原神IF -知っているようで、知らない世界-   作:白い花吹雪。

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3.草の神の目

 遺跡を後にして街へ戻る途中、私はふと、教会の前を通りかかる。

そこで出会ったのは、見覚えのない女性だった。

 

茶色い髪を三つ編みにした、シスター姿の女性。

彼女は静かに立って、花壇に水をやっていた。

 

「……あれ?」

 

その佇まいに、違和感を覚える。

モンドのシスターは何人か覚えているけど、こんな人は知らない。

 

しかも、彼女のそばに漂う淡い緑の光…これは——草元素か?

とすると、神の目を持っていることになる。

 

「こんにちは。お疲れ様です、旅人さん」

 

「…あなたは?」

 

 そう問いかけると、彼女は柔らかく微笑み、静かに名乗った。

 

「私はリィルと申します、モンド教会でお手伝いをしている者です。旅人さんが来たという話を聞いて、いつかお会いできるかと思っていました」

 

「リィル……」

 

聞き覚えのない名前だ。

でも、それより気になったことがある。

 

「…モンドに草元素使いって、いたっけ?」

 

 私の記憶では、モンドには草元素の神の目を持つ人はいなかったはず。

次に行った国である璃月にはいたけど。

 

「ええ、この国では珍しいかもしれません。私もこの地の出身ではありませんから。昔、風に導かれて…ここに辿り着いたのです」

 

 淡々と語るその口調に、嘘や誇張の気配はない。

ただ、何か深いものを隠しているような、そんな静けさがあった。

 

「……変な話だけど、ちょっと安心したよ。記憶の齟齬かと思ったから」

 

私がそう呟くと、リィルは少しだけ目を丸くした。

 

「記憶、ですか?」

 

「…うん。いや、これは個人的な問題なんだけど。あなたみたいに、前に見たことがない人が増えてる気がして。でも、モンドの景色は変わってないし…私の記憶だけが違ってるのかもって、少し不安になってた」

 

「……もし、その記憶があなたにとって大切なものなら。私は、嘘ではないと信じます」

 

「……ありがとう」

 

 その言葉に、ふっと肩の力が抜けた気がした。

おっとりしたこのシスターの言葉には、不思議と心をほぐす力がある。

 

「風魔龍のこと、お気をつけください。神に仕える者として…いえ、一人の祈る者として、あなたの旅の無事を願っています」

 

深く頭を下げる彼女に、私は「ありがとう」とだけ返して、再び歩き出した。

 

 

 

 やっぱり、おかしいのはこの世界の方だ。

今の彼女のように、見覚えのない人までいる。

なのに、私以外はそれを不思議に思っていない。

 

…いったい、何がどうなっているのだろう?

 

 

 

 

 翌日、私は改めてモンド教会を訪れた。

昨日の出会いが、妙に心に残っていたからだ。

 

扉を開けると、内部は相変わらず静寂に包まれていた。

荘厳なステンドグラスから差し込む光の中、祈る人々の姿もちらほらとある。

 

 その奥に、昨日の女性——リィルの姿を見つけた。

 

祭壇の端で、小さな鉢植えを並べている。

その手つきは丁寧で、花に語りかけるような静けさがあった。

 

「リィル」

 

声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。

 

「おはようございます、旅人さん。ようこそ教会へ」

 

「……昨日は、ありがとう。ちょっと気になって。あなたのこと」

 

「まあ。ふふ…そんなふうに言われるのは、少し照れますね」

 

 リィルは穏やかな笑みを浮かべ、胸の前でそっと手を合わせた。

 

「…バーバラさんには会いましたか?」

 

「いや、まだ」

 

バーバラのことはよく知っている。

前の旅の記憶と、何も齟齬がなければだけど。

 

「彼女には、とてもよくしていただいています。歌やお祈りの練習にも付き合ってくれるんです。…私、音程を取るのが少し苦手なので」

 

 恥ずかしそうに頬を指で押さえながら、リィルは笑う。

 

バーバラと交流があるのなら、少なくとも正体の怪しい人物ではなさそうだ。

でも、やっぱり——

 

「…あなた、本当にここに“昔から”いたの?」

 

 問いかけた声に、わずかに沈黙が生まれた。

 

「…昔、というのがどれくらい前のことを指すのかにもよりますね」

 

リィルは、目を伏せたまま言う。

 

「私は、誰かに呼ばれてここに来たわけではありません。ただ、風に導かれるままに歩いて、気がつけばモンドに辿り着いていたんです」

 

「風に導かれた…」

 

 その言葉は、どこかで聞いたことがあるような感覚を呼び起こした。

でも、それが何なのかは思い出せない。

 

「神の目を得たのも、モンドに来てからです。…だから、私が“草”の加護を受けたこと自体が、少し不思議なことなのかもしれませんね」

 

そう言って、リィルは手のひらを広げた。

そこに浮かぶのは、淡く緑に輝く草元素の神の目。

 

 それは確かに、かつてスメールなどで見たものと同じだった。

けれど、それがモンドの教会にある……というだけで、どこか奇妙で不安定な感覚が胸をざわつかせた。

 

「…ごめん、ちょっと、外の風にあたってくる」

 

「はい。…また、よろしければいらしてください。旅人さんの話、私は好きですから」

 

 リィルの言葉を背に、私は外に出た。

 

 

 

 ——風に導かれて、草の加護を受けた者。

そんな存在が、いつの間にかモンドに現れて、しかも誰も違和感を覚えていない。

 

この世界には、やっぱり何かが起きている。

そして私は、その“何か”に、少しずつ触れ始めているのかもしれない。

 

 

 

 教会の中に戻り、リィルと目を合わせた。

彼女は小さく笑いながら、手にしていた鉢をそっと棚に戻した。

 

「私に、何か気になることがあったのでしょうか?」

 

「うん。草元素を使えるモンドのシスターって、やっぱり珍しいし、あなた自身も…なんというか、どこか“この世界の人じゃない”みたいに感じたから」

 

ちょっと正直すぎたかもしれない。でも、彼女は驚くこともなく、静かに頷いた。

 

「…そうですね。私自身も、時々そう思うことがあります。モンドは大好きですけど、時折、自分が“ここに属していない”ような気がして……」

 

 その言葉に、私ははっとした。

もしかして彼女も、私と似た感覚を持っているのだろうか。

同じ世界にいながら、どこか別の“軸”に立っているような——そんな感覚。

 

「ねえ、リィル。もし、あなたが“この世界の何かがおかしい”って感じたことがあったなら…その時、どうする?」

 

「……私は、信じたいと思います。目の前にあるものが本当かどうかより、それが“信じられるかどうか”を、大切にしたいのです。たとえ全てが夢だったとしても…その中で出会えた人が優しかったなら、それを偽りとは呼びたくない」

 

 リィルの言葉は、まるで祈りのようだった。

静かで、あたたかくて、でも、芯のある強さを感じさせる。

 

「…そっか。やっぱり、あなたと話すと落ち着くよ」

 

 気づけば、私は微笑んでいた。

そして、自分の中にあった疑念のいくつかが、少しだけ和らいでいるのを感じた。

 

「また、話してもいいかな?」

 

「ええ、もちろんです。何度でも。…風があなたを導いてくれる限り、私はここにいますから」

 

 その答えに、私は深く息を吐いた。

少しずつ、この“ずれた世界”の中で、自分の居場所を見つけていける気がした。

そして、彼女という存在が——確かにこの世界にいることが、一種の救いであるようにも感じた。

 

 




『リィル』
信心深いモンドのシスター。風に導かれてこの国にやってきたらしい。
法器を扱い、草元素の神の目を持つ。
旅人の記憶にはない人物だが…?

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