ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜   作:エアロダイナミクス

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 少々鬱展開があります。ご注意ください。


11、マルコス=ベルナルド

 

 

 

【SIDE:ドミニク】

 

 

 

 

 

 蝿の攻撃は苛烈を極めた。物理攻撃がメインの深層級とは違い、様々な魔法攻撃や、溶解液などの攻撃を繰り出してくる。そして、そのスピードは深層級とは比較にならない。その巨体からは想像を絶する速さで周囲を飛び回る。その速度は眼にも止まらぬ速さで、残像が出来る程だ。

 それでも、ドミニクは必死に喰らいつく。溶解液を凍らせ、飛んで来る蛆虫を氷柱で迎撃し、超音波の様な魔法攻撃を剣圧で吹き飛ばす。そして、剣を伸ばして脚の一本を叩き切る。

 普通のダイバーであれば、どれか一つ食らっても即死だ。そして、ドミニク自身も本来ならここまで深奥級とは闘えない。しかし、これまで暗黒領域を潜って練り上げた経験と力、そして彼の想いと断固たる決意が彼をここまで押し上げた。霊力とは詰まる所、精神と魂の力。それが今、最高潮に高まっている。いや、最早今までの彼以上に強い。彼は今、壁を一つ超えていた。

 それでも深奥級は並大抵ではない。彼の攻撃を躱し、翻弄する。かれこれ20分以上は闘っているが、それでも届かない。そして、ドニには制限がある。霊力が高まっているとはいえ、無限に供給される訳ではない。激闘に終わりが見えてきた。

 

 

 ドミニクの敗北という形で。

 

 

 

 そして遂に、蠅の攻撃がドニを捉える。複数伸びた脚が、ドミニクの右脚を貫いたのだ。ドミニクは刺された瞬間に蝿の脚を斬り落としたが、移動力の低下は避けられない。蝿はスピードを上げ、ドニの身体を全ての脚で掴み、拘束して持ち上げる。脚には鋭利な棘がびっしり生えており、それが鎧を貫通して肉体に刺さる。ドミニクはそれまで持っていた剣を取り落とした。勝利を確信したのか、蠅が喚く。

 

 

「ギッギッギッ……嗚呼、愛しいドミニク。ワタクシと一つにナル時がキました。サァ、オイデ」

 

 

 蝿はガパァ、と口を限界以上に開き、その中の鋭い口吻を伸ばす。どう見ても絶対絶命だ。だが、ドミニクは笑っていた。

 

 

()()()()?」

 

 

 蝿の足元は凍り付き、気付いた時にはいつの間にか周囲に結界が張られていた。ドミニクが動き回る間こっそり仕込んでおいたのだ。そして、その地面から鋭い氷筍が無数に伸びてくる。

 

 

「時間をかけた甲斐があった……姫、さよならです」

 

 

 氷筍の一つが蠅を貫く。ただの氷筍なら弾かれて終わりだ。しかし、その中の一つにドミニクの愛剣が仕込まれていた。そう。ドミニクの霊力をこれまでたっぷりと含んだ特別製の愛剣が。

 剣は見事に蠅の心臓部に当たる核を破壊する。蠅は大きな叫び声をあげてドミニクを放りだした。そして、放り出されたドミニクは体勢を立て直し、蠅の内部に手を伸ばして愛剣を掴むと、そこから霊力を込めながら蠅を分断した。

 

 

 真っ二つになった蠅から瘴気が抜ける。すると、徐々に硬い甲殻が剥がれ落ち、1人の女性の姿が現れた。ドミニクは警戒しながらも彼女に近づく。()()は、分断されながらも弱々しく、しかし明瞭な言葉で話し出した。

 

 

 

「…………手間を、掛けましたね。ドミニク」

 

「姫……申し訳ありませんでした……」

 

「良いのです……悪い、夢を見ていました…これで漸く皆の元へ逝けます」

「私は……私は貴方を見殺しにした……!」

 

「それで良いのです……私わたくしがそう願ったのですから。おかげで私わたくしもこのように安らかに逝くことが出来ます……ありがとう。ドミニク」

 

「姫……」

 

「厚かましいようですが、私わたくしから、最後のお願いがあります……どうか、マルコスを、殺してください。彼がいる限り、我々は死ぬに死に切れません……どうか…お願いします」

 

「勿論です。姫。奴は必ずこの世から消し去ります。どうか安心してお休みください」

 

「あぁ……もう思い残す事は無いわ……最期に貴方に一目会えて嬉しかった…ドミニク……愛しているわ……さようなら」

 

「姫! マルティナ様……!! どうか、どうかもう少しだけ……!! くっ……逝ってしまわれたか……お答えする事が最期まで出来ませんでしたが、私もお慕いしておりました…どうか、安らかに……」

 

 

 彼女の眼を手で閉じさせて、ドミニクは彼女の身体を丁寧に埋葬した。そして、神への祈りの言葉と共に、十字を切り、彼女が安らかに眠れる様に祈った。しばらくそうした後に彼は立ち上がった。姫との約束だ。違えるわけにはいかない。奴もどうせ見ているのだろう。奴の事だ。間違い無い。

 もう霊力も後僅かで、怪我も治りが遅い。だが、差し違えてでも奴は必ず殺してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──1人の男がいた。彼はとある栄えた街の重要な騎士を任されていた。騎士とは領主の固有の兵力であり、私兵のうちの最上級の階級の者たちの総称だ。古の呼び方をその街の領主が復活させたのである。

 また、その街では、騎士はダイバーと同じく霊力を操ることができる。領主の方針で、ダイバーと同じように瘴気に触れ回り、霊力を身につけさせたのだ。ダイバー協会を説得し、街を守るためにそうしていた。その交渉力という部分からも領主としては一流の人物とも言えよう。事実、騎士の存在のおかげで防衛力も上がり、ダイバーも気兼ねなくダイブできるようになった。そうした経緯から、騎士はダイバーに並び憧れの職業となった。当然、そんな騎士になるからには大変なエリートである。その男は、騎士の中でもエリート中のエリート、近衛騎士であった。

 しかし、そんな彼にも目障りな存在がいた。筆頭騎士であるドミニク=シュトルバーンである。彼は孤児出身でありながら、その努力を領主に認められ、遂に筆頭騎士まで成り上がった人物である。

 男は嫉妬した。孤児出身の下賎の者が領主の信頼を得て、更には領主の娘である美しい姫の寵愛を一身に受けている。ドミニク本人も憎からず想っているようだったが、身分差を気にして遠慮してた。しかしその様子はその男には嫌味にしか映らなかった。周りも影ながら祝福していて、下手したらドミニクが領主の後継者になってしまうという恐れすら抱いていた。

 

 そして、彼は決定的な場面を目撃した。領主自身がドミニクを呼び出してそのことについて相談しているところを物陰から見てしまったのだ。

 男は衝撃を受けた。今までは噂でしか無かったものが、このままでは事実になってしまう。この街で上流の身分を持っていた男に取って、それは耐えがたい事であった。あのような下賎の者に仕えるなど、死んでもごめんだ、と。

 

 

 男は密かに決意した。こんな現実は破壊してやると。

 

 

 数日後、領主が突然身罷った。朝、召使いが領主を呼びに私室に伺った所、返事が無く、部屋を開けてみれば無惨にも惨殺された領主の姿があったのだ。

 暗殺事件だ。同時に、近衛騎士団の1人が姿を消した。現場には彼の使用していた剣が残されており、状況的にも彼が下手人であるのは間違いない。一体何故、と周囲は思うと同時に、複数のダイバーと騎士団が協力して捜索に当たったが見つからなかった。街の中にいないということは、残るは瘴気の溢れる外しかない。それを証明するかのように、彼の最後の足取りから、暗黒領域に向かったことが判明した。全員が不吉な予感を抱きながらも、捜査を続けたが、彼の足取りは杳として知れなかった。

 街の住民は、偉大な領主を失ったことに哀しみを抱きながらも、その娘が先頭に立ち、混乱を沈めていった。

 それからというもの、魔物の襲撃が頻発した。騎士団だけでは抑えきれず、ダイバーも参加して何とか抑えられるといった具合だ。街の住民の中に不安は広がり、また、後を継いだ姫の力量を疑問視する声も上がっていた。しかし、魔物の襲撃と領主の力量は無関係であり、更に言えば、姫はその度重なる襲撃を受けながらも街の経営を何とかこなしていた。前領主とまでは言わずとも、優秀な部類に入るだろう。しかしながら、その彼女も慣れない領主の仕事や、続けざまに起きる襲撃、そして住民の心ない噂話に心を痛め、徐々にやつれていった。筆頭騎士であったドミニクは、何とか彼女を慰めようと、必死になって仕事に取り組み、魔物を退治していった。それでも被害は馬鹿にならず、騎士団の死傷者も増えるばかりだった。

 

 そして、遂に決定的な事件が起きる。

 

 それまで頻発していた襲撃だったが、その日の襲撃はあろう事か、浅層級だけでは無く、中層級や、更に深層級の魔物まで現れたのだ。この襲撃にはいかに大きな街であろうともひとたまりもなかった。そして、その時襲撃の中心にある男がいた。そう、領主暗殺事件の容疑者だ。

 

 ──その名をマルコス=ベルナルドという。

 

 彼は死んではいなかった。いや、その表現は正確では無い。彼は()()()()()()()()。魔物と同じ存在に。ダイバーには掟がある。もし、暗黒領域で霊力も尽き、にっちもさっちもいかなくなったら、迷わず死ね、と。それは、もし死ねなかった場合にその者は瘴気に浸食され、恐ろしい魔物、いや、魔人へと変化してしまうからだ。だからこそ、モグリのダイバーは厳しく処罰されるし、ダイバー達もその恐ろしさを知っていたために、組合だけでなく個々でもお互いを監視していたのだ。だが、騎士団にはその認識が甘かった。

 そう。マルコスは魔人になったのだ。自らの利己的な復讐心によって。そして、魔人は等しく非常に厄介な存在になる。人としての悪意を何倍にも増幅させ、人類を嬲る事を目的とした存在に。

 

 

 迎撃に当たったドミニク率いる騎士団やダイバー達も、深層級の魔物相手になすすべ無く喰われていく。ドミニクも半死半生になりながらも前線から何とか部隊を撤退して、宮殿に戻り、せめて姫だけはと彼女を迎えに行った。こういう時の為に、別の街に登録した帰還石を持っていたためだ。

 

 

 しかし、それはあまりにも遅すぎた。

 

 

 既に、宮殿内部にも魔物が入り込み、そこは地獄と化していた。焦る気持ちを抑え、姫の居住区に急行するドミニク。しかし、姫の執務室には既に魔物達が整列して並び、その中心にマルコスがいた。そばには鎖につながれた姫がいる。

 彼は言う。今ならお前達数名と住民どもを少しなら見逃してやってもいい。その代わり姫は貰う、と。当然ながらドミニクは拒否する。魔物の言葉なぞ信じられる物ではない。命を賭してでも姫を帰して貰う、と。事実、ドミニクは密かに帰還石を取り出していた。最悪、どれほどの攻撃を加えられようとも、姫の手を取って帰還石を発動させればよいと。しかし、ドミニクの考えは他ならぬ姫に拒否される。自分の命より、住民を1人でも避難させなさい、と。マルコスは嗤って見ている。彼はそのやりとりを面白そうに眺めながら、条件を出した。10分待ってやる。それ以上時間を掛けた場合には1人ずつ無惨に殺していく、と。そんな無茶な! と叫んだ騎士の1人は頭から深層級に喰われた。彼らに他の選択肢は無かった。

 9分後、宮殿内に避難していた住民を集めて脱出を図ろうとした時、深層級の魔物が突如襲いかかった。なすすべ無く喰われていく住民達。集めた住人の8割は無惨に引きちぎられ、喰われていった。だが、そんな絶望の中でもドミニクは奮戦し、何とか騎士に円陣を組ませ、残る住民を守っていた。マルコスが嗤う。嗚呼、これが見たかった、と。しかし、マルコスに捕まっていた姫が鎖の隙間から隠し持っていた古代の兵器でマルコスを撃ち、魔物達の動きが一瞬止まった。魔物達はマルコスが操っていたのだ。姫は間髪を入れず叫ぶ。諦めるな、必ずや、生きて、生き延びてこの街を復興して欲しい、と。彼女はその後あっけにとられていたマルコスに殴られたが、その時には既にドミニクは帰還石を発動していた。彼女のその後の事を憂いながら。

 

 

 

 どうにか脱出したドミニク達は、最寄りの街、コルドバに辿り着く。しかし、そこも既に魔物によって滅ぼされていた。他ならぬマルコスによって。そこから、生き延びた住人を連れての絶望の逃避行が始まった。食料も無く、瘴気も濃い。何人もの住人が瘴気によって倒れていった。そして、暗黒領域をさまよい歩くこと2日。遂に最後の部下が倒れ、彼は1人になってしまった。

 それでも、彼は姫の言葉を守るため、1人でも生き延びようと必死になって歩いた。そして、3日目。彼は遂に辿り着く。グラナドよりも大きな街、マドリーへ。彼は門の前で倒れていた。それを、門を守る兵士が発見した。あと一歩遅かったら死んでいた所だった。急遽彼はダイバー組合へ運び込まれ、必死の手当を受けた。組合からすれば、歴戦に見える彼ほどの人材を確保したかったということもある。ただ、周囲からは怪しいため危険だという声も上がってた。しかし、そこで組合長の鶴の一声があり、彼は命を取り留めることとなった。

 

 

 

 ──それが、ドミニク=シュトルバーンの過去に起きたことである。

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