祝福の国―夢に吹く風―   作:ドム(大友義鎮専用機)

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史実でもない、IFと言うまででもないような感じの妄想ですが温かく見守ってほしいです。



二階崩れの策謀

岐路に立つ大友家。

時は少し遡り、天文19年、豊後国を治める大友家は、九州でも随一の勢力を誇っていた。

だが、決して盤石とは言えない内情があった。

それは偏に国衆との仲違いだけでは無い。

大友氏第20代当主大友義鑑(おおともよしあき)の選択が、家の行く末を不穏なものに変えようとしていたのだ。

 

嫡男・義鎮(よししげ)は、書を読んで兵法を知り、刀を振って武を得る、武士として不足はない人物であった。

今もまた風を浴びながら刀を振る。まだ暑い夏の日だ。

 

「殿、今日も精が出ますな。一つ手合わせいたしませぬか、手前は鍛錬を済ましておりまする」

 

時枝右馬允頼継(ときえうまのじょうよりつぐ)が義鎮に言う。齢は義鎮よりいくつか下だが武芸は他の将から頭一つ抜きんでた才がある。

義鎮の側近をしつつ、武芸指南も行う。

 

「よかろう。先の手合わせより、鍛錬は欠かしておらん」

 

木刀の打ち交う音が低く響く。

刀ではないとはいえ迫力はある。

義鎮も相手の次の手は読める。

だが、反応ができない。結果はすぐに決した。

 

「くっ、敵わんな。もう一度じゃ。頼継」

 

義鎮は言い出したら聞かない。頼継は頷き、向き直る。

臣下のくせに加減はないのかと義鎮は思う。

 

「では、もう一度。次は何合打ちあえますかな」

 

冗談のように頼継は呟く。義鎮は笑みで返す。

やはり、長くは続かない。

相変わらずの結果だが、両者ともに満足している。

もとより義鎮は武に長けた猛将とは言えなくとも文治で治める、言わば統治者としての完璧な類まれなる才があった。

 

言い訳のように義鎮は言う。皮肉交じりでもあった。

 

「武は雷を切るような猛将にでも求めれば良い。武なんぞ統治者にとっては飾りじゃ。偉い人らには分からんのだろう」

 

「殿より偉い方なぞ、御屋形様くらいでござろう」

 

笑いながら頼継が返す。義鎮は時に粗暴であるが、時折見せる柔らかな姿勢から側に仕える家臣からの信頼は厚かった。

 

「異なことを申されるなぁ」

 

突然、背後から雷のような声がする。

2人が振り返ると、そこには鬼がいた。

いや、鬼ではないが戸次鑑連(べっきあきつら)がいた。

 

「武士ならば、刀は手が擦り切れるほど振らねばなりませんぞ。殿はまだまだというところですかな」

 

2人はまだ、ぎょっとした顔から戻せない。

畏怖しているが、おおよそ怖の面が大きいか。

 

「あ、ああ鑑連か。突然どうしたのじゃ」

 

平静を装うが義鎮は依然苦虫を噛んでいる。

この漢の心はどうも読めない。

 

「いやはやお忘れではありますまいな、殿。御屋形様のことにござりまする。嫡男たるや跡を継ぐを盤石にいたさねばなりませぬ」 

 

これは以前より鑑連と語らっているものだ。

頼継が続けて言う。

 

「其の儀につきましては、時に塩市丸(しおいちまる)様について周囲に何やら怪しき謀があるようにござる」

 

義鎮は知ってか知らずか一廉の将の顔をする。

嫡男として、次期当主として相応しいであろう振る舞いだが胸中は思いが錯綜するばかり。

 

「うむ。知らぬ訳では無いが、やはり父上は、御屋形様は意思を堅くして変えぬか。しかし、お主らは臣として儂に何を望むのじゃ。よもや御屋形様に背けと言うまいな」

 

そうは言うものの、義鎮は嫡男として、次期当主としての地位をむざむざと手放す気は毛頭ない。

 

この時の大友家中では当主義鑑が家督を嫡男の義鎮ではなく三男の塩市丸に譲ろうとしていたのだ。当然の如く家中には派閥ができ、義鎮派と反義鎮派に分かれた。

表立って争おうとは義鑑もしなかったが、張り詰めた空気を和らげようともしなかった。

 

歪な親子の関係であったが日常と思えば義鎮にとってはただ過ぎていくだけのものであった。

 

過ぎる季節は木の葉の色を褪めさせた。

風は涼しく虫の鈴に似た声を聞き義鎮は酒を呷る。

その裏でまさか己の地位が危ぶまれようとしているとは露も知らずに。

 

──

大友義鑑は加判衆を登城させていた。

小佐井大和守(こざいやまとのかみ)斎藤長実(さいとうながざね)津久見美作(つくみみまさか)田口蔵人佐鑑親(たぐちくらんどのすけあきちか)吉岡越前守長増(よしおかえちぜんのかみながます)入田親廉(にゅうたちかかど)の六名であった。また、親廉は子の入田丹後守親誠(にゅうたたんごのかみちかざね)を伴っていた。

敢えて言うまでもないが義鎮に家督を譲ると言う話ではない。逆であった。

義鎮を廃嫡し家督を塩市丸に譲ると達しを出した。

 

「義鎮は粗暴すぎる。家督を任せられぬゆえ廃嫡いたし、家督は塩市丸に継がせることにした」

 

勿論のこと、義鎮派の大和守、長実、美作、鑑親の四人は義鑑に考えを改めるよう説得を行った。しかし、義鑑の決意は揺るがない。

すると不意に咎める声がする。

 

「御屋形様、お戯れが過ぎますぞ。冗談が通じる加判衆ではありませぬでな」

 

声の主は加判衆でも年長で同紋の長増だった。

長増からの諫言は珍しいものではないが、この臣がこれを戯れと申すことに義鑑は少々の怒りを覚える。

 

「これを、戯れと申すか。越前守殿よ少々言葉が過ぎるぞ」

 

親誠が釘を刺すように咎める。

父とともに隙あらば義鑑に胡麻を擦るような男だ。親廉と親誠を他の加判衆はまともに相手にしない。

特に親誠は当主の義鑑からの寵愛を笠に着ている。

 

「丹後守、今は擦るのではなく、案を練らねばな」

 

小馬鹿にした様子で小佐井大和守が返す。

ついにまとまることはなかったが、おおよそ義鑑の達しに賛成する者は親廉、親誠親子くらいであった。

 

これで義鑑は諦めるかと言うとそうではなかった。

あろうことか義鎮派の家臣を殺そうと画策した。

寵臣の親廉、親誠親子と共謀してのことだった。

 

入田親誠は義鎮の傅役でもあった。

だからといって義鎮と良好な仲であったかといえばそうでもなく、不仲であった。

 

そしてついにというべきか、動きがあった。

義鑑がついに画策を実行し始めたのだ。

──

 

「今日もまさかだが新太郎(しんたろう)様への説得を命ぜられるのか」

 

新太郎とは義鎮の仮名である。

津久見大和守は突然の呼び出しに、苛立ちを抑えられずに独語をこぼす。

目通りするために通された部屋はやけに暗い。

 

「いかがなされたのか。御屋形様がおられなんだが、今から参られるのか」

 

大和守は案内役の小姓に問うが答えはない。

その刹那、背後に気配がした。殺気であることは明白だ。

しかし、鎮直はその顔を見ることなく尽きた。

背を一刀のもとに切られたのだ。

 

「これが御屋形様からの最後のお達しじゃ」

 

洒落を効かせてやったとばかりに笑みを浮かべるのは、入田親誠その人だった。そして親誠は目の前の事象に腰を抜かす小姓に刀を向ける。

 

「あいにくまだ広められては困る。すまんがここで大和守に殉じてくれ。大友のためだ」

 

同じように斎藤長実も凶刃のもとに散った。

時を同じくして他の義鎮派の家臣らが謀殺されていった。

この危機に流石に気づいた津久見美作と田口鑑親は

しばらくの間、身を隠した。

 

「何だと、誠なのか。まさか忠臣らを誅するとは」

 

頼継の報告を聞き、複雑な思いを義鎮は抱いた。

もとより父に背くつもりはなかったが、義鎮派として己を信じてくれていた者たちが殺されたというのは自然と父に対して怒りも湧く。

 

「殿は如何なされましょうか」

 

頼継の問いは何をするかだが、意味はそうではない。

背くか、背くまいかの択を迫っているのだ。

 

「わかっておる、そなたの真意は。だが儂は動かぬ」

 

優柔不断ではない。決断したのだ。

ただ、それが動かぬという選択であっただけだ。

父への情も、弟への情も持ち合わせている。

我が手で討つなどとは考えない。

 

「承知いたした」

 

頼継も義鎮の心情は理解していると自負している。

返事を聞くとそれ以上は言わなかった。

 

──

しかし、運命は義鎮の真意とは反対に進んでいた。

 

雪の降る日。義鎮は義鑑に呼び出された。

よもや父が己を殺すことはないだろうと思いつつ、側には頼継をつけて父のいる大友館に向かう。

 

案内された間で待つと、父が塩市丸を伴ってくる。

すぐに、あっさりとした口調で義鑑は言う。

 

「お主はしばらく別府浜脇へ湯治へゆけ」

 

父の言葉は殺意など帯びず、単なる命令のようである。

ただ、良くも悪くも命令であった。

口出しはできなさそうだ。

 

義鑑の隣には塩市丸が座している。

まだ元服の前で幼いその子は落ち着きない様子で辺りを見まわす。義鎮は年端もいかない弟の場を弁えぬ行動に苛立ちを覚えつつ、上座を睥睨した。

 

「委細承知いたしました。雪の中で入る湯も、また一興でございますな」

 

親子の仲睦まじい会話の一端に感じるが、依然として義鑑はただの臣下の礼を取らせているような面持ちである。

義鎮はその空気を悲観しつつ後ろに下がる。

 

「それもよかろう。すぐにでも出立せよ」

 

義鑑の一言の後、義鎮は館を出た。

雪は止み、暗い雲が空を覆っていた。

 

「殿、出立はすぐにいたしましょうか」

 

「そうじゃな、すぐにでも立とう。御屋形様は儂を遠ざけたいのであろう。冬の間は浜脇にて湯治に務めていようかな」

 

頼継は早馬を先に帰らせ、出立の支度をさせた。

 

翌日、義鎮一行は浜脇へ出立した。

浜脇には一行を迎えるように湯気の立ち昇る柱が立ち並ぶ。雪ともまた違う白に風情を感じつつ、浜脇を過ごす旅籠に着く。

 

早速、義鎮は湯へ向かう。伴うのは頼継ら近習である。

晴れやかな顔であるのは、少しでも周囲のしがらみから解放されたからであろう。

 

「どうじゃ、良いものだな。湯は癒されるの」

 

「いかにも、この地には名湯が多いようで、帰るまでの間に飽きることもありますまい。ただ、ひとつ、湯にあたったようにごさる。しばし風にあたります」

 

頼継が少し立ち上がり応える。頼継の湯に湿らされた精悍な肉体が日に照らされ、眩しく見える。

義鎮はもう少し湯に浸かり、身体が火照って来たところで湯から出る。少し逆上せたかもしれない。

 

少し汗を滴らせながら廊下を歩く義鎮は、何か待ち望んだようにを浮かべながら足取りを軽くしていた。

 

その夜に頼継より知らせが入る。

神妙な面持ちで義鎮は頼継を見る。

この臣が敢えて愚かな報告をするはずがないと信用を置いていたからであった。

 

「殿、申し訳ございませぬが火急の報にございまする。今しがた津久見美作、田口鑑親らが御屋形様を襲ったとの報が届きましてござる」

 

義鎮は、はっとしたような顔をする。

驚いているのとは違う。喜びとも違うようだ。

そのまま、頼継の報を義鎮は落ち着いて聞く。

 

「その際に御屋形様、塩市丸様がご落命なされ申したようで。津久見、田口らはその場で討死したようで、殿につきましては…」

 

「よい、分かっておる。入田丹後守を首謀者として挙げよ。父の親廉もこの際に討っておけ」

 

「殿、襲撃犯は既に亡く、丹後守はおおよそ関わっているとも思えませぬが」

 

「御託はよい。まずはやるのだ」

 

「委細承知。ならば、丹後守は他家に逃げるやもしれませぬ。阿蘇家にも馬を飛ばしましょうか」

 

「ああ、さすればその様に手配いたせ」

 

「承知。しかし殿、いやに周到にございますな」

 

頼継が訝しげに問う。流石の義鎮にもこのような判断能力はないだろうと思いつつであった。

少しの間を置き、義鎮は言う。

 

「…これは儂の謀よ。津久見らを煽った」

 

「しかし、以前殿は動かぬと。このような儀は手前も聞き及んでおりませぬ」

 

頼継は面食らった様子で驚きを隠せていない。まさか義鎮がそのようなことをするとは到底思えず、己に伝えられていないことにも些か不安を覚えた。

 

義鎮が一つの文を取り出し、頼継に見せる。

署名が義鑑となっているその文は、置文の要領で書かれており、跡を義鎮に継がせること、加判衆の選定など領国経営に関することが記されている。

しかし、やはり義鑑が書いたものではない。

義鎮が周到に用意させたものであったのだ。

 

「すまなかったな。お主ら近習にも伝えなんだ。家のため。と言えば聞こえは良いが、すまぬ。盤石たる当主の座のために叛意を持つ入田親子は討っておきたかった。当主殺しも儂に一端の責がある」

 

義鎮の言うには内密にするため、と。

曖昧な理由であったが、その理由を問うなどというそんな問答をする暇はない。

 

頼継は不可解に思っていた。

なぜ、義鎮が動いたのか。常に近くで見ていたのだ。命を受けるのも己が直に受ける。それをなぜ内密に、頼継に伝えなかったのか。

 

 

当の義鎮も不思議に思っていた。

己のこの判断を。暗愚でもなく、暴虐でもない君主を、父を殺すこと。まだ幼い弟を殺すことを。命じたのは己だ。

 

義鎮は迷う。一つ言えるのは、これは己の判断である。が、そうとも言えないところもある。なぜか、うちに秘められているのであろう黒い意志が感じられるのだ。今思えば、好ましい判断ではなかった。いや、今までもそう思っていたはずだ。

 

ただ、今は新たな君主として国のために。

 

義鎮の落ち着きに、頼継も冷静さを戻す。

早馬を手配した。

 

 

滞りなく義鑑と塩市丸の葬儀は終わった。

謀反人の処断も終わった。

義鑑襲撃の謀反人、津久見美作と田口鑑親は抵抗することもなく引っ立てられた。

2人はもとより義鎮が煽動しているのには気づいていた。しかし、大友のためを思えばこそと義鑑を討った。義鎮も負い目とも違うが、なにか惜しいという気持ちがあった。

せめてもと、義鎮は切腹を命じた。

津久見美作は最期に「これが義鎮様、御屋形様の手腕か。感謝いたす」と遺し、事切れたという。

 

入田親誠は義鎮の命が伝えられた戸次鑑連が率いる軍に追われるも、阿蘇家を頼って国外に逃げた。妻の実家なら匿ってくれるだろうという魂胆であった。しかし、大友の強大さもあっただろう。岳父であった阿蘇惟豊(あそこれとよ)は親誠の罪を信じ、それを嫌って親誠を処断した。

 

諸々の手配は義鎮の命をもとに遂行された。

詳細な手筈は戸次鑑連や吉岡長増らが中心となり処理した。

 

混乱の収まりつつある頃には、一連の出来事は『二階崩れの変』と呼ばれ、歴史に記された。

 

 

なごり雪も消えた頃、大友義鎮は府内の館におり、主だった家臣を集めていた。集まったのは戸次鑑連、吉岡長増、臼杵鑑速(うすきあきはや)田北鑑生(たきたあきなり)角隈石宗(つのくませきそう)などであった。

 

義鎮は言う。

 

「先の騒動より混乱が続いていたが、治まりつつある今この時に今一度宣言したい。儂が大友家21代当主の大友義鎮である」

 

堂々とした宣言と面持ちに一同は面を伏せる。

鑑連が高らかに発する。

 

「御屋形様。我ら変わらぬ忠義を誓いまする」

 

服部右京亮(はっとりうきょうのすけ)が続いて言う。

 

「我らは御屋形様の槍となり、敵する者共を蹴散らして御覧いれまする。敵に対しこの右京亮、容赦せんっ」

 

士気の上がる家臣たちに義鎮は微笑ましく思う。いや、それとも違う。喜ばしさのようなものがある。当主として認められたことへ、だろうか。

今はこの武辺者たちとの平穏を感じていたい。

 

 

時枝頼継は義鎮が家臣を召集している間、斎藤兵部少輔鎮実(さいとうひょうぶのしょうゆうしげざね)と語らっていた。鎮実は義鑑の加判衆粛清の犠牲になった斎藤長実の子である。入田親誠の征伐では戸次鑑連に伴っていた。

 

「右馬允殿。少しよろしいか」

 

「兵部少輔殿。いかがなされましたか」

 

「いえ、御屋形様の近習の貴殿と話がしたいと思いまして。入田丹後守の征伐では父の仇を取ることを許され、従軍させて頂き申して御屋形様には感謝しきれませぬ」

 

「丹後守は阿蘇家にも見限られておりましたな。しかし、仇を己が手で討てぬは悔しかろうと察しまする」

 

「そのようなことはありませぬ。仇を討つ機会を与えていただいたのみで十分でござる」

 

鎮実は義鎮への感謝を頼継に告げる。

父の跡を継ぐことを許され、重臣として扱われるものの、未だ老獪さは持ち合わせない故か他の重臣たちを畏怖しているようだ。義鎮にも遠慮をしている。

頼継よりは歳が上だが、まだ若い。

入田丹後守の征伐の折に知り合った2人は、いつの間にか友と呼べるような仲とまでなった。

 

若い武士の語らいは大友の行く道を拓こうとしていた。その道は空虚(がらんどう)でないことを若き意気は示している。





歴史の情報はWikipediaやYoutubeから得ているのですが、他の方はしっかりした資料を読んだりしておられるのでしょうか?オヌヌメがあったらご教授いただきたいです。
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