「僕ももうただの人間なんだし、スメールに行ってもいいと思わないかい……?」
「今更だな! でも、何でスメールなんだ?」
フリーナは、偶然出会った旅人に、そう尋ねる。パイモンが、当たり前のことを聞いてきたフリーナに、ツッコミをいれた。
フリーナは、紅茶にミルクを入れながら、答える。
「キミたちがくる前、ジゼットって言う機械でできた護衛を雇っててね。人工生命体を作るのは、スメールの規則に反していたから、捕まっちゃったんだ。
けど、今は草神が主権を握ってるでしょ? だから、今ならジゼットを取り戻せるんじゃないかって思ったんだ」
「なるほどな。でもおいらたち、そのジゼットって機械の話は聞いたことがないぞ……?」
フリーナは、役目を終え、無事に普通の人間として、過ごせるようになった。
だから、もうジゼットを助けに行けるのだ。だが、旅人もパイモンも、ジゼットの話は聞いたことがなかった。捕まっているなら、当たり前かもしれないが。
「うーん、教令院が話を漏らさないようにしてたのかもしれない。でも、フリーナがスメールにいくなら、着いていくよ。丁度、スメールに用があったところだから」
「本当かい!? 僕一人じゃ、心細かったところなんだ」
フリーナは、嬉しそうに笑った。そして、紅茶を飲み干して、席を立った。
「今すぐ荷造りをしてくるよ!」
「えぇっ!? 今日に出発するのか!?」
「一刻も早く、ジゼットに会いたいからね!」
フリーナは、浮かれた様子で店を出ていく。旅人とパイモンは、顔を見合わせて、困ったように笑った。
「長い金髪に碧眼の、中性的な容姿の子供の人形? あぁ、その話は有名だから、知っている」
「本当かい!?」
まず、旅人たちが最初に訪れたのは、スメールシティだった。
そして、聞き込みを始めて一発で、知っている人に出会った。どうやら、ジゼットは有名らしい。ジゼットのことだ。スメールでも「私は英雄です」とか、言いふらしていたことだろう。
フリーナは、早速会えると思って、顔を緩ませた。
「その人形、アザールによってすぐに処分されたんだってよ。あまりにも容赦が無かった上に、機械生命体の子供なんて、珍しいからな。有名な話だよ」
「…………え? しょ、処分……?」
けれど、どうやらそんなに簡単にはいかないようだった。フリーナは、驚きのあまり、目を限界まで見開いた。今にも、泣きそうな顔をしている。
パイモンと旅人は、慌ててフォローした。
「い、いや、でもそれはただの噂って可能性もあるだろ! 諦めるのはまだ早いぞ!」
「……フリーナ、大丈夫だよ。次はガンダルヴァ村に行ってみよう。セノがティナリに預けたって可能性もある」
二人に慰められて、フリーナはこくこくと何度も首を縦に振った。まるで自分に言い聞かせるように。
「そ、そうだね。うん、まだ本当に壊されたって分かったわけじゃない……」
そして、三人は新たな手がかりを探すため、ガンダルヴァ村に訪れた……が。
「……悪いけど、僕はそのジゼットって機械のことはよく知らない」
「え……」
残念なことに、ティナリは、ジゼットのことを全く知らないようだった。今度こそ、フリーナはしょんぼりと座り込んでしまった。
「でも、金髪に碧眼の中性的な子供は、時々目撃情報があるよ。多分、その子がジゼットだと思う」
「ほ、本当かい!」
次は、勢いよく立ち上がる。フリーナの感情は忙しい。ティナリは、こくりと頷いた。
「槍を扱っていて、水元素の神の目を持っているらしい。そして、無表情で、その目は恐ろしいほど冷たいって記録がある。何度か、レンジャーもその子供に助けられているみたいだね」
「水元素……? 冷たい目……? ちょっとだけ、ジゼットの特徴と違う」
だが、槍を扱っていて無表情、と言うのはジゼットで間違いないだろう。きっと、水元素の神の目は、スメールで手に入れたに違いない。
フリーナは、ふぅ、と安心して息をついた。少なくとも、希望は見えたのだ。
「最近、目撃情報が出たばかりだから、もしかしたら、この近くにいるかもしれない」
「それなら、今から探しに行こうぜ! 今からなら、間に合うかもしれないぞ!」
パイモンの提案に、旅人はこくりと頷く。けれど、フリーナは気まずそうに目を逸らした。そんなフリーナを、二人は不思議そうに見ている。
「えっと……言いにくいんだけど、もう一歩も動けないよ……」
フリーナは、この長い旅に、すっかり疲れてしまった。旅慣れしている旅人ならともかく、フリーナはフォンテーヌから出たことなんて、ほとんどないからだ。旅の疲れが、ジゼットが壊されていない、と知った途端に、どっと出てしまったようだった。
「それなら、おいらたちが代わりに探してくるよ! フリーナは、ここで待っててくれ!」
「ありがとう、助かるよ……」
旅人は絶対にジゼットを見つけ出すことを、心に決めたのだった。
「うーん、見つからないなぁ……。本当にジゼットはここに居るのか?」
「それは、わからない。でも、とりあえず可能性のあるうちに、探してみるしかないと思うよ」
ティナリは、パイモンの問いに答えてみせたが、あまり良い方に考えるのは難しいだろうとも思う。
捜索を始めて数時間経ち、ティナリが居そうだと思った場所は全て探し終えてしまった。フリーナの話では、そのジゼットという機械は、頭が悪いらしい。
きっと、単純な場所に隠れているとばかり思っていたが。そう簡単にはいかないらしい。
「────あぁ、やっと見つけた」
──不意に、後ろから殺気を感じた。旅人は、瞬時に剣を出して、攻撃を受け止めた。
黒いフードの下にある、恐ろしいほどの憎悪のこもった碧眼。その目は、旅人に明確な敵意を向けていた。フードからは長い金髪が少し覗いている。
「……間違いない、お前だ」
「──君が、ジゼット?」
努めて冷静に、ティナリは尋ねる。少女のような、少年のような、そんな曖昧な顔をした子供は、その質問に答えなかった。
ただ、冷たい声色で、旅人に槍先を向けてくる。
「お前が、殺したんだ。お前が……!」
水元素を纏わせた槍で、ものすごい速さで切り掛かってくる。旅人はなんとか避けたが、この動きに既視感を覚えて仕方なかった。
「な、なんだお前! どうして急に旅人を襲うんだ!?」
「何が、英雄だ。何が、正義だ。くだらない、そんなものただの偽善だって言うのに。
信じ続けてきた私が馬鹿みたいです」
子供は──ジゼットは、無表情で猛攻を繰り広げてくる。話はできそうになかった。
だが、旅人は確信する。この動き方。間違いなくセノとそっくりだ。そして、フリーナから聞いた話だと、「ジゼットの動きはセノのコピー」らしい。つまり、目の前の子供の容姿からして、間違いなくジゼットだ。
「お前の正義は、根本的なところで私と同じ。悪い人をぶっ倒すこと。私はそれが正解だと思ってました。悪いことをした人が、悪い。だから仕方のないことだって。そう思うように作られてました。でも、違ったんです。
残される側に──せいぎのはんたいになって、ようやく気づいたんですよ」
ジゼットが、地面に槍を突き刺す。途端に、ジゼットの身長が、一気に伸びた。
大体、少年くらいの身長だ。元素で、無理矢理体の一部を構築しているようだった。よりセノの動きを精密に再現するためだろう。
「英雄なんて、いなかったんだ。英雄なんて、殺された人の家族や仲間から見たら、結局のところ悪い人だ。
スカラマシュが言ってたことは、全部、全部本当だった! 私は……偽善者だった! そしてお前も!」
ジゼットが攻撃を仕掛けてきた。旅人はさっきのように受け止めるが、ジゼットの筋力が上がっているらしい。受け止めた手が、ピリピリと痺れた。
ティナリが、弓で援護してくれるが、ジゼットは難なく避けてくる。ティナリには、全く攻撃を仕掛けない。旅人だけに、憎悪を向けているようだった。
「なんで、どうして、フリーナを殺した!」
「……フリーナを、殺した?」
思わず、ジゼットの言ったことを聞き返した。ジゼットは、「そうじゃないのか」と言いながら睨みつけてくる。
そこでようやく、旅人は状況を理解した。自分が、フリーナを殺したのだと、勘違いされているらしい。だから、とんでもないほどの憎悪を向けられているようだった。
ティナリと、パイモンと目が合う。旅人は、二人にフリーナを連れてくるように、そっと合図をした。
二人は、ジゼットが見ていない隙に、ガンダルヴァ村に向かって走り出した。
「ジゼット、フリーナは死んでいない。生きている」
「そんなの……嘘に決まっている。それに、スカラマシュも、お前が殺したんでしょう。私は、知ってます」
やはり、旅人が教えても、全く信じてもらえなかった。それどころか、スカラマシュまで殺したのだと思われているらしい。スカラマシュも生きているのに。
──と言うか、ジゼットには世界樹の改変は影響しないらしい。スカラマシュはみんなから忘れられているはずだが、ジゼットは覚えているようだった。
「……なんで、敵わない。私はお前のデータを限界まで集めたのに」
ジゼットと、旅人の戦いは、なかなか終わりそうになかった。旅人は、ジゼットに傷をつけたくなかったし、ジゼットは旅人に敵わないからだ。
つまり、ジゼットは旅人に手加減されていた。それが、気に入らないようだった。
ジゼットが、槍にさらに強力な水元素を付与して、旅人に襲い掛かろうとしたその時。
ジゼットは、ぴたりと途中で動きを止めた。
「ジゼット! やめるんだ!」
旅人の背後から、フリーナの叫び声が聞こえた。どうやら、二人がフリーナを読んできてくれたらしい。運良く、ガンダルヴァ村に近いところで、ジゼットと遭遇したのはラッキーだった。
「……フリーナ? ──どうしましょう。私、幻覚ってやつが見えます。フリーナは死んだはずです」
ジゼットは動揺して、何度も首を振った。戦闘中なことも忘れて、目を何度も擦る。
けれど、フリーナは消えなかったし、それどころかどんどんとジゼットに近づいてきている。
「ジゼット……! ごめん、ごめんね。僕がそばにいてあげられなくて」
フリーナが、ジゼットに抱きついた。ジゼットは抵抗することなく、それを享受する。今は元素によってフリーナよりもやや身長の高いジゼットは、その視界に違和感を覚えた。
「…………あぁ」
ジゼットは、ぼんやりと呟いた。気が抜けたのか、どんどんと体が元の身長に戻っていく。槍が、手から自然と地面に落ちていった。
「…………ぬくい」
久しぶりに、こころがまた暖かくなる。ジゼットは、冷たくなったこころを温めるかのように、ぎゅっとフリーナを力いっぱい抱きしめた。
フリーナは、自分の服が何かで湿っていくのを感じて、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「ジゼット……泣いているのかい?」
「…………た」
ジゼットは、ボソボソと呟いた。何を言っているのかは聞き取れないが、その声は、わかりやすく泣いている時の声だった。
ジゼットが、顔を上げる。その目からは、絶えず涙がこぼれ落ちていた。そして、ジゼットらしかぬ大きな声で泣き叫んだ。まるで、小さな子供のように、精一杯涙を流した。
「……うぅ……うわぁぁぁん! 生きてて、よかった……! よかったよぉ……! もう、死んじゃったのかって、思って、こころが冷たくて、痛くて、私……私……」
フリーナは、そっとジゼットからこぼれ落ちていく涙を、拭った。
「フリーナの英雄なんて言ってたのに、結局役立たずなんだって、思って。私、助けられてばっかりなのに、何もできないで終わっちゃったと思って。何かしないとって、思って」
ジゼットは、ぎゅっとフリーナの服の裾を握りしめた。フリーナまで、つられて泣きそうになって、我慢した。
「栄誉騎士を倒して仇を討とうって、思ったのに。攻撃するたびに、どんどん、こころが痛くなって、苦しくて、もっともっとこころがクールになってました」
泣きながら、ジゼットはぎゅっと強く手を握りしめた。そんな様子は、全く機械には見えない。
皮肉なことに、人間みたいになりたい、と言うジゼットの願いは、フリーナが死んだと言われたことで、ようやく叶ったのだ。
「本当に、生きててよかったです! 夢みたいってこう言うときに、使うんでしょうね!」
「僕も……」
フリーナは、すっかりつられて涙を流しながら、少し照れつつ言う。
「ジゼットが、処分されなくて、よかった……。もう、壊されちゃったのかって思って、本当に不安だったよ」
ジゼットは、泣きながらほんの少しだけ口角を上げた。きっと、全くフリーナが死んだと言われた日から、笑っていないせいで、拙くて不器用な笑みだった。
「フリーナが来てくれなかったら、きっともっと苦しかったです。
フリーナ、私に会いに来てくれて、ありがとう。私、この感情がようやく分かりました。あのね、きっとフリーナのこと、大好きです!」
もちろん、その「好き」は恋愛的な意味は全くないし、きっとフリーナは他の好きを聞いていたのだろう。好きな色、とか好きな食べ物、とか。
誕生日に欲しいものを聞かれたあの日、「好きなもの」を答えられなかった。けれど、今ならはっきりと答えられるだろう。ジゼットの「好き」はフリーナなのだと。
ジゼットが、さらに何か言おうと口を開く。けれど、その動作は突然止められた。
「……え」
ジゼットの力が、抜けていく。フリーナは、慌ててジゼットを受け止めた。ジゼットの瞳はぐったりと閉じられている。まるで死んでしまったかのように。
「ジゼット……? ジゼット。お、起きてくれ。どうしたんだい?」
フリーナは、ジゼットの小さな体を揺らした。けれど、ジゼットが起きる様子はない。満足したような微かな微笑みを浮かべたまま、ジゼットは動かなかった。
もしかして、とフリーナは最悪の可能性を考える。
「ジゼット! そんな……そんなことって…………ダメだ! まだ、一緒に居させてくれ……ジゼット!」
「……もしかしたら、だけど」
必死に叫ぶフリーナに、ティナリが声をかける。黙って見守っていたが、流石にこの事態になるまで口出しをしないわけにはいかなかった。
「ジゼットは、エネルギー不足なんじゃないかな。多分、雷元素で動いているみたいだけど、ジゼットはさっき激しく動いていたからね。大きく消耗してしまったのかもしれない」
「そう……か。よかった……」
フリーナは、安堵して息を大きく吐いた。旅人は、ジゼットを無言でじっと見ている。パイモンはそんな旅人を不思議そうに見た。
「旅人、どうしたのか?」
「いや……雷元素を使ってエネルギーをチャージするのは、ガンダルヴァ村に戻ってからがいいかなって、考えてただけだよ」
「確かに、そうだな! 旅人が、雷元素を使えて、ラッキーだったぜ!」
パイモンは、くるんと空中で一回転しながら言った。旅人は、ジゼットを背負って歩き出す。さっきまで敵対していたジゼットは、安心したような表情で、旅人の後ろで死んだように眠っていたのだった。
ジゼットが、目を開ける。目を開けた先には、心配そうな旅人とパイモンの顔が映り込んでいる。
「──フリーナはどこですか」
目を開けて真っ先に口にしたのは、それだった。ジゼットは勢いよく起き上がったあまり、パイモンと頭をぶつけて、パイモンは「いてっ」と頭を抱えた。
ジゼットはパイモンを無視して、フリーナを探し出す。フリーナは、呆れたようすで、笑った。
「ジゼットはせっかちだね。僕はここにいるよ」
「…………うん」
ジゼットは、旅人と戦っていたのが嘘のように、おとなしく小さく頷いた。パイモンは、頰を膨らませて、ジゼットをツンツンとついた。
「ひどいぞ! オイラを無視するな!」
「ごめんです。フリーナが生きてるか、不安になっちゃって。怪我してないですか。私はカチコチなので、たんこぶができちゃうかもです」
「…………なんか、この前と全然違うな?」
パイモンと旅人は、戦っていた時の声を荒げながら問答無用で殴りかかってきたジゼットしか知らないため、逆に違和感があるようだ。フリーナは、もとのジゼットに戻ったようで、安心しているけれど。
「ジゼットがあんな風になったのは、この前が初めてだよ。基本的に、ジゼットは理性的で、感情的にはならないんだ」
「──栄誉騎士、その、突然殴りかかってごめんなさい。怪我はないですか。謝っても許されないことなのは分かってます……」
しょんぼりとしながら、ジゼットは謝った。落ち込んでいるオーラが、全身から出ている。フリーナは、前よりもジゼットが感情豊かになったことに喜びを感じた。
旅人は、慌てて首を横に振った。
「気にしなくていいよ。アザールがジゼットに吹き込んだことは、ナヒーダから聞いたから」
「──えっと、なひー……誰ですか?」
こてん、と大袈裟に首を傾げる。その癖はずっと直っていなかったらしい。
フォンテーヌで人気だったフリーナのデータが入っていないくらいだ。ジゼットが作られた時期は、閉じ込められていたナヒーダのことを知らないのは、当たり前だろう。
「ナヒーダって言うのは……」
「ふふ、説明は大丈夫よ。はじめまして、ジゼット。私は草神のナヒーダ。体に不具合はないかしら」
「……はい、ないですが……」
いつのまにか現れたナヒーダと共に、明らかにスカラマシュらしき人が立っている。
ジゼットはジトっとスカラマシュを見つめた。
「なんでスカラマシュがここに?」
「は? 僕のこと、覚えているのかい?」
「はい。みんなは忘れてるみたいですね」
スカラマシュが何か話そうとしたところで、ようやく自分が全く知らない所にいることに、気づいたらしい。ジゼットはぐるぐると辺りを見回した。
「ここは?」
「教令院の一室よ。あなたが雷元素を与えただけでは直らなかったから、ここへ連れてこられたの」
「そうですか。それは、迷惑をかけちゃいました。ありがとです」
ぺこりとジゼットが頭を下げる。そして、すぐに立ち上がって、スカラマシュの手首を掴んだ。
「それはともかくちょっと話しましょう。私、あなたも死んだと思ってましたが?」
「確かに「スカラマシュ」は消えたよ。僕はもう、スカラマシュじゃないからね」
「──そうですか」
全くわかってないが、ジゼットは頷いた。よくわからないが、名前は捨てた、みたいな感じだろうか。みんなにスカラマシュは死んだ、と広めたとか? あっているようなあっていないような予想である。
「あなたが感情はいらないって言った理由、ようやく分かりました。感情って、とっても苦しくて、辛いものなんですね」
スカラマシュは──いや、放浪者は、無言を貫いた。ジゼットは、苦しさを思い出すように、人間だと心臓がある部分に触れた。
「でも、やっぱり暖かくて、素敵なものでもあると思います。あなたも、今はそう思ってますか?」
「…………否定は、しない」
まるで、あの時ジゼットが憎悪に呑まれるのをわかっていたのに、見捨てて嘲笑ったことを懺悔するように、放浪者は珍しく頷いた。ナヒーダがほんの少しだけ驚きで、小さく穏やかに笑った。
「それは良かったです。私、フォンテーヌに帰りますが、また会いに行きます」
「会いに来なくていい」
「分かりました、会いに行きます」
放浪者の意見をガン無視して、ジゼットは無表情で言った。一度自分が正しいと感じたら曲げないタイプだと知っている放浪者は、面倒くさそうな顔をした。けれど、放浪者の心の中を覗いたナヒーダは、微笑ましそうにくすくすと笑った。
「…………そういえば、フリーナ」
みんなが用事で去っていく中、唯一そのまま残ったフリーナは、ジゼットの長い髪を三つ編みにしていた。こんなことをしている理由は、単純に、暇だかららしい。
そんな暇そうなフリーナに、ジゼットは一つ思い出して尋ねた。
「私のどこが嫌いだったんですか?」
「…………え? どうしてそんなことを聞くんだい? 僕はジゼットのこと、嫌ってないよ?」
ジゼットは、驚きすぎてフリーズした。
「え、でも私を避けてたから、何か悪いことしちゃったかなって、思って」
「──あ! それは、ジゼットに誕生日のサプライズをしたかったからだよ!」
「さ、サプライズ……」
そのサプライズのせいで、こんな大ごとになるとは。スカラマシュに気に入られなかったら、多分創神計画のパーツにされてました、なんて言えない。ジゼットは微妙な気分になったが、好きなものがなかった自分が悪いのだ、とも思った。そうに違いない。
けれど、微妙な気持ちもある反面、嫌われてなくて良かった、とジゼットは安心した。感情が芽生えてきて間もないジゼットは、フリーナに嫌われたら、立ち直れる気がしなかった。
「あ、そうだ。ジゼット、これを言うのを忘れてたよ」
フリーナは、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
「キミは英雄を名乗っていたことを後悔しているみたいだけど、そんなことはない。キミがやってきたことは、誇るべきことだって思うよ」
「……でも、私は明るいところだけ見てました。暗いところからは、目を背けてたんです」
「それが、人間だ。人間って言うのは、暗い部分からは思わず目を背けてしまう生き物なんだ。僕だって、人のことは言えないからね」
フリーナは、後ろめたそうなジゼットの手をそっと握った。最初に出会った時と変わらない冷たさのはずだった。陶器なのだから、それが当たり前のはずだ。
けれど──ほんの少し、前よりも暖かく感じるのはフリーナの気のせいなのだろうか。それとも、願望なのだろうか。
「でも、ジゼット。ジゼットは僕の心を救ってくれたんだ。
キミの言葉に、キミがいなくなってからも何度も励まされた。僕はキミの英雄ってだけで、頑張れる気がしたんだ。
だからね、ジゼット。キミはやっぱり僕の英雄なんだ」
フリーナは、にこりとさらに笑った。その笑みで、ジゼットはフリーナと釣りをしたことを思い出して、つられて小さく笑った。
いつのまにか、英雄に後ろめたさはなくなっていた。
「……それなら、私、前みたいにフリーナの英雄って言っても、いいですか? また、一緒に居ても、いいんですか?」
「もちろん、いいに決まってるさ! 僕はもう神じゃなくて、ただの人間になったから、護衛としては雇えないけどね」
ジゼットは、嬉しそうに目を輝かせて、くるんと大袈裟にターンした。そして、突然回るのをやめ、立ち止まった。
「………………あ、あれ」
ジゼットは、目を開けたまま立ち尽くす。その目からは、なぜか涙が流れていた。ジゼットも意図して流したわけではないらしい。涙が流れていることに気づいて、慌てて手で拭い出した。
「ど、どど、どうしたんだい!? ぼ、僕何か嫌なことでも言っちゃったかい!?」
「フリーナは、悪くないんです。私、その、ただわからなくて」
「わからない?」
ジゼットは、こくりと泣きながら頷く。フリーナは、流れ続けて止まらないジゼットの涙を、拭った。ジゼットは、しどろもどろになりながら、説明する。
「私、前みたいに英雄って、まっすぐに言おうとすると、こころがガタガタぶるぶる震えて、前みたいになれそうに、ないんです。どうやったら、前みたいに戻れますか」
「……ふふ、簡単なことじゃないか!」
フリーナは、自信満々そうに言いながら、ジゼットの頭を撫でた。その目はまるで小さい子供を見ているように、優しい。ジゼットは、怖がっているのだ。英雄と名乗っておいて、大切な人をなくすことを。そしてそれに自分で気づいていない。
「前みたい、なんて思わなくていいんだよ。せっかく、感情が豊かになってきたからね。自分の感情に従って、これからは動けばいいんだ」
「…………うん」
ぽかん、とした顔でジゼットはフリーナを見つめた。それから、すぐに満面の笑みに変わる。やっぱりその笑みは不器用だけど、さっきよりもずっと、自然なものだった。
それから、何かを言おうとしたのか、少し黙りこくる。けれど、結局思いついた言葉は、これだけだった。
「私、フリーナの英雄になれて、よかったです」
ジゼットは、フリーナの手を握って、泣きながら笑った。その短い言葉に全ての想いが詰め込まれていた。
ジゼットは、思う。英雄になれるのは、名誉なことだと。たとえそれが、ほんの小さな英雄でも、それでいい。
フリーナの英雄になることが、ジゼットの一番望んでいることだから。
これで終わりです!最後まで読んでくださってありがとうございました!