ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
「ガハッ……!」
気付いたら、ナギの大剣はコルテスを剣ごと両断していた。少なくとも、その全貌を理解出来たのはダイバー組だけである。その彼らすら、ナギとコルテスの絶技には言葉を失っていた。
コルテスは、身体を斜めに分かたれ、崩れ落ちた。その様は、人間で言えば即死級のダメージである。
しかし、ナギはコルテスが地面に落ちる寸前に、右手で腰の位置にある筒を掴み、そこから光の剣を伸ばしてコルテスの頭が付いている半身を貫いた。
そこに勝利した緩みや、油断など一切無く。
かくして、コルテスは光の剣に貫かれて持ち上げられる。奇しくも同じ公爵級魔人であったグレゴワール=ミッテランと同じ構図となった。
「勝負はついた。気分はどうだ?」
その問いに、口から血を吐きながらもコルテスは不敵な笑みを浮かべた。
「……くはは…完敗だ! 英雄殿よ! 言い訳のしようも無いほどにな!」
「ふーん…お前はあのクソ魔人とは大違いだな」
「あぁ、あの愚物にも会ったのかね? それはさぞや愉快なことになったであろう! 貴様がやらねば吾輩が処してやるつもりだったのだが」
「それはそれは。だが、お前は俺にこうしてやられたわけだが」
「そうだなぁ。まったく、運命とは皮肉なものよ。かくして吾輩は滅び、貴様は『神の座』を拓くのだ」
「……しばらくは行きたかねぇんだけどな」
「そうはいかん。貴様はいずれ否が応でも対峙することになろう。それが運命というものだ」
「そうかい。お前には煽りも嫌がらせも効かなそうだからこれで終わりにするか」
「ん? 拷問はしないのかね?」
「やっても無駄な相手にはしない主義でね。お前はどうせ反省も後悔も命乞いもしないだろうし」
「むしろ貴様が何をやってくるか楽しみだったのだがな」
「……ったく。本当にイカれてんだな。今も相当痛い筈なんだが……被虐趣味でももってんのか?」
「それが必要とあればそうする。それが吾輩の主義でね。それは今も昔も変わらんよ。なぁ、マリア」
コルテスがマリアを見やる。その突然の振りにマリアも驚くが、しかし、その後に小さく頷いた。
「そういうわけだ。吾輩の心残りがあるとすれば、貴様の拓く世界を見ることが叶わぬということ。それだけが残念極まりない」
それまで余裕の表情だったコルテスが初めて顔を顰める。それほど彼にとっては悔いの残ることのようだ。
「ま、それがお前の罰。お前は真実には決して辿り着けない。そういうことだ」
「………それが貴様の〝呪い〟というわけか。甘んじて受け入れよう。吾輩は、吾輩の思うままに〝悪〟であった故な。では、先に冥府で待っておるぞ、英雄殿」
「俺はそんなとこ行く予定ねーから。きっちり天国に行ってやるぜ。じゃあな。あの世で犠牲者に詫び続けな!」
「待ち給え。最後に聞かせてくれぬか。吾輩を倒した英雄殿の名を」
「いいぜ。あの世に持っていきな。俺の名はナギ=シュトルバーン。お前を倒した者の名だ」
◆
「……終わった、の?」
「あぁ。完全にな」
コルテスの姿は、光に核を貫かれ、そのまま十字に分断された後、ナギの光によって完全に消滅した。40年もの間人類に対して猛威を振るってきた公爵級魔人フェルナンド=コルテスは、ここに完全に滅びた。
「ナギ……」
涙目で、ナギを見つめるフロウ。しかし、その想いが溢れて上手く言葉が出てこない。そんなフロウを、ナギは優しく抱きしめる。
「ただいま。心配かけたな」
「うん……うん……!」
その様子を微笑ましく見守るエルとサラ。人の何倍も努力した彼女の姿を近くで見守っていたが故に、彼女が報われた事を誰よりも喜んでいた。そして、それはマリアも同じ。光の使徒様に対する思慕はあるが、それ以上に愛弟子とも言えるフロウに苦労を掛け、そして、その弟子が此度の運命を運んできたと彼女は確信していた。だからこそ、一番に彼女が声を掛ける事を大人しく見守っていた。
一方、複雑な表情でそれを見守るミシェル。彼女の危惧は当たってた。そして、2人の関係が想像以上に深いことも分かってしまった。だからこその複雑な気分である。それを興味深そうに観察するリュシーと、ミシェル以上に複雑そうに見つめるアンリ。今この場で、この瞬間に悲喜交々の人間模様が渦巻いていた。
しかし、ナギはある程度フロウを落ち着けると、その場からの撤退を提案した。フロウの左腕の怪我もあるし、何よりもこの場は深淵に近い。一歩間違えば深淵へと墜ちる場所に彼等をいつまでも残したくなかったのだ。
かくして、彼等は来たときと同じように武器へと無理矢理乗せられ、ピストン輸送で研究施設へと運び出された。その際に、ラブやんが再び制御が大変だとぼやきまくったのは言うまでもない。
研究施設の中で、【天上天下】のパーティー達と合流した彼等は、比較的広い部屋を見付けて、怪我人の治療に当たった。フロウは左手を失う大けがであると言うことで、超レクペラ草の抽出液(後にエリクサーと命名)を飲ませることとなった。その治療に際して、恐ろしく美男美女に変身したエレーナとルチアとアイヴァンが、フロウへと注意点を事細かに説明した。その表情は鬼気迫るものであり、マリウスは気まずい表情をしていた。フロウはビクビクしながらその忠告を聞き、トイレの位置を確認しながらおそるおそるそれを飲んだ(尚、男性陣はこの時点で追い出された)。
すると、たちまち欠損して凍傷になっていた左手の細胞が盛り上がり、再び左手の形を成した。変化はそれに留まらず、全身から黒い汗が噴き出て、全身をかきむしれば大量の垢が皮膚ごと塊で落ち、頭髪は生え替わるかのように抜けまくり、虫歯は取れて再び生え、ともかく全身が生まれ変わるかの如き変化を起こした。その後、トイレに直行し、そこでも恐ろしい程の老廃物の排泄が起こり、出てきた頃にはふらふらになっていた。流れ作業の様にルチアとエレーナが彼女の服を全部剥ぎ取り、水属性で全身を洗い流す。エレーナがフロウに水浴びをさせている最中、ルチアはサラとミシェルとリュシーと共に彼女の衣服を洗い流す。終わったらミシェルとリュシーが風属性で衣服を乾燥させ、全てが終わって、合流した時にはナギとエルが「誰!?」と思わず叫んでしまうような超可憐な美少女が爆誕した。
その間、部屋を出された男性陣は、別の大部屋に設置した簡易キッチンでナギとアンリのわくわくクッキングタイムに突入した。そこには、ゲストとしてアイヴァンが選ばれた。彼の土属性ゴーレムはゴツい割には非常に器用で、助手としては最適だったからだ。無論、エルとマリウスも駆り出され、肉を切ったり、皿や食器を用意したりと大忙しだった。総勢12名の料理を1から作るということは、そういうことである。
その後、大部屋で合流した全員にナギは大きなテーブルと椅子を用意し、遅めの夕食に取り掛かった。特にエリクサーを服用した面々の空腹具合は限界に達しており、次々と恐ろしい勢いで料理を平らげた。「うめ……うめ…」となる者は流石にいなかったものの、凄まじい勢いで食べ尽くす4名と、それなりに空腹で健啖家のマリウスの共演により、あっという間に料理の第一陣は無くなった。ナギ達は慌てて次の料理に取り掛かり、それを3度繰り返して、漸く収まった。
その途中、マリウスが「酒が飲みてぇ」とか言うもんだから、ナギが深遠で取れた毒々しい果実(3メートル大の紫色で鋭い棘が生えた奴)を浄化したものを取りだして、その上部分をすぱっと切り、コップに注いだ。それは凄まじく芳醇な酒の香りを発しており、ナギはこれを見付けたときにいつか帰ったら飲んでやろうと画策していたものであった。それを折角の機会だからと惜しげも無く全員に振る舞い、そこからは宴会へと突入した。なお、この果実は実際に凄まじい美味さの酒であり、天上の世界の飲み物の様な美味さを誇った。また、切った部分を元に戻せばくっつき、再び中身が形成されるという意味の分からない性質を持っていた。実質極上の酒を常に出してくれるアーティファクトである。
マリウスはその酒を「うめ……うめ…」と泣きながら飲んでいた。この男、実は泣き上戸であった。ちなみに、未成年組には別の果物ジュースである。アンリが自分も酒を飲みたいと珍しく駄々をこねていたが、ナギは心を鬼にして拒否した。アンリは鍛冶が天才的な事から、ドワーフ的な素養があるのかもしれない。
一通り飲み食いが落ち着いてから、それぞれの境遇を話し合った。勿論、言語が違う為に、ミシェルやナギが翻訳している。マリア組はミシェル達の境遇に涙を流して生還を喜び、ミシェル達はマリア組の凄まじい覚悟の討伐作戦に敬意を表していた。そして何より、ナギが深淵の先の奈落で魔王から逃げてきたという話に全員が言葉を失い、驚愕していた。
語り尽くせぬほどのそれぞれの話を全員飲みながら行い、そして、電池が切れたかのように1人、また1人とその場で寝転んで寝息を立て始める。マリア組は討伐作戦で文字通り死ぬほど疲れていたし、それは仕方のないことだ。やがて、起きている者は、ナギとミシェルとフロウの3名となった。尚、酒を飲んでいなかった筈のアンリはマリウスとエルと会話するついでになし崩しでしれっと酒を浴びるように飲み、そして撃沈していた。やはり彼はドワーフなのかも知れない。酒好き的な意味で。
ともかく、ナギは寝転がって寝ている人々を並べて、簡易的なシーツを掛けていった。その間、フロウとミシェルは酔ったからと別室へと赴き、そこで2人で飲み物を片手に話をしていた。他の人々には聞かせられない、大事な話があったからである。
◇
「……フロウさん。貴女は彼の事…どう思っていますか?」
「勿論、大事な人。貴女もそうなの?」
「実際見て分かりました。ナギくんは、ずっと貴女に逢うために頑張ってたんだなって」
「そう……嬉しい…」
「貴女は凄い人です。私なんかよりもずっと……でも、私は貴女に彼を譲るつもりはありません」
「む……それは貴女を見ていれば分かる。でも、貴女には立場というものがある。私たちはただの孤児。貴女は大きな街の後継者。その部分が交わることは難しい。そこの所をどう考えているの?」
「私は地位などに興味は無いです。そもそも、魔人に攫われたときに私の女としての価値は消滅しました。帰ったとしてもそんな娘は不良品として扱われるでしょう。そして、最終的には望まぬ高齢の有力者の元へ嫁がされることになる」
「あのアンリって子、元婚約者って聞いたよ。幼いのに凄腕の鍛冶師って。元でも婚約者だったのなら、帰ってまたそれが復活することもできるでしょう? 彼はまだ幼いけど、素敵なコに見えるよ?」
「彼は自らの提案で婚約を解消したんです。振られたんですよ、私」
「!? そ、そう……複雑なのね」
「そこでご相談です。貴女は彼とこれからも共に居たい。違いますか?」
「…………違わない」
「ならば、私と組みませんか? あの人は、そんじょそこらの英雄やいい男とはわけが違う。仮に私と貴女が振られても、彼に寄ってくる女は数知れないでしょう。私以外の女と彼が仲良くする……私にはそれが耐えられない。だから、私と組んで、それらの有象無象を排除しませんか?」
ミシェルは、フロウの人柄を分析すると同時に、彼女がナギをどう思っているかを探った。その上で、フロウには勝てないと悟った。彼女の意志の強さと、才能、人柄、全てが自分とガチガチにやり合えるだけの能力を持っている。そして何よりも、ナギの彼女に対する態度からそれが伺えたからだ。だからこそ、ミシェルは賭けに出た。
「……何故、私?」
「貴女なら、私が許せるからです」
「貴女……思ったよりも我が儘なのね」
「そうですよ? 私の心と身体は、魔人に攫われたときに殆ど死にかけました。そこをギリギリのところで救ってくれた彼を慕うのは……そんなにおかしいことですか?」
「いえ……でも、一時の感情に振り回されすぎていないかしら?」
「逆に聞きますけど、貴女はどうなんですか? 彼を失って初めてその想いを自覚したのでは? そして、それを取りもどす為に大変な苦難の道を歩まれた筈。失礼ですが、私はそうなりたくはない。だから今、全力で手に入れたい。そのためだったら私は何でもします。そう、何でも……」
ミシェルの眼は真剣さを飛び越え、狂気を孕んでいた。フロウはそこに気付いていた。ナギへの想いも同様に。
この短い邂逅とこれまでの会話の中で、この娘は目的の為ならば、何でもやりかねない力を持つだろうという事を感じていた。判断力も、決断力も並ではないし、行動力も飛び抜けている。やると言ったらやる。そういった〝凄み〟をもつ人物であるとフロウは判断した。だからこそ、フロウは聞いた。ミシェルがどのような提案をするのかを。
「……具体的には?」
◇
フロウは妥協した。この娘を敵に回すとかなり面倒な事が起きる。理性的な部分でそう判断したのだ。発音に妙な訛りのあるこの娘は、恐らくは全く違う言語を操っていた。しかし、この短期間で覚えたのだろう。それだけでも、天才と言って差し支えない。
フロウはナギの事を好きだ。それは幼い頃からナギと会話し、培われていった感情であるし、短い間ではあったが、彼と共に戦ったあの黄金の日々を忘れられないからだ。コルテスとの最初の邂逅で、彼は自分たちを救ってくれた。その想いがあるからこそ、失われたときに自分を相当責めたし、それが今現在に至るまでの原動力にもなっていた。そして、その甲斐が今回報われた。そして、もう二度と離さない、と彼女の中で誓っていたのだ。
しかし、状況は変わってしまった。彼は戻ってきた。公爵級を一捻りするような、凄まじい英雄となって。ミシェルの言うとおり、有象無象が群がるだろう。そして、むしろ彼こそが政略結婚の駒にされてしまうだろう。そうなったら、最早自分では手出しが出来ない。彼が再び自分の手の届かないところへ行ってしまう。それは嫌だ。
しかし、目の前の娘は、ナギの視線は自分に向いているという。それは本当に嬉しい限りだが、自分には力が無い。権力という意味でだ。今、マリアの弟子ということで一定の力は持ってはいるが、流石に領主級が出てくれば、自分の意見は通らないだろう。
目の前の恐ろしく、そして人間離れした美貌を持つ少女は彼を慕っている。
懸念があるとすれば、この娘はあまりにも完璧すぎることだ。彼の心がそっちに行ってしまわないか心配になるほどに。自分としては彼を離すつもりは毛頭無い。しかし、ミシェルも彼を諦める様子は無い。そうなれば、最終的にナギにも迷惑を掛けてしまうことになりかねない。それはフロウとしても嫌だった。だからこその妥協。
彼女は、領主の娘。そして後継者。であるならば、彼女には自分には無い〝力〟がある。それを存分に利用し、障害を排除するのだ。それを利用させてやる代わりに、自分にもおこぼれを分けろ。彼女はそう言っているのだ。
フロウとしては非常に度しがたい提案ではある。しかし、合理的でもある。ほんの少し我慢すれば、自分は彼を失わずに済む。ミシェルも満足するし、ナギにも余計な心配は掛けない。
しかし、この提案には欠点がある。
「……貴女の言いたいことは理解した。その内容にも概ね同意できる。でもね、肝心のナギくんの気持ちは?」
「ふふ……それこそ、私たちの力の見せ所ではないのですか? それとも貴女は有象無象の寄ってくる女に負けるほどの気持ちしか無いのですか?」
「煽るね……酔ってる? でもまぁ、そうだね。例え貴女が相手でも負けないよ。その自信は、ある」
「ならば、成立です。口約束でしかありませんが、私は約束は守りますよ?」
「守らなければ力尽くでどうにかするだけ。貴女にはまだ防げないでしょ」
「そんなことしませんって。分かっているくせに」
そんな言葉でのじゃれ合いにしては物騒な応酬をしていた時、思いもしなかった第三者の声がそこに割り込んだ。
「その契約、私も噛ませてくれないかしら」
「「!?」」
「マリア! 寝てたんじゃ…!」
「何を驚いているのかしら。この私が酒如きで寝てしまうような失態を犯す訳ないでしょう……あの酒は美味しすぎて危なかったけれど。フロウ、貴女の師匠は誰なのかをもう忘れたのかしら?」
「……水属性の第一人者。その水属性を体内で操ることで、驚異的な肉体年齢を維持し続ける化け物。体内に入った酒精を恐らく分解した、変態的な技術の持ち主」
「おやおや、随分な評価ねぇ。使徒様への勝利の抱擁は譲ってあげたと言うのに」
「待ってください! 貴女には関係ない筈! 宗教上で持ち上げるのは結構ですが、貴女個人の話とはまた別ですよ!? それに年齢──」
「お黙り! 確かに私は貴女達よりも厳しい条件なのは認めるわ。でもね、私は初めて見た時からあの方をお慕いしてるの。彼を手に入れる、その為ならば何だってやるわ。仮に、貴女達が相手でもね」
異様な雰囲気を発するマリア。ミシェルとはベクトルの違うヤバさを孕んだその眼差しは、マリアの狂気を端的に説明していた。
「……いいでしょう。認めます」
「ミシェル!?」
「よく考えてください。この方は、貴女の街の宗教関係を牛耳る人。そしてダイバー組合の実質的な指導者。そんな人が狂信的に、熱狂的に彼を慕っている。そんな人を放置するよりは、仲間に引き入れた方がいい」
「いや、でもそれは」
「あら、少しは頭が回るようね。この私を敵に回すとどうなるかを」
「ただし! 貴女には年齢的な壁がある。第一にナギくんが貴女を気にいるかは別問題です」
「ふふ…貴女の言う通りね。でもまず第一に、肉体的な問題なら解決のアテはある。第二に、気に入るも気に入らないも、私ならばそういう状況に追い込む事はいくらでも可能です。まぁ、まずはアピールするけれどね。極論、どうとでもなるのです。だから私もそこに加えなさい。悪い様にはしないわ」
フロウは眩暈がした。一体何が起きているというのか。彼を巡るアレコレは、全く思いもよらない方向に流れようとしている。自分はただ、彼と共にいたいだけなのに──
「フロウさん、貴女の思っている様な事は私も散々考えました。しかし、現実的に考えて、全員が幸せになる為にもこうした事は必要なのです。そうでなければ諍いが起き、全員が不幸になりかねない」
目の前の怪物が宣う。この怪物は、もう1匹の怪物が乱入してくるだろうという事も想定していたのだ。その上で、先に自分との協定を結んだ。もう1匹を完全に排除する為に。少なくとも最初の路線はそうだった筈だ。しかし、マリアもまた怪物である。それは自分がよく知っている。だからこそ、ミシェルは路線を変更して仲間へと引き込んだ。不毛な争いを避けるために。
マリア単体であるならば恐らく勝てる。しかし、この2人に組まれれば途端に勝ちの目は遠のくだろう。ならば、組むしかない。彼を2度と手放さない為に。要はこの2人よりも彼をしっかりと捕まえておけばよいのだ。この怪物達に、決して渡さぬように──
「フロウ、自分では気付いていないかもしれないけれど、貴女は十分怪物ですよ。だからこそ、この私が唯一弟子にしたし、この作戦における中核を担わせたのです」
「それは同感ですね。何が…と言われると言葉にはし辛いのですが。私達にとったら貴女が1番の障壁ですから」
おや、独白が若干漏れていたか。それとも私の考えを読んだか。この人達ならやりかねないか。でも、私が怪物なんて失礼な話だ。鏡に向かって言えと言いたい。
そんな2人がタッグを組むというのなら、私も乗らざるを得ない。流石に人類最高峰の権力と暴力には太刀打ち出来ないし。だから私も、彼女達が私を過剰評価してる隙間に滑り込ませてもらう。
「……分かったわ。それで手を打ちましょう」
私がそう言った瞬間、あからさまにホッとするような安堵が伝わってきた。彼女達は顔やその他には全く出していないし、むしろ逆の雰囲気を醸し出してはいるけど、分かってしまう。擬装が下手くそだなぁ。
──ナギくんなら全く読めないのに。
「では、乾杯しましょう。私達の秘密の協定が結ばれた事を記念して」
ミシェルが、杯を掲げる。この娘、14歳じゃなかったっけ? まぁその姿があまりにも似合うからいいか。私は合わせて杯を掲げる。マリアもそれに続いた。
「「「乾杯!」」」
無機質な部屋で、乾杯の音が静かに木霊した。