ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
【SIDE:フロウ】
あれから3年は経った。いつの間にかフロウは19歳になっていた。しかし、そんな事を感じる暇も無くこの3年間は怒濤のように過ぎていった。マリアとフロウは光についての研究を深め、それぞれの鍛錬を深めていった。
あれから街は大きく発展し、以前よりも活気に満ち溢れていた。閉塞的な雰囲気は取り払われ、皆が皆希望に満ちた表情をしていた。
フロウもそんな活気にあてられたのか、過酷な修行においても希望を持って望む事が出来た。
──修行を始めて1年が経った頃だろうか。属性の練習をしようとしていた時に、フロウは、いつの間にか属性が増えている事に気が付いた。フロウの属性は水だ。しかし、火と氷と土と風も出来るようになっていた。何故そうなったのかは分からない。いつの間にか、あ、出来る。と思って、やったら出来たとしか言いようが無い。
今までは、1人につき1属性が常識だった。属性が変化したという報告は極稀にある。しかし、増えたなどという事は前代未聞だった。いきなり5属性、いや、光を入れて6属性を操る初の人間になり、フロウは戸惑ったが、喜んだ。これで色々と捗ると。マリアはそんなフロウを見て悔しがり、ますます修行にのめり込んだ結果、彼女にも雷と火と土が生えた。
それからというもの、属性が増えたという報告が次々となされる様になった。その殆どが1属性だったが、極稀に2属性増えた者もいた。それがどんな法則なのかは分からないが、何となく光属性の影響ではないかという推察はできた。
属性が増えた事によって、戦術の幅が増えた。土や氷で防ぎつつ、火や風で攻撃して水で回復、補助をするなど、攻防一体のやり方が出来た。様々な属性を使い分ける事は、右手と左手で別々の書き物をするような難しさだ。簡単に思えるかもしれないが、意外とかなり難しいのだ。もっと増えれば足も使って書くような感じの難易度になる。
ただ、フロウは昔から器用さには自信があったので、やがて慣れた。むしろ、それぞれに光属性を混ぜる方が難しかった。
ある時、水と火を同時に出したら爆発した。その時は連日の修行の疲れで、間違えて出す座標を同じにしてしまい、混ざってしまったのだ。しかも最大出力で。それがどう作用したかは分からないが、爆発する結果になり、驚いた。
マリアに相談したら呆れていた。昔は確かに仲の良いダイバーや、双子、兄弟が、異なる属性で混合属性を放つ事はあったらしい。ただ、霊力の配分やタイミング。そして何より、属性の親和性が無ければ無理で、廃れてしまったようだ。
しかし、複数属性を持っているならば話は変わる。調整もタイミングも自分で行えるからだ。自分の霊力だから親和性などは言うに及ばない。
早速、眠っていた資料を組合から引っ張りだし、更に自分でも開発しながら新技を次々と生み出していった。その頃にはフロウの霊力も黒に近い紅となり、実験にも余裕があった。
なお、新たな属性攻撃の再発見という一大ニュースはダイバーの中で俄にホットな話題となった。その後属性が増えた者を中心に新技開発ブームが巻き起こったのは、強さを求めるダイバーの生態を考えれば当然の事と言えよう。
フロウは、体術の方は相変わらず苦手だ。しかし、苦手とも言ってられないため、必死に工夫した。相手の意図を読む。それに特化したのだ。しかし相手は最強のダイバー。そう簡単には読ませはしない。それでも、僅かな癖からそれを読み取る。それを繰り返す事で、フロウは自然と洞察力を高めていった。
また、全身とまではいかずとも、部分的に霊力同調までできた。それは本来ならば奥義だそうだ。しかしフロウは何となくできてしまった。それによって、彼女には物理攻撃と属性攻撃の一部がほぼ無意味となった。
そのように、フロウはマリアという師の元で研鑽を積み、着実に力を蓄えていった。
元からフロウにはかなりの才能が眠っていた。しかし、これまではそれをあまり伸ばそうとはしていなかった。いや、努力はしていたが、一般の域を超える事はなかった。
だが、今。そこに血の滲むような努力が加わって、フロウはマリアすらも凌駕する程の天性の才能を花開かせた。
結果から言えば、6属性を操り、その霊力同調もでき、更に戦闘眼もよい。どちらかと言えば術特化タイプの彼女は、物理偏重のマリアと組ませれば、隙の無いコンビとして模擬戦の相手を蹂躙していった。
また、武具に関して言えば、マリアが隠し持っていた素材を融通してもらい、馴染みの鍛冶屋であるアレハンドロに頼んで作って貰った。値段については出世払いである。
その概要は、以下の通り。
フロウ=アマネセール♀(19)
武器:ミスリルの逆手剣
防具:ミスリル繊維の服
ミスリルの胸当て
ミスリルのスカート
ミスリルの小手
ミスリル繊維のロングコート
ミスリルの小盾
道具:収納袋(小)
・ランプ
・羅針盤
・地図
・ナイフ各種(解体・採取用)
・救難信号
・拠点用設備
・携帯食料
ミスリルを中心とした構成になっているが、これはミスリルの属性親和性によるものだ。また、軽い。現段階では最高級と言っても差し支えないだろう。
全体的に見れば、鎧部分が少ないように見えるが、基本的に避けながら属性攻撃をぶちかます為であり、防具は最低限だ。逆手剣は珍しい装備ではあるが、習熟すれば敵の攻撃を躱し、死角から核へ貫く一撃を放てる。
総評として言えば、後方支援・術プラス暗殺者スタイルである。マリアはフロウの適性を見極めながら、最終的にこの構成へと落ち着かせた。
それは、汎用性を重視する従来のやり方とは異なり、オーソドックスに縛るよりも、特化した方が伸びるという判断であったが、フロウは何となくそれを感じ取っていたため反発しなかった。
◆
マリアは、3年前にコルテスが襲撃をかけてくるだろうと預言した。しかし、1年が過ぎ、2年が過ぎ、そして3年が過ぎて「蝕」が起きてもコルテスの襲撃は無かった。
その事をマリアに訴えても、マリアはどこ吹く風で平然と「向こうに何か不測の事態が起きたみたいですね。ラッキーでした」と宣った。
若いダイバーからは、
彼女が昔、コルテスの弟子だったという事は本人から聞いた。だからこそ、コルテスの考えは読めると豪語するマリアに不安を覚えたが、現時点で最強のダイバーであり、ビトと共にダイバー達の実質的な指導者であるマリアを信じていくほか無かった。割とこの世界は力が全てなところがあるし、元教会の長であるマリアは、引退して1ダイバーになったとは言え、その権力やカリスマはいまだ顕在だったからだ。
それにしても、「蝕」については過剰なほど街全体が警戒して対策に当たった割には、あっけなく終わった。設置された【アーク】の有効射程の手前に壁を完成させて、どこからでも侵入はさせないという決意の元でダイバー達は張っていて、広い範囲に小数ながらも人員を配置し、それでいてどこからでもフォローできるような体制を整えていたのだが。結局は、魔物はおろか
当然、魔人達も襲撃を掛けてきたが、男爵級~子爵級程度の魔人が群れをなして襲ってきても、ダイバー達は圧倒的な力で返り討ちにし、討ち取られた魔人は148名と大戦果をあげていた。むしろ、すわコルテスの斥候かと目を光らせていたマリア率いる光の使者達に凄まじい勢いで狩られていった。そんな中で私はマリアの影に隠れながらも属性攻撃や複合属性、逆手剣などの得物を試し、最終的には56体の魔物と28名の男爵級、12名の子爵級の魔人を討伐することが出来た。
終わった後、何故か肉体が活性化し、身体能力や霊力が一段階レベルが上がったように感じた。その時は気のせいかと思っていたが、後々計測してみれば、完全な黒色に変化していた。つまり、光属性を獲得した人間は、その状態で魔物などを倒せば倒すほど強くなるということが分かった。ということは、私以上の戦果を挙げたマリアも同じか、それ以上にレベルアップしたということである。最強のダイバーは、ここに来て更に成長しているのである。本当に意味が分からない。いつになったらこの女に追いつけるというのか。
ともあれ、ボーナスタイムじみた「蝕」は終わり、コルテスの襲撃は無かった。それが事実である。しかし、油断は出来ない。マリアは言った。
「コルテスは必ず仕掛けてくる。彼が死ぬのを確認するまでは、ゆめゆめ油断することがないように」
と。それはダイバー組合を通して周知され、徹底された。
そして……「蝕」から2週間が過ぎようという頃。近隣の暗黒領域に、不自然な
マリアは正しかったのだ。
コルテスは、何らかの要因で「蝕」に参加できなかった。しかし、その要因が解消されたのでこのタイミングで仕掛けてきた、と見ることが出来る。また、「蝕」をやり過ごして油断した我々を容易に攫おうという魂胆かもしれない。マリア曰く、絶好の機会である「蝕」に、コルテスが参加しないなどはあり得ないので、前者の説を推していた。いずれにせよ、間違いなくコルテスは動き出したのだ。
マリアの策としては、おびき寄せて複数のダイバーで始末する案。根城を突き止めて強襲を掛ける案。最後に、わざと
ダイバー組合の長であるビトは、そもそもコルテスを始末するという大それた作戦に渋面を作っていたが、根回しをして、領主レオノールの認可まで得ていたマリアの手腕の前に、許可を与えざるを得なかった。
3つの作戦だが、それぞれにメリットデメリットがある。1つ目は、公爵級魔人のコルテスがそもそもおびき寄せなどに引っかかるかということ。2つ目は、根城を突き止めようにもそれがどこにあるか分からないと言うこと。3つ目は、
普通に考えて3つめのは無い。危険すぎるし、確実性が無い。おびき寄せるか、地道に根城を探すかのどちらかが確実だ。しかしマリアは、自分で提案しておいてその2つはあり得ないと断じた。
なぜならば、時間が掛かりすぎ、消極的であるから。その間に犠牲者が出るだろうし、コルテスの研究次第では間違いなく対策を練られてしまうし、下手すると切り札の光属性が無効化されてしまう恐れすらあるという。今この時が最大のチャンスなのだとマリアは熱弁する。そして皆に問う。ここで攻めずにいつ攻めるのか、と。
この作戦が成功すれば、近隣の最大の脅威であったものが無くなる。さすれば、街は、人類は更なる発展をもたらすだろう。そのためにも、コルテスは滅ぼさなければならない。名実ともに最強のダイバーである自分は、力をこれ以上成長させるのも維持するのも難しい。だから、今しか無いのだ、と。
結局は、そのマリアの熱意に押されて、3つめの案が採用された。
かくして、公爵級魔人フェルナンド=コルテス討伐作戦は幕を開けた。
参加メンバーは当然ながらマリア=エローラ。そして、同じく白金級のマリウスと彼等のパーティーメンバー。あと、この3年で彼の弟子達の中でも抜きんでた力を付けていったエルネスト=ガルシアとサラ=マルティン。
最後にこの私、フロウ=アマネセールである。この8名で、公爵級魔人の討伐を行うのだ。
これを成功させることが、人類への希望となる。しかし、逆に失敗すれば追い風が吹いているマドリーにブレーキを掛けてしまうことになるだろう。誰1人欠けず、完璧に作戦を終了する。その超高難易度の作戦が、遂に始まろうとしていた。
「マリア、本当に大丈夫なの?」
「この期に及んで、貴女もまだ疑うのですか?」
「いえ、私は必ず成功させる気でいるわ。でも、万が一失敗したときは……」
「リスクを考えるのは良いことです。むしろ当然の事でしょう。そのための対策はしてありますし、貴女も知っているはずですよ?」
「そう…だね」
「やるに当たって、失敗することは考えないこと。失敗するという考えを持ったまま望めば、その通りになってしまう確率が上がる。私の持論ですけどね」
「むぅ……」
「それとも、貴女は残りますか?」
マリアが真剣な目で問うてくる。もしここで行かないという返答をしたら、マリアは確実に私を残して行くだろう。しかし、そう問われて初めて、私の決意は固まっていることに気付いた。
「行くわ。私はナギくんを助ける。そのために、こんなところで立ち止まるわけにはいかない」
「ふふ……覚悟が固まったようですね。ならば、信じなさい。この私が初めてとった弟子にして、私の背後を任せてもいいと思わせたダイバーさんの事を」
マリアは私をそのように常々褒める。私としては、いつもボコボコにされるマリアに褒められても嬉しくもなんとも無いのだが。ただ、私の努力は少し認められていたようだ。そこは良かったと思う。
「うん……分かったよ。行くからには、必ずコルテスを倒す。彼には借りがあるから」
「そうですね。私も大きな借りがある。その全てに大きな熨斗を付けて返しに行きましょうね」
──では、始めよう。人類の反撃を。
◇
【SIDE:マリア】
始めはいけ好かない小娘だった。私の過去を暴き、それで脅してきた。偶然にも光を発現し、それを笠に着て私を表舞台へと引っ張り出した。したたかで、目的のためならば躊躇しない娘。それが、彼女へ最初に抱いた印象だった。
しかも、光の発現を教わる代わりに小娘の修行を課すという取引に付き合ってあげたのだが、その力はなんとも微妙な物だった。よく言えば、平均的なダイバー。
だからこそ、光を自分が発現すればこの小娘は用済みだと、あの頃は思っていた。要は取引なのだ。私が光の発現のコツを教えて貰う代わりに、私の技術を伝える。それだけの取引。無論、
そのために大人も逃げ出すほどの過酷な訓練を小娘に課した。私の技術はそのようにして身につけたものでもあるから。
数日で音を上げると思っていた。そもそもの基礎体力も、霊力の習熟も中途半端で未熟だったから。当たり前だが、私への取引でへろへろになって教えることが出来ません、などということは許さない。それが公正な取引だろうから。でも、それが無理であれば、その代わりの地位や名誉などを与えて適当に誤魔化そうと思っていた。
──しかし、小娘はやりきった。
何よりもこの小娘は吸収が速い。私が教えたことは簡単にマネできるし、何なら見ただけで吸収してしまう。恐ろしい程の器用さを持っていた。ならば何故、いままで努力しなかったのかと聞いたら、小娘なりの処世術だったようだ。孤児院で産まれ、パーティーを組むまでは目立つことは避けたかったし、目を付けられるとろくな事がないから、との事だった。若くして世界の状況を知っていた子娘は、そこそこに稼ぎ、そこそこに平穏に暮らせるようにと生きてきた。
しかし、事態がここに至って、その在り方を変えようと決心したらしい。
とにかく力を。誰にも何にも負けない力を得ると。そのためには何もかもを利用して、どんな過酷な状況でも耐えて、自らの力にしていくと決めたようだ。その時点で、ようやく私は小娘を気に入った。
言うなれば怠惰に、流されて生きてきた小娘が、決して折れない意志を保ち続けることが出来るのかどうか。それが見たくなった。
そうしているうちに、私の光は発現した。
私はその時の事を一生忘れない。温かな、それでいて
コツを掴めば簡単だった。答えは自分の中にあったのだ! 出来て当然だと思うその意志! それこそが光を発現させるのだ。
そこからの活動は、私のキャリアを最大限に利用しながら精力的に働いた。ここまで表だって強引に動くことなど、ダイバーをかつて引退したとき以来だった。そして、マドリーの街の発展、ダイバー達への光の発現訓練、光の霊力の検証など、とにかく多くの事を同時に進めていったのだが、フロウはそこでも非常に役に立った。そのうち、参謀としてフロウを扱うようになっていた。今思えば、この3年間でこれほどの体勢を整えられたのも、この小娘がいたからなのだろう。孤児院を経営していた身としては誇らしいと同時に、その才覚を埋もれさせてしまっていたという忸怩たる思いが確かにあった。
その気になれば、何でも出来る天才。しかし、その環境が才能を開花させることが出来なかった哀れな少女。今一度その枯れかけた花に水をあげましょう。そうすれば、貴女はどこまで咲き誇るのでしょうね。そう思うからこそ、私はより真剣に、過酷にフロウを鍛えた。
そんなある時、フロウが他の属性を目覚めさせることが出来たと言った。その時はそんな馬鹿なと思った。しかし、実際に見て驚愕した。驚くべき事に、フロウはしかも、4属性を同時に目覚めさせたのだ。つまり、この娘は合わせて6属性使いということになる。フロウ曰く、「何故か分からないが、出来ると思ったから出来た」という。意味が分からない。そんな事は過去にも記録が無いことだ。その時は不覚にもこの小娘に対して、天に愛された者、という言葉が浮かんだ。
私はすぐさま仮説を立て、それが光属性に目覚めた影響であると仮定した。そして、実際に私も出来ないかと様々に霊力をこねくり返し、そして気付いた。私にも属性が新しく生えていることに。
私は再び驚愕した。長い人生でも驚く事は多々あった。しかし、今ほど驚いた事は無かった。それもこれも、起点になるのはいつも小娘だ。この小娘が私を再び呼び覚ましてからというもの、全てが好転し始めた。光の発現に続き、2度目だ。1度目は偶然とも言えるが、2度目となると偶然では済まされない。フロウは確実に
……私よりも。
その証拠に、私の方が属性が少ない。それは、明確な違いであり、言い訳のしようもない程の才能差とも言える。正直、この私が嫉妬の感情を覚えるとは思わなかった。だが、今ではそれも受け入れられた。
フロウは、起点なのだ。
歴史を変えるポイント。フロウはその為に生まれてきている。無論、
このマドリーの街の運命を左右するであろう闘いに。
だからこそ、高価な素材を融通し、高い装備を与えた。さすれば、彼女の運命の恩寵が私にも降り注ぐ確率は高まるだろうから。
私怨が全く無いと胸を張っては言えない。しかし、コルテスを殺す事は急務なのも間違いではない。私は彼の考えている事は大体わかる。何故なら、大昔は彼と志を共にした同志だったから。あの男とは最終的に方向性の違いで袂を断ったが、あの男が魔人になったぐらいで自らの志を完全に忘れてしまうとは到底思えない。
今も、彼は目指している筈だ。
この世界のどこかにある「神の座」を。そして、それに続く道を。
私は正道を征く。彼は邪道を進む。2つの道は交わらない。どちらかが譲らねばならない。ならば、私は貴方を倒して、進む。それだけだ。
随分と待たせてしまった。一時は諦めかけた。しかし、間に合った。ナギとフロウという運命の特異点によって。
だから──
私にその道を譲りなさい。
公爵級魔人、フェルナンド=コルテス。