稲妻ぐらし! 作:しろくろ
本編と番外編を章分けしました。今更ですが、番外編については詳しい時系列を決めていません。基本的に本編中の何処かのタイミングで起きた出来事だと思っておいて下さい。
穏やかな昼下がり。秋も深まり、近頃肌寒さを感じさせる今日この頃。
鼻歌を歌いながら稲妻城内を歩く青年―――仁信が、城内に存在する池の側を通りかかったその時だった。
「にゃーっ!」
何やら可愛らしい声と共にザッパァァァンと水飛沫が立ち、大きな魚を手にした人影が飛び出す。思わず音の方向に体を向けると―――
「あ」
「あ」
クリクリとした大きな若草色の瞳をした少女と目が合った。お互い間の抜けた声を上げて数秒間見詰め合っていると、青年から呆れた様な一言。
「……何してんの?」
「は、恥ずかしい……!」
◇ ◇ ◇
「んもー、彼処が何処なのか分かってる? 綺良々にゃんのそういうとこ、偶に心配になるぜ」
「返す言葉もございません……」
「しかも獲物をあんな嬉しそうに掲げちゃって」
「うう、穴があったら入りたい……」
あの後。実は仁信以外の通行人にも醜態を見られていた少女は、恥ずかしさのあまりその場から逃げ出そうとした。が、体を濡らしたまま帰すのも忍びなかった青年は無理矢理彼女をとっ捕まえると、自宅まで連れ帰り体を拭いてやっているのだった。
赤くした顔を俯かせ、大人しく世話を受ける彼女の名は綺良々。亜麻色のロングヘアに若草色の瞳をした可愛らしい顔立ちの少女だ。また種族は人間ではなく、二つに分かれた尾が特徴の猫又と言う妖怪である。
「今日は仕事無いの?」
「うん、お休みを貰ったんだ」
「そっか。……休みだからって羽目を外し過ぎでは?」
「アレはもう忘れてよ〜!」
話を掘り返され羞恥が加速する綺良々。顔を両手で覆い、髪を振り乱して悶えている。冷たい水が飛び散り、此方にまでかかった。仁信は顔を顰める。
暴れる彼女を抑えつつ、拭き取れる分の水分を拭き終えると。
「とりあえず服乾くまで俺の貸したげるから。着替えておいで」
「いやいや! 申し訳ないしいいよそんな……元は自分の所為だもん」
「目の前で風邪を引かれる方が困るなぁ、俺は。綺良々にゃんには悪いけど、そのままで帰す訳にはいかないよ」
「わ、分かった! 分かったから! ……じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうね」
腕を掴まれ立たされると、ぐいぐいとある一室に押し込まれる。其処には自身より一回り大きな服が用意されていた。
(うわ、大っきい……しかも良い匂いがするし。何だか落ち着かないなあ……)
ダボついて袖が若干余ってしまうものの、何とか着替えた綺良々。自身が元々着ていた服持って部屋を出ると、濡れたソレを乾かすため庭へと向かう。庭へ続く縁側では、仁信が数匹の猫に囲まれていた。
「着替えたよ。わたしの服、乾かしたいんだけど……良いかな?」
「勿論。其処の物干し竿使って良いよ。……よしよし、何か食うか?」
猫達と戯れる青年を尻目に、言われた通り竿へと服を掛ける。良い天気のお蔭で早く乾きそうだ。作業を終えて振り返ると、先程よりも更に数が増えていた。一瞬の内に何処からやって来たのだろうか。
「わあ、さっきより増えてる。仁信くんは人気者だね〜」
「フッフッフ、俺は種族性別を問わずモテモテなのだよ……ん?」
縁側に座る青年の膝の上で丸くなる三毛、体を擦り寄せる灰毛、白に黒に斑……幾つもの毛色に混じって、見覚えのある個体が居た。
「お、お前は……何時ぞやのキジトラ!」
「あの子と知り合い?」
「知り合いなんてモンじゃない。俺の因縁の相手」
「にゃー」
「えっと、何々……『そう言うお前は、何時ぞやの鈍間男ではないか』」
「誰が鈍間だコラァ!」
其処には、かつて九条裟羅と共に捕まえたキジトラが。猫語が分かる綺良々の通訳によって、非常に舐められていることが明かされた。
「俺はなぁ! お前の所為であの後、天領奉行に捕まったんだぞ! この恨み、晴らさでおくべきか……!」
「なおん……」
「『何ソレ知らない』だって。……仁信くん、天領奉行に捕まったの?」
「この前、裟羅さんにちょっとだけ。でも何もかもコイツが悪い」
「にゃにゃっ! にゃあ、うなぁお!」
「『だから知らんわ! 自分は何もしていない!』ってさ。本当に何もしてなさそうだけど……」
誰が何と言おうと、この猫が原因で捕まったという主張を曲げる気はなかった(
「お前、飼い主がまた心配してんじゃないの」
「にゃっにゃっ、にゃん」
「『私の放浪癖についてなら、もう諦めたらしい』」
「諦めたのか……」
「諦めちゃったのかぁ……」
衝撃のカミングアウト。このキジトラの奔放っぷりには、流石の飼い主も匙を投げてしまったようだ。
呆れ顔の仁信は膝に乗っていた三毛を抱き抱えると、同じく呆れていた様子の綺良々に預けた。そして周りに寄って来ていた猫達を一撫ですると、腰を上げた。
「ちょっと食いもん持って来るわ。綺良々にゃんも何か食べる?」
「ええっ、ご飯までご馳走になったら本当に面目が立たないよ! わたしは良いからこの子達の分を―――」
そう言った瞬間、きゅるる……と腹の虫が鳴る音が。生暖かい視線を感じる。音の主は、ほんのりと頬を染めた顔を逸らした。
「……実はお腹空いてるんでしょ」
「いいや? 全然?」
「尻尾が揺れてるよ」
トレードマークである二つの尾がゆらゆらと揺れていた。彼女は嘘を吐くと尻尾が激しく揺れる癖があり、簡単に嘘が見抜けてしまう。最も、尻尾を見ずとも声が裏返っていたためバレバレであったが。
「ううう〜……」
「ははは! 遠慮しなくても良いのに……ちょっと待っててね」
廊下の奥へと消えていく仁信。彼を待つ暫くの間、にゃんにゃん、にゃおにゃおと少女と猫達は雑談を交えていると……
「はーい皆、ご飯ですよー」
持った盆に、大量の肉や魚が盛られた大皿と握り飯を乗せて仁信が戻って来た。皿を地面に置くと、猫達は我先にと餌へ群がって行く。
「綺良々にゃんにはコッチね」
「やったー、おにぎり! ありがとう!」
少女はパァッと目を輝かせると、渡されたソレを勢い良く食べ始める。その表情はとても満足気であった。
縁側に二人並んで座りながら、仁信は頬杖を突いて彼女達の食事風景を眺めていた。心地良い日差しを浴びつつ、ふと気になったことを呟く。
「なんか今日はやけに猫が寄って来るな」
「もぐもぐ……ほんと? どうしたんだろうねぇ」
「さあ……?」
仁信は動物にも好かれやすいタイプだ。歩いていると、犬や猫、鳥に狐等が自然と寄って来ることもある。だが、両手の指程の数が集まって来ることは経験したことがなかった。不思議である。
でも幸せなので深く考えないことにする。何時だって可愛いは正義なのだ。
「―――うりうり、どうだ? こういうのがええんじゃろ」
餌を食べ終え、再び各々がのんびりとし始めた。相変わらず三毛の個体は膝の上がお気に召している様で、食事を終えるなり仁信の元へ戻って来るのだった。
「…………」
「どうしたよ、そんな羨ましそうに見ちゃって。綺良々にゃんも撫でて欲しいのかい?」
「……そう言う訳じゃ、ないけどぉ……」
喉元を撫でられゴロゴロと気持ち良さそうな声を上げる三毛を見て、何やら物欲しそうな目の綺良々。口では否定しているも、彼女の尾は意思に反して揺れていた。猫又となり人の姿へ変化出来る様になって尚、猫としての習性は健在の様である。
「もー、しょうがないにゃあ。ほらコッチおいで」
膝で丸まっていた三毛が空気を読んだかの様に、ピョンと跳ねて場所を空ける。綺良々はチラチラと目を向けており、興味を隠せていない。やがて仁信に手招きされると、彼女は恐る恐る空いたスペースに収まった。
優しく抱き寄せられ、少女は彼に背を預ける状態に。伸びてきた大きな手が頭を撫で、首元を擽り始める。
「にゃあああああ…………」
「ははははは、愛いではないか愛いではないか」
目を細め、心地良さそうな声を思わず漏らす綺良々。彼女は人の姿をとったままなため、当然だが絵面がヤバい。
(コレってもしかして、とんでもない光景になってるんじゃ……)
もしかしなくてもとんでもない光景である。だが、青年の卓越した撫で&擽りテクに抗えない。掌から伝わる体温も相まって極上の体験である。庭の猫達はこんなものを味わっていたのか。
「ぅひゃッ!?」
手は段々と腹の方も弄り始めた。驚きのあまり、体がビクゥッと跳ねる。
「幾ら妖力を得ても、猫の本能には逆らえないんじゃない? 素直な感想を言ってごらん。ほら、『気持ち良い』って」
「……ッ! ッッッ!!」
それでもお構い無しにお触りを続ける仁信。必死になって声を抑える綺良々。そんな彼女の様子を見て調子づいたのか、何処か嫌らしくなった手付き。クズの魔の手(物理)が、遂に少女の胸元まで伸びようと―――
「……さ……」
「さ?」
「触らないでえええええ!!」
「おごッッ!!?」
―――したところで、思い切り頭突きをされる。腕を振り解き、体をぐんと伸ばして後頭部でダイレクトアタック。顔面にクリーンヒットしたクズ。効果は抜群だ!
「フーッ、フーッ! あ、危なかった……!」
「くおお……痛ぇ……」
こうなることを視てもいなければ予想もしていなかったクズ。自業自得である。
「わっわたしっ、もう帰るね!?」
「え?」
「色々ありがとう! おおお邪魔しましたー!!」
ジンジンと痛む鼻先を押さえ悶えていると、綺良々の慌てた声が。顔を今日一番の赤色に染めた猫又少女は、日々の業務で鍛えた健脚を活かし仁信宅を足速に走り去ってしまった。彼女は声をかける間も無く家を出て行ってしまったため、青年は呆けた様子でその後ろ姿を見送ることしか出来なかったのだった。
◇ ◇ ◇
(こ、怖かった……! アレ以上続けられたら、可笑しくなってたかも)
一方で。花見坂を出て、白狐の野を風の如く走り抜ける綺良々は軽い戦慄を覚えていた。あんな技術を彼は一体何処で身に付けたのだろうか。
忘れようにも忘れられないあの快感。もしや、癖になってしまったのでは……
「仁信くんのバカ———ッ! うにゃあああ〜〜!!」
誰も居ないのを良いことに、青年への文句を全力で叫ぶ綺良々なのであった。
◇ ◇ ◇
「綺良々にゃん……服、俺のなんだけど……」
オリ主:動物にも好かれるタイプ。綺良々を連れ帰る際に彼女を背負って行ったため、背中で彼女の柔らかな感触を密かに楽しんでいた。抜け目のないクズである。
綺良々:元は一般猫の妖怪・猫又にして、運送会社『狛荷屋』の敏腕配達員。リボンが一瞬猫耳に見えて紛らわしい。クズには八重神子共々お世話になった間柄。背負われている間本人は恥ずかしく思いつつも、無意識の内に尻尾は嬉しそうに揺れていたとか。
ネッコ達:クズのことはタダ飯と最高の撫でを提供してくれる人間として認知している。稲妻城近辺住みの猫間で口コミが広まっている。