ティエラの地より 〜転生少年、深淵に挑む〜   作:エアロダイナミクス

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75、新しい娯楽

 

 

 

 

 

「さて、ひとしきり協議は終わった。これにて謁見は終了とする。これから交流を深めるため食事会にしたい。大使殿、英雄達、いかがかね?」

 

「勿論、ご相伴にあずかりますわ」

 

「同じく。しかし、我々もよろしいので?」

 

「当然だ。我が領主館の料理長が腕によりをかけて用意した物だ。是非食べていってくれ。私は先ほども言ったとおり堅苦しいのは苦手でね。存分に堪能してもらいたい」

 

 

 

 先の会議では主にレオノールとミシェルが長い時間協議を交わした。その中で、それぞれの組合長達も意見を求められたり、ナギ達も様々な話を求められたりと濃厚な時間が謁見室に流れた。終わる頃には全員若干ぐったりとしていたが、その分実りのある話し合いができた。

 食事会の招待は、要はお互いの街同士での交流を深めようという話だ。しかし、組合長達にとってはこの後の食事会こそが本番である。彼らにはナギやミシェルに聞きたいことが山ほどあったためだ。案の定、食事会が始まるや否や、組合長達からの怒涛の質問の嵐が始まった。

 

 

 

 

 しかし、そこでナギが再び例の果実酒を取りだして状況が一変した。そろそろ彼も堅苦しい会や、質問の嵐に疲れが出始めていたためである。

 

 組合長達もその美味さに抗いきれる者はおらず、パリスの街でもあったような事態が再び領主館で再現された。つまり、飲めや食えやの無礼講である。

 

 

 ビトは完全に酔っ払い、ナギに悪がらみしながらもその生還を喜んだ。ナギとしてもビトのことはなんだかんだ言いながらもドミニクの次に世話になった大人であるが故に、彼を弄りながら楽しく酒を飲み交わしたし、他の組合長達とも冗談を言い合いながら陽気に語り合った。

 

 また、マリアは新教会長であるエレオノーラからの積み重なる仕事の愚痴をどこ吹く風で適当に相手しながら、鍛冶組合長のアレハンドロとパリスの鍛冶組合の事について語り合っていた。

 

 マリウス組はといえば、やはり彼らはトップパーティーであるために組合長達とは面識が深く、それぞれの近況を報告していたし、フロウは霊開研のエンリケと【アーク】についての効果を、エルとサラを交えて詳しく報告していた。

 

 

 

 

 そんなざっくばらんな会に突入した段階にあっても、レオノールとミシェルだけは相変わらず真面目に協議を続けていた。彼らは先ほどよりも砕けているとは言え実務的な話をしていた。

 

 

 

 

 

 その中で、ミシェルはナギと結婚の約束をしていること、そして、マリアとフロウも同様であると言うこともレオノールに伝えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【SIDE:レオノール】

 

 

 

 

 

 

「ふむ……そうか。貴殿ほどの美しき方であればさもありなんだな」

 

 

 領主レオノールは密かに果実酒の究極とも言える美味さに舌鼓を打ちながらも、その味に飲まれないように注意しながらミシェルへと言葉を返した。彼は彼女を最初に見たときその美しさに不覚にも心が揺らぎかけていた。そして、彼女の天才的な聡明さを目の当たりにして、どうにかして彼女を後妻として娶れないかと真剣に考えた。または、自分の幼い息子の婚約者にでも、と。

 

 

 しかし、彼女からその結婚の経緯を聞いて、そういった考えを振り払うと共に、レオノールは領主としての計算が働き始めた。

 

 

 すぐ近くでビトと馬鹿笑いしながら飲んでいるナギ=シュトルバーン。彼は確かに英雄だ。見た目は確かに黒目黒髪の地味な少年に近い青年である。しかし、彼は人類初の〝光〟を取得した男。そして、公爵級魔人を2体も苦もなく斃してのけるほどの剛の者である。それはマドリーの最高戦力であるマリウスとマリアが2人がかりになっても届かないほどの高み。確実に人類史に名を残すほどの業績を既に上げている。

 

 そんな英雄はこの街マドリーの出身である。いや、正確には違うかもしれないが、少なくとも彼はこの街との繋がりは深い。パリスとマドリーを繋ぐ役目としては弱いかもしれないが、ならば徹底的に彼をマドリーの英雄として持ち上げればよいだけの話である。

 

 彼の血統とミシェルの血統。それらが混じり合い、複数の後継が生まれ、そのうちの誰かがマドリーに残れば後の世にマドリーは大きく飛躍するであろう。さすれば、自分たちはその時に懇意となればよいと切り替えたのだ。幸いにも、彼はマドリー出身の女2人とも婚約している。よりこちら側との繋がりは傾くはずだ、と。そういった考えを見透かしたようにミシェルがタイミングを見計らって話しかけてきた。

 

 

 

「ふふ…ご心配なさらずとも、パリスはマドリーとはあらゆる面で懇意にしていくつもりです。最終的には同盟国という位置づけが妥当かと思いますが」

 

「! ……これは失敬した。私としたことがいらぬ皮算用をしていたようだ。そうだな。目標はそれでいこう。我等は言語も違えば風俗も違う。それでも同じ人類として共に歩を揃えて行ければよいと私も考えているからな」

 

「そのために、私たちもできることをやりましょう。ですが、レオノール様」

 

「うむ、分かっている。報酬は目に見える形で大々的に。基本的には貴殿の街に準拠した形になるだろう」

 

「そこはお任せします。しかし、()()婚約者様はそれに見合った結果を出してくださると思いますわ」

 

「それは願ってもない事だ。元々彼にはかなり貢献してもらっているからな……しかし、それにしても貴殿は凄いな。この私がこうも掌の上で転がされるとは思わなんだ」

 

 

 レオノールは呵呵と笑いながらミシェルを見据える。ミシェルは先ほどから考える事はお見通しとばかりに先回りして会話を詰めてくる。それでいて無礼にならない程度に配慮もしてくる。それが痛快ではあった。恐らく結婚などしたらたちまち全てを握られるだろう。恐らく気付かないうちにひっそりと。現にこうして会話の主導権を握られっぱなしなのだから。それがおかしくて、レオノールはつい笑ってしまった。

 

 

「ご冗談を。私は若輩者にすぎません。むしろ様々な場面でご鞭撻を頂く立場にございますから。今回の歓待も身に余る光栄だと存じております」

 

「くく…そういう如才ない所も含めて貴殿を褒めているのだ」

 

 どう生きればこれほどの若年でこれほどの駆け引きができるというのだろうか。粘り強い交渉力、それでいて相手を不快にさせない如才無さ。そして多岐に渡る圧倒的な知識量。

 

 聞けば、彼女自身も天然の複数属性の使い手であり、ダイバー顔負けの戦闘技術を持つというではないか。末恐ろしいとは正にこのこと。彼女は高確率で次代のパリスの領主だろう。そして、そうなったらこちらは無条件で降伏せざるを得ないほどの力を発揮してくるだろう。無論、敵対したらの話だが。だからこそ、ここで手を結ぶべきなのだ。その手を離さないようにすれば、双方にとってこれほど良い条件はない。

 

 

 

 

 

 ……しかし、いや、だからこそ今回の件では、むしろ英雄を向こうに取られずに済んで良かったというべきなのかもしれない。英雄は切り札だ。むしろミシェルよりもよほど手離してはならない人材だ。彼がいる所こそが人類の中心の拠点となり得る。婚姻の話を聞いた時に、ミシェルの美しさと聡明さに目が眩んでしまったが、冷静に考えれば、英雄がそちらに取られることこそマズいのだ。そして、それは半分実現しかかっていた。街の領主の娘との婚姻。しかも、その街の至宝とも言える人物をだ。つまり、そんな人物を差し出しても惜しくない人間が彼であるという事だ。

 

 それは至極正しい判断だろう。街を預かる者であれば誰だってそうする。そしてそのまま取り込まれるはずだ。

 だが彼は戻ってきた。今は亡きドミニク=シュトルバーンや、散々弄られているビト、そしてマドリーの仲間達が彼を支えたおかげで彼はこうしてマドリーに戻ってきたのだ。この有能な全権大使殿を連れて。

 

 

 そうであるからには、彼の望む事、欲すること。それらを真摯に全て叶えていかねばならない。それこそが、マドリーの発展にとって欠かせない物であるが故に。

 

 

 方針は決まった。後はやるだけだ。

 

 

「楽しみにしておき給え。貴殿の街に負けぬぐらいの派手な〝祭り〟を催してみせよう」

 

 

 それを受けて、ミシェルはくすりと顔に手を当てて笑う。何もかもお見通しか。それもまた良かろう。領主としては使えるものは使うのだ。

 

 

「えぇ。楽しみにしておきますわ」

 

「では、そろそろ飲もうではないか。英雄殿が直々に持って来た、この天上の美酒をな」

 

「えぇ、お注ぎしますわ」

 

「ありがとう……では大使殿、パリスとマドリーの栄光の未来に」

 

「2つの都市の友好を願って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日には、マドリーの街に領主から布告が齎された。曰く、大都市パリスから全権大使が来訪した事。そして、コルテス討伐隊が目標を達成して全員生還した事。また、行方不明になっていた〝光〟の霊力の発現者が再び帰って来た事。その者が都市パリスの要人を救い、今回の全権大使に結びついた事。

 そして、2つの街の友好を記念して記念式典を開き、祭りを開催する事が宣言された。

 

 

 この情報に、マドリーの街は沸きたった。4年前の魔王降臨の際の屈辱。それを取り返す様な人類の反撃に、少なからずの人々が興奮した。

 その中心人物であるナギ=シュトルバーンの生還、そして討伐隊の生還と想像もしなかった遠方の街からの来訪者の情報に、彼らはその詳細を聞きたいと願った。

 そのあまりにも強い要望に根負けし、領主館から緊急で詳細を記した特別布告を発行せざるを得ない事態へと発展した。

 

 

 その続報を受けた市民たちは更に盛り上がり、街中がその話題一色になった。今や彼らも時の人である。

 

 

 

 

 

 

 

「それで……どうして俺はココにいるんですかねぇ?」

 

 

 再び領主館。その豪華な書斎にナギはいた。他にもミシェル、マリア、フロウがいる。それに対するは領主のレオノールと近衛長のアーロンのみである。

 

 

「その理由は君も分かっているのだろう?」

 

「はぁ…まぁ予想は出来ますが」

 

「ならば単刀直入に言うぞ。君は、これからどうするつもりかね?」

 

 

 領主にしてはかなり大雑把な質問だ。しかし、それを問うレオノールの表情は真剣そのものである。

 

 

「………どう、とは?」

 

「君の所在、目的、活動、できれば全て。何故ならば、それこそが我が街に大きく関わってくるからだ。あぁ、君の望みがあるから何でも叶えよう。可能な限り極力な」

 

 

 口約束とは言え、かなりの大盤振る舞いである。その代わりに話は必ず聞かせてもらうという圧も強い。流石のナギもしらばっくれる訳にはいかず、表情を引き締めた。

 

 

「なるほど、理解しました。……そうですねぇ…まずは、直近の最大の目標としてドニさんの故郷であるグラナドの復興をしたいです。それに平行してミシェルの街との協調を図りたいってとこですね。俺としては長い冬に苦しんだ人類を少しずつでも盛り上げて行きたいって思ってます」

 

 

 ナギは嘘偽りなく答えた。その言葉にレオノールは感心すると同時に感動した。やはり自分の見立てには間違いなかったと確信し、話を進める。

 

 

「なるほど、それは素晴らしい! それで…その活動を進めるにあたって、今君は新教会に泊まっているらしいが、そこを拠点とするかね?」

 

「えぇ、まぁ…」

 

「新婚の君達がいつまでも本宅が無いのは良くない。新教会の近くに邸宅を用意()()。10人以上が余裕で住める豪邸だ。そちらに移りたまえ」

 

 

 ナギがサッと後ろを振り向く。しかし、ミシェルもマリアもフロウもにこやかな笑顔を崩さずナギに微笑みかけていたため、彼はこの件で誰が糸を引いたのかが分かってしまった。ため息をつき、領主の方に向き直る。

 

 

「……ありがたく。で、俺に何をしてほしいんで?」

 

 

 美味い話には裏がある。タダより怖いものはない。ナギが警戒してそう聞くのは当然の事だった。しかし、領主はあっさりそれを否定する。それにはナギも驚いた。

 

「いやなに、私個人としては、君がこの街にいるだけで相当助かるのだよ。ただそれだけさ」

 

「……? どういう……あぁ、そうか」

 

「そう。君はそこにいる全権大使殿と結婚している。だからこそ、向こうに行きっぱなしになってしまうと、こちらも少し困るのだ。幸い、マリア、フロウというマドリー出身の者とも婚姻している為、こちらにも縁はあるがね。だからこそ、いち早く拠点は用意させてもらった。君次第ではあるが、受け取る意思を見せてくれてホッとしたよ」

 

 

 彼の所在。つまりどこに拠点を置くかは非常に重要な案件である。彼がいるだけで発展の度合いが桁違いに上がるのだ。どちらの領主も手元に置いておきたいだろう。だからこそ、セドリックはミシェルを快く婚姻させたのだ。将来的にパリスに縁をもってもらう為に。

 

 

「あー…そうですね。その辺もそろそろハッキリさせとかないとか。ただ、領主サマ。俺は割と飛び回りますよ? パリスもそうだし、解放した街とか解放する街とか行ったり来たりするし。だからこそあまり縛られるのはごめんです」

 

「それは重々承知の上だ。むしろ自由に近いぐらいに活動してくれ。君のやりたい事は我が街の発展に直結するからな。その為の権限はいくらでも与えよう。ただ、私に報告はしてもらいたい。後処理など必要な事があるかもしれないし、こちらも協力できる事もあるだろう。君も必要な事があれば遠慮なく言いたまえ」

 

「なるほど…早い話、仲間になれ、と?」

 

「もっと立場は自由だが、そういう事だ」

 

「はぁ〜〜。ホントに大盤振る舞いですねぇ」

 

「それはそうだ。むしろ本音を言えばいかなる手を使っても君を引き留めたいぐらいだ。私に娘がいれば迷わず婚姻させるのだがな」

 

「領主様、それは我々が担いますわ」

 

「同じく」

 

 

 口を挟むマリアとフロウ。その微笑みには両者共に圧が乗っていた。これ以上増やすなというメッセージをレオノールは正確に受け取った。

 

 

「……ゴホン。正直に言うとな、ミシェル殿の街に君を確保されずに本当に良かったと思っているのだ。普通は囲い込むからな。だが、セドリック殿はそれを良しとせず、私達の街にもチャンスをくれた。その友情には最大限応えたい。だから君が拒否するのであればこの話は無しでも良い。だが、出来る限り協力してくれると嬉しい。この通りだ」

 

 

 レオノールが頭を下げる。その行為に対して近衛長のアーロンが何かを言い掛けたが、グッと堪えるのをナギは見た。ナギとしても領主が頭を下げてお願いしてくるとは思わず、かなり驚いていた。そして、この一連の会談の中でやはりレオノールは優秀で油断ならないという事を改めて感じていた。

 

 目的の為ならば、下の者にさえ躊躇いなく頭を下げる事ができる。普通は中々できない事だ。そこからも彼は優秀な政治家と言えるだろう。そして、このカードをここで切ってきたという事は、レオノール側のできる事はしたという証。仮にナギが断っても、誠心誠意尽くしたという実績は残る。穿ちすぎた見方かもしれないが、政治家とはそういうものなのだ。

 

 

「……頭を上げてください。元から俺は人類の為に動くつもりでしたから。それに、ここは世話になった街だから喜んで協力しますよ。こっちからもその代わりお願いする事もあるかもしれませんがね。だからよろしくお願いします」

 

「ありがたい。こちらこそ、よろしく頼むぞ」

 

 顔を上げたレオノールが手を差し出してきたので、ナギもその手を取り、握手した。ここにナギと街の協力体制は成立した。

 

 

「早速で悪いがね、君達を祝う式典を近日中に行おうと思っている。基本はパリスと同じようにしたいと思うが、君から何か案があれば是非聞かせてくれ」

 

「あーそうですね……確かに基本は同じでいいか…ただなぁ…」 

 

「何か懸念が?」

 

「あ、いえ。全く同じってのもつまらないでしょう? パリスの後でやるからには同じよりも特色があった方がいい。基本の流れは同じで、追加でイベントを付け足しましょう」

 

「なるほど。確かに同じ様にしても芸が無いとは私も思っていた……だからこそマドリー独自の色を出していく、と」

 

「流石領主サマ。その通りです。魔人に削られまくって余裕のなかったパリスじゃ出来なかったんですけどね、この街は今乗りに乗ってる。古来から人が健全に働く為にはパンと娯楽が必要だ。それはダイバー組合が闘技を見せる事で担っていた部分が大きい。ですが! ダイバー達にも本業があるし、彼らはこれからより忙しくなる。そこでこの式典を機に新しい娯楽の提案ですよ! ここいらで()()()()()職業を作ってみませんか!?」

 

 

 ナギの言葉に段々と熱が入ってくる。その勢いに最初から主導権を握っていたレオノールも押され気味になり、タジタジになりながらも何とか言葉を返した。

 

 

「う、うむ…新しい娯楽な……確かに領民には今後必要かもしれん。その視点はなかったな…しかし、具体的にはどのようなモノを?」

 

 

 その前向きな返答に満足したナギは、一拍おいて領主に答える。

 

 

 

 

 

「領主様、偶像(アイドル)ってご存知ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの彼らは、2週間後の式典まで慌ただしい日々を送っていた。ナギの提案による新たな娯楽の創設、それに多大な労力が必要だったからである。期限は2週間。それで出来る事は限られるし、むしろそこまでに民衆を納得させるほどのクオリティに仕上げるのはほぼ不可能と言っていい。

 

 

 だが、ここに不可能を可能にする人材がいる。

 

 

 全権大使と英雄の仲間達である。正確にはミシェル、マリア、フロウといった女性陣だ。彼女達は人類最上位に入る天才だ。いかなる無茶振りも余裕でこなしてしまう力がある。だからこそ、ナギは最初から彼女達を選択肢に入れていたし、まず初めに行ったのは彼女達への説明と説得であった。

 ぶっちゃけナギからの勝手に動いた彼女達への意趣返しとも言えるが。

 まさか自分たちに矛先が行くとは思わなかった彼女達も最初はあたふたしていたが、最後には観念して大人しく従う構えを見せ、具体的に何をするかというナギの説明を素直に聞いた。

 

 

 

 

「この街には音楽が足りない」

 

 

 開口一番にナギはこう宣った。実際、彼はこの激詰み世界に10年ほどいた中で音楽は殆ど聞いたことがなかった。精々慰霊祭などの際に行われる兼業の楽団の演奏や讃美歌だけだ。後は精々農作業するときに歌われる農民の歌や、子供達が口ずさむわらべ歌ぐらいなものだ。それは少々、いやかなりつまらない。これまではこの激詰み環境がそんな余裕すら生まなかった事にも原因がある。その点、パリスはマドリーよりもよっぽど追い込まれていたのに芸術面では発展しているが。だからこそ、ナギはここでこの街に音楽だけでも復活させておきたかった。

 

 本当は歌も劇も含む歌劇にしたかったが、それには時間も人も足りない。ならばどうするか。その答えがアイドルだ。歌と踊り、それのみに集中し、盛り上げる。人類史では、古来よりその役割は神に仕える巫女が行ってきた。それを再現するのだ。

 

 とにかく、娯楽のきっかけを創る。そのきっかけが大事なのだ。さすれば自然に演劇などにも発展していくだろう。

 その説明をナギは彼女達に滔々と述べた。その静かだが圧倒的な熱意に押され、彼女達はその目論見に賛同した。

 

 

 ナギ達は早速楽団の人々と打ち合わせし、前世の記憶から大流行したキャッチーな音楽を発掘し、この世界風にアレンジして提供して練習してもらった。その編曲の際、ラブやんが大活躍したのは言うまでもない。

 ミシェル達にはその曲に合わせて歌唱の練習、マリアとフロウにはダンスの練習を課した。3人はブー垂れるかと思われたが、意外にも乗り気で練習に励んだ。特にミシェルやマリアはナギの提案に思う所があったらしく、今後の娯楽の発展に積極的に意見を挙げたり、どの組合に協力してもらうか選定したりするなど、精力的に動いていた。一方、フロウは自分たちの着る衣装を相談しに懇意の服飾組合と打ち合わせを行っていた。どうせやるならできる限り着飾りたいという乙女心からであった。

 

 また、ナギはこっそり霊開研のエンリケを訪れ、魔術の概念を伝えた上で、あるアイテムの制作を依頼していた。ナギとしては、霊開研のエンリケとはもっと沢山開発とかしたかったが、とにかく時間がないので今回はその一つの開発以来をお願いした。幸いエンリケもノリノリでマッドな雰囲気を全開にして取り組んでくれたからヨシである。尚、後々ラブやんの構造を解析したいという要望に快く承諾したナギに、ラブやんが激怒するという珍しい場面も見られた。

 

 それ以外にも魔術を使って盛り上げる演出を考え、日々そちらを研究するなど、ナギはとにかく忙しい日々を過ごし、いつ寝てるかわからないという状態となったが、本人曰く、深淵よりよっぽどマシとの事であった。

 

 ともかく、これらの動きを見てわかる通り、彼は領主に呼ばれなくともこの演出をプロデュースする気満々だったのだ。彼にとってはむしろ領主館に呼ばれた事でスムーズに話が進んでラッキーだったとさえ思っていた。つまりお互いWin-Winであったのだ。言葉には出さないが、それを繋げてくれたマリア達には感謝していた。

 

 

 そのように、それぞれが恐ろしい程忙しい日々を過ごし、あっという間に2週間という時間が経ってしまった。

 

 

 

 ──そして、ついにその日が訪れた。

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