稲妻ぐらし!   作:しろくろ

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社奉行だろうが関係ねぇ!でも兄セコムには注意な

 

 

「むぐむぐ……美味い、流石は木南亭だぜ。俺は料理上手な女の子は大好きでねェ……。杏奈ちゃん、ここは一つ俺とお付き合いを前提に」

「はいはい、馬鹿なこと言ってないで早く食べてね」

「つれないなぁ。でもそんなところも好きだ!」

 

 木南料亭。庶民的な味が人気の飯所である。そこで昼食を摂っていた男―――仁信は今日も今日とて女性を口説いていた。相手は店主の木南杏奈。

 

 しかしいくら顔面と根っこの人間性が良いとは言えど、相手は稲妻一のセクハラ男。真性クズだ。杏奈も真に受けることなく、料理の片手間にあしらっていた。流石は花見坂の住人、この馬鹿の扱いを熟知していた。

 

 平和な昼時の一幕。そこに、鈴を転がすような声がかかる。

  

「こんにちは。お隣よろしいですか?」

「ん? んぐ……綾華嬢じゃないか! 久しぶり」

「神里様! お久しぶりですね!」

「はい。お二人とも、お元気そうで何よりです」

 

 現れたのは社奉行神里家の令嬢、神里綾華。ペールブルーの髪を前立を模した髪飾りで一つに纏め、澄んだ瞳が美しい。袴と甲冑を混ぜたようなデザインの衣装を着こなしている。『容姿端麗』『品行方正』を地で行く少女であった。

 

「綾華嬢も昼飯かい? 隣ならいつでもウェルカムさ。ほらほら座った座った」

「神里様、ご注文は?」

「いつも通りでお願いします」

「分かりました!」

 

 彼女も仁信と同様に、木南亭の味を気に入っているお得意様。とは言え社奉行という幕府に仕える名家の人間故に平時は公務で忙しくしており、こうして町中に出て来ることは大変珍しい。

 

「そう言えば、トーマが貴方に依頼があるそうです。どうやら離島の方の商人会絡みで、どうもいざこざがあったらしく……」

「ありゃ、トーマが。コミュ強なアイツにしちゃ珍しい……オーケー、今日の仕事終わりにでも会いに行くよ」

「ええ、どうかお願いします」

「お待たせしました、ご注文の品です!」

「ありがとうございます、頂きますね」

 

 綾華の頼んだ料理が出来上がり、早速手をつけ始める。顔を綻ばせ、美味しそうに食べる綾華に店主の杏奈も嬉しそうである。

 

「そういや綾華嬢さ、最近休んでる? この前会った使用人の古田さんが心配してたよ」

「あら、そうなのですか? ですが近頃はあまり時間がなくて。今だって、家臣が気を利かせてくれたからここにいられ……あ」

「ほら、そうやって気ぃ使わせてるじゃん? もっと自分を大事にしなよって、俺結構言ってるよね」

「…………」

「なんとか他の皆には隠せてるけど、今だって疲労困憊なはずだ。忘れたかい? 俺の眼は誤魔化せないよ」

 

 黙り込む綾華。そうだった、目の前の男に大抵の隠し事は出来ないのだった。

 

 彼女も頭では分かっているのだ。だが、今や己は神里家の顔。いつからか呼ばれるようになった、『白鷺の姫君』の名に恥じない振る舞いを心懸けなくてはならないのだ。どんなに忙しくとも……。

 

「神里様、私も長い付き合いですから申し上げますが……もっとご自愛下さい。貴女の体は、貴女だけのものではないんですよ」

「ですが……」

「―――そこでだ。綾華嬢、俺の施術を受けてみる気はないか?」

「「?」」

 

 男の一言で、話が急転換した。

 

「どういうことでしょう?」

「綾華嬢、月並みな言葉だが『体は資本』だ。大切にしなきゃいけないが、そうも言ってられない……俺はそんな君の気持ちもよーく分かる」

 

 俺も夜通し重労働することあるし、と付け加える仁信。話がいまいち飲み込めない二人に、よく分かるように説明をする。

 

「そこで出て来るのが俺が独自に編み出した施術。紺田村や近所のジジババ共に評判のマッサージさ。アンケートの結果、コレを受けてから肩凝りや腰痛、頭痛が改善。更には快眠効果の実感や日々の作業能率が上がったとの報告を受けている」

「す、凄いですね……!」

 

 おお……と感嘆の声を漏らす女性二人。この男、いつの間にそんな技術を生み出していたのだろうか。思わず感心する綾華と杏奈。

 

「しかし、そのような素晴らしい施術を受けるとなると……幾ら必要でしょうか?」

「いいや、お代なんて必要ないさ。大切な友人なんだ、これぐらいサービスさせてくれ」

「仁信さん……」

 

 優しい顔で微笑む仁信。先程の軟派男と同一人物とは思えない豹変ぶりである。宵宮には金銭を要求していたのに、なんという掌の返し様か。正気を疑う。

 

 整った顔立ちから繰り出されるその表情に、年頃の少女らしく綾華はドキドキとときめいてしまっていた。

 

「あ、でも全身をマッサージするから……お尻とか胸触るけど許してね」

「え?」

 

 しかし突如放たれた言葉で、ピシリと場の空気に凍結反応。雲行きが怪しくなる。

 

「大丈夫大丈夫! あくまでも医療行為の一環。やましい気持ちとかはあんまりないから」

「ほ、本当ですか……?」

「騙されないで下さい! 仁信さんのことですから、絶対下心丸出しですよ! 現に、今あんまりって」

「おーっと! そこまでにしてもらおうか。全く、何を言い出すかと思えば……」

 

 お前が言うな。

 

「や、やはり遠慮しても……?」

「そうですよ。それぐらい、女性の家臣のどなたかにでもお任せすればいいじゃないですか。お若いんですから肩とか一部分だけでも」

「運動ってのは全身の筋肉を使ってるんだから、どこか一カ所を重点的にやっても対症療法にしかなんないぜ? やるなら全身を徹底的に解さないと」

「そう言って貴方が神里様にお触りしたいだけでしょ!」

「じ、仁信さん? それは……で、ですが……」

 

 食い下がる仁信と核心を突きつける杏奈、おろおろと困惑する綾華。場が混沌としてきた。だが悪いのが誰なのかは明白だろう。

 

「ですが……お、お尻とか胸は、時折触られてるではありませんかっ」

「ハ?」

「おっとぉ、風向きが変わったな」

 

 あやかは こんらん している! ▼

 

 顔を赤くしてトンデモない爆弾を投下する姫君。セクハラ魔人に虫ケラを見る目が突き刺さる。

 

「詳しく……説明して下さい。今、私は冷静さを欠こうとしています」

「でもアレは体術の修行でのことだよ?」

 

 ―――虫ケラ曰く。綾華とは時折、剣の手合わせをするそうだ。そしてその延長として、彼独自の体術を伝授している……らしい。

 

「無手での近接格闘を伝授する以上、組み手で身体的接触が生じるのは致し方ないことだろ? 偶然、そういうところに手が当たっちゃうことだってあるじゃん」

 

 当然嘘である。本当は狙ってやっている。

 

「疑わしい……というか、そういうの他の人に頼めないの?」

「いくら俺のが『子供からお年寄りまで、防犯からガチバトルまで』を売りにしている万能体術と言えど、師範代クラスまで修めるのは大変なんだ。その師範代クラスも今のところ綾華嬢ぐらいだし仕方なくないか?」

 

 あと純粋に綾華の戦闘力が高く、まともに闘える相手が少ないのもある。

 

 などとここまで散々言い訳をしてきたが、男の本性をよく分かっている人物からしたらセクハラ目的でしかないことぐらい容易に分かるだろう。

 

 世間知らずなところがある綾華も、流石にそこまで察しは悪くない。いくらトーマ以外に初めて出来た親しい友人で、格好良くて優しくて少し気になっている相手というフィルターがかかっていてもこればかりはどうしようもない。

 

 しかし諦めが悪いのがこの男。クズは分が悪いと判断するや否や、勢いで誤魔化すことにした。

 

「でも俺ばかりが悪い訳じゃないと思うんだー、うん! 綾華嬢も悪い! てか君がいけないと思う!」

「ええ!? わ、私ですか!?」

 

 唐突に矛先を向けられ、慌てふためく綾華。ここぞとばかりに畳み掛けようとする仁信。ゴミを見るような……否、ゴミを見る目そのものを向ける亭主。

 

「君の可愛さが俺を惑わすんだ! 俺の悪戯心を唆すんだ! くそぅ! これはもう、綾華嬢には責任を取ってもらうしか……」

「かわ……!? そ、それに責任って……」

「そりゃモチロン俺のとこに嫁入―――」

「おや、神里家へ婿に来て頂けると? 君なら歓迎しましょう」

 

 場の空気が……否、時間が止まった。そんな錯覚。

 

 ギギギ、と錆びついたマシナリーの如く声の方へ振り向くカス男。水元素を付与されたかの如く湿潤状態(冷や汗がダラダラ)である。声のする方には―――

 

「お兄様!?」

「ここここれは当主殿……こんな所で奇遇デスネ……」

「はい。見知った顔があったものですから……長らく会えていませんでしたし挨拶にと」

「は、ははは。これはこれはドウモ……」

 

 そこには神里家現当主、神里綾人がいた。優雅さを感じさせる、白を基調とした衣装。妹よりやや濃いブルーの髪に、整った顔立ちに口元の黒子が相まって何とも色香を漂わせている。

 

「君とこうして顔を交えるのもいつぶりでしょうか。いつも綾華が世話になっていますね」

「いやーとんでもない、こちらこそいつもお世話になっているというかなんというかハハハ……」

 

 穏やかそうに見える男性……その正体は未だ若くも、かつて窮地に立たされていた神里家を身一つで復興させた辣腕の持ち主だ。彼にかかれば仁信(ゴミ)など簡単に社会的に殺せるだろう……妹に手を出した性犯罪者として。

 

「君のことは高く評価しているんですよ? 人望に厚く顔が広い。仕事でも多方面で成果を出しており実力も申し分ない。何より君のその眼は強力な武器です」

「過分な評価な気もしますがねぇ……お気持ちは嬉しいですけども」

「そんなことはありません。私も仁信さんは立派なお人であると思っていますよ」

「ア、アリガトウ……ゴザイマス……」

 

 不味い。非常に不味い。何が不味いってとにかく不味い。今の仁信の気分は、碌にキャラが育っていないにも関わらず調子こいて世界ランクを上げすぎた初心者旅人の気分である。敵が強すぎる。勝てる訳がない。

 

「……うし、ご馳走様! 杏奈ちゃん、お代置いてくぜ。釣りはいらねぇ! んじゃ、お二人とも仕事があるのでワタクシめはこれにて失礼! アディオス!」

「え!? あっちょっと仁信さん! お代、流石に多すぎよー!」

 

 脱兎の如く駆けて行く仁信。『逃げるんだよォーッ』と言わんばかりのその後ろ姿に、綾人は少し残念そうだ。

 

「おやおや、行ってしまいましたか……まあいいでしょう。亭主、私にも綾華と同じものを」

「お兄様、公務の方は……?」

「一段落したから抜け出したんだ。私も一緒にいいかな」

「はい、勿論!」

 

 有耶無耶にはなってしまったが……こうして、妹の無事は兄によって守られたのであった。めでたしめでたし。




オリ主:権力には屈しないセクハラ魔人。ただし特定個人にはビビり散らかすし媚びも売る。かつてのお嬢には下心全開で声をかけたが、予想以上のピュア具合に当時は逆に尻込みしていた。

神里綾華:クズの毒牙に掛った憐れな被害者二号。才色兼備なお嬢様。トーマ以外に初めて友人(本性クズ)が出来た日は興奮で眠れなかったらしい。

神里綾人:同じく才色兼備なお兄様で今話のMVP。なお、本当に偶然見かけたから声かけただけ。クズが勝手に怯えているだけである。因みに彼は嘘を言っていない。

木南杏奈:木南亭亭主。この人も綾人お兄様並みのMVP。
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