ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
北門の内側。夜に門の側に来るのは新鮮だ。この門は、第一門と第二門がある。オレ達がいるのはその間だ。第一門が突破されても、第二門でせき止められる。これは翻って言えば、ここが激戦区であるという証に相違ない。無論花形は門の外だ。この第二門は後詰めというか、どうしようも無いときの時間稼ぎの場である。
門の外には20程のパーティー約100名が集結している。オレ達は現在夜7時。気温は生暖かい。天気は晴れとは言えない、相変わらずの薄暗い状況だ。雨が降っていないだけマシだろう。暗黒領域でも天気はそこまで変わらない。深層はどうだか分からないが、少なくとも中層、低層では地球と変わらないのだ。だから嵐の日もある。探索中に天気が崩れようものなら目も当てられないので、天文組合はその予想に精力を上げている。また、今回のような〝朔〟、〝蝕〟の予測にも貢献している。以上のことから、天文学は何も生み出さない学問と思われがちだが、実際には街でも非常に重要なポジションを保っている。運営は領主直轄であり、その部分から見ても重宝されていることが分かるだろう。実際農業にも多大な影響がある分野だし。
話がそれた。今は【天上天下】のパーティーと共に門前に集まっている。正直気まずい。向こうは喋らないし、オレ達もそれに合わせて喋らないからだ。
外がどうなっているのかが気にはなるが、恐らく戦闘準備を整えているのだろう。
つ、とサラが顔を上げる。なんだ?
「お姉様の匂いがする」
何を言ってるんだコイツは。パーティーのメンバーが全員そう言う顔をしてサラを見る。するとその直後、門の上方にある階段から声がした。
「久しぶりだね! 少年達」
「ガブリエラさん!! どうしてこんな所に!?」
彼女は10メートル以上ある門の上からふわっと跳躍すると、猫のように着地した。相変わらず凄まじい身体能力だ。恐らく霊力で衝撃を相殺しているんだろう。そしてサラ。お前は一体何なんだ。
「どうしたんですか? ガブリエラさん」
「わざわざ来てやったのに心外だなぁ。君達が心配でね」
「オレ達がいるのにか?」
そこに、いままで黙っていたマリウスが声を掛けた。
「まぁ、半分冗談、半分本気、だね。
「……ふん。そんなモノは自分で考えるべきだ。第一、お前も引退した身だろう。組合の中で大人しくしてろ」
「ハァ……やっぱりね。そうだと思ったから行ってきたんだよ。バラバラの味方は敵よりタチ悪いときがあるからさ。大方いつものようにアンタ達が後半出て行って全部片付けるつもりだったんでしょ? でも今回はそれができないから苛立ってる。そうでしょ?」
「…………」
「沈黙は肯定と取るよ。だからアタシが来た。監視も兼ねてね」
「ふん……好きにしろ。オレ達はオレ達のやるべき事をやるだけだ」
「そう思うなら、そこの少年達にやるべき事を伝えてあげたら?」
「チッ……。おい、坊主ども。これから【
ざっくりしすぎじゃないか? ガブリエラさんも溜め息をつき、その後周りの兵士達に指示を出し始めた。どうやら組合長の代理としての立場らしい。他のダイバーや兵士も彼女には一目置いているらしく、大人しく指示を聞いていた。
全体の作戦としては、基本的に門外で決着を付ける。それでもダメな時には一時的に門を開け、そこで【天上天下】が対応するという流れだ。そして、我々は形式的にはそのサポートではあるが、実質護衛される側だろう。だが出来る事はする。そうパーティーメンバーと共に心に誓った。
◇
【SIDE:門外のとあるダイバー】
方針が決まって半刻ほど経った。そろそろか……と考えていると、ふと、暗黒領域の空気が変わった様な気配がした。うまく言えないが……空気が歪むというか、淀むというか。そんな感じだ。もしかして、始まるか?
「月を見ろ! そろそろ始まるぞ!!」
誰かが声を上げる。見ると、満月だったはずの月に、僅かに影が掛かっている。そして、じわじわとその影は月を覆いつつある。それが進むにつれ、だんだん暗黒領域の中の空気が変わっていった。停滞していた瘴気が動き始めている。それに伴って、先ほどの歪みのような違和感が酷くなっていく。月が半分ほどになったとき、再び誰かが叫ぶ。
「来るぞ!! 全員、死にたくなければ掴まれ!!!」
そう言われて、慌てて門からつなげられた鉄製の鎖を手に取る。こうしなければ
暗黒領域の奥から重低音の地響きの様な音が聞こえた。
……来る!
凄まじい衝撃がダイバー達を襲う。瘴気の波だ。台風のような突風で恐ろしい勢いで吹き付けてくる。オレ達は必死にロープに掴まるが、気を抜けば鎖ごと浮いてしまいそうだ。そしてこの瘴気の濃度も半端ない。流石は3年に一度のイベントだ。これは一筋縄じゃいかなそうだな。耐えることしばし。すると徐々に瘴気濃度が落ち着いてきた。
そして、完全に瘴気の波が収まった。すると、周囲は先ほどの穏やかな領域の空気とは一変していた。それはまるで深層のような……それほどの瘴気濃度が辺り一帯に漂っている。
「チッ……〝朔〟でこれか。今回は中々ハードなようだな」
門外ではトップパーティーである【宵の明星】ラルゴが呟く。すると周囲の瘴気からかなりの数の気配が突然現れ始めた。
「仕事の時間だ。征くぞ」
【宵の明星】パーティーが飛び出した。その言葉を皮切りに、門外の全てのパーティーが飛び出す。現れる影は恐らく低層級ではある。しかし、中には中層級とも思われる影がある。それを意に介さず、門外のパーティ達は次々と現れた端から屠っていく。俺達も中々すてたもんじゃねぇな。
「ボーッとしてんじゃねぇ! オレ達も征くぞ!」
仲間のトルクが檄を飛ばし、ハッとした。そうだった。それがオレ達の任務だ。征かなければ。見ると、周りも次々と鎖から離れ、周囲の敵を攻撃し始めている。出遅れた。しかし、まだまだこれからだ。メンバーで顔を見合わせ、全員で飛び出す。目標は、中央! 敵が密集する場所だ!
◆◇◆
様々な属性術が飛び交い、敵が蹴散らされていく。まさに戦場の風景ってヤツだ。しかし、敵はそれでも一向に減る気配が無い。全くうんざりだぜ。今回は魔人どもが来てないからまだ良いものの、それでもキツい。そういや『バラスの悲劇』はそれが原因だったな。あんときゃガブリエラが奮戦して相打ちに近い形で伯爵級の群れをブチ殺したが、魔物は流れちまった。それで起きた悲劇って事だ。だから今はそれが無いだけマシってこった。本当にこの世の中は狂ってやがる。
あのドミニクも死んだしな。やっぱり人類は詰んでるんだろうな。それでもまだ生きていたいから俺立ちゃ足掻くんだ。唯一の希望は後方にいるヤツの弟子だが、こんな最前線に来させられるわけもねぇ。それに、あの【天上天下】が護衛という過保護っぷり。そりゃ世界で一番安全だろうよ。それだけの価値があの小僧にはあるって訳だ。それでもこの門の後詰めって事は、余裕なんてねぇって証なんだけどな。
さて、後どれぐらいだ…?
──ピキィン
な、何だ!? 周囲の温度が一気に下がった! お、おい。何なんだよコレは!!
「ぎゃあああぁああ!!」
な、なんだ!? 悲鳴!?
魔物を切り捨て、そちらを慌てて振り向くと、そこに大きな剣を持つ黒い人影が見えた。まさか……魔人か!?
「逃げろ!!」
誰かが叫ぶ。そうだ。ソイツはヤバい。本能がそう叫んでいる。両手を切り裂かれ、その場に座り込んだダイバーに向かって誰かが叫んでいる。気付いているのだ。アレのヤバさに。しかし、彼は動けない。大量の血を流しながら、呆然とその人影を見上げている。
見かねて、彼のメンバーが近寄って救出に入ろうとした瞬間、その彼女の首が飛ぶ。気付けば、人影の大剣から血が滴っている。いつ振った!?……全く見えなかった。しかも、アレは…アレは……!
続けてその人影の腕がぶれる。するとまるでお手玉のように座り込んだ男の首が飛んだ。首を無くした死体が力を失って倒れそうになった瞬間、不自然な姿勢で固まった。
そ、そんな……馬鹿な…お前は死んだはずじゃ無かったのか…!?
あっけにとられすぎて、周囲の変化に対応するのが僅かに遅れた。そのせいで、俺の足は見事に凍り付いてしまった。マズい! これはかつて何度も模擬戦でやられたヤツだ! クソッ、炎で解除しようとしても時間がかかる…!
ふと気付けば、眼前には俺も密かに憧れていた人物が、そのままの姿で立っていた。
「ドミニク……シュトルバーン……!」
呆然としていると、彼の右手がぶれ、視界が一気に上下反転した。
あぁ、首を刎ねられたか……すぐに景色が暗転していく…これが…死……
◇
【SIDE:ナギ】
門外が俄に騒がしくなった。それまでは順調そうだったはずなのに、何かあったのか?
「……不測の事態が起きたらしい。犠牲者が増える前に門を開けろ。俺達が征く」
「マリウス、何が起きたの?」
ガブリエラさんが問いただすと、彼は面倒くさそうに彼女に耳打ちした。
「……! なるほど…ならばアタシはここでダイバー達を纏めるわ」
「ついでに小僧達の監視もやっとけよ」
「えぇ。よろしくね」
門番の兵士から報告を受け、そのまま彼に開けるように指示するマリウスさん。不測の事態って何だ? 何が起きた?
「お前達はここで低級を相手にしろ。俺達が前方で蹴散らす。視界に入ってくるんじゃねぇぞ」
一方的に告げ、俺達を置いていく【天上天下】。門が開く。
重低音を上げながら門が開けば、そこから複数のダイバー達が転がり込んできた。後方から魔物が追いすがり、彼らを襲おうとしたが、それを凄まじい威力の落雷が襲う。
「やーっと出番だねー。さ、はりきっていっくよー!」
そこから、彼らの蹂躙が始まった。
【
そして……マリウスさんは武器も何も持たず、拳と霊力で敵を屠り続ける。その圧倒的な膂力とスピードはまさに天下無双。今も地面ごとアッパーで敵を粉砕している。【無手鬼】のマリウスはその名の通り、無手の鬼。鬼もかくやと言わんばかりの強さである。あんなに全力で攻撃して保つんだろうか。……保つんだろうな。正直あそこに割り込めば巻き込まれることは間違いない。だからこそ、オレ達は流れ込んできたダイバーを後方に送りつつ、その周囲の敵を相手する。
「少年達! アタシ達はダイバーを後方に送って魔物の襲撃を防ぐ係よ! 決して前線には出ない事、いいね!」
「「「「了解!」」」」
それからというもの、リモやコルミロ、ジャバリといったおなじみの敵を中心に相手する。コイツらは別に放置しても問題ないと思うかもしれないが、ほっとけば積み重なって門の上から溢れてきたり、数で押して門を破壊する可能性すらある。だからこそ間引かなければならないのだ。
しかし、実際相手して分かったが動きが通常時のそれじゃない。体感で倍ぐらい強い気がする。そして時折、中層級のオークのような個体も現れる。現れた瞬間に速攻で核を破壊する。そうしなければ囲まれるからだ。オレ達はもう以前とは別格の強さを手にしている。
だからこそ、最小の力で、最大の効果を。
「エル! 省エネだ。使い果たすんじゃないぞ!」
「分かってらぁ! いいから自分の仕事をやれ!」
威勢の良い返事が返ってきたから大丈夫だろう。サラも全開ではなく、効率よく動いているようだ。フロウは戦闘補助ではあるが、新作の短剣適確に動いて敵の核を潰している。……あれ? フロウってあんなに動けたっけ? それに、フロウの周囲に霧が掛かって徐々に見えづらく……まさか、【
おっと! あぶね、後ろから来てたか。集中集中。オレも自分の仕事をこなさなきゃな。適確に、正確に、だ。しかし、この状況。例の夢と似ている。際限なく沸いてくる魔物。終わりなき闘い。だが、あの夢と現実では決定的に違う部分がある。
〝朔〟はもう僅かだが続く。それが終われば魔物も引いていくらしい。それまでの辛抱だと思えばなんてことはない。幸い、いいお手本があるのだ。こんな機会は滅多に無い。じっくり観察しながら、自分の鍛錬だと思って取り組もう。
少しだけだが、オレは前の方に進んで行った。初めて使う武器の『ライトブリンガー』を試しながら。これは凄い武器だ。魔物すら豆腐みたいにスパスパ抵抗なく斬れる。あまりに斬れすぎて無双してるみたいだ。だからこそ、前に前にと行ってしまった、だが、後ろには敵を通さないようにするにはそれしか無く、ドンドン流入してくるダイバーを庇うためにも仕方ないと心の中で言い訳をしながら進んで行く。
「少年! 出過ぎよ! 今すぐに戻りなさい!!」
気付いたらもう第一門の外に来ていた。後方からガブリエラさんの声が聞こえるも、オレは構わずに前へと進む。本来ならダメな事だと分かっていながら。ガブリエラさんも流石に周りの対処でオレを繋ぎ止める手が緩まっている。ここがチャンスとばかりにオレは行ってしまった。
だが、そうしてしまったのは訳がある。気になる情報が入っていたのだ。何故か魔人が、とか ドニさんの名が連呼されていた。彼は間違いなく死んだ。オレの目の前で。それを確かめたかったのだ。
──しかし、そんな考えは甘かったらしい。
ピキィン
まさに転がり込んできたダイバーの1人が氷像と化した。
……これは冷気!? しかもこの使い方、
まさか……しかしそんな……彼は、確かにあの時……
いつの間にか生暖かった空気は凍るような気温に変化していた。そして、魔物も人も、凍ったように動けない中、瘴気の奥から現れたソレは悠然と歩を進める。歩くごとに、地面が凍り付いていく。
向かう先は……オレだ。徐々に姿が露わになっていく。一番悪い想像が頭をよぎる。間違いだ。これは何かの間違いだ。アレは別のモノだ。だが、その口が僅かに動き、何らかの音を発している。
「ナ……ギ………」
聞きたくない! やめろ。やめてくれ! 貴方は確かにあそこで死んだはずだ。なぜここにいる!! 彼は更に歩みをすすめ、遂に完全に姿が見える範囲まで辿り着いた。
……間違いない、ドニさんだ! 胸に孔が空いている。鎧もあの時のままだ。その孔に何か気持ち悪い肉塊が蠢いている。オレは動けなかった。ドニさんはオレに向かって歩き、遂には大剣の間合いに入った。
「あ、あ……」
「ナギ……」
恐ろしい程整った顔で愛しい者を見るかのような笑みを浮かべる。彼はそんな顔はしなかった。オレの知っている限り一度も。だからコレは別物なんだ。別の…魔物……なんだ……。彼の腕が剣に向かう。アレが剣に辿り着いたら。オレの首は躊躇無く飛ぶだろう。しかし、オレは彼との日々が走馬燈のように浮かぶ。そうか。ドニさんに殺されるなら。仕方ない。だって、オレがドニさんを殺したのだから。
「馬鹿野郎!!」
不可視のエネルギーがオレにぶつかり、強制的にその場からはじき飛ばされた。これは霊力か。そしてその声は、マリウスさんだ。
「小僧! オレの視界に入るなって言ったよな!! 今度こそすっこんでろ!!」
大音量でたたきつけられるような罵声を浴びせかけられた。その声にはっとなる。今、オレは何を考えてた?
「やっと見つけたぜぇ! コソコソ逃げ回りやがって! さぁ、第二ラウンドだ! なあ、ドミニク=シュトルバーン!!!」
「「「!!?」」」
周囲のダイバー達も困惑している。それはそうだ。確実に死んだと報告されていた者が、魔人として襲撃に来たのだから。
「おい! 小僧!! コイツは確実に死んだんだよな!?」
「え!?」
「答えろ!!!」
「あ、あぁ……間違いない。ドニさんは、確実に死んだ。オレが看取った」
「ハッ。ならばコイツは魔人じゃない。
「そ、そんなことって……」
「いいか! 周りのダイバーども!! これからコイツと戦闘になる! 巻き込まれたくなければ離れてろ!!! 他の雑魚も動き出してるぞ! そいつらを掃除してろ! 小僧! テメェは第二門まで下がってろ! エレーナ! ソイツを下がらせろ! 従わなければ骨ぐらいは折っていいぞ!」
そう言われた周りは急いで離れ始める。同時に止まった時が動き出したかのように再び魔物が動き始めた。オレはいつの間にか何者かに襟を掴まれ、放り投げられた。姿がほとんど見えないところを見ると、【