ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
【SIDE:ガブリエラ】
「聞いたぜ。銅級なりたてのルーキー共が中層級特殊個体、しかも賞金首を撃破したってな」
組合長室では、ビトが椅子に座って書類仕事をしながらガブリエラの話を聞いていた。相変わらず地獄耳な男である。だからこその組合長ではあるということか。
「あら、耳が早い事。その通りよ。まー前も思ったけど嫌になるぐらい優秀ね。以前見た時とはまた別物になってたわ」
「そうか。ま、そうだろうとは思ってたがな。ただ他のメンバーも頑張ってるようじゃねぇか」
「えぇ。負けず劣らず優秀ね。リーダーはじめ、全員判断力がいい。お互いにいい影響を与え合って伸びてる感じね」
そこで漸く書類から眼を離し、こちらを見据えて組合長が聞く。
「で? 今回は〝出た〟か?」
ま、気になるわよね。アタシも気になるだろうし。でも残念。
「いや、アタシも期待したけど出なかったわ。まぁ、特殊個体とはいえ中層級単体じゃそんなもんでしょ。本人の地力も上がってるし、もう魔物なら深層級とかじゃないと出ないかもね」
「ハッ! ソイツはスゲェな。『アレ』を見たけりゃ深層まで連れて行けってか! 対人だと
「ま、『彼』も無理矢理出そうとするのはおすすめしないって言ってたから丁度いいんじゃない? 最終日にアタシも試しちゃみるけどね。話を戻すけど、この様子なら
あまりにも早い出世スピードである。少し危険ではある。そのため少し彼らの鼻を折るつもりでいる。もしかしたらその時に彼も出てくるかも知れないが、それはそれでアリだ。
「奴自身の評判も最近悪くねぇ様だな。真面目で柔軟な奴だから、自主訓練も相当頑張ってる様だしな。その辺りも評価が高い。実力も今回の件で証明したし、もうドニの件で直接色々と言う奴はいねぇだろう」
「後は過剰に期待されないといいわね」
「まぁなぁ……その辺は追い追い、だな。そろそろ恒例の奴が来るしな」
「もう? 早いわね」
「星占組合の学者曰く、な。今年は軽いやつらしいが油断はできん。約1ヶ月後だ。そろそろダイバーと一般人にも勧告しとかねぇとな」
もうそんな季節。いつも憂鬱だ。
「……とにかく、なるべくみっちり教えとくわ。あと、私も出来る事はやるわ。監視、とかね」
「あぁ。オレから頼もうと思ってたが良かったぜ。引退したってのに悪いな。最近は行方不明者も増えて油断ならねぇから助かる。とりあえず
今度こそ彼は書類に再び目を向け、集中し始める。会話は終わりと言うことだ。アタシも言う事は言ったし、彼らの育成プランを考えつつ組合長室を後にする。さて、どう料理しようかしら。
◇
次の日は西のラパロマ湖、そしてその次は北のナバスラーダ峠、そしてその次は東のビオス廃墟と、一日ごとに場所を変えてローテーションを行う。それぞれで特産物(?)が全く違うので、その場所ならではの注意点や採取方法やその周辺の特性などをレクチャーされた。
そして、ここからは魔物素材も重要な採取対象となるため魔物への対処もしっかり教えて貰った。
例えばラパロマ湖はスライム型の魔物、リモの巣でもあり、様々な種類のリモの対処が必要だったり、魚型の魔物がいるために専用の装備を用意したりしたし、水場での戦闘のノウハウを教えて貰った。
また、ナバスラーダ峠は鳥型の魔物や虫型の魔物の巣窟であり、こちらも中々苦労させられた。遠距離から来る鳥型を仕留めるために霊力や投げナイフなどを活用する訓練を行った。
ビオス廃墟では、無機物や機械系の小型の魔物が生息していて一風変わった感じになっている。こちらは探索次第では稀に貴重なアーティファクトが発見される場合があるので、群れをなす魔物を躱しながら探索するコツを学ぶ。オレは割とできる方だったが、他のメンバーは苦労していた。
そうして4日が経過したが、次の日はおさらいとして再びアラン平原からのスタートとなった。しかもこのままでは1日足りないと、期間をロハで延長してくれた。ありがたいが大丈夫なのだろうかと聞いたが、ガブリエラさん曰く、現役の時に死ぬほど稼いだので気にするなとのことだった。お言葉に甘えておこう。サラは狂喜乱舞していた。
そして、濃厚な8日間が終わり、ガブリエラさんはオレ達を闘技場に集めた後、こう告げた。
「よく頑張ったわね。これにて講習は修了よ。最後にサービスで戦闘も少し見てあげるわ。ホントは別で講習があるんだけど、頑張ったご褒美ね。内容は簡単。今から全員で掛かってきなさい」
「その、いいんですか?」
「ふふふ、言ったでしょ? サービスよ。それに遠慮は無用。貴方達は確かに優秀だわ。でもね、慢心は優秀な者でも容赦なく殺す。身の程を知るものが最後まで生き残る。貴方達にはそれを今から身体で覚えて貰うわ」
ゾクっとするような笑みでハンマーを担ぐガブリエラさん。そして彼女から暴力的な霊力が吹き出す。これはマジだ。闘ったオレは分かる。この人は容赦なくオレ達をボコる気だと。
これは拒否できない流れだ。仕方ない。まさか再戦できるとは思わなかった。だが、あの時とは違って今は仲間がいる。オレも少しは成長した。少しでも食らいついてやる!
他のメンバーはまだそのヤバさを分かってないらしく、始めは遠慮無くかかってこいというガブリエラさんに対してためらっていた。
しかし、すぐにその認識は改められた。
1分後に全員が叩きのめされ、地に伏せるという結果によって。
それからは、とにかくもう全員がボコボコにやられた。手も足も出なかった。何故かオレは特に執拗にボコられたが、何か恨みでもあったのだろうか。
どのようにボコられたかをダイジェストで見てみよう。
「遅いッ!! 双剣使いのくせにスピードも工夫も全然足りない! その炎は飾りか!? 振り切った後に僅かに硬直する癖を治しな! それぞれの鍛錬がまるで足りてない! 片腕のアタシですら余裕で捌けるんだから、コレじゃ上に行けないわよ!! 早急に何とかしなさい!!」
「がっ…!!」
「槍使いならもっと貫通力を持たないと意味ないんだよ! これだけ手加減した防御も貫けないんなら槍使い辞めな!! あと霊力の集中も全然足りてない! 実戦で使うなら即座に属性発動できるぐらいにはなんないと話になんない!! 出直してきな!!!」
「ぐうっ!!」
「ほらほら! 後衛だからってボーッとしてんじゃ無いよ!! いざというときの戦闘力が最低限無きゃすぐに暗黒領域の肥やしよ!! せめて防御は多少でもできるようになんなさい! あと、霊力の属性のバリエーション少なすぎ! もっと戦闘に使えるようにならないと補助としても話にならないわ!」
「きゃあッ!!」
「少年!!! 君は中途半端! 何もかもが中途半端すぎる!! はっきり言って君の攻撃は何も怖くない! 身体能力強化だけならもっとそれを極めるとか、霊力のみの攻撃を使うとか色々あるでしょ!? そんなんじゃ到底君の夢なんて達成できないね!!! 幸い浄化担当はいつでもウェルカムだからいつでも辞めていいわよ!」
「ぐわっ!!」
おわかりいただけただろうか。
今のは一部だが、こんな感じで徹底的にボコられ、丁寧に心を折られた。しかも、その指摘は何も間違っておらず、理にかなっているために余計に悔しい。
悔しいから頑張って向かっていっても更にボコボコにされる。とうとうオレ達は1人残らずダウンする結果となった。
身体は動かない。徹底的に痛めつけられ、体力も限界だ。あれだけ動いていたはずのガブリエラさんはピンピンしている。化け物か。
他のメンバーも限界で倒れていた。エルなんかは悔しすぎて涙を流している。よく見ればフロウも同じだ。サラだけは恍惚の表情を浮かべて倒れている。彼女はホントにぶれないな。
オレも悔しい。多少は成長したと思っていたのがまるで結果が変わらなかったからだ。むしろ4対1でここまでやられるともう笑うしか無い。
しかし……不思議と涙を流すほどの感情は沸いてこない。何故だろう。あれだけ煽られても心に響かない。いや、悔しいのだ。悔しいのだが……今はそんなことよりも、
手も足もでなかったのに。そう、できるはずだ。こんなにボコボコにされて、身体ももう動かない状態でもだ。次第にその考えばかりが頭を支配する。やれる。できる筈。
「ふぅん? まだ起き上がれるの。その根性は褒めてあげてもいいわね。でも、もう終わりよ。さすがにそろそろ限界だろうから総評に入るわ」
「……オレ、は、まだいける」
「はぁ~。もういいでしょ。アタシの目的は達成出来たわ。これ以上はイジメになっちゃうから終わりね」
「まだ、いける気がするんです。だからガブリエラさん。もう少しだけ、付き合ってください」
自然体だ。
無駄に力が入っていない状態、それこそが〝力〟を十分に発揮できるのだ。身体に芯が生まれる。剣の震えが止まる。身体に芯が産まれ、姿勢が安定する。
「ん? これは……?」
「ドニさんの夢を叶えるって約束したもんね。ならもうちょいやんなきゃ」
「少年、もしかして君……ここで来るか……いや、でも雰囲気はまだまだナギ君だね。いいわ、来なさい。見極めてあげる」
ガブリエラさんが何か言っている。だが、関係ない。悪いが、もう少しだけ付き合って貰おう。これが最後だ。
今までの指摘は全くその通りだ。オレは中途半端だ。属性攻撃もできず、剣技もたいしたことない。疲労と霊力枯渇によって最早戦闘できるコンディションじゃ無いのは分かっている。だけど、それでも。負ける気はさらさら無い。
目線は全体を捉える。そうだ。囚われてはいけない。戦闘の時も同じなのだ。「木を見て森を見ず」ではない。見るともなく全体を見るのだ。
それは自分自身もそうだ。
足の踏み出し方、脱力からの力を込めるポイント、筋肉の動きに合わせた姿勢の取り方、それら全てが適切に行われたならば、霊力すら必要ない。いや、もしそれにほんの少しでも絞り出した霊力が加われば……
こうなる。
凄まじい踏み込みからの全てを断ち切るほどの強力な大剣の一撃と、ガブリエラさんが迎撃したハンマーが衝突し、鈍い金属音が闘技場に響き渡る。
ガブリエラさんのハンマーに霊力の土が纏わりついている。本気だ。それでも衝撃が殺しきれずに彼女の足元が砂に沈んでいる。
だが、押しきれなかった。今のコンディションだと拮抗状態になったら押し負ける。ならば相手の力を利用して切り返す。ガブリエラさんも合わせてくる。最早オレは考えて動いていない。脳裏に断片的に浮かぶ理想の動き。
しかし、回転率じゃ負けない。如何に大きな剣だろうが、手足として考えて動かせば素手と変わらない。もっと速くできる。
数瞬の間に数多の剣撃が繰り広げられ、火花が散る。掴めて来た。相手の呼吸。その隙間に剣を捩じ込……。
嫌な予感を感じてその場から飛び退く。
すると、オレのいた場所は土の槍や針が無数に飛び出していた。
「……やるね、少年。君は少年かな?」
「? ……何を言ってるのか分かんないけどオレはオレです。多分これで最後。あとちょっと付き合ってもらいます」
「ふふ、いいわね。よく分からないけど理想の形になってきたわ。そこで寝てるアンタ達! アンタ達はどうする!?」
◇
【SIDE:エルネスト】
眼にも止まらぬ程の速さで重厚な剣戟が繰り広げられている。衝撃がこちらまで伝わってくる。一発一発が致命的な威力である事が容易に伺える。
なんだアレは。確かにアイツは優秀だ。採取やサバイバル技能はオレたちより頭一つ抜けていた。特に気配察知なんてどうやってるのかさっぱり分からない程優秀だ。
だが、戦闘ではそうじゃなかった筈だ。少なくともあそこまでは出来なかった。今まで手を抜いていたのか? いや、そんな器用な事をする奴じゃない。これまで手合わせも無数にやってたから分かる。
だとしたら「アレ」は何なんだ。
確かに聞いたことはあった。アイツはドミニクさんの後継者。試験は見られなかったが、非常に優秀な成績だったと聞いた。嘘か誠か分からないが、試験官に勝ったとすら噂されていた。当時は眉唾だったが、今の動きを見れば分かる。噂は本当だったと。
ならばどうする?
オレは今何をしている? 無様に転がって悔し涙?
クソダセェ。アイツがあんなに頑張ってんだ。リーダーのオレがそんなんでいいわけねぇだろ!
ならば立て。身体が痛かろうが重かろうが、やるんだ。手を地面に突き、身体を起こす。ガブリエラさんから檄が飛ぶ。分かってる。オレは、オレ達は負けない!
同じように考えていたのか、起き上がりつつあるサラに声を掛ける。
「サラ!! 行けるな!?」
「…! あったりまえよ! 思えばお姉様との直接指導はこれで最後じゃない! 寝てらんないわ!」
サラも槍を杖代わりにプルプルしてるが立ち上がっていた。だが、眼を更に爛々とさせていてその気合いは充分だ。
「フロウ! 寝てんじゃねぇ!! 気合い入れろ!」
フロウはその声で復帰したらしく、プルプルと起き上がる。
「私は……負けない…!」
フロウは大丈夫そうだ。アイツも相当なダメージの筈なのに頑張るな。これもナギ効果か? だがこれなら行ける。ナギとガブリエラさんが距離をとっている。体力的に最後の攻防だ。しかし、オレ達もいる。勝利で締めくくってやる。
「ナギ! オレたちが活路を開く! お前が決めろ!!」
ナギはこちらを見ずにコクンと頷く。
可能性があるとしたらアイツだけだ。ならばその為に出来る事は何か。それはオレ達が囮になる事。最終的に勝つならば捨て石でも何でもやってやる。無様に転がって負けるなんて我慢できねぇ。行くぜ!
◇
初撃はフロウの攻撃から始まった。霊力の水を極限まで絞り、威力と貫通力を向上させた【
同時にフロウはサラとエルに支援を掛けていた。【
そして、その隙を逃さずエルとサラが突貫する。速度はナギには劣るが、それでも行く。ガブリエラはその2人を見て【
常に動きながら溜められれば良いのだ。
次第にサラは加速し、一つの弾丸の様なスピードになる。そしてその勢いで土壁に向かって吶喊する。
「【雷迅撃】ぃ!!!」
スピード=破壊力だと言わんばかりの裂帛の気合いをもって壁に槍と共に体当たりする。すると、一瞬の均衡の後に壁にヒビが入り、1人分の穴を穿つ。そこでサラも力尽きる。
これにはガブリエラも驚く。この短時間で、しかもまさか正面から抜かれるとは思わなかったからだ。
その穴をエルが間髪入れずにくぐり、ガブリエラに迫る。サラは必ず突破すると、そう信じていたからこそ出来た事だ。
エルは飛び上がり、剣に炎を纏わせる。
「ここで飛び上がるなんて馬鹿だね! 恰好の的よ!」
ガブリエラが迎撃態勢を完了する。だが、彼は予想外の行動に出た。
「なっ……!」
飛んでくる1本の獲物。そう、彼は武器を投げた。ガブリエラは対処せざるを得ない。土の槍を精製し撃ち落とす。しかし、その直後に彼はもう一本すら投げた。ガブリエラは距離的に霊力は間に合わないと判断し、ハンマーで撃ち落とす。そこにエルが降り立つ。ガブリエラは一手足りない。
「詰みだぜ! 【発火】!!」
これは、ただ炎に変換した霊力を前方に展開するだけの単純な技だ。だが単純であるだけに強力だ。
回避不能の火炎がガブリエラを覆う。ゴウッという音を立てて姿が一時的に見えなくなった。
「やっぱりな、そんなこったろうと思ったぜ」
炎が晴れた後出て来たのは、全身が岩に覆われ、まるでゴーレムのようになったガブリエラの姿であった。
それがおもむろに腕を上げ始める。
「ナギ! オレたちはここまでだ!! 後は頼んだぜ!!」
その重機の様な腕で殴られて、エルネストは後方に吹っ飛ばされる。しかし入れ替わる様に迫る者がいた。
その大剣の一撃は右側面から入り、ガブリエラのガラ空きの脇腹に向かう。そして、インパクトするその直前──
「そこまでッ!!!」
第三者の声が掛かり、大剣は辛うじて触れた段階で止まった。
◇
ポロポロと土が剥がれ、ガブリエラが本来の姿を現す。
「ガブリエラ、ざまぁねぇな。見事に詰まされたなぁ」
観客席から闘技場に飛び降りて男が言う。
「言わないで。全く、腹が立つくらいに見事ね。今度こそ終了よ」
「おいおい、大事な事を言ってないんじゃねぇの〜?」
「くっ……分かったわ。しょうがないわね…アタシの負けよ。全員見事だったわ」
それを聞いた面々は、喜びを爆発させると同時に仲良くその意識を闇に落とした。