ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜 作:エアロダイナミクス
「ここで畳み掛ける」
鍛治勝負が終わった後の領主館での夕食会で、ナギはそう宣言した。当然その場には領主セドリックもいて、彼の言葉に反応する。
「それは、どういう事かね?」
「アンリが勝って、俺のやりたい事がかなり融通が効くようになりました。後は我々がこの街でより動きやすくする為に、もう一押ししたい。今度は俺たちが頑張る番です」
若き英雄はそう宣った。領主セドリックとしては、この若き英雄には心底感謝していた。絶望的だった娘を救い出しただけでもどれだけ彼が救われたかは分からない。しかし、そこに加えてダイバー組合を始めとする各組合の不正を暴き、更には、先だっての鍛冶組合長バチストとの勝負で大きな既得権益を持つバチストを事実上排除して、有能なアンリを頭に据えることができた。
そもそも、鍛冶組合はこの街の根幹を為す程の大きな組合であり、ダイバー組合共々領主といえども下手に手出しはできなかった。だからこそこの街の至宝ともいえるミシェルと、その後継者候補であるアンリの婚約が成立していたのである。初めは本当に長男との婚姻になる予定ではあったが、流石にそこは領主が拒否し、それでも押し切れず最年少のアンリになったという経緯がある。アンリは若干12歳ではあるが兄弟の中では才能は随一であり、だからこそミシェルとも上手くやれるのでは、との領主の苦渋の判断だった。
しかし、この光の英雄が彼らを連れて帰還した時、アンリも大きく成長し、ミシェルとの婚約を解消した上で、専属鍛冶師と組合長という、セドリックにとっては理想のポジションへと成り上がった。ミシェルと比較され自信を失っていた少年は、今や大人顔負けの人物へと変貌しており、それがセドリックには非常に頼もしく映った。彼をここまで成長させたのは、間違いなくこの目の前の若き英雄なのだ。
もうこの時点だけでも彼に返しきれないほどの恩がある。だからこそセドリックは、ミシェルが初めて惚れているように見受けられるこの英雄ならば婚姻させても良いし、彼の為なら何でもするという気持ちになっていたのだ。だが、この英雄は更にこの街を変革するために一押しが必要だという。一体何をするつもりだろうか。
「君には本当に感謝している。何でも言いたまえ。具体的には何を?」
「そうですね。まずはアンリに働いてもらいます」
「ほう。それはいいのだが……どのように?」
「この場にアンリもいますから同時に説明しますね。アンリ」
「なんでしょう」
「君には色々とやってもらうつもりだけど、まずは鍛冶組合の掌握に努めて貰いたい」
「そうですね。それは必須ですからやりますよ。で、【アーク】はいつ?」
「話が早くていいね。でもそれはもうちょい後。まずはデモンストレーションが必要だし、体制を整えてからがいいかな。近隣の脅威は排除したからしばらくは大丈夫だろう」
「了解。ナギさんに負けないように頑張りますよ」
「というわけで、【アーク】量産と設置の為の準備と働きをお願いしようかと」
「な、なるほど。他には?」
「合同慰霊祭ですね。まだやってないという事だったので、盛大にやりましょう。そのついでに民衆その他に希望を見せる。逝った人々が浮かばれるように。これに関しては少し時間調整が必要ですが…マリアさん」
「はい、使徒様」
「貴女にお願いしたい。マドリーの街の元教会長だった貴女には適任の筈だ」
「勿論! 使徒様の命令でなくともその程度はお安いご用です。むしろ、まだ慰霊祭をやっていないとは嘆かわしい」
「な! そうなのか!? しかし彼女は……」
「そう、
「喜んで!」
「セドリック殿は、この2名へ権限を与えて頂きたい。双方かなり重要かつ必要な事なので」
セドリックにとってはそれぐらいならばお安いご用だ。当然、それについては二つ返事で了承した。
「他には無いかね? むしろこれだけでは私の沽券に関わりそうだ」
「えぇ、もう一つ、すごく大事な事があって……」
「何でもいいたまえ! 何でもいいぞ! なぁミシェル!」
「もう! お父様ったら……」
「あ、いえ、まぁ、それはまた話すとして……慰霊祭と同時に祝勝会をやりたくてですね。民衆に希望を持たせるには、まずは祭りが一番。ということで、ここにいる最強のメンバーを遊ばせておくのも勿体ないし、祝勝会に際して闘技大会を開きたいと思いまして」
「闘技大会、とな……い、いや、確かに君達が動きやすくなるためには最適だろうが」
「そうなんです。それが一番手っ取り早い。我々の目的は2つ。1つは光の霊力の有用性を知らしめること。これは【アーク】でもできますがね。ただ、一般ダイバーにも目覚めて欲しい。この場で言えば、フロウがその先駆者ですから、実際は彼女が主導して教えることになるでしょう。しかし、それを教えるためにも我々の強さを見せつけておきたい。2つ目は、魔術の普及です。ミシェルは習得していますが、それを一般ダイバーが実戦投入できるようになるまで普及させる。その有効性を見せるにも闘技大会が一番なのですよ」
セドリックは困惑した。確かに彼らが動きやすくはなるだろう。しかし、彼は領主側からは何も貰っていないのだ。むしろ材料を提供したり、自分たちが動いたりと大忙しである。どうしてこうなったのか。
「いや、分かる。分かるんだが、ホラ、あるだろう? 欲しいモノとか」
「あ~そうですね……では、どうしても欲しいモノがあります!」
「いいぞ! 言ってみよ!」
「祝勝パーティーの表彰式で、俺に【称号】ください! 超! かっこいいやつお願いします!!」
◆
大いに盛り上がった鍛治勝負がひと段落つき、アンリは領主の専属鍛治師兼、鍛治組合の長へと正式に任命された。そして彼は、すかさず鍛治組合の不当な価格設定を領主へと報告。無事に適正価格へと是正された。それが、組合長として初めての仕事であった。
また、彼の家族は粗方逮捕されて牢に繋がれたので、その家に彼はそのまま移住した。リュシーを伴って。リュシーは正式にミシェルの護衛兼側仕えに任命されたばかりであり、周りからは何かと噂されたが民衆は彼がまだ少年である事と、鍛治組合の不当な価格に辟易していた所を救ってくれた英雄の1人として好意的に見ていたし、まだ若くて新進気鋭の天才がトップに立った事を歓迎した。
そのように、民衆からは好意的に見られたが、組合内部からは反発が強かった。いくら前組合長の実子とは言え光の英雄の威を借りて単独クーデターによって無理矢理その地位を奪ったのである。それは当然であると言えた。特に年長の鍛治師からはその傾向が強かった。
しかし、アンリはそんな彼らに彼自身が採掘したり魔人の城から得た新素材を惜しげもなく提供し、研究を命じた。それによって表だって反発する者は減り、むしろ彼の齎す恩恵に預かろうと必死になった。
その背後には領主の娘の影があり、実際は彼女が主導しているのではとの噂も立ったが、実際に彼を見た人々はその天才性を目の当たりにしてそれを否定した。彼の腕は群を抜いており、前回の勝利もマグレや出来レースではない事を存分に証明し続けたからである。
彼は上記の仕事の合間に、マドリーの英雄達の武器防具も打ち直しており、その仕事を他の鍛治師にも公開した事も多大に影響しているだろう。
また、英雄達の1人であるマリアは慰霊祭がまだ開かれていなかった事を大いに嘆き、領主の許可を得てパリスの教会へと足を踏み入れた。(尚、彼女はラブやんによる言語注入を受けている。その方が便利だからと彼女は一切躊躇しなかった)そこで、彼らの長と対談し、無事に慰霊祭は滞りなく、盛大に行われることとなった。
その時どのような話し合いがもたれたかは分からないが、その話し合いの後で教会にも大変革が起こった。具体的には、過度なお布施の禁止、免罪符の廃止、聖職者の権威付けの廃止など、教会はかなりドラスティックに改革していった。その結果、一般の民衆でも教会を利用しやすくなった事は間違いない。民衆としては大歓迎だったし、その先頭に立つマリアの美しさも相まってたちまち彼女は大人気となった。しばらくすると、彼女はパリスの教会の相談役というかなり大きな立ち位置にしれっと立つ事に成功していた。代表は依然教会長だが(それ以前は教皇と呼称していた)、民衆からすればマリアこそが教会の代表であると殆どの者が認識するほどであった。
当然ながら、彼女は光の英雄を神の使徒と捉えており、現人神認定を勝手に行っていてナギに怒られていたが、そこに誰も文句を言う者はいなかったし、言えなくなっていた。
とにかく民衆は、大きく変わっていく街にあってその変化を喜び、そして彼らの中に希望が芽生えていた。次々と我慢していた悪徳が滅び、生活が良くなっていく。それが実感できたからだ。また、領主から慰霊祭に加えて祝勝会も行うという布告がなされた。それには彼らも驚き、そして喜んだ。これまで、そのような催しは無かったからだ。
彼らは一様に喜んだ。
何故なら、これまで殆ど民衆の前に出なかった英雄達が、再び全て彼らの前に現れることになったからである。
◆
「これより慰霊祭を行います。一同、死者の為に祈りを捧げましょう」
慰霊祭の式典は、パリスの巨大なドームで行われた。式典や催し物があるときは大体ここで行うことが多く、何万人もの人々を収容できる巨大な施設である。マドリーよりも規模が大きく、パリスがいかに大きな街かが伺える建築である。
そこでの式典は、何故かマリアが主導しており、粛々と進んだ。街全体を含む大規模な慰霊祭であるが、マリアは実際にマドリーで何回も経験があるし、風の魔術を習得していた彼女の言葉は大々的にドームに響き渡り、その美声によって民衆は心地よい中で祈りを捧げ、死者を悼むことができた。
彼女をサポートするのは教会長ではなく教会のシスターになっており、教会長は裏方に回っていた。最早慰霊祭では彼の影も形も民衆は見ることはなかった。余談だが、後日案の定教会長は引退し、次の教会長はそのシスターへと変わった。
最後に、マリアはうやうやしく丸く削った水晶のような石を取り出して、祭壇に置き、そこに光の霊力を込めた。太陽石である。その光はドーム全体から視認できるほど強烈な光を放ち、観客は驚くと同時に、死者が光によって葬送される事を喜んだ。
盛大に、しかし、厳かで静謐な雰囲気で行われた慰霊祭は滞りなく終わりを迎えた。民衆達は満足すると同時にそわそわしていた。いよいよ祝勝会が始まるからだ。この日のために頑張って働いてお金を貯めてきた者もかなりいた。祝勝会の目玉は、余興である闘技大会。そこで、彼ら英雄の力を見ることができるとなれば、どんな万難を廃してでも観に行きたいものだったのだ。登壇していたマリアが引っ込み、祭壇は片付けられ、中央に領主セドリックが進み出た。
「これより! 祝勝会を行う!」
ワッ! と観客が沸き、厳かな雰囲気が一変する。闇は晴れた。それを祝う会が始まった。
◆
大歓声がドーム内に木霊する。それは、かなりの質量をもって闘技場内に響いている。
「ば、馬鹿な……」
「私、節操ない人たちは嫌いなの」
その闘技場の中では、フロウ1人に5人パーティーが全滅させられて、そのリーダーが呆然としながら呟いている。
ちなみにこのパーティーは、リュシーを切ったパーティーだ。フロウに自分達が勝ったら仲間に入れと勧誘していたようだが、言葉が通じないフリをして(マリウス組も含めて、結局彼らは言語注入を受けた)誤魔化し、更に徹底的にボコっていた。
パーティーで掛かっていって、全員ボコられるというダサい結果を晒し、彼らは肩を落として闘技場から去っていった。
また、その後有望なダイバー達がエル、サラ、アイヴァン、ルチア、エレーナと戦ったが、エルサラコンビが、圧倒的な力で10人のパーティーを壊滅させたり、アイヴァン、ルチア、エレーナコンビが50人規模の集団を寄せ付けもしないまま蹂躙したりと、やりたい放題だった。
民衆らもそうだが、ダイバー達が驚いた事は、彼らの強さも然ることながら一様に光を纏い、更に複数の属性を操っていた事だ。それは、これまでの常識を一変させる出来事であり、その事実は彼らを混乱の渦に叩きこんだ。決して手を抜いたわけではない。むしろ、組合長やその手下共のせいで不信感のあったパリスのダイバーの実力を知らしめると意気込んでいたのにこのザマである。呆然としてしまうのも仕方のない事だろう。
お通夜ムードがパリス側のダイバー達に漂う中、エキシビジョンは佳境を迎える。
マドリーの街最強と名高い
「今度こそ勝ち越してやるぜ、信仰狂い」
「あら、例のワードを言わなくなっただけでも進歩したものね。ご褒美に敗北をプレゼントしましょう」
マリウスが、莫大な霊力を放ち、そのガントレットを打ち合わせる。それに対してマリアは収納袋から二振りの剣を取りだして静かに構える。しばらく睨み合った後、激突が始まった。
その戦いは人智を超えたものであった。しかし、民衆やダイバーにとっては先程まで盛大に慰霊祭を取り仕切っていた教会関係者と思わしきマリアが、凄まじい剣舞と術式を披露する事に興奮した。また、対するマリウスも一方的にやられる訳がなく、無属性故の恐ろしく洗練された体術で、激しい剣舞に対抗していた。その
しかし何事にも終わりは来る。刹那とも無限とも思える一瞬一瞬の煌めき。その積み重ねは、マリアの混合属性である広範囲爆破攻撃により均衡が崩れる。マリウスはその莫大な衝撃に全霊力を回してガードせざるを得ず、その一瞬の隙を掻い潜り、マリウスの決死のカウンターすら弾いたマリアがその剣を喉元に突きつけて、マリアが勝利を収めた。
「これで私の勝ち越しね」
「チッ……クソッタレめ。またナギの野郎と鍛えるしかねぇか」
決着が付いた瞬間、ドーム内では大歓声が巻き起こった。見ていた者達はダイバー達も含め最早何が起きていたか分からなかったが、とにかく凄い事が起きていたという事だけは分かったようだ。凄いモノを見た。その興奮により、スタンディングオベーションが起こる。盛大な拍手と歓声は、余興のフィナーレを思わせるものだった。
しかし、エキシビジョンはもう一つ残っている。
そう。公爵級魔人単独討伐の英雄にして、名実ともに最強。更には物語の様に攫われた姫を助け出すという偉業を達成した男。〝光の英雄〟ナギ=シュトルバーンだ。
彼がマリア達と入れ替わりに闘技場へと姿を現す。その容姿は黒髪と黒目という以外に特に特徴が見当たらない、少年にも近い青年。修道女ルックで最強のマリアと、筋骨隆々で激強のマリウスと比べればキャラが弱く、そんな彼がマリアやマリウス以上に強いなどとは到底信じられるものではなかった。
対するは、パリス最強、
ヴァネッサはブガロッティの横暴に対しても唯一意見を言える女ダイバーであったし、その真面目で真摯な姿勢は他のダイバー達の規範であり、腐敗しかかっていたダイバー組合の最後の良心ともいえる存在だった。彼女こそがパリスのダイバーの象徴と言っても過言ではなく、他のパリスのダイバー達は、彼女の勝利を祈って盛大に声援を送っていた。
一方、彼女は領主やミシェルとの親交も深い。だからこそ、ミシェルが魔人に攫われたときも忸怩たる想いをしていたし、彼女が帰ってきたときも、領主からその報を受けて急いで駆けつけたのだ。
そんなヴァネッサと、光の英雄が闘技場の中央で向かい合った。
◆
【SIDE:ヴァネッサ】
ヴァネッサは後悔していた。当初はナギと対戦するのは、マリウス・マリアの2人がかりでという案だったのだが、どうしてもと領主に頼み込んで、ナギとのタイマンとなったのだ。
彼女は知りたかった。光の英雄とやらがどれほどの強さなのかを。
しかし、エキシビジョンの恐ろしい戦いを見て悟った。自分はマリア、またはマリウスであっても到底及ばないことに。同じ
あれより強いということは、もしや手も足も出ないのでは、と。
だが、闘技場に上がるころには彼女は開き直っていた。これは英雄の策略である。だらしないパリスのダイバー達を徹底的に叩きのめし、そして、彼らは自分たちにハッパをかけるつもりなのだろう。それが分かったからこそ、むしろ全力で戦ってみせようと思ったのだ。
事実として、蝕の時に自分たちは街の防衛中に深層級の対処で精一杯で、ミシェルを助けることなど不可能に近かった。しかし、彼は深奥層の魔人の本拠地で魔人と対峙し、お嬢様を救いながら魔人を単独で撃破したのだ。
それがどれほどの偉業なのかはダイバーですら想像がつかないだろう。それこそ、おとぎ話の中の勇者である。そんな、神話にすら出てきそうな人物と対峙することは名誉な事なのだと自分に言い聞かせ、そして全力で立ち向かうと誓ったのだ。
彼女は土属性だ。真面目で努力家。様々な誘惑にも負けず、ひたすらに自身を鍛え抜き、そして、研鑽を重ねていたら、いつの間にか最強という名を手にしていた。それでも街を救うことは叶わなかった。だからこそ、知りたい。それが可能な力とは、どのようなものか。
見た目は普通の青年だ。とりわけ特徴があるわけでも無い。ここらには珍しい黒目と若干顔の作りが違うぐらいだ。だが、その肉体は研ぎ澄まされ、立ち姿に隙が皆無だ。重心の位置は大地にどっしりと根付いて揺るぎそうにないし、それでいてそれを自由自在に動かしてこちらを翻弄するぐらいの芸当はやってきそうな雰囲気を感じる。
こうやって対峙して分かった。この青年は達人なのだと。
「ナギ=シュトルバーン殿、無理な要望を聞いてくれてありがとう」
「いやなに。こちらも君が出てくれて助かる。しかし、申し訳無いが俺は君を倒すつもりでここにいる」
「当然そうだろう。だが、こちらにも譲れないものはあるのでな。本気の本気で抵抗させてもらうよ」
「そうこなくっちゃな。じゃあ、俺も楽しみにしてるぜ」
「双方、構えて」
審判役のミシェルが合図を出す。彼女は全試合審判を行っている。ダイバーでは無いが、彼女は下手なダイバーよりも強いからである。その合図に合わせて、ヴァネッサは大剣を構える。対するナギは、同じく大剣を構えた。奇しくも同じ大剣であることに、ヴァネッサは少しシンパシーを感じた。
「始め!!」
ヴァネッサは、その瞬間に霊力を最大まで練り上げた。霊力の出力の速さ、それは修練の量によって決まる。その出力が強ければ強いほど、当然全ての能力の強さや速さが決まる。まさに基本にして奥義なのだ。それをヴァネッサは瞬時に行った。たゆまぬ努力の賜であり、それは彼女の強さを端的に説明していた。
出力を上げると同時に、彼女は飛び上がり、空中で回転して極大の岩石を生成した。そしてそのまま振り下ろす。それは彼女の最強の技にして必殺の【岩塊猛獅子斬】である。飛び上がり、回転して叩きつける剣の強さに超質量の岩石を追加する。その威力は想像を絶し、避けようにも巨大な岩石があるために逃げ場が無い。コレを発動されてしまえば、いかなる相手でも潰れるか叩き切られるかしか選択肢はないという技である。
しかし、ナギは悠然と構え、そしてその剣先を向かってくる剣へ向けた。そして、インパクトの瞬間にある一点に鋭い突きを放つ。巨大な土塊が一瞬拮抗したかと思えば、それがひび割れ始め、遂には砕ける。ヴァネッサは驚くが、まだ大剣は振り下ろしている。そのまま剣を打ち落として首を狙おうとしたが、ナギは剣先を微妙に変えて斜めに受け、それを受け流し始めた。
それを悟ったヴァネッサは一旦剣を無理矢理はじき、反動で後方へと飛ぶ。それと同時に鉄を生成して投げナイフとして飛ばし、牽制する。ナギはそれを追いながらも、飛んでくるナイフを大剣で弾き、避け、今度は攻勢を仕掛ける。
着地したヴァネッサはナギの猛攻に辛うじて剣を合わせ、彼の目に砂を掛けて一旦距離をとった。
「ペッペッ! いやぁ、すげぇ! 何よりも速い! 霊力の出力速度が尋常じゃ無いね! マリアさんやマリウスとやはり同格の速さだ!」
「……それはどうも。だが、貴殿はまるで余裕だな? 先ほどの目つぶしも避けただろう」
「おかげでちょっと口ん中に入っちまったよ。さてさて、初手で最強の技を見せてくれたって事はかなり本気だね? 嬉しいよ。アイヴァンともガブリエラさんとも違う土属性の使い手。見事だな。じゃあそろそろこちらの力も見せようか」
「おいおい、もうとっくに見せていたのかと思ったぞ。もったいぶらずに見せたらどうだ?」
「ごめんごめん。これもデモンストレーションだからさ、じゃあいくよ」
そう言うと、ナギはなにやらブツブツと唱え始めた。ヴァネッサはしかし、その口に霊力が集まっていることを察知。何か良くないことが起きると直感し、彼に向かって一直線に駈ける。その大剣を振り上げたとき、ナギの
【招雷乱舞】
バチバチバチッ!
周囲に凄まじい量の雷が発生し、ヴァネッサに襲いかかる。しかし、辛うじてヴァネッサは大剣を避雷針にして難を逃れた。しかし、それでも若干のダメージは発生する。コンマ数秒、彼女は動けなかった。しかしその時に見た。再びナギが詠唱を行っていることを。
【灼熱火炎弾】
ゴオッ!
巨大な燃える岩石弾が飛んできて、とっさに土の壁でガード。しかし、属性が混じった攻撃は土壁を貫き、そこに何枚か土壁を重ねて漸く止まった。だが、攻撃は続く。
【水流穿孔】
複数の水のレーザーが飛んできてその土壁を穿ち、破壊していく。ヴァネッサはそのレーザーを避けながら再び土壁を生成しながら、反撃の土の弾丸を放つ。
【断裂風刃】
その土の弾丸は風の刃に悉く斬られて霊力に戻ってゆく。そこに風と同時に氷の刃も襲ってきた。
【氷結冷気刃】
冷気と氷の刃が、風の刃と合わさって襲ってくる。ヴァネッサはたまらず前面に金属に近い障壁を生成し、一息ついた。とにかく体勢を立て直さねば、と思っていたら、頭上に莫大な霊力が発生しているのを察知した。上を見上げてみれば、巨大な隕石が生成されて、自分に落ちてくるのが見えた。
【
ゴオオォォ!!
あまりにも巨大な隕石弾がヴァネッサに向かって放たれる。流石のヴァネッサもこの一連の攻撃には仰天した。この男、いくつの属性を操っているのか。もうほぼ全ての属性は網羅している。極めつけはこの攻撃だ。あまりにも巨大な土の塊が重力と共に落下してくる。それを防ぐため、ヴァネッサは自らが土へと転じ、更に周囲にも土を纏わせて隕石に対して先端を尖らせる。
隕石と土の逆さ杭の衝突。それは衝撃波をもたらし、一瞬拮抗したが、やがて隕石はひび割れて砕けてヴァネッサの勝利となった。土を霊力へと戻しながら、ヴァネッサは困憊していた。あまりにも攻撃が多彩すぎる。だが、目の前にいる男は平然としている。
「むう…流石に本職には敵わないか…」
「……恐ろしい男だな…貴殿は……。霊力勝負では勝ち目が薄そうだ。もう少し付き合ってくれるか?」
「望むところだ。最後に俺の剣を見ていきな!」
「確かにこれで最後にしたいところだな。ゆくぞ!!」
ヴァネッサは、そのまま彼に向かって剣を携え、吶喊する。その直前に土弾丸を牽制として放ち、更には彼の足を土で覆う。しかし、彼は抵抗しなかった。土の弾丸を最小の動きで避け、足が固まったままヴァネッサを迎えると、彼女の乱舞を紙一重で躱し続ける。その動きは先程と違い、超高度な動きであった。ヴァネッサが動かない足の可動域以上の攻撃を入れると、思い出したように大剣で迎撃してくる。凄まじい技術だ。並のダイバーなら最初で終わっている。
しばらくそれが続き、ナギの大剣を大きく弾くと、ナギの避けられないコースでヴァネッサは大剣を振り下ろした…と思いきや、いつの間にか顔の前に光る霊力の刃が突きつけられていた。ライトブリンガーだ。
「悪いね。俺の勝ちだ」
「……どうやらそのようだ。やはり貴殿は底が見えなかった」
「そこはすまんね。でもかなり見せたぜ?」
「ふっ…慰めにもならんさ」
「そこまで! 勝者、ナギ=シュトルバーン!!」
大歓声が2人を包む。ナギは手を振り、声援に応えていたが、しばらくして、観客全員に届く声で語り始めた。ヴァネッサはその時、彼の口周りに再び霊力が集まっているのを見た。
「みんな! ありがとう! 知っての通り、俺がナギ=シュトルバーンだ! 今回俺たちの力を十分にわかってくれたと思う! だが、決してパリスのダイバーが弱いわけではない! だからこそ、俺たちは2つ、
いきなり彼は訳の分からない事を言い出した為に観客はざわめくが、彼はお構いなしに続けた。
「1つ! こうして俺が皆に声を届けているのもそうだ。これは【魔術】という、詠唱によって様々な属性系の現象を引き起こすものだ! 先程も様々な属性攻撃を見ただろう。だが、俺は無属性だ! つまり、
観客、主にダイバー達に衝撃が走る。そんな技術が誰でも使えるようになれば、これまでの役割分担などが全て一変してしまう。
「生粋の属性使いには利便性や威力が若干落ちるけど、それは修行次第で誤差になるからな! 覚えておいて損はないぜ!」
「あの…それは私にも出来るのか?」
たまらず口を挟んだヴァネッサに対して、ナギはいい顔で肯定する。
「勿論! 誰にだってできる。覚えさえすりゃな! さて、もう1つはみんなも気付いていると思うが〝光〟の霊力だ! コイツは凄いぜ! 発現するだけで全ての能力にバフがかかる! だからこそ、俺たちは君らを圧倒したんだ。それに、発現すりゃ属性と同時に行使できる。その属性も、稀に増える事があるらしいぜ?」
実はこれも事実である。光が発現して、その発動中は身体能力にバフが掛かる。マドリーで検証した結果、以前の25%以上身体能力が増加したという。
「だが、この〝光〟はそれだけにとどまらない! 【暗黒領域】でコレを発現すれば、霊力がほぼ消耗しないっていう特性がある!」
最早ザワザワを通り越してガヤガヤとなっている観客に対し、その有用性を説明するナギ。まるで詐欺師の様な話術で観客を引き込んでいる。紹介する商品が実際にその効果があるから尚タチが悪い。
「いいか! これは〝希望〟なんだ。俺たち人類は、今まで瘴気には苦渋を飲まされ続けてきた。だがこれからは違う! ダイバーはより安全に、深くダイブできるし、ダイバーじゃない者も、これから始まる〝光〟の到来によって多大な恩恵がある! 具体的には、瘴気の領域を人類の元に奪還する! それは今後、見える形で証明されるだろう! 俺達についてくれば、その〝希望〟を見せてやるぜ! みんな! 乗ってくれるか!!」
大観衆が、声を揃えて大歓声で答える。誰も彼もが熱に浮かされた様に熱狂している。その場の空気という部分もあろうが、彼らは絶望と、緩やかに滅びゆく人類に諦めを抱いていた。そこに僅かな希望が見えたのだ。熱狂もする。
「……ありがとう! みんなの気持ち、届いたぜ!! 最後に言わせてくれ。〝絶望の時代〟は終わりを迎えた! これからは〝希望の時代〟が到来する! 楽しみにしといてくれよな! 以上だ!!」
ナギはそこで演説を〆た。観衆は鳴り止まぬ歓声と熱狂でそれに応えた。これにてエキシビジョンマッチは終了した。
──遥か後の未来で、この時の演説の事が記録されている。曰く、「光の英雄の言葉は、遍く人々に光を齎した。それは、人々にとって漸く訪れた朝であった」と。