スターシーカー:オルクセン軍秘録   作:芝三十郎

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オルクセン王国史の二次創作。原作web版読了後推奨。pixivで連載したものの転載です。

敗戦寸前のアルカシアから救助された科学者は、大鷲の背にのってオルクセンに入る。彼の行くべき場所はどこなのか。


翼の行方

 『星』と呼ばれる男は、ようやく目を覚ました。彼はまだ大鷲の背にいた。目の前にコボルト兵の背中、暗緑色の野戦服があった。敗戦寸前のアルカシアから彼を救助、あるいは拉致してきた兵士は、すぐ振り返って言った。

 

「起きたか。もう、ここはオルクセンだ。下を見てみろよ」

 

 見下ろせば、南オルクセンの緑野が広がっていた。丘陵では羊たちの群れがのんびりと草を食み、それを牧童役の巨狼が見守っている。それを過ぎると平地に入り、地面は黒々とした耕地になる。オークたちが耕し、あぜ道ではドワーフとコボルトの子らが駆けている。

 

 その平穏。まったく普通の風景は、この時代の星欧にあってこの上なく希少なものだった。この世の何よりも美しいと思えた。

 

 大鷲の背に乗る男の目を涙があふれ、風に流されて散った。

 

「美しい。美しい国なのだな」

 

 男の脳裏にまったく別の光景が映った。数百年の歳月に耐えた石や煉瓦の建物が崩れ、燃え、その前で人々は力なく座り込んでいる。キャメロットの風景。

 

 その街に散らばる銀色の金属板。黒く焦げたエンジン。彼が作り出し、かの地に死と破壊をばらまいた流星の破片だ。

 

 都市に降り注いだ死の流星雨。それは彼が開発し、彼が生産を指導したロケットの群れ。搭載する爆薬は、一発あたり一トンにも上る。そしていかなる戦闘機、いかなる高射砲でも、迎撃の望みはまずない。軍事的な勝利が不可能だと悟ったアスカニアは、そんなロケットを千発以上も大量生産し、はるか彼方にあるキャメロットの首都に向けて連日のように発射した。

 

 人口が密集する首都を狙ったのは、軍事的効果を求めてではない。ただただ一般市民を数多く戮殺し、恐怖を蔓延させる。それによって戦う意志を挫こうという無差別攻撃。当然に戦時国際法違反であるその行為は、虐殺の別名に他ならない。空から降り注ぐ死は、戦時下でも懸命に働き、そして生きようとする人々を襲った。家を、会社を。学校や病院まで。

 

 それでもキャメロット人たちは挫けなかった。力を合わせて火を消し、瓦礫を片付けた。時刻には遅れても運転手はバスや鉄道を走らせ、配達員は新聞や手紙を配った。瓦礫の前で、地下の避難所で、人々は身を寄せ、手をつないで歌い、誰かが楽器を奏でた。戦争という究極の非日常に抗い、彼ら彼女らは必死に日常を守った。それが市民たちの戦い方だった。

 

 彼ら彼女らは不屈の忍耐、そしてまったく正当な怒りでもって、ついに悪逆の帝国を打ち倒しつつある。その勝利の暁に、無差別攻撃を指令した者、それに協力した者たちへ当然の裁きを加えるだろう。政治家にも軍人にも――そして、彼らに非道という他ない手段を与えた科学者に対しても。その筆頭は彼に違いない。

 

 もし連合国の盟主がキャメロットではなく、別の大国であったなら、あるいは彼は投降を選んだかもしれない。しかし首都の半ば以上を瓦礫の山にされ、数知れぬ一般市民の骸を抱くキャメロットが連合を率いる以上、彼が許されるはずがない。他の科学者なら自分たちの技術と引き換えに見逃されても、彼だけは不可能だ。彼の貢献はあまりに大きすぎ、その名は有名でありすぎる。

 

 だから北を目指した。星欧で唯一、中立を保った大国、オルクセン連邦を。しかし辿り着いたその地の平和な風景、その美しさが、彼の心をえぐり、罪の深さをあらわにした。涙はとめどなく溢れた。

 

 彼の涙から顔を背け、前に向き直った猟兵が尋ねた。

 

「後悔してるのか。間違った物を作り出したことを」

 

 彼は涙を流しながら、しかし嘲るように答えた。分かってはいても認めることはできない。もう遅すぎるのだ。この世は劇場、誰もがみな役者。ならば、最後まで演じ続けるしかないのだ。

 

「まさか。私のロケットは完璧だ。間違いなんかない。いくらかの動作不良はあったが、それは改良すべき点の発見に過ぎない。私の仕事は間違ってなどいない」

 

 猟兵は憤怒の形相で振り返った。

 

「貴様、まだそんなことを」

 

 男は怒声をあげて遮った。

 

「ああ、そうだよ! 全部承知して、私はやったんだ。罪のない囚人たちを奴隷扱いして、大勢を殺して。それで作ったロケットで、また敵の市民を殺す。私が他人より上手くやれるたった一つの事だ。

 

 オルクセンが金さえだしてくれるなら、またやってやるとも。私はロケットを作る。次はもっと優れたやつを。これをやめたら、私は私でなくなってしまうんだ!」

 

 その後、二人は鞍上でずっと沈黙していた。ただ風の音だけがあった。やがて大鷲は旋回しつつ緩やかに下降した。郊外にある大きな施設、その滑走路に降りた。

 

 

 

 大鷲が着地すると、背に乗っていた『星』と猟兵はベルトを外して鞍上から降りた。長い飛行の旅で足はすっかりこわばっていた。

 

 彼らが地面の踏み心地を確かめていると、滑走路の傍に控えていた小柄な姿が大鷲に駆け寄ってきた。白衣がたなびいている。コボルトの婦人であった。婦人は大鷲にひしと抱きついた。

 

「ああ、ヴェルナー、ヴェルナー! 帰ってきてくれた。無事でよかった――」

 

 あとは言葉にならなかった。声をあげて泣きじゃくる婦人を、彼女の夫が両の翼でそっと抱き返した。婦人の涙が収まるまで、大鷲はそうしていた。

 

 男と猟兵は、少し離れたところから、その夫婦の姿を遠慮がちに眺めた。嘘のない、魂だけのつながりが彼らの目に映っている。

 

 『星』と呼ばれる男の中で、これまでの生活と逃避行で冷え切った心が融けるようだった。人生で求めるべきは、あのような温もりだけで十分なのではないか。

 

 『星』は、彼の命を救った兵士、今は彼の隣であらぬ方向を向いて屈伸している降下猟兵を見た。

 

 彼はあの地下を直接に見た。それなのに命がけで自分の命を救ってくれた。そこにあったのは祖国への忠誠だけなのか。自分の命の価値は、無差別攻撃の手段を作ることにしかないのか。『星』と呼ばれた男は、今、そんなことを聞きたいと思った。しかし実際に尋ねたのは、少し違うことだった。

 

「あんた、なんで私を助けた。命を賭けてまで」

 

 猟兵はそっぽを向いたままで言った。

 

「俺は兵隊だ。任務は果たす。それ以上でも、それ以下でもない」

 

 その答えに、『星』は奇妙な満足を感じた。許されるわけがない。だから彼が言葉を続けたのは、理解されるためではなかった。ただこの兵士に聞いてほしかったのだ。

 

「さっきの話だがな。一つだけ間違いがあった。私の仕事は、目指すべき星を間違えた。ロケットは星の世界に行くためのものだった。同じ惑星に生きる命を奪うためのものじゃなかった。もう遅いと、それは分かっているよ。だから、これからも同じ仕事をする」

 

 猟兵は何も答えなかった。それきり沈黙を続けていた二人のところに、大鷲とコボルトの婦人が歩み寄ってきた。大鷲は首を前後に振る独特な歩法だが、婦人の歩幅に合わせてゆっくりと進んでいる。

 

 声をかけたのは大鷲の方だった。

 

「お待たせした。我が妻を紹介させてもらいたい」

 

 その後を婦人が受けた。まだ瞳は赤いが、穏やかな微笑を浮かべている。

 

「メルヘンナー・バーンスタインです。この作戦の科学顧問で、この研究所の所長をしております。お二人の御来訪を歓迎いたします」

 

 『星』は意外の念に打たれた。そういえば、軍事基地にしては雰囲気が妙だとは思っていた。滑走路があるが、駐機場に並んでいるのは軍用機だけではない。民間機を含め、多種多様な機種が少数ずつ並んでいる。

 

「研究所、ですか。てっきり私は、軍の基地で拘束されるものかと」

 

「ここも、一応はまだ軍の施設です。『航空エンジン研究所』といいます。あなたは亡命者という扱いになりますが、憲兵の取り調べは受け頂くことになります。その後も当分は研究所の敷地の中だけで過ごして頂くことになるはずです。ごめんなさい。私は軍の大佐相当官でもあるのです」

 

 『星』は頷いた。戦争犯罪者ではなく、亡命者という取り扱いは、彼がこの世界で望みうる最良の待遇だった。今の彼は、それに忸怩たるものを感じていたが、表に出したのは承諾の意志だけだった。やはり、悪魔のような科学者に悔恨など許されるものではない。彼は最後まで演じ切るつもりだった。

 

「その後、私はここで働くことになるのですね。貴女の国にロケット兵器を作るために」

 

 コボルトの婦人は首肯した。彼女の夫たる大鷲が後を続けた。

 

「博士。あなたの技術は、あなたが想像する以上のことに使われます。我が王は貴方の才能を星と呼びました。我が国が揃えるべき二つのうち、一つだと。

 

 もう一つのもの、それは太陽です。この地上に現れる、忌まわしき人造の太陽。まことに残念だが、我々は間もなくそれを目にすることになる。あなたの国の過半をロヴァルナ連邦が抑えるより前に戦争を終わらせるには、それが必要だと連合軍は判断しています。

 

 我が国はその使用には与しません。しかし太陽は手に入れる。太陽と星が揃う時、世界すら滅ぼす力が手に入るからです。その罪深さを知っていても、我らが人族のはざまで生き残るにはそれが必要なのです」

 

 男は全てを理解した。彼の専門は工学だが、先端技術――それも、軍事利用が有望視されるその技術について、当然に知っていた。実用化が間に合えば、アスカニアもそれを彼のロケットに積み込むつもりだったのだ。

 

 新技術の地獄が祖国を襲うと知って、しかし彼は無感動だった。恐らく既に人の死を見過ぎたのだろう、と思った。これまでも、これからも、自分が進む道は屍で溢れているに違いない。

 

 沈黙を続けている男に、コボルトの婦人が言った。

 

「残念です。偽善に聞こえることと思いますが、本当にそう思っています。それでも、貴方にはこの研究所で働いて頂きたいのです。私達と一緒に」

 

 その真摯な瞳に、男は自分の罪深さを思った。

 

――いいさ。満足だ。罪には罰がともなう。祖国に新たな地獄を与える兵器。その運搬手段を作り続ける人生。悪魔にはきっと、そんな報いこそ相応しい。

 

 男は、だから諦めとともに答えた。

 

「わかりました。私にできるのは、それだけですからね。全力を尽くしましょう。ここで――航空エンジン研究所でしたか」

 

 婦人は微笑みを浮かべた。男の薄汚さを見透かして、それすら包み込むような慈しみを、彼はそこに見た。

 

「まもなく改名します。もうレシプロの時代ではありませんし、作るのは航空機だけではありませんから。正式にご一緒できる頃には、ここは―――『ジェット推進研究所』です」

 

 その名を口にして、婦人の顔は輝きを増した。懐かしい既視感があった。『星』と呼ばれた男はかつて、彼女のような希望溢れる表情を浮かべた人々たちに囲まれていたのだ。それが、いつからか変わってしまった。しかし、このコボルトの婦人の胸の内にはまだ、幼い頃の自分と同じ憧れがあるのだと、男は悟った。

 

 婦人は期待と確信に溢れた声で続けた。

 

「我が国があなたの技術に見ている希望は、兵器開発だけはないのです。あなたの作る翼はいずれ、もっと遠くへ向けて飛ぶでしょう――遙かなる星へ向けて。ご一緒できるのを光栄に思います。ヴァルター・フォン・ブラント博士」

 

 彼女と共にいれば、自分もまた昔に戻れるのかもしれない。それで許されるとは思わない。しかしいつの日か、正しい場所に辿り着けるかもしれないと、男は祈るように思った。

 

 

 

 その後のことである。ラインダースは作戦成功を正式に報告するため、首都近郊にある空軍総司令部に帰還した。滑走路まで出迎えたのは空軍総司令官であった。

 

「閣下! よくぞ、よくぞご無事で。お見事でした!」

 

「総司令官。自らお出迎えとは恐れ入ります」

 

「なんの、空の勇者のご帰還ですからな。これでオルクセンは生き残れる。さすがのお働き、感服いたしました」

 

「なんの、年寄りの冷や水」

 

 ラインダースは振り返り、空を見上げた。彼の同胞たちが続々と着地しようとしている。降下猟兵には幾人かの未帰還者が出たが、大鷲は全員が無事だと、既に魔術通信で報告を受けていた。

 

 高度を下げつつある大鷲たちを彼とともに見ながら、総司令官は切り出した。

 

「今作戦の結果、空軍は特殊作戦における大鷲の有用性について、認識を新たにしました。これまでの不明を恥いるばかりです。国家非常の時には、また大鷲の先輩方のお力を借りる日がくるやもしれません」

 

 ラインダースは振り返り、総司令官と向かい合った。用件を察したのだ。コボルトの空軍大将は続けた。

 

「そこでこの際、大鷲族による予備役航空部隊を創設したいのですが、いかがなものでしょうか」

 

「それは嬉しいことを。左様な国難はないにこしたことはないが、訓練で戦友と会う楽しみができますな。待命の身と思えば、みな生きる張り合いもでる」

 

「ならば、決まりです。部隊名に何かご要望は」

 

 大鷲は顔を上げ、空を見た。かつて散っていった仲間は、今もこの空のどこかにあって、彼らを見守ってくれているに違いない。

 

「そうですな――あまりに誇大、そう言われるかもしれませんが。許されるなら、こう名乗りたい。『義勇大鷲軍団』と」

 

 

 さらに後日のことである。

 

 復活した彼の軍団は、冷戦期を通じて幾度となく特殊任務に従事した。東側から亡命希望者を救出する極秘作戦TB。数字の秘匿名で呼ばれる情報機関員との合同任務など、彼らの密かな活躍は枚挙にいとまがない。

 

 それら武功の大半は軍の機密文書庫に封じられており、歴史の表舞台には現れない。唯一、後になって公にされたのは、十三日危機における潜入偵察任務のみである。

 

 こうして大鷲は再び、オルクセンの護国の翼となったのだ。

 

 

 

(エピローグ「目指すべき星」へ続く)

 

 

 

作者注:本話におけるメルヘンナー・バーンスタインの経歴は、二次創作作品「フンザの聡き毛玉」を参考としたものです。




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