ミライ部長と後輩ちゃん。   作:紅葉式

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第5話 砂漠緑化 前編

 

 

 

 陽光が差し込む午後の部室。

 

 窓際に置かれた新種の観葉植物の影が揺れ、新調した深紅のソファにふんぞり返るミライも、ゆらゆらと揺れていた。

 

 「うぅん……これだけのアポ依頼が来るとは、私のカリスマももはや罪ですね……」

 

 寝そべる彼女の手元には、次々と着信する通知を表示する最新型のタブレット。

 画面には「戦略連携のご相談」「新製品との提携依頼」「公式発表前の特別会合にて発表していただきたい」といった、名だたる学園・企業・研究機関からのメッセージがびっしりと並んでいた。

 

 「いや、ありがたいんですけどね?でも、こう……平穏という概念が恋しくなりますよ……。まあ、人間を薪として火にくべるかのようにして回っている資本主義の世の中では贅沢ではありますが。」

 

 先日訪れた百鬼夜行の温泉郷で永久入湯権を得て大喜びしていた頃が、もはや遠い過去のようであった。

 

 とはいえ、忙しさの一因は彼女自身にもある。

 

 つい先日、百鬼夜行の温泉郷から戻ってきた直後のこと――まるで帰還のタイミングを見計らったかのように、トリニティ総合学園のティーパーティーの一角たる桐藤ナギサ本人から、直接電話があった。

 

 電話を受けた瞬間、ミライは「これはお金の匂いがする!」と確信。話を最後まで聞く前に、「承りましょう!」と二つ返事で即決した。

 その結果が、次世代水素戦車のエネルギー供給ユニット、ティンホイル・ハットの特注品、マコモパウダーの優先卸売であり、どれも高額案件なのに、まさにミライらしい即断即決だった。

 

 「いやはや、トリニティは本当に話が早くて良いですね。やはり、金満なクライアントは正義ですよ!」

 

 そこから他部を巻き込んだ、一週間にわたる怒濤の発注作業や引き渡し作業を終え、対価として受け取った多額の現金を思い出してご満悦になっていたミライは、ソファ上で姿勢を変えながら、何の気なしにタブレットの通知欄を眺めていたのである。

 

 そんな時、ふと、その中の一通のDMが彼女の目に留まった。

 「……ん?これは……この前の温泉の時に見た……ああ、あの時に来てましたね……?」

 

 差出人には「アビドス対策委員会 砂狼シロコ」の名で、件名は『アビドスの砂漠化について』とあった。

 

 開いてみると、文面も同様に簡潔であり、要約すると以下の通りであった。

 

______________________________________

 

・アビドス周辺における砂漠化が深刻な段階にまで進行していること。

・アビドス学園はカイザーグループからの謀略により借金を抱えており、根本的な解決が見通せないこと。

・昨今キヴォトス全土を技術によって変革している疑似科学部に、砂漠化の解決につながる発明をお願いできないか、ということ。

________________________________________

 

 

「……ふむ、砂漠化ですか。」

 

 一通り読み終えたミライは、ふっと呟きながら上を見る。

 

 アビドス。カイザーコーポレーションの圧政と経済侵略に苦しむ、あの枯れた地の学園。

 その苦境は風の噂に聞いていたが、ここまで切羽詰まっていたとは思わなかった。

 

 「超法規的手段……ってもう銀行を襲ってるらしいですけどね」

 

 ミライはこの前の引き渡し時に多額の報酬と引き替えに手伝ってもらった、どこぞの背が小さいメイドから聞いた話を思い出した。

 

 それを冗談交じりに呟きながらも、さらに何かを思い出そうとするかのように身体をひねる。

 

 「アビドス…そういえば何かありましたね、何だったでしょうか…」

 

 そんな独り言を空間に溶け込ませたとき、ミライの言葉を聞いていた、部屋の中で七色に光るPCを軽快に操作していた後輩が、何かのリストを開き始めた。

 

 「ミライ部長、アビドスについてですか?確かに、自分もアビドスについては何かで見た記憶があります。ミライ部長の作成した売上表だと思いますので、探してみます!」

 

 後輩はそう告げると、PCに何かしらの検索画面を表示させ、そしてすぐ返答があった。

 

 「ありました!ミライ部長が作成された、ゲルマニウムブレスレットの売上表ですよ!アビドス内で商売をしている露天ヘルメット団に卸していますね。」

 

 「即答ありがとうございます。しかし、検索が早すぎません?」

 

 「いえいえ、試作のAIがPC内をサーチしてくれただけですよ。ミライ部長のビジョンに少しでも近づきたくて、頑張ってみました! 未完成ですが、完成したら真っ先に報告しますね!」

 

 そんな言葉を聞いたミライは、また何か凄いものを作っているなとは思いつつも、アビドスに対する思考を優先した。

 

 …もやが掛かったような記憶を呼び起こすために、人体の限界を試すかのような寝そべり姿勢から跳ね起き、背筋をぴん、と張って目を見開く。

 

 そうして5分ほど天を仰ぎながら過去を呼び起こしていると、昨今のウハウハ状態の少し前――自分一人で卸先を探し、口八丁手八丁を用いるも、それでも怪しまれ殆ど見向きもされなかったころの記憶が蘇った。

 

 「――ああ、そうでした。あのブレスレット、いかにも怪しげな風体のヘルメット団に買ってもらったのでしたっけ…その後彼女たちに会ったとき、アビドスにまだ残っている学園の1年に高値で売りつけた、みたいなことを言ってましたね…」

 

 ミライはそう呟いた後、思考を切り替えるかのように立ち上がり、部長専用席となっている白いメッシュがふんだんに入ったハイバックの椅子に腰掛ける。

 

 「アレはそこまで大きな売上にはなりませんでしたが、それでもかなり助かりました。」

 

 「なにせ生きていく上での資金と、部活動維持のための実績になりましたから。」

 

 そんな風に自分に言い聞かせるように言葉を発し、ミライは過去の全てを活かせると信じるように、資本主義に染まった頭脳をフル回転させる。

 

 (かつて栄え、今では砂に飲まれつつあるアビドス。あの不毛の地で蠢く企業はカイザーとネフティスの2強と聞いていますが、それはあくまでも過去の話であり、現在両社がアビドスから得ている収益は微々たるものでしょう。)

 

 (だからこそあの2社は、既存の商売圏は維持するでしょうが、根本的な対策に向けた投資――砂漠であれば砂漠化対策でしょうか――は間違いなくするはずがない。もし実行して効果が出ているのであれば、こんな惨状にはなっていないでしょうからね)

 

 (これはある意味、ブルーオーシャンと言ってしまってもいいのでは?…砂漠化対策と言えば、普通に考えると緑化ですかね。)

 

 確かに、砂漠緑化というのはリターンが読みづらく、金銭的な即効性は薄い。だが、その分インパクトが凄まじい。

 

 もし、本当に砂漠化を解決し、人も取り戻せたなら――キヴォトス全土で話題になる。世界が震撼するレベルだ。

 

 「ふふふ、砂に飲まれるアビドスを科学の力で再生する…いい響きですね。」

 

 ふとこぼれたその言葉に、ちょうど新モデルのための学習データ構築に取りかかっていた、ミライの言葉を聞き逃さない後輩が反応する。

 

 「あ、もしかして温泉郷の時に届いていたDMの件ですね!流石はミライ部長、いまだ誰も踏み込んでいない未知の領域に、真っ先に挑戦されるその姿勢は惚れ惚れします!」

 「そしてプロジェクトとしても興味深いですし、ワクワクしますね!」

 

 ミライは心からの賞賛が込められた褒め言葉に照れつつも、(後輩ちゃんが面白そう、と言うのであれば勝算がありますね)という直感が働いたため、DMには超光速で返信を打ち込み、依頼を受諾することにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ミライがDMを返したほんの少し後。

 

 まるで学園前で待機していました、と言わんばかりの早さで部室に入ってきた砂狼シロコから、DMに記載されていた内容について一通り説明を受けた後、話は必然的に相談に移った。

 

 「ん、アビドスの現状はこんな感じ。なかなかに状況は厳しい、けどどうにかしたい。」

 「…何とかお願いできない?」

 

 そんなシロコの言葉を真剣に聞きながら、ミライは己の利潤と名声を秤に掛けつつ、確信を込めて言葉を紡いでいく。

 

 「お話をお聞かせいただき、ありがとうございます。」

 

 「そうですね、やはり大きな問題は、砂漠化、生徒の離散と人口減少、産業の衰退。アビドスの根本的な問題は、この3点ですか。後ろ2つは砂漠化による影響なので、やはり根本は砂漠化の解決でしょうね。砂漠化を止めて、産業を興して、人が戻る、つまり雇用が生まれるもの…」

 

 ――そこまで呟いたミライは、「閃いた!」とばかりに満面の笑顔で、部室の中央に腰かけていた後輩とシロコに、間違いなく興味を持つような言葉を語りかける。

 

 「そうですね、手はあります。」

 

 「ん、本当!?詳しく話を聞かせて。」

 

 ミライはシロコが予想通り食いついたので、心の中ではニヤりとしつつも、おくびにも出さずにミライは語り始めた。

 

 「シロコさんから話を聞いた限り、アビドスを襲う危機は多々ありますが、やはり根本は砂漠化の進行と言わざるを得ません。砂が生徒の離散と人口の減少、産業の衰退、そしてカイザーなどの外資の流入と横暴を引き起こしています。」

 

 「なので、根本からひっくり返すしかないでしょう。」

 

 「??根本とは??」

 

 シロコからの問いに対し、ミライは腹の底から声を出して回答する。

 

 「決まっています。砂漠が一番の懸念なら、――砂漠そのものをどうにかしてしまえばよいのです!」

 

 「これは発想のコペルニクス的転回です。砂漠が砂と過疎をもたらすのなら、そもそも砂漠をそのようなものだと考えなければよいのです。」

 

 立て板に水のようなミライの語り口に、シロコはいくばくか混乱気味であった。だが、そんな様子に気がつかないミライはますますヒートアップしていく。

 

 「例えば、砂漠そのものの性質を変えることができれば、砂の大地を活用し、いずれは緑地化をできるようになるのではありませんか?」

 

 「そもそも、砂が水を貯めず、広がり続けるなんて誰が決めたのでしょうか。砂の性質を変えてしまうことで、砂で農業と経済活動をできるのなら、誰も砂漠を厭うことはないはずです。」

 

 「想像してみてください。目の前に広がる砂漠の全てが農地で、どんな植物をも育てられるとしたら!アビドスはキヴォトス最大の穀倉地帯になります!」

 

 そうして手を天高く突き上げ、世界に轟かせるように宣言する。

 

 「そうです、砂漠化について、出来るはずがないのなら、誰もやったことがないのなら、私たち疑似科学部が科学の時計の針を進めましょう!」

 

 「それこそが、才ある私たちの宿命なのですから!!」

 

 ミライは喋りたいことを一通り出し尽くした後、(やはり、相変わらず演説の天才ですね、私!)という自画自賛を心の中にしまいつつ、2人の反応を伺う。

最初に大きく反応したのは、やはり後輩であった。

 

 「ミライ部長のおっしゃる通りです!砂漠化が問題なのであれば、根本である砂を置換して活用できるようにする、まさしく発想の転換です!」

 

 「ちょうど物質の置換について様々なアイディアが浮かんでましたので、ミライ部長の構想を形にしてみようと思います!」

 

 そんな2人の熱気と才気に当てられたかのように、シロコも興奮してしゃべり出す。

 

 「ん、よくわからないけど、2人がそこまで言うのであればできそうな気がしてきた。ぜひお願いしたい。」

 

 「承りました!では後輩ちゃん、砂漠化について、やれるだけやってみてください!期待してますよ!」

 

 ミライからの厚い信頼に対し、後輩は感慨極まったかのように返答する。

 

 「わ、部長にそこまで期待いただけるなんて、自分は感激です!必ずやテクノロジーで砂漠化を解決してみましょう!」

 

 目を見開いてうなずく後輩の声には、これまで以上の熱が籠もっていた。

 

 こうして。

 土地そのものを変え、アビドスの砂漠を科学の力で再生する疑似科学部の新たな挑戦が、始まったのであった。

 

 

 

 

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