ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜   作:エアロダイナミクス

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36、降臨

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ? 何が起きてる?」

 

 

 ──朔から抜け出そうとしていた満月が再び陰り始める。辺りの瘴気はより一層濃度を増してゆく。それは並大抵の瘴気ではない。見ると、無数の敵の屍はボロボロと腐り、崩れ落ちていく。それだけではない。先ほど死したダイバーや、生きていた浅層級や中層級の魔物までもが崩れ落ち、同じ末路を辿った。そしてあっという間に風化した屍は上空に吹き上げられ、集まってゆく。その光景を見た複数人のダイバー達の脳裏に、贄、と言う単語が浮かび上がった。

 

 瘴気の濃度は限界を超え、かつて人類が経験したことも無いような程の濃さを記録する。上空から見れば分かるが、マドリー周辺の瘴気が一気にこの場所一点に集結し、凝縮していた。

 

 

「カッ、カハッ…!」

 

 

 級の浅いダイバー達が一気に霊力を削られ、倒れてゆく。それを見たマリウスはハッとして声を上げた。

 

 

「全員、聞け! 今すぐここから下がれ!! もう敵はいない!! 動けない奴は動ける奴が担げ!!!」

 

 

 弾かれたように動き出すダイバー達。確実にヤバいことが起き始めている。ダイバーとしての本能が彼らを動かした。逃げ遅れたダイバーはそのまま倒れ、そして、屍の塊に吸収されていく。最早この場所の瘴気濃度は深奥級を超える濃度に達している。地面は波打ち、大気は捻れる。マリウス達も、最早戦闘どころではない。ある程度のダイバー達が逃げ出すのを見届け、最後にパーティーと目を合わせる。

 

 何かが来る。とてつもない何かが。

 

 ソレが降臨したら、この一帯は地獄と化し、街は滅びるだろう。こんなことは初めてだ。そして、これは自分たちが止めなければならない、と。

 手始めに、マリウスが屍たちに向かって霊力を飛ばす。次いで【雷霆】ルチアの雷がその塊を焼き尽くす。他二人はいつでも動けるようにしている。【幻影】エレーナはその身を隠し、【傀儡】アイヴァンは巨大ゴーレムを複数起動し、備える。

 

 

 

 ──あらあら、定命の者はせっかちね。折角来てあげたのに手荒い歓迎だこと──

 

 

 

 穴が空き、焦げ付いた屍の塊が、一気に中心に凝縮され、圧迫される。まるで巨人が片手で握りつぶしたかのように。ビキビキ…と肉の潰される音を発しながら巨大であった塊は、人間のサイズへと凝縮される。その様子を見るに、先ほどの二人の攻撃はまるで意に介してないかのようだ。

 

 いよいよ瘴気が濃くなってきた。コレは最早深淵級と言っていいほどだ。そのあまりの圧迫感に彼らは呼吸すら覚束なくなっていく。徐々にヒトガタを取る屍体達。それらの肉が混じり合い、筋繊維を形作っていく。女だ。女の形を取っている。

 そして筋繊維の上から皮膚が覆っていく。青白い、皮膚が。そしてその皮膚が全身を覆った後、髪の毛などが生える。それはこの世の者とは思えない程の絶世の美女であった。

 瘴気が彼女を包み、その裸体を覆う。やがて黒のロングドレスへと変化し、更にはその背に皮膜のある黒い翼が生えた。

 

 

 

 ゆったりと地面に降り立ち、彼女は初めてその眼を開く。

 

 

 

 虹彩は金色で、瞳孔はどこまでも深い黒。しかし、その形は蛇のように縦に割れ、その女が人間ではない事を表していた。

 

 

 

 

「──初めまして。ニンゲン」

 

 

 

 その声は、どこまでも甘く、耳に響くモノだった。一言一句でも心を奪われる。気づけばその声に誘惑されている。

 マリウスは思わず引き込まれそうになる心を引き締め、厳しい表情で前方を睨む。禍々しい雰囲気を隠そうともしないその女(?)は、優雅にポーズを取ると、続きを語る。

 

 

「我が名はリリス。深淵の王にして深海の案内人。この辺りまで来るのは久しぶりだから新鮮だわ」

 

「……何が、目的だ」

 

「そぉねぇ。私は()()()()()来たくも無かったんだけど、ちょっと欲しいモノができちゃったの。だから無理してきちゃったわ。ドミニクちゃんを派遣したんだけど、ちょっと厳しかったみたいだからね?」

 

「……ドミニクは貴様が?」

 

「えぇ。彼、どう? 最高傑作だと思わない? 従来の魔人とは一線を画す出来映えね! あくまで人間の形と技を保ち、思考も人間のソレに近い。コレは最早本人ね! 魂の残滓が肉体に残ってたのも良かったわ!」

 

「…………悪魔め」

 

「ご名答。さて、久しぶりの生の人間だから盛り上がっちゃったわね。名前も教えちゃったし。じゃ、早速目的を達成しようかしら」

 

「──させると思うか?」

 

「ふふ、可愛いコト。そんなに震えちゃって。気付いてるでしょ? 貴方達如きじゃ、私は止められないって。」

 

 

 余裕の表情と態度の美しいリリスから、凄まじい瘴気が発せられる。全く似合っていない。公式では誰も到達していない深淵層、そこの王を騙る目の前の相手は、その実力がそんじょそこらの魔物とは桁が違うと言うことを威圧だけで証明して見せた。

 

 

(……こりゃ死ぬかもしれねぇ)

 

 

 相手が動いてもいないのにマリウスを含む4人はそれを悟ってしまった。自分たちは自負があった。人類の最高峰。これまでの研鑽と経験により、いかなる相手でも撃破し、ソレができないまでも生き延びることは可能であると。事実、最高峰の魔人に近いドミニク=シュトルバーンですら、4人であれば勝てそうだった。

 

 しかし、これは駄目だ。そんなレベルではない。どうあがいても絶望。人間が敵う相手ではない。

 朔は終わるはずだった。あと1分もしないうちに。しかし、その法則はねじ曲げられ、空間が歪み、より瘴気が濃くなっている。辺りの景色は女の出現によって刻一刻と変化を始めている。超濃厚な瘴気のせいだ。禍々しく変わっていく大地。地形が盛り上がり、裂けていく。砕けた岩が空中に浮遊し、ある意味幻想的な光景を形作っていく。草は急激に成長と腐敗を繰り返し、見たことも無いような禍々しい食虫植物のような形を作っていく。

 コイツが存在するだけでこれだ。最早人間からすれば神の如き存在なのは想像に難くない。

 

 

 唯一希望があるとすれば。

 

 

 こんなでたらめな出現を永くはできない、と言うことだろうか。そもそもこんな奴は暗黒領域の奥深くに生息する奴の筈だ。瘴気が薄いこの場所で、際限なく出現し続けることができるはずも無い。薄い希望だが、そうじゃなければ人類はとっくに滅んでいるだろう。

 

 

「ご名答。よく分かったわね」

 

「!? 心を…!」

 

「貴方達とは存在の位階が違うのよ……さて、余り時間も無いわね。余り長居すると怒られちゃうし、手早く済ませましょう」

 

 

 

 リリスと名乗る女がおもむろにその右手をかざす。莫大な瘴気が集結する。

 

 

「!? マズい!! 避けろ!!!」

 

「残念。これは避けられる類いのモノじゃ無いの」

 

 次の瞬間、リリスが腕を上に上げると、恐ろしいまでの衝撃波が全方向に放たれる。

 

 ドドドドドド!!!

 

「うっ、がぁあああああ!!!」

 

「うわぁぁあぁぁあぁぁッ!!!」

 

「……ッ!!!」

 

「ああああぁぁあぁ!!!」

 

 

 全力の防御態勢を取って尚、紙切れのように吹っ飛ばされる4人。それぞれがバラバラの場所に吹っ飛ばされる。奴にとっては挨拶程度の攻撃なのだろう。だが、4人はそれぞれ衝撃によって、50メートルは吹っ飛ばされ、なんとか着地できたものの、戦闘不能の状態に追い込まれた。一番重傷なのがマリウスである。それ程の攻撃を気軽にぶっ放した当人はと言うと

 

 

「えっ……なに? ドミニクちゃん……珍しいわね。うんうん。分かったわ。彼らに多少興味はあるけど、私にはどうでも良いし、目的だけ達成しましょうねぇ」

 

 

 ドミニクをいつの間にか愛しげに抱え、撫でながら囁きかけていた。それをぐらぐらと揺らぐ視界の中で眺めながら思う。駄目だ。これは駄目だ。勝てるはずが無い。

 

 

 ──彼は恐怖した。長いダイバー人生の中でも久しぶりに感じたことだ。それは死の恐怖。そして、死して尚魂すら弄ばれるのではと言う恐怖。その被害者が目の前にいる。

 実力を認め、ライバルとして勝手に認定して切磋琢磨を繰り返していた、その彼が。複雑極まりない心境を抱えながらも同僚として働いてきた彼が。肉体と魂すら陵辱され、弄ばれている。そこにマリウスは例えようも無い激しい恐怖を抱いた。

 

 恐ろしい。その感情が彼の精神を塗りつぶす。体が十全なら、一目散に逃げ出した所だった。それほど精神にプレッシャーを掛けられていた。呼吸は乱れ、気付かぬうちに髪の毛がストレスによって抜け始める。そもそも人類が相対していい存在では無かったのだ。

 

 最早彼の中で敵対するという選択肢は無い。もし相手がそのそぶりを見せた瞬間、恥も外聞も無く命乞いをしてしまいそうだった。長年の研鑽、その結晶は、圧倒的な恐怖によって粉々に砕かれていた。

 

 

 

 だから、女がドミニクと共に姿を消したとき、彼の心中にあったのは安堵だった。その事実に彼は後々激しく苦しむこととなる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい! これはどういうことだ!?」

 

 

 エルが動揺してガブリエラに問いただす。無理も無い。辺りの景色は一変していた。月はその姿を再び隠し、瘴気はこれまでとは比べものにならないほど濃厚になっていく。門前で中に入るための手続きをして、負傷者と共に中に入る直前だった。その現象が起きたのは。

 

 

「……最前線で何かが起きてる。マズいわ。早く中に入らないと」

 

「瘴気が強すぎる……」

 

「ねぇ! 聞こえてるでしょう!! 早く開けて!」

 

 

 

「…………済まない。こういった事態は初めてだ。よって貴殿等を迎えるわけにはいかなくなった」

 

 

 中から絶望を告げる声が聞こえた。

 

 

「はぁ!!? 馬鹿言ってんじゃないわよ!! このままじゃ全滅よ!!!」

 

「それでも、だ。今、門を開けてしまえば莫大な瘴気が入り込む。閉めているこの状態ですらかなりの量が入り込んでいる……故に、街を守る身としてはここを開けるわけにはいかん」

 

 

 後方から続々と負傷者がなだれ込んでくる。彼らは青白い顔をしながら門に殺到する。その霊力は最早尽き掛け、瘴気に侵食され掛けているダイバーすらいる始末だ。そして、激しく門を叩きながら抗議する。

 

 

「開けろ!! 化け物が…化け物が来る!!!」

 

「ふざけんじゃねぇ!! 見殺しにする気か!!!」

 

 

 それでも門番の意思は変わらない。

 

 

「2年前の事を忘れたか! あの悲劇を!! 私は! ここを守る身として決してここを開放するわけにはいかんのだ!!!」

 

 

 激しい遣り取りが繰り返される。2年前。その単語を聞いてガブリエラの心中は穏やかではいられなくなった。それは彼女が片腕を失うきっかけとなった、西門のバラスが突破された事件。その真実は、魔物に混じった魔人の複数襲撃。それにより、当時の西門担当は壊滅状態に陥った。ガブリエラもその力を限界まで削りながら奮戦し……そして片腕を失った。まさか西門一点突破をしてくるとは想定していなかった為の悲劇。

 その時は、片腕を犠牲にしながらも魔人どもを粉砕したが、生き延びたダイバー達が今のように門に迫り、門番も開けてしまったのだ。当時の門番を攻めることは難しい。迫るダイバーの中に彼の恋人がいた。それ故に、非情になりきれなかった。

 そして、悲劇は連鎖する。ダイバーと共にまだまだ健在の魔物達がなだれ込み、街は無惨にも蹂躙された。門番も、その恋人だったダイバーすらも。幸いにも魔人達はガブリエラによって駆逐されており、被害が拡大することは無かったし、当時最高峰の力を持ったドミニク=シュトルバーンや、組合の秘密兵器により、魔物達は無事に駆逐された。しかし、その被害は甚大で、恐ろしい程の被害が出た。その教訓として、蝕や朔が続く間は、戦線が安定するまでは門は決して開けてはならない、ということだった。

 

 皮肉にも、門が開いたことで魔物達がそちらへなだれ込み、ガブリエラは一命を取り留めた。その経験があるからこそ、門が開けられないという彼の主張は良く理解できてしまった。

 

 

 

 今の状態では、門が決して開かないことを。

 

 

 

 だからこそ、彼女は声を上げる。ここを守る責任者として。

 

 

 

「うろたえるな!! お前達の使命は何だ!!! こんな時に命を捨てるのが我等では無かったか!!!」

 

 

 

 凄まじい怒声が辺りに響き渡る。その声は、周辺でパニックに陥り掛かった人々の動きを止めた。

 

 

「我等の後ろにいるのは誰だ!! 我々が諦めれば、その者達が犠牲になる!! それに、こんな状態は長くは続かない!! 魔物達もいない!! あと少しだ! あと少し耐え抜け!!! それが我等、ダイバーの使命だろ!!」

 

 

 その檄を聞き、彼らも幾分落ち着いた。彼女の言う通りだ。ここを抜かれれば数多の無辜の人々が犠牲になる。それだけは避けねばならない。例え自分達が滅びようとも、最期まで抗う。それこそがダイバーの使命。

 

 

「お姉様……」

 

 

 サラが心配そうにガブリエラ寄り添う。彼女を片手に抱き締めながらガブリエラも覚悟を決める。聞けば、恐ろしい存在が降臨したらしい。今は【天上天下】が相対しているが、いくらも保たないだろうとのことだった。だからこそ、この子達だけでも守り切らなければならない。エルとフロウは不安げにこちらを見ている。

 そしてナギは……何かを考え込んでいる。未だに彼がなんなのかは分からない。もしかすると、この事態を引き起こした元凶かもしれない。だが、それでも守り切ってみせる。もう、あのような悲劇は起こさない。

 

 

 

 

 そんな彼女の決意すらも

 

 

 

 絶望から逃れられない

 

 

 

 

 ──おやおや…お揃いねぇ──

 

 

 

 禍々しい気配を隠そうともせず、ソレは降臨する。背後にドミニク=シュトルバーンを従えて。ガブリエラは信じたくなかった。しかし、認めざるをえなかった。彼女の憧れ、希望、それらが打ち砕かれる音が聞こえるような気がした。

 

 

 

「ドミニク様……これは、貴女が?」

 

「ん? あら~~。そうねぇ。貴女、この子が好きだったのねぇ。こういうのをなんて言ったかしら。NTR? それともBSS…いやWSS?」

 

「訳の分からないことを言って…悪魔め……! これ以上貴女の好きにはさせない!! 大人しく巣に帰りなさい!!」

 

 

 ニヤニヤと嗤いながら降りてくる女は人語を話してはいるが、まるで理解できない。そもそもの存在感の厚みが違いすぎる。神と人は決して分かり合えないように。

 この女が来たということは【天上天下】は全滅したと言うこと。そして、さしたるダメージも見えないことから、鎧袖一触でやられたのであろう。そんな存在を前にダイバー達の絶望は深まる。

 

 

「あぁ、心配しないで。ニンゲンの巣を壊しに来たわけじゃ無いの。ちょっと特殊な個体をつまみに来ただけだから。安心して?」

 

 

 そうしてソレはナギを見据える。その目に射すくめられ、ナギは硬直する。ガブリエラは瞬時に敵の狙いを知る。始めからこれが狙いだったのだ。ナギを確保すること。それだけのためにこの女はわざわざ深淵からここまで降臨してきた。やはりナギを後詰めとは言え戦場に出すべきでは無かった。だが、それは結果論だ。誰が予想できようか。こんな事態を。そして、ナギを渡したとしても自分たちが無事に済む保証も無い。

 

 

「……それはできない。ナギは…この子は渡さない!」

 

「貴女の一存なんて関係ないの。でもまぁ……そうねぇ。その子を渡せば貴女達の生命は見逃してあげる」

 

「……ッ!」

 

 

 その言葉に他のダイバー達も動揺が起きる。ナギさえ差し出せば自分たちは助かる、と。ソレを口にする者さえいた。

 

 

「ふ、巫山戯ないで! そんなの許せるわけないでしょ!!」

 

「そぉかしら? クククッ……ねぇ、周りを見てごらん?」

 

 

 慌てて周りを見渡す。すると、無言の視線が突き刺さった。言うとおりにしろ、という無言の圧力が。

 

「あ、貴方達……恥は無いの!? ダイバーとして……人としての恥が!!」

 

「もう、いいさ」

 

 

 ナギが呟いた。

 

「オレが…オレが行く。それでいいんだろう?」

 

 

 その言葉にニヤリと笑みを返す悪魔。

 

 

「そぉねぇ。来てくれたら他の有象無象には興味は無いから」

 

「ならば、約束しろ。オレが行ったら他の人達に手を出さないと」

 

「ふふ……いいわよぉ。リリスの名において、約束してあ・げ・る♡」

 

「ナギくん!! ダメ!!!」

 

 

 フロウが彼を止めるが、それでも彼は前へ進み出る。

 

 

「すまない。これしか……これしか方法が無い。楽しかったよ、エル、サラ、ガブリエラさん、そして……フロウ」

 

「待って!!」

 

「ふふふ……美しいわねぇ。ソレこそがニンゲンの良いところでもあり、醜さでもある。そこのコは、止める振りをしておきながら一歩も動いていない。頑張れば止められるのにね。心の中で安堵している。あぁ、美しいわぁ!」

 

「!!」

 

 

 その言葉にフロウの顔が歪む。決して悟られたくない、自らの醜さを暴露された。それが何よりも彼女に絶望を与えた。

 

 

「フロウ!! いいんだ。いいか、君のせいじゃない。だから思い悩むな。こうなったのもオレのせいだ。だから──」

 

 

 

 君達は絶対に生きてくれ

 

 

 

 ボロボロと涙を流し、顔を伏せる。フロウだけじゃない。エルもサラも己の醜さを自覚していた。そして、だからこそ顔を上げられないでいた。それは多かれ少なかれ他のダイバー達も同じだった。皆、自分が助かりたいが為に、一人の年端もいかない少年を犠牲にしようとしている。

 

 

 ナギが女の開いた暗黒の穴に向かって歩く。誰もそれを止められない。

 

 

「よかったわねぇ。私に遭遇して無事に生を得るなんて。このコに感謝しなさいね」

 

 

 女はその言葉を紡ぐと、ナギ肩に手を掛け、後ろを向いて歩き出す。その顔は、悪魔に相応しく喜悦に歪んだ表情だった。

 

 

 ガブリエラはソレを見た。見てしまった。決して自分の罪から目をそらすまいと顔を上げていたからこそ。見えてしまったのだ。そして少年の行く末を、生々しく思い描いてしまった。ドミニク様だけで無く、ナギ君さえも──

 

 

 許せない

 

 

 

 絶対に……許さない

 

 

 

 莫大な霊力が噴出する。その霊力は人類最高峰を誇るマリウスすら超えていた。霊力とは、思いの力。精神の力である。ガブリエラは、ここに来て自らの壁を越えた。

 

 

「!? お姉様!!!」

 

「やめろ! ガブリエラ!! 敵う相手じゃない!!」

 

 

「あ~ら、ニンゲンにも素敵なトコがあるじゃない。キライじゃないわ。そういうの」

 

 

 ナギはその事態に気付いてガブリエラを止めようと声を上げる。

 

 

「ガブリエラさん!! やめてくれ!!! 貴女まで失いたくない!!!」

 

「ナギ君……私にも譲れないものがあるの……私は……このまま見過ごすぐらいなら……死んだ方がマシよッ!!!」

 

 

 

 凄まじい霊力を土へと変換し、ガブリエラは3人に向かって特攻する。その途中、堅牢な土の塊がガブリエラに集中する。その凄まじい圧力にガブリエラ自身が圧迫されている。体を圧縮されて骨や肉を潰しながらもガブリエラは進む。それはまるで──

 

 

「お姉様!! やめて!!!」

 

 

 何をするか気付いたサラが慌てて後を追う。どういう原理かは分からないが、ガブリエラは死ぬつもりだ。相手に命を賭けた痛打を与えた上で。

 

 

 女は立ち止まってただひたすら楽しそうに嗤っている。

 

 

「く た ば れ」

 

 

 土は圧迫され、熱を帯びる。熱を帯びた土を原子レベルで圧縮し、それはやがて融合させるという域まで至る。するとどうなるか。超高熱を帯びた霊力の土はそれぞれの存在同士が圧迫され、莫大なエネルギーを帯びる。彼女は自らの体を霊力によって土に変えた。その身体を崩壊させる勢いで圧縮させ、最後に超巨大な爆発を起こさせるこの技は、つまり自爆技だ。

 

 爆発する寸前の光を放ち始めた。最早愛用のハンマーさえもその手からこぼれ落ちている。

そして、手を女の肩に掛けて、彼女は爆発する──

 

 

 

 

 その直前に、光は失われる。

 

 

 

 目を開いた弟子達が見たモノは、上下真っ二つに分かれた隻腕の頼れる師の無惨な姿であった。

 

 

「あ……」

 

 

 

 血と臓物が降り注ぐ中、確かに見た。ドミニク=シュトルバーンが大剣を振り抜いて残心している姿を。ナギが泣き叫んでいるが、やがて女の手に触れられて崩れ落ちる。

 その景色がスローモーションに見え、全ての音は消え果てる。回転しながら地面に落ちる直前、確かにフロウはガブリエラと目が合った。それは、サラが好きな鳶色の瞳だった。

 

 

 グシャ、と音を立ててガブリエラの()()は横たわる。

 

 

「いいわねぇ! 貴女達。このままなら行きがけに潰してやろうと思ってたケド……この女に免じて見逃してあげるわ」

 

 

 ケラケラと楽しそうに嗤いながら、今度こそ女は莫大な瘴気を従えて闇の中に姿を消していった。その手にナギを抱えて。

 フロウはあまりの事態にしばらく呆然としていたが、コヒュ、と言う音が耳に入り、泣き叫んでるサラと共にガブリエラの元へ駆け寄る。エルも遅れて駆けつけた。まだ…まだ生きている!

 

 

「お姉様!! お姉様!!! 何故あんな無茶なことを……!!!」

 

「サ…サラ……カフッ……馬鹿よね…私には…我慢が…できなかった……」

 

「も、もう喋らないで! 死んじゃうよ!!」

 

「無駄よ……もう、こうなったら……ごめんね…貴女の気持ちに応えてあげられなくて…」

 

「お姉様……!」

 

「私は……後悔したくなかった……ただ…それだけよ…」

 

「何故……私は…どうしたら……ッ!!」

 

「フロウ……」

 

 

 サラやフロウの慟哭に困った顔をしたガブリエラだったが、彼女は最後の力を振り絞る。伝えなければならないことがあった。途切れ途切れながらも彼女は語り出す。

 

 

「……良く聞いて、サラ、フロウ、エル。最後に彼が私を斬ったとき……確かに聞こえた。ドミニク様の声…を」

 

「!! それって……」

 

「ドミニク様は……まだ、いる。完全に…失われたわけじゃ無い」

 

「だから……希望は捨てちゃ…だめ……」

 

「でも……でも……!」

 

「いいの……私は最後に最愛のヒトに斬られた…幸せだったわ……貴女達に看取られて逝くのも……悪くない」

 

 

 もう、ガブリエラの顔は青白くなっている。言葉も不明瞭で、うわごとに近い状態。それがどうしようも無く彼女の最期を伝えていた。フロウは、最期に彼女の遺言を一言も聞き漏らすまいと、涙を堪えて聞く。

 

 

「『すまない』…と……確かに…聞こえた……私は……それだけで…報われた……ありがとう……後を……頼むわ……」

 

「うっ……ひぐっ……分かり、ました…お姉様……今まで、お疲れ様でした……」

 

「あぁ……風が気持ちいい……大地の…香りがする……」

 

 

 

 

 その言葉を最後に、ガブリエラは逝った。サラは震える手で、そっとその瞳を手で閉じる。彼女の大好きだった、鳶色の瞳。しばらく彼女はガブリエラの遺体を抱きしめ、動かなかった。声を上げず、涙だけを流しながら。それを呆然と見つめ、動けないエル、そして表情が抜け落ち、ただただ涙を流すフロウ。

 

 どれぐらいの時が経っただろう。空は晴れ渡り、月がその姿を完全に現していた。あれ程の強烈だった瘴気は嘘の様に消え去っていた。柔らかい風が涙の跡を撫でる。それがこの戦いの終わりを告げていた。

 

 

 ガブリエラは安らかな顔で旅立った。せめてその魂が美しき月へと昇り、無事に天に召されますようにと、サラは心の中で祈る。エルも悲しみや苦しみを飲み込んで立ち上がる。

 

 

 

 

 だが、フロウはずっと立ち上がれずにいた。

 

 

 

 

 今更のように門が開く。だが、歓声を上げる者は誰もいない。

 

 

 

 誰も彼もが大きな傷を残していた。しかし、それでも立ち上がらなければならない。弟子達はガブリエラからその思いを確かに受け継いだから。この世界がどうしようも無くても。それでも希望は残っている。だから──

 

 

 

 歩き出さなければ。

 

 

 

 だって、世界はこんなに美しいから。

 

 

 

 ──この世界に、生きているのだから。















 ドラクエIIIで例えると、勇者がアリアハン周辺からようやく出てロマリア辺りに向かおうかなぁって時に、アリアハンの街に大魔王ゾーマが降臨する感じ。

 それにしても今気付いたけど、これってNTR…?
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