女が強いあべこべ社会な種族の宇宙海賊で戦闘員をやっている男の話 作:スペースパイレーツ
星々の光が散りばめられた宇宙の中を漆黒の巨影が静かに進んでいた。
今の宇宙を支配している銀河帝国――テオス・インペラトルの輸送艦ディウスだ。
全長四百メートルを超えるその輸送艦は、まるで宙を彷徨う城塞のように重厚な装甲をまとい、船体には威容を誇る帝国紋章が刻まれている。
その内部には、帝国軍の戦線を支える大量の物資が格納されていた。最新鋭のエネルギー兵器、重装歩兵用の戦闘強化スーツ、軍用プロビジョン、戦略級補給品……。
これらはすべて、テオス・インペラトルの覇道を揺るぎなきものとするために必要不可欠なものだった。
そんな輸送艦の通路を歩く兵士たちは、皆一様に屈強な体つきをしていた。彼らは帝国の軍用輸送船団に所属する兵士であり、単なる物資運搬要員ではない。
粗野で無骨な銃器を手にし、何かあれば即座に戦えるように身構えている。
ブリーフィングルームでは、数人の兵士が雑談を交わしていた。
「……クソッタレめ、また辺境への補給任務かよ」
座席にもたれかかるのは、禿頭の巨漢だ。
左腕には帝国軍の紋章が刻まれたタトゥーが浮かんでいる。
「文句を言うな。帝国の兵士が配給される飯を待ってる連中がいるんだ」
反対側に座る兵士が、分厚い軍用ブーツを組んで呆れたように言う。ライフルを分解しながら、器用にグリスを塗り直し、暇な時間を少しでも有効活用しようとしていた。
「戦場ならまだしも、こんな退屈な輸送任務なんて柄じゃねえんだよ」
兵士は床にブーツを打ち鳴らし、退屈そうに天井を見上げる。
「まあ、確かに……このクソ重い装甲と護衛艦隊付きの船を襲おうなんてバカは、そうそういねえよな」
兵士の1人が肩をすくめると、隣にいた別の兵士が軍用配給食をつつきながら笑っていた。
「ま、お前もそのうち気づくだろうさ。こういう仕事が一番いいんだよ。生き残れるからな」
「そういうもんかねぇ」
兵士は腕を組み、つまらなそうに天井を仰いだ。実際の所……テオス・インペラトルはこの宇宙における最大規模の軍事大国だった。戦争による宙域拡大と、何よりも戦いを好む種族である彼らは、脳筋でありながらも高度な科学力と規模で数多もの星々、文明を征服して力を強めていった。
彼らの存在自体はかなり昔からあったのだが、銀河系にかつていたライバルたちが姿を消していったおかげで、まるでおこぼれの如く支配者の位置についた。
しかし彼らの在り方はあまりにも極端で、自分たちの種族以外の他種族にはとにかく圧政を敷き、露骨な差別をしては虐殺をしたりなど、もうやりたい放題だった。
おかげで宇宙のあちこちでこの銀河帝国は嫌われるようになった。それでも帝国の力があまりにも強大であるがゆえに、誰も逆らうことができない。
反乱は起こるたびに瞬く間に鎮圧され、その首謀者たちは見せしめとして公開処刑される。
そうして帝国は何の脅威も感じることなく、この宇宙を我が物顔で支配していた。
輸送艦ディウスの乗組員たちも、それを疑うことなく日常を過ごしていた。
——だがその「日常」は唐突に終わりを告げる。
《警告、警告、警告》
「……何だ?」
突如、輸送艦の艦内に甲高い警告音が鳴り響いた。
赤色灯が回転し、ブリーフィングルームの兵士たちが一斉に顔を上げる。
「なんだ、何が起こった!?」
「警報……? 馬鹿な、こんな航路で敵がいるはずが——」
直後、通信回線が開かれ、艦橋のオペレーターの焦った声が飛び込んできた。
「緊急報告! 至近距離に正体不明のワープ反応! 識別コードなし、所属不明の艦影が急速接近中!」
「ワープ反応だと……!」
兵士たちの間に緊張が走る。
テオス・インペラトルの領域内で、帝国の識別コードを持たない船がワープしてくるなど、通常ではあり得ない。
「敵か!? どこの勢力だ!?」
「わからん! だが帝国の航路を侵犯するバカが、ただの商船ってことはありえねぇ!」
ブリーフィングルームの兵士たちは、即座に持っていた銃器を手に取り、各自の戦闘配置へと散っていく。
艦橋ではオペレーターが必死に接近する船のデータ解析を試みていたが、敵の正体は不明のままだった。
「全員戦闘配備につけ! 艦内戦闘の可能性あり、迅速に武装を整えろ!」
ブリーフィングルームにいた兵士たちは、一瞬の逡巡もなく立ち上がり、壁に設置された武器ロッカーへと向かう。
そこには帝国軍の標準装備であるマグネティック・パルスライフルが並んでいた。従来の火薬式を超える電磁加速技術を採用したこのライフルは、対装甲戦闘にも対応しており、接近戦用のモノフィラメント・バヨネットを装着することで白兵戦にも適応する。
「戦闘強化スーツを着込め! 圧力調整と酸素供給の確認も忘れるな!」
兵士の一人が叫ぶと、仲間たちは次々と装甲服を身につけていく。
この戦闘強化スーツは、エネルギー吸収フィールドを備え、一定の火力ならば防ぐことが可能だ。さらに各兵士の神経リンクと接続することで、俊敏な動きを可能にする補助システムが搭載されている。
兵士たちが次々と武装を完了させる中、ブリーフィングルームのドアが開き、階級章のついた将校が姿を現した。
「状況は?」
「敵影、依然として識別不能! ですが……敵艦はワープアウト後、急速に接近中!」
オペレーターが通信を通じて報告する。
「護衛艦隊は?」
「周囲の巡航艦が迎撃態勢に入っています! ですが……敵艦のスペックが不明、迎撃可能かは不明です!」
「ならば……こちらも迎撃準備だ。全兵士、戦闘態勢を維持しろ! ブリーフィングルームの部隊はCデッキ防衛へ向かえ!」
「了解!」
兵士たちは一斉に敬礼をし、各自の持ち場へと急行する。
通路では同じく配備された兵士たちが慌ただしく動いていた。
「防衛ラインをAデッキとCデッキに展開! 火器管制チームは砲撃準備を急げ!」
「敵が直接乗り込んでくる可能性がある! 近接戦闘班をDデッキに配置しろ!」
戦闘要員たちが艦内を駆け抜け、各所に配置されていく。
銃器のチェックが行われ、弾薬の装填が済まされる。誰もが無言のまま、確実に戦闘への準備を整えていった。
輸送艦内に配置された自動防衛タレットがオンラインになり、センサーが異常を探知すると即座に迎撃を開始できるように調整される。
この艦は輸送船とはいえ、帝国軍の所有物だ。
侵入者を排除する手段はいくらでも揃っていた。
その瞬間だった。
帝国輸送艦ディウスの戦術スクリーンが、突如として警告音とともに明滅した。敵影がワープアウトし、視界の端に姿を現したのだ。
「敵艦、視認! 視界に入りました!」
「モニターに映せ!」
将校の指示を受け、オペレーターがスクリーンに敵艦の映像を投影する。次の瞬間――艦橋にいた者たちは一様に息をのんだ。
漆黒の宇宙を切り裂くように、一隻の異様な艦影が進んでくる。
それは帝国の艦船とはまるで異質なデザインだった。細長く、流線型の船体は鋭く研ぎ澄まされており、船体の両側にはまるで帆のような巨大な構造物が広がっていた。灰色の外殻は鈍く光を反射し、まるで幽霊のように静かに宙を滑る。そのフォルムは異様なまでに美しさと恐ろしさを同時に兼ね備えていた。
「……ま、まさか……あれって」
兵士の一人が呆然と呟く。
帝国軍の設計思想とは根本的に異なるその艦は、まるで異世界から来たかのようだった。威圧感を誇る帝国艦艇とは異なり、どこか異質でしなやか——だが確実に戦闘を意識した設計が施されている。
「識別コードの照合を急げ! 所属を確認しろ!」
オペレーターが必死にコンソールを操作する。しかし、帝国のデータベースには一致するコードは存在しなかった。
「だ、ダメです! 識別不能! 帝国のデータには該当なし!」
その報告を聞き艦橋にいた将校は歯噛みした。険しい表情のまま、敵艦の姿を凝視する。そして、苦々しげに吐き捨てた。
「ゼファの宙賊か……!」
その言葉に、兵士たちの間に動揺が走る。
「ゼファの……?」
「あいつら、帝国の航路にまで出てくるのか……!」
ゼファ——帝国が忌み嫌う、蛮族の名だった。
彼らは男が機械技術に秀で、女が
ゼファの宙賊は、決してただの略奪者ではない。
帝国が支配する前の宇宙にて、栄華を誇った戦士の一族だ。
彼らの船は、帝国の標準的な戦術では計れない独自の技術と戦闘スタイルを持ち、何よりもあの異様な「帆」によって驚異的な機動力を発揮する。
そしてなんと言ってもただの兵士でも容易く戦艦を落としてしまえるぐらい、白兵戦が異様に強い。
帝国の本隊にいる兵士でなければ真正面から戦うのは不可能だ。
「敵艦、加速! 急速接近中!」
「迎撃態勢を取れ! 砲撃準備!」
将校が怒号を飛ばし、帝国兵たちが慌ただしく戦闘態勢を整える。
しかし、彼らの目の前で、その灰色の艦はまるで風に乗るように優雅に滑りながら、異常な速度で接近してきていた。
「来るぞ……!」
するといきなり……鋭い金属音が響き、船体が激しく揺れた。
「何だ!?」
衝撃の直後、警報がけたたましく鳴り響く。
《警告――船体に外部アンカーの接続を確認! 敵の強制接舷を受けています!》
「くそったれ! 乗り込まれるぞ!」
兵士たちが慌てて迎撃の準備を整える中、輸送船の船殻に突き刺さったアンカーが軋み、ゆっくりとゼファの船と密着していく。
◆
一方でゼファの船内――鋼鉄とオイルの匂いが漂う格納デッキにて、すでに何人もの戦士たちがそれぞれの武器を調えながら突入準備を進めている。
その中で、一人の人物が静かに前へと進み出た。
灰色のボロ布のようなマントを纏い、黒みがかった装甲で身を固めたその戦士。鋭利な装甲は闇に溶け込むような色合いをしており、まるで影そのものが具現化したかのような威圧感を放っていた。
「ねぇ、また1人で行くの? クロウ」
「ああ……その方が油断する。それにこれが初めてじゃないだろプリム」
「……わかってはいるけど、女としては複雑なのよ」
白髪を靡かせ、頭から2本の角を生やした細身の女が、クロウと呼ばれた男は気にかける。戦場を駆けるのは女という文化が根強い彼女らにとって、クロウの行動はかなりハラハラドキドキして仕方なかった。
「戦場は女だけじゃないだろ……じゃ、行ってくる」
「幸運を」
クロウがそう言うとエアロックの扉が開き、虚無の闇が広がる宇宙空間が目の前に現れる。クロウは迷いなく一歩を踏み出し、アンカーケーブルに足をかけた。
その顔には、漆黒のフルフェイスヘルムが覆い被さっている。シャープな造形にいくつもの目のような意匠が施されたそれは、まるで戦場を見通す魔物のような不気味さを漂わせていた。
クロウはアンカーを伝い、一瞬の躊躇もなく駆け出す。
無重力の空間にもかかわらず、彼の動きはブレることなく正確だ。身体を前傾させ、ケーブルを蹴り、推進装置の力を利用して一気に加速する。その姿はまるで闇の中を滑る影のようだった。
輸送船が近づく。
彼はアンカーの終端、接舷ポイントの直前で姿勢を低くし、推進装置の噴射を最小限に抑えると、そのまま無音で船体へと着地する。
金属の外殻に手をかけ、すばやくエアロックの封鎖を解除する。
わずか数秒後――輸送船内部への道が開かれると、クロウは迷いなくその暗闇の中へと身を投じると、たまたま近くに居た帝国兵士が外へ吸い出された。
「うわぁ――」
「く……!」
クロウがエアロックから踏み込んだ瞬間、帝国兵士たちは一斉にこちらを振り向いた。
突然の侵入者に驚愕しつつも、すぐに武器を構える。
「クソ……侵入されたぞ!!」
数人の兵が銃をクロウへと向ける。しかし、彼はその場でヘルムを一旦解放した。甲冑の隙間がスライドし、機械的な駆動音とともに顔が露わになる。
側頭部から突き出た金属質の角。
無重力にたなびく灰色の髪。
端正ながらもどこか中性的な顔立ち――それは帝国の兵士たちが認識している「ゼファの男」の特徴そのものだった。
「ゼファの男……? こいつ、女じゃない!」
兵士の1人が口元を歪める。
ゼファの男というのは後方支援、主力が女たちと知っている帝国兵士はニヤリと笑う。だがこの状況を唯一冷静に見極めていた将校は、クロウが只者じゃないと気づいていた。
だがもう遅い――兵士の1人が隙を晒した。
「ちょうどいい、人質にすれば――」
次の瞬間、紫電が閃いた。
「――ッ!?」
クロウの手にあったのは肉厚な刃のサーベル。
サイオニックの輝きが刃を包み込み、禍々しいまでの斬撃が周囲に奔る。
帝国兵士が放った光弾は、その紫電の軌跡に呑み込まれるように消え去った。クロウは一歩踏み込み、迷いなく兵士の胸を袈裟斬りにする。
「ぐ、あ……!」
重装甲の防弾スーツごと、兵士は斬り伏せられた。
そのまま別の兵士が引き金を引く――だが、クロウのサーベルはさらに加速する。
斬撃の余波が周囲の光弾をことごとく斬り裂き、撃ち込まれた銃撃が無意味に終わる。
「な、なんだコイツ……!」
兵士たちが恐怖に駆られ、後退する。
だが、その背後――エアロックから次々と滑り込んできた影があった。
「悪いけど、私たちの分も残してよね……クロウ」
「好きにしろ」
銀白の髪を靡かせ、長身のプリムが先頭に立つ。
その背後には、ゼファの女戦士たち――生粋の戦士たちが続いていた。
「お、女戦士たち!? ち、畜生!」
帝国兵士が慌てて体勢を立て直そうとするが――
「もう遅いわ」
プリムが手をかざすと、サイオニックの光が瞬く。
光がほとばしり、エネルギーの奔流が帝国兵士全員を襲いかかり、その悉くを焼き払う。
「ば、化け物……!」
残る者達が必死に抵抗するも、彼ら程度じゃゼファの戦士を倒す事は出来ない。
「さて……片付けるぞ」
「ええ」
結局突入から10分かからず、帝国兵士は全て殺害され、輸送船は乗っ取られてしまった。
◆
帝国兵の残骸が転がる輸送船の内部。戦闘が終わり、ゼファの女戦士たちはすぐさま船内の物資を漁り始めた。
「お、これはなかなかの戦利品じゃない?」
「帝国製のエネルギーパック……補給が楽になるな」
「食糧も悪くないわね」
彼女たちは戦場では苛烈な戦士だが、こうして戦利品を確認しているときは少女のように無邪気な表情を見せる。誰もが戦い続きの生活をしているため、こうした補給の瞬間こそが、わずかな安息だった。
一方で――
「……やれやれ」
クロウは少し離れた場所に腰を下ろし、ヘルムを外した。灰色の髪を軽くかき上げ、深く息を吐く。
サイオニックによる斬撃で敵を一掃したとはいえ、神経を張り詰め続けた戦闘の後はさすがに疲れる。鎧の内部にこもった熱がじわじわと広がり、わずかに汗ばむのを感じた。
「クロウ、疲れたでしょ?」
不意に、すぐ隣に白髪の女戦士――プリムが腰を下ろす。戦闘中とは違い、今はどこか甘えたような表情だ。
「別に……いつものことだ」
クロウはそう返したが、プリムはくすっと笑い、突然身を寄せた。
「少し癒やしてあげるよ、ご褒美に」
言うが早いか、彼女はクロウの腕に絡みつき、そのままぎゅっと抱きついてきた。彼女の白い肌と柔らかな髪がすぐそばにあり、戦闘で火照った体温が伝わってくる。
「……おい、離れろ。というかむしろお前が褒美もらってる側だ」
「知りませんなー」
クロウはうんざりした声で言ったが、プリムは微動だにしない。むしろ満足げな表情を浮かべ、さらに密着してきた。
「こうしてると安心するわ、クロウは危なっかしいから」
「そういう問題じゃないだろ……」
「いいじゃない、たまにはこういうのも」
「いつもだろ」
クロウは軽く舌打ちした。振り解くのは簡単だ。だが、ここで抵抗すればプリムはさらに絡みついてくるのが目に見えている。それに、他の戦士たちまで悪ノリし出したら余計に面倒くさい。
「あれれー? そんなこと言っていいのかなー?」
「なんだ」
「昔……船長につまみ食いされた事、バラそうかなー?」
「絶対にやめろ……!!」
そんな事実がバレたら、秩序なんて容易く崩壊する。
自分たち――クラン・オブ・ストームは規模の小さな宙賊なのだから。
「じゃあ、今度1日空けて」
「あん……?」
「1日くれたらバラさないであげるよ、くっくっくっ」
そう言ってニヤニヤ笑いながらプリムは仲間達の下へ向かい、一緒に物資を漁る。厄介な約束事をしてしまったなと頭を抱えたくなったクロウだが、これもゼファの男の宿命……甘んじて受け入れる他ない。
「腹上死だけはしたくねぇ」
せめて戦士らしく死にたいものだとぼやきながら、クロウも仲間達の方へ向かう。
これは女が強い社会の種族に生まれた男が、自らの種族の復興と陰謀に挑む話。
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