ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
広い通路を慎重に探索する。先程の照明には驚いた。少々薄暗いが、まるで見えないというわけではない。この照明は我々が侵入した直後に反応した。少なくともここは前の世に近い技術水準であるのは間違いない。ますます訳が分からない。誰が、一体何の為に。
そして、一番問題なのはここが今だに稼働している、という事だ。ならば警戒は厳重にしておくべきだろう。
広い廊下を進む。基本的には金属製の壁が並び、所々にアラビア数字の番号が振ってある。区画のことだろうか。扉がその番号に沿って存在するが、どれもこれも固く閉じられている。道は一つしか無く、それも所々崩れている。パーティーメンバーは、その崩れた金属片などを採取しているが、中層で拾える金属という物は、それだけで浄化すればかなり上質な金属へと変わる。それこそ魔法金属と言ってもいいほどの物に。そろそろ武器や防具を新調しようと思っていた我々にとっては僥倖以外の何物でも無い。これだけでもこの探索の成果はあるだろう。
しかし、それにしても何もない。そう、何も。
「思わせぶりな場所だったが、ちょっと期待外れだな。もぬけの空みてぇだ。金属が手に入ったのはありがたいけどな」
「そうだな。とりあえずこの場所が分かっただけでも成果か。そろそろ引き上げよう」
そう言う会話をリーダー同士がし始めた時、けたたましい音が鳴り始める。防犯のアラームのような音だ。
「!! 何か来る! 全員、戦闘準備!!!」
マルセルがそう叫んだ直後に、壁や廊下の向こう側から蜘蛛型のロボットや人型のロボットと思わしき敵が現れた。後方からもだ。総数にして約30体。クソッ。気配察知では読めなかった。純粋に機械だからだろうか。だが僅かに瘴気を纏っている。つまりコレは魔物でもある。
いずれにせよこちらを狙っていることは間違いない。そして……アレは
「みんな! あの敵が持っている筒の射線に入るな! 恐らく飛び道具や光線が主な攻撃手段だ!」
その言葉に反応して全員が射線から離れるような動きをする。やはりみんな優秀だ。特に【一刀両断】パーティーはだてに
直後に敵から無数の弾が発射される。直撃しても霊力の防御で死にはしないが、かなりのダメージを被るだろう。だが、リーダーのマルセルは属性的に風使いのようで、霊力で銃弾をパーティ-から逸らしている。他メンバーも同じ属性使いらしい。だから同じ武器なのか。そして、歴戦の彼らは直撃を躱すルートを瞬時に判別しながら進む。
「ありがとよ! 坊主!! じゃあ一番槍はいただきだぜ!」
射線を読みながら銃弾を躱して敵に接近したマルセルが、蜘蛛型を文字通り一刀両断する。かなりの切れ味! 続けてカイン、ダナ、ロベルトも続く。瞬く間に敵を葬っている。
さすがだ。オレも続く! 狙うは後方の敵。
飛んでくる銃弾は躱せる物は躱し、直撃しそうになったら剣を斜めに構えて弾く。ドニさんの剣はこの程度の銃弾では傷一つつかない。そして接近したと同時に大剣を横薙ぎする。これで3体同時にいけた。
【暁の剣】も続けて敵に吶喊する。特にサラの雷が敵の動きを止めることができ、非常に有効なことに気付いてからは無双していた。そうして、瞬く間に敵集団は沈黙した。
「ふぅ~冷や汗かいたけど何とかなったな。というか敵が弱かったのが救いだ。オレ等の武器じゃ本来こういう奴等は相性が悪いんだがな」
「マジか……オレは何発か貰ったり掠ったりしたのによ……」
「同じく……」
怪我薬を塗りながらフロウに回復して貰っている2人だが、直撃は貰ってない辺りさすがだと思う。フロウも水レーザーで何体か倒していた。フロウはしれっとノーダメージだ。昔から躱すのだけは得意らしい。ガブリエラさんとの戦闘でも霊力切れの気絶だったし。この娘は意外と戦闘に関するセンスはかなり高い方かもしれない。
「さて、熱烈歓迎を受けたが後続は来ねぇな。今のうちに有用なのは回収しとこうぜ。警告があったって事はゴールが近いって事だろ」
そうして倒した分のロボット素材を回収し、先に進む。アラビア数字は10の番号を示している。
「ここが終点か……扉があるな」
いかにもな扉だ。ここが目的地で間違いないだろう。警戒しながら扉を開ける。すると、そこは体育館程度の広さの研究施設だった。異質なのは、床や壁にコードが張り巡らされ、所々に液体の入った培養カプセルのような物が散見していることだ。
全員でおそるおそる進む。ガラスケースの中にはよく分からない生物の塊が浮いている。
一体ここは何の施設なんだ。何の研究をしていた?
中央に近づくにつれ、その中身に変化が見られ始める。それは徐々に
中央には管理機械のような巨大な機械が設置され、近くにはデスクがいくつか集まっている。そしてそこには夥しい血痕が残っていた。
デスクの上には書類や本が散見される。パラパラとめくってみれば、何らかの文字が書いてあるが、読めない。とりあえず資料として持ち帰ろう。街で解読できる人もいるかもしれない。
「おい、やっぱりここって……」
「言うな。オレだって我慢してるんだ」
「うーん、嫌な予感がするわ。そろそろ引き上げましょ」
「そうね。充分元は取れたよ。探索はまたの機会にって事で」
グジュリ…
「おい、なんか音しなかったか?」
「やめろよ。こんなとこでそれはシャレにならんぞ」
マルセルさんとサブリーダーのカインさんが音を聞きつけて反応する。オレも気配察知が強く反応してる。これは敵だ。そしてその反応は先程のガラスケースの中からだ。
「……全員警戒。敵だ」
気付けば、いつの間にかガラスケースの液体が抜けて、中の肉塊が蠢いていた。
ソレはしばらく蠕動を繰り返すと、徐々に形を成す。魔物の形や人型をとっていく。だが、その恰好は通常と異なり歪だ。
「なんだコレ……こんなの見た事ねぇぞ…!」
マルセルがそう言うのも無理はない。それ程この敵は異常だった。ジャバリの胴体にコルミロの手脚が付いてるなどはまだいい方で、そんなものの背中に更に人の手足が複数付いていたり、頭が明らかに人間だったり、果ては人間の胴体に魔物のパーツがくっついていたりと、とにかくやりたい放題だ。
それらは歪ながらも形を成すと、一斉にガラスケースを破り出てくる。
「来るぞ!!」
【一刀両断】のロベルトが叫ぶ。その声に反応し、人の頭を持つ化け物が微かに声をあげた。
「…………ロシテ」
全員聞こえた筈だ。しかし、聞かなかったことにした。そうしなければ戦闘意欲が著しく損なわれるからだ。アレは敵。そう心に決めて立ち向かう。
その不自然で歪な形は生命への冒涜だ。ここで滅ぼさなければならない。近い敵から不自然な挙動でこちらに襲いかかる。
中には腹部から触手を飛び出させて襲ってくる奴もいる。先ほどのロボットとは大違いだ。だが、
だが、魔物と違うところがある。倒した敵は死骸が残らないのだ。グジュグジュになって崩れて、やがて黒いシミのようになる。消え去るときに人型の敵が「……アリ…ガと……」と呟いた気がした。なんとも言えない気分になったが、彼女(?)の冥福を祈った。
「ふ~気分わりぃ。何だったんだ、コイツらは」
「さぁな。とりあえず報告だ。これ以上はもっと上の階級のダイバーに任せよう。今度こそ引き上げるぞ」
さすがにこれ以上は厳しい。エルもぼやいていて、マルセルが同意する。帰りも考えると引き上げなければならない。そこに第三者の声が響いた。
「どこに行こうというのだね?」
バッと全員が警戒態勢に入る。
「誰だ!!」
エルが叫ぶ。声がどこから聞こえたか全く分からない。だが、
すると、コードが一部盛り上がり、人型を成していく。そして、完全な人型を取ると、その輪郭があらわになった。スーツの様な服の上から白衣を纏った壮年の総髪の男だ。
「貴重なサンプルの稼働実験に貢献してくれたのはありがたいがね。新しい
明らかに禍々しい瘴気を発しながら男が言う。コイツ、
「お前は何だ!? こんなところで何をやっている?」
エルが尋ねる。
「ふむ……わざわざ人間ごときに答える必要性を感じないなァ。家畜に名を名乗る義務などあるかね?」
「な! テメェ……!! 言うに事欠いて家畜だと!?」
「そういうわけで名乗りなど至極どうでもいい。しかし君達には感謝しているよ。吾輩はまた一つ、世界の解明に近づけるからな」
「ヘッ、テメェが何者かは知らねぇがハイそうですかって言うわけねぇだろ! 魔人め! 覚悟しやがれ!!」
エルが吼える。それに合わせて全員すぐにでも切りかかる体勢に入った。しかし男はどこ吹く風だ。
「これはこれは……さぞいいサンプルになりそうだ。神よ! 感謝を!!」
大仰に手を組み神への感謝を捧げるその姿はあまりにもわざとらしい。だが、この男の持つ雰囲気は異常だ。先ほどから隙を探っているが、その隙が全く見えない。恐らく逃げる事も不可能だろう。それ程の実力差がある。だからこそ、全員で掛かる必要がある。
「埒があかない。逃がしてくれそうにもないしな。行くぞ」
皆が同じ事を考えたようだ。マルセルが代表して合図を送る。そして、息を合わせて全員が飛び出そうとした、その直前。恐ろしい速さで男から黒い触手のような物が飛び出し、全員を貫く。
「ガッ!!」
「な……何……!?」
「馬鹿な……見えなかった……ぐうっ」
まるで見えなかった。あの銃弾すら躱してみせたメンバーがだ。オレは肩口に触手を貫かれている。痛みで大剣を取り落とす。他の【暁の剣】や【一刀両断】のパーティーなどもそうだ。
まずい。実力差が圧倒的だ。勝てるビジョンが見当たらない。
「やはり家畜か。まぁ、そんなものだろう。しかし、貴重なサンプルだ。死んで貰うわけにはいかんからな。無駄にあがくと余計苦しむぞ」
「だからって……そう簡単にやられてたまるかァ!!」
マルセル始め、【一刀両断】のメンバーが風の霊力で刃を造り、男に飛ばす。しかし、男は片手をかざして刃を指で弾く。いとも簡単にその攻撃は霧散した。
「馬鹿な……」
「無駄だと言っただろう? さて、面倒だ。とりあえず瘴気に浸かって貰うか」
「うっ……ぐあぁぁぁあああ!!!!」
男は触手を通じて濃厚な瘴気を送り込む。不味い。この瘴気は……! 濃度が桁違いだ!!
全員苦しんでいる。あっという間に霊力が削れていき、遂には霊力が尽きる。そして、侵食が始まる。オレももうじき霊力が尽きる、何とか、何とかしなければ……! オレは浸食されない。そこが唯一の勝機だが……。
「「「「ああああああああぁぁぁぁああ!!!!」」」」
いよいよメンバーも霊力が尽き、侵食が始まる。
「半分ぐらい浸食したらもう抵抗できんだろう。何、いきなり魔人にはせんよ。……ん? お前は……なぜ浸食しない?」
「……」
「ほう!! 特異体質か!? これはこれは珍しい! 少し調べよう。こちらに来い」
触手に引っ張られ、オレは奴のすぐそばまで引き寄せられた。近くで見ると分かるその禍々しさ。それは全身から澱のように滲み出る雰囲気というか瘴気だ。明らかに上位の存在! こんな所にいていい存在じゃ無い。オレはと言えば肩口の燃えるような痛みで禄に抵抗できない。
「ふむ……白髪に灰眼、か。アルビノか? だが浸食されない説明にはならんな……やはり体質か。これは解剖してみなければ分からんな」
そう言うと、男は懐から様々な拷問用としか思えない器具を取り出す。クソッ。このままなすがままにやられるわけにはいかない……! 何かないか…せめて時間稼ぎをしなければ……!
「お前は……なぜこんなことを?」
「これは異な事を聞く。先ほど言っただろう。世界を解明するためだ」
「こんなクソッタレな世界を解明してどうする。第一解明したところでお前は魔人だぞ」
「時間稼ぎかね? まぁ最近退屈だったから付き合ってやろう。世界を解明したいという欲望に人間も魔人も変わりはしないぞ。生きとし生けるものは前に進むこと。それこそが『生きる』と言うことだからな。それを忘れた者こそが君達のような家畜と呼ぶべき存在なのだ」
「貴様……」
「話がそれたな。吾輩は元ダイバーでね。その頃からこの世界には興味があったのだよ。なぜこの世界には瘴気が存在する? 瘴気とは何だ? 深層の先はどうなっている? この世界は矛盾だらけだ。およそ正常な生態系とは思えぬ。だからこそ吾輩は深淵を覗きたくなった。深淵の先には何がいるか、とね。生憎吾輩の力不足で最深部までは行けなかったが、ある程度の推察はついた。魔人になってしまったがね。だがそれはたいしたことじゃない。むしろ魔人になってから実験やフェールドワークの幅が広がったからな。早くなっておけば良かった。ただ、逆に今は中々サンプルが集まらなくて苦労しているがね」
「……狂ってる」
「そうかね? お前は気にならないのか? この世界が、人類にとって、いや、瘴気を持たぬ生命体全てにとって害以外の何者でもないことが。そんな原初に近い疑問に無関心だからこそ、お前達は家畜だというのだよ。与えられた現状に満足し、進もうとしないし見ようともしない。怠惰極まりない」
「それで、それがお前の研究と何の関わりがある?」
男はにやりと笑うと、おもむろに手をかざす。
「見たまえ。これが吾輩の研究の成果だ」
見ると、手から
「!? それは……」
「下級魔人には使えんがね。上級の魔人には得意属性が使えるのだよ。瘴気付きのね。吾輩は氷だったから、差し詰め闇の氷、と言ったところか。それ以外にもかなり瘴気は融通が利く。今見せた様に他の属性すら使えるのだ」
「闇の……霊力と違うのか……?」
「質問を返すようだが、そもそも、瘴気とは何だ?」
瘴気とは何か……? 考えたことも無かった。しかし後方では相変わらず仲間達が浸食に苦しんでいる。どうにかこの状況を改善しなければならないのに一向に糸口が見えない。この瘴気とは本当になんなんだ。霊力は瘴気の対抗手段として生まれたはずだ。霊力の対になる存在じゃ無いのか?
「霊力と……瘴気は対を成す存在、じゃないのか?」
「ほう! 子供と思ったが基礎は囓っているようだね。その通りだ。霊力には属性がある。同様に瘴気にも仮にだが、属性があるのだ。しかし、根本的なところでその考えは間違っている」
教授のような雰囲気で得意げに語るその髭づらを蹴飛ばしたくなったが、我慢だ。オレには最終手段がある。今、必死にその方法を模索しているところだ。そのためにはこの会話を長引かせねばならない。
「どう間違っているんだ。皆目見当が付かないが?」
「ふふ……焦るなよ。ではヒントをやろう。事象変化、いわゆる霊力の属性変化はどれぐらいの種類があるかね?」
「何を……火、水、風、土に加えて、雷、氷、だろう」
「ふむ。及第点だ。あとは無属性を足して7つだ。しかし、お前達は肝心な属性がそこに無いことに気付いていない」
「肝心な属性……?」
なんだ? これ以外に何かあるのか?
「闇、だよ」
「!!?」
闇……た、確かにゲームではその属性も有名だ。むしろありふれている属性だと言っていい。いや、待てよ? 闇……? それってまさか……
「気付いたようだな。そう。瘴気とは
「そんな……そんな馬鹿な……」
「そんな馬鹿なと思うだろう。しかしそう考えれば全ての現象に説明が付く」
「それこそおかしいだろ! こんな世界中を覆うような馬鹿げた霊力を持つ者が──」
「いるのだ! この世界の最深部には、このような馬鹿げた〝力〟を持つ者が!! その者こそが【神】と呼ぶべき存在なのだ!!!」
男は興奮したのか、手を振り上げてまくし立てる。しかし、オレはそれどころじゃ無かった。痛みによってままならないこの身体もそうだが……つまり、この世界はその1人(?)にいいようにされてるってことか? ふざけてる。
「さて、無駄話が過ぎたな。だが久しぶりに楽しかった。魔人どもはどうもアクがつよくていかん。さりとて深淵の先の神を拝みに行くには吾輩もまだまだ力が足りぬ。痛し痒しだな。では、そろそろいいだろう。お前のその特異体質を解明するとしよう」
そう言うと、触手が男の背後から出てきて手足を貫き、激痛が走る。更に男は手に持ったメスをオレの腹部に躊躇無く刺し込んだ。
「あう、ぐ、ぐううぅぅうう!!!」
「麻酔が無くてすまないねぇ。だが、その方が生命は輝くのだよ。ほれ、中身を見せてみろ」
「が、あ……ああああぁぁぁあああ!!!」
グチョグチョと無遠慮に好き勝手にいじられる。触られるだけで激痛が走るのに、容赦なく押し広げ、より分け、弄んでいく。だ、駄目だ、死ぬ……。どうにかして、「あの力」を引き出さないと……! 尋常じゃ無い激痛に体中が拒否反応を示すが、手足が拘束されて動けない。あまりの痛みに意識が飛びそうになる。同時に腹の中身をいじられて、内蔵がこぼれていくのが実感できる。これは不味い
早く……早くしなければ……
死ぬ……