ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
「さーて、とりあえずここのクソ野郎が帰ってくるまで待ちますか!」
『…………』
最近まで突っ込みを入れてきたラブやんが、珍しく黙っている。なんだろ。さっきのことを根に持ってんのかな? 思春期かな?
んなもん気にしなくていいっつーのに。真面目なやっちゃなぁ。
「おい、ラブやん、お前全ての言語インストールしてるって言ってたな。つか、基本言語が日本語だよな。つまり日本って知ってるって事か?」
『…………』
「おい! ラブやん! 聞いてっか!!」
『…ん? あぁ、何ですか。日本語? えぇ、それがどうしました?』
「いやだから、お前、日本って知ってる? あと、俺が奴等に喋ってた言語は?」
『回答、日本は知ってます。あと、マスターが先程魔人に喋っていた言語はスペイン語です。どちらも滅びましたが』
「」
ん? なんか思考が止まっちまったぞ? なんで? コイツ、今何て言った? 頭の中をスルーしちまった……
…………!?
「ハァ!!? おま……んな衝撃的なことはもっと早く言えよ!!」
『……? ご存じかと。それに聞かれませんでしたし』
「」
【朗報】日本、存在してた。【悲報】日本、滅んでた。え、何その衝撃的な事実。嘘だろオイ!! 嘘だと言ってくれよ…。俺は頭痛がしそうな頭を支えながら続きを聞く事にした。
「えーっと…ライトブリンガー君? もうちょっとその、滅びた、って辺りの事を詳しく」
『了承。私の情報は基本〝工場〟によるデータです。その点を踏まえて聞いてください。時間の区切りがハッキリしませんが、100年単位での過去に、世界は様々な国に別れつつも人類が繁栄を誇っていたようです。しかし、あるときを境に大西洋の中心に墜ちた未知のエネルギーを発する小さな物体によって、絶大な損害を被りました。その物体は【原点】と呼称されています。それが墜ちた後に、一体何が起きたかは不明です。ですが、少なくともあなた方の言う瘴気がそこから広がり、全世界を覆ったとされています。そこからは人類にとっては地獄だったのではないでしょうか。データによれば、億単位の人々が死に、同じぐらいの人間や動植物が汚染され、同胞を襲う。あ、ちなみに〝工場〟は早い段階で汚染された過程で生まています。【原点】に近かった為に進化を重ねて深淵生物まで至ったようですね。ともあれ、そうして繁栄した世界は瘴気に覆われ、人口は10000分の1まで減少したそうです。これを、【大破壊】と当時の人類が呼称しています。当然ですが、小国は滅びました。というより、最早国という括りがなくなってしまったという方が正しいでしょう。ですが、しぶとく生き延びた人類は、霊力というエネルギーを生み出して対抗しはじめました。それで多少は盛り返したようですが、【原点】から起こるエネルギーは時を経るごとに強さを増し続け、中心地辺りは極限の濃さになって時空間が歪み、無汚染地帯に生き残っている人類は再び追い詰められているのが現状だそうです。結果、人類や、辛うじて汚染を免れたエネルギースポットも飲み込まれて滅びるだろうという試算を、〝工場〟は30年以内に設定しています』
…………おいおいおいおい! どーいうこった!? マジで頭が混乱してるんだが? 何? 事実なら文明滅びてんじゃん! てか、跡形もねーよ! いや、慌てるのはまだ早い。たまたま名前が被っただけかもしれん。
「………OK、分かった。分かんねぇけど分かった。とりあえず、念の為に、他の言語の種類もいくつか言ってみ?」
『はい。スペイン語、ロシア語、日本語、英語、ドイツ語、フランス語…あ、この言語はさっきの魔人が使ってたものですね』
「…………」
『……どうしました? マスター』
「……はっ! いや、あまりの情報に目眩がしただけだ………ん? あの魔人達はフランス語って言ったよな?」
『肯定』
「俺の言語は?」
『スペイン語、及び日本語です。尚、〝工場〟の基本言語設定は日本語でした。今思えば、何故この言語かは謎ですね。地理もほとんど違うはずなのに』
……本当に目眩するわ。何だコレ? 俺が異世界だと思ってた世界は、まさかの前世と同じ世界!? いや、ちょっと何言ってるかわかんないっすね…。だって、こんなアホみたいな激詰み世界が前と同じって……ティエラって、地球って意味だったの…? えぇ……。固有名詞かと思ってた……。
『マスター。元から悪い顔色が更に悪いですよ? 本当に大丈夫ですか?』
「うるせーよ…突っ込みする元気もねーぐらいビックリしてんだよ……。ついでに聞くけど、スペインにマドリーって都市、ある?」
『否定。マドリーという都市は過去から現在を検査しても存在していません。データ上では、近似した都市名に、マドリードという大都市がありますが』
「………ッ! それだーーーーッ!!!!」
『急に大声を出すのはやめてください。それがどうしたんです?』
「目的地だよ! 俺達の!」
『おぉ、なるほど。で、それが分かったら何なんです?』
「いや、お前、コイツ等フランス語って言ったろ? つまりココはフランスって可能性が高いんだよ! つーことはだ! 場所にもよるが、かなり近いんだよ! 何せ隣国だからな!」
『マスター…お忘れですか? 瘴気がここまでの濃度ですと、時空間も狂うんですって』
「………」
『うわ。うちのマスター、テンション乱降下しすぎ…』
こいつ…楽しんでねぇか?
「……お前さぁ、楽しんでない?」
『否定。大事なパートナーにそんな事するわけないじゃないですか。それで、どうします?』
「いや……まぁ、確かにそれが分かったからって何も変わらんな…予定通り、マドリーを目指すだけだ」
そう。いささか衝撃的過ぎたが、結局はやる事は変わらないのだ。だが、ここが地球と分かった以上、考える事も多い。少なくとも、人類を滅ぼさせない。その為には、一度態勢を立て直す。そして──
再び、深淵の先へ。
◆
さーて、ここが玉座っと。うん、まぁ予想はついたよ。こんだけ趣味の悪い奴だし。だけど、言わせてもらいたい。クソ趣味悪い。
目の前には、玉座がある。材料は魔人。ちょっと何言ってるか分からないかもしれないが、俺も意味が分からない。クソデカい椅子の形に何人もの裸の女魔人が固められ、呻き声を発している。大部分が欠損して、再生も出来ないようにされてるらしい。広い謁見場の脇には、骨でできたパイプオルガン? みたいなのがある。アレ、何人分使ってんだろーね……。
と思ったら、鳴り出した! 若干ビビった。思わず隕石弾放っちゃったじゃん! よく見りゃ魔物化してら。露出した内臓っぽいのが俺目掛けて襲ってきたが、それらを掻い潜り、核を破壊した。もうマジでやめろやこういうの…。死体で遊ぶとか蛮族の思考なんだよなぁ。
その後、俺はとりあえず、椅子の女達の核を潰して焼却した。慰めにもならんが、これ以上苦しむ事もあるまい。その部屋を探索すれば、目立つところに帰還石が置いてある。なるほど、こいつらも使うのね。と、言う事は、どっかに大量に保管してある可能性が高い。ボス魔人が帰って来たら聞いてみるか? まぁ、先ずはこのクソキモい部屋を浄化して掃除しよ。その後結界作るか。作業中に帰って来たら困るけど、何とかなるだろ。
コイツは少なくとも、絶対に生かしちゃおけない類の奴だからな。必ず滅ぼしてやる。
◆
グレゴワール=ミッテランは、自らの生に倦んでいた。建国250年の節目を迎える自らの領地で、ひたすら弱きものを支配し、虐げるという言葉すら生温い暴虐の限りを尽くし、そこから生まれる憎悪を糧にこれまで散々楽しんできた。時には生き残りの人類の街を、
しかし、最近では生き残った街も少なく、連れ帰れる捕虜も減った。つい100年前迄は、領土に逆襲撃をかけられて、激しい戦闘を行った事もあったが、今はそれもとんとない。つまらない世になったものだ。
昔は良かった。100人単位の女を並べて争わせ、最も悪辣な勝ち方をした女を下僕にし、後は壁装飾にしたり、一番情熱的な奉仕をした者を召し上げて、後は蟲の苗床にしたりと、やりたい放題ができた。
無論、男や不細工などは最初から選択肢は無い。苛烈な拷問の果てに、使える者だけ、僅かに残した。この場合の使い方と言えば、見目麗しい女な恋人や夫、息子だった場合限定だ。目の前で激しい拷問をしながら犯す時の憤怒や絶望を楽しんだ。中には、余りの怒りに憤死する者もいて爆笑したものだ。無論、女も同様に激しい感情を表したが、それはむしろスパイスになった。
そのパターンで言えば、今のコレクションの中にいる、最年少の女は良かった。まだ初々しい恋人の前で、激しく処女を散らされ、その恋人は気が狂って魔物化した為に物理的に潰した。それでも尚、その少女は自分に媚び、尽くし、その後喜んで此方側の愉悦を楽しんだ。しばらくは楽しめそうな逸材であり、簡単に壊すつもりは今のところない。
思えば、「大破壊」以前も国の影に隠れてフィクサーとして好き勝手にやっていた。金と女は自由自在に動かせた。だが、魔人になってこれ程好き勝手に出来るとは思わなかった。力は全てだ。力さえ有れば、どんな事も許される。
やはり、自分は神に選ばれた存在だったのだ。優等種だったのだ。だからこそ、常に虐げる側で居られるのだ。
あの時の【原点】には感謝したい。今では、厳選に厳選を重ねた5人の女と毎晩褥を共にし、気が向いたら装飾や椅子から魔人を引き抜いて虐め、飽きたら殺すか元に戻す日々を送っている。壁から出された者達は、どいつもこいつも面白い反応を返すし、憎悪によって力が急激に高まっている為に下剋上を狙ってくるが、それを完膚なきまでに潰された時の絶望した顔がたまらない。あぁ、最高だ……。
だが……それでも尚、刺激が足りない。もっと新鮮な反応が見たい。壁装飾どもを大量に出して、全滅戦争させてもまるで満ち足りない。
やはり人間だ。人間はいい。熟練の戦士が、みっともなく泣き喚き、失禁や脱糞しながら赦しを乞う姿にたまらない愉悦を感じる。僅かな希望が絶望に染まる表情は絶頂を覚える。人間とは新雪だ。瘴気に染まらず、犯された事のない者が犯される様はある種の芸術だ。だからこそ人間が欲しいのに、供給が足りなくなっている。こちらから出向こうにも、浅い層には行けそうもない。愉悦の為には多少は我慢するが、深層の時点で息苦しくなる。歯痒いものだ。蝕や朔も年単位で待つ必要があるし、規模によっては街にすら近寄れない。
仕方なく、人間共から情報を集めている。大抵の者は、少し拷問にかけただけでペラペラと口が回る。全く下等生物はこれだから玩具に相応しいのだ。
そんな中で、気になる情報が入っていた。
3年前の蝕で攫ってきた街の人間達から得た情報だ。街はその気になればすぐにでも落とせるが、こういう楽しみがある為、わざわざ滅ぼさずに人を攫うだけにしている。それを聞いた時、その我慢が実ったとほくそ笑んだ。
それは、とある天才の話。
その少女は、領主の娘である。上流の女は見目麗しい傾向にあるが、その娘は、幼いにも関わらず、絶世の美少女であったという。更に、年齢に見合わず聡明であり、また、好奇心旺盛だという。
その時点で、相当な逸材だろうが、まだある。なんと、その少女は自然と霊力を発現させたらしい。しかも、その量たるや凄まじく、ベテランを凌駕する程だったとか。また、属性も特殊らしいが、流石にそこは秘匿されていた。
くっくっくっ……なんという事か! その娘は、自分に凌辱される為に産まれてきたようなものではないか! 頭のいい女は良い。その反応が格段に違う。徹底的に痛めつけて、尊厳すら犯し尽くし、魔人化させて永遠に愉しみたい。長い年月で虐め尽くし、折れたら妾にしてやってもいい。ふふ……今から愉しい想像が止まらないな。
あまりに愉しみで、
さぁ、いよいよ祭が始まる! 待っておれよ、未来の下僕よ。名を何と言ったか……そうそう、ミシェル=ユベールと言ったか。まぁ名前などどうでもいいがな。どうせ番号で管理するだけだから。貴様が
◇
【SIDE:セドリック=ユベール】
その日、もう数える程しか無い人類の都市パリスでは、3年ぶりの【
かつては200万人程の人口を誇った大都市は、今や8万人程に減少しており、それでも尚、細々と、しぶとく命脈を繋いでいた。
それより北の街は全て壊滅しており、ここが堕ちれば最早この国の人間は滅びの一途を辿る。しかし、20年前からタチの悪い魔人に目をつけられて、襲撃も激化していった結果、陥落するのも時間の問題となっていた。
領主である、セドリック=ユベールは苦悩しながらも、何とか都市を守ろうと奮闘していた。しかし、ダイバーは減少し、苦しい状況が続いていく中で彼の心労は増大していった。
そんな彼にとっては、一人娘のミシェルだけが唯一の希望だった。幼い頃から天才的に頭が良く、2歳で言語を解し、3歳で基本的な学問を習得し、5歳では街の運営を手伝える程になった。更には、彼女は自然と霊力を発現させ、しかも火と土と水の3属性という、世にも珍しい属性であった。彼が大切な娘を暗黒領域に連れ出すわけが無いので、間違いなく自然発生したのだ。その噂は街全体に広がり、慌てて情報を秘匿した。
ミシェルは、聡明だが好奇心も強く、常々暗黒領域を見たいと言っていたが、彼は頑なに拒否した。大事な娘に何かあった場合、彼は耐え切れる自信が無かった。ミシェルもそれを理解していた為、強引に主張する事はなかった。
彼女の母も聡明で美しい女だったが、ミシェルはそれを引き継ぐどころか、遥かに上回る美貌も持ち合わせていた。残念ながら、その母親は9年前の蝕の襲撃で行方不明になってしまい、生存が絶望視された為、セドリックにとっては、遺された娘だけが自らの拠り所だったのだ。
いずれは自分の跡を継いで、領主としてこの街を発展させてくれる。そういう希望が彼を絶望から奮い立たせていた。
しかし、現実はいつでも厳しい。
かつてない深層級の襲撃に、ダイバー達は無残な最期を遂げ、城門は突破され、今度こそ街が壊滅するという手前まで追い詰められた。
そんな時、彼の前に悪魔が現れた。
「貴様の娘を余の元へ寄越すならば、襲撃をやめてやってもいい」
そいつは、醜悪な外見をしていた。辛うじて人間の姿ではあったが、醜く肥え太り、この世の者とも思えぬ程に醜い顔をしていた。いつの間にか警護達をすり抜けて司令室の中にいる自分の前に立った悪魔は、グレゴワール=ミッテランと名乗った。慌てて駆け付けた兵士を触れもせずにミンチにしたその力から、公爵級と推定された。恐らく、20年前から付け狙ってきたのはコイツだと、セドリックは確信した。娘の存在を知っているという事は、前から攫われた住人に聞いた為だろう。
娘は希望だ。光だ。街にとっても、そして何より自分にとっても。
しかし、状況が許さない。街ごと滅びるか、最愛を失うかの2択なのだ。そしてこの汚物が約束を守るとは到底思えない。
完全に詰んでしまった。
その苦悩をみて、ニチャニチャと気持ち悪い笑みを浮かべる汚物。こんな奴に生殺与奪を握らせてしまった現状が、たまらなく悔しい。しかし、そこに娘が従者を伴い駆けつけた。
──駆けつけて、しまった。
「貴方が、この襲撃の主ね?」
娘を見て、汚物は満面の笑みを更に歪ませる。最早、何を考えているか手に取るように分かってしまう。
「お前が噂の娘か。余の元へ来い。さすればこの襲撃を止めてやろう」
「貴方の元へ行くのは構いません。しかし、いくつか条件があります。まずは魔物達を止めてもらえる?」
「貴様……下等生物が調子に乗るなよ…?」
凄まじい憤怒と共に莫大な瘴気が溢れ出す。それを受けながらも、ミシェルは平然と対峙し、交渉を続けた。
「あら、そう? 私が欲しいんでしょ? ならば今すぐ死ぬわ。私は幾つか即座に死ねる方法を用意してる。それでいいのね?」
「……ほぅ……嘘ではないようだ。良かろう」
次の瞬間、慌てて別の部下が「魔物が引き始めました!」と、飛び込んできて、司令室の異様な状況に固まった。
「止めたぞ。さぁ行くぞ」
「待って。私が去ってから再びけしかけられては意味ないわ。後10分で蝕は終わる。それまでに、別れの挨拶をさせてくれないかしら」
「ふむ……まぁ良かろう。今日は気分が良い。余の前で精々感動的な別れをしたまえ」
呆然と座っている私の元へ、ミシェルが近寄ってきた。こんなにも酷いことがあるだろうか。私の拠り所は、今永遠に失われようとしている。だが、心の片隅で、これで街が助かるという領主の思考もあり、そんな自分に反吐が出そうになる。そして、ミシェルの覚悟が私にも痛いほど伝わってくる。この娘は…自らを犠牲にしてでも街を救おうとしているのだ。犠牲を最小限にして。
「お父様、これでお別れです」
「ミシェル……すまない…すまない…」
「お父様……今までありがとう。私は幸せでした」
「…………」
ミシェルは私に更に顔を近づけてきた。
「お父様……絶対に死なないで。この街にはまだお父様が必要です。私の犠牲を無駄にしないでくださいね」
「それは…呪いか?」
思わず、酷い言葉が出てしまった。しかし、ミシェルはそれをわかっているかの様に、諭すように答えた。
「違うわ、バカね。私がお父様に生きてて欲しいのよ」
ミシェルは、そこで柔らかな笑みを浮かべた。彼女は、この期に及んでさえ、私を労わっているのだ。これではまるで私の方が子供みたいではないか……本当に聡明な、自慢の娘だ…。私も覚悟を決めよう。だが、今だけは……。
私は最愛の娘を抱きしめた。それから時間が来るまで、ずっと抱きしめた。別れを惜しむように。本当はずっと手元に置いておきたかった。ミシェルの花嫁姿を見たかった。そうして、新郎に苛つきながらも祝福してあげたかった──
「ミシェル……すまなかった。……愛している」
「……私もよ。お父様」
「10分だ。行くぞ」
「ま、待ってください! 僕も…僕も世話係として連れていって!」
「!? アンリ! 何言ってるの!?」
そう叫んだのは、ミシェルの従者、鍛冶組合の息子のアンリ=ルフェーブルだ。娘の2つ年下で、幼馴染として育っていた。……ミシェルの婚約者候補だ。気持ちは分かる。変われるなら私が変わりたいから。だが、駄目なのだ。それを選んでは。しかし、私にはもう、彼を止める様な気力が無かった。
「駄目……いや、良いだろう。貴様も来るといい」
「ダメ! やめて! アンリ! 親方が悲しむわよ!!」
「お嬢様、僕はお嬢様だけを行かせられません。どうか」
魔人はアンリを見て何か思いついたらしく、イヤらしい笑みを浮かべた。どうせ碌な事ではないだろう。……これで、貴重な人材が2人も失われた。私はどの面を下げてこれから生きていけばよいのだ?
「良いではないか。ごちゃごちゃうるさくするならばこの場で殺しても良いのだぞ?」
「………ちっ。分かったわ。ならば約束して。
「ふむ……まぁお前次第だが…考えといてやろう。さぁ、この手をとれ」
「言ったわね。今はそれでいいわ。必ず守ってもらうからね」
そうして、魔人と2人は消えていった。酷い喪失感と悲しみと絶望を遺して──
◇
【SIDE:ミシェル=ユベール】
私は何でも出来た。勉強も、スポーツも、帝王学も。同年代よりも、大人よりも。だからこそ、私はダイバーになりたかった。しかし、それは叶わなかった。お父様が止めたからだ。それは仕方ないとは思っている。しかし、興味はあった為色々と模索していたら、いつの間にか霊力が発現していた。霊力は楽しい。色んな事が出来る。更に鍛えれば鍛える程に強くなる。私は調子に乗って沢山の事を試した。今思えば、それは完全なミスだった。もっと秘匿すべきだったのだ。
何故なら、この街を襲撃する魔人が攫う人間は、優秀な見目麗しい女が中心だったから。そこから推定するに、主犯は高位の男魔人。そして下衆だ。お母様も恐らくコイツに攫われたのだろう。
だが、誤算は更にあった。それは、この下衆魔人がいつでもこの街を滅ぼせる程に力を持っているという事だ。いや、正確には、蝕などの時に、だ。この襲撃で1000人単位死んだ。それでも、全力じゃない事は否応なく分かってしまった。
コイツは、いつでも滅ぼす事が出来た。それをやってないという事は、コイツにとっての遊びを長く楽しみたいのだ。つまり、街はコイツの玩具生産所だ。それを潰すなど、金の卵を産む鶏を絞める愚行だ。
そして、下衆は愉悦の為なら残虐な本能を我慢できる。ならば、私が出来るだけコイツを楽しませてやればよい。出来れば、永遠に。
恐らく、想像を絶する拷問を受けるだろう。尊厳すら凌辱される程に激しい責苦が待っている。それでも、耐え抜かねばならない。それが、領主の家系に産まれてきた者の努めであるから。
こんな事なら、いっその事、誰かに抱かれておけば良かった。アンリはそのつもりがあったらしい。それは最近精通して気色悪い目を向けてくる事からも分かった。私は彼にそこまで興味を持てなかったからスルーしていたのだが、この下衆に捧げてしまう事になってしまった事を思えば可哀想な事をした。流石にアンリの方が200倍以上はマシだろうから。
本当に、わざわざ地獄まで付き合わなくともよいのに、一緒に来ると言い出したのには心底ガッカリした。折角私だけで収めようとした意味が台無しだ。下衆魔人はアンリも利用して楽しむつもりだろう。それが丸わかりでげんなりする。ハッキリ言って、邪魔だ。
……あ〜あ。素敵な王子様とまでは言わないが、いい男と恋愛ごっこしたかったな…。現実は、品性下劣な醜い魔人のエサとは、あまりにも酷い。それでも、街が少しでも長らえるなら私が頑張る意味がある。
それにどうせ私より優秀な男なんて居なかったから、恋愛なんて望めなかっただろうし。そんな私の傲慢さが今回の件を招いたかと思うと、自業自得でもあるかな?
でも、この件がなくても、領主を継いで、四苦八苦しながら滅びに向かう街を頭を抱えながら生きていかねばならないのだ。政略結婚で適当な有力者、この場合はアンリか。それをあてがわれ、愛も知らぬまま滅びゆく街の歯車となるのだ。そう考えると、暗澹たる気持ちにはなった。どちらがマシかと言えばそちらの方が圧倒的にマシだが、結局は五十歩百歩かもしれない。
──あぁ、人類はもう詰んでるんだね。だけど私は、少しでも抗いたい。
恐怖はある。痛いのは嫌だ。辛いのも嫌だ。でも、頑張ってみせる。少なくとも、この下衆の遊びで街を滅ぼさせないように。望まれるならば、いかなるプライドも捨ててやろう。自分を騙してでも媚びて、媚び尽くして誘導しよう。そしていつか、この下衆を殺して乗っ取ってやる。それまでは思考にすら出さない様に、慎重にやらなければ。私が産まれた意味。こんな下衆に好き勝手に弄ばれるだけではないという事を、必ず証明してみせよう。
──でも……もしも願いが叶うなら、誰か助けて欲しい。私をこの絶望的な状況から連れ出して欲しい。それが叶わない夢なのはよく分かっている。それでも……私は、救われたい。これは、私の慰め。私の肉体が苦痛に苛まれても、精神だけは自由でいたい。下衆魔人はそれも犯そうとするだろうけど、それだけは譲りたくない。そこだけは、絶対に──