ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
「まさかお前とこうして闘うことができるとはな。ガキのお守りなんざダルいと思ってた所にとんだサプライズだ。なぁ、【
「…………」
「……だんまりか。オレの任務はあのガキを守ることだ。つまり、俺は奴を狙うお前とは闘わねばならん」
「…………ど……け……」
「そう思うんならどかしてみろよ。冷血野郎」
マリウスから莫大な霊力と闘気が溢れ出す。臨戦態勢だ。一方のドミニクはその表情を変えず、静かにたたずんでいる。しかし、それはそう見えるだけで、抜き身の刃物の様な斬れ味が秘められている。
どれぐらいその状態でいたのだろう。長い時間のようで一瞬だったかもしれない。本人達はこの時点で濃密なやり取りをしていた。
つ、とマリウスの顔に一筋の汗が流れる。
「チッ……化け物になっちまった魔人の対処は欲望に忠実だから楽なんだがな。で、お前は本当に魔人じゃねぇのか?」
「…………」
「まただんまりか。まぁいい。長年の決着をつけようぜ。どちらが最強なのかな!」
その言葉の直後、2人の姿が消えた。
◇
激しい衝突音が響き、周囲の草が風圧でなぎ倒され、木の葉が舞う。気付けば、ドミニクとマリウスは互いの剣と拳を打ち合わせていた。続けて同じように姿がかき消え、2~3撃似たような音が響く。
恐ろしい程の速さ。他のダイバーはまるで目で追えない速度である。
マリウスは、霊力変換は使わない。いや、
まさに、パワーこそ正義だ、を地で行くような戦闘スタイル。その拳に粉砕できぬ物は無し、と言われる彼は、その二つ名の通りに【無手鬼】である。そして、今、ドミニクの氷を粉砕しながら剣をかいくぐり、接近しつつ打撃をお見舞いしようとしている。
しかし、相手もまた怪物。接近は許さぬとばかりに
ここに割り込んだならば、秒で細切れにされるだろう。そして、その闘いは拮抗していた。
◇
【SIDE:ナギ】
「…………まずいね」
「うわっ! ビックリした……!!」
ダッシュで向かっている途中、【
「……何がまずいんです?」
「想定していたモノよりレベルが格段に上。魔物化を差し引いても劣勢」
闘いの様子は離れていても伝わってきていた。両者凄まじい闘いだ。ハッキリ言って人間離れしている。オレはやっぱり自惚れていたんだろう。それに改めて気付かされた。そして、この側にいる【
「……互角に思えましたが」
「魔物は無尽蔵。人間は限界がある」
その言葉で察した。つまり、長期戦になればなる程不利だ。
「手助けしないんですか?」
「タイマンがマリウスの望み。後10分ぐらいで朔が終わる。そこまで保てばよし。保たなければ」
「保たなければ?」
「チームで総攻撃をかける」
「最初からそうすれば…」
「マリウスがそう言ってるんだから仕方ない。そもそも我々の任務は君の護衛。職務放棄はできないし、君を送る為にこうしてる」
「……ごめんなさい」
「いい。では方針は伝える。もうすぐ第二門まで辿り着く。そこからガブリエラに引き渡し、私は行く。もう決して動くな」
「! ……分かり、ました」
悔しいがオレも足手纏いだ。だが、あの極限の戦闘の足を引っ張るわけにはいかない。大人しく下がろう。
【幻影】エレーナさんはいつの間にか姿を消していた。恐らく見えない所で護衛をしているのだろう。
未だに衝突音が激しく響き、大地が揺れる戦闘領域から大分離れた。もうすぐ第二門だ。相変わらず道中の雑魚は現れると同時に次々と真っ二つにされた。それだけでエレーナさんの強さが伺える。
程なくして、門が見えてきた。
「少年! アタシは行くなと言ったわよね!!」
「ナギ! 心配したよ! 無茶しないで!!」
パーティーメンバーとガブリエラさんが門前で待機しており、オレの姿を認めたガブリエラさんとフロウが怒ってる。エルを見れば彼も厳しい表情だ。それはそうだ。独断先行もいいところだったから。素直に謝る。
「…本当に、ごめんなさい」
「ナギ……オレも気持ちは分かるが、独断での命令違反は厳禁だぜ?」
「すまなかった。甘んじて罰は受ける」
「無事でよかったね。気をつけなよ?」
パーティーメンバー達に謝り、状況を伝えようとした所、【
「緊急事態が起きた」
「うわっ!」
再び姿を現したエレーナさんの登場に驚く面々。フロウは興味深そうにエレーナさんを見ている。
「……緊急事態とは?」
「ドミニク=シュトルバーンの
「「「「!!?」」」」
「なっ……何故!? 確かにダイバー達はそのワードを出してたけど…確定なの!? エレーナ!」
「言った通り。我々はこれから戦闘に入るが、彼の護衛までは手が回らないので避難させる。現場判断で任務を引き継ぐ」
「そんな……馬鹿な……」
「事実。奴はこの子を狙っていた。だからもうここから動かず死守。場合によっては第二門を開けて街に避難してほしい、と現場を監督する貴女に提案する」
「…………」
「言いたいことは分かる。だけどこれは現場からの意見と受け止めて欲しい。悪いけど足手まといをいつまでも構っていられない」
「いや、待てよ! それは流石に言い過ぎじゃ」
「待って!」
エルの前にサラが立つ。
「分かったわ。私達はここまで。引き上げます」
「サラ!」
「これは遊びじゃない。だからこそ私達は引き上げるべきよ」
「……だけど!」
「…聞き分けなさい。門が開くまでは私が護衛するわ」
ガブリエラさんだ。いつもより声が固い。よく見ればその手は固くハンマーを握り締めている。むしろ一番辛いのはガブリエラさんのはずだ。それでも気持ちを押し殺して提案を受け入れている。その姿を見て、エルも黙らざるを得なかった。
全員が了解したのを見て、エレーナは戦場に引き返していった。瘴気が濃すぎて見えないが、激しい剣戟と衝突音はここまで響いている。あと僅かで朔も終わる。ガブリエラさんも門を開く様に交渉している。ならば門は開くだろう。それまでの辛抱だ──
◇
【SIDE:マリウス】
無手の鬼、故に
訓練生の頃は、ただガムシャラに身体を虐めた。他人が3進めば、自分はようやく1進む。それを自分でも分かっていたからこそ、彼は他人の3倍努力しようとした。どんなに同期に煽られようとも。しかし、待っていたのは霊力を十全に操る才能が無いという事実。どんなに努力しても追いつけない、歴然とした才能の差がそこにはあった。
唯一、彼に才能があるとすれば。それは折れず、諦めない精神力。そして、努力する才能だった。
人一倍物分かりが悪いからこそ、身につけるべき事は徹底的に身につける。どんなに時間がかかろうとも、確実に習得する。何事も彼は頭で覚えていない。身体に覚えこませていた。
他の同期よりも遅れてデビューした彼にパーティーが見つからず、故に常にソロでやらざるを得なかった事も、結果的に彼の技能を高めた。孤高で才能に乏しい彼の噂は悪い方に有名だったからだ。
だが彼にとってはどうでもよかった。牛歩の歩みでも着実に依頼を達成し、力を伸ばしていった。例えそれが周りより目も当てられないほど遅くとも。
その過程で様々な武器に手を出すも、結局はその才がないという消極的な理由で無手になる。属性変化が出来ないという理由から身体強化を極める方向を目指す。彼のスタイルはそのようにして確立された。
彼は好きで無手になったのではない。それしかなかったのだ。幸いにも無手での戦いならば他者よりも多少の才能があった。それを圧倒的な鍛錬と経験で補っていった。
だが、暗黒領域を無手でダイブするのはハッキリ言って自殺行為だ。周りは止めたが、彼は一顧だにしなかった。毎回探索でボロボロになってもやめようとしなかった。その頑固さも人を遠ざける結果となった。
周りから呆れられ、その内彼がいつ死ぬかがこっそりと賭けの対象となる程に。
──だが、彼は生き延びた。
膨大な時間を鍛錬と探索に費やし、どんなに血を吐こうが決して辞めようとしない。同期が華々しい結果を出しても地道に一歩ずつ歩んだ。その偏執的とも言える彼の原動力は暗黒領域への復讐の為か、それとも才能が無かった自分を周りに見返させる為か。
やがて年月が経ち、同期も減ってゆく。死亡したり、怪我が元で引退したり。そんな中、華々しさは無いが、しかし、確実に依頼をこなす彼(尤も、主に討伐依頼ではあるが)は少しずつ評価を高めていく。やがて後輩が引退して浄化担当や組合の役員や窓口のベテランになったとしてもまだ現役でいた。その頃から彼は「強さ」に固執し始めた。才能の無かった自分が、その実どんな才能を持つ者よりも強い。それは彼にとってある種の麻薬じみた快楽を与えた。元から拘りを持ちやすい性格でもある。彼は更にダイブと鍛錬にのめり込んでいった。
10年。それが平均的なダイバーの寿命である。しかし、結果的に彼は25年もの年月をダイバーとして過ごした。15年を過ぎる頃には、彼に並び立つ者はほぼ居なくなった。
彼の肉体能力は他の追随を許さず、身体強化はその強化率において一線を画す。デコピン一発で大岩を粉々に砕くその力は正に最強。
そして、長年の経験から裏打ちされた技量は、彼だけの体術として昇華された。比類なきパワーと、純粋な霊力操作能力を組み合わせた彼だけのオリジナル。彼は無手勝流と名付けた。
数多の魔人を屠り続ける暗黒領域での活躍や、模擬戦にて容赦なく相手を叩きのめす彼は、いつしか「鬼」と呼ばれるようになった。他者に厳しく、自分に最も厳しい男にとって、その鬼の様な強さも相まって実に相応しい二つ名と言えた。苦節15年。無手の鬼は漸く産声をあげた。
ある時、彼は遂にその功績と実力を讃えられ、
月日が流れ、彼はこんな世界であっても充実していた。パーティーが軌道に乗り、名誉も地位も手に入れた。彼は最強だった。周りからは無手の鬼から【
戦闘に関しては、街では彼に敵うものが居なくても、深層に行けばそれこそ相手はよりどりみどりだ。まだまだ戦える。もっともっと。それだけがこの男の長いダイバー生活を支えていた。
そんな彼にも転機が訪れる。デビューから20年を過ぎた頃、ある男がマドリーに流れ着いた。
その男の名はドミニク=シュトルバーンといった。
◆
一進一退の攻防は続く。マリウスが先の先を制して殴りかかれば、ドミニクは後の先で迎撃する。彼の拳はその異様な威力の大剣をものともしないで弾き返す。フェイントにつぐフェイント。極限の暴力と極限の技が交差する。開始から数分で辺りの景色は一変した。それでも尚止まらない。
何百と交わした拳を振り抜いてドミニクを弾き飛ばしたマリウスが声を漏らす。
「なぁ! 冷血野郎! 楽しんでるか!?」
「…………」
無言でドミニクは氷の刃を飛ばす。躱しながら接近してマリウスは続ける。
「いつもスカしてやがってムカついてたがよ! オレには分かってた! テメェはオレの同類だとな!!」
「……」
袈裟切りに振り下ろされた刃を拳を合わせて受け流す。軽くやっているが、彼にしかできない絶技である。
「『鬼』を飼ってたんだろ? 知ってるんだぜ! だから
遂にその拳がドミニクを捉える。しかし、彼はとっさに打点をずらし、脱力し、その威力を受け流す。これも絶技である。
「テメェはオレだ。だからこそ、このオレが引導を渡してやる」
一気果敢に責め立てるマリウス。彼は後先のことを考えていない。凄まじい量の霊力がその身から放出される。その霊力を獣爪の形に変化させ、薙ぐ。中層級なら一撃でバラバラにされるほどの威力を持った攻撃に、ドミニクは大剣の影に隠れて辛うじてガードする。しかし、ガードしきれない隙間から攻撃は通る。攻撃を受けたドミニクの鎧が爪の跡を残す。
更なる追撃をしようと試みたマリウスの手が一瞬止まる。違和感。この相手はこれほど容易い相手ではない。それはある意味信頼であり、長年のベテランの勘とも言うべきものだった。
その逡巡が彼を助けもし、そして致命的な隙を作った。
瞬間、ドミニクの周囲から莫大な瘴気が瞬時に発生し、周り一面が凍り漬けになった。「氷殺結界」と呼ばれるドミニクの必殺の技である。これはもともとガブリエラの技法を参考に練り上げた物ではあるが、しかし生前の彼には未完成の技であった。しかし、ここに来て彼はこの技を完成させていた。
「ぐっ……!!」
半歩。それが彼の明暗を分けた。後半歩進んだら彼は完全に囚われていた。まさに紙一重の差であった。だが、残念ながら彼の踏み込んだ足は氷に囚われた。そして上空から彼の頭をかち割ろうとするドミニクの姿を捉えた。
「ぬおぉぉぉぉおぉぉ!!!」
裂帛の気合いでもって氷から脱出せんとするマリウス。しかし、筋肉すらも氷結し、容易には抜ける物ではない。間に合わない。この瞬間、彼は脱出よりも迎撃を選択した。そして上空から氷を纏って降ってくるドミニクに対して拳を引き絞る。交わされる数百もの拳と剣の嵐。反対側に降り立ったドミニクから容赦なく無数の剣戟が恐ろしい速度で繰り出される。それに足を固定されながらも応戦するマリウス。しかし、これまでとは違い、利き足の不自由と疲労により僅かにドミニクの方が上回る。徐々に傷を増やしていくマリウス。彼はあっという間にその身を血に染めていった。その様子を確かめ、一歩下がり、剣を引き絞りながら莫大な瘴気を冷気に変えて溜めるドミニク。
生涯最大の一撃を最高の相手に繰り出す。結果がどうあろうと、やり抜く。
間もなく二人が交差する。その直前にドミニクが横に弾かれる。次の瞬間土のゴーレムに殴り飛ばされ、その先で特大の雷がドミニクを襲った。
何が起きたかを瞬時に理解したマリウスは激怒した。
「クソ馬鹿野郎共!!! 邪魔すんじゃねぇ!!!」
「マリウス、いえ、
「そんなに怒んなくてもいーじゃーん」
「リーダー。我々は任務が優先だ。熱くなりすぎでは? 相手は
エレーナ、ルチア、アイヴァンの参戦。彼らとて師匠の命令は極力従っていた。しかし、ここに来て師匠が覚悟を決めたことを長年の付き合いで察した。そのため、師匠に恨まれることを覚悟しながらも横入りした。
口では何でも無いように批判を続ける三人だったが、その実彼を心底案じている元弟子達の様子から、マリウスは一気に激怒から冷静になれた。
そうだ。そもそもドミニクは死んだのだ。先ほど自身で言ったでは無いか。コイツはドミニクの皮を被った魔物だと。
エレーナが嵌まっていた足の氷を削り取って開放する。しかし、中まで凍り付いた足は機能しそうにもない。だが、これで勝率は上がった。こだわるべきは強さではない。勝利のみ。いかにドミニクに複雑な心境を持とうが関係ない。名誉ではない。生き延びることこそが強さなのだ。そう言う意味では、目の前の相手より自分は勝っている。決着は始めからついていたのだ。
そう切り替えたマリウスの前で、黒焦げになりながらもその身体を起こそうとするドミニク。
「足は大丈夫?」
「動かねぇが邪魔にもならん……悪かった。熱くなりすぎたぜ。改めてはじめるぞ。
4人が油断なく構え、ドミニクに迫ろうとした、その時。
──あら。地上にも中々素敵なコ達がいるわね──
絶望の声がした。
──来ちゃった♡