また、会えたら   作:teto_rinde

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懊悩

 扉が勢いよく開いた。

 

 執務机の上に積まれた書類の山が風に煽られ、吹っ飛ぶ。拾うのに苦労しそうだ……

 窓の外では雲が流れ、冬の鈍い陽光がぼんやりと室内を照らしていた。静寂を破るその音に手を止め、視線を上げた。

 

「テートク! 一体どういうつもりデース!」

 

 金剛だった。勢いよく足を踏み入れた彼女の後ろに、比叡と霧島が続く。比叡はいつもの調子で、「お邪魔しまーす!」と軽く手を上げ、霧島はやれやれとでも言いたげな顔で眼鏡を押し上げた。

 執務室の空気が一瞬で騒がしくなる。俺は眉間に軽く皺を寄せながら、椅子の背にもたれた。

 

「……何の話だ?」

 

「何の話デース!? それはこっちのセリフヨ!」

 

 金剛はデスクに両手をつき、ぐっと身を乗り出した。怒っているのが一目でわかる。彼女の後ろで比叡と霧島が視線を交わし、霧島が小さくため息をついた。

 

「榛名のことです、提督」

 

 その名を聞いた瞬間、心臓がわずかに跳ねた。だが、それを顔に出さず、静かに机の上の万年筆を指で転がす。

 

「……榛名がどうした」

 

「どうした、じゃないデース!」

 

 金剛が机を叩いた。万年筆が転がり、床へと落ちる。その拍子にインクがこぼれてしまった。ああ、高いやつなのに。

 

「どうして榛名と話してあげないノ!? テートクはいつもみんなのことを気にかけるのに、どうして榛名だけそんなに冷たいノ?」

 

 金剛の目が真っ直ぐにこちらを射抜く。普段の陽気な態度とは違う、その鋭さに短く息を吐いた。

 

「冷たいつもりはない」

「ウソデース!」

 

 金剛はさらに身を乗り出した。

 

「榛名、すごく困ってるデース! テートクが冷たくする理由も、話しかけてくれない理由も、何も分からないまま、ずっと不安になってマス!」

 

 俺は口を閉じたまま、視線を窓の外へと移した。遠くには港が広がり、艦娘たちの小さな影が行き交っている。風に乗って、遠くから演習場の掛け声が聞こえてきた。

 

「……あの子は、新しい艦娘だ」

「What?それがどうしたノ?」

「俺と、何か特別な関係があったわけじゃない」

 

 そんな俺の言葉に、金剛が一瞬息を呑んだ。後ろの比叡が困ったように眉をひそめ、霧島は目を伏せた。

 

「それでも」

 

 金剛の声は、少し震えていた。

 

「それでも、榛名は榛名デス。たとえ新しく生まれ変わったとしても、彼女はここにいるノ……提督やワタシたちと同じ、ここに」

 

 俺は何も言わなかった。いや、何も言えなかった。

 ふと、金剛の目が伏せられ、絞り出すような声が落ちる。

 

「……どうして、そんな顔をするノ?」

 

 俺は無意識のうちに拳を握っていた。左手の指輪が肉に食い込む。心の奥にあるものが、錆びついた鎖のように絡みつく。どれだけ振り払おうとしても、それは消えることなく、ただ沈殿し続ける。

 

「提督」

 

 霧島が口を開いた。

 

「私たちは、あのことについて話さないようにしてきました」

 

 その言葉に、心が僅かに軋んだ。

 

「でも、金剛姉さまの言う通りです。榛名姉さまは何も知らない。なのに提督の態度だけが冷たくて……彼女は、自分が歓迎されていないのではないかと悩んでいます」

 

 黙っていた比叡が、ゆっくりと口を開いた。

 

「提督。私たちも、榛名がいなくなって悲しかったんです。でも、今の榛名は否定したくない……だから、接したんです、前の榛名とおんなじように。だから、提督にも、ちゃんと榛名には、せめて普通に接してあげてほしいんです!」

 

 俺はは長い沈黙の後、小さく息を吐いた。

 

「考えておく」

 

 金剛はじっと俺を見つめていたが、やがて深いため息をつくと、霧島と比叡を促し、踵を返した。気がつくと、いつの間にか床に散らばっていた書類関係が元通りになっている。

 

「考えておく、じゃなくて、ちゃんと行動してクダサイ!いいですカ!」

 

 そう言い残し、彼女たちは執務室を後にした。

 

 扉が閉まる。

 静寂が戻る。

 

 ゆっくりと椅子に座り、机の上に肘をついた。額を押さえながら、閉じた瞼の裏に焼きついた記憶を振り払おうとする。しかし、それはすぐに消えるものではなかった。ジクジクと左目が疼く。

 

 わかってる。わかっているさ。俺がしてることは、逃げていることに過ぎないってことくらい。

 でも仕方ないだろう?愛した人だったんだ。指輪を渡した。生涯死ぬまで愛すると誓い合った。

 

 俺の隣にはいつも君がいて、苦くて甘い時間を過ごした。あの時は自覚がなかったけど、きっと俺は世界の誰よりも幸せだったんだ。

 あの榛名を忘れる?そんなことできっこない。あの頃の宝石のような記憶を薄れさせたくない。

 

 俺は、あの時のきみと同じ姿で立っている榛名を見て、泣かずにいられる自信がないんだ。

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