ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
あれからしばらくポンポンしたら、ミシェルは涙を拭って自分の足で立った……強い娘だ。その眼を見れば、決意を固めたかのような意志が見てとれた。
「お母様とポレットの……遺品はありますか?」
「あぁ。身に付けていた鎧と武器だ。浄化はしてある…これだ」
「これが……アンリ!」
「は、ハイ!」
「私と共にこの鎧を打ち直しなさい。下衆が下賜したなどという意匠は全て潰し、新しく、しっかりとした遺品となるように。将来、私が身に付けます」
「はっ!!」
……良かった。完全に立ち直ってくれたようだ。それにしても、この年齢で既に為政者の風格が滲み出てる。改めて、凄い女傑だな。
「ナギくん」
「ん?」
「お願いがあります。私たちの手助けをしてくださいませんか? お母様の遺品を最高の物に生まれ変わらせたいのです」
「あぁ、それは喜んで」
「先ずは葬送を全て終えてから…少し時間を取れますか?」
「もちろん、俺は構わないよ。ただ、鍛冶冶金についてはとんと疎いから、アドバイスと材料提供ぐらいしか出来ないけど、それでいいなら」
「十分です……ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ行こうか。葬送をしに」
そうして、俺たちは中庭を抜けて、城壁エリアまで向かった。向かう途中で気付いたが、ミシェルは俺に対しても心を砕いていたのだろう。恐らく俺の中に燻っていた、彼女の母を殺してしまった罪悪感を読み取って。だからこそ武具の打ち直しもアンリだけではなく、俺も加えたのだ……流石としか言いようがない。歩きながらチラッと見れば、微笑みを返してくれた。まったく…敵わないな。だからこそ、助けられて本当に良かった。アンリは不服そうだが。
城壁エリアでは、相変わらず蟲の大群と壁装飾の魔人達。それを見てアンリは失神し、ミシェルでさえも顔が青白くなっていた。無理もない。この世の地獄みたいなものだからな。
とりあえず俺とラブやんはマシンガンとロケランで蟲を粉砕し、残った奴も雷と水と風の混合魔術で跡形もなく蹴散らした。
そこからは地道な作業だ。どうやら彼ら、核ごと壁と一体になっているらしい。あるはずの核もここには無かった。椅子の女達にはあったんだがな……。この人数の核を探すとこからか。こりゃあ時間かかるな…と、暗澹たる気持ちになっていたが、そこでミシェルがまた提案をしてきた。
もしかしたら、壁、というか城自体が本当に魔物化しているのではないかと。そして、それと一体化しているためにそれを殺せば魔人たちも連動して死ぬのでは、と。
なるほど、試す価値はある。というかそれしか無い。
俺たちは再び城の中へと戻り、探索を始めた。道中、キモい魔物や寄生蟲が襲ってきたが、全て返り討ちにして、通った場所には太陽石を大量に置き、浄化しながら進んだ。右や左の尖塔には詰所の様な豪華な部屋があり、これが眷属達の個室だったのだろう。そこには何も無かったが、それぞれの調度品や装飾類は集めておいた。
結局、謁見の間に隠し階段があり、そこから深い地下へ行くと、そこには無駄に広い拷問部屋があった。ミシェルが顔を青くしながらも探した結果、更に地下を発見。梯子を降れば、巨大な心臓があって、不気味な鼓動を繰り返していた。そしてその心臓には数え切れない程の魔人たちの核が凝縮されていたのだ。と、言う事は、この心臓そのものがこの城の核だ。さて、潰したら何が起きるだろか。
しかし、その部屋の至る所にある胚芽の様なモノから次々と蟲が産まれ、襲ってきた。まぁ、そうだろうね。
俺は2人を下がらせて、無限湧きする蟲達を斬り刻み、ラブやん制御のロケランを発射した。
その衝撃で盛大に飛び散った心臓に、更に手榴弾を投げ込み、跡形もなく消し飛ばすと、城全体が揺れ始めた。すわ崩壊かと焦り、2人を抱えて翼を生やして飛んだ。後方で心臓の部屋と拷問部屋まで潰れる音を聞きながら、全力で飛んだ結果、何とか謁見の間まで辿り着いた。
全部崩壊パターンじゃなかったらしい。本当に良かった。
アンリは再び気絶していて、ミシェルもトイレに駆け込んでいたが、些細な問題だろう。
……気付けば、謁見の間に様々な鉱石や宝石、貴金属、鎧や武器などのお宝が溢れていた。帰って来たミシェルと相談し、目録を作ってもらった。その中で、相当な数の帰還石があったが、その中で半分に割れている物がいくつもあった。この中のどれかが例の深層に続く物のようだ。やったぜ。ついにこのクソ階層から抜けられる。本当に長かった……。もうお腹いっぱいだったからな。
その後、10個ほどの帰還石をいくつかの素材として貰おうとミシェルに交渉したが、それは差し上げますと言われた。その代わり、最高の形見にしてくださいねと言われたら、それ以上は言えなかった。よ~し。がんばって作るからな!
アンリはそのまま寝かせといて、俺とミシェルは葬送をしに再び城壁へと向かった。建物自体が魔物でなくなった影響か、それとも浄化した影響か。品の悪い装飾やレリーフは影も形も消え、城本来の荘厳な装飾へと変わっていた。瘴気も今や殆ど侵入してこなくなり、割と快適な城へと変貌していた。
城壁に向かうと、地面へと倒れていた魔人達は核を貫かれて本来の人間の姿で死んでいた。壁から切り離されて。彼らは一様に、安堵の表情をしながら逝っていた。ただ、その数は膨大で、彼らを集めるのに非常に苦労した。5時間かかって城壁内の広場に集めたその数は、3487人にものぼった。
あの野郎、どんだけの数やらかしてたんだよ。殺した数は更にこの数倍と考えると、本当に人類の敵だったんだなあ。この作業をしている間、俺とミシェルの2人で封印石に交互に霊力を強めに流し続けた。クソ魔人よ、その中で永遠にこの人達に詫び続けるがいい。
そして、いよいよ葬送の時。俺は、5節の詠唱が必要な超級魔術の【極炎焦熱地獄】を彼らに向けて放つ。その莫大な炎は、彼らを包み込み、骨まで焼き尽くした。その軀の残骸を、土魔術で大穴を作って埋めた。上から大きな岩で蓋をして、その岩をラブやんとドニ剣で削って大きな長方形を形作り、土魔術で表面をつるつるになるまで磨き、最後に、文字を記した。
『魔人の犠牲者達、ここに眠る』と。
……ここまでに合計で15時間掛かった。ちょっと、いや、かなりの労力だったが、それでも彼らを安らかに逝かせてあげられたから良かったと思う。ミシェルも弱音一つ吐かずにずっと作業の手伝いをしてくれてたし、気絶から目覚めたアンリも文句一つ言わずに手伝った。流石に犠牲者の前で情けないことを言うのは憚られたらしい。
最後に、3人で手を合わせて犠牲者の魂の為に祈る。
漸くこの魔人の全ての始末が終わった。
一つ一つが終わっていく。
ちなみに、結構な量の霊力を消費してしまった。あまりにも消費が激しいため翻訳魔術すらも節約したくてラブやんに相談したら、脳に直接インストールするという方法があるらしい。ちょっと怖いが俺の体質もあるのでお願いしたら、柄の中から金属の触手を伸ばしてきて、それ俺の頭にブッ刺し脳に直接言語をぶち込まれた。
……ちょっと方法がえぐすぎん? しかし、1時間にも思えた数十秒を終えてみたら、風魔術を使わずともフランス語が喋れるようになっていた。すげぇ! 少しテンションが上がって、2人にも勧めてみたが、俺の様子を見てドン引きしたらしく、秒で断られた。というか、ミシェルは「言ってくれれば合わせましたのに」と、意味の分からないことを言っていた。しばらく聞いてれば、理解することが出来るらしく、1日もあれば他言語でも覚えて喋ることが可能だという……もう驚かんぞ。
さて……いよいよ追加ミッションだ。しかし、流石に疲れたから一旦夕飯にして休もう。
◆
夕食後、ミシェルが風呂に入りたいと言い出した。
うん、気持ちは分かるよ? 確かに土作業だったからね。でもなぁ、ここ、風呂あるのか? と聞いたら、玉座の間の2個下の階でミシェルが見付けたらしい。いつの間に…。無駄に豪華な石造りの浴槽と洗い場、脱衣所と洗面所。うん、かなり豪華。これなら確かにいけるか。早速俺とアンリとミシェルで風呂掃除。なんか血痕とか付いてたから、浄化した後入念にこすって洗う。洗う水? それはね、前も使ったけど少しの霊力で無限に水を生成するアホみたいな鉱石があったからさ、もうこの時点で風呂に入れるのよ。で、お湯にする方法だけど、同じく火を生成する鉱石を浴槽に放り込んで温度調節する。この時点で俺もテンション上がりまくっていた。やはり俺は日本人なんだなぁ。
とりあえず、レディファーストでミシェルに先に入って貰った。石けんはないな…と思ったら、クソ魔人の遺産にそれっぽいのがあったから、それを浄化して使わせてもらう。
しばらくして、ミシェルが上がってきたが、とても上機嫌な様子だった。大満足だったらしい。
では、いよいよ俺とアンリの番だぜ! え? 1人で入りたい? 却下。
「ふうぅぅぅぅぅ……生き返るわぁぁ………」
命の洗濯っていうけど、正にそうだよね。この無駄に広い浴槽だから、伸び伸びと浮いてられるし。
「あの……大衆浴場にいるおじさんみたいな声出すのやめてもらいます?」
「言うじゃねーか、アンリ君。ちっこい癖してアレは立派だな」
「な! そういう所がおじさんっぽいんですよ! もう!」
「怒るな怒るな。背中洗ってやっからよ」
「結構です! 自分で洗います!」
「お前も面倒くせぇなぁ。ところで、明日お前の腕の見せ所だぜ? 大丈夫か?」
「……折角忘れてたのに、言わないでくださいよ……」
こいつ、本当に大丈夫か? 仕方ない、発破掛けてやっか。
「いや真面目な話、ここが正念場だろ。ココでヘタレると流石にアウトなんじゃないか?」
「……確かに僕は鍛冶のイロハは叩き込まれました。同期の中では一番の自信もあります。でも、それでもお嬢様の方が上なんですよね……」
【悲報】お嬢、ガチでなんでも出来てしまう。
「はぇ~。つくづく、あのお嬢はヤベぇな! そんな女に付いてくのも大変だなぁ」
「まぁ、そうなんですけどね…。僕は、昔からお嬢様の従者で、その格差を見せつけられてきました。どんな事でも敵いやしない。そりゃ自信無くしますよ……」
「それでもお嬢と添い遂げたい、だろ?」
「そりゃあ、あんだけ綺麗なら男ならだれでもそうでしょ……。でも……お嬢様は、僕の事なんて、手の掛かる弟ぐらいにしか見てないんだろうな、って…いや、僕に限らずお嬢様は何でも出来たから、男なんて興味なさそうだった。だから今回だって、僕がお嬢様についてきたとき、あからさまに嫌な顔してたし。僕なりに勇気を振り絞ってお嬢様を助けようとしたのに……」
こいつマジか。色々とマジか……いや、まぁ若いから見えないんだろうなぁ。お嬢の考えとその意味を。お嬢の名誉のためにも、少し考えさせよう。
「あ~……それね。アンリ君、君、ちょっとズレてたんじゃない?」
「何がですか!!」
「だってお前、お嬢が何故1人で魔人の元へ行こうとしたか……考えたか?」
「それは……街の人たちを救うために……」
「だろ? あの娘は強い。どんな苦しみや辱めを受けてもなお、街を救おうとしたんだ」
「それは分かってますよ! だから僕がついていって少しでも慰めになろうと」
「ダウト。それ、逆で考えてみ?」
「えっ?」
「お前が1人犠牲になって、街を救おうとしたとしよう。そこに、お嬢が必要も無いのにノコノコとついてこようとした。どうだ?」
「…………」
「お前からしたら何もメリットにならない。むしろ邪魔だ。慰めどころか、より苦しみを深める」
「……!」
「更に言えば、辱めを受ける自分の姿を見られる事になる。そんなの耐えられるか? 折角の覚悟をして、1人で行こうとしたのに、だ。せめて見られたくないだろ。しかも結局は目の前で殺されることになる。無惨に拷問を受けながら、な」
「うっ……僕は…僕はそんなつもりじゃ…」
「言い方は悪いが、お前のやったことは独りよがりに過ぎない。お嬢の為を思って? ならば、何故残ってあげなかった。残ったのなら罪悪感や心配で苦しいだろう。耐えられないだろう。でもお前はそれを耐えるべきだった。親父さんは残ったんだろ? それは薄情とかじゃねぇんだぞ。結局は、それに耐えられずに、
「ぼ、僕は…僕は……」
「……すまん。俺も言い過ぎたわ。でもな、俺が言ってることが本当かどうかはお前さんが判断しな。よーく考えるんだ。お嬢が何故、お前に命じたか。その意味を。すると見えることもあるんじゃないか?」
俺はざぱっと湯船から上がり、タオルを引っかけて出口へと向かう。はーあ。本当に説教くさいオッサンじゃん。あーやだやだ。こんな時はビールでも飲みたい。ダメだ。オッサン思考から抜け出せねぇ……いや、逆に考えよう。風呂上がりにビール飲んでもいいじゃないか! なんかそれっぽいのあったかな…。
着替えながらアホなことを考えていると、脱衣所の先に人影が見えた。あー…マズい。聞かれた、か?
「よぅ、ミシェルちゃん、どうかした?」
その人影はビクッとして、その後平静を装って、柱の陰から現れた。バレバレなのに堂々としているのは流石お嬢だな。
「何でもないの。たまたま探検してまして。あと、お嬢、とか、ミシェルちゃん、とかもそろそろやめません?」
「え? 何で?」
「我々はこの期間だけでも一蓮托生です。私の事は呼び捨てで結構です」
「えっ……」
「私は、今現在貴方と比べて足手まといかもしれないけど、それでも、私は貴方と対等にいたい。これは私の我が儘。でも、私はもっともっとがんばって、貴方と対等になれるように努力したい。だからお願い」
呼び方ね。確かに翻訳魔術でミシェルちゃんと呼んでいた。でもそれって、庇護する目下への呼び方だな。このお嬢様にも、アンリにも。対等でなかったのは俺の方だ。
「……確かにな。俺も俺で傲慢になってた部分があったらしい。分かった。これからは君のことをミシェルと呼ぼう。その代わり、君も俺の事は敬称を付けずに呼んでくれ。それでいいか?」
「ナギ…そうですね。ナギくん、の方が親しげだからそれでいいですか?」
「お、おぅ…まぁ、様、とかじゃ無ければ好きにしてくれな」
ミシェルが花のような笑みを浮かべ、頷いた。その仕草に、少しドキッとした。ミシェルはそのまま謁見の間に戻る間際、少し振り向いてこう言った。
「…………ありがとう」
◆
さ、いよいよ追加ミッションだ。メシも食った。準備も出来た。いつでも出来る状態だ。後は、肝心なアンリだが。あれから思い詰めたような表情で、ふさぎ込んでいた。しかし、朝早くから起き出して、俺と道具の打ち合わせをしていた。あの風呂での会話のことは一切触れなかった。ミシェルも変わらない。ただ、アンリに対しても雰囲気が柔らかくなった。
……やっぱり聞いてたんだろうなぁ。
さて、まずは簡易的なかまどを本格的な炉へと作り直す。そして、必要な道具類を準備する…ぶっちゃけ、道具類はスーパーミスリル君がいるからその辺は問題ない。
だが、炉は大変だった。俺のかまどは隙間がまだ多く、熱を逃しやすいらしい。本来なら耐火煉瓦で固めて、更に隙間をしっかりと埋める為に漆喰で固めるが、無いのでそれっぽいのを作る。魔物素材で良さそうなのを幾つかピックアップして粉々にし、城外で掘って浄化した粘土に水を加えて混ぜ混ぜする。最初は混ざらなかったが、何となく良さそうな素材を追加して入れていったら、一気に混ざった。それをスーパーミスリルの型にはめ、スーパーミスリル製のかまどに入れて火の属性と火の鉱石でしっかりと焼いて固めた。スーパーミスリルの炉でいいじゃんと思われるかもしれないが、ちょっと霊力込めると形が変わるし、炉にはあまり向かないらしい。
完成にはしばらくかかるそうなので(普通はそんなに早くは焼けないらしい)、とりあえず設計を考える。剣と鎧だ。基本的にはミシェルが原案で、アンリが設計する。この段階では俺は役に立たないので、ひたすら炉の火の世話だ。つか、昔やった事あるけど、いきなり火を入れちゃだめだからね。乾燥させるのに相当な時間が掛かるから。じゃないと粉々になるし。
でもそこは素材がアホみたいに性能いいから何とかなってるんだよなぁ。
しばらく焼いて取り出せば、大量の煉瓦が出来ていた。それらを取り出し、アンリの指示通りに積み上げて、その隙間に焼かずに残しておいたドロドロを塗りたくる。この辺からアンリは設計と炉の世話でかなり忙しそうだったが、これまでに見た事の無いような鬼気迫る真剣さで取り組んでいた。素材の吟味もアンリが1人でやってくれたし。
炉はとりあえず形は出来た。後は火と風の魔術で乾燥させるだけなので、俺がやってる。しかし、初めて見た素材を選びながら的確に作業を指示できるアンリも只者じゃないな。普通はどっかで失敗するだろうに、それも無く、非常にスムーズだ。ミシェルのおかげで霞むかもしれないが、こいつはこいつで超有能だ。だからこそ若く、たいした実績も無いのにミシェルの婚約者になれたのだろう。
乾燥もひと段落した頃、設計も終わったらしい。完成予想図は、以前の鎧の跡形もなく、非常に洗練されたデザインだ。そこからもミシェルとアンリの非凡さが分かる。前世ならほぼ小学生だぞ? ……本当にこんなのが出来るのだろうか。そこはかとなく不安になったが、アンリは冷静な、そして真剣な眼をしていた。そして、その瞳の奥には、断固たる決意の炎が揺らめいていた。だから任せようと思った。仮に失敗したとしても、何とでもなる。チャレンジする事が大事なのだ。彼の中で、命を燃やす程に真剣に取り組み、全ての力を注いで精一杯やる事こそが、必要なのだ。
炉に火を入れる。火力は石炭に似た化石と火の鉱石だ。きちんと温度が上がるか不安だったが、ふいごで風と、ついでに霊力を送るアンリが手際よく、かなり短時間で準備が整った。
俺はといえば、鎧をパーツ毎に分解して、細々とした装飾を外す役割だ。それを、アンリに言われるがままに手渡す。分解された鎧のパーツが炉にくべられ、余分なものが焼けて溶け、金属までもが柔らかくなった頃に取り出して打ち直す。ただそれだけの事だが、俺には出来る気がしない。正確にハンマーを撃ち下ろし、形を整えていく。すると、面白い様に変わっていくのだ。アンリは同時にオリハルコンとアダマンタイトに手をつけていた。それらは、火の属性の霊力で、オリハルコン自身が熱を非常に強く増幅することで超高温を実現し、無事に溶け出した。それらを型に入れ、鎧と合流させて、再び打ち合わせる。
それを基本として、気の遠くなるほど繰り返し行うのだ。ある種苦行とも言えるだろうが、アンリは淡々と、しかし集中を切らさず行なっていた。
その間、ミシェルは何をしているかと言うと、鎧の布地部分を担当していた。主に、マントとスカートである。これは城の中の旗や母親の衣装を綺麗に縫い合わせ、刺繍をしていた。また、裏地に魔物の皮を貼り合わせて頑丈にするらしい。こちらも一筋縄ではいかなそうだ。
気が遠くなるほどの単純な作業が終わり、裏地に魔物皮を鞣した物を貼る。そして、細かいパーツを取り付け、それぞれが完成した。ミシェルも完成したらしい。いよいよ組み立てだ。ここまでに実に3日も掛かっている。しかし、アンリの集中力は途切れない。
この時点で、銀色に白と青、赤に僅かな金の意匠が混ざり、見る者の目を楽しませたが、組み立てる内に全体像が見えてきた。
以前の様な扇情的な意匠は影も形もなくなり、その代わりにしっかりと機能的な、それでいて君主に相応しい荘厳な意匠が完成した。だが、しっかりと女性らしいフォルムは残してあり、肩口にはアイリスの花の紋章があしらわれている。
粗方の組み立てが終われば、最後に吸収石を削った球を嵌め込み、固定し、ミシェルの作った布地を掛け合わせた。
……完成だ!
素晴らしい! 白と青と赤、そして金が見事に調和して、見る者を楽しませる。しかし、それでいて無駄を削ぎ落とした機能的な鎧だ。
「アンリ……完成したな!! 流石だぜ!」
「…………」
「……どうした?」
「……
そう言うと、アンリはその鎧を持って外へと駆け出した! 思わずミシェルを見るが、ミシェルは微笑みながら頷きで返した。その表情から、好きにさせてやれ、という事が読み取れた。
しかし、気にはなったので追いかけてみれば、彼は瘴気あふれる外まで出ていた。そこで折角作った鎧と自らを瘴気に晒していた。
「アンリ!? 何やってんだ!!」
「ぐうっ…以前…貴方が深淵で鍛えたら、復元能力がついたと言ってましたよね! それを再現するんです…!」
「バカ! お前まで侵食されたらどうする! 太陽石は!?」
「近くで見ないと状態が分からない……大丈夫、僕には必要ありません」
「言ってる場合か!! ……クソっ!」
彼に近づこうとしたその時。
「来るな!!」
「!?」
「……来ないでください」
「だが……」
アンリは、苦しみながらも静かな声で語り始めた。
「これはケジメでもあるんです。僕は、あまりにもガキ過ぎました。お嬢様に迷惑を掛け続け、自分勝手な事ばかりして、勝手に劣等感を持った。それなのに! 婚約者という地位に甘んじて自分を顧みず、お嬢様を本当の意味で見ていなかったんです……これじゃあ愛想を尽かされるのも当たり前だ。それでも…お嬢様は僕にチャンスをくれた。こんな頼りない僕に、最後のチャンスを……。だから、せめてこれだけは納得いくようにしたいんです!」
絞り出す様に告げたその告白は、これまでの甘えなどは一切感じさせない、力強い決意と闘志が込められていた。彼は、幼年期の終わりを迎えたのだ。ならば、俺の出る幕では無かった。
「……わかった。すまない。だが、俺は君を最後まで見届けよう。それぐらいは許してくれ。君がやり遂げる事を祈っている」
アンリは、鎧を観察しながら親指を上げた。
◆
深奥層の瘴気は普通の人間には濃い。身に付けているものならともかく、ただの物品ならば例え浄化済みのものでも一瞬で汚染されてしまう。アンリは、自分の前に鎧を置き、そして自分は胡座をかいて観察している。彼は、自らの霊力を削られながらも、鎧が汚染されるのを待っていた。
汚染が完了すれば、すぐさまそれを持って場内に入り、太陽石で浄化させる。そして再び、汚染させるのだ。
彼の霊力は激しい勢いで削られているが、それでも彼はその作業を10回以上繰り返した。
その結果、完成したと思われる鎧は更に美しさを増し、輝きを増した。軽く検証してみても、自動伸縮機能や、自己修復機能が追加されたように思われた。アンリの目論見は、見事に成功したのである。そんなアンリは、霊力を全て枯渇させ、瘴気に若干侵される程に重傷で、精魂尽きて倒れていた。
そこへ、ミシェルが現れた。
「鎧は完成ね。よくやったわ、アンリ」
アンリは、痛みが激しいはずの身体を起こして膝を立て、臣下の礼の体勢をとった。
「……お眼鏡に適ったようで、何よりです。ですが、まだ剣があります」
「今の貴方の様子ならば成功するでしょう。自信をもって、励みなさい」
「はっ。お任せあれ」
「……アンリ、頑張りましたね」
「……ッ。ありがたき……幸せ」
ミシェルはそう言うとくるりと踵を返して戻っていった。彼女の姿が見えなくなるまでアンリはそね姿勢を続け、そして倒れた。慌てて受け止めると、彼は満足そうな顔で気絶していた。
その閉じた瞳からは、涙の筋が光っていた。