稲妻ぐらし!   作:しろくろ

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寒い日に啜るラーメンの美味さは異常

 

 

「うげっ」

「『うげ』とは何じゃ。客に対して失礼ではないのか?」

「店側にも客を選ぶ権利が有ったって良いでしょ」

 

 夜、吹き付ける寒風が身を刺す中。仁信が営業していた屋台を畳もうとしていると……まさかの来客が現れた。誰なのか分かった途端、思わず顔を顰める。

 

 その正体は―――八重神子。季節に合わせて裾の長い暖かそうな上着を羽織り、首元にもマフラーを巻いている。珍しいことに夜遅くまで城内に居たらしい。

 

 どうにもここ最近、彼女との接触が増えた気がする……いや、一昔前は最も近くに居た人物ではあったのだが。

 

「らっしゃーせー。ご注文は?」

「きつねラーメン、油揚げ追加で」

「はいよ。……きつねラーメン一丁ォ!」

「一人しかおらんじゃろ」

 

 まあ良い。細かいことは気にしない。考えるのを止めた仁信は片付けを止めると掛け声を一つ。ツッコミを貰いながら、早速調理に取り掛かる。

 

「汝、屋台なぞ出しておったのか?」

「代打だよ。依頼人が今晩はどうしても外せない用があるけど、屋台も出したいらしくって」

「一日大将と言ったところか」

「そそそ」

 

 席に着いた神子と会話を挟みながらも、手際良く麺を茹でスープを作る。続いて用意するのは葱や海苔、焼豚に麺麻、鳴門、煮卵……そしてメインの油揚げ。但し油揚げは、通常より多めに。

 

「仕込みはどうした」

「材料とレシピ、スープとかは用意してもらったけど……ソレ以外は全部俺がやった。麺とか焼豚とか」

「前から話はついていた様じゃな」

「その通り。密かに準備してたんだよねぇ」

「成程。どれ、久方ぶりの手料理……期待しておこう」

 

 豪勢なトッピングの準備が整うと、タイミング良く麺が茹で上がる。素早く湯切りし、丼に投入。流れる様に、残りの盛り付けを行うと。

 

「へい! 本日限定、俺特製きつねラーメン油揚げマシマシ一丁……おあがりよ!」

「漸くか、待ち侘びたぞ」

「そんなに待たせてないでしょーに」

 

 実際、時間は注文時から然程経っていない。どうやら随分と腹を空かせていた様だ。彼女は手を合わせるなり、速攻で箸とレンゲを手にラーメンを食べ始めた。

 

(……良い。もっちりとした食感の麺に、スープが良く絡んでおる。煮卵は……丁度良い半熟具合。そして焼豚は、食べ応えの割に脂っこさが気にならぬ。如何様に仕込んだのか……実に気になる)

 

 寒さに震える体に、スープの温かさが染み渡る。うおォンと体の芯から、火力発電所の様に熱が発せられた。

 

(極め付けはこの油揚げ。既に下味を付けていた様だが、全く邪魔をしておらん。寧ろラーメン全体の旨味を更に引き立てる最高の役割を果たしている……!)

 

 満足そうに、一人うんうんと頷く神子。かつてより凄まじく成長した青年に、賛辞を送る。

 

「実に見事。腕を上げたな」

「当たり前だ」

 

 だが、受け手の反応は予想の斜め上であった。腕を組み、ハンと鼻を鳴らす仁信。彼はさも当然と言った具合に口を開いた。

 

「誰が何年も飯作ってやったと思ってるんだ」

「誰が何年も衣食住を提供してやったと思っておる」

「ぐっ……そのことは本当に感謝しかありませんよこのヤロー! ありがとうな!」

「うむ、良い良い。八重神子様に感謝するのじゃぞ」

(腹立つわ〜〜〜……でも言い返せない! だって事実だから!)

 

 恩義をチラつかせるも、特大のカウンターを決められ撃沈。鋭い切り返しに、自信に満ち溢れたその態度はあっさりと崩れた。

 

 提灯の明かりに照らされながら、仁信と神子は雑談に興じる。互いの近況報告から、耳の痛くなる様な説教まで。静かな夜の雰囲気に包まれる中、彼女にしては珍しく憂いた表情でポツリと呟いた。

 

「この国はどうなることやら……」

「……あー、鎖国と目狩り令?」

「うむ。汝の眼にはどの様に視えておる?」

「うー……ん、とねぇ……」

 

 今も尚、多くの人々の頭を悩ませる二つの法令。二人は打開策を模索する同志でもあった。しかし、経験豊富な彼女でも今回の事態は手強い様だ。顎に手を添え、何処か遠くに視線を送る青年は何やら言い辛そうな様子。

 

「何じゃ、歯切れの悪い。もうちとスッパリ言わんか」

「そう言われても……なーんか見通し辛いと言うか」

「……む? 詳しく話してみよ」

 

 煮え切らない態度に不満気な神子。だが、思いもよらぬ返答に一転、興味深そうに話を促した。

 

「多分、来年? のどっかのタイミングで目狩り令が終わる。多分ね。開国はもうちょい先かなぁ……だけど、その過程がどうにも分かり辛い」

「……汝の未来視も、とうとう焼きが回ったか」

「……あ?」

 

 残念がる神子。その態度と一言で、仁信はキレた。自身の自慢のスーパーアイを貶された青年は、ムカっ腹が立って仕方がないと言わんばかりにプッツンした。

 

「今、俺のこの眼のこと何つった」

「遂に使い物にならなくなったか、と言うておる」

「この女、ハッキリ言いやがった! はいもう怒りましたー! こうなりゃ抵抗してやる!」

「ほう? 汝が、妾にか?」

 

 若干ズレた方向に怒り出した青年に、桜髪の美女はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「随分と大口を叩く様になったな?」

「思えば俺、反抗期とかなかったし。丁度良いでしょ」

 

 何が丁度良いのだろうか。子育てを頑張る世のお母様方に謝って欲しい。

 

「汝は昔から跳ね返りの強い奴ではあったと思うが」

「シャラップ! 反抗期つったら反抗期なんだ! 何時までもお前にしてやられる俺だと思うなよ!」

「ふむ、そうかそうか……その歳で? 正気か? 良い歳してみっともないとは思わぬのか?」

「ええい、五月蝿いやい! 言わせておけば数々の暴言を……今日と言う今日は許さん! お前の弱点を世に晒し―――」

 

 そもそも反抗期は自己申告制ではないだろう。阿呆か。そんなことを思いつつ、神子は目の前の男を分からせるため……数ある手札の内の一つを切った。

 

「自室の衣装棚、一番下の段の引き出し」

「―――て…………ン?」

 

 先程までの勢いがピタリと止まる仁信。発言の意図が分からない。

 

 一体何を言い出すかと思えば……。……待てよ? 何だか憶えがあるぞ。嫌な予感がする。青年は冷や汗を垂らした。

 

「幼子ながら凝った仕掛けを作ったものよな。底板を剥がすと出てくるのは、数々の艶ぽ―――」

「!? おおおおお前、何でソレ知ってんだよ!? 誰にも見つからずに仕掛けを施していた筈なのに!」

「若造が。妾と知恵比べをしようなぞ万年早いわ」

 

 神子が言及したソレは、仁信の長年の秘密。かつて鳴神大社に住んでいた幼少のある日、偶然手に入れたエロ本の隠し場所についてであった。

 

 完璧だと思っていたのに、コソコソしていた自分が馬鹿みたいじゃないか……仁信は悲しくなった。だが、続く彼女の発言は青年の悪い予想を更に上回った。

 

「あの程度のチャチな隠し事に気付いていないとでも? そも、例の品の存在は汝が手に入れたその日には既に知っておったわ」

「ミ゜」

 

 理解不能……理解不能理解不能理解不能! 衝撃のカミングアウトにエロ小僧は言葉が出ない。彼の脳は活動を停止させ、理解を拒んでいた。

 

 わざとらしく溜め息を吐き、額に手をやる神子。七天神像の如き彫像と化した青年に、彼女は更なる追い撃ちを仕掛けた。

 

「当時は流石の妾も頭を痛めたものよ。年端のいかぬ童の癖にあの様な品に手を出すなど、一体どうしたものかと……汝も年頃の(おのこ)故、妾が気を利かせ見逃しておいてやったが……」

「―――お、憶えてろよ! 憶えてろよっ!! あとその節はクソお世話になりました!!」

 

 三下の様な台詞を吐き捨てる仁信。顔が熱い。エロ本を隠し持っていたことが同居人に知られていたなんて黒歴史確定だ。すっかり戦意の喪失した今の彼に、神子の方をまともに見ることは不可能であった。

 

 そうこうしている内にもラーメンを完食した神子。箸とレンゲを置き、手を合わせる彼女はとても良い笑顔をしていた。

 

「さて。腹も満たせたし、その上汝で遊べて妾は満足じゃ。そろそろ勘定を頼む」

「……お会計……全部で……千四百モラ……デス……」

「暫し待て。…………七、八、九……」

 

 手にした財布から硬貨を一枚ずつ取り出していく神子。不意にその手を止めると、ふと何か気になった様に……

 

「ところで一つ尋ねたいのじゃが。今、何時か分かるか?」

「んーと、今は十―――って騙されんよ」

「フン……大人しく引っかかっておれば良いものを」

 

 何とも古典的なちょろまかし方だ。今時引っかかる者が果たして居るのだろうか?

 

 今度は仁信が呆れた様子で神子に尋ねた。

 

「何、そんなに負けて欲しいの?」

「まさか。斯様な寒い日に夜遅くまで働いた妾……働いた、立派で唯一無二な何処かの美人編集長を労って欲しいなど、思うておらんが?」

「誤魔化せてないし滅茶苦茶思ってるじゃん」

 

 その誤魔化し方は無理があった。自分で自分のことを言うとは、何とも厚かましい客である。面の皮が百科事典並みの分厚さをしていそうだ。青年は大きな溜め息を一つ溢すと。

 

「……しょうがないなぁ。オマケで割引きしとくよ。その分は後で俺が払うから」

「ん? 急にどうした? 何も言うておらぬのに気遣いを見せるなど」

「貴女が自分で言い出したんですよねぇ? まだ続けるんですかその茶番」

「おお、何と殊勝な……頭でも打ったか?」

「やっぱ今の話無かったことにして良い?」

「やれやれ。冗談の通じぬ奴め……」

 

 実のところ、仁信がサービスしたのは優しさだけではなかった。神子への口止め料の意味も込められていたのである。彼が「あのことは黙っておいてくれ」と頼むと、「善処しよう」とだけ返ってきた。……何とも信用出来ない返事だ。何時かうっかり(態と)漏らされそうである。

 

 一抹の不安を抱えつつも、割引いた分のモラがカウンターへと置かれたのを確認すると。

 

「お疲れ編集長。帰り道には気を付けて」

「誰に言うておるのじゃ。……まあ、気持ちは素直に受け取っておくとしよう」

 

 暖簾を潜り、手をヒラヒラと振りながら神子の姿は夜闇の中へと溶けていった。

 

 予想外の来客が齎した嵐も過ぎ去り、漸く営業を終わらせられそうだ。気分は最悪だが。周囲を確認し、青年は今度こそ屋台を閉める。こうして、彼は一日大将としての依頼を無事に―――

 

「……ん? あれ、モラがない。……神子のヤツ、幻術を使ったな!? まさか最初からこうする気だったのかよちくしょー!」

 

 ―――無事に(?)達成するのであった。ちゃんちゃん。




オリ主:十割引きにさせられたクズ。彼の眼は幻術も見破れるが、常時発動でないため見事に引っ掛かった。下手な茶番も誤魔化しも、全部態とだったらしい……チッキショー!

八重神子:油揚げ大好き狐お姉さん。屋台を見つけたのは偶々。最後のはちょっとしたお遊びであり、バレたらバレたで素直に払うつもりだった。が、気付く気配が一向に無いためそのまま帰った。オマケにクズは秘密をバラされて散々だしで、今回は彼女の一人勝ちである。
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