「それで、連れてきたと。なるほど、確かにそれは理にかなっている。しかし、フリーナ殿」
ヌヴィレットにある程度事情を説明すると、ヌヴィレットは納得したかのようにこくりと一つ頷いた。
「これは私の考えではあるが、危険ではないだろうか。もしフリーナ殿の命を狙っている機械だったら、どうするのだ」
「ええっ! そ、それはないんじゃないか? だって、こんなに小さくて、中身も子供みたいなんだよ!?」
けれど、ヌヴィレットの言うことも、また一理ある。この機械は得体が知れない。何故英雄を模して作られたのか、何故一人でいるのかもわからないからだ。
けれど、フリーナはこの子供がなんとなく、悪い機械ではない、と思うのだ。
「その見た目も、フリーナ殿を安心させるための罠かも知れない」
「で、でも……」
フリーナは、何も言い返せず、言い淀んだ。
子供は、ヌヴィレットをじっと無表情で見つめるだけだったが、ようやく口を開いた。
「私は、ご主人様の名前を有名にするため、英雄として生まれてきた機械です。決して、悪い人間以外ぶっ倒すことはないと誓います」
「ご主人を有名にする……ってことは、やっぱりスメールの学者に作られたのかい?」
「そうです。モンドの栄誉騎士みたいな英雄を目指して早急に作られたのが私です」
子供はこくりと一つ頷いた。ヌヴィレットはじっと子供を見つめた。
フリーナはすっかりこの子供に情が湧いてしまったようだし、恐らく意地でも手放さないだろう。その時点で、諦めた方が早い。
それに、確かに子供を放っておくのはよくないかも知れない。この機械が怪しいことをしたら、自分が壊せばいい話でもある。
それに、この子供の体はよく見たら脆そうだ。陶器でできているから、こけてしまうだけでも、きっとぐちゃぐちゃになってしまう。今だって、殴られた痕が、目の下に傷となって残っている。
そんな機械が脅威になるかと言われたら、流石に頷けなかった。
「フリーナ殿がそこまで言うのなら、私はこれ以上反対しない」
「本当かい! よかった……あ、こ、コホン! キミは名前がないようだからね! 僕が名付けてあげよう! キミを作った学者からは、何と呼ばれていたんだい?」
フリーナは一瞬、普通の少女のように顔を綻ばせたが、慌てて威厳のある姿に戻った。
子供は足が短くて届かないのか、椅子に座ったまま足をぷらぷらとさせて、しばらく黙ってから言った。
「私はGZって呼ばれてました。
ゲットするぜ、ぜってーすごい名声を。の略ですね」
「き、キミに名前をつけた人は、随分珍しい感性を持ってたんだね。……キミの口が時々悪いのも頷けるよ」
フリーナはボソリと呟く。子供──GZは、意味がわからないのか、大袈裟に首を傾げた。その傾げ方が、癖らしい。無駄に大袈裟なところが、少し機械っぽい。
「ジーゼット……うーん、あ、そうだ! ジゼットはどうだい?」
フリーナは少し悩んでから、結局安直な名前を出した。伸ばし棒を一つ無くしただけだが、GZは特にこだわりもなく……と言うか、機械だからないのは当たり前だが、無表情でこくりと頷いた。
「ジゼットでいいです。私はあなたの英雄なので、あなたをお守りします。何があっても絶対です」
「あ、ありがとう……」
自分から「英雄だ」と名乗る英雄は果たして本物の英雄なのだろうか……? とフリーナは疑問に思ったが、ジゼットはそこら辺の感性も全く無さそうだ。
自分が英雄だと思うようにプログラムされているようだから、仕方がないのかも知れない。
「あなたの名前は何ですか?」
「え? 僕を知らないのかい? 僕は水神フォカロルス! フリーナと呼んでくれて、構わないよ?」
「じゃあフリーナって呼ぶです」
なんと、フォンテーヌに居るのにフリーナの名前すら知らなかった。そんな簡単なデータすらも埋め込まれていないらしい。フリーナは、ジゼットが機械なのに頭がとんでもなく悪い気がしてならなかった。
一度、知能を確認するため、一問問題を出してみる。
「1+1は?」
「4です」
一切の曇りもなく、至って真面目な顔で、ジゼットは即答した。フリーナは、目を逸らして頭を抱える。あのヌヴィレットですら、書類から目を離してジゼットを真顔でじっと見つめている。
だめだ、この子。僕が守ってあげないと……。
色んな意味で、無知すぎる。フリーナは、早々に拾ったことが正解だと、実感した。
「あ、そうだ! ジゼットは飲食はできるのかい?」
「できます。食べ物はどんなものでも食べれます。好き嫌いもないです。英雄ですからね」
英雄と好き嫌いは間違いなく関係ないが、ジゼットは机の上に置かれた紅茶を飲みながら、言った。
……流石に少し頭が残念そうだと分かったジゼットでも、自滅行為はしないだろう。少し紅茶を飲むのを見て止めかけたが、フリーナは見守ることにした。
ジゼットが飲んだのは、砂糖もミルクも含まれていない紅茶だった。ここにきたとき、自由に入れていいと言ったのに、そのまま飲むらしい。見た目に反して、舌は大人なのだろうか。
「……苦くないのかい?」
「味覚はないので平気です」
無表情で、ジゼットはそう言ってから、紅茶のカップを拙い動作でテーブルに戻した。
「そういえば、楽しいは殴ることじゃないなら、よくわからんのです。何か参考書はありますか? スキャンして勉強します」
「あー、そうは言っても、感情についての参考書なんて、ないと思うよ? だって、普通は最初から分かっているものだからね。
ふふん、でも、安心するといい! 僕がキミに楽しいと言う感情を教えてあげよう!」
「おー」
フリーナが胸を張って自慢げに言うと、ジゼットはぱちぱちと拍手をした。拍手をしているのに、相変わらず表情はピクリとも動かない。
「でも、私はあなたの疲れをぶっ倒したいです。それじゃ、私の疲れがぶっ倒されちゃいます」
「疲れを癒したいなら、まずは自分が経験しないと話にならないだろう?」
「なるほどです。フリーナは頭がとってもいいです」
ジゼット、お前が馬鹿なだけだ! と突っ込む人はこの場にはいない。ヌヴィレットは、書類仕事に追われていてそれどころじゃないからだ。
フリーナは、嬉しそうにニコニコと笑ってから、コホン、と努めて平静に咳払いをした。
「今日はもう遅いし、寝よう。キミの部屋は……えっと……」
「フリーナ殿。ジゼット殿の部屋は、すでに用意してある」
「え、あ! さ、さすがだね!」
ヌヴィレットは、フリーナがジゼットの部屋を用意するのを忘れることを、予想していたらしい。
フリーナは、一瞬焦って目線をキョロキョロと動かしていたが、用意してあると聞いて、途端に肩の力を抜いた。
「フリーナ、おやすみなさいです」
「うん、おやすみ」
ジゼットは、出会った時のようなとてとてとした拙い走り方で、落ち着きなく、部屋を出ていった。
「ヌヴィレット、子供にショーを見せるのは酷だと思う? やっぱり、座りっぱなしは辛いものなのかい?」
「何故、私に聞くのだ。目の前に本人がいるのだから、ジゼット殿に尋ねればいいと思うが」
フリーナは、昨日の夜にリストアップしてきた、フリーナが楽しいと思うことリストを取り出して、ヌヴィレットに尋ねた。当然ながら、帰ってきた答えは、本人に聞け、であった。
ジゼットはフリーナの書いたリストをじっと見つめている。興味がありそうな仕草だが、目は微塵も輝いていない。
「ジゼット、何かこの中でやってみたいことはあるかい?」
「やりたいこと……。えっと、うーん、釣り? これをやってみたいです。私はスメールの砂漠で生まれたので、魚の知識はないですから」
……まともに足し算すらできないのに、魚の知識が欲しいらしい。
子供らしくはない理由だが、フリーナはこくりと一つ頷いた。
本来なら、フリーナは毎日忙しいが、今日はジゼットのために特別に休暇をとってみた。ジゼットがこのまま何も感情がわからないのに、護衛をするのは少し危険な気もするからだ。
「それじゃあ、釣りに出かけよう!」
「……ジゼットって、本当に強かったんだね」
「当然です。私は英雄ですから、戦闘の知識は限界まで詰め込まれてます。剣でも、弓でも、法器以外は何でも使えるんです」
ジゼットは、最初に出会った時に持っていた槍で、敵の弱点を正解に撃ち抜いて倒した。
釣りをする人気の少ない川まで移動する間、当然フリーナたちはたくさんの敵に襲われたが、ジゼットは涼しい顔……いや、表情はいつも変わらないが、とにかく全て、余裕な様子で倒している。
正直、護衛というより、保護のつもりで雇ったが、ジゼットは自称英雄なだけあって、戦闘能力はかなり高かった。
「よし、それじゃあ、釣りを始めよう! ……ところで、どうやってやるか知っているかい?」
「……わからんのです。でも、昔アーカーシャから読み込んだことがあるから、データを読み込み直したら、わかります」
釣りを始めようとしたが、最初からかなり雲行きが怪しい。なんと、誘った側のフリーナも釣りのやり方をよく知らない。普段、釣りをのんびりすることなんて、ほとんどなかった。
「えっと、知識によると、餌をつけて釣り糸を垂らすみたいです。……それ以外は難しくて理解できないです」
「これでいいのかい?」
言われた通り、フリーナは餌をつけた釣り糸を、垂らした。ジゼットもよくわかってないのか、自分から言ったくせに、フリーナのものを見よう見まねで真似をしている。
「わ! なんか急に重くなったぞ! もしかして、かかったのかい!?」
「多分かかってます! 私も手伝うです!」
釣り糸を垂らして数分、フリーナの釣竿が急に重くなった。ジゼットは、慌てて自分の釣竿を放り出して、フリーナの釣竿を引っ張った。
けれど、かなりの大物らしい。二人がかりで引っ張っても、全く動かない。
「……私は体が小さいので、パワーはないです」
「うう……いきなり大物がかかるなんて、運がいいのか悪いのか……」
二人して、弱音を吐く。ちっとも、釣れる気がしなかった。けれど、ずっと引っ張っていたら、少し弱ってきたのか、魚の方の力が弱まってきた。
「ジゼット、あとちょっとだぞ! 僕の掛け声で一気に引っ張ろう!」
「分かりました」
フリーナは、魚の力が弱まった途端に、声を出した。
「せーの!」
……ばっしゃーん。
大きな水飛沫が、川の向こう側まで飛んでいく。
こんなこと、あるのだろうか。フリーナとジゼットが同時に引っ張ろうと、一瞬力が弱まった途端に、魚が全力でこちらを引っ張ってきたのだ。
小柄な二人は、もちろん川に引き摺り込まれた。
「……ふふ」
フリーナは、ぷは、と川の水面から顔を出してすぐに吹き出した。
ジゼットは不思議そうにこちらをみているが、その頭にはワカメが乗っていた。全く気づいていない顔をしている。
「あはははは! キミ、海藻が頭に乗ってるぞ!」
「え? どこですか!? 英雄として不甲斐ないです!」
ジゼットは、慌てて頭に手を乗せた。ぬるりとしたものが、陶器でできた手に付着する。何だかぬるぬるとした感覚が、少し嫌だった。ジゼットは手をパタパタと空中に浮かびそうなほどに動かして、海藻を振り解いた。
フリーナは、そんなジゼットの様子を見て楽しそうに笑っている。
ジゼットは、そんなフリーナの笑顔を見ながら、人間で言うと、心臓のあたりの場所に、手で触れた。
そして、こてんと大袈裟に首を傾げる。
「フリーナ、楽しいですか?」
「ふふ、うん! 楽しいよ! こんなに笑ったのは久しぶりだ!」
フリーナは、心から楽しそうに笑っている。ジゼットと最初に出会ったときの疲れた様子は、ない。楽しいが疲れを倒せると言うのは本当だったらしい、とジゼットは納得した。
そして、それと同時に疑問に思うことがあった。
楽しそうに笑うフリーナを見ると、心臓のあたりが、何だかぽかぽかほかほか暖かいのだ。決して嫌な暖かさではなくて、まるで包まれるような暖かさで。
例えるなら、冬の寒い中放って置かれているのを、暖かな太陽が暖めてくれるような感じ、だろうか。
これを何と呼ぶのか。ジゼットは頑張ってデータを探したが、見当たらなかった。
……感情は自分の目には決して見えないことを、ジゼットはまだ知らない。