ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
「──結果から言えば、ダイバー53名が殉職。そのうち遺体が確認できたのが3名。魔人になりかけたのが5名。更にはPTSDを煩ってこれ以降のダイブができなくなった者が8名……か。これが全て北門で起きた、と」
苦虫をかみつぶしたかのような、苦渋に満ちた表情で顔を歪ませるビト組合長。ここは領主の館。組合の長達が顔を付き合わせて今回の〝朔〟の事後報告を行っている。ビトだけでは無い。他の組合長達も悄然とした表情だ。誰もが希望を持てずにいる。流石の近衛長のアーロンも憔悴しているビト前に、批判することを躊躇われた。それも当然だろう。
今回の被害は、ダイバーのみ。だが、その内容が悲惨だった。
ガブリエラを始めとするベテランの死亡。【天上天下】の事実上の再起不能、そして、この街の希望とも目されていたナギ少年の消失。
更にそれだけでは無い。報告によると、個人としては最強格のダイバーであったドミニク=シュトルバーンの魔物化。そして、〝深淵の王〟の降臨。
どこをとっても明るい要素が無い。
「~~!! だから!! 彼をダイバー組合に預けるのは反対だったのです!!! 彼はこの状況を打破する希望だったのに!!!」
遂に激高しながら「教会」の長マリアがビトを責め立てる。ビトはその言葉に反論する術を持たない。彼は拳を握りしめ、その批判を甘んじて受け入れる。全ては自分の責任であると理解しているからこそ。それを遮ったのは、意外にも霊力開発研究組合の長、エンリケ=バルデスだった。
「まぁ、『教会』の。そこまで攻めるでない。此奴も最善を尽くしておる」
「エンリケ! 貴方も他人事では無いはずです!! あの少年の価値を私よりも認めていたでしょう!!!」
「そのとおり……光の霊力。それが完全に喪われてしまうなど、ハッキリ言って大損害じゃ。無論、人類にとってな」
「分かっているならなぜ!!」
「そう憤っても、結果は変わらん。ただそれだけじゃ……さて、レオナール殿。ワシからも報告させてくれ」
「……よかろう。許可する」
「まず、マドリー周辺の瘴気じゃが……完全に消失した」
「「「!!!」」」
「あれからすぐに調査員を派遣して発覚した事じゃが、範囲としては全方角……特に北門周辺から始まって、アビタの森から、ナバスラーダ峠まで。他にもアラン平原、ビオス廃墟、ラパロマ湖、その範囲全てじゃ」
「ば、馬鹿な……」
「考えられる原因は……〝深淵の王〟の降臨、じゃな。その個体は恐らく分体じゃろう。この状況から考えられるに……相当強力な個体じゃ。それが無茶な降臨を押し通すために、周辺の薄い瘴気を全て結集させた。結果、周辺地帯の瘴気は完全に消失した」
その報告を聞いて全員が複雑そうな表情になる。一息置いて、彼は続ける。
「無論、放っておけばまた元通り……じゃがな」
「……もったい付けるのは貴公の悪い癖だぞ? その様子だと、何か目処が付いたのだろう?」
「ククク……そこでしょげてるビトの小僧も知っておるがな、ナギの坊主の霊力。その特性を解析し、その霊力をアーティファクトに可能な限りため込んでおったのじゃ。ソレを【アーク】につぎ込む事で、理論上瘴気の侵食をかなりの広範囲……最大で約4レグア(22キロ)四方で完全に防ぐことができる……つまり」
「……今言った箇所は完全に開放される、と?」
その言葉を継いで領主のレオナールが続ける。その場にいる全員が息を呑む。
「その通り。奴の霊力を反映した【アーク】は強烈じゃ。今は仮に中心部に据えて流入する瘴気を抑えとるが、それだけであの〝深淵の王〟の莫大な瘴気を防ぎ切った。これを龍脈に連なる場所に置くだけで更に効果は長持ちするじゃろ。恐らく半年以上は余裕で保つぞい」
それは希望であった人類圏の拡大。それが、まさかこんな形で叶うとは。
「しょげとる場合じゃ無いぞ。ビトよ。時間との勝負じゃ。一度設置してしまえばこちらのもの。設置後、蝕や朔が来る前に、壁を設置せねばならん。何なら今言った箇所の浅層、中層級の魔物は軒並み弱り果てて逃げ出しておる。今しかないのじゃ」
「そう……だな」
「『教会』の。気持ちは分かるが、こうなってしまった以上我等は身内で争っておる場合じゃない」
「しかし…」
「話は戻るが、第一、じゃ。ナギの坊主を壁の中で厳重に保護していたとしよう……さすれば、〝深淵の王〟が街中に出現する可能性すらあった」
その発言は無論憶測でしか無い。しかし、その言葉に全員が息を呑む。確かにその可能性は0では無かった。一つ間違えれば、人類圏の破滅すらあった、と。
「ナギの坊主は救ったのじゃ。我等を。そして我等は彼のおかげで猶予が与えられた。これを指をくわえて放棄するなどワシには到底許せるものではない!」
次第に興奮して声が大きくなる所長。その枯れ木のような身体のどこにそんなエネルギーがあるのか。その迫力に対して誰もが逆らえない。そんな中、領主のレオナールは閉じていた目を開け、やがて威厳に満ちた声を上げる。
「エンリケ。ありがとう……勝手に動いたのは頂けないが、それで助かった部分もある。皆の衆、良く聞け。此度の犠牲は非常に大きかった。しかし、全てが喪われたわけでは無い。喪った今だからこそ、少年の献身で得た物を無駄にするわけにはいかないのだ……ビト!」
「はっ」
「貴公にはチャンスを与える。残ったダイバー達を総動員して、【アーク】の正式な設置に当たれ」
「承りました」
「エンリケ」
「は」
「貴公はダイバー組合と協力して設置箇所の選定、設置の補助を行え。ダイバー達が護衛を行う。この任務はあらゆる検案より優先される」
「わかっております」
「続けて、大工組合、石工組合、鍛冶組合、冶金組合などの生産を主とする組合は、彼らが【アーク】を設置した後、速やかに〝壁〟の制作に当たる。これはこの街の一大プロジェクトとなる。全員協力して事に当たれ……予算は引っ張ってきてやる」
その領主ジョークに場も和む。
「最後に……マリア」
「……はっ」
「此度の件で犠牲になったダイバー達……ナギ君も含めてだ…慰霊祭を行う。彼らの魂が安らかに眠れるように『教会』主催で慰霊祭を取り行ってくれ」
「……かしこまりました……必ずや」
「では、これにて解散とする。全員、嘆く暇があれば動け。それが死者への餞だ」
◇
あれからダイバー達及び浄化担当は総動員で駆り出され、大地の浄化、弱り果てていた魔物の排除、そして霊開研職員の護衛と、目の回る様な忙しさで働いていた。
確かに今がチャンスなのだろう。人類圏の拡大など、悲願中の悲願だ。だからこそ、例え〝朔〟の対処で疲弊していたとしてもやらなければならなかった。ただ、毎回襲撃後に門前に積み上がる魔物の死体の浄化、解体をせずに済んだ事は、彼らにとっては行幸だった。
しかし、それでも広大な地域を虱潰しに調べ、浄化し、設置作業を行うという事は並大抵の事ではない。
結果的に、2週間もの期間、休みなしで彼等は駆り出された。
最後の方等は、訓練生すら動員するという事態にまで陥りながらも、彼らはやり遂げた。彼らを動かしたのは、それが人類の悲願でもあったからだ。
だからこそ、彼らは文句一つ言わずに作業を続けた。特に、あの時北門を担当していたダイバー達。彼らは文字通り寝る間も惜しんで作業に当たった。彼らは同僚が休めと言ってもそれを固辞しながら続けた。それは、彼らにとってある意味贖罪とも言えた。
ダイバー組合と霊開研の協力により、無事に【アーク】は設置された。それは凄まじい威力を誇り、マドリー周辺を照らし出した。
そこからは、生産系組合の出番だ。プロジェクトの開始である。何せ、これまでの門から更に4レグア四方の広さの土地の周りを囲まなければならない。それが各門毎に四箇所。猶予は次の〝朔〟及び〝蝕〟まで。
普通に考えて無理である。
しかも、新月の時には
そして、恐る恐るそれを実際に見た者は驚愕する。あまりにも強い光のエネルギーがそこにはあったからだ。
瘴気に汚染された物質の侵入を許さないソレは、近づけるだけで勝手に浄化される程の威力をもっていた。地面奥深くに埋まっていてそれである。
更には1ヶ月後の新月。予想通り
言うまでもなく、【アーク】の効果範囲である。
その事実に、マドリーの街は湧き立った。これまで、閉鎖的で息苦しく、緩やかな滅びを迎えるだけの人類が、初めてその生息域を広げる事が出来たのだ。更に、調査の結果人類に極めて有益な植物、アイテムが大量に発見された。浅層〜中層とはいえ、長い年月瘴気に晒され続けたそれぞれの土地の物は、反転して人類に益を齎す。これには薬師組合を始めとする生産職の組合が狂喜乱舞した。
すぐさま地質調査や水質調査がなされ、植物であれば栽培が可能かどうかなどの実験が連日連夜行われていた。
この時の薬師組合の人々の目は血走り、薬師組合の癖にヤクに溺れているという不名誉な噂が流された。薬師組合は断固として抗議したが、その際の血走った目と高速で栽培について語る彼らの姿からは説得力は皆無であった。残念ながら当然と言えよう。
ともかく、例の〝朔〟を境にマドリーの状況は一変した。それは街全体を巻き込み、老若男女を仕事に駆り立てる。働いた分、成果はでるのだ。希望という成果が。
それは街の人々に好循環を生み出し始めた。正にバブルと言っても差し支えない程の盛り上がりを見せた。しかし、彼らは狂乱はしなかった。それは、これまでの耐え忍ぶ生活があったからこそだ。人々はそれぞれが使命に燃えていた。
必ずや、子孫達に広大な土地を遺す、という使命を。
その為には、何としても〝壁〟作りを成功させねばならない。星占組合は総力を結集し、次の期限を割り出そうと日夜努力を重ねた。
そして、出た予想は──
3年後の〝蝕〟である。
領主はそこを最終目標と定めた。そして、【アーク】の光の霊力が切れる半年〜1年後を小目標とした。
だが、先に述べた様に、この目標は無茶が過ぎた。その為、念入りな会議の末、アラン平原が最初の目標に選ばれた。この場所の解放だけでも、多大なる成果だ。だからこそ、何としても成功させねばならない。その思いを胸に、生産系組合の挑戦が始まった。
◇
「フロウ」
呼ばれて、少女は振り返る。その視線の先に呼び出した幼馴染の少女を認めたが、何も言わずに作業に戻った。その様子を悲しそうな顔で見ていた幼馴染だったが、意を決して再び声をかける。
「貴女、慰霊祭にも出ないで。少し根を詰めすぎよ。連日仕事して、その足で激しい訓練して……このままじゃ倒れるわよ?」
「…………」
無言の返事。それは先の提案を明らかに拒否するものだった。幼馴染は溜め息を吐き、それでも諦めきれず会話を続ける。
「アタシが言いたいのはね、少し休めって事。そのままじゃ身体が壊れちゃう。アンタ、聞けば最近宿舎に帰って無いらしいじゃない。まさかとは思うけど、
「…………余計なお世話よ。サラ」
現在地はアラン平原の端である。彼女は鍛錬も兼ねて土木作業の手伝いの依頼を連日行っていた。これは彼女に限った事ではなく、ダイバーやその他の市民さえもが駆り出されて、壁作りに勤しんでいた。ちなみに、ダイバーの中で特に【
そしてフロウはというと──ひたすらに石材や建材をカットする作業を行っていた。彼女の操る水属性の技、【
そんなフロウの恐ろしく低い、拒絶の声だったが、それでも反応が返ってきた事を幼馴染は喜んだ。
「……気持ちは分かるつもり。でも、張り詰めすぎも良くないと思う。いつか破裂するわ」
「…………」
「貴女に目標がある事は知ってる。だからこそ、アタシは──」
「五月蝿い」
いつの間にか作業を中断していたフロウがゆらりと立ち上がる。そして振り返ると、その幽鬼の様にやつれた顔を憤怒に歪ませていた。
「──ッ! アンタ、その顔!」
「貴女に何が分かる? 見ていただけの貴女に、一体何が分かるっていうの!?」
「ッ!!」
それはお互い触れてはならない事だった。フロウを心配するあまり、サラも踏み込みすぎたのだ。そして手痛い反撃を受けた。
「私はね! 約束したの!! 必ず取り戻すって! 私自身に!!! 今この瞬間にもナギ君は苦しんでる!! だから一刻も早く助けなきゃならないの!! 立ち止まっている暇なんて無い!!」
喧嘩っ早いサラも、その怒りに反応する。
「だから!! その為には適度に休めっつってんのよ!!! 今のままじゃ効率が悪すぎる! 言わせてもらうけどね、アンタのやってる事は自己満足よ!!!」
言った後にサラは後悔した。しかし、言ってしまった以上は後には引けない。ワナワナとフロウが怒りに震えている。もう後戻り出来まい。だが、サラは覚悟を決めた。この友人の為に。
「な…何ですって……! 言うに事かいて、自己満……? 弱虫のクズの癖に!」
「誰が弱虫のクズよ! それを言うならアンタだってそうじゃない!!」
「えぇ、そうよ。私も同じ。でも、私はそれを受け入れずに前に進む。貴女とは違ってね!」
「それは、鍛錬と称して逃げてるだけよ。肝心の霊力も、体力も今の貴女からは前より感じられない。正直に言えば今の貴女は……前より弱い!」
パシッ
遂にフロウの平手打ちがサラに炸裂する。
「……今のは、何?」
それを敢えて挑発する。フロウはまんまとサラに乗ってしまう。
バキッ
平手打ちからのグーパンチ。サラはその拳を受け、口から血を流しながらも哀れみの表情を見せる。
「やっぱり……貴女は弱くなってる」
憤怒の表情で更にパンチを繰り出そうとしたフロウだったが、その拳をサラに片手で掴まれる。そこからびくともしない。
「巫山戯るな……ふざけるなッ!! そんな目で…私を見るなッ!!」
サラは掴んでいた拳を敢えて離す。途端に拳や平手の連撃が襲ってくる。後衛とは言え、ダイバーの力は一般人とは一線を画す。遠くで見ていた男達も、流石にこれ以上はと止めに入る姿勢を見せるが──
「止めるな!!」
大喝し、それを押し留める。両手をポケットにしまい、不敵に笑う。見る間に顔が腫れ上がっていくが、それでも辞めない。やがて、フロウの息が上がり、攻撃が止まる。
「フロウ。ほんな小娘1人倒せないようじゃ、アタひが言った通りね。はて、はくごはいいかひら?」
顔が腫れて言語が不自由になりつつあるサラが、片手をポケットから引き抜く。
「ひっと、アタひたちにはほれが必要らった」
万力の様な握力をもって、右手を握りしめる。ノースリーブの右手首から上腕まで、女子とは思えない程の筋肉が集まり、血管が浮き出る。
それを、フロウは他人事の様に見ていた。
「いいはげん、眼を覚まへ!!」
閃光の様なストレートがフロウを襲う。バコン!と音を立ててフロウは後方に吹っ飛ばされる。
サラは漸くやっちゃったか、と後悔の念を覚えたが、余り深く考えない性質であるため、それもいいかと考えなおす。言葉じゃ足りない。届かない。ならば拳で語る……エルを連れてこなくて良かった。絶対に反対されるだろうから。彼の気遣いは嬉しいが、今は必要無い。
まだ愚痴愚痴言うならもう少し付き合ってやろうか、と歩を進めたサラだったが、フロウは完全に伸びて、気絶していた。一筋の涙を流しながら。
その後、見ていた周りの人達が慌てて薬を持ってきて、応急処置を行った。薬師組合が来ていた為、薬の調合はあっという間だった。この辺は魔法の様に効く傷薬の宝庫だ。フリオの葉で冷やしながら、レクペラ草の塗り薬を塗る。それだけで1日もあれば完全に元通りになる。その代償として、2人の顔面はミイラの様に包帯塗れとなってしまったが。
サラは寝ているフロウを背負って【アーク】まで足を運ぶ。ここにフロウの寝泊まり用の荷物が有ると聞いたからだ。凡そ少女がやる行動とは思えず、サラは内心頭を抱えた。
【アーク】が設置されたのは、アラン平原のど真ん中である。平原の中央に簡易的な祠を見つけた。丸太小屋に近いサイズで屋根も付いている。その中にフロウの寝袋含む私物が散乱していた。
「これはまた……」
サラは言葉を失った。背に抱えるフロウはぐっすりと夢の世界へと旅立っていた。よほど張り詰めていたのだろう。そっと寝袋に寝かせ、サラはその近くに腰を下ろす。
「トイレとかどうしてるのかしら……」
一抹の不安を覚えながらも、彼女はフロウが何故ここに寝泊まりしていたかを朧げながら理解した。
──まるで光に包み込まれてるかのような。
【アーク】自体は土中にある。しかし、その強力な光は、この小屋を中心に広がっていた。フロウは浴びに来ていたのだ。この光を。サラは、微笑みながら友人の目覚めを待った。
◆
座り込んだサラが、ウトウトし始め、夜の帷が降り始める。その段になって、フロウは目を覚ます。いつの間にか〝拠点〟にいて。寝袋の中で寝ていた。顔は複数の包帯で覆われ、鬱陶しい。
思わず包帯を毟り取り、考える。私は、何をしていたか? と。
辺りを見回せば、幼馴染で腐れ縁のサラがいた。座り込んで船を漕いでいる。その包帯まみれの顔を見て、漸く思い出した。
コイツと派手に殴り合った事を。そして、一撃で伸された事を。皮肉にもそのおかげで気絶し、そのまま良質な睡眠が取れた。久しぶりに頭がクリアになっている。サラはそこまで考えて挑発したのだろうか──いや、絶対考えてないな。とりあえずムカついたから殴った。そんな所だろう。
「…………サラ」
槍を片手にうつらうつらして鼻提灯をしていたサラがハッと目覚める。
「ンッ! 起きたの。調子はどう?」
「……よく眠れたわ」
「そりゃよかった!」
ジト目で睨みつけるも、サラはニコニコしている。今のは皮肉だったのだが。
「顔色も随分マシね……食事でもする?」
ゴソゴソと収納袋を漁る友人。この友人の強引さは今に始まった事じゃない。ついでに言えばそれは私のだ。しかし、その底抜けの明るさは、この世界では貴重だ。なんだかんだ言ってエルとはいい夫婦だと思う。
「……サラ」
「ん〜?」
こちらを見もせずの生返事。からのいい笑顔でパンを差し出してくるこの友人を、私は憎めない。溜め息を一つ。
「ありがとね……そして悪かったわ」
「あぁ。いいのいいの。アタシだって酷いことしたし言った。それはゴメンね」
「ん……」
これでチャラね、とパンをモソモソ齧りながらサラは言う。それも私のパンなんだけど。……まぁいいか。彼女のおかげで私も少なからず救われた。サラの言う事は間違ってない。私も根を詰め過ぎてた自覚がある。心も相当弱ってしまっていたことを今更ながら自覚した。だからこそ、この友人には弱音を吐いてしまおう。
「私ね……さっきも言ったけど、ナギ君の事が頭から離れなくて」
「…………」
続きを、と促される。
「アイツに指摘された私の醜さ。自分可愛さに仲間を売ってしまった」
「…………」
「きっと彼は今頃死より辛い拷問を受けてる。それを考えると夜も眠れなくて」
「…………」
「だから強くならなくちゃって思った。いつか必ず彼を助ける為に。それがアレに立ち向かった
サラはじっと私の話を聞いてくれた。一方的な吐露。我ながら面倒くさい女だと思う。でも、止められない。
「何かしてないと不安で、潰れそうだった。貴女の言う通りよ。私はこの2週間逃げていただけ。自分の罪から。夜も眠れなかったけど、
「……さっきぶん殴っちゃった手前申し訳ないけど、それでも?」
「アレはいい気付けになったわ。目が覚めた。ありがとね。だから後は前を向く為の踏ん切りを探してる」
そっか、と言って友人はパンを齧りながら寝転ぶ。行儀が悪いが、その遠慮の無さが心地よい。私はあの時からずっと囚われていた。ただガムシャラにやっても意味ないのにね。あのままだったら遠からず倒れていただろう。そして心を壊したまま何も出来ずに逃げ続けていたに違いない。だから、この男女には感謝してる。エルの前だとお淑やかを演じていて、演じ切れてないこの友人に。
それから2人は無言でパンを齧る。夜、少し前まで暗黒領域のど真ん中だったこの場所で過ごす時間は、なんとも言えない背徳感を覚える。空には満天の星空が広がっていた。それを眺めながら、2人は静かな時を過ごす。
それから2人は協力して薪に火をつけた。お互い無言で焚き火の側にいる。パチパチという薪の音と風の音。それをどこか懐かしく感じるのは、受け継がれてきた人類の記憶によるものか。
やがてサラが思い出した様に言う。
「今日はアタシもここで泊まるから」
「いや、いいけど……寝袋は?」
「無いから入れて?」
「えぇ……」
結局、そのまま2人は同じ寝袋に入り、就寝する。子供の頃を思い出すね、と嬉しそうに言うサラに対して、文句が山のようにあったフロウもそれを霧散させる。30秒で就寝したサラの頭を撫でながら、フロウもいつの間にか寝入っていた。久しぶりにナギやガブリエラの夢を見なかった。
満天に広がる星々が、2人の姿を仄かに照らしていた。