ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
結果から言う。フルボッコにされた。まず、オレが剣を持てない。いや、持つのは持てたが振れない。そんな状態でドニさんの剣を避けることが出来るわけがないのよ。ドニさんは器用に剣の腹でオレを丁寧に打ち据える。これがまた異常に堪える。霊力が発現した人間はある程度の防御力も上がるらしいが、それでも恐ろしいぐらいに効く。ドニさんの剣が特別製なのか、それともドニさんの力が異常なのか。どちらかは分からないが、とにかく凄まじい攻撃力だ。霊力のおかげか何かは分からないが、回復するのも早いのが僅かな救いか。
多分だが、これでも凄く手加減されていたのだろう。それでもこの有様だ。本当にこれで何とか出来るのだろうか? オレには分からない。だが、後半には身体の動かし方が何となく分かってきた。とにかく避けることに専念する。少しでもためらえば強烈な打撃が襲ってくる。オレは自分の霊力を身体とリンクさせる事を意識しながら避け続ける。少し身体が動きやすく、スピードも上がった気がするが誤差に等しい。それに、この剣がはっきり言って邪魔だ。ない方が避けられるし、攻撃などもってのほかだ。しかし、我慢出来ずに剣を手放したらドニさんは鬼の表情で「拾え」と言ってきた。それでも拾わずにいたら、先ほどの数倍の攻撃が襲ってきた。仕方なく拾い、再び避ける修行に入る。そうしてしばらくボコボコにやられていたら、周囲から何かの気配を感じた。
魔物だ。イノシシ型の魔物「ジャバリ」だ。
「ようやく来たか。今日は活発では無いらしいな。では、ナギ。あいつを狩れ」
「えっ? この状態で? 本気で言ってる!?」
「本気だ。今のその消耗した状態と、振り回すことも出来ない剣で狩れ。それが出来なければ到底ダイバーなど無理だということを知れ」
……マジすか。スパルタここに極まれり、だな。今の状態は、瘴気に霊力を削られ続け、最初から比べたら半分以下になっている。そして、彼の言ったとおり、今のオレは剣を禄に振り回すことすら出来ない。どうしたらいいんだ……?
そう考えていると、ジャバリはオレに向かって突進してきた。通常のイノシシと比べたらその巨体と圧力は桁が違う。喰らったら普通ならあの世行きだろう。とっさにオレは横に飛び、突進を躱す。しかし、ジャバリが反転して戻ってきた! クソ、このままじゃジリ貧だ! どうする!? とりあえずこの剣を使うしか無い。
突進を横に躱して…今だ!!
鈍器で金属を殴った様な手応え! そして剣が跳ね上がる。腕にかなりの痺れを残して。浅い! 弾かれた!! ダメだ。もっと威力が必要だ。しかし、正面から腰を据えて振ったとしても、恐らく弾かれるだろう。それぐらいの差を感じる。その時、他に来ていた魔物を片手間に蹴散らしながら、ドニさんがオレにアドバイスしてくれた。
「
??? 手を伸ばす? どういう事だ? 分からん……しかし、悠長に考えている余裕は無い。奴はオレが突進じゃ避けると考えたらしく、ステップを踏み始め、ジグザグ走行で迫ってきた! そんな事まで出来るのか!? まだ腕が痺れている。チッ……避けるしか無いッ!!
奴の最後のステップを躱し、右に避けた…その瞬間、奴は強靱な脚力で更に方向を転換した。
!!!
不味い!! 避けきれない…!!
鈍い音を立ててオレは吹っ飛ばされる。自動車事故に遭ったぐらい吹っ飛ばされた。衝突箇所の腕と脇腹は罅ぐらい入っているだろう。凄まじい痛みで呼吸が苦しくなる。だが……分かった。どういう事か。ジャバリの最後の急激な方向転換、その時奴は纏う瘴気を脚に濃くしていた。そういうことか。手を伸ばすとは、剣を持つ霊力そのものを伸ばすことに他ならない。剣を手の一部とイメージする、ということか。
……できるか?
いや、やるしか無い。奴が迫る。これをミスればあの世行きの可能性すら見える。死を意識して、オレは極限の集中状態に入ったらしい。奴の動きや周囲の時間全てが遅くなる。スローモーションのように時間が引き延ばされている。自分でも驚くほど冷静だ。ゾーンに入ったような感覚。
なるほど。確かにコイツは雑魚だ。ただの突進しか攻撃方法が無い。記憶がフラッシュバックする。
──そう。突進してくるしか能が無い。そして、こういったエネルギーで動く生命体は、核が必ずある。そこにピンポイントで攻撃を入れるだけだ。つまり、そこに己のエネルギーを適切に入れる。それだけ──
脱力──
そして……スッと剣を上げる。身体が知っている。その動かし方を。振るのでは無い。突くのだ。ただ、添えるだけでいい。奴はフェイントを入れながらジグザグにオレに迫る。そして……
奴が飛び込んで来る直前に、奴の目から剣を差し込む。正確に、適確に。剣は柔らかい、生々しい音を立てて、いとも簡単に目から入り、脳を貫通し、首筋を通り越して瘴気の集まる心臓付近の核へと到達した。これらの生物は脳を潰しても瘴気があれば暴走状態となり更に厄介になる場合が多い。であるからには、必ず核を狙う必要がある。そう。今のように。
剣は根本まで奴に刺さり、奴は数度痙攣したかと思えば、そのうち大きな音を響かせて倒れた。集まっていた瘴気が霧散し、奴の死体が残る。まだ瘴気を纏っているが、微かなものだ。
「……よくやった。それでいい」
気付けば、ドニさんがオレの近くに来てねぎらいの言葉をかけてくれた。その背後には無数の魔物が一刀両断されていた。……恐ろしい力量だ。だが、オレも勝った。初勝利だ。
そして……もうさすがに限界だ。喜びと共に傷の痛みがぶり返してきた。目眩もする。視界がぼやけ、ぐるぐるする。あぁ、倒れるな。別の自分が冷静に実況する。そして、視界が遂にブラックアウトしてオレは意識を失った。意識を失う寸前、オレは先程の事を振り返っていた。
──オレは、あの時、オレは自分でも知らない知識を使っていた。オレは……闘い方を……
◇
【SIDE:組合長】
「よぅ! ドニ。どうだった?」
「見ての通りだ。浄化と買い取り頼む」
ドミニクは担いでいた小僧をベンチに寝かせると、そのまま収納袋から本日の戦利品を取り出す。
「あいよ。んじゃ動くなよ。……ところで、浄化はガブリエラに頼んでやれよ。アイツも喜ぶぞ?」
「いや……気持ちは分かるが遠慮しておく。私には勿体ない。それに、ナギもいる」
「う~ん、オメーさんの身持ちの固さには困ったもんだ。ま、この会話も飽きるぐらいしたからやめとこう。それで、そのナギはどうだった?」
組合長の質問に、彼は少し考える仕草をしながら答える。
「……やはり、異常だ。昨日の今日霊力を発現したとは思えん。今日初めて瘴気に霊力で触れ、消耗させた上での初戦闘だ。しかも得物は初めて持つ剣だ。それで、ジャバリに勝利した」
「……は? い、いや。さすがにお前、それは」
「事実だ。私にも理解が出来ない。特に最後、ナギは霊力を完璧に操り、正確に弱点にそれを通した。私も目を疑った」
組合長もコレには呆れた。あまりにも普通じゃ無い。初心者ダイバーの鬼門のような相手にド素人が勝つ事など普通は不可能だ。そして呆れたのはドニの訓練方法にもだ。
「オレはお前の訓練内容にもびっくりだがな……普通死ぬぞ? それは肉体的にも訓練に訓練を重ねて、霊力も自在に動かせるようになってからする奴だろ?」
「死なない。ナギは、死なないと確信していた。むしろ私もかなり追い詰めたとは思ったが、
ようやく彼の狙いがつかめてきた。要するに彼は追い詰めているのだ。本質が出てくるまで、一歩間違えば死ぬほどの訓練を課しながら。
「おいおいおい! マジかよ……フツーじゃねぇぞ!」
「浄化が止まってるぞ……そう。普通じゃ無い。結構な怪我をしたはずだが、もう全快している。回復力も異常だ。だから、これぐらいしないと出てこないのだ。お前も知ってるだろう? この間のことや、2年前の事を」
あったな、そう言えば。ただでさえボロいドニの家が粉々になったやつだな。2年前ってアレか。中層級の死骸のど真ん中で寝てたってやつか。
「あ、あぁ……。お前ん
「それを私は見極めたい。……場合によっては、私が責任を取って
「……そうだったらいいけどな……そう考えるとコイツも可哀想な奴だ。この歳でな。せめて安全だと言うことを早くオレ等に証明してくれればいいがな」
「そういうことだ……ありがとう。では計算が済んだらそのままカリーノ孤児院へ届けてくれ」
ドミニクは不器用な男だ。どうせあの小僧には何にも説明なんぞしちゃいねぇだろう。哀れではある。拷問一歩手前の訓練を課されながらも、それがダイバーへの訓練だと一生懸命にやる小僧。それが己の危険性を証明するための物だと気付いちゃいない。ドミニクも不器用だが冷血な男では無い。内心苦しんでいることも分かる。表情には出さないが。だからこそ、あの小僧が安全であるという証明が欲しいのだがな。
「待て。今渡すからせめて一割は持ってけ……その坊主には腹一杯食わせてやれ」
「……分かった。そうする」
そうして、14歳ぐらいの子供を抱えた元騎士は組合を出て行った。その姿を見送りながら、会話相手の男はため息をつく。そこに、2階で仕事をしていたガブリエラが戻ってきた。
「あー!! ビト組合長! ドミニク様が来てたのに何でアタシに通さないのよ!!!」
はぁ、うるせーのが来た。コイツはドニの追っかけ3号。こんなんでも凄く優秀なダイバーだった。今は引退して浄化担当として悠々自適の生活をしているが。
「うるせーなぁ……オレはお前のとこに行けって勧めたんだぜ? それで断られたんだよ。だいたいアイツが拒否ってんだからそろそろ諦めろよな」
「うっ……でも、アタシのトコに通してくれれば会話ぐらい出来るでしょ!! アタシの唯一の癒しなんだから!!!」
その割には消極的なアプローチしかできてないが。そんなんだからいつまでもダメなんだ。言わないが。ただ、ドミニクの野郎もその辺は本当に固いから頑張っても無駄かもしれねぇけどな。
「オメーもそんなこと言ってると行き遅れるぞ? アイツは諦めろって。んなことより、オレはアイツらが心配でな」
「あぁ……ナギ君でしょ? うん……いいコではあるんだけどね……」
「急に真面目になるんじゃねーよ……ま、哀れではあるわな。アイツらの関係も複雑だしな」
「そーねぇ……でもね、アタシは大丈夫だと思うのよ。根拠は無いけど」
「無いんかい!」
「そう思ってた方が精神的にもいいでしょ? ここ最近ずっと暗い話ばっかりだったからね」
「……そうだな。そう祈っとこうか。いるかどうかも分からん神にな」
「ドミニク様は敬虔な信者だから、本人の前じゃ言わないようにね。アタシもそう祈るわ」
2人は、彼らが出て行った扉を眺めながら、彼らの未来に幸あらんことを祈っていた。