ミライはすっかり上機嫌だった。理由として、前回の成功からもうすぐ3週間は経つが、よくわからないまま成功という甘美な果実の味を知ったことが大きかった。
そんな甘美さを意識したかのように食堂にてデザートに舌鼓を打っていたところ、学食の特大モニターから芝居じみた掛け声が聞こえてきた。
そこに映し出されていたCMは、派手な効果音とともに医者風の男が『カイザーによる水素での健康革命!』と叫びながら、「高濃度水素ゼリー」なる商品がいかに睡眠改善に効果があるか、またいかに大ヒットしているかという場面と、街中でその商品についてインタビューする場面。
インタビューに答えていた市民は誰もが高濃度水素ゼリーが素晴らしいと絶賛しており、それを見たミライは「サクラを使うにしてももっと分かりにくくすればいいのに…」と冷静な感想を抱いた。
部室に向かう途中で、ミライは先ほど見たCMを起点に思考を巡らせる。
(一時的なブームを生み出して原価率の低い商品を一気に売りぬくことで、短期的に大きな売上と利益を生む手法ですね。アレで大ヒットしているのであれば、疑似科学部でも類似の製品を作って販売すれば大儲けできるのでは?)
そんな楽観的な計算をしながら部室の扉を開けると、丁度冷蔵庫に向かって何かをしていた後輩ちゃんが、まるで子猫が反応したような速度で振り返った。
「ミライ部長、こんにちは!以前ミライ部長が好きな食べ物はゼリーとおっしゃっていたので、簡単ですが自作してみました!もしよければですが、一緒に食べませんか?」
「こんにちは、後輩ちゃん。そうですね、ぜひいただきましょう。」
ミライは私の好みなんてよく覚えてましたね、みたいなことを一瞬考えつつもゼリーが食べられることに気を良くし、ギシギシ音を立てる椅子に座りつつゼリーを待つことにした。
その後、後輩が机上に置いてくれたゼリーを食べながら、このゼリー信じられないくらい美味しいですね…みたいなことを考えつつ、ミライはふと思い出したかのように語りだす。
「このゼリーとても美味しいですね!あ、そういえばゼリーで思い出しましたが、最近よくCMで流れている高濃度水素ゼリーという商品は知っていますか?」
「それはよかったです。ミライ部長に喜んでいただきたくて、頑張りました!」
後輩はミライの言葉に対して嬉しそうに反応しながら、質問に対しても食い気味に答えてくれた。
「ああ、最近見かける新商品ですね!テレビはあまり見ないのでCMでは見たことないですが、スーパーで見かけましたね。大々的な特設コーナーが設けられてました。」
後輩の言葉を聞き「(やはりカイザーグループの大々的なマーケティングみたいですね)」と内心で呟いたミライは、そこで資本主義的悪巧みが「ピコン!」と思い浮かんだので話してみることにした。
「そうですね、なんでも今流行りの高濃度水素ゼリーはとても健康にいいという話です。ただし、見た限りお高めな値段で販売されているように思えました。それでしたら、ウチならもっと安くて、もっと効果のある上位互換を作れるのではないですか?」
そんな話をしながら、ミライのアイデアはどんどん膨らんでいく。
「何せ当部活には後輩ちゃんが作ってくれた水素をどうにかする装置がありますし、ゼリーも最高においしいものを後輩ちゃんが作れます。」
「それであれば、何かしらの装置で作った水素をコストの安いゼリーに閉じ込めて売れば、カイザーの高濃度水素ゼリー以上の製品を低コストで生産できるではないですか?これを大量生産できれば高価な先発品を駆逐し、後発優位が得られますよ!」
ミライは水素を取り出して閉じ込めるということの意味も分からないまま断言すると、得意気に後輩を見つめた。
「流石はミライ部長です!これまでの発明を活かしつつ、市場シェアを獲得することまで視野に入れた素晴らしいお考えです!」
後輩は赤べこのように大きく頷き、それであれば前回作成した光触媒装置を改良して、水素の濃縮や貯蔵ができるようにすれば…みたいなことをブツブツと呟き出したが、途中で何かに気が付いたかのような表情を浮かべた。
「はっ、すみません。色々と考えが浮かんじゃいまして。そうですね、水素の貯蔵についてはこれから考えるので、まずはガワになるゼリーの生産設備を構築しておきたいです。ただそうすると、流石にこの部室では構築が困難になるかと…」
申し訳なさそうにか細い声で述べてくる後輩に対し、そんな心配ですか、とミライはある意味安心して言葉をかけた。
「後輩ちゃん、全然大丈夫ですよ!この前の人工石油関係のロイヤリティがあるので、実習センターの近くにある賃貸コンテナを使いましょう。何せ実習センターの生徒がぜひうちの近くで研究してください!と懇願してきたので、コンテナとその土地を格安で借りることができましたから。」
そんな話をしつつも(使いどころがなければ倉庫にすればいいか)と気楽に考えていたミライであったが、それを聞いた後輩はいたく感激したのか、
「今後を見据えてそこまでしてくださるなんて…自分、必ずやミライ部長のアイデアを完成させてきます!」
と述べると、目を輝かせたまま脱兎のごとき速さで部室を飛び出していった。
飛び出した後輩の足音が遠ざかる中、ミライはニヤリと笑ってまあいい感じの完成物を持ってきてくれるでしょうと考えたところで、昼食を食べたことによる睡魔に身を任せることにした。
○
二日後。
後輩から『完成しましたのでコンテナまでいらしてください!』というモモトークのメッセージを受け取ったミライは、いや早いですね!と心の中で思いつつも、実習センターの近くにある疑似科学部コンテナへ向かうことにした。
コンテナハウスの中に入ると、丁度PCで何かをしていた後輩が振り返り、
「ミライ部長!やりました!ついに完成です!」
と満面の笑顔で迎えてくれた。
「完成?ああ、あのゼリーのアイデアのことですか?早いですね、後輩ちゃん!」
「はい!あの後、ミライ部長のアイデアを元に光触媒装置を改良し、水素を抽出する装置にしました。さらに、自分が構築したゼリー製造装置を用いて抽出した水素を封入することで、水素が長時間常温常圧かつ直接摂取ができるようにしました!」
「ゼリーの副産物ではありますが、ゼリーに注入した水素は何にでも利用可能かつエネルギーロスが2.3%になりました。まあこれはあくまでオマケみたいな効果ですけどね、あ、こちら今回のゼリー製造までの理論をまとめた論文です。」
ミライはよく分からないまま「なるほど」と適当に相槌を打ちつつ、後輩から渡された論文を手に取ってパラパラめくってみる。「高効率水素貯蔵技術の開発とその応用」と題された論文は、 専門用語だらけでさっぱり分からず、ミライは???となりながらも肝心の健康効果について聞いてみることにした。
「今回も論文まで書いてくれたんですね、ありがとうございます。後輩ちゃんの行動力には毎度驚かされますね。そういえばこれは、健康に何か効果あるんですか?」
よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに胸を張って後輩は答える。
「勿論あります!この水素を入れたゼリーを自分で食べてみたのですが、短時間の睡眠でも十分な睡眠を得られたように感じましたし、人間の胃液と合わさって睡眠に作用する物質が生成されることも確認できました。ただ睡眠効果についてはn数が少なすぎるので、ミレニアム内で試供とアンケートを行ってから論文にしたいと思ってます。」
ミライは「睡眠ですか」と呟きつつ、論文の内容はさておき、先日食べたゼリーの味を思い出してニヤリとする。
「確かに、後輩ちゃんのゼリーは美味しかったですからね。それで睡眠まで快適になるなら、悪くない話ですよ。実証はまだだとしても、快適な睡眠を提供できるのは間違いなく良い効果でしょう!」
その瞬間、ミライの頭に「ピコン!」と電球が点灯したような音が響いた。
「よし、後輩ちゃん、これはもう販売してしまいましょう。キャッチコピーは『最高品質の高濃度水素ゼリー!安くて美味しい、睡眠革命ゼリー!』とかどうですか?シンプルかつキャッチーで、私たちらしいですよね?」
そう言うとミライは意気揚々とスマホを取り出し、即座にSNSを開いた。
「ミライ部長がよければいいのですが、まだ十分な生産体制も整ってないので大丈夫でしょうか?」
現実的な指摘をする後輩に対し、ミライはすでに投稿画面で指を動かしていた。
「大丈夫大丈夫、後輩ちゃんが作ったんだから絶対イケますよ。ほら、こうやって…『疑似科学部謹製・高濃度水素による睡眠革命ゼリー、先行予約開始! DMでご注文を!』と。はい、投稿!」
ポチッと送信ボタンを押したミライは、後輩ちゃんに向かってウィンクを飛ばす。
「n数とやらはよくわかりませんが、要は少しでも多くの人が購入して食べれば効果がわかるということですよね?それであれば善は急げです。」
「いつものように論文も同時に掲載しておきましたので、これで購入してくれる人も増えるでしょう。とりあえず試作品で反応を見て、評判が良ければガンガン量産していきましょう!」
そんな風に太鼓判を押すミライに対して、後輩は敵わないなぁと言わんばかりに喜色を露わにした。
「n数の増やし方については、一番悩んでいた部分なんです。本当にありがとうございます!流石はミライ部長です!!」
そんないつもの掛け合いをしていると、ピコン、とミライのスマートフォンが鳴り、二人で見てみると早速興味があるというDM通知が1件届いていた。
「おや、もう1件DMが来ましたね。これであればある程度は生産しておいてよいかもしれません。」
「了解しました、生産から梱包まで一気通貫で可能な装置にしてあるので、ある程度は量産しておきます!」
後輩の自信に満ちた言葉に、ミライもうなずいた。
そして、二人で装置の稼働を眺めつつ、少しずつ増えていくDMに対応していたら日が暮れてきたので、その日は解散となった。
〇
翌日。
ミライは部室のギシギシ鳴る椅子に座り、スマホで届いたDMの数を数えていた。「おや、すでに20件超えてますね。後輩ちゃん、これは更なる増産を視野に入れてよいかもしれません!」などと軽い調子で呟いたその時、スマホが突然ブルブルと震え、見慣れない番号からの着信が表示された。
「はい、疑似科学部のミライです。」
電話を取ると、向こうからやや慌てたような男の声が飛び込んできた。
「ミライさんですか!私、以前お会いさせていただきましたニーツエナジー社のCTOです。昨日のSNSに投稿された論文を拝見しました。すぐに話がしたいんですが、今お時間ありますか?」
そんな第一声を聞いたミライは、「あれ、この前の会社ですね」と一瞬思案しつつも、話を聞くことにした。
「はい、大丈夫ですよ。何か用ですか?」
と軽いノリで返事をすると、CTOは一気にまくし立て始めた。
「実は、ミライさんの疑似科学部がSNSで公開した『高効率水素貯蔵技術』の論文を読みまして。健康面での効果はまだ検証が必要だと思いますが、この水素貯蔵技術、圧倒的に革新的なんです。常温常圧でエネルギー損失2.3%なんて、これまでのあらゆるエネルギー技術を凌駕しています。キヴォトス全土のエネルギー事情を根底から変える…第二次エネルギー革命を引き起こす可能性すらある発明ですよ!」
ミライは「そうなんですよ、凄いですよね」と適当な相槌を打ちつつ、いきなり降ってきた話のスケールに少し目が泳いだ。それでも、頭の片隅で「後輩ちゃん、こんなすごいもの作ってたんですね…確かにこれまでの発明もわりと評価されてましたし」などと感心し始めていた。
CTOの声はさらに焦りを帯びて続く。
「そこでご依頼なのですが、一度現在SNSに掲載されている論文の公開を停止して、早急に特許を取っていただきたい。この技術が野放しになると、他社が先んじて特許を押さえてしまい、技術が十分に普及しない恐れがあります。それと、ゼリーとしての販売はぜひ続けてください。素晴らしい商品です。ただ、根本の水素貯蔵技術については、疑似科学部で特許を取得した後、当社で特許使用料を支払った上で利用させていただけませんか?」
一気に話し終えたことにより電話の向こうで息を整えるCTOをよそに、ミライの脳内では資本主義的理論が目まぐるしく躍動していた。
(後輩ちゃんの実績がどんどん大きくなってますね…、もしかして後輩ちゃんって私が考えているより圧倒的に天才なのでは?)と内心で考えつつ、目の前に広がるチャンスにニヤリと笑った。
「なるほど、御社が私たち疑似科学部の技術を其処まで買ってくださるのであれば、まさしく今が疑似科学部を飛躍させるチャンスですね。CTO、いいですね、その提案!」
CTOが「本当ですか?」と安堵の声を上げる前に、ミライは畳みかけるように条件を付け足した。
「ただ、特許を取ってロイヤリティを支払っていただくだけでは面白くありません。せっかくならもっと大きくやりましょう!御社と当部で研究協定を結んで、一緒に技術開発を進めるってのはどうですか?それと、大規模なプレスリリースもお願いします。
『次世代水素技術の確立及び当社と疑似科学部の研究提携について』
みたいな感じですね。こうすれば御社にも当部活にも市場獲得や社会周知といった面で大きなメリットになると思います。」
一瞬の沈黙の後、CTOが「…いえ、素晴らしい提案です。そこまで見据えてるとは」と感嘆の声を漏らす。ミライは「そうでしょう?」と得意げに笑い、電話越しにウィンクでも飛ばすような勢いで続けた。
「それでは、論文の公開停止と特許の手続きは私の方で進めます。後輩ちゃんにすぐ連絡して大規模稼働の準備に取りかかってもらいますから、そちらは契約書とプレスリリースの準備をお願いします。準備ができたら細かい条件を詰めるために御社に伺いますので、よろしくお願いしますねー!」
そう言って電話を切ったミライは、部室の机に置かれたゼリーの試作品を見つめながら「私は分からないことだらけですが、やはり後輩ちゃんは頼りになりますね」と呟く。すぐにモモトークを開き、コンテナに直行している後輩にメッセージを送った。
「後輩ちゃん、大ニュースですよ!ニーツエナジー社がこの前公開した論文の技術に興味を持って、使用権を買いたいとのこと!論文は一時非公開にして、特許取得に向けた手続き関係は私の方で何とかしておきます。なので後輩ちゃんには、あの技術の大規模施設での運用案をまとめてもらいたいです!あと、研究協定とプレスリリースも決まったので、疑似科学部、更に飛躍しますよー!」
数分後、後輩ちゃんから返信が来た。
「ええっ!?了解しました、すぐ研究協定に向けた…って、ミライ部長、すごい速度で物事を動かしましたね!流石は偉大なるミライ部長です!」
「!」だらけの慌てたメッセージに、ミライは笑いながら「まあまあ、後輩ちゃんのおかげですから」と返信。そのまま椅子の背もたれに寄りかかり、「これで疑似科学部、キヴォトス全土になっちゃいますかね?」と3割ほど冗談交じりに呟いた。
「さてさて、それでは特許関連の業務を進めなければいけませんね。…そういえば、この前人工石油の件でセミナーの早瀬ユウカと話した時、セミナーでは生塩ノア書記が弁理士だと言ってた記憶がありますね…そうだ、早瀬ユウカに頼んで、ノア書記を紹介してもらって丸投げするのもアリですね!」
そんなことを考えながら、スマホを開き論文が載った投稿を非公開にした後、ミライはユウカに電話を掛け始めた。
その後、発明の概要を聞くや否やユウカが部室に飛び込んで来たり、特許取得のためにノアと出会い論文を読んでもらった所で、ノアがあまりの凄さと実現性に驚愕してフリーズするなど、様々なことが起きつつも、疑似科学部の未来は誰もが一目で分かる程大きく動き始めたのである。
○
3ヶ月後、ミレニアムサイエンススクール・発電所建設現場。
レッドウィンター連邦学園工務部長である安守ミノリは、大規模かつ賃金がかなり高い現場があると聞きつけ、施工業者として工事を請負うために部員を引き連れてミレニアム内における現場に訪れていた。
現場の工事看板には、『(仮称)ミレニアムサイエンススクール新水素発電所及び管理棟新築工事』と記載され、中では1/4程出来上がった丸形で青い2つの発電所に対し、作業員や建設用重機、特殊作業用ドローンなどが目まぐるしく動き回っていた。
ミノリ及び工務部は管理棟の施工を担うことになり、実際に施工を行っていると、別の班から「この現場、突貫気味だけど単価が他現場の3倍なんだよな、美味しすぎるぜ」といった声が聞こえてきたため、ミノリは興味を持ち、話を聞いてみることにした。
「こんにちは、同志労働者諸君。当工事における発注者のブルジョワは随分大盤振る舞いみたいだが、何か特別な理由はあるのか?流石に通常単価の3倍の現場は初めてだから気になったのだが…」
「ああ、なんでも原材料の鉄筋と生コンの単価が大幅に下がって、ミレニアムを筆頭に建設ラッシュらしいですね。そのせいでキヴォトスのどの現場でも職人と技術者の数が足りなくなっていて、なんとしてでも早期に建築したい発注者が3倍の工賃でなりふり構わず集めたらしいですわ。」
ミノリは納得しつつも、
「おや、それだとどうして鉄筋と生コンの単価がそんなに下がったのだ?やはりブルジョワによる搾取か?これだからブルジョワは唾棄すべき対象なんだ。」
といった疑問を抱いた。
「いえ、それがどうも技術革新によるものらしいです。何でも既存のエネルギーに代わって水素エネルギーが完全実用化されたことで、水素還元製鉄と水素バーナーによる生コンプラントの運用が開始され、それにより製造コストが大幅に縮小したらしいです。ちょうど今建築しているこの発電所も、水素を活用した完全クリーンかつ安全で低コスト・高出力な発電所らしいですよ。」
それを聞いたミノリは、新技術の普及によるコストメリットは労働者にとってプラスだが、本質的に新技術をブルジョワが独占することは階級の固定化を招く悪弊に他ならないと考えつつも、とりあえずは請負った管理棟の竣工に向けて労働を再開するのであった。
同時刻、ミレニアムサイエンススクール・セミナー専用会議室。
「ユウカちゃん、新発電所の建設は順調に進んでいるみたいです。セミナーの権限をフル活用して最速で特許許可を取り、水素還元製鉄技術と水素バーナー技術の普及、そして新発電所の建設に向けて動いた甲斐がありました。」
「色々とありがとう、ノア。連邦生徒会長の失踪以降、D.U区からの不安定なエネルギー供給体制を見直す必要があるのに、ミレニアム内で十分な電気を供給する方法がなかったのが悩みだったけれど、これで解決しそうね。」
「これでようやく不安定だった風力発電をサブシステム化できるわ…。しかしそれにしても、疑似科学部が開発した水素技術、凄すぎるわね。」
「本当にそう思います。水素エネルギーは従来の化石燃料を完全に凌駕したコストメリットと安全性、そしてエネルギー効率があるので、製造業とエネルギー産業への恩恵があまりにも大きいです。そのおかげでミレニアム内での技術開発が一段と進みそうです。」
ユウカとノアはミレニアムを預かるセミナーの役員としてそんな話をしつつも、ふと疑似科学部についての話となった。
「そういえばユウカちゃん、疑似科学部は今後定期的に訪れた方がよいのでは?今回みたいにSNSで情報が先行して開示されると、セミナーの対応はどうしても後手になっちゃいます。弁理士としての立場から見ると、疑似科学部の発明はミレニアムに多大な恩恵をもたらす可能性が高いので、友好的な関係を構築しておくことは重要です。」
「そうね、それがいいわね。今度は折角だしノアと一緒にお邪魔しようかしら。」
それもいいかもしれませんね、とそんな話をしながら、セミナーの2人は疑似科学部が次はどんな発明をもたらすのかをワクワクしながら考えていた。
同時刻、トリニティ総合学園・桐藤ナギサ専用ルーム。
トリニティにおける生徒会組織・ティーパーティー及び各有力組織のトップしか知らない秘密の専用ルームにて、ティーパーティーの一人である桐藤ナギサと正規軍事組織・正義実現委員会の委員長である剣先ツルギが向かい合っていた。
「ツルギさん、お忙しいところ来ていただきありがとうございます。早速で申し訳ないのですが、本題に入らせていただきます。」
「...私は問題ありません。よろしく頼みます。」
冷静なナギサの問いかけに対し、いつもの狂気的な言動を全く表に出すことなく、ツルギが応答する。
「この度、正義実現委員会における戦車を大幅に入替えたいと思っています。入替後の車両は、『トリニティ・モーター・コーポレーション(TMC)』製の次世代水素燃料電池戦車です。まず、正義実現委員会における第1戦車中隊の20台全てを入替え、問題がなければ全中隊の戦車を入替える予定です。」
「この入替えを行う大きな理由は、トリニティやキヴォトスで使われている現行の戦車と比べて、TMC製の次世代戦車は性能が違いすぎるからです。カタログスペックだけ見ても、次世代戦車は高性能すぎます。」
そこまで聞いたツルギは、頷きつつも言葉を発した。
「次世代戦車の異常性については正義実現委員会の耳にも入っているので、ある程度理解はしています。...しかしどうも納得できない部分もあります。戦車の性能は、普通こんな短期間で大幅に向上するものなのですか?」
そんな問いかけに対し、ナギサは簡潔に回答することにした。
「ミレニアム発の水素革命が大きな要因です。水素革命による次世代水素還元製鉄技術は、鉄鋼の強度と寿命を大幅に伸ばしました。これにより、従来通常の生徒が保有する重火器や既存の戦車ではその鉄鋼を使用している次世代戦車に全く歯が立たず、訓練を受けた軍事組織や兵器に対しても圧倒的な優位性を持つ可能性があります。」
「我々の仮想敵がこの戦車を集めて運用することだけは避けなければなりません。なので、先んじて我々が大口顧客となることで製造元とのパイプを強化し、優位性を維持したいと考えています。」
「...なるほど、その通りです。正義実現委員会としても、次世代戦車の耐久性だけでなく水素燃料による隠密性及び長時間稼働に注目しています。」
そこまで話した後、ナギサは同意を求めるようにツルギの目を見つめた。
「では、ティーパーティーの権限を以て早急に導入を進めます。正義実現委員会の皆さんにはお手間をおかけしますが、導入後の訓練等よろしくお願いします。」
ツルギは無言でそれに頷いて同意した後、席を立った。
一人部屋に残ったナギサは思案する。
(ミレニアムの水素革命は、当学園にも関わる重大な事項ですね。ティーパーティーの『長い腕』を使って調べてみたところ、中心にいるのはここ最近様々な発明を行っている疑似科学部とのこと。今後の影響を考えると、TMC社経由で接触できないか確認してみましょうか…)
ナギサは部屋に置かれていた秘匿回線による電話を手に取る。
「お世話になっております、CEO。先日ご相談させていただきました水素に関する技術元の疑似科学部へコンタクトを取る件につきまして、正式かつ秘密裡に進めていただければと…ええ、ミレニアムのセミナーへの根回しはこちらで行いますので…」
キヴォトス三大校の一角、トリニティ総合学園においても、事態が大きく動き出そうとしていた。
同時刻、アビドス高等学校・対策委員会部室。
「ホシノ先輩、聞いてください!この前SNSを見てたら、『睡眠革命ゼリー』という商品が表示されて、しかもかなり安かったんです!対策委員会と先生分を買ったのが届いたので、ホシノ先輩もどうぞ!」
そんな元気そうな言葉と共に、セリカから如何にも怪しげな謳い文句が記載されたゼリーを受け取ったホシノ。どうしようかなこれ、また騙されてるんじゃないかと一瞬考えたが、そこで思わぬアシストがノノミからなされた。
「この商品は大丈夫だと思います~。実はですね、このゼリーの製造元が、今キヴォトス全土で話題になっている水素革命を起こしたミレニアムの疑似科学部みたいなんですね。」
「私も買ってみたんですが、飲んだら本当にぐっすり眠れまして~。値段もかなり安いですし、少なくとも詐欺ということはないと思います。あとこのゼリー、すっごく甘くて美味しいんですよ!」
それを聞いたホシノは、「うへ~、そうなんだね」と相槌を打ちつつ、あまり期待はしないでおこうと思いつつも、食品として美味しいのであれば布団に入る少し前に食べてみてもいいかと、そのゼリーを自分のカバンにしまった。
その日の夜。いつものように布団に入ったホシノの頭上にあるヘイローが消えかけていたことは、勿論ホシノを含め誰一人気がつかなかった。
同日夜、ミレニアムサイエンススクール・学生寮。
そんな蠢きだした各校の様子なんぞ露とも知らないミライは、この数ヶ月で疑似科学部が『水素革命の立役者!』などとSNSやマスメディア、他部活から大々的に持ち上げられ、疑似科学部の名声がミレニアム内外に広がっていることに大満足していた。また、カイザーヘルスフーズからシェアを奪って毎月一定程度売れているゼリーが生み出す利益と、多種多様な企業から得られるのロイヤリティは、疑似科学部の活動をより拡大させることに役立っていた。
だが同時に、各方面から矢のように飛んでくる水素技術に関する質問について、対応を全て後輩に任せてしまったことについて、後輩の負担を考え少し申し訳なく思っていた。
そんな風に水素での大成功と後輩への負担について考えていた時、そういえば最近寝つきと寝覚めがよいのは以前後輩ちゃんが作ってくれた高濃度水素ゼリーを毎日食べているからでしょうか、改めて今回の発明に対して感謝の言葉を述べないといけませんねと考えながら、夜食としてゼリーと水を飲んだ。
その時、ミライは次はゼリーだけじゃなくて水を簡単に手に入れられるような発明があれば面白そうだと閃いた。
ミライは後輩へ「水の生成装置に興味はあります?」とモモトークでメッセージを送ったところ、秒速で「勿論です、是非お聞かせください!」と返答があったため、「明日は後輩ちゃんと水の生成についての話をしましょうか」と考えながら、布団に入るのだった。