いつも空ばかりを見上げていたオークのおはなし 作:koshikoshikoshi
原作:オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~
タグ:オリ主 オルクセン王国史 野生のオルクセン
当作は、樽見京一郎先生著作『オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』の二次創作作品です。「WEB版読了後推奨」となります。
たとえ歴史の異なる異世界でも、ゴダードやツィオルコフスキーやフォンブラウンみたいなロケット野郎はどこかに出現すると思うのです。
※グスタフの性格の解釈がちがっていたらごめんなさい。私にとって我が王はこんなオークなのです。
「グスタフ。なにを読んでいるの?」
耳のすぐそば、ディネルース・アンダリエルの声。甘い吐息。いつになく集中していたグスタフは我に返る。
それは星欧世界で初めての世界大戦が終結して直後の頃。オルクセン連邦の王であるグスタフ・ファルケンハインの肉体が、急激に衰え始めた頃のこと。
朝日がカーテンの隙間から漏れている。いつものとおり目覚めたグスタフは、寝台で仰向けになったまま新聞を読んでいた。そして、いつものとおりその上に覆いかぶさるようになって眠っていた女エルフ、ディネルースもいつの間にか目を覚ましていた。
「新聞記事さ。いつものことだろう?」
「いつもとはちがうわ。いつのあなたはしかめっ面で新聞を読むのに、今日は楽しそう」
楽しそう? 私がそんな顔を?
グスタフは自分の顔を触って確かめる。
手の感触を信じる限り、いつもと同じマジメな顔のような気がする。しかし、目の前の女がウソを言うはずがない。冗談の口調でもない。
ためいきをひとつついて、手に持っていた新聞紙をひらひらと見せる。
それはグスタフの言うとおり新聞。オルクセンの有名紙だった。
「この記事さ」
白黒の写真付きの記事。わがオルクセンのとある発明家が『自家製ロケット』の打ち上げ実験をおこなったが、ほんの数メートルほど飛んだだけで爆発、失敗に終わった。という小さな記事。
「……ロケット?」
「あ? ああ。そうだな。たしかにあまり馴染みのない単語かもしれない。『ロケット』というのはガスを一方向へ押し出しその反作用で推進するエンジン、またはその推進力で飛行する物体そのものの総称さ」
「花火みたいなものね」
「そうだ。道洋の国ではかなり昔から兵器として使われていたらしい」
「それで、どうして楽しそうな顔をしていたの?」
寝心地のいいベットの中でのたわいのない会話。ディネルースはその端正な顔を夫に近づける。そして、追求をやめない。
「だって愉快じゃないか」
ほんの数秒間のためらいの後、グスタフは口を開いた。
「オルクセンのオークが、……この記事によると大学の研究員だそうだが、軍や政府からの特別な補助はうけていないらしい。そんな一介のオークが、宇宙を目指してロケットを自力で開発し、こんな実験をしていたなんて。我がオルクセンにこんなロケット野郎がいたとは知らなかった」
「実験は失敗した、とあるけど……」
「ロケットに限らず新しい技術というものは、何度も何度も失敗を重ねながら進歩していくものだよ」
ディネルースには理解できない。なぜグスタフがこんなにも楽しそうな顔をしているのか。さきほどの説明によると、『ロケット』とはただの大きな花火。それほど重要な研究・実験とは思えないのだが。
「ロケットってそんなに凄いものなの?」
一瞬驚いた顔のグスタフ。彼のこんな顔も久しぶりかもしれない。
「あ、ああ。もちろん。人類が宇宙へ飛び出すための、おそらく唯一の方法だ!」
そして始まる講釈。グスタフは、口から泡を飛ばしながら、早口でまくし立て始める。ロケットとやらの原理についての解説が長々と続く。
ふふふ。そう、これだ。彼が興味があることを誰かに説明するときの顔。なんて嬉しそうな、楽しそうな顔。
新聞を読む顔をみただけで、説明を求めればこうなることはわかっていた。
たまに度が過ぎて辟易することもあるのだが、彼のこういう顔は嫌いじゃない。というか好きだ。大好きだ。だから『ロケット』とやらの話題を振ったのだ。彼のこんな顔がみたくて。
「宇宙と言えば、……そういえばいつか言っていたわね。あなたが前に居た世界では、既に人類は月に到達していたって。無人探査機は太陽系外までいったって。ひとびとは、なぜそんな事をしたのかしら?」
(そうか。この世界の人々の多くはまだ理解できないのか。ディネルースほどの知性の持ち主でも。ならば、……この私が教えてやらねば)
……ふふふ。グスタフは、いまこう考えている。ディネルースは彼の顔を見るだけで、それが手に取るようにわかる。
「それが生物としての本能だからさ」
「本能?」
「そう、本能だ。未知の領域を探る。誰も行ったことのないとこに行き、誰も見たことがないものを見る。そして生物として生存圏を広げる。どんなに文明が進んでも、われわれはこの本能だけは抑えることができない」
「それはそうかもしれないけど、それが『ロケット』とやらにつながるの?」
「そうだ。宇宙こそ我々にとって最後の、そして最大の開拓地なんだよ」
「なるほどね。宇宙に行くには、そのロケットしかないと……」
「理解してくれたかね? いや、私が本当に理解してほしいのはそんな理屈ではない。地面に這いつくばって生きるしかない我々が、遙か見上げるしかない宇宙空間。そこに向かって一直線に昇ってロケットの勇姿を想像したまえ。それだけで、わくわくするだろう!」
すっかり少年みたいな顔のグスタフ。大戦が始まった頃から急激に衰えてきた彼だが、できればいつもこんな顔をしていてほしい。ディネルースは、ついうっとりと見つめてしまう。
はっ!
グスタフは我に返る。いつのまにか超至近距離から妻に見つめられる。
「ち、ちがう。ちがうんだ、ディネルース」
そして首を振る。あきらかに照れた表情を両手で修正し、何度かの深呼吸。ふたたび口を開く。
「わくわく、だけではないぞ。オルクセンという国家にとってロケットは重要なものなんだ」
さっきとはうって変わった低い声。少年の顔から王の顔にもどった彼が、ゆっくりと語り出す。
「まず第一に、ロケットによる宇宙進出に成功すれば、我々の科学力、財政力を国際的に示すことになる。国威発揚に大きな意味があるだろう」
「第二に、宇宙空間に軍事力を展開することができれば、他国は絶対に反撃できない力となる。これは、オルクセンの中立政策を維持するために大いに意味があることだ」
「そして最後に、これは遠い未来の話になるが、いつか魔種族も人間族もこの地球だけでは生きていけなくなる。この世界がいつ終わるのかわからない。それに備えるためには、いまからロケット開発をすすめなくてはならないのだよ」
いつになく深刻な顔のグスタフ王。
……そんな顔も嫌いじゃないが、わたしはさっきまでの少年の顔の方が好きかな。
ディネルースは、ちょっと意地の悪い問いをしてみる。
「ねぇグスタフ。あなたはオルクセン王として、私がここに来る前からオルクセンのために革新的なアイデアをいくつもだしてきたのよね」
「え? ああ。正面からそういわれると、ちょっと恥ずかしいがね」
「軍事的なものだけではなく、革新的な農業の方法や、空気から肥料や爆薬を作り出す方法も、元はあなたのアイデアだと聞いたわ」
あ、ああ。
照れたようなくすぐったいような顔のグスタフ。
「最近もなにやらこそこそやってるわね。極秘作戦『アロイス』とか……」
「ど、どうして君がそれを……」
王の顔色が一瞬でかわったが、無視して続ける。
「どれもこの世界の人々にとって革新的な技術だときいているわ。なのに、どうしてそのロケットとやらの開発だけは、国の政策ととして進めなかったの?」
グスタフが言葉に詰まる。
「……私はエンジニアじゃない。ロケットだって原理だけは知っていても具体的な設計に関してはまったく知識がないんだ。だから軍や大学に指示しようがなかったんだよ」
彼のこんな顔もめずらしいかもしれない。少なくとも私の前以外ではみせたことがない。
「それに、もっと先のことだと思ったんだ。今のこの世界の技術力じゃ、液体燃料ロケットの開発などまだまだ遠い未来の話だと。私が生きている間には絶対に無理だと。……まさか、独自にロケットを開発して宇宙をめざしているオークがいるなんて、思いもしなかった」
『生きている間に』なんて話はききたくない。
「でも、あなたは知ってしまった。臣下のひとりがそのロケット開発していることを。王としてどうするの?」
「そ、そりゃもちろん。オルクセンのために開発を援助……」
ディネルースの視線に気付く。彼女がいいたいのはそんなことじゃないと理解した。
「……いやちがう。仲間に入れてもらおう、私もロケット野郎の一員として」
そのオークは、人と話すのが嫌いだった。暇さえあればいつも宇宙を見えあげていた。
理由などない。強いて言えば、宇宙が好きだから。
幼い頃、キャメロットの作家が書いたSF小説に夢中になった。食い入るように読んだ。自分が宇宙船に乗り込んで火星まで反撃しにいく姿を夢想した。
それが講じて、学生時代には数学と物理学を学んだ。友達などいなくても困らなかった。ひたすら勉強してオルクセン首都ヴィルトシュヴァイン大学で学位を取得、そのまま研究を続けた。宇宙にいく方法について。
こんな夢物語のような研究を許してくれた国と大学には感謝している。だが予算は微々たるもの。仲間もいない。たったひとりの研究室で細々と液体燃料ロケットモーターを作り始めた。室内での小規模実験をおこなった。そして、確信した。……行ける。大規模な液体燃料ロケットをつくれば、宇宙に行ける!
資金集めに苦労しながら試作を重ね、ついにこぎつけた一回目の実証実験。
それは、オルクセンの首都近郊。エフィーおばさんの農場で行われた。
点火!
オーク族の腕よりも遙かに細いロケットは、か細い音をならしながら約3秒間飛翔。そして高度15メートルほどに達した後、地面に落下した。
彼にとっては概ね設計通り。満足できる結果だ。
それは、液体燃料ロケットの可能性を歴史上初めて実証した、人類すべてにとって重要な実験だった。
だが、……『大学の偉い学者さんがなにやら実験するそうだ』と聞き農場に集まった野次馬からみて、それはしょぼい打ち上げ花火にしか見えなかった。
そして、野次馬の中にはオルクセン有数の新聞社の記者がいた。運の悪いことに、その日は国内外に重要な事件がなかった。
結果として、次の日の新聞に小さな記事が掲載されることになる。
『月を目指したロケットが失敗! 空中で爆発』という見出し。農園の畑にめり込みぐしゃぐしゃになった彼のロケットの破片の写真とともに。
そのうえ、こんな科学的には間違いだらけの解説つきで。
『そもそも物質が存在しない真空中ではロケットが飛行できないことくらい誰でも知っている。ヴィルトシュヴァイン大学には高校で習う知識を持っていない研究員がいるようだ』
これがきっかけとなり、彼は大学内でもマッドサイエンティスト扱いされ、しばしば嘲笑の対象になった。
しかし、彼は気にしなかった。彼は、もともと人嫌いだった。それが多少悪化したものの、ひとりで研究するにはまったく関係がなかった。
そして、宇宙とロケットに対する情熱は、まったく冷めることがなかったのだ。
それから数ヶ月後。何度目かの実験の日。
点火。
予定通り数秒間の飛翔の末、高度100メートルほどに達した後に落下。
すべて予定通りだ。少しづつ高度を増している。
いつの間にか、冷やかしの野次馬もすっかり減ってしまった。拍手してくれたのは、農場主のエフィーおばさんだけだ。
「今回はずいぶん高く飛びましたね」
ニコニコした顔で尋ねる。
「ええ」
この頃の彼は、人嫌いを完全に拗らせていた。しかしそれでも、研究に協力してくれる人に対して愛想良いふりをするくらいの常識はある。
「月にはいつごろ届くのかしら」
まったく邪気を感じられない笑顔。この人だけは、わかってくれている。
……だからこそ、答えに悩む。ウソをつきたくない。
私もおばさんもオークだ。長命の魔種族だ。だがそれでも、寿命が尽きるまでに衛星軌道にすら到達できるとは、彼には思えなかったのだ。
「すばらしい!」
歓声、というより怒号のような叫びがきこえた。そして拍手。
彼は現実に引き戻された。
遠くから近づいてくるふたり。オーク族と、……ダークエルフ? あんな遠くに野次馬がいた?
必死に引き留めようとする軍人たちを振り切り、ふたりは近付いてくる。
軍人達は、よく見れば王宮の守護隊じゃないのか。まさか、……王と王妃?
「おどろかせてすまない。実験の邪魔にならないように気を使ったつもりなんだが、警備の連中がうるさくてね」
はぁ。
グスタフ王を前にして、言葉が出ない。
自分は国立大学の教員とはいえ、まったくもって若造だ。なによりロケット研究などという国際的には超マイナー分野の研究者でしかない。
そんな自分の研究の、ただの日常的な実験に、……なぜ王が?
「へ、陛下……。我が王、なぜここに?」
「君の一連の研究にはずっと興味をもっていたんだ。今日はたまたま近くに用があったので、視察させてもらったよ」
(先日まで彼のことなど知らなかったくせに)
となりで王妃が微妙な顔をしているが、もちろん彼が気付くことはない。
「時間をとらせるつもりはないから、安心してほしい。……簡単でいい。今後の見込みを聞かせてもらえるかな? 君の見込みでは、われわれはいつ月に行ける?」
は、はぁ。
彼は、実験の今後の見込みについて正直にはなした。
このまま順調に開発が進めば、30年で大気圏外までとどくかもしれない。50年で衛星軌道に人工物を投入できれば御の字。有人飛行はその10年後。そこまでいってはじめて、有人月面探査も視野にいれることができるだろう、と。
エフィーおばさんならともかく、王に対していまさら取り繕っても仕方が無い。これでもかなり楽観的な予測のつもりだ。
彼は、おそるおそる王の顔を覗き込む。落胆するだろうと想像しながら。
しかし。
「そうか。……うむ、世界情勢がいまのままで平和がつづくと仮定するなら、そんなものだろうな」
王は、まるで神の視点から世界を眺めているかのように言う。
(逆に、ロケット開発速度が劇的に加速される世界情勢など、ありえるのか?)
彼にはグスタフの言葉の意味がわからない。かまうことなく、王はたたみ掛ける。
「私は、君にロケット研究を続けてほしいと考えている」
「それは、……光栄です」
そういいつつ、彼の顔はそれほどよろこんではいない。もともと彼は、たとえ王に禁止されても実験をやめるつもりはないからだ。
「先日の新聞記事は読んだ。苦労しているのだろう。研究に足りないものはあるかね?」
いまさら名声なんてものはいらない。かえって邪魔なくらいだ。だが、……予算が足りないのは事実だ。正直にそれを口に出す。
「うむ。わかった。大学研究費の予算増は約束しよう。」
我が王。それは光栄ですが、……なぜ?
王に対して不遜な問いだと自分でもわかっている。だが、心の底から不思議だったのだ。
ロケット開発は自分にとって夢だ。宇宙旅行は人類にとって希望だ。それは魔種族にも人間族にも絶対に必要なものだと、自分は信じている。
だが同時に、遠い未来ならばともかく、それが今の世の中には役に立たないことは、自分自身がもっとも知っている。自分でいうのもなんだが、この世の中、ロケット開発よりも大切なことは沢山あるのだから。
そんな彼の困惑を無視。我が王は蕩蕩と語り始めた。
『国威発揚』『反撃の恐れのない宇宙への軍事力展開』。そして『魔族種が生き残るため地球外への版図拡大』。……とにかく、オルクセンという国家にとって宇宙進出は不可欠だ、と。
王の言葉を要約すれば、こんなものだろうか。
それは理路整然として、誰も反論できない理屈。さすが偉大なる我が王だ。
オルクセン王国臣民として、ここで黙って頷いておけば、予算増だ。こんなうれしいことはない。
だが。
だが。
だが、……彼の意思とは関係なく、彼の口から出たのは別の言葉だった。なぜこんなことを言い出したのか、自分でもわからない。
「我が王、違うのです。私がロケットを作るのは、そんな理由ではないのです。……あなたもわかっているのでしょう?」
グスタフの隣、ディネルースは目の前のまったく立場の異なるふたりのオークのやり取りを、興味深げにながめている。
大学教授だというこのオーク。
ここに来る前に一通りの下調べはしてきた。学生時代の成績は超優秀だが、いまのところ研究者として特に成果をあげているわけではない。
そもそも、外見はどう見ても研究者には見えない。着る物に拘りがなく、所作も話し方も、自分がどう見られるかまったく頓着しないのだろう。もちろん友達などいないタイプ。
基礎科学の重要さは理解しているつもりだが、世界的にもマイナーな研究をたったひとりで細々と続けているその姿勢は、マッドサイティストや世捨て人と言われても仕方が無いと思う。
だが、王妃としてこれだけは言い切れる。
もしグスタフが王でなかったら、……もし一介の研究者だったなら、きっとこんな感じなのだろうなぁ。
「我が王。ロケットはオルクセンという国家にとって必要。……たしかに、それも理由ではありましょう。オルクセン、いえ全人類にとってロケット開発は莫大な利益をもたらします」
ここまで言って、いったん区切る。そしてひとつ深呼吸。
「しかし、私がロケットを作る理由は、それではありません。私は、……宇宙に行きたいのです! 私は、ただそれだけのためにロケットを作っているのです」
男は、ひとことひとこと噛みしめながら言葉を紡ぐ。
「我が王、私にはわかります。あなたも同じですね。……あなたがロケット開発を支援してくださるのは、ご自身が宇宙に行きたいからではないですか?」
図星。そのひとことは、グスタフの脳天に衝撃を与えた。
ディネルースに言われるのならわかる。彼女には、決して意図してそうしたわけではないが、結果として自分の内面をさらけだしてきた。だが、まさか一介の市民から、王としての仮面を引き剥がされてしまうとは……。
グスタフは何も言えない。絶句したままだ。
その横で、それまで必死に我慢していた王妃が、ついに噴き出した。
「うふふふ。グスタフ、よかったわね。あなたのお仲間がこんなところにもいたわよ。もう仮面を脱いだら?」
ふんっ!
ふてくされて顔を伏せる王。わずかに頬が赤くなっている。
「そうだ! 君のいう通りだ! 王らしく出来なくてすまない。……君に会えて本当によかった」
それから数分間。ふたりのオークは腹を割って語り合った。
ロケット開発の技術的な苦労話。理解してくれない世間への愚痴。そして、宇宙への夢。多段式ロケットのアイディア。軌道エレベーター。惑星探査。宇宙植民地の可能性まで。
ディネルースにはまったく理解できない内容だし、ついでに二頭のオークがツバを飛ばしながら早口でまくしたてる声がやかましいくらいだが、それでもそんなグスタフを見るのはイヤじゃない。少年のように目をキラキラさせて語り合う二頭の顔が眩しい。こんなグスタフを、いつまでも見ていたい。
「そろそろ時間が……」
しょうしょう呆れ気味の護衛に促され、グスタフはあわてて時計をみる。基本的に時間に厳しい彼にとって、滅多に無い仕草だ。
「おっと、つい夢中になってしまったな。もし可能なら、また話を聞かせてくれるかな」
「ええ、もちろんです。我が王」
「ありがとう。そうそう、最後にひとつだけ、忠告というかお願いをさせてもらう。王としてね」
グスタフの顔が、いつもの王の顔にもどる。……最盛期の彼よりかなり衰えているのがわかるのは、おそらくディネルースだけだろう。
「……君が人嫌いなのはわかる。それを治すべきだなんて野暮なことは言うつもりはない」
「だが、……他国、人間族にも君のようなロケット野郎はいるはずだ。君と同じように早すぎる宇宙への夢を追いかけている人間が、ロヴァルナにもアスカニアにも絶対に現れるはずなんだ」
「彼らに人脈をつうじておいてほしい。……平和なうちに。二度目の世界大戦が始まる前に、だ」
自分はそれまで生きていられるだろうか。グスタフは、その前にこれだけは言っておきたかった。
「これは君にしかできないことだ。私やオルクセン政府がそれをやると、おそらく他国から妙な勘ぐりうけてしまうだろう。我が国の中立政策があやうくなるかもしれない。だから、民間のロケット愛好家である君に頼みたい」
「オルクセンのため、……いや、ロケット開発、そして宇宙旅行のためにきっと役立つはずだ」
はぁ。
彼はあいまいに頷く。
よくわからないが、我が王が言うことならば間違いはないのだろう。
「そうだ! 民間団体をつくろう。『国際宇宙旅行協会』はどうだ? 国際的にロケット野郎を集めて、会誌を発行するんだ。王室予算から寄付をだすから、匿名で私も会員として参加させてくれ」
やっぱり意味がよくわからない。が、資金援助してくれるというのならば、やぶさかではない。
それになにより、うれしかった。その『なんとか協会』を通じて、おなじロケット野郎である我が王と、先ほどみたいな熱い議論ができるのならば。
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半世紀後。数千人が働く巨大な施設の中、ディネルースはひとりの男を捜していた。
「ここにいらっしゃったんですね?」
やっとみつけた男は、たったひとりでテレビ中継をながめていた。
「ええ。……陛下」
突然の女王の訪問に応接用の椅子から立ち上がろうとする男を制し、ディネルースは遠慮なく隣に腰掛ける。いっしょにテレビ画面を見入る。
ここはオルクセン国内の宇宙飛行センター。オルクセンのすべての人工衛星を管理管制する巨大な施設の所長のオフィスだ。
「管制室で所員達といっしょに見ないのですか?」
「ええ、この段階で私の出番などありません。若者や亡命してきた連中が万事上手くやるでしょう。それに、……ひとりで見たかったのです」
あいかわらずの人嫌いなのだな。
ディネルースはおもわず微笑んでしまう。
男は、いまや国内外から『ロケットの父』とまで呼ばれている。この巨大な施設の名前は、彼の名にちなんで名付けられた。そのような男が、半世紀にわたる自分の努力が実る日、全世界が注目する歴史的な日であるにもかかわらず、自分のオフィスに引き籠もっているのだ。
テレビ画面にうつっているのは、オルクセン唯一の海外植民地に建設された、王妃の名前を冠したロケット発射場。
この数年の間に、科学技術はしんじられないほど進んだ。今や大洋をこえてリアルタイム映像中継すら、決して珍しくない時代だ。
半世紀前、彼が打ち上げた人類最初の液体燃料ロケットは、彼の腕よりも細かった。高度15メートルほど上昇した後、あっけなく地面に落ちた。いま、打ち上げ台に鎮座している巨大なロケットは、最も太い部分で直径10メートルを超えている。全高116メートルに達する三段式の巨大なロケットは、5人の搭乗員を月まで運び、そして還ってくる予定だ。
「そうそう。今朝の新聞をみましたか」
ディネルースが手に持っている新聞を広げる。半世紀前、彼の実験を小馬鹿にした記事を掲載した新聞社が、今朝になってその記事を正式に撤回、謝罪記事を掲載したのだ。
「ええ」
彼はテレビから目を離さない。まったく感心がなさそうだ。
たしかに、いまさら『大気中と同様に真空中でもロケットが飛行できることは明確にいま実証された。ここに過ちを後悔する』と社説にかかれても、何を今さらとしか思わないのも当然だろう。
「……ところで陛下。なぜ、ここに?」
いまさらその問いなのか? さすがに王妃である私に対して、いかにも『邪魔だ。ひとりにしてくれ』と言いたげな態度はどうなんだろう?
そう思わせながらも、彼はディネルースを不快にさせない不思議な魅力がある。
「打ち上げが終わった後、このセンターから国民に向けメッセージを発することになっています。……記者会見にはあなたも同席する予定のはずですよ」
はぁ、そういえばそうでしたか。
相変わらずテレビから目を離さないまま、あいまいな答え。
本当にかわっていない。この男はロケット以外に興味がない。まったく、……ロケット野郎はなぜどいつもこいつもこんな男ばかりなのか?
半世紀前グスタフが作らせた『国際宇宙旅行協会』。晩年のグスタフは、多忙な公務の間の時間を割いて、そして日に日に弱っていく肉体にむち打って、可能な限り協会の活動に参加してきた。論文や手紙の交換。会誌の発行。実際に会員同士が顔を合わせての交流会も何度かおこなわれ、ディネルースもいっしょに参加したことがある。
活発な活動は国内外に評判を呼び、他国からも民間のロケット研究家が、こぞって参加した。そして、予算不足や周囲の理解不足のため自国で十分な研究が出来ない国外の研究者の多くが、協会のコネを頼りにオルクセンに移り住んできた。
だが、ディネルースの目からみて、そんなロケット野郎達はどいつもこいつも人嫌いの変人ばかりだった。
たとえば協会設立直後にロヴァルナから来た人間族。
液体燃料ロケットをつかえば宇宙にいけることを数式で証明し、その他宇宙飛行に関する数々の論文やエッセイや小説まで記したその男は、その業績をまったく評価しない祖国の学会に見切りをつけ、研究をつづけるためだけにオルクセンにやって来た。没後しばらくしてから『宇宙旅行の父』とまで称されるようになった彼だが、しかし見た目はまるで浮浪者そのものだった。
他人とはほとんど話さずひたすら本ばかり読んでいたのに、なぜか目の前の男やグスタフとだけは気があう様子なのが、ディネルースからみても不思議だった。だが、彼らとともに空を見上げながら議論するグスタフの姿は、眩しかった。心の底から楽しそうで、嬉しそうで、ディネルースがほんの少しだけ嫉妬してしまうほどに。
グスタフが亡くなった後にオルクセンに来た者も居る。
いまテレビに映っている世界初の月ロケット発射の現場で指揮をとるのは、二度目の世界大戦終了直前、アスカニアから亡命してきた男だ。彼も国際宇宙協会の熱心な会員であり、戦前から会誌に掲載されていたグスタフのエッセイのファンだったと公言している。亡命といいつつ、実際には協会を通じて事前に亡命の意思を伝えられたオルクセン軍の情報部が手引き、終戦直前のどさくさに紛れて誘拐同様に連れてきたことは公然の秘密だ。
ちなみに、彼は戦中アスカニアで戦略兵器としての弾道ミサイルを開発する立場にあったのだが、『祖国のための兵器開発よりも人工衛星の打ち上げ計画を優先している』として秘密警察に逮捕・拷問されたことがあるという。彼を釈放させるため、アスカニア軍上層部のみならず独裁者直々に『彼がいなければ弾道ミサイルは完成しない!』と秘密警察に強い申し入れがあったらしい。
……なお、後に本人が明らかにしたところによると、『祖国のための兵器開発よりも人工衛星の打ち上げ計画を優先している』というのは、まったくの真実であったそうだ。
テレビの中、月ロケットの打ち上げカウントダウンが始まった。
他国の新聞によると、人間族の国々は西も東も首をかしげているらしい。なぜオルクセンは、ミサイル開発よりも有人宇宙飛行にこだわるのか。オルクセンの魔種族達はいったいどうして、これほどの情熱を以て、まるで形振り構わぬほどの態度で、宇宙を目指すのだろう、と。
オルクセン政府に聞けば、有権者にむけてこう答えるだろう。
『宇宙という無限の資源を開発することは、オルクセンにとって大きな利益になる』と。
苛烈な東西冷戦下に身をおいている軍の上層部に聞けば、別の答えがきけるかもしれない。
『世界はいつ滅んでもおかしくない。例え核戦争が起こったとしても、魔種族の生き残る道を探らねばならない。そのための宇宙開発だ』と。
だが、違うのだ。結果的にそうなったとしても、少なくともグスタフが目の前のこの男と始めたロケット開発は、そんな難しくて高尚な理由ではないのだ。
3、2、1、ゼロ。リフトオフ!
轟音。衝撃波。凄まじい爆煙の尾を引きながら、ロケットは虚空へ向けて上昇していく。
ふん。
男は、鼻を鳴らしながらテレビから目をはなす。そして、天井を、そのはるか先にある宇宙を、見上げている。
「うまくいかないものだ」
ぽつりと漏れた声。テレビ中継では、ロケットはまったく問題なく上昇をつづけているように見えるが……。
「……ロケットさえつくれば、自分自身が宇宙にいけるとおもっていたんだがな」
ついに耐えきれなくなって、ディネルースは噴き出した。
そうだ。そのとおりだ。グスタフもそう思っていたはずだ。
いつのまにか巨大な国家プロジェクトになってしまったが、この男とグスタフがはじめたオルクセンのロケット開発は、単純に自分が宇宙に行きたいという未知への憧れがきっかけだったのだ。
「いつの日か、あなたや私が宇宙にいけるようなロケットを作ってください。グスタフ王もそれを望んでいるでしょう」
男はだまって頷くと、ふたたび空を見上げた。