天地ニヤは愛校者である。
一歩引いた立場とは言え、百鬼夜行連合学院の統括組織たる陰陽部の部長を務める彼女は、自身が所属する学園だけでなく、その土地、そしてそこに住まう存在を深く愛している。ただし、その愛情表現はどこか愉快犯的ではあるのだが。
そんな彼女が、マコモ湯に関する風評被害を軽視しなかったのは、必然であった。
「にゃはは、それでどうだったカホ?」
「そうですね、ニヤ様の想定通り、資金を提供しての研究開発は受け入れていただけました。ただし想定外だったのが、依頼をしてから僅か4日でマコモを使った製品が完成したことです。」
「ええ、それは早すぎるわなぁ。疑似科学部の噂は耳にタコができるくらい聞いとりますが、それにしたって4日は異常だわ。」
「そいで、そんな超高速で完成した実物はどないなったん?」
実はこの時、ニヤとしては疑似科学部の実力を測りかねていた。理由としては、エネルギー革命や技術革新についての時事ニュースは把握していたものの、直接対話したことがない故に「どこまで凄いか」が未知数だったのだ。
そんな彼女の疑念を吹き飛ばしたのが、カホからの説明であった。
「この度、マコモを原料にした、どこにでもある水を飲料水と温泉水にするパウダーを開発していただきました。それとは別に、『何とか純水』を生成するパウダーもありましたが、私たちとして注目したいのは水と温泉水の方です。」
「特に温泉水を生成する『スーパーマコモパウダー』は、私から見ても百鬼夜行に大きな観光資源をもたらす重要な発明かと存じます。ニヤ様、如何でしょうか?」
その言葉を聞いたニヤはあまりの非現実性に一瞬固まったものの、持ち前の聡明さを発揮してすぐに正気に戻り、質問を投げ返した。
「ええと、今なんて言うた?水を飲料水と温泉水にするって?本気?聞き間違えではあらへんよな。」
「ニヤ様、喜ばしいことに聞き間違えではございません。一言一句、事実です。実際に効果が現れるところをこの目で見ましたし、サンプル品も預かっております。」
こりゃあカホは真実しか口にしていないな、と直感で感じたニヤは、多くの事象を見透かすかのような糸目を完全に閉じ、上を向いて思考を巡らせる。
(最悪の状況を回避するため策として資金提供をしましたが、思わぬ大漁につながりましたねぇ。ただ、飲料水の技術は、間違いなく
(いずれにせよ、マコモのポジティブなイメージを広げるには絶好の機会。クロノスへの情報操作は私が進めましょうか。私たちの最優先事項は風評被害の払拭であり、飲料水と温泉水は棚からぼた餅くらいに考えておきましょう。)
ニヤは、満足そうに微笑んだ。
「んふふ、予想以上の大成果みたいですねぇ。それなら、カホの言うとおり温泉水を生み出す『スーパーマコモパウダー』について、契約の交渉を進めましょう。なにせマコモは百鬼夜行にしか自生しないので、疑似科学部に買い取ってもらうとしても、素晴らしい輸出品になります。」
「あと、契約が完了したら、シズコさんへそれとなくパウダーを渡しておきましょうか♪にゃはは、シズコさんならこの商品を最も上手く扱えるでしょうし。」
その後、ニヤとミライの壮絶な交渉の末、百鬼夜行は『マコモパウダー』の若干な優先納入及び『スーパーマコモパウダー』の独占使用権を、疑似科学部は原料となるマコモの独占輸入権及び百鬼夜行における全温泉施設の永久無料入湯権を手に入れることとなった。
――温泉を楽しみにしていたミライは、この永久入湯権を得た瞬間、「これだけで今回の取引は成功ですね!」と、大層ご満悦だったという。
○
河和シズコは辣腕経営者である。
喫茶店「百夜堂」のオーナーであり、商才に長けた彼女は、ビジネスチャンスを見逃さないだけ商売人なだけでなく、人々を楽しませることにも余念がない人情家でもある。
そんなシズコは、どこかに向けて慌ただしく電話をしていた。
「ええ、そうですね。商店街のお祭りに向けた準備を考えると、発注は今しかありません。源泉の採掘コストの高さから断念していた百鬼夜行商店街に一大温泉施設を建設して、従来校外に分散していた温泉好きの観光客を商店街とお祭りに呼び込む――この計画は、『スーパーマコモパウダー』があれば全て解決します!」
「今後、お祭りで観光客の財布の紐を緩ませるには、祭りを楽しむ起点となる温泉施設と旅館が必要不可欠です。海辺のリゾートで培ったノウハウを活かし、商店街を一層賑わせる好機です。そんなわけで、温泉施設の建設をお願いします!ええ、昨今の建設ブームで資材費人件費が高騰していることも織り込み済みです。それを踏まえた見積りと施工図面の提出をお願いします。」
「敷地における既存施設の解体は別業者にて進行中ですので、工務部の皆様にお願いしたい基礎工事と躯体工事は、そちらのミレニアムにおける現在施工と被らないかと存じます。それを踏まえて、大型温泉施設の実績が豊富な工務部の皆様にぜひお願いしたいのです。」
そこから15分ほど続いた電話の後、工期と金額の交渉がまとまり、シズコは電話を切ってから深呼吸をして一息つく。
「…これで、発注は山を超えました。さて、まだまだ百夜堂プレゼンツの温泉施設の開業に向けてやらなければならないことは多いですね。…折角ですし、一部の業務はウミカに任せてみましょうか。彼女なら、間違いなくやり遂げるでしょうし!」
そんなこんなでウミカに依頼する業務を考えながら、シズコは今回の核となった発明に思いを馳せる。
(しかし、あのどこにでもある水を効能がある温泉水に変えてしまう『スーパーマコモパウダー』…革新的過ぎませんか?これがあれば、観光資源が不足している地域にも温泉を広げられるかもしれません。折角発明元の疑似科学部の皆様に永久入湯権をプレゼントしたのですし、温泉を気に入ってもらえれば開発もよりスムーズになるでしょうね!)
こうして、温泉水を生成するスーパーマコモパウダーは最も適した人物の手に渡り、百鬼夜行に新たな発展をもたらすこととなった。
○
渡辺ヒカルは天才科学者である。
ミレニアムサイエンススクール実習センターのセンター長を務める彼女は、入学から僅か1年足らずで物理学と化学の分野において数々の新発見を成し遂げ、ミレニアムの超天才たち――明星ヒマリや小鈎ハレに比肩すると評される存在である。
黄色いニットの上から袖余りの白衣を纏い、光の横縞が入ったかのような深紅の瞳を爛々と輝かせる彼女は、己の信じる科学と願いに身を捧げた人物に他ならない。
そんな彼女は、ミライと後輩が3つのマコモパウダーとその論文を持ち込んだ実習センターで、大興奮していた。
「おいおいおい、ミライ君、君たちはまたやったね?「よく分からないけどナントカ?純水に変える物質の生成に成功した」なんて君から最高に楽しそうな話が来るから、私は送られてきた論文を読みつつ、今か今かと待ち構えていたわけだよ。君からそんな話が出るときは、大体世紀の大発明なのが関の山だからね。」
「え、関の山の使い方が違う?いやいや、ある意味では正しいよ。君たちの発明は、もう世紀の大発明の大安売りセールだからね!」
興奮を抑えきれない様子のヒカルは、実験用の机をバンバンと叩きながらまくし立てる。
「そうして君たちが持ってきたのはこれだ!飲料水と温泉水、そしてなんと理論純水を生み出すマコモ製のパウダー!こちらでも確認したが、間違いなく論文の通りの効果を持つ完璧な代物だ。」
「誰が見ても凄すぎるのは飲料水の『マコモパウダー』と温泉水の『スーパーマコモパウダー』なのだが、これまでの君たちの実績から考えると、最早驚くに値しない。まあ、これで世界中の水不足が解消に向かうのは、効果として大きすぎるがね。」
「しかしだね、この理論純水の『ウルトラマコモパウダー』は別格だね!完全な不純物ゼロの水、その響きだけで私の実験心が疼くよ。」
ヒカルは興奮冷めやらぬまま、ミライに語り続ける。
「この理論純水が産業界に広まったらどうなるか、君は分かるかい?…いや、ミライ君は分かってない顔をしているね。よろしい、ここは私が解説してあげようじゃないか!」
情報を濁流のごとく投げつけてくる彼女に対し、以前から付き合いのあるミライは「また長くなりそうですね…」と思いながらも、どの産業に売り込めるかを確認するために、しっかりと話を聞くことにした。
「そうですね、ぜひお願いします。ついでにどのレベルでお金になるかも…」
「はあ、相変わらずミライ君は資本主義的拝金主義者だねぇ。しかし気持ちはよく解るよ。」
「基礎研究を筆頭に、研究には兎に角お金がかかる。このミレニアムでも、科学者は『なぜその研究が必要か』『その研究が学区や社会にどのようなプラスの効果を齎すのか』を語り成果を上げなければ、部費という名の科学研究費をしっかりと受け取ることは困難だ。」
「だからこそ私は、発明品を金に換え、そこから更なる発明を進める所までしっかりと見据えたミライ君及び疑似科学部を気に入っているのだがねぇ。――失敬、脱線した。理論純水のメリットだったね?君の後輩君は語っていないと思うので、ここは私、渡辺ヒカルが詳らかに語ってあげようじゃないか!」
そうして、ヒカルは語り始める。
「まずは半導体だね。半導体は特に前工程におけるEUV露光装置だのナノスケールだので、純水が命綱なんだ。そこで、この完璧な理論純水を使えば、不純物の混入リスクがゼロになり、歩留まりが跳ね上がる。ウエハーの洗浄が完璧になり、製造精度が格段に向上するのさ!私の実験で言えば、失敗率ゼロで超高性能な作品が量産できるようなものだねぇ。」
「ここに君たちが巻き起こした重工業革命とエネルギー革命が合わさると、超電導の実用化や量子コンピューターの基盤整備も現実味を帯びてくる。はっきりと言うが、ミライ君がどこか1社だけにこの技術を持ち込んだら、その時点でその企業が半導体製造での永久勝者になり得るレベルだ。」
「今話したエネルギー革命でいうと、君たちが作り上げた水素貯蔵技術を更に発展させることも可能だね。理論純水は、燃料電池の電極が劣化しないし、電気分解で純粋な水素が大量に取れる。今後キヴォトスにおける全燃料は、理論純水の完成を以て間違いなく水素になるだろう!つまり、エネルギー革命の真打ちだよ!」
「他だと医薬品の製造だね。理論純水なら、不純物ゼロの薬剤が作れる。バイオ医薬品や細胞治療でも、完璧な培地で実験できるんだ。薬学部や製薬会社は、この発明を聞いた瞬間、アタッシュケースを持って君に土下座しに来るだろうね。あ、これはどこぞの特異現象を追いかける部活にいる部長も興味を持ちそうな発明だ。なにせ医薬品の常識が変わり、これまでは考えもつかなかった、魔法のような治療薬を生み出すきっかけになるかもしれないからね。」
「さらに化学素材の合成も革命的に変わる。超高純度の化学素材、人工タンパク質、カーボンナノチューブ…。そうだ、君たちはあのアルミ帽の時にカーボンナノチューブを作っていたが、あれをもっと容易かつ大量に量産できるようになるだろうね。化学素材の発展は、宇宙産業の隆盛にも必要不可欠だ。すべてが新たなステージに進む!」
「つまるところ、だ。結論を一言で言うなら、この技術は世界の覇権を握るほどの代物だよ!」
そこまで一気に話し終えたヒカルは、満足げにミライを見つめた。
「さて、長々と話したが、ミライ君はこれを聞いてどう思ったかい?」
試すかのような口調で問われたミライは、「スケールが大きすぎてわけがわからない…」と思いつつも、頭をフル回転させて自分が理解できる部分の回答をした。
「そうですね、後輩ちゃんが作ってくれた発明が世界の覇権を握るかも、というのは嬉しいですね。…つまり、そんなレベルまで行くということは、めちゃくちゃ儲かる、ということですよね?」
「ははっ、やっぱりミライ君はそう来るね!」
盛り上がる2人を尻目に、後輩はミライの言葉があまりにもうれしかったのか、「そんな、自分はミライ部長の構想を図面にしただけです。もったいないお言葉を、ありがとうございます!」みたいな言葉をブツブツと繰り返し呟いていた。
そんな後輩ちゃんを尻目に、お金になるなら量産するしかないですね!と考えていたミライは、脳内で(量産、工場、広い敷地、学内…)といった連想ゲームを脳内で繰り広げていたが、そこで「ピコーン!」とアイディアが浮かんだので、ヒカルに話し始める。
「あ、それで言うと、実習センターで3つのマコモパウダーを量産してもらうことはできますか?ここであればコンテナハウスの横なので後輩ちゃんが出入しやすいですし、企業に委託するよりも外部に技術が流出する可能性は低い。」
「場所と製造管理者を提供してもらえば、後輩ちゃんが作った製造装置を大型化して量産できます。実習センターには完成したパウダーを優先的に納入できますし。色々問題はあるかもしれませんが、少なくともセンター長があなたなら大丈夫でしょう。」
それを聞いたヒカルは、その言葉を待っていたかのように口角を吊り上げる。
「ミライ君がそこまで評価してくれるのはありがたいねぇ。私たちとしても、理論純水の元を手元で生産できるのであれば、すぐに使うことができるので非常にメリットのある提案だ。」
「場所は早急に手配しておくよ。ああ、製造管理者は誰になるかって?――もちろん私さ。多忙の身ではあるが、こんな楽しそうなこと、見逃すわけにはいかないじゃないか。さてはて、それでは必要な準備をしてこよう!」
ヒカルはそうミライに告げると、「さあ忙しくなるぞぉ!」と叫びながら、スキップしてその場を去ろうとした。が、何かを思い出したかのようにバッと振り返り、ミライを讃える思考でトリップしかけていた後輩へと話しかける。
「ああそうだ、後輩君には聞いておきたいことがあったのだった。――理論純水が外界において維持される根拠となるかもしれない「神秘」、あれは非常に興味深い研究テーマだ。なにせ、現在如何なる方法でも証明されていない仮想力学だからね。」
「あれについて、今度ぜひ君と議論させてほしい。なにせ、私の研究の本丸も、『この世に存在しない』とされているものだからね。ぜひ、君の理論構想や考えを聞きたいんだ。」
その言葉を受けて「はっ!」我に返った後輩は、驚いたように回答する。
「そんな、過分な評価をいただき、ありがとうございます!ミライ部長が問題ないと言うのであれば、自分は大丈夫です。」
ミライとしても、クセは強いが間違いなく天才であるヒカルと話せば、後輩ちゃんが更に素晴らしい発想をしてくれるかもしれない、という想いから、快く許可する。
「そうですね、いい機会ですし、後輩ちゃんはぜひヒカルと議論してみてください。そうすれば、議論から新たな発見があるかもしれないので。」
「ありがとうございます!ヒカルセンター長、今度よろしくお願いします!日程はいつにしましょうか、明日にしましょうか?!」
研究の輪が広がることに対し、嬉しそうな表情を浮かべた後輩ちゃんを見て、活動範囲や活躍の場が広がりますね、と内心誇らしげにしていたミライであったが、ふと気になったので確認してみることにした。
「そう言えば、あなたの研究の本丸は聞いたことがありませんでしたね。ヒカルの研究はどのようなものなんですか?」
それを聞いたヒカルは、嬉しそうに、本当に嬉しそうに目を見開いて手を広げる。
「おや、聞きたいかい?実はだね、理由はわからないが、私はなぜか「それ」を証明したいと渇望しているんだ。」
「既存の物理学ではまだ証明できていない、発見されれば文字通り世界を広げるモノ。私たちがこの小さな方庭を飛び出して、宙の果てまで手を伸ばしうる可能性を秘めた、超光速の粒子。」
「――タキオンだよ。」
その後、ミライは実習センターから出てすぐ、手慣れた様子でセミナーに連絡した。
そして、特許登録や法対応をノアに、対大企業への窓口(ECで販売します!という暴挙含め)をユウカに依頼することで、マコモパウダーの発売準備を着々と整えていった。
1週間後。
大企業への事前通達や生産・販売体制の構築、特許・法制度の確認がなされたことを確認し、疑似科学部の公式ECとSNSにて、「水の常識を変える世紀の大発明!どんな泥水でも、このマコモパウダーがあればだれでも飲める飲料水や純水になります!個別の購入は公式ECで、大ロットの発注はDMまで!」という、いつも通りの怪しげな宣伝文句と、オマケのようにしれっと添付された論文と共に、飲料水用の『マコモパウダー』と理論純水用の『ウルトラマコモパウダー』は発売された。
ユウカとの打ち合わせ時に「絶対に、絶対にサーバーを増強してくださいね!」という強い要請があったため事なきを得たが、それでも商品は瞬時に完売となった。そしてその影響は瞬く間にキヴォトス全土に広がり、大きなうねりをもって人々の生活を劇的に変えていくのであった。
〇
発売開始から2週間後、アビドス高等学校・対策委員会部室。
バイトで外出しているセリカ以外の対策委員会のメンバーが部室であれこれ話し合っていた時、ノノミが思い出したかのように爆弾発言を投げた。
「そういえばですね~、最近アビドス居住区における水不足が解消しそうなんですよ。これであのプールに水を張れるかもしれません!」
いち早く反応したのは、本を読んでいたアヤネ。
「えっ、本当でしょうかノノミ先輩!?大ニュースじゃないですか!」
「そうなんですよ~。最近、セイント・ネフティスグループがアビドスで飲料水を安価に大量販売し始めたんです。何でも、どんな汚水でも飲料水に変える『マコモパウダー』を大量に買い付けて、水を生成して売ってるらしいです。」
「それと、この物質の製造元は、この前みんなで飲んだゼリーを作ったミレニアムの疑似科学部みたいですね~」
ノノミからの吉報に対し、シロコも反応する。
「ん、それはいいニュース。飲料水が普及すれば、ありえないくらい高いアビドスの水道代も安くなる?」
「そうかもしれません。あと、値段だけではなく、砂漠地帯で水を安定供給できることは、とても大きなことですよ!もしかしてこれが、砂漠化による住民離散を解決する第一歩になるかもしれません!」
シロコの言葉に釣られて興奮したようにアヤネは話し、それに応答するようにノノミが続ける。
「そうですね~、しかし水だけでは、砂漠化の進行という根本を解決することは難しいです。やっぱり、砂漠化をどうにかするための緑地化などが可能であれば、大きく改善かもしれないのですが…」
そこまで喧々諤々と話していると、閃いた!と言わんばかりに、シロコがふんすとした表情となった。
「そうだ、今回の発明も、あの凄い疑似科学部なんだよね。先生の時みたいに依頼したら、アビドスのことを助けてくれるかもしれない。」
「うへ~、シロコちゃん、そんなに上手くいくかなぁ?仮に行くとしても、アポは取った方がいいんじゃない?」
「そう、ダメもとで言ってみるならタダ。実際、先生はちゃんと来てくれた。だから、今度確認した上で、私がサイクリングのついでにミレニアムに行ってみる。」
シロコはホシノの言葉をある程度受け入れつつ、いつミレニアムに行こうか、と計画を練り始めるのであった。
同時刻、トリニティ総合学園・放課後ティータイム部室。
学校の部室とは思えないほど、高価な調度品が隈なく設置された豪華な部屋で、何人かの見目麗しいトリニティ生が午後のティータイムを満喫しつつ、談笑していた。それはトリニティ内ではどこでも見受けられる、通常の光景そのものであった。
ただし、談笑する彼女たちの笑みの中に、どこか真剣な雰囲気が見られることを除けば、だが。
「そういえば皆様、お聞きになりまして?最近巷にて、非常に美味なお水が出回っているらしいですわ。」
「わたくしはSNSで見かけました。何でも『マコモの天然水』なる名称の飲料水で、この水で紅茶を淹れると最高の味わいになるそうですわ。トリニティにおける最高品質の紅茶、『CUSUMI Tea』、最高人気の洋菓子『ミラクル5000』と並んで、全く手に入らない商品になっているとか。…皆様、ここまで言えばもうおわかりですわね?」
「人気だから手に入らない、希少品だから手に入らない、などは庶民の言い訳です。わたくしたちの伝統ある『放課後ティータイム』こそが、全てを用意し、最高のティータイムを提供する義務があります。…さすれば部員の皆様、今後の『準備』をお聞かせいただけますか?」
悠然と椅子に座り、大きな金髪縦ロールを揺らす生徒が、同席者に報告を促す。
回答したのは、グレーのショートヘアで右側の一部を編み込んだ少女であった。
「部長、そちらの件につきましては、私から説明いたします。紅茶と洋菓子は既に伝手がございますが、この度の飲料水については、水を追い求めるよりも、原料のマコモに注目したほうが良いかと存じます。」
「つきましては、飲料水の原料となる『マコモパウダー』を製造しているミレニアムの疑似科学部に、既に私の実家の食品会社を通してコンタクトを取っております。現在、アビドスのネフティスグループが既に接触している模様ですが、トリニティ内の企業では私たちが最初になります。」
そこまで聞いた縦ロールの生徒は、愉快そうに微笑む。
「素晴らしい『準備』ですわ。それでしたら、そのまま進めてくださいませ。しかし、わたくしも耳にしたことのある疑似科学部、隔絶した技術力を保持しているだけでなく、味にもこだわっているとは素晴らしいですわ。」
「ええ、ええ。折角ですし、是非ともティータイムに招待したいですわね。そしてこのことは、わたくしたち『長い腕』よりナギサ様に報告申し上げましょう。ナギサ様は、以前から疑似科学部に目をかけておられたようですし。」
放課後ティータイム。
表向きはトリニティ内で伝統あるティータイムを楽しむだけの部活を装っているが、実際は『ティーパーティーの長い腕』とも称される、桐藤ナギサ直属の諜報部隊に他ならない。
そんな集団に目を付けられているとは、全く知らないミライと後輩であった。
同時刻、ゲヘナ学園・温泉開発部開発温泉地。
小柄な少女と豊満な少女が、直前に湧いたであろう温泉に浸かりつつ、発破によって発生した煙を気にかけることもなく会話していた。その2人こそが、キヴォトス全土にその悪名を轟かせる「温泉開発部」の鬼怒川カスミ及び下倉メグである。
「ハーッハッハッ!聞いたかいメグ、百鬼夜行とミレニアムが『スーパーマコモパウダー』なる物質によって、人工温泉技術を確立したそうだ!…これは少し困ったことになるかもしれないな。」
「カスミ部長、どうして?」
「うむ、それは完全な人工温泉技術が確立してしまうと、温泉を『開発する』というプロセスが必要なくなってしまうからだ。そうなると発破も掘削も求められる頻度が減ってしまう!」
「まあ我々は他者の許可などなくとも温泉を開発するのだが、開発需要の減少により活動が縮小することは避けなければならない。」
「じゃあどうするの~?」
「それはもう、当事者たちと盛大な話し合いをするしかなかろうさ!我々の『温泉開発』がいかに素晴らしく楽しいかを、百鬼夜行とミレニアムには理解してもらわなければ!」
カスミは温泉から立ち上がると、目をギラリと光らせて明後日の方向を見つめる。それはあたかも、新たな獲物を遠方から見つけて喜ぶ肉食獣のような表情であった。
同時刻、ミレニアムサイエンススクール・特異現象捜査部部室。
巨大なコンピューターと数多のモニターが大部分を占める部屋の中で、可動性の高い車いすに座った少女が、論文とレポートを読みながら悩むそぶりを見せていた。その横では、モニターの一つがクロノスのTVニュースにおける疑似科学部の大発明特集を流し続けていた。
そんなTVの音しか聞こえない部室の扉が開き、服の前がほぼ開きっぱなしの少女が部室に入ってくる。
「部長、言われた通り調べてきたよ。疑似科学部製の『ウルトラマコモパウダー』によって生成された理論純水は、ミレニアムと最先端技術を持つ企業で導入が一気に進んでる。それによって、半導体、燃料電池、医薬品・バイオテクノロジー、水素発電、食品の安全性向上、化学素材、汚染水の完全浄化…これらの多岐にわたる分野で技術革新がなされている。」
「今はどこもかしこも理論純水を使用した新製品の製造に躍起になってるから、発売と普及まではもう少しかかりそう。だけど、もう少しすれば日々の生活はもっと大きく変わるだろうね。…部長、聞いてる?」
その言葉にようやく反応したかのように、ヒマリは読んでいた視線から視線を上げて反応した。
「勿論聞いていますよ、エイミ。湖畔に咲く麗しき蓮の大輪であり、超天才刹那的瀟洒系美少女であるこの明星ヒマリにかかれば、論文を読みながらでもエイミの話を理解することは造作もありません。」
「それはよかった。で、実際のところ、部長から見て疑似科学部はどうなの?」
何時ものヒマリの長い口上を華麗にスルーしつつ、エイミは本題に切り込む。その問いに対し、ヒマリはどこか真剣そうに、されどとても興味深そうに話し始めた。
「そうですね、疑似科学部の技術開発能力は、私に比肩するか、それ以上のレベルかもしれません。」
それを聞いたエイミは、あの部長が私以上かもなって言うんだ、と内心驚愕したが、それを表情に出すことはなかったため、ヒマリの話は滔々と続く。
「だからこそ、実に興味深いと思いませんか?その理由について、私なりに推論を立ててみました。」
「疑似科学部の発明は、これまでの技術の積み重ねによるテクノロジーツリー、いわば川の流れのようなものを完全に無視したもので、それまでの技術史から次に開発されるものを唐突に飛び越えているのです。」
「例外もありますが、研究とは既存のA、Bの技術と、新発見されたCの技術が合わさり、そのの土台を共有することで、完全に未知のDの技術が発見される流れが多いです。しかし、疑似科学部は異なります。」
そこまで話したヒマリは、自分の推論を確認するかのように一呼吸置いて、話を再開する。
「疑似科学部は、文字通り疑似科学のような『こうあってほしい』という空想的な理論――信じている人であれば、『正解』と呼称するかもしれません――から逆算して、その実現に必要な技術開発を実現させています。先ほどの例で言えば、実現したいXの空想的な技術があり、そのための基礎となるEとFとGの技術を発見した上で、Xの技術を実現するようなイメージでしょうか。…当然ですが、X,E,F,Gは全て、これまで証明されていなかった未知の技術です。突拍子がないように聞こえますが、これまで世に出てきた疑似科学部の発明から推測すると、そうとしか考えられないのです。」
だいぶ空想科学的な結論であったが、それがヒマリの琴線に触ったらしい。楽しそうに話し終えたヒマリに対し、そこまで興味がなさそうなエイミは質問を投げかけた。
「なるほど、それでどうするの?」
「ふふっ、やはりまずは接触して話してみることからでしょう。疑似科学部の2人であれば、楽しそうな話が出来そうですし。…あまり悠長にしていると、行方知らずなくせに確実に技術に目を付けているであろう、あの暗渠を流れる下水のような女が先に接触してしまうかもしれませんので。」
「エイミ、早急に疑似科学部へ確認を取り、この部室まで来ていただくよう依頼してもらってよいでしょうか。」
「了解だよ、部長。」
こうして、ミライ達のあずかり知らぬ所で、疑似科学部の今後を決めるかもしれない重要な会合やコンタクトがどんどん準備されていくのであった。
○
同時刻、百鬼夜行連合学院郊外・真菰温泉郷。
慌ただしく動き出した各校の事情や動きを露とも知らないミライ達は、百鬼夜行からプレゼントされた永久入湯権を早速行使するため、中心部から少し外れた温泉郷を訪れていた。
「さて、そろそろ温泉に到着しそうですね。ふふふ、私たちの技術により、発電効率や電車性能が大幅に向上したことで、ミレニアムからの各学区行き列車が大幅に増便かつ値下げされたのは、思わぬ大発見でした。」
「ここは真菰が特に多く群生することから、真菰温泉郷と呼ばれているそうです。特に真菰の葉を浮かべている温泉は、文字通り『マコモ湯』という名前みたいですね。今回はマコモ湯で色々あった分、後輩ちゃんを慰労するのが目的なので、ゆっくり楽しんでください!」
「何といっても後輩ちゃんには、理論の構築から生産機械の製造、実習センターへの機械搬入、生産ラインの確立まで多くの業務を担ってもらいましたから!おかげで注文が止まらなくて大儲けです!」
ミライは温泉に向かう道すがら、そんなことを話しつつ後輩を労う。
「いえいえ、ミライ部長が理論を提唱し、百鬼夜行と話を取りまとめてくださったおかげです。こちらこそ本当にありがとうございます!」
「実際、ミライ部長のマコモパウダーの宣伝がSNSにて拡散され、これまでの風評被害は殆ど払拭されました。先日ヒカルさんと話した際、マコモパウダーの流通後にSNSでのトレンド分析を行ったら、マコモに付随するのはほぼプラスイメージだったと言ってましたし。自分としては本当に最上の結果となったので、ありがたいです。」
上機嫌な後輩の言葉を聞いたミライは、それに同意しつつも、なぜかそのタイミングで風評被害という言葉から自身が受けた風評被害(だとミライは思っている)による屈辱を思い出した。そこで、後輩を労わると同時に、思考に任せて語り出した。
「風評被害の払拭は、本当に良かったです。ええ、私たちの疑似科学部の発明が風評被害に負けるなどあってはならないことです!世間の保守派達は、自分たちが認めないモノにレッテルを貼ることで、真なる科学の発展を妨害してきました。ゲルマニウムブレスレットの効果がないとか、疑似科学は所詮空想のおままごとでしかないとか…」
「しかし、正しい商品を発売し、正しい広告で広めたことで、世間は疑似科学部を認めないという間違いに気づき始めています。」
ミライは思い出した怒りに薪をくべるかのように、ヒートアップしていく。
「故に、この湯治で英気を養ったら、まだまだ新しい発見で世間を驚かせましょう!このキヴォトスで頑迷に囚われた保守派達に、真に正しい科学を伝導することが、私たち疑似科学部の使命なのですから!」
きっちりとキメた演説調の会話で後輩を更にその気にさせたミライは、そこでようやく、通知で振動が止まないスマートフォンを取り出して確認を始めた。
しかし、多方面からのDM及び電話通知があまりにも届いていたことは、すっかり温泉気分となっていたミライを少しげんなりさせた。
けれど、ちょうどそのタイミングでDMの一番上に届いた、「砂漠緑化技術の研究求ム!」というシンプルなタイトルは、ミライとスマートフォンの画面をのぞき込んだ後輩の印象に、強く残った。
「おや、興味深いDMが来ていますね。…砂漠の緑化、面白そうじゃないですか!とりあえず温泉に入った後で見てみましょうかね。」
「そうですね、ミライ部長!そうしましょう!」
そうして、砂漠に水や温泉が湧いて、植物が生えたら楽しそう――なんて話をしながら、2人は温泉に到着し、暖簾をくぐった。