とある日の無限書庫録(凍結)   作:ノウレッジ@元にじファン勢遊戯王書き民

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長くなったので、前後篇に分けました。
トップバッターは、定番かつ金城鉄壁のユーなのです。

お楽しみ下さい。
シリアス風味です。


クビになってもユーノはユーノ【前篇】

「う~~~~~~~~~~~~っ!」

 

 ある日、管理局の廊下を1人の女性が歩いていた。

 今年で23歳になった、管理局の切り札の内の1枚。茶髪のサイドポニーに、青色の瞳。首から赤い小さな宝玉の形を取ったデバイスを下げている妙齢の女性。

 その通称は“エース・オブ・エース”、または“管理局の白い悪魔”。たまに“魔王”や“冥王”。不屈の心を持つ、高町なのは一等空尉である。

 

 10人中9人は少なくとも美人と称するのだが、今のその容貌は憤怒一色となっている。

 

「絶対に、ぜっっったいに許さない……っ!」

 

 肩を怒らせ、全身から黒いオーラを立ち上らせながら歩くその姿は正に“悪魔”や“冥王”の名が相応しいだろう。

 もっとも、彼女の目の前でこれを言うと、“オハナシ”の名の下に桜色の砲撃魔法で吹っ飛ばされてしまうので、誰もそれを言わないのだが(そしてこのオハナシこそ彼女がそう呼ばれる所以なのだが、彼女は知らない)。

 

 日も沈んだ頃、なのははその激怒の感情を残したまま、家に帰って来た。

 娘であるヴィヴィオはまだ帰っていない。こんな遅くまで何をしているのだろうか、と思い、すぐにトレーニングに行っているのだと分かった。彼女の通学用の鞄が彼女の机の所に置いてあったからだ。

 

 いけない、となのはは頭を振った。もしもヴィヴィオがいたら彼女に当たり散らしていたかも知れない。それは母親として最低の事だ。一滴も血は繋がっていなくても、あの子は大切な自分の娘なのだから。

 

 制服を着替えて、彼女は一息吐いた。

 取り敢えず、今日の出来事を振り返る。

 

 

 

 

―――無限書庫受付 PM 17:31

 

 

 今日の業務を終えたなのはは、久々に無限書庫にまで足を運んでいた。

 だがしかし……。

 

「ええぇっ!? ユーノく……、スクライア司書長もアインス秘書も特務司書の皆も解雇ってどういう事ですか!!?」

 

 円らな目を大きく見開き、彼女が仰天した。

 例え自分や自分の友人がクビになろうとも、彼が辞めさせられる事なんて有り得ない。少なくともなのははそう彼の立ち位置を認識していたのだが……。

 

「どういう事、と仰られましても。本日未明付けで、ユーノ・スクライア元司書長、アインス・スクライア元秘書、その他多数の司書や特務司書の方々が無限書庫を除名されております」

 

 と、眼鏡をかけた女性の受付が事務的にそう答えた。

 

「厳密に言えば、スクライア元司書長のみが最初に解雇され、それに伴う形で様々な方が解雇・辞職などの形で当書庫からいなくなっております」

「ユーノ君が、クビに……?」

「はい」

 

 唖然とした表情になるが、すぐにエース・オブ・エースは受付に聞くべき事を聞く事にした。

 こんな所で訓練校で習った詰問聴聞その他の技術が役立つとは、と内心苦笑いをしたのは彼女だけの秘密である。

 

「い、今彼はどこにいらっしゃるかご存じですか?」

「残念ながら。暮らしていた寮の方も引き払われたそうですし」

「心当たりは?」

「ありません」

「アインスさんや特務司書の皆さんは?」

「そちらも同様です」

「そ、それじゃあ」

「何をしているのだね」

 

 内心の焦りを感じつつ、更に質問を重ねようとした時、誰かの声が響いた。

 声の主は書庫の入り口に立っていた男。ミッド人らしく、地球人のなのはと同じ種族の外見をしている。

 ただし、あくまでそれは生物学上の話である。100人に聞けば確実に100人がこう答えるだろう。「同じ人間とは思えない」と。

 脂ぎった肌に、両生類、特にカエルやトカゲを連想しそうな顔。ぶよぶよの脂肪が全身余す所無くついており、着ているスーツも無駄に豪奢な作りになっている(無限書庫には制服が無い。そのため、前の部署の制服を着ている司書もいれば、私服やスーツを着ている司書もいる)。悪趣味という言葉がピッタリと合う服だと言えるだろう。

 年は40~50といった所か。若い二人、なのはと受付嬢を見る目がいやらしい。明らかにセクハラオヤジの目だ。

 その後ろには、枯れ木のようにヒョロヒョロの男が1人。スーツの悪趣味さや顔の作りの面影から考えると、親子なのだろう。

 

「書庫長、司書長!」

「え、この2人がですか?」

 

 受付の言葉に反応するなのは。今の言葉が真実ならば、脂ぎったカエルもどきが書庫長、枯れ木のような痩せ男が司書長なのだろうが……。

 

「業務中に私語とは、君も前司書長のようにクビにしてやっても良いのだぞ?」

「ハ、申し訳ございません」

「全く、無能な男の下についた者もやはり無能というワケか」

「ふ、ふふふ、そうだね、父さん。ぼ、ボキ達で、早く無限書庫を、使えるように、しよう……?」

 

 鼻で笑うカエルに、頼りなさげな枯れ木。だが、今の会話には聞き捨てならない一言があった。

 

「すみません、宜しいですか?」

「ん、誰だね君は?」

「時空管理局航空隊教導部隊所属、高町なのは一等空尉です」

「おお、貴女が彼のエース・オブ・エースですか!」

 

 ガシッ、となのはの両手を握るカエル。予想通りギトギトの油塗れなのだが、ここはグッと我慢。怒らせてしまっては、聞きたい事も聞けない。

 

「いやはや、貴女のような輝かしい英雄がこんな薄暗い穴倉へようこそお出でなさいました!」

「あ、どうも」

「ああ、何と申せば良い事か! 大スターである貴女に私如きがお会いできるなど、神をも恐れぬ行為!」

「あの、聞きたい事が……」

「エース・オブ・エースの活躍の様は拝聴しておりますです、はい! その活躍たるや、雑兵1000人集めても足元にも及ばないとか!」

「で、ですから聞きたい事が……」

「何とも嬉しい事ですなぁ! 書庫長に就任して早々にこんな管理局の切り札にお会いできるなどと!」

 

 以降10分余りに渡って、なのはを賛辞する言葉が続く。

 目に見えてのゴマスリだというのは丸分かりな上に、彼女にとっては聞きたい事も聞けないので、段々とイライラして来た。好い加減にカエルの醜い甘言も聞きあきたので、なのはは強引に話を曲げる事にした。

 

「今後も我が無限書庫を宜しくお願いいたし」

「あの!」

「はい、何でございましょうか?」

「つかぬ事をお伺い致しますが、前の司書長、ユーノ・スクライア氏はどうしたのか、ご存じですか?」

 

 それを聞くと、カエルは明らかに不機嫌な顔になった。

 

「ああ、あの女顔の無能眼鏡ですか。残念ながら知りませんなぁ」

「む、無能眼鏡……っ!」

 

 今度はなのはがその表情を浮かべる。当然だ。あの眼鏡は彼女と友人が一緒にプレゼントした思い出の一品。こんな見ず知らずの恥知らずに貶されるネタにされて、面白く感じるワケが無い。

 

「だってそうでしょう? 無限書庫を10年以上、直に15年も稼働させているというのに、未だに使える部署になってない。だから私のコネや権力その他を利用して、彼を追い立てましたよ。彼以外の下にはつけないとか抜かすアホ共もです」

 

 つまり、この男の手によってユーノを筆頭とした司書達は無限書庫から追い出されたという事か。

 

「しかも彼は犯罪者であるヤガミハヤテの初期のユニゾンデバイスを秘書にしていたのでしょう? いくら民間協力者扱いとは言え、犯罪者を傍に置いておくなど、正気の沙汰ではありませんなぁ。そんな間抜けがよくもまあ、今まで一部署の長になっていられたものです」

 

 この言葉になのはは一瞬脳が沸騰しかけた。ユーノだけでは無く、この男はアインスやはやてまで貶したのだ。そろそろ顔が怒りの表情に染まって、この男を血祭りに上げてもおかしくないだろう。

 

「し、しかも、高町、教導官、は、元、犯罪者と友達、だって。管理外世界にも、友達が、いる、とか……」

「おお、なんと! それは真実か息子よ!」

「うん……。て、テスタロッサ・ハラオウン執務官と、や、八神特別捜査官だって……」

「ああ、何という悲劇! エース・オブ・エースは犯罪者に騙され、無能な男や文明の遅れたサル連中と友人だったというのか!」

 

 ブチィッ! その一言で、なのはの心は決まった。

 

―――こいつら、頭冷やすだけじゃ飽き足らないの。

―――頭吹っ飛ばして、涼しい風が通るようにしてやる!

 

「悪い事は言いません、高町教導官! 今すぐそんな連中とは縁を切った方が宜しいですよ!」

「ぼ、ボキもそう思う……。高町教導官、は、ボキみたいな、優秀な、人が、似合う……」

 

(……レイジング・ハート。好いよね、こいつら砲撃で吹っ飛ばしても。止めても無駄だからね?)

(はい、止めません。ドーンとやっちゃって下さい。私も前マスター達の事を悪く言われて、好い加減業腹です)

 

 ここまでで脳の血管が何本切れただろうか。

 生まれてから今しがた、ここまで切れた事があっただろうか。

 

 知った事か。

 こいつら、スターライト・ブレイカーでぶっ飛ばしてやる!

 

 そう決めて、自らの愛機、レイジング・ハートをセットアップさせて、スターライト・ブレイカーで消し炭にしてやろうと思った、その時だった。

 

「そうそう、高町教導官に、スクライア前司書長からの言伝(ことづて)がありました」

 

 受付嬢が思い出したように言った。

 

「言伝?」

「君、あんな小物の言葉なんかを高町教導官に伝えてはいけない!」

 

 カエルの言葉を無視し、なのはは受付嬢に詰め寄る。

 

「構いません。ユーノ君は何て言ってましたか?」

「はい。確か『○月×日に』、つまり今日ですね。『君の家に行きたいんだけど。通信で返事を下さい』、でした」

「分かりました」

 

 後はこの手紙を、と受付嬢は小さな手紙をス、となのはに渡した。

 それを確かに受け取ると、彼女は書庫の出口へ歩き出した。

 

「た、高町教導官! いけません! あんな下等生物の言う事など聞いてはなりませんぞ! よもや貞操を狙っている可能性もあります!」

―――貞操を狙っているのはそっちでしょう!

「今すぐ縁を切りなさい! 危険です、追い返しなさい!」

―――何で私がアンタの言う事を聞かなきゃいけないのかな?

―――第一、貞操を狙っているから危険?

―――好都合だよ。

―――というか、それだったら、逆に嬉しいんですけどね!

 

 後ろで騒ぐカエルを無視し、彼女は無限書庫を後にした。

 

 

―――ミッドチルダ高町家 PM 18:39

 

 

「あんのカエル男ぉ……っ!」

 

 ソファに座ったなのはは、夕方の事を思い出して再び憤慨していた。

 基本的に人の事を悪く言う事は無いなのはだが、流石に思い上がった奴らに友人を貶されて笑っていられる程、間抜けでも聖人でも無い。

 

 受付からもらった手紙は短く、ユーノの筆跡で伝言が書かれていた。

 

『拝啓 高町なのは様

 これ読んでいる、という事は、きっと無限書庫の受付でこれを受け取ったんだと思う。そして十中八九、新しい書庫長や司書長を砲撃しようとしたんだと思う』

 

「バレてる……」

 

『でも、そんな事をしちゃダメだよ? 君は、君達はきっと、僕やアイ達を不当に解雇した事を怒るかも知れないけれど、大丈夫だよ』

 

「大丈夫って、そんな呑気な……」

 

『詳しい話は、訪問した後で』

 

「む~……」

 

 何となくはぐらかされた気分になる。

 結局ヴィヴィオが帰って来て「怒ってる?」の一言をかけられるまで、自分が不機嫌そうな顔をしていたとは気付かなかったなのはであったが、それは蛇足だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィヴィオが帰って来てから10分あまり後。

 

 ピンポーン!

 

 玄関のチャイムが鳴った。

 

「ヴィヴィオ、出てー。多分ユーノ君だからー」

「あい!」

 

 キッチンで夕飯の支度をしながら娘に声をかければ、母親の声に応じて10歳ぐらいの少女が玄関へ元気良く向かう。その後ろを、ウサギのぬいぐるみがフヨフヨと浮きながら後を追う。

 透き通るような金髪に、赤と緑のオッドアイ。古代聖王のクローンとして生み出されたなのはの娘、高町ヴィヴィオだ。血の繋がりは無いものの、本物の親子以上の強い絆が2人の間にある。

 ぬいぐるみは彼女のデバイス。セイクリッド・ハート、通称クリスだ。ちなみにウサギの人形の中にデバイスがあるのであり、ぬいぐるみが生きているでは無い。

 

 ガチャリ、と扉を開く。

 

「あ、こんばんは、ヴィヴィオ」

「こんばんは、ヴィヴィオさん」

 

 扉の向こう側にいたのは、なのはの予想通りのユーノ、そして現在は彼の相棒である初代リインフォース、通称アイことアインスだった。

 ユーノは長い金髪に翡翠色の瞳。眼鏡をかけた中性的な容姿で、なのはより頭半分だけ背が高い。

 アイは銀色のロングヘアーで、赤色の瞳をしている。クールビューティーを地で行くのが彼女だろう。背は男性であるユーノより更に高い。

 

「なのはママはいるかな?」

「あい! ママー! パパ来たよー! アイさんもー!」

「(……相変わらず僕はパパ、か。いやヴィヴィオが良いんだったら良いんだけど)」

 

 家の中へ向かって大声で呼びかけるヴィヴィオの後ろで、ユーノが少しだけ寂しそうな顔をしていたのには、誰も気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、詳しい話を聞きたいんだけど、ユーノ君」

「うん、無限書庫のだよね」

 

 高町家にお邪魔したユーノは、ソファに座って対面のなのは、ヴィヴィオと向かい合う。

 アイは待機状態となり、『夜天の書』の姿となってユーノの鞄の中で眠っている。

 

「私もビックリしたよ、パパ。今日は書庫に行かない日だったけど、アインハルトさんから話を聞いて、飛んで帰って来たの」

 

 あ、勿論トレーニングは終わらせたよ? と慌ててヴィヴィオが取り繕う。

 そんな彼女にユーノは笑う。

 

「解ってるよ。今はそれが楽しいんだもんね」

「あい」

「ちょっと、寂しいけどね」

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 ストライクアーツを始めてから、ヴィヴィオが書庫にやって来る日が減った。週5日ある学校の放課後での司書活動は、毎日ではなくなってしまったのだ。

 

「謝らなくていいよ。それが君の選んだ道なら、全力で支援する。それが父親(パパ)ってものだよ」

「パパ……」

 

 ちょっとカッコつけちゃったかな? とユーノは苦笑し、話を元の、無限書庫の一件に戻す。

 ちなみになのははそのやり取りを見てニコニコ笑っていた。

 まあ、親娘のやり取りと化していたのだから、彼を狙う女の内の1人としては、悪い気はしないだろう。

 

「えーと、新しい書庫長と司書長のお話だったよね」

「うん。どういう事なの? 今まで血を吐いてまで頑張って来たユーノ君が解雇されちゃうなんて」

「それなんだけれど……」

 

 ユーノは事の顛末を話し始めた。

 

 

 

 

 

 新たな司書長は、元々ユーノよりも権力的に弱い立場にあった。しかし逆に父親である今の書庫長は提督相応(ただし若干劣る)の権力を持っていた。

 現書庫長―――この場ではAとしよう―――はJS事件で、ジェイル・スカリエッティの切り札、ゆりかごのデータを発掘した無限書庫に目をつけていた。ただし、Aはその功績をユーノの有能さ(ギャグに非ず)では無く無限書庫その物が優秀なためと考えたらしい。

 当然、彼の言動から解るように、ユーノのお陰だとは微塵も考えていない。

 

 さて、そんな彼だが、無限書庫がどういう場所なのかは知っている。年中過労疲労で倒れる司書が続発する、管理局のブラックボックス。しかもあらゆる情報が手に入るとされているが故に、自分の弱みも手に入る可能性も否定できない。迂闊に手を出せば、手痛い被害だけしか返って来ないだろう。

 そこで彼は一計を案じた。無限書庫はこれだけ酷い場所であり、自分ならこういった改革を行って、今の何倍も素晴らしく使い勝手の良い部署にできますよ、と大々的に触れまわったのだ。要するに風評攻撃である。

 

 結果、ユーノに対する元々高くない評価はドド下がり。上層部にもユーノの事を快く思っていなかった人物が多かったらしく、呆気無くAは書庫長の座を手に入れた。

 

 さて、書庫長は司書長よりも偉い。となれば彼のする事はただ1つ。ユーノと自分の息子―――この場合はBとしよう。モブに名前を付けるのも面倒だ―――を交換し、ユーノをお払い箱にする事だ。

 その際、ユーノだからこそついて来た司書や秘書がストライキ&サボタージュ。これをAは鼻で笑って全員解雇。解雇されなかったメンバーもそれに伴い辞職した。

 

 だがAはそれを気にも留めない。予め大枚を叩いて雇っておいた新人司書を新たな司書として招き入れたのだから。

 

 こうして、AとBは無限書庫を手に納め、邪魔なユーノ達を追い出す事に成功したのであった、まる。

 

 

 

 

 

「とまあ、こんな顛末だよ」

「……よく知ってるね。入れ替わったの今日でしょ?」

「まあね」

 

 ユーノはおどけるように肩を竦める。

 大方、宣言がされた時に、書庫で素早く別の検索魔法をかけて調べたのだろう。この男ならば、それくらいやっても不思議では無い。

 

「でも、ユーノ君は悔しくないの?」

「何が?」

「だって、今まで10年以上も書庫で頑張って来たのに! それをどこの誰とも知れない馬の骨に能無し扱いされて居場所を奪われたんだよ! 私だったら悔しいよ! そう思っても不思議でも何でもない、寧ろ当然なんだよ、ユーノ君!」

 

 感情的になったのか、大きな声で捲し立てるなのは。ユーノはその彼女の様子を驚いた表情で見ていたが、やがて笑って返した。

 

「……そうだね、確かに悔しいかな」

「でしょ!」

「でも、それは司書長じゃ無くなったからじゃない。なのは達のサポートができなくなったから、かな」

 

 ユーノはそう言って、本当に悲しそうに、寂しそうに眼を伏せた。

 無限書庫に居れなければ、情報を得る事はできない。加えて皆と会う事もできない。ユーノにとっては、あそこはもう1つの家の様な場所だったのかも知れない。

 

「でも、一応非常勤の特務司書や今日休みの司書には詳細をメールで送っておいたし、取り敢えずはこれ以上何かが起こる事は無いよ」

「そういう問題じゃ」

「それに」

 

 なのはの反論を、ユーノは区切った。

 

「まさか君は、あいつ如きに、無限書庫を扱いきれると思うのかい?」

「え?」

「フフッ」

 

 暫くしたら、きっと解るよ。

 そう言うと、ユーノは鞄を持って席を立った。

 

「どこ行くの?」

「さあ、ね。元々僕は放浪の民スクライア。どこかの遺跡を発掘しにでも行くよ」

「でももう夜だよ、パパ」

 

 確かにヴィヴィオの言う通り、窓の外は既に真っ暗。夕飯の時間も近いだろう。

 

「そうだね、早く寝床を確保しないと。公園で野宿するわけにもいかないし」

「あの、ユーノ君。ウチに泊っていくっていう選択肢は無いのかな?」

「え?」

 

 それを聞いたユーノは、心底意外そうな表情を浮かべた。

 

「何でそこで意外そうな表情浮かべるかな……」

 

 逆になのはは傷ついたような表情だ。隣ではヴィヴィオも不満そうな表情を浮かべている。

 それを見たユーノは後頭部をガシガシと掻いた。

 

「あのね、なのは。僕は確かに女の人みたいな外見だろうけど、生まれてから今しがた男以外の性別になった覚えは無いし、もう僕達は子供でも無いんだよ? 何が言いたいか、分かるよね?」

「うん」

 

 ユーノの言葉に、なのははサラリと返事を返す。

 別になのはとて子供では無い。中卒だが、保健体育の知識はそれなりにあるし、男の心の機微も多少は知っている。当然、ユーノの言わんとしたい事もだ。

 

「分かってて言ったんだよ?」

 

 しかし、彼女は彼を泊めるのを尚も勧める。

 彼女にしてみれば、ユーノがそういう邪な感情を自分に抱くのは寧ろ好都合なのだ。

 

(これでライバルに大きく差をつけられれば、揺るがないアドバンテージを手に入れられるの。そしてそのままゴールインしてヴィヴィオに妹か、弟、を……)

 

 ぷしゅー。

 

「な、なのはぁ!?」

「ママが頭から煙出したぁ!?」

 

 突如として顔を真っ赤にして煙を吹くなのは(実際には湯気かも知れないが)。

 どうやら「実践版の保健体育」をユーノと行う事を妄想し、羞恥のあまりに脳がオーバーロードしてしまったようだ。

 こういう面ではまだまだ初心なエース・オブ・エース、来年24歳である。

 

 

 

 

 

 その後、復活したなのはとヴィヴィオの説得によって、ユーノは高町家に宿泊する事となった。

 その際、自分は床かソファ、或いはフェレットに変身してバスケット(今も大切に保管されている)で寝ると言ったのだが、なのは&ヴィヴィオは一緒のベッドに寝る事を提案。再び話し合い(砲撃その他のヤツでは無い)が行われた。

 当然ユーノは2人にそれで良いのかと確認したのだが、高町親娘はそれにこう返して来た。

 

「パパ、ママとヴィヴィオと一緒じゃあ、いやなの?」

「大丈夫、私はユーノ君を信じてるから!」

 

 ヴィヴィオの純粋なお願い。そしてなのはの絶対的な信頼を前に、ユーノは自分が悪くなくても後ろめたい気分となってしまった。いつの時代も、女は強いのである。

 

 

 

 そして就寝時間。なのはも疲れが溜まっていたのか、ヴィヴィオと一緒にベッドに入る。当然、ユーノもだ(アインスは本の状態で荷物の中で寝ている)。

 ヴィヴィオは既に寝息を立てて眠っており、大人2人も好い加減眠くなって来ていた。

 

「ふぅ……」

「どうしたの?」

 

 ボツリ、と漏らしたユーノの溜息に、なのはが反応する。

 

「いや、ね。何だか色々と重荷が無くなって軽くなったな、って思ってね」

「無限書庫の勤務、大変だもんね」

「うん。でも、軽すぎて逆に不安かな」

「ユーノ君……」

「はは、ゴメンね、辛気臭い話なんてしちゃって」

 

 布団の中、ヴィヴィオを間に挟みながら、ユーノとなのはは語り合う。

 

 そんな中、ふと、なのはは思う。

 

 

 

 何時からだろうか、彼の笑顔に喜怒哀楽の喜と楽が消えたのは。

 何時からだろうか、彼の言葉から感謝の言葉が消えて、謝罪の言葉が増えたのは。

 何時からだろうか、彼との間に隔たりを感じるようになったのは。

 

 彼と共に、最後に戦ったのは何時だったろうか?

 彼と一緒に、楽しい思いをしたのは何時だったろうか?

 彼と笑ったのは、何時が最後だったろうか?

 

 

 

 そしてなのはは悟る。

 何かが、彼に圧し掛かっている。寂しい笑顔以外、あの日の自分が墜落した事件以降、殆ど、いや、全く見ていない。

 彼は若しかしたら、それを気にしているのかも知れない。

 きっと彼はこう言うだろう。「自分がなのはに魔法を教えていなかったら、なのははあんな目に合わなかった」と。

 だが聡明な彼の事だ。きっとそれが間違っている事にも気が付いているだろう。

 何故ならば、自分が彼から魔法を教わっていなかったら、沢山の命が失われていたからだ。

 

 フェイト。プレシアに使い潰されていただろう。

 はやて。闇の書ごとアルカンシェルで吹っ飛んでいただろう。

 ヴォルケンリッター。闇の書の中ではやてと共に消滅していただろう。

 海鳴の人々。アルカンシェルではやて達ごと蒸発していただろう。

 フォアード陣。助ける人がいなかった故に、人知れずに一生を終えていただろう。

 ヴィヴィオ。ジェイルに利用され、『ゆりかご』の鍵にされて捨てられただろう。

 ミッドの人々。『ゆりかご』の恐怖に怯え続ける毎日を過ごしていただろう。

 

 そして何より、彼自身もだ。

 

 彼が自分に魔法を教えてくれたからこそ、自分は彼を助ける事ができた。そして親友のフェイトとはやて、その守護騎士ヴォルケンリッターも。フォアードの皆を救ったのだって、間接的にはユーノがいたからだ。彼がいなければスバルとギンガは空港で焼け死んでいたし、エリオも施設で孤立し続け、キャロは研究機関で使い潰されていた。ティアナだって、確実に自分の目指す将来を見失っていただろう。

 

 何より、自分の墜落は自分自身の体調管理の不届き。彼にあるのは遠因。直接の原因では無い。そんなもの、包丁で人殺しがあったから、包丁を売った人物を責めるのと同じ事だ。

 

 でも、でもだ。

 例えどれだけ彼の責任が遠因だったとしても、0では無いもまた事実。

 そして、それが彼を苛み続けているのだとしたら、解決する方法は1つしか無い。

 

「(ユーノ君……。もう自分を責める必要なんて、無いんだよ……? 君は、悪くないんだから……)」

 

 彼が彼を許すのを待つ以外、自分にできる事なんて無い。

 好きな人1人救えないなんて、エース・オブ・エースの名は返上かな。そう考えながら、彼女はいつの間にか、眠っていた。

 

「おやすみ……」

 

 静かな寝室に、その一言が染みるように溶けた。

 あの時受けた古傷が、痛んだような気がした。

 温かかった背中は、もうとうの昔に冷たくなっていた。

 

(背中が冷たいよ、ユーノ君……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのはが寝息を立て始めたのを見届け、ユーノもまた、自分が眠り始めている事に気付いた。

 このまま寝るのも良いかも知れない。そう思った時、ふいに自分に抱き付くように眠っている少女の寝言が聞こえた。

 

「パパ~……」

 

 ヴィヴィオだ。楽しそうに笑っている所を見ると、何か楽しい夢を見ているのかも知れない。

 

「一緒に、お昼寝……。くぅ……」

 

 笑顔で眠るヴィヴィオをそっと抱き締め、ユーノは思う。

 

(ヴィヴィオ、ありがとう。僕をパパと呼んでくれて)

 

 でも。

 

(ごめんね、僕は、君の父親には、なれないんだ)

 

 静かな懺悔は、誰の耳にも届かず。

 

(なのはには、フェイトがいる。僕の入り込める余地なんて、無いから)

 

 夜の闇の中へと溶け込む。

 

 

 

 

 悩むエース。

 笑う少女。

 懺悔する青年。

 

 

 

 その全てを、闇が分け隔てなく包み込みながら、夜は更けていく。

 

 

 

To be continued




後編へ続く
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