠居の沙汰となった辱めをどうやってすすぐのか難詰した。優善は山田昌栄の塾に入って勉強したいと答えた。
山田昌栄は高崎藩主松平右京亮の家来であり、元は道純の父允成の門人であったが、允成亡き後は道純の門人となり、道純門下生の一人であった。道純危篤の際には枕元に往診にも来ている。
貞固も伊保同様、優善の言うことをにわかに信じてはいないので、貞固はひとまず優善と妻鉄を比良野邸に引き取り、改悛の状を見届けてから入塾させることにした。
十月になり、ようやく貞固と伊保は優善を山田の塾に連れて行った。塾は本郷弓町にあり、優善はここに寄宿することとなった。
しかし、ここで少し意外というか、不思議なことが起こった。
山田の塾の月謝は少し値が張る。この月謝は矢島の禄を受けている矢島家当主伊達改め矢島周禎が負担すべきものであると伊保も貞固も考えていた。また、優善は山田の塾に寄宿するのでその間、妻鉄の面倒も周禎に見てもらおうと考えていた。
そう思って周禎にその意を伝えようとするのであるがどうもうまくコミュニケーションが取れない。最初は若党を送って話を伝えていたのだが、どうにも埒があかないのでやむを得ず、伊保が自ら出向いて行って周禎と面会した。
十月のある日、緑町の矢島の家で伊保は周禎と面会した。
「再三、使者を遣わしてこちらの意向を伝えているかと思うのですが、どうも明確なご回答をいただけておりません。一体、何が滞っているのか、私にはよく分かりません。それで今日はこうやって私が直々に出向いてまいりました」と伊保。
「どうもご迷惑をお掛け致します」と周禎。
周禎はいたって低姿勢だった。
「既にご承知おきいただいていらっしゃるかと存じますが、優善は山田昌栄先生の塾に入ることになりました」
「はい」
「つきましてはその山田先生の塾のお月謝を周禎様にご負担いただきたいのです」
「はあ」
周禎は気のない返事をした。
「それと優善の妻の鉄ですが、優善が山田先生の塾に寄宿しますので、その間、鉄の面倒も周禎様に見ていただきたいのです」
伊保が言い、周禎は黙って聞いていたが、周禎の様子が心ここにあらずといった様子だったので伊保は心配になった。
周禎はしばらく黙っていた。次の言葉が出てこないので伊保が促した。
「いかがでしょうか?」
「・・・それは勘弁していただけないでしょうか?」
しばらくの後、周禎は困ったような顔つきで言った。
「はあ?・・・勘弁?」
伊保は困惑した口調で言った。やはり話が通じないと伊保は感じた。
「そうです。私はもう既に優善殿には十分過ぎるくらいのことをしていると思っています。これ以上の負担はちょっと・・・」
伊保は周禎の言っていることの意味が分からず唸った。それに養父であるはずの優善を父呼ばわりせず、殿付けで呼んだことにも違和感を覚えた。もちろん周禎は年長者養子であり、優善より一回り以上歳が上であるから素直に父親呼ばわりすることはできないかもしれない。それにしても殿付けには違和感を覚えずにはいられない。まるで他人のようだ。
少し考え、伊保は別の方向に舵を切ろうとした。
「・・・なるほど、どうやら周禎様と私は、同じものを見ていても見る方向が違っていて、別の捉え方をしているようですね」
伊保は静かに言った。
「・・・そうかもしれません。どうもそのようです」
「今回の矢島の家督相続の件、周禎様はどのようにお考えなのですか?」
「どのようにとおっしゃられますと」
どう言ってもかみ合わない。
「では、私から説明致します。私は今回の矢島家の家督相続、当主の優善が不行跡により隠居が命じられ、一方、津軽家ご当主様のご加護により養子を迎えて家を存続させることが許されたので、養子を探していたところ中丸昌庵様のご推薦により周禎様に後を継いでいただいたと、そう理解しております。ですから、現在の当主は当然、周禎様に相違ありませんが、先代は優善であり、鉄はその妻です。現当主である周禎様が養親である優善や鉄を扶養するのはあたり前であり、なぜ、そのあたり前のことを周禎様が拒否されるのか私には理解できないのです」
伊保は淡々とそれでいてしっかりした口調で言った。
「・・・・・・そういうことでしたか」
周禎は深いため息とともに静かに言った。
「周禎様の理解は違うと?」
「はい」
「最初から説明していただけますか?」
聞いて周禎は目を閉じ、上を向いて大きく息を吸い、再び伊保を見据えてから続けた。
「・・・つまりその、私は元々町医者だったのです」
「それは承知しております」
「中丸昌庵先生は医者仲間であるということにはなっていますが、実は私はそれほど親しいお付き合いがあるわけではないのです」
「はあ?」
伊保は首を捻った。周禎が選ばれたのは昌庵の強い推薦があると聞いていたからだ。
「私の親しい医者仲間に津軽家近周詰の上原元永という者がおります。この者から中丸先生に会うことを勧められ、上原を間に挟んで中丸先生にお会いしました。そしてその時、中丸先生から、こんな話を持ち掛けられるのです。武家になる話があるが受けてみる気はないかと。私はそのお話に乗っただけなのです」
言って周禎は黙った。伊保は嫌な予感がした。
「・・・なにがしかの金銭が中丸様に渡ったということですか?」
「当然そういうことになります」
「いくらくらい?」
「それは、・・・申し上げるのもはばかられますが、安くはない金額です。一部は優善殿の懐にも入ると聞かされております」
昌庵は最初から優善で一儲けしようとしていたのだろうか?伊保は難しい顔で強く唸った。その表情を見てビビったのは周禎の方である。実際、周禎は強く睨まれたと感じていた。周禎が続けた。
「私は別に何も悪いことはしていないはずです。悪いことに手を出そうとはこれっぽっちも思っていませんでした。ただ、役人株が売りに出たのでそれを買い、武家の身分を手に入れただけです。今の世の中では普通にあることです。ちゃんと代金も払っています。それなのに先代夫婦の面倒も見ろというのは厳し過ぎやしませんか?私はそんな話を聞いていないのです」
周禎は泣きそうな顔で言い訳する。そんな周禎を伊保はさらに強い眼差しで睨み付けた。
数日後の比良野邸、伊保は貞固と客間で今回の矢島家家督相続事件を総括していた。
「姉さん、それで周禎殿には山田先生の塾の月謝や鉄の扶養を引き受けていただけたのでござるか?」と貞固。
「ええ。かなり渋っておいででしたが、最終的には首を縦に振っていただきました」と伊保。
「また、脅したのですか?」
「またとはなんですか。失敬な」
伊保は少し大きい声で咎めたが本気ではないようだ。
「これは失礼つかまつった。しかし、間違いではありますまい」
「脅してなどいません。ただ、強くお願いしただけです」
「いつものことでござる。姉さんの強いお願いは普通の人にとっては脅しでござる」
「そんなことはありません。周禎様が気の弱い方だっただけです」
「姉さんより気の強い人を探すのは不可能でござろう」
さすがに伊保も少しカチンときて深いため息をついたが、貞固の指摘は間違いではない。
「それで比良野様の方はいかがだったのですか?銭金の流れ、はっきりしたのですか?」
伊保は少し怒った口調で言った。
「拙者の力量では限界がござった。どうしようもござらん。昌庵殿は優善に責任を押し付け、優善は昌庵殿に責任を押し付け、周禎殿の支払いがいくらで、金の流れがどうなったのかもよく分からないのでござる。あの二人、遊蕩のツケが溜まっていたようで、その支払いに充てられたというところが真実なのでござろう。しかし、真実は闇の中でござる。あるいは別にこの台本を書いた物書きがいたのかもしれぬ。まあ、家督相続は正式に行われたわけでござるし、金の流れはそれを示す証拠が何もないわけでござるから、関係者を咎めることもできませぬが」
貞固はそう言って深いため息をつくと続けた。
「周禎殿にとってはとんだ災難でござったな。実際、周禎殿にとっては役人株の売買に過ぎなかったのでござろう。武家の身分を手に入れようと話に乗ってはみたものの、出来損ない夫婦の世話まで押し付けられてしまった。周禎殿は養父であるはずの優善を屁のカスと罵ってござったよ」
貞固が言い、それを聞いた伊保は微笑んだ。
「確かに屁のカスではございますから言い返しようもありません」
伊保は素直に言った。貞固は苦笑いした。
「ところで比良野様」と伊保。
「はっ」と貞固。
「比良野様はどうして優善の独立を提案などされたのですか?良くない結果となるのは分っていましたでしょうに」
伊保が詰問した。
「はい?」
貞固は伊保の問いの意味が分からずキョトンとした。
「どうかしましたか?」
伊保が尋ねた。
「拙者が優善の独立を提案したと?」
貞固が困惑顔で言った。
「そうではないのですか?昌庵様はそうおっしゃっていましたが。私は、むろん優善の独立には反対でした。私の目の行き届くところで監視したかったですから。しかし昌庵様が比良野様の提案だというので不承不承同意したのです」
伊保が言うと少し沈黙の時間が流れた。
「・・・・・・そうだったのでござるか?」
「違うのですか?」
「拙者も優善の独立には反対でござった。理由は姉さんと同じでござる。しかし、姉さんが独立を強くお勧めしていると昌庵殿には聞かされていたのでござる。不覚でござった。姉さんにキチンと確認しなかった拙者の失態でござった」
貞固はバツが悪そうに言った。伊保はため息をついた。
「結局、私達は昌庵様と優善に手玉に取られていたのですね」
伊保が言い、二人は顔を見合わせて苦笑いした。
しかし、話はまだまだ終わらなかった。
優善は山田昌栄の塾に入って後、時を経ずに塾頭に推され、自身も自ら律するところが多くなった。医師としての信頼も厚くなり、旗本の家庭から指名されることもあった。
伊保はもちろん、道純亡き後、優善の事実上の後見人であった貞固も優善に関して少し安心していたのは事実である。しかし、それはほんの表向きのことに過ぎなかった。
文久二年の二月の初午の日のことである。第十四代将軍徳川家茂と皇女和宮との婚礼、いわゆる公武合体が行われ、世間はにわかに騒がしくなってきていた。
初午の日、渋江家では親戚縁者を呼び寄せて亀沢稲荷のお祭りを行うのが恒例行事となっていた。というより、より厳密に言うと、渋江家が台所町の屋敷から亀沢町に引っ越す際に、初午の祭りをするという条件を付されていたのである。
亀沢町の屋敷は元淀川過書船支配角倉与一の別邸であった。淀川過書船支配は幕府の職名で淀川水系を通る商船の管理や通行料の徴収にあたっていた。
亀沢の屋敷には稲荷と中国道教の神である和合神の祠(ほこら)があった。稲荷は亀沢稲荷といって初午の日には参詣人が多く、縁日の屋台が二十ほど門前に出ることになっていた。
そこで角倉は屋敷を売るにあたり初午の祭りを行うことを条件にし、渋江家はこの条件を受け入れていた。
優善もこの祭りに参加し、かくし芸を演じたりした。その姿を見て伊保は顔をしかめたが、酒が入っているわけではなかったし、何よりお祭りだったのでそれほど気に留めることはなかった。
優善はその夕方、寄宿先の山田の塾に帰っていったのだが、その二日後、優善の師匠、山田昌栄その人が本郷から渋江の家を訪ねてきた。
「矢島さんはこちらにおいでですか?」と昌栄。
伊保はいぶかしげに応じた。
「優善は初午の日に参りましたが、夕刻には先生のもとに帰りましたが」
聞いた昌栄は首を捻った。
「はて、矢島さんは初午の日にこちらに行くと言ってそのまま塾には帰られていません。あまり長く逗留なさるので何かあったのかなと心配になりまして伺いました」
昌栄に言われ、伊保は眉をしかめた。「またか」と思った。
伊保の動きは早かった。即座に人をあちこちに向け、優善の捜索を行ったのだ。ほどなく優善の行方は知れた。そしてそれは伊保の予想したとおりだった。
優善は初午の日、久し振りのどんちゃん騒ぎで緊張の糸が切れてしまったのだろう。無銭で吉原に行き、それから田町の引手茶屋、すなわち、今でいう風俗案内所と飲食店を合体させたような施設に隠れていた。伊保が代金を払ってすぐに優善を連れ戻した。
優善は既に不祥事を起こし謹慎中の身であり、昌栄の塾に自らの意思で入り、これまでの不名誉を挽回すべく、勉学にいそしんでいるべき身である。
それが重なる不祥事に貞固がまた渋江の屋敷にやってきて、いかに処分すべきかを話し合うこととなった。
成善はまだ七歳であったが、渋江家の当主ということで同席を求められた。伊保、成善そして貞固の三人が渋江の屋敷の奥の部屋に集まった。
三人はしばらく沈黙していたが、やがて貞固が口を開き、その重い空気を破った。
「こうなったら優善には我が邸にてその詰め腹を切っていただくよりほか、解決の方法はござらん。優善には何を言っても無駄なようでござるな」
貞固は切腹を提案した。それを聞いて成善は蒼白となった。伊保は冷静に受け止めていた。
「比良野様のご意見はもっともでございます。渋江家の度重なる不始末、本当にお詫びのしようもございません。今後のことは手前どもで深く考え、いずれ改めてお話申し上げます」
言って伊保は畳に指をつき、貞固に頭を下げた。
「さようでござるな。では、拙者はこれにて」
言って貞固は渋江の屋敷を辞した。伊保と成善が残された。
貞固が帰ると伊保は優善を呼び戻し、沙汰を伝えた。優善はうなだれていた。
「母様、兄上は本当に切腹なさるのでしょうか?」
優善が去るとそれまで黙っていた成善が伊保に尋ねた。
「明日、比良野様のところに行ってもう一度お話をしてきます。それで最終的にどうするかを決めることになるかと思います」
「母様も比良野様のご意見に賛成なのですか?」
「考えはあります。まあ、ここは母に任せておきなさい。悪い結果にはなりませんよ」
言って伊保は不気味に微笑んだ。成善には伊保の腹の内が分からなかった。
翌日、伊保は貞固の屋敷を訪れ、貞固と面会した。貞固は伊保が尋ねてくるのを待っていたようであった。
「それで、渋江家として優善をどのように処分すべきか、お考えはまとまりましたかな」と貞固。
奥の間で貞固と向き合った伊保は「はい」と言ってから続けた。
「昨日の比良野様のご意見はまったくもって至極当然なご意見にございます。これまでの優善の不功績を考えると、切腹以外、その罪を償う手段はないかと存じます。しかし、切腹は武士(もののふ)として名誉ある死に様、優善のこれまでの罪を考えると武士として晴れがましく死なせることは家門のためにもなりませんし、主君津軽様の名前も汚すことになってしまうのではないかということを心配しています」
「では姉さんはどのように処分すべきとお考えなのでござるか?」
貞固は低い声で尋ねた。
「つきましては金毘羅に起請文を納めることで切腹に代えたいと考えています。どうせ優善は悔い改めることのない輩(やから)です。切腹させずとも、必ずや神罰を被ることでありましょう」
「切腹はまかりならぬと?」
貞固が嘆息した。
「武士として名誉ある死に方は優善にはふさわしくないということを申し上げております。それこそ武士の名を汚すことになりかねません」
「つまりは助命嘆願ということでござるな?」
貞固が念を押した。
「そのつもりはありませんが、比良野様がそう受け止められるのであれば、そう受け止められても仕方ありません」
「それはなりませぬ」
貞固はキッパリと強い口調で言い、蛙を睨み付ける蛇のような鋭い視線を伊保に送った。伊保はその視線を冷静に受け止めた。
「姉さん、拙者は昨日、切腹を提案してから一晩、姉さんがどのような提案をしてくるのか考えておりました。そして、単なる命乞いの仲裁ならば決して聞くまいと心に決めておったのでござる」
「分かります。それが武士というものでございましょう」
「ならばご理解くだされ。この度の優善の不祥事の数々、決して看過できるものではござらん。もちろん沙汰は拙者が一人で決められるものではござらんが、切腹ということで上申致しましょう。追って沙汰が下るかと存じますが、それまで優善は姉さんのもとで謹慎と願います」
「私の提案は聞いていただけないのですね」
「たとえ家族、あるいは家族同然の付き合いでも、いや家族同然だからこそ厳しくしなければならないこともあるのでござる。どうかご理解くだされ」
「分かりました。では優善の処分は切腹ということで承知致しましょう。元はといえば渋江家の不祥事。私があれこれと申し上げることではございません」
伊保は貞固もビックリするくらい淡々と切腹を受け入れ、そして続けた。
「では優善のことはそのくらいで。ところで話は変わるのですが、比良野様に一つお尋ねしたいことがございます」
伊保は居住まいを正しながら、改まった口調で言った。
「姉さん、どうなすった?急に改まって」
「かな様のことをお尋ねしたいのです」
「妻(さい)のことでござるか?」
貞固は首を捻った。伊保が続けた。
「比良野様とかな様のお馴れ初めはどのようなものだったのでしょうか?」
「はあ?馴れ初めとは」
貞固は伊保の質問の意図が分からず、さらに首を捻った。
「お馴れ初めでございますよ。比良野様はどのようなきっかけでかな様とお知り合いになり、夫婦になられたのですか?ということをお尋ねしているのです」
言って伊保は貞固をにらみつけた。貞固は伊保の強い視線に身震いした。しばらく間があった。
「姉さん。あなたは一体何をご存知だというのでござるか?」と貞固。
「道純の先妻の徳様から聞いていることがございます」と伊保。
「・・・徳殿はなんと?」
「比良野様のお口からお聞きしたいのですが」
「いや、それはその、つまりですね・・・」
貞固は突然の珍問にしどろもどろとなった。
「お話ししにくいようですね。では、私が比良野様の代わりにご説明申し上げましょう。私も当事者ではございませんのですべてを承知しているわけではございません。比良野様とかな様がいつ、どこでお知り合いになられたのかまでは存じません。しかし、お二人の交際は親御様の預かり知らぬことであり、すなわち私通だったと、親御様の許しもなく、逢引きを重ねておられたと、そう聞いております」
「うむ」
貞固は唸った。
「親の目を盗んでの逢引きはご法度。それがため比良野様もかな様も勘当を申し渡され、長屋の裏店(うらだな)にしばらくお住まいになられたのではないですか。神田の裏店で二度ほどお目にかかったこともございましたね」
貞固は、今度は深くため息をついた。伊保が続ける。
「その後、親御様は我が子可愛さのあまり、勘当を解かれるわけですが、親の目を盗んでの逢引きもお家の不始末。比良野様もかな様も本来ならばそれなりのご処分に預からなければならなかったのではないかと存じます。ちょうど、優善も切腹を申し付かるところですのでこの機会に比良野様も切腹なされてはいかがでしょうか?そしてかな様は剃髪され、尼に・・・」
「分かった、分かった、分かり申した」
貞固は右の手のひらを伊保に向け、ついに悲鳴を上げた。
「拙者の負けでござる。ここは姉さんのおっしゃる通り、切腹に代えて金毘羅に起請文を納めるということで優善の罪を償わせるということに致しましょう」
貞固が早口に言った。
「しかしそれでは優善に甘過ぎるのではございませんか?」
伊保は余裕の表情で貞固に追い打ちを掛ける。
「よくよく考えると切腹させて武士の面目を保つ方が優善にとって甘い処分に相違ござらん。晴れがましい死に場所を与えるには及ばないというお考えは至極道理でござる。拙者としては姉さんのお申し出に異論はござらん。しからば起請文の内容は姉さんに一存したいのですがよろしいですかな?」と貞固。
伊保に異論のあるはずはない。
「分かりました。では早速、起請文を優善に書かせ金毘羅に納めてまります」
言って伊保は軽く微笑んだ。貞固は苦笑いでこれに応じた。
渋江の屋敷に戻った伊保は早速く優善に起請文を書かせ、虎ノ門の金毘羅に向かった。しかし起請文は納めず、優善の行く末の安らかなることを祈り、手を合わせただけだった。