ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
──夢を見ていた。長い、長い夢だった。もう思い出したくもないし、思い出せないが、何か、酷く恐ろしい目に延々と会う様な内容だった気がする。
精神が歪み、魂が擦り切れるほどの恐ろしい夢……いつ終わるのか全く分からない。そんな夢だ。それほど、酷い内容だったと思う。
そして、オレは目覚めた。気付いたら質素な藁布団の上に寝転がっていた。目を覚ましたオレを、イケメンのお兄さんがのぞき込むようにして見ていた。オレは目覚めてすぐに、大泣きに泣いた。涙や鼻水、よだれ果てはションベンまでまき散らしながら、そのお兄さんに縋り付いて泣いていた。何故そうなったのかは自分でも分からない。
そん時は何か、大切な物を落としたような喪失感と、助かったと言うような安堵感に、全身の力が抜けながらも溢れる感情を止めることが出来なかった。イケメン兄さんはさぞかし迷惑だっただろう。
だが、彼は何も言わずにオレを抱きしめてくれた。行動までイケメンな人だ。かなり長い間泣き喚き続け、オレはようやく、落ち着いた。
そこで、自分の現状をようやく把握した。どうやらオレは、小さな石造りの家の中にいる、と。ソレすら分からないほどのパニックだったと言うことだ。そうして、少しずつ自分の事が分かるようになって初めて、イケメンの存在を把握した。パニックを起こして大泣きに泣いていたとは言え、あんまりだったと今でも思う。だが、彼は何も言わず、オレが落ち着くのを待ってくれた。オレが落ち着いて、漸く話せるようになった時、オレは日本語で話しかけた。
「……ここ…どこ?」
「? ? "¿Entiendes lo que te estoy diciendo?"」
「えっ……何語?」
「……Estoy aquí. ¿Entiendes el idioma? No se puede evitar. Tengo que cumplir con la responsabilidad que recogí.」
……ダメだ。全く分からん。西洋の言葉か? 発音から考えるとそうだ。とりあえず、オレが分からない事を悟ってか、イケメンは身振り手振りでコミニュケーションを図ろうとした。
彼は自分を指して、ドミニク、と言った。これがこのイケメンの名前か。そして、次にオレを指した。どうやらオレの名前を聞いているらしい。
──オレの名前
「ナギ……」
その単語が自分から辛うじて出て来た。どうやらオレはナギらしい。だが、それ以外の情報が全く出てこない。再び泣きたくなった。だが、ドミニクさんは落ち着いて、というジェスチャーをした。
それで、オレはみっともなく泣き喚くのを踏みとどまった。
◆
そこから、何が起きたかを2人で確認する作業に入った。中々時間は掛かったが、ドミニクさんは根気強く続けてくれた。そして
・オレは1人で危険な場所をうろついていたこと。
・そこに通りがかったドニさんが拾ってくれたこと。
・ここは安全な街の郊外であること。
・言葉が通じないが、しばらくここで滞在していいということ。
以上のことが分かった。しかし、話をしている間、オレはどうも自分の身体に異変を感じていた。具体的には、思うように身体が動かせないのだ。そして、明らかに自分の手が小さい。足も、身体もだ。そこで、ドミニクさんが手鏡を持ってきた。古いボロボロの鏡だが、自分の姿ぐらいは写せるものだ。そこに映っていたのは
白髪で、灰色の瞳の6歳ぐらいの少年の姿だった。
◆
それから半年が経った。そこまで時間が経つと、自分の置かれた状況や、この世界のことなどがある程度把握できるようになってくる。こちらの言語もある程度は流暢に話せるようにはなった。ここは【ティエラ】と言う世界のようだ。そしてここは、人類の生存圏の1つである、【マドリー】と言う街らしい。人々が盛んに行き交い、非常に活気のある街だ。中世のような街並みにからっとした気候。住む場所としては非常に快適な場所である。街全体を覆う、息が詰まるような壁がなければ。
中世のような、と例えたが、これはオレの記憶に由来している。何を隠そう、オレは前世(?)の記憶があるのだ! それは、日本という国の記憶。学校教育で学んだ最低限の知識と、インターネットとかで知る雑学の数々。その記憶が、この街並みや生活水準は色々とちぐはぐなところがあるが、中世並であると判断を下している。転生小説で良くある、いわゆる
そこまで思い出せるのに、自分の事に関してはまるで思い出せないとは一体どういう事だろうか。いわゆる異世界転移、と言うやつか。しかし、オレは神には出会っていないし、変な部屋にも行ったことがない。そもそも、こんなチビの身体ではなかった筈だ。
それでも、そこに気付いたときはテンションが上がった。オレはどうやら前世では異世界転生物や異世界転移物を結構読んでいたらしい。なにか革命的なことができないか、その知識を活用しようとこの半年奮闘したこともあった。しかし、ソレは随分的外れな事ばかりで、ドニさん(ドミニクさん略してドニさん。みんなそれで呼んでる)に迷惑を掛けてしまう結果となった。中途半端な知識ならばやらない方がマシだと言うことをその時に痛感した。
◆
オレを拾ってくれたドニさんは、正式な名はドミニク=シュトルバーンというやたらかっこいい名前を持っている。オレは彼に感謝すると同時に、密かに憧れていた。なぜなら、この人は、名前負けしないぐらいメチャメチャかっこよかったのだ!
年齢は、拾われた当時は大体25~30程度で、イケメンだ。マジで。金髪碧眼のシュッとした彫りの深い顔面で、凄く整っている。前世で見た洋画の俳優のようだ。しかも動作の一つ一つが洗練されている。何と言えばいいか…強いて言えば、上流階級の人間が持つ様なエレガントさがあった。マジで女だったら惚れてるわ。TSじゃなくて良かったわ。
しかし、オレが憧れたのは顔面の良さや、上品さだけじゃない。この人、この見た目でメチャメチャ強いのだ。どれぐらい強いかって言うと、凄まじく長くてデカい剣で、大きな岩を造作も無く叩き斬るんだ。細マッチョのくせにどこにそんな力があるんだ? と、当時は思っていたし、剣を振るスピードが全く見えない。身体能力はオリンピック選手を軽く超えるレベルだ。というか、人類のレベルを遥かに超えている。
ドニさんは必要なこと以外は殆ど喋らない。だから、このイケメンがどういう経緯でこんな辺鄙な場所(人々が住む場所から結構離れている)に家を建てて、自給自足に近い生活をしているのか全く分からなかった。ただ、オレのことを結構気にしていくれているのは何となく伝わったし、こんな穀潰しを保護してくれているという優しさにつけ込まないように、拾われた当時から必死こいて仕事の手伝いや家事などを頑張った。
オレは、普通の場所で迷子になっていたわけでもない。オレはどうやら瘴気の漂う【暗黒領域】で見つかったらしい。普通はそんなところに子供が迷い込んだらあっという間に死んでしまうらしいが、オレは運が良かった、と言われた。
オレを見つけたのがドニさんである。彼は
──危ないところだった。彼の気まぐれでオレの命は風前の灯火から救われたらしい。というか、なんでオレはそんなところに居たのか分からない。まるで記憶に無いのでどうしようも無い。いずれ分かる日が来るのだろうか。
で、話を戻すと、彼の仕事というのが、「ダイバー」だ。「ダイバー」というのは、濃厚な瘴気の漂う【暗黒領域】に踏み込んで、そこにあるお宝をゲットしてくるというイカれた職業である。現代日本で言う一角千金を狙う埋蔵金ハンターのような夢追い人と思うかもしれないが、こいつらはガチである。なぜなら、この瘴気というやつは、基本的に人体にかなりの害をもたらす。個人差にもよるが、長時間滞在すると正気を失っていくらしい。そして、それだけならまだしも、肉体に多大な害がある。例えば、幻聴、幻覚、五感の低下、内蔵系へのダメージ、筋肉の異常、急激な老化、等々…その害を数え上げると枚挙に暇が無いほどだ。
一応、その影響を浄化する方法もあるらしく、ドニさんは仕事の後はソレを毎回受けているらしいが、若干は蓄積していくとの事。それでもやるのかと聞いたら、一昔前はソレすらなかったらしいから、自分は恵まれていると彼はのたまった。そこから考えるに、当時の奴等がどれだけイカれていたかがよく分かる。
更にそれだけではない。【暗黒領域】には瘴気に汚染された怪物が出る。その名をシンプルに「魔物」と呼ぶ。
そいつらは、ただの獣とは違う。常識を越えた膂力を持っていたり、不可思議な現象を起こしたりする。しかも、そいつらは我々人類や汚染されてない生物に激しい殺意を抱くらしい。正直勘弁して欲しいが、それらに対抗するために人類は巨大な壁を作り、襲撃を防いで何とか生活を保っているらしいのだ。
その分、「魔物」を倒したときの恩恵は凄まじい。瘴気を持った魔物の素材は一度浄化する必要はあるが、強度や利便性が普通の生物の素材とは段違いに高いし、肉や皮も食料としては一級品だ。
よって、狩られた魔物は骨の一片まで貴重な素材となり、様々な用途に使われている。だからこそ、一角千金を狙った「ダイバー」という職業が成り立つとも言える。
しかし、同時にわざわざ危険な領域に足を運んで、危険なそいつらを狩る「ダイバー」という連中はやはりイカれているとも言えるだろう。だが、彼らは街の住民からは非常に尊敬されている。彼らのおかげで現在の自分たちの生活が成り立っているからだ。そして、ドニさんもその1人だ。というか、彼は尊敬される第1位に近いまである。
さて、その恐ろしい領域に挑む彼らは、やはり普通では無い。彼らには
瘴気に触れることで可能になるらしいが、正確なことは分からない。口から火を吹いたり、水を生み出したり、風を起こしたりと、前世の物理化学者にケンカを売るような事象を起こせるという。また、軽度の怪我であれば治療して回復を早めたり、病気の治癒も軽度であれば可能のようだ。彼らは自らのエネルギーを利用してそれらを操ることが出来た。ドニさんのような超絶的な身体能力もこの賜物らしい。その存在を知ってから、オレの興味はそこに集中することとなった。
正直に言おう。オレは、そんな不思議な魔法を使いたくてたまらなかった。前世の知識がオレに囁く。「魔法」を使え、と。丁度ドニさんは「ダイバー」だ。
家事や炊事も漸く慣れてきた頃に、ドニさんに尋ねてみた。「ダイバー」にはどうやってなるのか、と。ドニさんは珍しく怖い顔をしてオレに言った。
「『ダイバー』にはなるな」
……なぜ? と尋ねたが、その日は返事は帰ってこなかった。オレは諦めきれなかったが、それ以降も答える気は無いようだった。まぁ、今のオレはチビだからな。仕方ない。もう少し成長してからもう一度聞いてみるとしよう。