原神IF -知っているようで、知らない世界- 作:白い花吹雪。
ウェンティの治療が終わった後、突然執務室の扉が勢いよく開いてジンが飛び出してきた。
そして、負傷したウェンティを見てひどく驚いていた。
「そう言えば、お姉ちゃん今まで何してたの?」
「あいつに……“淑女”に、閉じ込められていたんだ!扉を凍らさせられて、開かないようにされたんだ!」
確かに、ジンが出てきた部屋の扉には氷がわずかに付着しているし、床は濡れている。
おそらく淑女が消えた結果、氷を維持する力も消えて溶けたのだろう。
「それで、その……ウェンティ、その傷はあいつにやられたものだな?」
「うん……でも大丈夫だよ。包帯も彼女たちが巻いてくれたしね」
「ならばいいが……執行官め、私の目の前でモンドの市民に手を出すとは。これはきっと、我々が彼らを見切ってもよいということの暗示なのだろうな」
まあ、それは実際そうだろう。
何しろ、彼らの目的はあくまで神の心を手に入れること。
そして、実際に神の心を奪った以上、もうモンドに変に接触する必要はない。
「神の心……?何それ?」
バーバラとパイモンが、子供のような顔で尋ねた。
「あっ、それは……」
そうか、この2人は神の心のことを知らないんだ。
しかしパイモンはともかく、バーバラには知られたくなかった。
彼女だけでなく、この世界の大半の人が知っていていいのは「神の目」だけだ。
「……いいんだ、仕方ない。こうなったからには、すべて話そう」
そうして、ウェンティは話した。
「神の目」が、初歩的な元素力を扱えるようにするだけの外付けの魔力器官であること。
「神の心」は、本物の神だけが持つ純粋な魔力器官であること。
そして、ウェンティ自身がその「本物の神」……
風神バルバトスであることを。
その話を聞いた時、バーバラとパイモンはひどく驚いていた。だが、私が「秘密だよ」と囁いたこともあってか、すぐに受け入れたようだった。
一方のジンは、そこまで驚いてもいない様子だ。
なんでも、前々から彼に不思議な力を感じてはいたらしい。
むしろ、なぜ彼がモンドの表舞台から姿を消したのか、なぜ人間のフリをして暮らしているのか、といった素朴な疑問を投げかけた。
ウェンティはいっぺんに答えられず困っているようだったので、私はその場に入ってごまかした。
「まあ、詳しいことはあとで聞こうよ。その……彼、ケガしてるし」
「そう、だな。ひとまず医務室へ運ぼう」
医務室のベッドへ運ばれたウェンティは、すぐに眠ってしまった。
回復のためなのか、それともジンの追及から逃れるためなのかはわからないが。
「信じられないよ……ウェンティが、本物の風神様だったなんて……!」
バーバラは今なお驚き、そして困惑しているようだった。
パイモンも……まあ驚いてはいるが、そこまで露骨に困惑してはいない。
「……。そうか、君が風神バルバトス様だったのか……」
ジンはそう呟き、ウェンティをじっくりと見つめた。
その目は、まるで風魔龍……もといトワリンでも見るかのようだった。
「旅人、君はこのことを知っていたんだな?」
「……うん。いずれ、言うことになるとは思ってたけど……」
この際、私も真実を話そうかと思った。
だが、ジンのセリフからしてその必要はなさそうだった。
「いいんだ。誰にでも、言いづらいことや言えないことはあるものだからな」
……なんだか、すごく安心した。
つくづく、騎士団長がこの人で良かったと思う。
まあ、ガイアやディルックでも良かったかもしれないが。
「それで、ウェンティ……じゃなかった、バルバトス様はこれからどうするおつもりなんだろう?」
「神の心……だっけか。それを奪われたってことは、すごくヤバい状況ってことだよな!」
「そうだね。けど……正直、いいんだよ」
ウェンティの言葉に、みんなが驚いた。
彼は、眠ったふりをしていただけだったのだ。
「ボクにとって、あれはそこまで重要なものじゃないんだ。あれがなくても、そこまで力を失うわけじゃないし……向こうは、ボクなんかよりずっと強い人間たちの集まりだ。どう頑張ったって、勝てるわけないさ」
それは……まあ、正直何とも言えない。
しかし、彼がそんな潔く諦めてしまうのは、何というか……それでいいのか?と言いたくなる。
「そんなことないですよ!バルバトス様は……私たちにとっての神様です!本気を出せば、きっとファデュイなんて……!」
元気づけるように言うバーバラに、ウェンティはどこか悲しげに笑いかけた。
「いいんだよ。向こうには向こうの目的があるんだ。それが変わらない限り、どうやったって結末は変わらないさ」
彼としてはそこまで深い意味はないのかもしれないが、私には、なんだか含みがある言葉のように感じられた。
「これから、どうするおつもりなんだ?」
「そうだね……誰か、すごく強い人……例えばそう、ボクの代わりに神になって、彼らをやっつけてくれるような人がいれば、ねえ……」
荒唐無稽な話にも聞こえるが、確か前にこの世界に来た時に彼は「神の目を持つ者はみな、神になる資格がある」と言っていた。
今回もそうであるなら、あながち冗談とも言い切れない。
「あなたの代わりになれる者などいない。ひとまず、今は体を休めるんだ。ゆっくり眠るといい」
「そうさせてもらうよ」
ウェンティは、かすかにうめき声を上げながら目を閉じた。
「バルバトス様……なんだか、人間の助けを欲しがってるような感じだったね。どうしてだろう?」
バーバラがそう言って、首をかしげた。
私はその答えを知っている。でも、敢えて言わない。
神ではない私が、言っていいことではない気がしたからだ。
しかし……私は、正直とても悲しかった。
かつて辿った運命そのままではないにせよ、彼が神の心を奪われることはわかっていたはずなのに、止められなかった。
しかも、実際にケガをさせてしまった。
パイモンに言えば、「おまえのせいじゃないぞ」と言われるだろうけど、そう思わずにはいられない。
「それはわからないが、何かお考えがあってのことだろう。それに、言い換えれば……バルバトス様は、我々をそれだけ信じてくださっているということだ」
「なるほど……!確かにそうだね。わあ、何だろう……バルバトス様に信じていただけるなんて、こんなに嬉しいことってあるかしら……!」
バーバラはやけに嬉しそうだ。
もっとも、彼女の立場を考えると自然な反応だけど。
これがもしロサリアだったら、真逆だっただろうが。