ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
あれからひたすら素振りをしている。しかし、どうしても
だが、この〝力〟とあの記憶の関連性は何だ。オレは、一体何者なんだ。
分からない。何もかも分からない。いや、分かろうとすれば分かるかも知れない。だが、オレは無意識にでもそれを拒否している。あんな記憶はもう見たくないのが正直なところだ。だからオレはこうして現実逃避をしているのだ。
いくら動きが格段によくなったとは言え、肉体には限界が訪れる。家の庭で行っていた素振りも、周囲が明るいうちから、夜が更けて完全な闇に覆われるまで。家々の明かりが完全に消えるまで続けたところで力尽きる。
家に帰り、倒れるように眠る。願わくば、あのような悪夢をもう見ないことを祈って──
再びオレはあの大地にいた。この時点でもう逃げ帰りたくなった。しかし、いくら頬をつねっても目を覚ましてくれない。どうやらオレを逃がす気は無いようだ。
周囲の人々も変わらず存在している。化け物には囲まれていないようだ。少し安心した。しかし、彼らの表情は虚ろだ。気が触れてるように見える人も中にはいる。大体100名前後だろうか。一様に絶望に染まっている。中には近くの人間に殴りかかったり、女性に乱暴をしたりしている者もいる。女性も諦めて受け入れているようだが。だが誰も止めない。
いや、〝誰か〟が状況を変えようと必死に声をかけて止めようとしている。ソイツだけ何故か顔がぼやけて見えないのはなぜだろうか。オレはソイツが妙に気になった。説明は出来ないが、オレはソイツに複雑な感情を抱いていた。今も必死に頑張るソイツをオレは冷めた目で見ている。どうせ無駄なのに何故足掻くのかと。この絶望の中でオレは……心を折られていたのだ。
どうせみんな無惨に嬲られ、喰われ散らかすのだから。
こうして集められるのは。オレ達は無為に時を過ごす。そして……
土中から巨大な蟲が現れる。その一体に乱暴している男が半身を食い付かれる。離せと彼は叫ぶが誰も助けない。そのうち大量の蟲に食い付かれ、彼は絶叫を上げながら死んだ。当然女性も泣き叫びながら囓られ、死ぬのは時間の問題だろう。
それを皮切りに土中から様々な気色悪い蟲が出現する。人々は一斉にバラバラに逃げ出すが、恐らく無駄だろう。見える範囲全てに蟲の大群が見えるからだ。
周囲を見渡すと、急に地面がすり鉢状になり、中心にいた巨大アリジゴクのような生物に何名かが喰われた。それ以外にも巨大な蜂に刺されて連れて行かれる人々や、巨大のアリの大群に噛み千切られる者、ミミズのようなワームに丸呑みされる者、溶解液に溶かされる者、糸でぐるぐる巻きにされて体液を吸われている者など、様々だ。どれもこれも最低な死に方だ。できれば遠慮したい。
気付けばオレも必死に逃げている。オレが動いているつもりでは無いので、記憶のオレの動きだろう。だが、そんな時に足下から針が生えてきて右足を貫く。それは返し刃が付いており、容易に抜けない。激痛にうずくまると、中から出てきた巨大なカマドウマが現れて、刺さった右足を持ち上げる。あぁ……これが今回の『死』か……夢の中のオレは必死に懇願するもソイツは鋭利な歯を持った口を大きく開け…………
「あぎゃあぁぁぁ!!」
自分の絶叫の声によって目を覚ます。心臓が破れるほど脈打っている。全身が汗にまみれ、筋肉は硬直している。
ここは……オレの家か……助かった。いや、助かってない。少なくともアレが昔のオレだ。奴の言葉によるとあれが真実だと。前回とはまたパターンが違った。オレは少なくとも2回は無惨に殺されていると言うことだ。
夢の中では何回も、と言うことを感じていた。だとしたら……アレは地獄という他に表現のしようが無い。何回も何回も生き返り、そのたびに無惨に殺される……あんな所にいてオレは何故今無事なのだろうか。
いや、
だからあの管理者はこの記憶を封印した。いや、してくれたのだ。オレはあんなことが今起きたら耐えられる自信が無い。記憶でさえもこの有様だ。尚更無理だろう。
しかし、知ってしまった。オレは知りたい。一体オレの身に何があったのか。例えそれが地獄に落とされたという耐えがたい記憶であっても。オレのこの〝力〟を伸ばし、そして今の自分の居場所を守るために。
◇
「よう! ナギ、元気か…って相変わらず顔色悪いな! 大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫大丈夫! 疲れはないからね。ちょっと最近眠れなくてね」
「ダイブは万全じゃないとコンディション的には厳しいわよ? ホントに大丈夫?」
「あぁ、問題無いよ。むしろ早く探索に行きたいぐらいだ。これが無理ならすぐに伝えるから心配しないでくれ」
「ふぅん……まぁなんかあったらすぐ言えよな。パーティーの安全を守るのもリーダーの勤めだからな」
ありがたい事だ。こうして気遣ってくれる仲間は貴重だ。彼らにも少しは報いたい。
「よし、それなら行ってみるか。今日はアラン平原だ。メインは採取、時々討伐。ま、いつも通りだな。いくぜ」
そうリーダーが気合いを入れた所で別の所から声が掛かった。
「よぉ、お前らもアラン平原か? 奇遇だな。オレらもだ」
「ん? あぁ、【一刀両断】のマルセルじゃん。アンタたちも?」
少しいい感じの装備を身につけているダイバーのパーティーだ。確か銀級だったかな? 最初は全員の共通装備である刀にびっくりした。サムライソードがこの世界にもあるんだ、と。聞けば東方から伝来した装備らしい。どの世界にも似たようなものがあるもんだ。見たとき刀に激しく心が動いたが、オレはこのドニさんの大剣があるから浮気はできないと泣く泣く諦めた。
話がそれたが、このパーティーは何かとオレ達を気にしてくれる人達だ。メンバーはリーダーのマルセルさん、サブリーダーのカインさん、メンバーの紅一点ダナさんに最年少のロベルト、である。特にロベルトとはメンバーとプライベートでも親しくしている。
それでも実力は確かであり、何かと教えてくれる良い兄貴分でもある。ただ……
「フロウちゃん今日も一段と綺麗だね。どうだい? オレと今日はディナーでも」
「生憎私、そういったことには興味なくて。他当たって」
彼は前の世のイタリア人の様な性質があるらしく、若い女性と見れば誰彼構わず口説く。早速ロベルトがフロウに粉を掛けていたがアッサリと撃退されていた。いつもの恒例のやりとりだ。その度にイラっとするから邪魔するのだが、今日は防ぎきれなかった。ちなみにサラはエルの彼女と認識されているらしく、口説かれるのはいつもフロウだ。まぁフロウは完全塩対応だから安心ではあるのだが。
「あ~あ、ロベルトもいい加減諦めろって。あの子はパーティーメンバーしか見えてないんだから。特に最近ナギ坊にお熱だしな。しかし、お前等もナギ坊が入ってから破竹の勢いだな。もう
「ちょっと! そんなんじゃ…」
……否定されるとちょっと悲しくなるが、それを察したかフロウの勢いが弱まった。それに少しホッとする。
「ははは! 先越されちまったか! んじゃナギ坊はどうだ?」
「おっと、今度はナギの引き抜きか? コイツもダメだぞ。オレ等の要だからな」
ロベルトが言ったことにウチのエルが茶化して返す。冗談でも要と言ってくれるのは嬉しい。
「ふふっ。ロベルト、その辺にしとけ。じゃあとりあえずエリア決めとくか。オレ等はアラン平原の東側を中心に活動する予定だが、お前等はどうする?」
「そうだな。じゃあオレ等は中央から西の方にするわ。なんかあったらお互いフォローするで」
「よし、それで決まりだな。じゃあ道中はよろしくな」
今日は
ダイバーはお互い助け合いだ。貴重なダイバーは街の財産であり、切り札だ。故に人に害される事があれば極めて重い罰が下される。まあ諍いを起こす余裕など人類には無いという事情もあるが、逆に言えば、諍いなどは余裕があるから起きるのだ。
自負もある。自分達こそが街の、人類の守護者であると。だからこそ、自らを律し、他者を労りながら生きることが出来るのだ。無論例外もあるが。
話が長くなった。さて、今日も稼ぐか。
◇
「お前んトコのナギ、すげぇな……低層級とは言えほぼ一撃だぜ? カインとダナの出番がねぇじゃん。しかもあのスピードと動き。
「だろ? まぁ本人も努力してるからなぁ。それに、ガブリエラ教官との闘いで覚醒したらしい。もう多分オレでも勝てないからな」
「う〜ん。オレらも他のパーティーも試験後に狙っちゃいたんだけどな。何故か勧誘は禁止されたから残念だったんだ。お前らのパーティーに入る事になったって聞いて羨ましかったぜ」
「へぇ。やっぱりアイツ、試験直後から人気だったんだな。なんか不穏な噂もあったけど」
「それを差し引いても試験が衝撃的だったんだよ。詳細は言えねえがな。ま、無理なもんはしょうがねぇ。今日は楽させて貰うぜ」
後方で何かリーダー同士が会話しているが、オレはと言えば寄ってくる魔物の露払い役だ。
いつもより避けられない戦闘だが、この程度ならオレ1人でも充分すぎる。その証拠に苦もなく撃退できている。露払い役のカインさんとダナさんが出番が無いと苦笑いしているが、無駄に疲れることも無いからいいだろう。
それというのも、この間から覚醒した〝力のカケラ〟によるものだ。この力を一言で言えば、『身体の効率的な使い方』である。いかに無駄なく、効率的に力を伝えることができるか。それがこの〝力〟の最大の特徴である。そしてそれは武器にも及ぶ。問題は、これがほぼ極まった力だということだ。故に徒手空拳でも恐らく一撃で魔物を粉砕することができるだろう。低層ならコレで充分だし、中層でも通用するであろう力だ。今の筋力ですらコレなのだ。これから鍛え続ければ、どれほどの物になるか想像すると思わず身震いする。
逆に言えば、この〝力〟には更に先があると言うことだ。それが恐ろしい。オレは……もしそうなった時に一体どうなるのだろうか。
◇
今回の探索は【一刀両断】のパーティーとアラン平原に到着した。今回は魔物素材はかなり稼げている。探査に集中しよう。レクペラ草(中級怪我薬の原料)を中心に採取を重ねていく。この薬草は言うまでも無いが非常に需要が高い。つまりいい金になる。また、ダイバーは原料持ち込みで調薬の代金がかなりサービスされるので、積極的に採取していきたいところだ。
今回は低層級の魔物の襲撃はあったが問題なく採取も完了した。成果は以下の通り。
・レクペラ草……35
・エリダ草(低級怪我薬の原料)……18
・フリオ茸(病気予防の薬の原料)……22
・デリシソの実(万能調味料)……20
・カリドの葉(保温効果のある薬の原料)……21
とりあえず大部分は20以上確保したので、こんなものでいいだろう。向こうのパーティーも成果は上々のようだ。これでだいたい1人400ペスタ(1ペスタ=100円程度)はいく。あとは問題なく帰るだけだ。向こうもそう思っていたらしい。こちらに近づいてきている。向こうは拠点も片付けたようだ。こちらに手を振り合流するつもりだろう。さて、オレ達も撤収しよう、とリーダーが声を掛けたとき
つ……と
思わずそちらに目を向けるが、何もない。何だ? 今の感覚は。気のせいかと思ったが、どうも気になる。
「おい、ナギ。どうした? 撤収するからお前も手伝え」
「ちょっと待ってくれ。何かある」
「? 何かって……なんもねぇぞ」
「シッ。ちょっとだけ探させてくれ」
「おい、ナギ……仕方ねぇな。5分だぞ? その間オレ達で片付けとくわ」
「恩に着る」
何かがある。オレの感覚に反応したと言うことは間違いなくあると言うことだ。さっきのは一体何だろう。いや、もしかしたら
そしてそれは何の変哲も無い草原の1カ所を示していた。
その部分の草を剣で薙いで、その後掘り返し始める。確実にここだ。間違いない。そう確信しながら。
「よぉ! 終わったか? って、坊主は一体何してんだ?」
「わかんねぇけど、何かあるんだと。オレらも帰る直前だったから拠点を片付けてたんだけど……」
「ふーん……ま、多少は余裕あるし、手伝ってみっか」
「マジ?」
「まぁちょっとだけだ。あの坊主が何かあるってんならもしかするかもしれねぇからな。おい、いいか?」
「ま、コレで何か発見したら英雄だからな。いいぜ」
「同じく。私も少し気になる」
「右に同じ」
「よし、決定。んじゃちゃっちゃと終わらせるぞ」
「しゃーないなぁ。じゃあオレ達も拠点片付けてさっさとやろうかね」
2パーティ合計8名がオレのやっていることを手伝い始めてくれた。ありがたい。こう掘り進めていくだけで確信は強まっていく。損はさせないだろう。
ガンガン掘り進められる地面。やはり人数がいると作業が早い。もう1メートル以上掘り返した。時折襲ってくるルナール(モグラ型の魔物)もこれだけいれば速攻で対処できる。
そうして一定距離を掘り進んだところで、何か固い物に触れた。
……見つけた。急ぎ、周りを同じように掘り返す。
「おいおいおい! マジかよ!!」
「これは……扉?」
ソレは金属の蓋のようなものだった。その先に何らかの空間が存在するかのような。
それぞれが興奮し、開け方を模索する。すると、フロウがレバーを見つけた。それを動かすと、その蓋は鈍い音を立てて開き始める。そして、草原にあるものとは思えないほどの綺麗な石造りの縦穴が姿を現す。そこにははしごが付いていて降りることができるようだ。
「やったぜ! まさかこんな所に隠し空間があるなんてよ! 坊主、大手柄だぜ!!」
「いや~正直笑い話にしてやろうかと思ったけど、恐れ入った。で、どうする?」
「勿論! 行くに決まってんだろ!」
「いや待て、さすがに危険じゃないか?」
「だけどよ、もう一度見つけられるかわかんねぇぞ? 【暁の剣】はどうすんだ?」
「う~ん……難しいところだが……折角ナギが見つけてくれたし、様子見ぐらいはしてみたいな。それにまだオレ等にも余裕があるし」
「よし、じゃあ行ってみよう。ただ、危険だと判断したらすぐに引く。今回は報告できる範囲での様子見だ。それでいいか?」
「それでいい。では、行くか」
そういうことになった。そして、全員でそのはしごを1人ずつ降りはじめる。随分と長いはしごだ。降りるほどに瘴気が少しずつ濃くなっている。全員が警戒しながら100メートル程降りたとき、終点に着いた。
そこは真っ暗で何も見えない広大な空間だった。しかし、その瘴気の濃さは低層とは一線を画していた。
「まずいな……これは最早低層じゃねぇ。中層クラスだ。どうする?」
「ランプも余り役に立たないぐらい暗いね。コレはちょっと無理じゃない?」
「そうだな。さすがに厳しいか。帰って報告だけに済ませるか」
そうエルネストが告げたとき、ブオンという音と共に一斉にまばゆい光があたりを照らし出す。これは……何かの研究所、か?
「びっくりした~! 何これ!」
「壁や天井も、この照明も何もかも見たこと無い感じだな……だが、状況はとしては周囲は明るく敵影はない。少し辺りを探ることぐらいならできるだろう」
フロウが驚いているが、冷静にマルセルさんが告げる。確かにこれなら行けるだろう。探索続行だ。しかし、同時に気になっていた。誰か分からないが、何故オレをここに呼んだか、だ。
ここには
そしてそれが、何か不穏な物や不吉な事態の前触れでないことを祈ろう。