最終回後の宿儺に可能性を感じた   作:犬と和解せよ

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2018年12月24日、日本、新宿。

まるで大災害でも起こった後かのように倒壊したビル群の中で、1人の青年が俯き座り込んでいる。

「もう一度やってみよう、誰かを呪うんじゃなくて誰かと生きるために」

全身の至る所が血まみれの青年はしかし、自身の体を一切顧みることもなくその両手の中に存在する何者かに向かって語りかけているようだった。

「誰にも受け入れられなくても、俺だけはオマエと生きていける」

声音に滲む感情は複雑だ。怒り、憎しみ、悲しみ、そして、何よりも色濃く浮かぶのは憐憫。裏表がなく、純粋な救済を湛えたその問いかけに、何者かは一瞬の沈黙を返し、やがて明確な拒絶を示した。

「ナメるなよ」

青年の掌の上、そのあまりにも矮小な肉塊は、刻一刻と崩壊し終わりに向かいながらも自身の矜持を崩さない。

「俺は、"呪い"だぞ………!!」

対する青年は痛みを堪えるような表情を浮かべつつ、沈黙をもって答えを返した。この存在が己の手を取ることはないと、青年自身も予想ができていたのだろう。

掌の上、最早声を発することもできなくなった肉塊はボロボロと急速に崩れていき、やがて灰のようになって宙を舞っていった。

呪いの王、両面宿儺。

約1000年、呪術界で伝説として恐れられ、実際に数多の犠牲者を出しこの世を混乱へと突き落とした元凶は、この瞬間完全に世界から消え去った。

 

 

 

 

 

「つまんねー!!!丸くなりやがって!!」

完全な真っ暗闇の中、白い長髪の呪霊と、大柄な4本腕の異形の男が対峙している。

不服そうな表情で幼い子供のように喚く呪霊を横目に、男はフンと肩をすくめた。

「当然だろう、負けたんだからな」

尚も何事かを騒いでいる呪霊を無視し、その横を通り抜けて男は歩く。呪霊も後を追うつもりはなかったのか若しくはその力が残っていないのか、その声は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。

何もない暗闇の中をあてど無く、しかし歩みを止めることなく真っすぐ進み続ける。男はここが何処かを知らない、どこに行くべきかも、これから己がどうなるのかも知らない。

生まれて初めて敗北を知り、嘗て取るに足らないと侮った相手によって殺された。男にはその自覚があったが、不思議とその心は凪いでいた。

「宿儺様」

傍らから聞こえた馴染みのある声に、どうしたと視線を向ける。そこには、律儀にも自ら命を絶って男に付いてきたらしい、白髪の子供の姿があった。

「先ほどのお言葉は、本当でしょうか?」

「先ほど?……あぁ、あれか」

次があれば、生き方を変えてみるのもいいかもしれない。

白い長髪の呪霊に問われて答えた言葉を思い出す。

この世に異形として生れ落ち、世界から拒絶され、世界を呪って生き続け、いつしか呪いの王となった。男はそんな生き方しか知らない、それが男の身の丈だと分かっていた。

……だが。

嘗て男に手を伸ばした女と、今も傍らに居続ける子供、そして、男に憎しみを持ちながらそれでも共に生きようと宣った青年の姿を思い出す。

「本当だ」

男の答えに子供は言葉を返さず、ただ無言で男の手を握りしめた。

男と子供は2人、唯ひたすらに暗闇の中を進み続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あるじゃねえか、全員助かる方法!」

声が聞こえる。

「俺に呪力があれば良いんだろ、伏黒!」

何処かで聞いたことのある声が、大声で何かを叫んでいる。

煩い、それに故はわからないが不愉快だ、と男は眉根を寄せた。

「よせ、止めろ!!」

これまた聞き覚えのある別の人間の静止の声が聞こえ、次の瞬間。

 

"目が覚めた"。

 

これまでの暗闇から一転、男の眼前には様々な色と音、呪力が情報として流れ込んでくる。

得られた情報を処理するよりも先、反射的に自身の体を拘束する何かを力技で引きちぎり、男は地面に降り立った。

薙ぎ払ったものは雑魚呪霊だったらしい、こちらとの力量差もわからず再び突っ込んでくるそれを、単純な膂力で引きちぎって殺す。術式を使うまでもない。

ここまで思考も何もなく、唯反射で行動していた男はふと気が付く。

(ここはどこだ?)

裏梅と2人、永遠と暗闇を歩き続けていたはずだ。ここで目を覚ます直前の記憶を探るが、霧がかかったかのように曖昧で思い出せず、男は眉を寄せた。

取り合えず状況を探ろうと周囲に目をやり、数メートルほど先に黒髪の青年が立っていることに気が付く。こちらを警戒するような表情で睨み据えているその青年は、男の記憶に確かに存在している人間だった。

(伏黒恵……?俺の記憶にある最後の姿よりも随分と弱いな)

その身にまとう呪力の質、量ともに、記憶の最後にあった姿よりも遥かに弱弱しい。

(おまけに、この体とこの呪力……。俺は何故、虎杖悠二に受肉している……?)

虎杖悠二の呪力もまた、ひどい有様だった。呪いの王を祓って見せたあの力はどこへ消え失せたのか、そのあたりの特級呪霊とすら勝負にならないであろう脆弱な肉体と呪力。

「おい」

「っ、動くな!!」

1つの仮設を検証すべく、伏黒恵に声をかけようとしたが遮られた。緊張で汗を浮かべながらも、こちらから目を離さず十種影法術の式神を呼び出そうとしている。

「お前はもう、人間じゃない。呪術規定に基づき、虎杖悠二、お前を呪いとして祓う!」

「そう急くな、俺は」

男に交戦の意思はない。どうにかそれを伝えられないかと思考を巡らせ、1つの強力な存在がこちらへ急速に向かってきていることに気が付く。

(面倒な奴が来たな。だが、これで俺の仮説はほぼ正しいとみて良いだろう)

「今、どんな感じ?」

伏黒恵の隣に、いつのまにか1人の長身の男が立っていた。両目を覆う黒い布が特徴的なその男は、へらへらと軽薄そうな笑みを浮かべながらも油断なくこちらの一挙手一投足を観察している。

六眼と無下限呪術を持ち、現代最強の呪術師である五条悟――、その紛れもない本人がそこに居た。

(この圧倒的な存在感、間違いなくこいつは本物)

この手で殺したはずの五条悟が生き返り、伏黒恵と虎杖悠二は"まるで男が受肉した当初"のレベルまで弱体化している。

それにこの会話、この風景に男はひどく既視感があった。確か、男が虎杖悠二に最初に受肉した日も、このようなやり取りをしていなかったか。

これらの事象が示す事実は1つ。

(俺は、何らかの要因で過去の時間軸に戻ってきている)

全くもって馬鹿げた話であった。どんなに強大な存在であっても、呪術というものがあろうとも、時間を巻き戻すことなどできない。それだけはこの世で不変の法則である、はずだった。

(だが、俺はそれを身をもって体験している。そして、体験している以上、「あるもの」として扱わなければならない)

「なんで五条先生がここに!?」

「流石に特級呪物が行方不明となると上が煩くてね、観光がてらはせ参じたって訳」

伏黒恵と五条悟は随分と気の抜けた会話を繰り広げている。"両面宿儺"が受肉したとはいえ、指1本程度であれば難なく無力化できるという自信故だろう。事実、指1本で五条悟を殺せる可能性は皆無のため、男もこれといって思うところはない。

「見つかった?って聞こうと思っていたけどさあ、この呪力、両面宿儺が受肉したって感じかな」

五条悟がこちらに視線を向ける。叩き潰してあげるからいつでも襲ってきなよ、と言いたげなその表情を無視し、男はこちらの動向を何故か伺っている様子の虎杖悠二に声をかけた。

「おい、虎杖悠二。何故俺から肉体の主導権を奪わない?とっとと変われ」

「え、それお前から言うの!?あとなんで俺の名前知ってる!?」

「煩い、早くしろ」

「え、えぇ~……」

途端、男の意思とは関係なく体の主導権が入れ替わった。やはり、前回と同じく虎杖悠二は両面宿儺の完璧な器であるらしい。基本的な肉体の主導権は虎杖悠二にある。

困惑した様子の虎杖悠二を無視し、男は生得領域の中に引っ込み、不本意ながら馴染み深いものとなった骨の頂上に腰を下ろした。

「おや、これは意外だね。てっきり呪いらしく嬉々として襲い掛かってくるものかと思ったけど」

「あ、やっぱり普通はそんな感じなんすね……。あの化け物倒してくれたし、思ったより大人しい奴だったから、いつ変わればいいかなって変に悩んじゃったよ」

「へえ~、肉体の主導権は宿儺ではなくキミにあるんだ」

「すくな?」

「キミが食った呪いだよ」

五条悟は興味津々とばかりに虎杖悠二に顔を近づけると、数秒ほどその呪力を観察したのち、顔を離してあっけらかんと笑った。

「ははっ、本当に混じってるね。ウケル」

あの呪いの王が受肉したという大事件にも関わらず、いつも通りへらへらと軽薄な笑みを浮かべている五条悟の様子に、伏黒恵は頭が痛いとばかりにため息をついた。

「キミ、何か体に異変は?」

「え?いや特には……」

「それは凄いね、にわかには信じられないな。奇跡と言っていい」

五条悟は何げなく虎杖悠二に近づくと、徐にその額を指でついた。

途端、虎杖悠二の視界がかすみ、意識が急速に遠のいていく。

「あ……れ」

「おっと」

ふらりと地面に倒れ伏すその体を支えると、五条悟は肩に担ぎあげた。伏黒恵は、案ずるようにその様を見上げる。

「なにしたんですか?」

「気絶させたんだよ。これで次に目を覚ました時、彼が宿儺に入れ替わっていなければ、彼は器の可能性がある」

「たとえ彼が器だったとして、呪術規定に則り、彼は死刑にする必要がある。……でも」

「でも?」

「俺は、彼を死なせたくありません」

「へぇ、……私情?」

「私情です。助けてください」

伏黒恵の力強いまなざしが、五条悟に突き刺さる。それを受けて、五条悟はいつもの軽い調子で笑ってみせた。

「かわいい生徒の頼みだ、ここは1つまっかせなさい」

 

そんな2人のやり取りを、男は虎杖悠二の中から見つめていた。

(個々人の基本的な性格や行動、流れは前回と変わらないようだ)

生得領域の中、男――両面宿儺は1人考え込む。

「さて、ここからどうするか」

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