※おバカな私は今になって「保護者会の回数を盛りすぎた」ことに気が付いたので数字が変わってます。ライブ感で読んでください(これまでの回も数字を改変して辻褄合わせしています)
雫が間断なく滴り落ちる音で、私の掌へと意識が戻っていく。
「お目覚めですか……」
〈観測者〉の言葉が耳に届く。私は朦朧とする意識をしゃっきりさせ、椅子から身を起こして窓際に立った。
「……九月の睡眠時間は前年比プラス二〇パーセントです。このままでは──」
「あなたに監視特権を与えたのは、なにも私の健康管理を任せるためではありませんよ」
「なら、少しはご自分の身を案じてください……あなたを喪ってしまえば、キヴォトスは再び破滅へと向かってしまいます」
大きな雨粒が窓に当たり、沿って下へと向かう。ぴしゃりと落ちた雷が呼吸音をかき消す。
結露の中を指でなぞる。
〝へ〟が二つに〝の〟が二つ。
〝も〟が一つに〝へ〟をもう一つ。
最後に美しい曲線と濁点を添えて完成。
うん、なかなかの出来栄え。
「保護者……それは?」
「あー、そういえば削除していましたね。へのへのもへじ、ですよ。かわいいでしょう?」
観測者からの反応はないことが分かると、私は翻って椅子に腰を下ろした。机上に置いていた仮面を
手に取って、ピッタリと顔に装着させた。
「心配することはありません。この通り、私の力は健在ですので。それにこの社会機構が完成すれば、私の生死など然したる問題ではありませんよ」
「……次の〈教授〉がそのキーパーソンというわけですか」
「最後のピースと形容してもいいかもしれません」
機械を起動させて〈データベース〉を開く。網膜に広がる情報の海をかき分け、私は一つのデータに漂着した。
「ドニャ・マンダリーノ──ふふっ、あの子はまったく面白いことを考えますね。伊達に十年余りも思考教授を務めていない」
「彼の講義……私個人の意見としてはいささか退屈でした。スノッブとでも言いましょうか、いちいち回りくどくて」
「そうでしょうか? 気取り屋なところは否めませんが、核心は突けていると思いますよ」
雨は未だ止むことを知らない。横殴りでガラスに激突する音が鬱陶しいほど鼓膜に張り付く。
「この豪雨は気象局の計算の内ですかね」
「確かです。目障りであれば、止めてしまわれても……」
「いえ、結構です。子どもたちのやることに水を差してはいけませんから」
エックが協力者になってから二年もの月日が経っていた。
〈特別 性行動 権利〉
そう印字された三枚のチケットを破り棄てるたびに、彼は自身が協力者であることを強く実感する。流動者のころは月に一枚の配給だったからだ。
当然、協力者と流動者に格差があってはならない。すべては保護者の御前にみな平等であり、奉仕に貴賤なし。協力者に与えられる報酬は名誉のみ、それで満足するべきなのだ。
しかし、人というのはそう単純な構造ではない。
私益で奉仕に駆り立てられることなく、他人の労苦をあてにできる環境で、率先して責任を手にしようなどとは考えない。
より美味しい食事、よりふかふかのベッド、より質の高い性行動。そこに一匙の名誉を加えることで、ようやく心身ともに協力的になる。
流動者と同じ扱いではやっていけないほどに、奉仕が過酷であるということも理由の一つだろう。テーブルに置かれた処方箋が、それを語っていた。
今になって、彼は酔い潰れていた隣人の気持ちがわかった。薬漬けよりも酒漬けのほうがよっぽど賢明に思える。
「んぐっ」
エックは一杯の水と一緒に何種類もの薬を体内へ押し込んだ。配給のビタミン剤にいくらか彩りが足されたものだと思えば、そう大したことでもない。
そのままベッドに倒れ、意味もなく目を閉じた。
──そうだ、休養チケットを切ったんだったな……生徒たちのところに行かないと──
ポケットの中でくしゃくしゃになった紙を出して、日付を確認する。しっかりと今日と同じ日時が刻まれていた。
細工を施したBCFの、本来ないはずの電源スイッチを押す。視界上の煩わしい表示がぱたりと消えた。
〈壁の目〉の前にエックは立つ。そのまま壁にぴったりとついて意識が途絶える。
ふと、目を開けると傍らにはカヤがいた。相変わらずの糸目美少女が佇んでいる。
「やっぱりキミたちって変わらないよね」
「来て早々に何を言い出すんですか」
この五年間で生徒たちの容姿が変わることはなかった。推定年齢が一八歳前後に達すると、なぜか時が止まったかのように老化しなくなるのだ。
少女の顔を見るたび、シワが増すばかりのエックはその生命力に羨ましさを覚えていた。
「……ここ一週間でなにか起こったりしてないかな」
「とくにはありませんね」
硬い床を十分に味わってからのっそりと起き上がる。エック先生はウッドデスクの上にある本を取り、栞代わりに挟んでいた紙を広げた。
「会議まであと一時間か」
「歩きだと大変ですし、車で送ってあげますよ」
「ありがとう。ついでに会議にも出席してくれない?」
エック先生の返事に渋い顔を見せたものの、カヤは頷いてみせた。
エンジンの低いうなり声が身体を震わせる。エック先生は車窓越しに遠くを見つめ、なんとか車酔いから逃れようとしていた。
「本当に、私が会議に立ち会っていいんですか」
「ダメなことはないでしょ」
「G区の代表あたりに突っつかれますよ」
カヤはため息交じりに文句をぶつける。残念なことに彼女の言い分は否定できない。
エック先生から超法規的権限を与えられた後、カヤは有力な生徒を引き抜き、十数名からなる独立した組織を打ち立てた。地下で尽きない諸問題を大なり小なり解決しているし、実績もそこそこあった。
しかし、それでも先生直属の軍隊だと邪推する者もいるのが現状だ。
「やれ政治警察だ秘密警察だのと……私たちだって問題解決に努めているというのに、なんっなんですかこの扱いは!」
「みんながみんな、そう思ってるわけでは……」
「
この説教は少し長引そうだな、そうエック先生は悟った。付き合いが長くなると先生の神秘性は薄れてしまうようである。
「……あのー、お怒りのところに油を差すようなことを言ってしまうようで申し訳ないんだけど」
「なんですか」
「いや、会議に出てほしい理由というか。保護者に直接会うことが決まっちゃってね。もしものことがあったとき、空いた席に座ってほしいなー、なんて」
「──はぁ、なるほど。そういう魂胆でしたか。別に構いませんが」
「よかっ」
会場前の路肩でブレーキをかけて停止させると、エック先生の肩を掴んで目線を合わせる。
横長の四角い瞳孔が、彼の眼を逃さずに捕らえた。
「必ず、生きて帰ってきてください。いいですか、
「……大丈夫、そのつもりだから」
その言葉とは裏腹の煮え切らない態度にカヤは怪訝そうな表情を浮かべる。しばしの沈黙を経て、折れた彼女が先に目線を外して車を降りた。
エック先生の到着後、最後に遅れてきた書記が席につく。重々しい雰囲気の中で先生が口を開いた。
「第二十回、学生連邦会議を始めよう」
「さっそくだが先生。その後ろに突っ立っている生徒は誰だ?」
カヤの憂慮していた通り、ゲヘナの議長が突いてきた。注目が集まった少女は連邦捜査局の代表として一歩前に出る。
「自己紹介が遅くなりました。私は連邦捜査局〈シャーレ〉の代表、カヤと申します。マコトさんとは何度か挨拶を交わしたと記憶しています」
「キキ、すまんすまん。なにせ印象に残っていなくてな」
「──んんっ」
二人の睨み合いを察知し、先生が軽く咳払いする。そのまま発言に繋げた。
「カヤをこの場に招いたのは、私の不幸によってこの議長席が空席となったとき、私の代理として座ってもらうためなんだ」
不幸、空席、代理──その単語に生徒たちはどよめく。
「ふ、不幸って……」
「ユメ庶務、みんなも落ち着いて聞いてほしい。私が三年前から進めていた保護者打倒計画がついに進展したんだ」
「保護者と直接会う見通しが立った、ということでしょうか」
補佐の言葉で部屋が静まり返った。
生徒を地下へと追いやって自由を奪った張本人、ウイ先生の仇。その保護者の雁首に、手が届くというのだから声も失って当然だ。
「その通り。でも、上手くいくとは限らない。もしものための代理になってもらいたいんだ」
「とても理に適った選択だと思うわ」
「妾からも異存は無いな」
ただ一人を除いて他はとくに不満のない様子だった。
二人目の、それも伝説上の先生を失うという最悪の結末。その先で待っているのは混沌だろう。そこに権力争いまで生まれれば、学連崩壊は免れない。
その保険として代理を用意する。その座には、どの地区からも独立した存在であるシャーレが適任だった。
その座を狙う生徒にとっては不都合だろうが、これ以上ない選択に違いない。
「それで、その代理にシャーレを宛てがう、と。なるほどいいチョイスだな、先生。しかし……なぜカヤなんだろうか? もっと適任がいるんじゃあないか。たとえば、シャーレのリン局長。カヤ代表が劣っていると言いたいわけじゃないが、より相応しい人物だとは思わないか」
「……量才録用という言葉をご存知でしょうか。マコトさんもG区の上に立つ者として、多少の心得はあるかと思いますが。ああでも、お抱えの治安部隊の扱いには手を焼いているんでしたね。よければレクチャーしてさしあげますよ」
「お二人とも、お静かに」
「ま~まぁ、先生代理は一旦置いておきましょうよ。他にも面倒な議題が山ほどあるわけですしぃ? 地上外出禁止令の件とか……」
「あれは悪法そのものだ。まったく、自由を求めるのが我々の性分というのに、自ら秩序で縛り上げてしまっては本末転倒だろう!」
「反対派の意見も、ごもっともですねぇ。立案者であるリオ会計さんも、なにか言いたいことはあります?」
「そうね、反対派の意見も重々承知しているわ。住民からの抗議も、無視できる数ではないもの。けれど、年々増加傾向にある地上絡みの事件を防止するには不可欠の規則よ。問題解決に努めないで傍観したままでいるのは、合理性に欠けているわね」
「なるほど~。先生はどう思います?」
「私は──」
いくつかの議題を話し合った末、学連会議は終わりの合図で幕を閉じた。エック先生は帰りもカヤに送ってもらったので、去り際にお礼としてコーヒー豆の詰まった麻袋を手渡した。
嬉しそうな顔で受け取る彼女を見送って彼は図書館に戻った。
暖炉前のロッキングチェアに座る。〈シッテムの箱〉を膝に置き、〈大人のカード〉に光をかざしながら意味もなく観察する。
『これは不可解な奇跡を起こす代物。あなただけの武器。とは言ったものの、先生が記憶を取り戻さない限りは無用の長物ですが──』
エック先生は黒服の言葉を
もしこの
先生としての務めを果たすのに、先生のままではいられない。
鉛玉を一発だけでも命中させて拘束、あとは複数の急所を刺す──エックは頭の中で何度もシュミレーションする。
彼は揺るぎない決意をもって、殺人を成さなければいけない。
時計の針が六を指し示しているのを見、エックは休養チケットを取り出して時間を確認する。
自由時間はあと三十分もせずに終わる。エックは壁に掌を当てた。ふと、机のほうを見て読み終えていない本があることを思い出す。
『私はみんなとクジラを見に行きたいんです。言っておきますが、その〝みんな〟には、先生も入ってますから』
『必ず、生きて帰ってきてください。いいですか、
──理由が一つ、増えたな──
冷水を顔に浴びせる。疲れを吹っ飛ばす勢いでバシャバシャとかける。エックが顔を上げると、そこには亡者のような形相が映っていた。
タオルを握りしめてその亡者と対話を続ける。
深々と彫られた隈。血走って焦点の合わない眼。止めどない冷や汗。かち割れるような頭痛。
「──ここが踏ん張りどころだ、
目をつむって、もう一度冷水を亡者に浴びせる。
受取ボックスを覗くと、普段の紫制服とは別に当日有効の関係者証と〝仮面〟が届いていた。
〈第一四八八回 保護者会〉
スケジュール表を閉じ、呼吸を整える。法定速度を遵守しつつ指定された座標へと走らせた。
ピンの指す方角はサンクトゥムタワー。キヴォトスの中枢部。元は連邦生徒会の本部で、二十一年前に奪われて以来、保護者の権威を象徴する建造物となっていた。
いつ見ても摩訶不思議な構造。まず、このタワーの上には一本の巨大な塔がある。雲の遙か上まで伸びていて、エックも目視どころか映像でさえもその天辺を拝んだことはなかった。
この塔は下部のタワーと接触していない。つまり、浮いているのだ。黒服たちが言うには保護者以前からそうだったとのことらしい。
旧シャーレのビルとサンクトゥムタワー。戦前から残されている建造物はこの二つのみだった。
「チケットをお見せください」
「はい」関係者証を渡す。
「……その頭のものは?」
「担当医から常に着けておくよう言われていまして」
「失礼しました。どうぞ、お入りください」
無事にセキュリティを通ってエレベーターに乗る。一分ほどで最上階に到着した。
降りて廊下に出てすぐ、エックは異様な雰囲気に気圧された。ピンは真っ直ぐ向かって突き当たりにある扉の先を指しているが、まるで人の気配を感じない。
人らしさ、ないしは営み。そんなものが入る隙はなかった。冷たいと表現することも、鉄と表現することさえも生ぬるい。
幅の大きい廊下の中で靴音が小気味よく鳴る。意外にも、エックの心音は平然として落ち着いていた。顔に張り付いた仮面の輪郭を指先でなぞる。エックの直感が、こいつの影響だと訴えていた。
ギィ、ギィィィイイッ。
案内用の座標値データは自動削除されてピンが消えた。
エックから見て右に二人、左に四人が着席している。全員同様の仮面を被せていた。その背後には守護者らしき姿が立っている。
そして、真っ直ぐ正面。ヘイローを携えた一人の生徒──保護者が鎮座している。物憂げな仮面で顔はよく見えないものの、その威厳は確かなものだった。
キヴォトスを導く唯一。あらゆる戦争、あらゆる欠乏、あらゆる障害を排除する絶対者。楽園を顕現せし救済者。アルファを賛美し、オメガを唾棄する者。
エックの意思に関係なく、彼の深層に刷り込まれた崇拝の念が湧き起こされた。
「〈教授〉。どうぞ、空いている席に」
言われるがままに
「ただ今より、第一四八八回、保護者会を始めます」
仮面の者たちは一人として微動だにしない。静止した空間で呼吸さえ制御されているような感覚。
「それでは観測者より報告を」
「はい……今月は三名の政治家が発見されました。三名のうち、一名はドン・アランチーノに引き続いて、内ランを企んでいました。他二名は省長クラスの人物のサツガイを狙っていました」
「よく防いでくれましたね。では次、〈研究者〉はなにかありますか」
「AL-1Sを媒介とした〈名もなき神の力〉計画についてです。今年六月に開発された力場制御装置Ⅱ型によってシステムの安定性を実現。これで名もなき神の力を応用した肉体生産技術や発電技術は目覚しく発展しましたが、〈色彩〉の破壊を可能とするには我々の科学では未だ解釈の及ばない点があります。ANUBISも、制御が上手くいかず……」
「私の権能を使わずに肉体生産を成し遂げた。それだけでも、十分な成果でしょう。しかし、そうですね……色彩に関して話し合いたいことがありますので、研究者は十月十五日の予定を空けておいてください」
教授は、色彩がゲマトリアにとって最大の敵だと言っていたことを思い出した。
──到来する不吉な光。保護者が破滅を嫌うのなら、警戒して然るべきだ。でも、どうして研究者とやらに対策を講じさせている? 圧倒的な力を持っているのだから自ら戦えばいいはず。それほど色彩が強力なのか、それとも──
「〈医師〉はどうでしょうか。人口についてなにか問題は?」
「今のところ、食料需給に問題はありません。しかしS区を中心とした耕作地で不作となる予測が気象局から報告されています。大事には至らないと思いますが、人口調整プロトコル-γを視野に入れるべきかもしれません」
純協力者たちの報告はそのまま続いていった。教授は初回ということもあり、とくに発言することはなかった。
今までの報告を聞いたかぎりでは純協力者たちには役割があるように思えた。
観測者は監視。
研究者は色彩に対抗する技術。
医師は人口管理だろうか。
しかし、教授は自身の役割について聞かされなかった。どんな権限を与え、どんなことをさせようとしているのか、不明瞭のまま会議は終わりに近づく。
「──では、危険単語の候補もありませんから今回は割愛しましょう。以上をもちまして、第一四八八回、保護者会を終わります」
拍手や返事はない。ただ粛々と一人ずつ席を立って、一礼してから部屋を出ていく。教授も立ち上がろうと膝に手を置いた。
「教授は残ってください」
保護者のその一言に、なにかしてしまったのかと教授は内心ヒヤッとしたが、言い方をみるにそれは思い違いだと分かった。
教授を除いて最後の純協力者が退出した。守護者は突っ立たままで一切動く気配はなかった。保護者が教授のほうに近づいて耳打ちする。
「この後、〝とある場所〟に向かいます。ついてきてくれますね」
「……ええ。もちろんです」
教授にその誘いを断る道はない。保護者の後を追うと、部屋を出て左にある階段を上っていった。
屋上への扉が開くと揺さぶられるような強い風に煽られる。保護者は動じる様子もなく、ヘリのほうへ歩いた。ロボット操縦士が一礼して迎える。
「出発できますか?」
「風速が十六・七メートルなので、風が収まるまで運航は難しいです」
操縦士がそう返答すると、風は次第に弱まっていった。
「この風なら、出発できますね?」
「え、まあ、もう少し様子を見たいんですが……急ぎのようですし出しましょうか」
操縦士が首を縦に振ったので、二人は搭乗して離陸までのひとときを過ごすことになった。
保護者はなにやらポケットを探り出し、梱包された一粒の小さな錠剤を教授に渡す。
「酔い止めの薬です。警戒する必要はありません」
「……なにが目的かな、保護者サマ」
「ふふっ、そう焦らないでください。またとない勝機を逃してしまいますよ」
少し沈黙した後、エックは仮面を外してその錠剤を飲み込んだ。
風を切るプロペラの音が轟く。機体は宙に浮いて発進した。両者とも逃げ場のない局面だ。
「このシチュエーション、殺しにかかるのにピッタリだとは思いませんか?」
「私だって命は惜しいよ」
この状況はもちろん、さっきの会議室には守護者──あまりにも生気を感じられないロボットたちがいた。殺すことができたとしても、〈壁の目〉で逃げおおせることはできないとエックは判断したのだ。
「約束、していましたからね」
「盗み聞きは感心しないな」
「その頭に着けた〈輪っかちゃん〉のフラッシュで目眩まし。小銃で拘束。すかさずナイフでトドメ。そんなところでしょうか?」
思わずエックの頬を汗が伝った。理解していても、いざ対峙すると畏怖の感情がこみ上げてくる。
──私は、本当にこの人を殺せるのか──
無機質に悲しむ仮面も相まって、保護者の底は見えそうにない。
「この仮面は到着してから外しますよ」
「……どこに向かっているんだ?」
「ア──AL-1Sのところへです。研究者が言及していたこと、覚えているでしょう」
「名もなき神、だったかな。ゲマトリアから聞いているよ。AL-1Sは名もなき神々の王女だとも言っていた。その目的を知る限りだと、利用するには危険な存在に思えるけど」
「多少は知っていますか。しかし、あの外物たちは肝心な情報を伝えなかったようですね」
含みのあることを語るだけ語って、保護者は説明しようとはしなかった。その王女に会えば分かることなのかもしれない。
一時間半で自然保護区の上空まで来た。自然という言葉の意味とはかけ離れた、規則的な配置の木々。
エックが下の景色を眺めていると、緑の中に十円禿げのような人工を見つけた。
「あれはヘリポートですよ」
「なるほど、王女の居る場所は山の中に隠されているわけだ」
地上との距離が近づいていくにつれ、プロペラの音が収まっていく。回転数が下がり、スキッドが地面と接触した。
エック人生初──少なくとも記憶の限りでは──のヘリ飛行だったが、幸いにも酷い乗り物酔いをせずに済んだ。限界まで張ったピアノ線のような緊張感でそれどころではなかったのだ。
保護者はエックに背を向け、足下の扉を開けた。
「このハッチの先です」
「……あなたは、私の殺意に気づいているはず。どうして隠れ蓑まで案内したのかな」
エックの質問に保護者は意表を突かれたのか、少しの間動かず固まった。振り返らずに保護者は答える。
「
「──なっ」
エックの身体は動かなくなった。
より正確に言えば、
小銃の引き金が引けない。
フラッシュが押せない。
小刀が鞘から抜けない。
「この自然保護区内であれば〈壁の目〉を使って逃げられるでしょうね。しかし、それは発信機が無事であればの話ですよ」
「発信機?」
「……ゲマトリアが勝手に装着させたものでしたか。どうりで私も気づくのが遅れたわけです」
私はエックの首元に付いていた発信機を剥がし、握り潰した。
さあ、これで邪魔は入らない。
「お互いに、約束を果たしましょう」
保護者が強すぎて私は頭を抱えています
数週間後の私がなんとかしてくれることを願って