俺は高揚感とわずかな落ち着かなさを胸に抱えながら、体育館裏のステージへと足を運んでいた。文化祭当日は、いつもより少しひんやりとしている。秋の風が校庭を吹き抜け、落ち葉をさらっていく。
今日は、六花が特別な衣装を着てステージに立つと聞いている。まだ付き合って数ヶ月の俺たち。キスは何度もしたが、実はお互いの体を深く知っているわけではない。だからこそ、彼女がいつも以上に華やかになるのだと思うと、なんとも言えない胸のざわめきを覚える。
秋の文化祭は毎年盛り上がるが、今年は例年以上に気合いが入っている。クラスや部活ごとに工夫を凝らした出店が並び、廊下や校庭からは常に笑い声が絶えない。そんな陽気な空気を横目に、俺は心のどこかで少し緊張していた。
ステージで和洋折衷のドレスをまとい、多くの人の目を奪うであろう六花の姿。それを想像するだけで、見たいような、独占したいような複雑な感情が入り混じる。俺だけの彼女、なのに──いや、俺以外の誰にだって目を奪われる魅力がある。それを認めたくない気持ちと、彼女を誇りたい気持ちが綱引きしているようだった。
まだ午前中だというのに、体育館周辺は人だかりができはじめている。どうやら、いくつかのパフォーマンスが続けて行われるらしい。ダンス部や合唱部、さらにはファッションショー形式のステージイベントもあると聞いた。六花は、そのファッションショーの一角で和洋折衷のドレスを披露する予定らしい。
外に設営された簡易ステージのすぐ近くには、秋の風に揺れる紅葉が目立つ木が何本か立っている。さざめく葉の色づきと、文化祭特有の華やかな装飾が重なり合って、どこを見ても絵になる光景だ。
俺はステージの様子を確かめようと、やや遠巻きの位置に立つ。人混みの隙間から、ちらりと見える舞台袖には、色とりどりの衣装をまとった生徒たちの姿があったが、六花の姿はまだ見当たらない。彼女が出てくる瞬間を考えると、鼓動が自然と速まっていくのがわかる。
何度かキスを交わしただけで、あとはまだ手を出せずにいるこの関係。周囲からは「高嶺の花」「無理め女子」と呼ばれることもある六花だが、実際は優しくて不器用なお人好しだ。そんな彼女が、今日はどんな表情で、どんな仕草でドレスを着こなすのか。それを想像するたびに、俺の胸は期待と嫉妬に入り混じった甘い苦味に包まれる。
突然、ステージ裏が少し騒がしくなる。次のパフォーマンスの準備が整ったようだ。照明が微調整され、司会の声が響く。すると、ステージ脇からぞろぞろと生徒たちが登場しはじめる。その最後の方に、ついに六花の姿が現れた。
身長155cmと小柄ながら、彼女はどこか凛とした空気をまとっている。肩からウエストまでは細いラインを描き、普段のクールな表情がそのままステージ上でも生きている印象だ。しかし──俺が思わず息を呑んだのは、その下半身の存在感だ。
和洋折衷のドレスは、上半身の布地をコンパクトにまとめる一方で、裾に向かってふんわりと広がるシルエット。だが、単なるAラインとは違い、スカートのデザインが腿のあたりをややタイトに包むため、彼女のグラマラスな曲線がはっきり浮き上がっている。
長い黒髪は、軽く後ろでまとめたのか、ゆるやかな毛先がドレスの背中をなぞるように垂れている。その深い黒と、真珠のような白い肌のコントラストが、正面からでもはっきりとわかる。
俺がとくに目を奪われたのは、彼女の太もも周りだ。裾がやや短めに仕立てられているため、歩くたびにふっくらとした肉感がチラチラと
彼女自身、このグラマラスな下半身をコンプレックスに思っている節があるものの、俺がそれを好んでいるとわかってからは、ほんの少しだけ自信が芽生えたようだ。ステージに立つ姿を見ると、その自信と恥じらいが絶妙に混ざり合い、何とも艶やかな雰囲気を
ドレスの布地は深い藍色を基調に、和柄の花模様があしらわれている。光を受ける角度によっては、花が浮き上がるように見え、その装飾が彼女の肌の白さをさらに引き立てる。首元の開きは控えめだが、袖にかけては若干透け感のある素材が使われていて、二の腕や鎖骨まわりの柔らかいラインがほどよく透けて見える。そこに、肌と布地の隙間から生まれる陰影が加わって、見る者の想像をかき立てる。
ステージの中央へ進んだ六花が、少しだけポージングを変える。右足を一歩前に出して、スカートを横に流すような仕草をするたびに、太ももの曲線が強調される。細いウエストに反して、この下半身のボリューム。目のやり場に困るほど見事な曲線を目にして、俺は周囲の人々が彼女に見惚れているのを肌で感じた。視線が集中する中で、彼女はどんな気持ちで立っているのか──その思いを想像するだけでも、なぜか胸が苦しくなる。
キスは何度もした。彼女の唇の感触はよく知っているのに、その先にある体温やぬくもりには、まだ完全に触れたことがない。だからこそ、今こうして大胆なシルエットをさらけ出す彼女の姿が、得体のしれない焦りを伴ったドキドキを生むのだ。早くあの肌に触れてみたい、でも、まだ知らないからこその尊さもある。そんな葛藤が、視線をさらに強く引き寄せる。
彼女が身にまとうのは、和洋折衷の要素を絶妙にミックスしたドレス。深い藍色をメインとし、裾や胸元に秋らしい紅葉のモチーフが刺繍されている。薄いレースの袖が腕のラインをうっすらと映し出し、要所要所には金色の糸が散りばめられているらしい。照明が当たると、その金糸がきらきらと反射して、彼女の白い肌や黒髪と溶け合うように輝く。
腰元には太めのリボンが結ばれ、後ろから見るとまるで帯のように見える。だが、洋風のフリルも加えられていて、正面から見たときには可憐な雰囲気も同居しているのが特徴だ。頭には控えめな髪飾りが一つだけ。紫を基調とした花が、黒髪の流れに沿って揺れる。彼女が少し首を傾げるだけで、その飾りがほんのわずかに動き、視線をさらに誘導する仕掛けになっているようだ。
全体的に色味はシックで落ち着いているのに、形や素材が多彩に絡み合っているため、ステージ映えがすこぶるいい。遠目からでも、彼女がただものではないオーラを放っているのがわかる。さらに彼女の肌は真珠のような輝きを持っているので、布地の濃淡とのコントラストがより一層美しさを際立たせる。こんな衣装が似合う子はなかなかいないんじゃないか──そんな思いが頭をよぎり、また同時に俺は嫉妬にも似たもやもやを感じてしまう。
周囲の歓声が高まるにつれ、俺の胸のうちもざわついていく。周りのみんなに彼女の魅力が伝わるのは嬉しいけれど、本心では「そんなに見ないでくれ」とさえ思う。キスも重ねてきた俺だけの特権を、みんなが覗き見ているような、落ち着かない感覚。だけど、その不安定さこそが、俺の恋心を一層刺激しているのも事実だ。彼女の存在が、こんなにも俺の感情を揺さぶるなんて、自分でも少し戸惑っている。
ステージ上で笑顔を見せる六花の姿に、誰もが拍手を送る。普段はクールで近寄りがたい印象の彼女が、文化祭の熱気の中で別人のように輝いている。俺は、その姿に見とれながらも、心のどこかで「これ以上は誰にも見せたくない」と強く思ってしまう。彼女の唇も肌も、もっと深いところまでは俺だけが知りたい──そんな独占欲に似た想いが、今日ほど強く湧き上がったことはない。
◇
六花がステージを降りたのは、盛大な拍手と歓声が一段落した後だった。先ほどまで和洋折衷のドレス姿でライトを浴びていた彼女は、舞台袖に消えた瞬間、まるで別世界の住人みたいに遠く感じた。なのに、今こうして至近距離で見ると、彼女の肌にはまだ熱気が色濃く残っている。
俺は人混みを縫うようにして舞台裏にたどり着いた。一言でも声をかけたい、そう思ったのに、胸が妙に苦しくなる。たぶん、あのステージでの彼女を思い出すたびに、周り中に見せつけられたような気がして、今も胸の奥がヒリついていた。
ドレスの裾を軽く
だが、視線を下へ移すと、まるで別人のように豊かに波打つ曲線が迫ってくる。腰から太ももにかけてのボリュームが、布の上からでもわかるほど主張していて、歩くたびにそのラインが揺れ動く。街灯の下でも彼女の脚をじっくり見たことはあったけれど、ステージ用のドレスに包まれていると、よけい
彼女自身、このグラマラスな下半身をコンプレックスに感じていたと聞いた。それでも俺が好むと伝えたら、ほんの少し誇らしげに笑ったことがある。今夜の六花はまさに、その「誇らしさ」と「照れ」が混ざったようなオーラを放っているように思える。顔をそむけるように下を向いてはいるが、ほのかな汗が肌を潤わせ、薄暗い照明にかすかに反射していた。
俺は、その姿に視線を奪われ続けながら、同時に強烈な独占欲が湧き上がってくるのを止められない。文化祭の観客がみんな、彼女の太ももや腰つき、やわらかそうな肌を目にしていたのかと思うと、理不尽なくらい悔しくなる。でも、彼女が輝いている姿を見るのは誇らしい──そんな矛盾を抱え、唇を
「……お疲れ」
そろそろ声をかけようと近づいた矢先、六花がドレスの裾をふわりと広げた。生地が舞う瞬間に、太ももの上部が鮮明にあらわになる。僅かに
気づけば、彼女のほうが先に言葉を発していた。
「ステージ、どうだった……? 恥ずかしいけど、変じゃなかった?」
顔を少し背けたまま、控えめな声でこちらに問いかける。その姿が
「いや、すごく……綺麗、だった。思わず見とれた」
自分でも他人行儀な言い方だと感じるほど、ぎこちない。その程度の言葉ではまるで足りないくらい、俺は彼女の姿に圧倒されていたのに。六花は小さくうなずき、ドレスを持つ手をそっと下ろす。今度は逆に、そのボリュームある腰回りが布の動きとともに強調されて、俺の心臓はさらにバクバクと音を立てた。
ほんの数ヶ月前に告白して、ようやく付き合い始めた俺たち。キスは何度も重ねたが、まだお互いの体をすべて把握しきれてはいない。そんな関係だからこそ、ステージ上であれほど刺激的な彼女を目の当たりにすると、頭の中が混乱してしまう。知りたい、でも怖い。触れたい、でもまだ遠い。
「……みんなの前で、あんなに大胆に……」
自分でも何を言いたいのか、よくわからない。嫉妬なのか admiration なのか。すると六花は、照れ笑いのような表情を浮かべた。
「わたしだって、こんな衣装を着るの初めてだよ。ちょっと無茶かなって思ったけど……あなたが見てくれるなら、それだけで頑張れる、かなって」
胸が熱くなる言葉。それだけで十分なはずなのに、周囲の人間がみんな彼女に釘付けだった光景がちらついて、勝手に心がざわつく。俺は抑えきれずに、彼女の腕を引いて
「ごめん……ちょっとだけ、いい?」
言葉にできない感情の塊が喉に引っかかっている。彼女は
人通りがほとんどない隅にたどり着き、二人きりの空間になった瞬間、心臓の鼓動がやたらとうるさく感じられた。六花の香りも、ステージ用のメイクの甘い匂いと、彼女自身の香りが混ざっているのか、いつもより色っぽい。思考より先に指先が彼女の腰へ触れそうになるが、触れたあとが怖くて手が止まる。
「……お前、すごいな。あんな姿、全然平気だったわけ?」
からかうつもりはないのに、素直に褒めるより先に意地の悪い言葉が出てしまう。こんなふうに独占欲をぶつける自分が、情けなくもあり、どうしようもなく正直でもある。
六花はくすっと笑った。そして、わずかにかがむようにして、ゆるく首を傾げる。
「平気なわけ、ないでしょ。今だって心臓ばくばく。……だけど、嬉しかったんだよ? みんなが見てくれるのも、あなたが見てくれるのも」
その言い方に、俺は思わず唇を噛む。どう答えていいか迷う前に、六花が一歩近づいてきた。スカートの生地が俺の脚にかすかに触れ、彼女の体温が伝わる距離。
次の瞬間、彼女が俺の首筋に両腕を回し、そのまま引き寄せるようにして唇を重ねてきた。視界が一気に暗くなり、彼女の甘い吐息と汗のにおいが混ざって、頭がクラクラする。
すでに何度もキスしたとはいえ、こんな深いキスは初めてだ。ドレスの裾が俺の足元にまとわりつく感触と、彼女の柔らかい体のラインが同時に感じられて、胸が苦しくなるほどドキドキする。
やがて唇が離れたとき、六花は俺を見上げて小さく微笑んだ。頬が赤く染まっているのは、ドレスやライトのせいだけじゃないとわかる。
「分かったでしょ、ちゃんと私を独占できてるって」
その言葉に、俺は心臓が一際大きく跳ねるのを感じる。一瞬言葉が出ず、ただ彼女の顔を見つめるばかり。指先は気づかないうちに、彼女の腰を強く抱き寄せていた。六花はそれを受け入れるように身をゆだね、恥ずかしそうに笑みを深める。
「続き、したかったら……今日、家に来て。ママ、友達と飲んでくるって言ってたから……」
人目を避けた廊下の隅で、俺たちはひとつの確信を得る──たとえどんな場所で輝いても、俺と六花は、この瞬間だけの世界を共有できる。周りの視線に嫉妬してもいい。彼女はちゃんと俺に微笑んでくれるし、ここでは俺だけが知っている顔を見せてくれる。それが、たまらなく尊く思えた。
(終わり)