原神IF -知っているようで、知らない世界-   作:白い花吹雪。

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5.風神、血を流す

 モンド城の西風騎士団本部前。

冷たい風が吹き抜ける石畳の広場に、太陽が沈みかけの橙色の光を落としていた。

 

私はジン団長に呼ばれて、本部に戻ってきたところだった。空にはまだセピア色の余光が残り、鐘楼の影が長く伸びている。

 

「な…なんかオイラ、猛烈に嫌な予感がするぞ…」

 

 パイモンの声が震えていた。

私も感じていた…肌を刺すような寒気を。

明らかに自然なものではない。

私たちが本部の扉を開けた、その瞬間。

 

「……!」

 

空気が一変した。

扉の先に広がるのは、まるで極寒の冬宮のような空間。

氷の針が漂い、空気さえ凍り付くような気配の中、彼女は立っていた。

 

高貴なドレスに身を包み、目元に黒い仮面をつけた女。赤く染まった唇と、氷のような瞳――その姿を、私は忘れることなどできるはずがない。

 

「…"淑女"」

 

 声に出さず、私は名を呼んだ。

炎と氷の元素を扱う、ファデュイの執行官…幹部の1人。

彼女は、前の冒険の時もモンドに現れた。

 

かつて、幾度となくみんなと交わした言葉を忘れているだろう。

もちろん、私のことも。

 

…でも、どうして?

いや、彼女がモンドに現れるのは、私の記憶と違わない。でも、これはおかしい。

“このタイミング”で、“この姿”で彼女が現れるのは、ここではなかったはず…。

 

「フン。これがモンドの西風騎士団か。随分と手薄ね。『神の心』を受け取るには、ちょうどいい時だわ」

 

 彼女が進み出ると、周囲の床に霜が広がっていった。

彼女の手には、既に神の心が握られている。

……風神バルバトスの力が、彼女の手の中で無力に凍り付けられていた。

 

「待って……あなたは……!」

 

私は思わず前へ出た。

パイモンが後ろで制止するが、それを振り払った。

 

「…何よ、あんた?」

 

「あなたは…私のこと、覚えてる?」

 

ダメ元で、そう聞いてみた。

 

「…何の話?人違いでもしてるんじゃないかしら。てかそもそも――あんた誰よ?」

 

 冷たい声が胸に突き刺さる。

笑顔も、誇りも、すべて凍り付いたかのような口調で。

 

「…私は旅人。ただの、旅人……」

 

ふん、と鼻で笑って、彼女は私に背を向ける。

 

「まあ、いいか。無駄な時間を使ったわ。…伝えておきなさい。あんたたちの『神』は、すでに私の手の中にあるってね」

 

 氷の蝶が舞い上がると同時に、彼女の姿は霧のように消えた。

残されたのは、床に凍り付いた神の祭壇と、胸に残るあの面影の痛みだけ。

 

「……淑女」

 

かつて、あの城で戦った敵の名を…私は呼んだ。

 

 

 

 

 

 やがて辺りには暖かな空気が戻り、地面に降りた霜も消えていく。

そしてすぐ、パイモンが飛んできて喚いた。

 

「あわわ…な、なんだよあいつ!?なんか、すごいヤバそうだったぞ……!」

 

「実際ヤバいよ。だって、あの女は…ファデュイの執行官だもの」

 

「え、そうなのか?てか、どうすんだよ…!あいつ、神の心を持っていっちゃったぞ……!」

 

「神の心……?そうだ、ウェンティ!」

 

 

 私は慌てて、本部の中へと駆け込んだ。

 

そこには、なんと床に血を流して倒れるウェンティの姿があった。

彼の緑の装束は赤く染まり、両手で押さえる腹部からは溢れるように血が流れている。

 

「ウェンティ!」

 

私が駆け寄ると、彼は「旅人……」と呟いてこちらを見た。

「大丈夫だよ、ふっ……」なんて言っていたが、どう見ても大丈夫ではない。

 

「いや、大丈夫じゃないだろ!…待ってろ、すぐに助けを呼ぶからな!」

パイモンはそう言って、奥へと飛んでいった。

 

 

 それにしても、ずいぶんとやり方が荒っぽくなったものだ。

以前は、確か彼は腹を殴られるようにして神の心を奪われていたと思ったのだが。

 

というか、この世界で血を見ること自体がすごく新鮮に感じられた。

まして、それが七神となると余計に。

 

「彼女、行っちゃったな……ハハッ……」

 

ウェンティは腹を押さえて呻く。

助けたいが、私の記憶が確かなら、彼には普通の治療は効かなかったはず。

仮にバーバラを連れてきたとしても、この傷は治せないだろう。

 

「笑い事じゃないよ……!血が止まらないじゃない!」

 

「なに、よくあることさ……いや、よくあったこと、かな。とにかく、ボクは大丈夫だ」

 

 まあ、それはそうだろう。

何しろ、彼は人間ではない……というか、この世界の神様、風神バルバトスなのだから。

 

しかし、それでも止血くらいはできるはずだ。

パイモンが、都合よく包帯か何かを持った人を連れてきてくれるといいのだが……果たして、そう上手くいくだろうか。

 

その間、私は手で彼の傷を押さえた。

常人のそれと違って、とても温かく……そして、赤い血が掌を濡らした。

 

「っ……どうしよう、止まらない……!」

 

 焦る私の顔に、ウェンティが左手を伸ばしてきた。

「心配ないよ……ボクは、大丈夫だから」

 

「それはわかってる!けど、このまま外に出たりとかしたら……!」

 

 そこで、パイモンがバーバラを連れて戻ってきた。

すぐに治療が行われたが、彼にはまったく効果がない……まあ、思った通りだ。

 

しかし2人は違ったようで、「えっ……?どうして!?」「あれ……!?効かないぞ!どうしてだ!?」と焦っていた。

そんな2人を宥めるように、私は「とりあえず包帯を持ってきて」と言った。

 

2人がダッシュで向かって行くのを見送って、ウェンティは私を見てきた。

 

「君は……もしかして……」

 

 そこで、私は真実を彼に伝えた。

 

「うん。私は……あなたを知ってる。あなただけじゃない、この世界のことも、これから起きることも……」

 

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