ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
遅くなってすみません! 今日も3本は無理だった…。
マリアが〝光〟を見出してから(正確にはフロウだが、彼女はその功績をマリアに委ねた)、マドリーの街は急激に発展していった。それは、これまで停滞していたのが何だったのかと思うような発展の仕方だった。
まず、瘴気防衛のための【アーク】が、補充をすればずっとその効果を発揮し続けるということが大きい。それは、広範囲での領地の拡大を意味するだけでなく、さらに
逆に言えば、それほどまでに〝光〟の力は強かったのだ。それこそ、人類が待ち望んでいた【要素】だった。
そうなれば起きることは、開拓だ。急ピッチで解放された箇所の外壁を完成させると、次に待っていたのは本格的な居住区や工場、商業地区などの拡大であった。領主は積極的に開放地の開拓を進め、それぞれの組合も、果ては街の住民たちもこぞって新天地を作り替えていった。連日連夜、どのような街にするかの会議が開かれ、その意向に沿って領主直下の役員たちと組合長たちは指示を出すため、彼らは寝る間もないほどの忙しさとなった。そして、その指示を受けて動き出す役人や組合員たちもまた、過酷な労働に追われることとなった。特に大工組合と鍛治組合。しかし、それも誤差であるほどそれぞれが忙しかった。そのような全体的に過酷な労働を強いられていても、人々の顔はそれ以前とは比べ物にならないほど生き生きとしていた。過酷な労働の中に希望が見えたからだ。希望は人々を動かす原動力となる。少しでも良い未来を築いていくという使命感のもと、人々は明るい笑顔で働いていた。
役人たちは日ごとに変わっていく体制を整えることに必死だったり、薬師組合は相変わらずラリっているような雰囲気で薬草栽培を進めたりしていたし、霊開研は【アーク】の量産に忙しかったり、星占組合は先々の蝕や朔を正確に読み取ろうと必死だったり、「教会」は過労で倒れこむ人々の治療や炊き出しなどに連日追われていた。尚、マリアはいち早くそこから抜け出し、〝光〟発現の第一人者としての研究を優先していたため、新教会長からジト目で見られていたが、マリアはどこ吹く風だった。
ダイバー組合も当然それは例外ではなかった。ビトの号令のもと、彼らは広がった領地を徹底的に検分する事に追われ、【アーク】の設置後は、彼らも〝光〟の発現ができるように、【アーク】の下で検証を行ったり、熟練ダイバーは、並行して解放された地域の外へとさらに狩りに出たりと、フル活動であった。
そんな中で、引きこもっていたマリウスも、マリアに引きずり出されて強制的に〝光〟の発現の検証をやらされた。なんでも、彼の居住区にマリアがカチコミをかけたらしい。こんなクソ忙しい時に引きこもっている場合かとぶん殴られたらしいが、真相は謎である。しかし、それから彼はマリアとかなり本格的な模擬戦(喧嘩ともいう)を何度も行ったり、新たに弟子をとったり、久しぶりにダイブに出かけたりと精力的に動き出すようになった。
ダイバー達は以前の襲撃で落ち込んでいたものの、謎の
そうして、検証を進めた結果、1年もするころには多くのダイバーが弱いながらも〝光〟を発現した。ただし、得意属性によってその発現率が異なることも分かった。具体的には、
火=雷≒水≧無>風>氷≧土
といった具合である。これが何を意味するのかは、霊開研が必死こいて考えていたが、仮説としてイメージの差ではないか、ということに落ち着いた。特に土などの物質属性は、透き通る光のイメージが付きにくいのでは、という仮説である。逆に火や雷など、光源を発する属性は発現しやすいようだ。無属性は現状でマリウス他数名しかいないが、むしろ火よりも発現しやすかった。それなのにこの順位というのは、マリウスが意外にも足を引っ張ったからだ。彼は長いこと無属性で通してきたため、光があって当然とするイメージが苦手だったようだ。
ともあれ、それでも発現できた者もいるため、何とも言えないのが現状である。霊開研はサンプルをもっと欲しいと強請り、ダイバー達もそれに応えようと協力を惜しまず取り組んだ。
そういった彼らの努力と、マリア主導の検証により、〝光〟というものの特性が少しずつ明らかになっていった。〝光〟は単純な物質変化とは異なり、別系統の変化であるということが分かった。なぜならば、それぞれの属性と〝光〟は組み合わせることができたからだ。例えば水と光や火と光など、それぞれの属性に光を付与できる。これが何を意味するかは霊開研の研究が待たれるが、恐らく精神の力である霊力とは別に、人間の魂から発する力であるのではというマリアの仮説が主流となった。
その〝光〟は、基本的には単体で魔物に超特効という恐ろしく有用な効果に加え、浄化の力もそれまでの霊力とは比べ物にならないほどの効力を発揮した。また、光を付与した属性攻撃などはそれこそ魔物への対処を格段に向上させたし、〝光〟を発現したダイバーは浸食を防ぐ力が格段に向上した。
これにより、より安全にダイブすることが可能になり、ダイバーたちはこぞって近隣の暗黒領域に入り、多くの遺物を持ち込むことが可能になった。
ともかく、そのような経緯を経て彼らの街は社会的にも、経済的にも高度な成長を遂げようとしていた。
◇
【SIDE:フロウ】
「マリア…お茶が入ったわ」
「ありがとう。いただくわ」
午後の昼下がり。アフタヌーンティーを楽しむ2人。彼女達は午前中に激しい訓練を経てここにいる。光が発現してからというもの、兎に角目の回るほどの忙しさであった彼女達は、漸くまとまった時間を休息に充てていた。
「マリア、午後は《属性同調》の訓練ね」
「はいはい。お望み通りに」
「もう! そんなに気を抜いて大丈夫かしら」
「……
「うっ…それは」
「安心なさい。やるからには徹底的にやりますからね。貴女の
「あぁ…そうだったわ。どちらにせよやる事はまだまだ多いか」
「その通り。だからこそ、ゆっくりする時間も必要なのですよ」
マリアは安楽椅子に優雅に腰掛け、ティーカップの紅茶に口をつける。ゆったりとしたシスター服に銀色のロングヘアーが靡くその姿は、それだけでも1枚の絵画になりそうだ。これが一度戦闘になれば、鬼より恐ろしい処刑者なとなるのだが、それは体験した者でなければ信じないだろう。
フロウは対面に座り、静かに紅茶を飲む。2人の間にしばしの静寂が訪れた。
その静寂を破ったのは、フロウだった。
「マリア……貴女は何故、それ程の力を持ちながら引退したの? 答えたくないならいいんだけど、よかったら教えてくれない?」
その質問に、マリアは少し驚いたように顔を上げ、テーブルにティーカップを置いてフロウに向き直る。
「……珍しいですね。何故今更そんな事を?」
「いえ、何となく…いや、割と気になって…」
「ふむ……まぁいいでしょう。答えてもいいけれど、貴女の事も教えなさい。それで対等よ」
「それは勿論」
「よろしい。そうね、何から話そうかしら──」
それからマリアは、フロウに自らの過去を語って聞かせた。劣悪な孤児院環境と、それを打破した事件。ダイバーを目指した事。そして【
しかし、師が失踪し、それから10年程君臨したが、結局は辞めて権力を求めた事──
「──
マリアの夢。それはフロウにも突き刺さった。なんという壮大な夢だろうか。そして、孤児院の状態を良くしてくれていたマリアには内心感謝した。自分だったらそんなに立ち回れなかっただろうから。今でも孤児院は一部の女子が娼館に流れるが、それでも随分とマシになった方だろう。
ともあれ、マリアがナギや光にこだわる理由が漸く理解出来た。要するに、彼は希望なのだ。この薄暗い、絶望の世界に光を齎す者としての。
それが失われてしまった衝撃は計り知れないが、それでも彼女は諦めなかった。その結果、ここに来て事態は動き出した。
「……なるほど。少し理解が進んだわ。貴女の事」
「それは良かった。では貴女の番です」
「大して面白くないと思うけど」
「それは人それぞれ。
「……分かった。じゃあ……孤児院の事から話そうかな」
フロウは語り出す。自分の生きた証を。
──親を失い、孤独に生きてきた。特に目標もなく、さりとて娼婦にはなりたくない。幸いにもダイバーの適性があり、稼げると知っていたから幼馴染達とダイバーを目指した。そうでなければ鍛冶屋を目指しただろう。それぐらい消極的な理由だったのだ。
そんな時に、〝彼〟に会った。その時はそう思わなかったが、今思えばその時点で惹かれていたのだろう。寂しげなのに底抜けに明るい、陽気なのに影を背負っている、そんな少年に。
だから彼に話しかけた。周りの人々は彼を避けたが、自分には関係ない。自分は変わり者だという自覚はある。だからこそ、一緒にいて楽しい相手は大事にしたい。
実際、彼は面白い話をいくつもいくつも知っていて、惜しみなく話してくれたし、退屈させないように努力してくれた。自分はそれが嬉しかったのだと今更ながらに思う。
バラスの悲劇によって、彼とは一旦離れる事になった。だが、思わぬ形で再会した。
その頃は、ダイバーに成り立てで、最初は泣かず飛ばすでギリギリの生活だった。だが、自分には才能があった。それこそ、見ただけで霊力の使い方を習得するほどの能力が。霊力の量はともかく、扱いに関してはフロウは天才的であった。だが、それは誰にも語らず隠していた。幼馴染にすらバレたら良くないと漠然と思っていたからこそだ。フロウは出る杭は打たれるという事を良く理解していた。だからこそ、もしそのまま幼馴染達とも上手くいかなかったらフロウはダイバーを辞める事すら考えていた。平穏に、幸せに生きる。それが彼女の漠然とした夢だったから。
そこに〝彼〟が来た。彼と一緒に依頼をこなし、彼と一緒に強くなり、一緒に切磋琢磨する。時には彼と買い物と称するデートをして、何でもない話を楽しむ。今思えばその一瞬一瞬は宝物だった。
──あの時、パーティーごと魔人にやられてもうダメかと思った時も、彼はそれを跳ね除けた。
それからだ。〝彼〟を更に意識するようになったのは。
「──後は知っての通りよ。彼を失って初めて分かった。私はあの人が好きだった。あの人といる時が1番幸せだった。……今まで他のどんな男にも興味は無かったんだけどね。彼だけは特別だったわ。だからこそ、取り戻したい。どんなに辛くとも…!」
語り終え、静かに決意を滾らせるフロウを見ながら、マリアは静かに、しかし真剣に聞いていた。フロウがその口を閉じて、カップの紅茶で喉を潤した時に、マリアは口を開いた。
「なるほどなるほど……よく分かりましたわ。貴女と使徒様の関係が」
「使徒様って……前々から言いたかったけど、ナギくんの事だよね? 普通に呼べば?」
「そうはいかない。あの方は現世に降臨された〝救世主〟であり〝神の使徒〟。少なくとも彼のおかげで
「えぇ……まぁ、いいけど……。とりあえず私の話はこれでいい?」
若干うんざりしながら椅子にもたれ掛かり、マリアに終了を告げるフロウだったが、マリアはニコニコとした笑みを崩さない。それどころか奇妙な事を言いだした。
「いいですよ。
「……今の話に何の収穫が?」
「1つは、コルテスの事」
「! アレがどうしたと?」
「貴女、その時はあまり良く見てなかったのですよね?」
「えぇ。私はその時気絶してたけど、あの中層級の領域が完全に浄化された。本人も自分がそれを成したと認めていたわ」
「それが真であれば、まだまだこの力には発展性があるということです。それが収穫の1つ……話は変わりますが、
「……それが何か?」
「
「……どんな?」
「この力は、人間から発せられたもの。しかし、考えれば考えるほど、瘴気とは
「………!? まさか…」
「ふふ……やはり貴女は優秀ですね。そもそも瘴気とは何なのか
「もしかして……瘴気とは……!」
「そう、貴女の考える通り〝闇〟の霊力、ということになるのでしょう」
「!! そんな……それは……」
「深淵に潜む者、その正体とは何か。漸く長年の疑問が解消されようとしています。そして使徒様、いえ、ナギ君はその秘密を握る重要な人物だった。失われてしまいましたが。彼については、何とか脱出してくれることを祈るほかありません。ですが、彼もまだ辛うじて無事であることでしょう」
「なぜ?」
「
「そう…そっか……」
そこに関してだけは希望的観測だ。だが、蓋を開けて見るまでどんな状態なのか分からない。正にシュレディンガーの猫状態だ。悪魔の証明とも言うが。ならば良い方に考えた方が精神衛生上よい。現実はどんなに過酷であっても。マリアは本気でそう思っているだろうが、フロウもそこだけはマリアを見習ってみようと考えた。
「ただそれには懸念もあり。我々も彼の恩寵を受けて、彼の光を引き継ぎました。恐らく魔人と化したコルテスもそのことに気づいているでしょう。彼以上の魔王が相手では、使徒様は確保できない。であれば、彼は動き出します。我々を浚い、確保して研究するために」
「……どうするの?」
「決まっています。コルテスは滅ぼすべきです。彼は元から狂ってはいましたが、この期に及んで最早放置は出来ない。それに今までの行動を見るに、我々の躍進を黙って見ているはずがない。必ず妨害してくるはずです」
ここにきてマリアはとんでもない事を言い出した。相手はマリアの師匠にして、伝説に等しい元
「でも……公爵級だよ?」
「安心なさい。魔人とは、闇の霊力に浸食され、その意識と肉体を作り替えられた存在。もし、〝光〟が同じ特性を持つのであれば、それを受け継いだ我々は?」
「光の魔人……と?」
「魔人、とつけるとややこしくなりますね。ではこうしましょう。〝光〟の使者、と。我々こそが魔人と対を成す存在であると言えましょう」
「〝光〟の使者……でも、方法は?」
「これから考えますが…彼の視点で考えれば、方法は限られる。そうね……彼が人為的に【
「いままでは何もなかったけど?」
「ダメージを引きずったか、それとも様子を見ていたか…この近辺での瘴気が激減したせいで【
「私と貴女で?」
「不満かしら?」
「できるの?」
「ふふ……確かに可能性は低い。けれども、
「?? ……意味が分からないわ。説明を」
「貴女はね、使徒様と幼い頃から強く縁を結んでいた。そんな貴女を使徒様も憎からず想っていたのでしょう? だからこそ、1番に〝光〟を覚醒し、今
それはフロウにとっては驚くべき発言だった。運命が? 自分に? 混乱するフロウをよそに、マリアは少し危ない目をしながら続ける。
「使徒様は
それはマリアにとっての悲願。このどうしようもない世界を変える為の一歩。不可能と思われる公爵級魔人の討伐作戦を、マリアは絶対に必要であると捉えていた。その瞳は若干の狂気が見え隠れし、それ程の執念を感じさせた。フロウはそれに圧倒されながらも、辛うじてマリアにそれについて問う。
「……時期は?」
「次の〝蝕〟が1番有力ですね。ここなら勝ち目も高い。そうじゃなかったら、彼の本拠地に赴くしかないでしょう」
「……そう。ならばまだ猶予はあるね」
「ええ。だから精進しなさい。せめて
その発言にげんなりするフロウだったが、彼女の最大の目的としては〝彼〟を取り戻す〝力〟を得る事だ。マリアの無茶苦茶な訓練や狂気の討伐作戦も、翻っては自分の力となる。そう信じて、彼女は自らに喝を入れた。
「分かったわ。ならばお望み通りやりましょう。エルとサラも精進しているようだし、負けてられないわ」
「ふふ……その意気ですよ。
ティーカップを置き、2人は立ち上がる。そして再び訓練へと向かう。彼女達はそれぞれの希望を抱いてこれからも過酷な訓練を行っていくのだ。
「ふふ…