ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
コロシアムは静寂に包まれていた。誰もが声を上げられない。動けない。ガブリエラは勿論、ビト組合長や観客も全員だ。全員が最後を含む攻防に全員が目を疑っていた。しばらくその状態で時が止まっていたが、そこに酷く穏やかな声が届く。
「組合長、終わりでいいか?」
その声に漸く反応し、ビト組合長が慌てて声をあげる。
「そ、そこまで! 勝者、ナギ!!」
止まった時が動きだす。大歓声が遅れて届く。そして、漸くナギはガブリエラから剣を離した。ガブリエラもそこで漸く自分が圧倒的に負けたことを受け入れた。しかし、気持ちが整理できた訳ではない。いや、勝負自体は納得しているが、ナギについては疑問点が多すぎた。思わず彼を問い詰める程には。
「……負けたよ。だが……アンタ、何者だ?」
「言っただろ? 俺はナギだ」
「馬鹿言え! 最初と最後じゃまるで別人じゃないか!! 一体どういう事!? 最初のは演技とも思えなかったけど、アレはブラフ!?」
「う~ん……どう説明したものか……。そうだな。オレの
「納得できるわけないでしょ! 何よ体質って!? ちゃんと説明しろ!」
「そうだな。俺にも説明してくれるか?」
ガブリエラは憤懣やるかたない様子で説明を要求し、ビト組合長もそこに便乗する。何が何でも説明して貰うという圧を感じさせながら。それを感じ取ったナギ(?)は仕方ないといった様子で渋々語り始める。
「しゃーねーなぁ……俺、ことナギには特殊な能力があってな。自らの死、または同レベルの危険な攻撃を受けそうになると、リミッターのようなものが外れるのさ。今回は俺は出るつもりは無かったが、テメーが俺を最低でも不虞にしようという意志をもって攻撃を仕掛けてきたから、仕方なく出てきたというわけさ」
「……お前、は、本当にナギなのか?」
組合長が慎重に尋ねる。その意図も察しながらナギは答えた。
「疑う気持ちも分かるが、俺はナギだ。だから俺を駆除対象にするのは辞めて欲しいところなんだが?」
「駆除って……さすがにそこまでは……組合長?」
ガブリエラがその言葉を聞いて思わず声を上げてビトを見るが、ビトは難しい顔を崩さない。即ち、それも考慮にある、と言うことだ。
「──ドニの野郎は最後まで警戒していた。お前のことをだ。だから不意打ち気味にこの場を設定した。中々出てこないから焦ったがな。だからきちんと答えろ。さもなくば本気でそうするぞ」
「……まいったなぁ。でもまぁ、見ての通りだ。俺は魔物や魔人ではない。奴等の様な臭いはしないだろ?」
「じゃあ何だって言うんだ?」
「そこまで警戒されるのも困ったもんだが……俺はむしろお前等側だぜ? 説明するのは難しいが、そうだな……多重人格って知ってる? その様なものだと思ってくれ。俺が出ている時はもう1 人は眠っている様な状態で一切覚えていない。ここ最近だとドニの故郷。そして何年か前のこの街に起きた大規模な襲撃の時かな? あぁ、半分だが、霊力
「……開放? 覚醒ではなく?」
「おっと、そこに食い付くか。そうさ。俺は霊力を封印していた。だが、それを解放したのがあの時だ」
「何故そんな事を?」
「理由はいくつかあるが、簡単に言えば器が整っていなかったから。無理にやると自身が壊れるから仕方なく、だ」
一連の会話を経て、ガブリエラはやはり納得いかなかった。コイツは一体何者なのか、何が目的なのかと。先ほど完膚なきまでに負けたことも影響している。
「イマイチ分からないな。アンタが結局何者で、何をしたいのか」
「1番は自身の安全の為、だ。最初の俺を便宜上ナギと呼ぶが、ナギには昔、とてもとても辛い出来事があってね。紆余曲折を経て、彼は壊れた。その為に俺が生まれたのさ。だからこそ、お前等にお願いがある」
「……なんだ?」
「俺の事はナギには秘密にしておいて欲しい。彼が俺の存在を知れば、彼は壊れてしまう。だから頼む」
その言葉に2人共驚きを隠せない。
「壊れるって……そんなにか?」
「彼にとって俺を思い出すということは、そのまま忘れていたトラウマをダイレクトに体感することになるからな。だが、いずれ彼も俺に辿り着くだろう。さすれば、完全な形で彼は『完成』する。何事にも段階があるという話だ」
「『完成』したとしたらどうなる?」
「心配しなくてもいい。ベースというか主人格はナギだ。そこに俺の技能が追加されるという話だ。大事に扱ってくれよ。彼はもしかしたらこの世界を救いうる存在だからな。さて、聞きたいことは他にもあるだろうがもう時間が無い。これ以上俺が顕現したら彼の精神に多大な影響を与えるからな。俺はもう引っ込む。観客には上手くごまかしておいてくれ。あぁ、言い忘れていたがこれ以降俺を無理矢理起こそうとしない方がいい。俺が起きるたびに記憶は取り戻しやすくなるだろう。だが、それはそのまま彼のトラウマを刺激することに他ならない。そして彼が壊れたら取り返しが付かないことになると言っておこう。では、頼んだぞ」
「おい、それはどういう──」
ナギ(?)は一通り言い終えると、その場に棒立ちのまま倒れた。慌てて起こそうとするも、熟睡しているようだ。彼の最後の言葉もあり、ガブリエラとビトは彼を寝かせておくことに決めた。そして、興奮冷めやらぬ観客に向かってこう告げた。
「これにて試験は終了とする! 結果は──言うまでも無いだろう!! 合格だ!!!」
この日一番の歓声がコロシアム全体を包んだ。
◇
「──ん……ここは……」
冷や汗をかきながら目を覚ますと、知らない場所に寝かされていた。どうもいつものように悪夢を見ていたらしい。相変わらず内容はほとんど覚えていないが。いつまでもこの嫌な感覚は慣れそうに無い。頭を振りつつ、気持ちを切り替えて起き上がる。
さて、ここはどこだ。寝起きと先ほどの悪夢の影響からか上手く働かない頭を無理矢理働かせる。ここは石造りの殺風景な部屋だが、造り自体はそこまで質素では無い。むしろ豪華な部屋といえるだろう。オレは何故こんな所にいるのだろうか。
そう言えば、ガブリエラさんとの闘いはどうなったのか。あれから全く記憶が無い。思い出そうとするとズキズキと頭が痛む。結局負けたのか。恐らくそうだろう。あの最後の一撃を食らってただで済むはずが無い。
やはり試験は落ちたか……しかし、それにしては外傷らしい外傷が無いのが不思議だが、どういう事だろう。再起不能になってもおかしくない筈なんだが。
ベッドから抜け出て身体を動かしつつ考えていると、部屋にある扉が開く。やってきたのは見慣れたハゲ頭……もとい、ビト組合長だ。
「よぉ。ワンダーボーイ。調子はどうだ?」
「え? いや、別になんとも無いんすけど。ワンダーボーイって?」
「お前みたいな変な奴に送る名誉称号みたいなもんだ。気にすんな。とりあえずオレはお前に試験結果を伝えに来た」
「!! それは……いや、覚悟してました。不合格、っすよね?」
「あー。そう思って落ち込んでんだろーなぁと思ったからわざわざ来てやったんだ。ありがたく思え。それで結果だが……合格だ」
「やっぱり……そうですね、あんな感じじゃしょうがな……ん? 今、合格って言った!?」
「あぁ。聞き間違いじゃねぇ。合格だ」
「ハァ!? 合格!? アンタ何言ってんの!? オレ、ボコボコにされただけっすよ!! 頭おかしいんじゃねーの!?」
あまりの衝撃に暴言が出た。あんなので合格? まさかそれはおかしいだろ、と。
「まぁ、そうなんだが……。てか、言い方な。それで、結果についてだが、あれからお前のガッツが評価されてな。んで、仮の形で合格させてやろうって事になった。今我々は絶賛人手不足だからな。使えるモンは猫の手でも使おうって事だ」
「ガッツてアンタ……」
ガッツとか猫の手とか…このハゲ言いたいこと言いやがって…ただ、合格にしてくれるというのであればありがたいことこの上ないのだが。
「はぁ……いや、よく分からんのですが……それでいいんですかね?」
「俺がいいってんだからいいんだよ。いや、お前の実力的にはよくねぇが、それは俺が責任持って何とかしてやる。だから合格な。ちなみに拒否権はねぇ」
「えらく強引ですね、ビト組合長。オレとしては助かるんですが」
「お前にとっては大変なのはこれからだからな。とりあえず最低限の訓練は受けてもらうぞ。ダイバーとしての知識を叩き込んでやるから覚悟しろ。今日の所はとりあえず帰れ。明日からこのダイバー組合に日が昇る前から通え。いいな?」
えらく急だな。だが、早くできるならそれに越したことはない、か。ラッキーだった。それに幸い面倒は見てくれるようだからありがたいこった。
「よく分からんのですが、ラッキーって事かな。オレにはちょいとやりたい事があるんでホッとしてます」
「ドニの願いを叶える……か。ま、そのためにも頑張りな」
「えぇ。あ、あと、試験官のガブリエラさんにもよろしくお伝えください。失望させてしまってごめんなさい、とね」
「……あぁ。伝えとく」
最後はえらく歯切れが悪かったが、何だったんだろう。まぁ、いいか。どうにかおこぼれで合格できたみたいだし、はやく一人前になって役に立つ所を見せないとな。
しかし、関係ない話だが最近は寝ているときに悪夢を見る頻度が上がっているように感じる。困ったものだ。いつになれば克服できるだろうか。やはり、あの瞑想の中あったものが関係しているんだろうなぁ。だが、あそこに行くには自分の力量が圧倒的に足りないことは分かっている。もう少し力を付けなければ容易に飲み込まれるだろう。よって今は考えない!
それよりも、合格出来たことは素直に嬉しい。あんな惨状でよく合格出来たとは思わないでも無いが、その分これから頑張ればいいだろう。とにかく目標に至るまでの最低限はクリアした。これから何とか力を付けて、組合にも貢献していかなければなぁ。
あの目標は自分1人だけでは為し得ないことだ。協力してもらえるように自分の基盤を整えなければならない。やる事は山積みだが、一つ一つ、しっかりと積み上げていこう。
それで、最終的にはあのグラナドを復興してみせる!
◇
【SIDE:ビト組合長】
「行った?」
「あぁ。無事伝え終わったぜ。とりあえずアイツは何とでもなるからな」
「問題はあの時の観客、か」
「あぁ、秘密試験にしなかったことが裏目に出たな。万が一のことを考えて取り押さえられるように配備したつもりが、そのまま足枷になるとはな」
まさにいまそこが2人の頭を悩ませていることだ。あの圧倒的な力。良くも悪くも大目立ちしたそれを今更隠し通すことは難しい。
「今でもアタシは信じられないよ。アイツが魔物だって言われた方がまだ納得できるぐらいだからね」
「まぁ、それはオレも同じだ。奴の言った事を全面的に信じられるわけじゃねぇ。だが、事実として瘴気は一切感じられなかった。もしカケラでも感じられたら、オレ自らあの場で始末しようと思っていたんだがな。とりあえず最後まで見ていた観客には箝口令を敷いておいた」
「そうはいっても人の口に扉はあってないようなもの。あのコはこれからも辛い道を歩くことになるわね」
「言うな。んなことは分かってる。だから俺が責任持って面倒見るんじゃねぇか。奴が言ったことが本当ならば奴はこのクソッタレな世界を救えるらしいからな。これぐらいで潰れるっていうんならそれまでよ。そして、それで暴走する兆しが見えたら俺が責任持って始末してやるさ」
その言葉にガブリエラは哀れみの表情を作る。
「あの子コもまーだ子供に見えるのに可哀想にねぇ……でも、あの力はとんでもないってのも一理あるし……ままならないもんね」
その言葉に組合長も同調する。
「そうだな。だからこそ、できる事はしてやろう。奴の為、そして、死んだドニの為にもな」
「そうね。それが遺志を継ぐ、って事になるんだからね。アタシも出来ることはやるわ」
「あぁ、その時は頼んだぜ。ガブリエラ」
◇
【SIDE:ナギ】
翌朝、日が昇る前から組合まで足を運ぶと、組合長が受付で座って待っていた。彼に挨拶をすると、空き部屋の1つへと案内された。そこには机があり、座るように促された。
「さて、朝っぱらからお前を呼んだのは、お前に座学を教えるためだ。本来であれば訓練生と一緒に受けることになるんだが、お前の来歴は少々特殊だからな。合わせるためにも確認を兼ねてこのオレが直々にやってやろう。どうだ、嬉しいか?」
朝っぱらから何言ってんだこのハゲ親父は。オレにどんなリアクションを期待してるんだろうか。当たり障り無いこと言ってごまかすか。
「組合長直々になんてマジで嬉しいなー(棒)」
「チッ。心がこもってねぇな。まぁいい。すぐにそんな生意気な口もきけないようにしてやるからな」
ケッケッケッと悪い笑みを浮かべる組合長ははっきり言って全く信用できないが、今はとりあえず我慢して従う。それにこんな朝っぱらから付き合ってくれる組合長はなんだかんだで面倒見がいい方だろう。感謝こそすれど恨むことは無い…と思う。
「あぁ、そうだ。正式なダイバー免許はお前に対して最低限の訓練が修了してから発行することになる。つまりお前の身分は一訓練生だ。こちらの指示外の事をしたら容赦なくキツいお仕置きをくれてやるからそのつもりでいろよ」
……早くも不安になってきた。オレはこの先生き残れるだろうか。