ミライ部長と後輩ちゃん。   作:紅葉式

2 / 6
第2話 人工石油

 

 

 その日のミライは、小さな想定外が積み重なる、まさしく不運としか言いようのない状況であった。

 

 まず、先日アルミホイルで作った帽子がしこたま売れたことで、いつもより豪華にしようと意気揚々と食堂へ向かったのだが、よく注文する定食がまさかの売り切れだったこと。

 仕方なく、「新メニュー!カラクナイヨ!」と、まるでインドカレー屋の店主のような謳い文句が並ぶ担々麵を注文したものの、彼女にとってはキャパオーバーの辛さであり、べそをかきつつなんとか完食したものの、口の中にはヒリヒリとした痛みが残ったこと。

 そして、辛さを打ち消すために好物のゼリーを探し求めるも、今日の学食メニューには見当たらず、しょんぼりと肩を落としながら学食を後にする羽目になったこと。

 

 そんな不運続きの昼を振り返りつつ、ミライはトボトボと廊下を歩きながらやるせない感情を吐き出した。

 

「くっ…こんなはずじゃ…!」

 

 しかし、部室に向かう途中でふと、先日の大成功を思い出した途端、気分は急上昇。見据えるべきは未来のみ――そんなジョークのような決意を胸に、さっきまでの不運をまるで忘れたかのように能天気な笑顔で部室の扉を勢いよく開け放った。

 

「エネルギー革命です!エネルギー革命こそが『今』を切り開くのですよ!」

 

 部室に入るや否や、壮大な夢物語をぶち上げたミライ。それに対し、PCに向かって何かを入力していた後輩は、その手を止めてパッとミライの方を向いた。

 

「おはようございます、ミライ部長。また世に広めるべき素晴らしいアイディアが出たのですね。ぜひお聞かせください!」

 

 いつものごとく自分を尊敬してくれる後輩の言葉に、ミライのテンションはさらに加速。思わず、自分自身に言い聞かせるように演説を始めた。

 

「後輩ちゃんならそう言ってくれると思ってました!そうですね、大昔の錬金術師は石から金を作ろうとしましたし、どこかの国では石炭から石油を作ろうとした。ですが――私たちはその程度では納まりません!」

 

 ミライは大きく身振りを交えながら続ける。

 

「今の時代、石を使うなんて時代遅れ!どこにでもある空気と日光からエネルギーを作る方が、現代においてはるかに効率的だと思いませんか?枯渇する資源を掘り続けるのではなく、無限に存在するもので作り出す――そう、人工石油こそが、真に世界を変える発明なのです!」

 

 ミライは実現可能かどうかもわからない壮大な夢物語を、まるで確信に満ちたように語り続けた。そして、クライマックスを迎えるように手を大きく広げる。

 

「私たち疑似科学部こそが、科学を以て万人に等しくエネルギーの恩恵を与えるのです!それこそが、私たちが成すべきカルマなのですから!」

 

 ふっ、決まった。

 心の中で自画自賛するミライ。だが、その演説に感激した後輩は、椅子から立ち上がると勢いよく語り始めた。

 

「人工石油ですね!ミライ部長がおっしゃるのであれば、必ず実現できます。自分の方で理論とサンプルを作り上げてみます!実はティンホイル・ハットの時からいろいろ考えていたので、1週間あればなんとかしてみせます!」

 

 あくまでノリで話題提供したつもりのミライだったが、後輩が当たり前のように前向きな姿勢を見せたため、さすがに少し戸惑い、様子を見るために別の話題を出すことにした。

 

「それはありがたいですが、後輩ちゃんが今やっていたことの邪魔にならないですか?ちょうど何か入力してたみたいですし。」

 

「ああ、これはですね、以前ミライ部長が掲載してくださったティンホイル・ハットの論文に関して、いくつか質問が来ていたので、自分の方で回答してました。ヴェリタスとミレニアム内の実習センターからも来てましたね。もちろん、ミライ部長と自分の連名で万全に回答しておきました。」

 

 ヴェリタスや実習センターといった有名どころから質問が来たことに、ミライとしてはずいぶん有名どころから質問が来たものだと思った。しかし、後輩が「万全に対応した」と言うなら問題ないだろうと、深くは突っ込まなかった。

 

「今やってることに支障がないならよいですが、余裕があれば人工石油についてもお願いしていいですか。完成したら、また私が販売製品として宣伝しますので。」

 

 後輩は瞳を輝かせて「はい!」と即答したが、すぐに少し言いづらそうなことを抱えているかのような、もじもじとした表情になり、言いづらそうに話し始めた。

 

「…ミライ部長、実はですね――」

「これまではティンホイル・ハットのカーボンナノチューブを自室で試作してたんですが、人工石油ともなると簡易プラントが必要になってきます。部室のサイズならギリギリ収まるので、部室に設置してもいいでしょうか?」

 

「え、プラントって生産施設ですよね、部室に置けるようなシロモノなんですか。」

 

「そこはまあ、自分がなんとかしてみます。」

 

 プラント=巨大なもの、というイメージが強いミライは本当に大丈夫かと一瞬疑ったものの、前回もスムーズに製品を量産した後輩ならどうにかできるのではと思い直し、資金面の支援だけで任せることにした。

 

「それでしたら、進めてください!」

「ああ、プラント構築に費用が必要なら教えてくださいね。ちょうど前回の製品に関してミレニアムの実習センターから追加注文があり、その資金を使えるので。必要は発明の母です!必要な材料や物資への投資は惜しみませんよ!」

 

「そんな…わざわざありがとうございます!自分、必ず最高の成果をお見せします!」

 

 ミライのどこか曖昧な慣用句に触れることもなく、後輩はそう宣言すると、「こうしてはいられません!」と嵐のように部室を飛び出していった。

 

 こうして、少しずつ風向きが変わり始めていることにミライは気づくことはなく、後輩の成果を待つことにしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間後、ミライはいつものように学食で定食を食べた後、部室に向かうことにした。実はあの後、後輩のプラント構築作業を邪魔するのも忍びないと思い、しばらく部室に顔を出さなかったのである。

 

 さて進捗はどんなものですかね、と軽い気持ちで扉を開けると、部室の半分がまるで小さな工場のように様変わりしていた。特に目を惹くのは、左側に鎮座している巨大な装置と、右側にある中型のプラントらしき装置。

 

 予想以上に本格的だった、と言葉を失うミライに、敬愛する部長が来た事に気がついた後輩は即座に振り返り、まるで敬愛する王が帰還したことを喜ぶか家臣のような口調で喋り始めた。

 

「できましたよ、ミライ部長! あの後ミライ部長が想像したとおり新しい触媒が必要だと考え、まず新たに画期的かつ低コストな光触媒を開発しました。左側にあるのが、空気と水から限りなく原油に近いラジカル水を精製する、光触媒を組み込んだ装置です。そして右側が、そのラジカル水を高純度の原油に変換し、さらに重油から軽油まで精製する極小プラントです。」

「マイクロ水力発電装置からヒントを得て作りましたが、ミライ部長のご想定通りになっていれば嬉しいです。しかも、採掘や精製コストを考慮しても、最終コストを市販の原油価格の半分以下に抑えられる想定です!」

 

 一気にまくし立ててくる後輩を前に、「触媒についての話なんかしましたっけ?」とミライは内心首を傾げたが、とりあえず完成を喜ぶことにして疑問は忘れることにした。

 

 さらに後輩は「これで、ミレニアム内の環境にも優しいエネルギーが…」と謙遜しながら環境面への貢献を語り続けたが、ミライにとっては専門用語の嵐がただの呪文にしか聞こえず、目をふにゃふにゃにさせながら聞くしかなかった。しかし、金儲けに敏感なミライの資本主義的地獄耳は、今回の発明品がコスト半分という部分だけはしっかりキャッチした。

 

「つまり、安く作れたということですね! …ということは、大量生産して売れば大儲けではないですか!」

「ですが、今の生産量だとコストメリットは出せませんか。根本的には大型の生産設備がなければ宝の持ち腐れになりますね…」

 

企業に売り込んで特許料と技術提供料を得るのが一番現実的かも…とミライは考え始めたが、すぐに面倒くさくなって「まあ、明日考えればいいか」と思い直した。

 

「いずれにせよ、よくやってくれました。ありがとうございます、後輩ちゃん。この発明の活用方法は明日じっくり考えましょう。」

 

 その言葉に後輩は「いえいえ、全部ミライ部長のおかげです! 流石はミライ部長です…!」と感嘆の声を上げた。

 

 その後、2人は人工石油がミレニアムのどこで使えるかについて語り合い、盛り上がったままその日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 さて、人工石油の売り込み文句でも考えましょうかと部室にて思索し始めたミライだったが、そこに少し焦った様子の後輩が現れた。

 

「あの、ミライ部長おはようございます。ちょうどドアの前で会ったのですが、お客様が…」

 

 後輩の言葉に、ミライは挨拶を返しつつこんな早い時間から誰だろうか、と顔を上げた。そして、瞬間的にギャーッ!と心の中で絶叫した。

 

「おはようございます、疑似科学部のミライ部長。急にお邪魔して申し訳ありません。」

 

 そんなどこか取り繕った丁寧な敬語であったものの、ともすれば興奮したような口調で話しかけてきたのは、生徒会組織「セミナー」の会計を務める早瀬ユウカ。

ミライにとって、ミレニアムにおける全部活動の予算采配権を一手に握るユウカはまさしく天敵。かつてリオ会長時代、廃部一歩手前まで追い込まれた過去があるだけに、セミナー役員の訪問は歓迎できるものではなかった。

 

 しかし、ティンホイル・ハットの成功を思い出したミライは、明確な成果がある以上廃部宣告は受けないだろうと自分に言い聞かせる。部員数のことは考えないようにしつつも、とりあえずは冷静なフリをして対応することにした。

 

「こ、こんにちは、セミナーの早瀬ユウカ会計。今日はどんなご要件ですか?」

 

 その問いかけに対し、ユウカは抑えきれない興奮を滲ませながら一気にまくし立てた。

 

「ミレニアムの実習センターとヴェリタスから、セミナー宛てに連絡がありました。疑似科学部がこの前から発売したアルミニウムの帽子、ティンホイル・ハットでしたか。あの製品について、詳細な話をお聞きしたいと思って来ました。」

「単刀直入に聞きますが、あの商品、本当に疑似科学部で作ったんですか?学内ネットワークを完全に遮断可能なジャミング装置として考えると、あまりにも異常です。あんな風にSNSでポンと販売する代物だとはとても考えられません!」

「あと、実習センターからは、あの製品が回路設計時における電磁波などの外部ノイズ排除装置として極めて有効という検証結果も出ています。医療機器や通信機器の回路設計に革命的な影響を与えるとまで!」

「これはミレニアム全体に大きく関わる大発明です。SNSに掲載されていた論文も読みましたが、これは普通の部活動では到底成し得ない大成果ですよ!」

 

 そこまで聞いていたミライは、廃部通告とは真逆の興奮したユウカの態度を見て、あれ、もしかして想像以上に上手くいってます?と今更ながらに気づいた。

そして、ユウカの興奮振りから考えると、今ここにユウカが来た事は、もしかしたらユウカの影響力を人工石油の販売にも活用できるのではないか、とちょっぴり黒い考えも浮かんだ。

そこでミライはニヤリと笑い、先日と同様に演説するかのように話し始めた。

 

「ええ、ええ、その通りです。正しく私たち疑似科学部の成果ですよ!」

「ティンホイル・ハットについては、後で後輩ちゃんに詳細を聞いてください。でも、それだけじゃありません。もしここに、ミレニアムの未来を切り拓く発明がさらにあるとしたら?」

 

 ユウカは最初こそ怪訝な表情を浮かべたが、ミライは攻めどころと見て、身を乗り出して続けた。

 

「つい先日、私たちはどこにでもある空気と水から、天然原油以上にコストメリットのある人工石油を精製することに成功しました。これはミレニアムにおけるエネルギー革命の第一歩です!」

 

「空気と水から作れて、なおかつコストメリットのある人工石油!? そんなものがあれば、ミレニアムだけじゃなくてキヴォトス全体でエネルギー革命が起こるわよ!信じられない…」

「けど、この前のティンホルト・ハットは間違いなくこれまでの常識を覆すような発明だったし…」

 

 敬語で話すことも忘れるほど驚愕したユウカだったが、少し冷静さを取り戻し質問してきた。

 

「もしかして、後ろにあるのが件の人工石油の精製装置ですか?」

 

「そうですね。あ、これが装置と人工石油精製までの理論をまとめた論文です。」

 

 後輩が装置の詳細と論文をユウカに手渡すと、ユウカはすぐに論文を読み始めた。ミライはその様子を見ながら、またしても後輩が完璧な論文を用意していたことに今更感心した。

そこで、以前巷でセミナーの評判を聞いた際、ユウカが個人で株取引や投資、先物取引を行う投資家という側面を持っている、と誰かが言っていたことをミライは思い出し、そこが突破口になる!と閃き、再度語り掛けるような演説を再開した。

 

「この発明は、世に出ればミレニアムに多大な恩恵をもたらします。しかし、部室のプラントでは大量生産は難しいのが現状です。」

「そこで、あなたが投資家としてこの発明に『投資』できるなら、あなたが投資しているような、大規模かつ有力なエネルギー企業に取り次いでいただけませんか?」

「この発明が認められれば、私たち疑似科学部だけでなく、それを見出したあなたとあなたが所属するセミナー、そしてあなたが投資しているであろうエネルギーセクターにも大きな利益を齎します。私たちで、キヴォトスのエネルギーを変革するファーストペンギンになりましょう!!」

 

 ミライが一気に話し終えた後、先ほどまで後輩の論文を食い入るように読んでいた手を止めてその話を聞いていたユウカは、一瞬だけ悩むそぶりをした後に、こう切り出した。

 

「…この論文を持ち込めば、興味を持ちそうな優良投資先が一社あります。私はエネルギー技術の専門家じゃないですが、私の名前でコンタクトを取ってみましょう。」

 

 こうして、ミライがなんとなしに提唱し、後輩がしれっと作り上げた人工石油は、疑似科学部の手狭になった部室から離れ、新たな展開へと進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一ヶ月後。

 

 ミライはご機嫌だった。

 あの後、疑似科学部とユウカの3人で投資先の「ニーツエナジー」社を訪れ、後輩ちゃんが先方のCTO(最高技術責任者)に対して論文の説明を実施した。

説明を受けたCTOは論文を一読するや否や即座に社長の所へ向かい、大企業とは思えないスピードで導入を決断。後輩が作成した光触媒を言い値で購入し、既存のプラントの1基を転用して精製を開始することを約束した。

 その際、光触媒の販売料と特許料、月次の技術使用料を疑似科学部に支払う契約を、セミナーという第三者を介在して締結。これにより、まとまった収入を継続的に得られるようになったことで、金銭を追い求めるミライの満足度は天井知らずだった。

 

 後輩ちゃんもご機嫌だった。

ミライ部長の理論が一企業相手ではあるが外部に認められ、それがキヴォトスを動かしたことを心の底から喜んだ。さらに、ユウカの支援により疑似科学部への資金援助と論文発表ルートが整備されたことで、今後はミライ部長の理論をさらに現実化し、キヴォトス全土へ広めることができると胸を躍らせた。

 

 ユウカもご機嫌だった。

 あの後、以前から投資していたニーツエナジー社の株価は当然のごとく跳ね上がり、多額の含み益を保有することになった。また、当初のティンホルト・ハットも疑似科学部と交渉の末、対テロ用・産業用重要機器として指定。セミナー及び実習センターが独占購入することで、セミナーとしても大きな実利を得ることができた。

 

 

 そんなある日、ミライが上機嫌で学食で昼食を食べていると、食堂に設置されたテレビから、クロノスの川流シノンによるニュース中継が流れてきた。

 

「さあやってきました、キヴォトス今を時めく重大ニュースのお時間です!今回は、ニーツエナジー社が商品化した低コストな人工重油による恩恵についてお伝えします!」

 

「視聴者の皆さんも気づいているでしょう、最近いろんな商品の値段が下がっていることに! これは、ニーツエナジー社が独自技術で船舶用人工重油を大量かつ低価格で市場に供給し始めたことによるものです。輸送コストの大幅な低下により、キヴォトス全土の産業と市民がその恩恵を受けています。」

 

「キヴォトスの物流は海上輸送に大きく依存しています。それなのに従来一部の大企業によって寡占され高価格だった重油の価格は、今回の出来事で大きく低下しました。また、業界4番手であったニーツエナジー社のシェアが急上昇しているとのことです!」

 

「詳細については、キヴォトスにおける物流管理を担う、連邦生徒会交通室幹部の由良木モモカさんのインタビューをご覧ください!」

 

 そんなニュースが流れているのを聞き、ミライは後輩の発明がキヴォトス全土に与えた影響の大きさを改めて実感し、疑似科学部部長として一層誇らしく、そして少し照れくさくなった。

 その余韻を楽しみながらデザートに好物のゼリーがあるか見ると、以前より少し安くなった価格に気づいた。即座に注文し、ゼリーを一口頬張ると、思わず「あまーい!」と声を上げた。

 

「そういえばゼリーで思い出しましたが、カイザーヘルスフーズが高濃度酸素ゼリーなんて商品を販売してましたね。次回はそれに目を付けてみるのも面白そうです!」

 

 ミライはふと思いついた発想を誰に聞かせるでもなく呟くと、昼食を終え、後輩が待つ部室へと向かうのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。