キヴォトスにおいて「最先端」「最新鋭」と呼称される技術を生み出し続ける三大校の一つ、ミレニアムサイエンススクール。ある日突然校舎が爆発したり、生徒や発明が大暴走するのはいつもの日常である。そんな喧噪に紛れるかのように、広大な校舎の一室にある「疑似科学部」では、部室の中央に一人の少女が仁王立ちしていた。
「いいですか! 世間の保守派達は、未だにこの真に偉大なる発明の真価を理解していないのです!」
大言壮語を並べるのは、疑似科学部の部長・ミライ。 彼女の手には、銀色に輝くアルミホイルの帽子が握られていた。
「その名もティンホイル・ハット! これは単なる陰謀論者の妄想アイテムではありません! これは今まで検証されてこなかっただけで、未来の人類を救う最先端の防御装備なのです!」
ミライは熱弁を振るい、壁に貼られたお手製のポスターを指差す。 そこにはけばけばしい文体で「電磁波防御! マインドコントロール遮断! 超能力者は手も足も出ない!」と、誰が信じるかも分からない奇っ怪なキャッチフレーズがこれでもかと記載されていた。
ミライ部長の演説に対し、丸眼鏡をかけ、スパナを持った小柄なミニスカの学生が「おお~!」と楽しそうに相槌を打つ。それは、このやりとりがこの部活内で恒例化していることの証明に他ならなかった。
「この発明を商品として販売すれば、未だに真実に気がつかない保守派達も喜び勇んで使用し、疑似科学部を讃え始めるに違いありません!そうすれば、当部の予算やプロジェクトの停止を匂わせてくる、あのいけ好かないセミナーの鼻を明かすことができます!」
「全く、リオ会長から予算停止と脅されたタイミングで後輩ちゃんが入部してくれなかったら、いったいどうなっていたことやら。ゲルマニウム・ブレスレットしか成果物がなく実績不足なこと、部員数が2人で部員不足なことを合わせ、猶予は殆どないわよと冷徹に言われましたし…」
「リオ会長が失踪したこともあってセミナーが混乱状態にあるので、今すぐに廃部になることはないと思いますが、この部活、今時点だとまだ部員がミライ部長と自分の2人だけですものね。」
「偉大なる発明の発見と普及に部員数は関係ないでしょうに。ああ、今思い返しても私の中の水分子が怒りで歪んできます!」
そんな過去の苦労話で後輩と盛り上がっていた時、ふとミライはティンホイル・ハットを1つしか製作していなかったことを思い出した。
「あ、そういえば、このティンホイル・ハットですが、現在1つしか製作していないので販売するには足りませんね…。資本主義の世で勝利するにはより多く販売しなければなりません。」
「それでしたら、自分がミライ部長の理論を元に量産しておきましょうか?」
「では、お願いします。 私たち疑似科学部の名にかけて、史上最高のティンホイル・ハットを作り上げてください!」
「わかりました、3日ほど時間をください。」
「おや、そうですか。後輩ちゃんは入ったばかりなので、当部の偉大な発明の製作をお願いするのは初になりますが、期待してますよ。」
こうして、疑似科学部の新たな発明が始動した。
○
実際問題、ミライは後輩がティンホイル・ハットを製作するには半日もあれば十分だと考えていたため、3日と言われて心の中で「はて?」と首を傾げていた。アルミホイルを折りたたんで帽子の形にするだけなら1個30分程で済むので、何かしらの加工を行った上で量産するにしても3日もかかるのか、と。
しかし、己を慕って入部してくれた発明と製作が好きそうな後輩に好きにさせれば良いと思い、そのことはあえて口に出さなかった。
そして3日後。
「ミライ部長、とりあえず50個できました。アルミニウムの表面に自分が生成した全く新しいカーボンナノチューブを植え付けることで完成した、あらゆる電磁波・電波を遮断するティンホイル・ハットです。人間が頭に被ったと識別すると、半径10m以内の人体に直接影響しない電波・電磁波を遮断します。普段はそこらへんに置いておき、いざとなったら頭から被るというのが使用方法です。」
「これさえあれば、あらゆる電波から身を守ることが可能になります。ついでに帽子が効果を発揮するメカニズムと、元になっている新しいカーボンナノチューブ素材の概要、アルミニウム表面への植え付け方法については、論文としてまとめておきました。」
「製作ありがとうございます。カーボンナノチューブとやらはよく分かりませんが、論文があれば根拠があるように見えるので、購入してもらいやすくなりますね。販売するときに一緒に掲載しておきましょう。」
「そんな勿体ない言葉を…。自分はミライ部長の考えを元に、製品を量産しただけです。」
ミライとしては似たようなものを簡単に作ってもらえれば良かったが、後輩が目を輝かせながら成果物の報告をし、ミライのアイディアがいかに素晴しいかを語ってきたため、満更でもない気分であった。だからこそ、折角50個もあるのだから、ということで盛大に宣伝しようと思い至ったのである。
「では、私の方で疑似科学部のSNSから大々的に宣伝します!こうした成果を積み重ねて、いつかはゲヘナの美食研究会みたくインフルエンサーとして世に真実を広めたいですね。」
「ミライ部長の聡明さと正しさはキヴォトス全土に普く知れ渡るべきなので、完全同意です。」
そしてミライは、この商品を比較的安価な値段付けで販売することにした。これは、まずは市場に浸透させるため、価格を抑え、圧倒的なユーザー体験を提供する。その後リピーターが増え市場を独占した暁には価格を引き上げていくのが商売の基本!と考えたためである。
こうして疑似科学部のSNSにて、ティンホイル・ハットはポスターに記載されていた奇っ怪なキャッチフレーズに加え、「早い!安い!効果抜群!」と言ったどこかで聞いたような追加の文言、そしてオマケのように添付された論文と共に晴れてお披露目となった。
安価な値段付けと怪しげな文言が影響したのか、掲載した当初は6いいねと6RT、そしてどうしようもないクソリプが6件くらいしか来なかった。しかし、一週間後何を思ったか、とある部活が人数分購入していったことは、ミライを至極上機嫌にさせた。
だからこそ、この発明が今後続いてく大騒動への第一歩だとは、ミライ自身は夢にも思っていなかったのである。
○
一週間後、校舎の別の部屋にて。
「おい、早くしろ! ヴェリタスに気づかれる前に!」
非公認部活「試験対策部」。 彼女らはミレニアムの中間試験問題を盗み出すため、フィッシング攻撃で管理者の認証情報を盗み出すことで学内ネットワークに侵入し、不正に試験問題が保管されているデータベースへも侵入しようとしていた。
「データベースへ侵入開始、これから中間試験問題データの場所を突き止めます…ん?これ本物のデータベースですか?」
「……いや、待て。なんか逆探知されてる!? ヴェリタスだ!」
試験対策部のメンバーが青ざめる。
「まずいです! このままじゃウチの活動内容が全バレするし、全データが抹消されます!」
「もうダメだ、そもそもヴェリタスがいるのにハッキングで試験データを盗み取ろうとしたのが無茶だったんだ!」
ヴェリタスはミレニアムにおいて最高レベルの実力者が集結するハッカー集団である。予兆があってから、瞬く間に試験対策部の全PCに進入され、殆ど手遅れな状態となってしまった。そして、LANケーブルを抜くにももう間に合わないタイミングとなったとき、破れかぶれになった試験対策部部長は、先日SNSを眺めていた時にふと見つけ、部内で話のネタにするために購入した『全ての電波を遮断する』という怪しさ満点のシロモノを、雷に打たれたかの如く思い出したのである。
「待って! 皆、効果はあるか分からないけど、これを被って!」
部長が取り出したのは、あの「ティンホイル・ハット」。 メンバーは半信半疑ながらも、もはや縋れるものはこれ以外になし、と腹をくくってそれを被った。
次の瞬間——
「通信切断!? 何も繋がらない!?」
——試験対策部の全PCが、一斉に沈黙した。
○
「いったいどういうこと?何の捻りもなくハニーポットにアクセスがあったから自動で迎撃し、0.1秒でPCが発信したパケットを解析し、発信源を特定した。5秒…いや、3秒あれば簡単に制圧できるし、実際に制圧できたくらいのザルなセキュリティだったのに…」
ヴェリタスの副部長・各務チヒロは、目の前のモニターを見つめながら呆然としていた。
「バックドアを仕掛けて事実上制圧が完了していたのに、いきなり全回線が遮断された…? まるで、何かとてつもない力で全ての通信が妨害され、全てがひっくり返され白紙にされたかのような…」
チヒロのつぶやきに対し、小塗マキがキーボードを叩きながら不思議そうにしていた。
「いやー、おかしいね。試験対策部って、あたしたちのハッキング能力に対抗して、こんなことができる部活だったっけか?物理的に電源とLANケーブルを全部ひっこ抜いても、こんなことにはならないはずだよ?」
チヒロは眉をひそめる。これは、何か大きな出来事の予兆かもしれない。ヴェリタスの副部長として、早急に今回の要因を特定する必要があると理性が強く訴えかけていた。
「(想像だけど、通常の電磁妨害とは明らかに異なる、極めて局所的な影響が試験対策部室の中だけ出ている。ミレニアムの最新ジャミング装置だって、こんなに高性能ではない)」
「はあ…確認の必要があるわね。」
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二週間後。
「売れましたぁぁぁ!!しかも完売!!!」
部室では、ミライが小躍りしながら大喜びしていた。
「SNSで売り出したら、試験対策部が大量購入していったので助かりました。しかも、よく分からないけどピンチの時に使用したら効果抜群だったらしいですね!そんな投稿SNSにあったので、対ヴェリタス用に期待できると他の部活も購入していきました!」
「そうですか、とてもよかったです。ミライ部長の素晴らしい理論と製品が世間へ知れ渡りましたね!」
後輩は嬉しそうにしながらも、さも当然といった表情を見せた。それは、まるでミライが提唱することは、不変の事実かつこの世の真理であり、驚くに値しないと思っているかのような落ち着き様であった。
「さあ、今回の利益を元手に次は何を広めましょうか!より多くの衆目を集められそうな、エネルギー関係とか良さそうですね!」
「製作ならお任せください。ミライ部長の理論を形にするのが自分の役目ですから。」
こうして、迫り来る大嵐に気がつくことなく、疑似科学部は次なる発明へと突き進むのであった。