また、会えたら   作:teto_rinde

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悩んで、泣いて、戸惑って

 湯気の立つ紅茶の香りが、静かな午後の空気に溶け込んでいく。

 金剛型の私室──通称「ティールーム」。ここは、姉妹たちが自由にくつろぐための特別な空間だった。アンティークの調度品が並び、窓から差し込む柔らかな陽光が、テーブルに置かれたティーカップをきらめかせている。

 榛名がこの鎮守府に着任してからすぐに金剛姉さまによって招集されたティータイムは、榛名にとって今まで経験したことがない、暖かくて、優しい空間だった。優しい姉さまたちと賢い妹と共に、新しい茶葉が手に入っただのお茶請けを寄せ集めあったりだのと容姿の年相応にはしゃぐこの時間が大好きだった。

 

「榛名、お疲れ様デース!」

 

 金剛姉さまが陽気に声をかけ、カップを持ち上げた。

 

「昨日の演習、どうだったデスカ?」

 

 榛名は、カップの縁に視線を落としたまま、小さく息を吐いた。あんなに楽しみにしていたのに、今日はとてもそんな気分になれなかった。

 

「……あまり、上手くいきませんでした」

 

 金剛姉さまの笑顔が、わずかに翳る。

 

「Hmm……最初は誰でもそんなものネ。気にしなくていいデース!」

「……ありがとうございます」

 

 礼を言って、笑みを浮かべた。浮かべようとした。ちゃんと笑えてただろうか。

 その様子を見て、比叡姉さまが慎重に口を開く。

 

「榛名、何か……悩んでる?」

 

 榛名は、しばらくの逡巡の後でそっと唇を開いた。

 

「榛名……この鎮守府に、まだ馴染めていないような気がして……」

 

 その言葉に、比叡姉さまと霧島が目を合わせる。

 

「……それは、何かあったの?」

「いえ、皆さん優しくしてくださいます。でも……」

 

 榛名は、ゆっくりとカップを置き、指先でその縁をなぞる。

 

「……提督が、榛名に距離を取っているような気がするんです」

 

 一瞬、沈黙が降りた。

 

「Oh……」

 

 金剛姉さまの声が、珍しく慎重な響きを帯びる。

 

「報告の際も、廊下ですれ違った際も、いつもそっけなくて……目も合わせてくれません。だから、提督が、榛名のことを避けているような……そんな気がして」

 

 榛名は、自分の言葉に自信が持てず、かすれた声で続ける。

 

「榛名は……提督が昨日、初めて演習を見に来てくださったんです。でも…活躍できないどころか、失態まで…」

「ちょ、ちょっと!榛名がそんなネガティブなんて似合わないよ!」

 

 突然俯いた榛名に比叡姉さまはしどろもどろになってしまった。

 

「でも……」

「は、榛名姉さま、そこまで気にしないでも……チャンスはまだありますし」

 

 霧島がなんとか慰めようとしてくる。それが申し訳なくて、顔を上げられなかった。榛名はここ二ヶ月ほど演習でいい結果を残せていない。味方のおかげで勝てることはあっても、毎回中破判定をもらうことを繰り返している。自信がなくなってしまうには十分な期間だった。

 金剛姉さまはそっと視線を落とし、静かにカップを置いた。

 

「……榛名」

 

 優しく名前を呼ばれる。

 

「テートクはね、あなたにどう接していいのか分からないんです」

 

 榛名は、驚いたように金剛を見つめた。

 

「え……?」

「……」

 

 金剛姉さまは、少しだけ目を伏せた。

 比叡姉さまと霧島がわずかに身じろぎし、何か言いたげに視線を交わしているのが見えた。

 

「もしかして……榛名が何か、粗相をしてしまった、とか……」

 

 今度こそ不安に支配されそうになった。折角提督と出会えて、しかもその提督はこの前の作戦で大成功を収めた凄い人で、そんな人の下で戦場で活躍できると思ったのに、それなのに...。ぐるぐると思考がネガティブな方向に寄って、抑える不安が止まらなくなった。

 いつしか、目に涙を浮かべていた。ポロポロと頬を流れるそれは、ぎゅっと太腿の上で握りしめる拳に落ちて濡らした。

 そういえば、提督がそっけなかったのは出会った頃からだった。あの時から、自分は期待されてなかったんだ。高速戦艦唯一の低練度で、演習もまともにこなせない穀潰しだと——

 

「……榛名、あなたはこの鎮守府を、テートクのことを、少しずつ知っていけばいいネ」

「え……」

 

 顔をあげ、金剛姉さまと目を合わす。優しくて、慈愛のこもった眼差しで見つめられて、どうすればいいかわからなかった。

 

「焦ることはないデース。テートクだって、あなたにもっと慣れれば……きっと、距離も縮まるネ」

 

 金剛姉さまの笑顔は、どこか無理をしているように見えた。でも榛名は、それ以上追及することができなかった。

 けれど、何かを隠されていることは分かる。

 そして、提督だけではなく、金剛姉さまたちまでもが口を閉ざすその「何か」は、自分にとって決して小さなものではないのだろう──そう、本能的に感じていた。

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