稲妻ぐらし! 作:しろくろ
ある日の花見坂。大きな風呂敷に包まれた荷物を背負った青年―――仁信が民家の扉を叩いていた。
「よう! 注文の品、出来上がったぜ」
「おお、助かるな……旧式の方はどうすれば?」
「俺の方で回収する。素材とか内部の機構を再利用したいし」
「分かった。少し待っててくれ」
風呂敷から取り出したのは白い金属製の箱。蓋と太い管が付いている。
「待たせたな。……おお、コレが新作か?」
「その通り、日々のお洗濯を楽チンにするスーパーアイテムさ。……はい、コレ。使い方はあんま変わらんけど、取説な」
「いつもありがとう、家内も喜ぶ」
「俺は代金通りの仕事しただけだぜ。じゃ、またな」
別れを告げて依頼主の男性から似たフォルムの箱を引き取ると、帰路に着く。彼はこうして、生活を便利にする機械や娯楽用の玩具を発明しては個人的な取引を行っていた。
自宅に着き、先程回収した機械を早速分解しようとする……と、後ろから足音。
「ほう? 巷で噂の絡繰を作っておるのが汝だったとは。しかも随分と儲かっているとみた」
「!?」
続いて聞こえてきた蠱惑的な声に、全身を跳ねさせる仁信。馬鹿な。なんでこんな所に? いや、己の目で観測するまで本人とは断定できない! ただの幻聴かもしれない。最近仕事頑張ってるし。貴方、疲れているのよ―――
「これ、顔を妾へ向けよ。目を見て話さんか」
残念! 幻ではないようだ。逃げることはできない!
「や、八重宮司……ご機嫌麗しゅう……」
「どうした仁信、急に畏まりおって気味の悪い。可笑しなモノでも食べたか? それとも動揺しているのか?」
「い、いえ何も。動揺なんか……してませんヨ?」
「嘘なのが丸分かりじゃ。声が裏返っておるぞ」
シュレディンガーの狐は実在した。彼女は紛れもない本物である。
背後にいたのは八重神子。腰まで伸びた桜色の長髪に紫の瞳を持ち、脚部や肩周り、背中が大胆に露出した巫女服を着こなす美女である。古風な口調が特徴で、分かりづらいが狐耳の生えた妖狐である。
彼女はじと、とした目で仁信を見ている。組んだ腕がその豊満な胸を押し上げていた。
「偶には
「いやぁ宮司サマもお忙しいでしょうから、ねえ?」
「見ての通り暇じゃ。というか汝が知らぬ筈があるまい」
鳴神大社は稲妻の神事と霊的守護の中心地である。そこの長である宮司の職を務める神子だが、彼女は意外にも暇を持て余しているのであった。
「全く、この話をするのも飽きたぞ。良い加減教えて貰おうか? ここ数年、汝がその眼を使ってまで妾との接触を避けるのは何故じゃ」
「いぃやぁあそれは……なんと言うか、夢想刃狭間よりも深い訳があると言いますか……」
―――刹那仁信には様々な理由で苦手な人物が何人か存在する。先日の神里綾人然り……目の前の八重神子はその最たる者であった。
「怖がらずともよいのに……おお、なんと冷たき態度。氷スライムでももうちと温かろうに」
「俺のハートはホットホットしてるが。てか今日は何でこんなとこに?」
「言う気はないと? そうかそうか……ところで、その手癖の悪さは治っておらんようじゃな。
「ええ、そりゃもう。……あっ」
天誅。雷撃が男の体を貫いた。
「ハァ……妾は汝を助平小僧に育てた憶えはないのじゃがな」
「ケホ。そらお宅の教育方針が悪かったんでしょ……ごめんなさい嘘です、僕は元からこんなんでした!」
「尚更悪いわ」
「ギャー!」
取り出した御幣でバシンと頭を叩かれる。実に心地良い音が響いた。幼少の頃以来受けていなかった折檻を喰らって若干涙目の仁信。自業自得である。
「おっと、こんなことをしに汝を訪ねたのではないのだった。今日は汝に頼みがある。妾と来てもらおうか?」
「ええ……や、ヤダーッ……せめて依頼料を」
「何じゃ、意見か? ん?」
「ヒェ……ナンデモナイデス……」
嫌がり逃げようとする仁信を脅し、無理矢理引き摺って行く神子。お願いをしているのは神子側であるが、この二人の間には覆しようのない上下関係が存在している。仁信が神子に逆らうことは不可能なのであった。
◇ ◇ ◇
場所は変わって烏有亭。八重神子行きつけの居酒屋である。
「えー……と。この状況は?」
カウンター席には、鬼気迫る表情で筆を動かす者達。つまめるようにと出された料理は目も向けず、只管に何かを書いている。
「あやつらは我が八重堂のお抱え作家達。知った顔もいるであろう? 見ての通り、此処を貸し切って原稿を書かせておる。―――戻ったぞ。進捗は?」
「っ! へ、編集長」
「ああ、その、ああー……」
「アイデアが……アイデアが欲しい……」
「ん成程ぉ?」
驚き焦る者、やつれた顔の者、アイデア不足に苦しむ者、エトセトラエトセトラ……
神子は基本、暇を持て余している。そのため副業として、娯楽小説を出版する『八重堂』を起こした。編集長も務め、二足の草鞋を履いている。娯楽小説好きの彼女にとっては趣味と実益を兼ねたものである。
修羅場を迎えた作家陣の様子に、仁信も何かを察した。先程の質問の返事から推測するに、どうやら進捗は芳しくないようだ。
「この人達の手伝いをしろってこと? 担当の編集者さん達は?」
「編集者達は出版の準備を整えておる。原稿が完成し、諸々を済ませてからすぐに製本できるようにな」
神子はぐるりと辺りを見回すと。
「こやつらを見張るついでに手を貸してやれ。原稿の締め切りが迫っておると言うのに、全く……」
「えぇえ〜、マジぃ? ギリギリなのぉ?」
「マジもマジよ、大マジじゃ。八重堂の作家にあるまじき醜態よ」
「締め切りに間に合わせられないとか、作家としてどうなんですかぁ?」
「その上、あの手この手で期日を延ばそうとして必死こいてくる。何と無様なことか」
「おいおい、見損なったぜ……もうファンやめます」
「どうしてそんなに息ぴったりなんですかね!」
「……して……許して……」
打ち合わせなしで一糸乱れぬ連携を見せる二人。作家達を言葉の暴力でボコボコにしていく。缶詰状態の作家陣は涙目である。もうやめて! とっくに彼らのライフはゼロよ!
苦しむ書き手達の様子に、ニヤニヤと愉悦を隠しきれない神子。醸し出すSのオーラ。御愁傷様です。だが、締め切りに間に合わせて欲しいのも彼女の本心である。
「さて、妾はちと用を済ませてくる。くれぐれも頼むぞ。一緒になって逃げ出すなど……考えるなよ?」
「イエス、マム!」
「うむうむ。ではな」
再び烏有亭を後にする彼女を尻目に、パンパンと手を鳴らす。作家達の視線が仁信に集まる。
「さて、監督役とサポートを頼まれた訳だが! 厳しくいくぞー、ネタ出しとかは手伝ってやるから気張れよ! 原稿が終わらなかったり、逃げ出そうものなら……分かってるよな?」
怯えた目の作家陣。ぶるりと体を震わした彼らは、青年と目を合わせるとこくりと頷く。『当然、分かっている』と。そして目を見た瞬間、理解したのだ。自分達とあの青年は同類だと。―――仁信の目には、同じく怯えが浮かんでいた。
(ここでやらかそうものなら……俺が神子にシバかれる!)
自らの身の安全のため、彼らは作業を再開した。そして盛大なフラグが建ったことを、彼らはまだ知らない。
◇ ◇ ◇
打ち合わせを終えた神子は、作業場へと足を運んでいた。
(さて、どうなっていることやら。やる時はやる男じゃ、心配はしとらんが……)
扉を開け、店内へ入る。そこでは……
「オラッ、この駄目作家が! お前の発想力はその程度のモンだったのか!?」
「ぶひいいいい! ああイイ、そこ、そこだ! もう少しで革新的なアイデアが降りて来そうだ……!」
「僕もだ! ありがとう仁信、君がいなかったらどうなっていたことか……!」
「礼なんざいらねぇ! 締め切りのことだけ考えているんだな、この豚が!」
「ピギィ!」
「 」
絶句。百戦錬磨の狐お姉さんも、初めて見る光景に思考がショートしていた。
そこには地獄絵図が広がっていた。四つん這いになって突き出した
「ネタに困ったどうしようもない豚共よ! 案ずるな、俺がいる限りテメーらのケツを文字通り引っ叩いてやるからな! 俺にかかればツボを突いて無限のアイデアを湧かせることぐらい訳な……」
「―――この馬鹿者が!!」
―――大密法・天狐顕現(お仕置きver.)
「アバ———ッッッ!!?」
八重神子の
◇ ◇ ◇
「ほう、ほう……見事じゃ。うむ、これならヒットも間違いないじゃろう」
「ありがとうございます編集長!」
「よいよい。汝らもやれば出来るではないか」
「仁信が発破をかけてくれたお蔭ですよ。叩かれてからそれはもう執筆が捗って……!」
「…………」
その後。何とか原稿を完成させた彼らはホクホク顔で烏有亭を後にした。というより神子がさっさと帰した。妙に艶々としており気持ちが悪かったからである。
「……さて、何か申し開きはあるか?」
「俺は自分の役割を全うしただけなのに……」
「誰があのような地獄を生み出せと頼んだ」
そして元凶の青年、仁信がボロ雑巾のように打ち捨てられていた。その顔には不満がありありと浮かんでいる。
「全く、本当にこの悪餓鬼は……まあよい。報酬をくれてやろう。鳴神大社に戻るぞ」
「アイアイサー……」
稲妻城から遠く離れた神子の現住所にして、仁信のかつての実家。野を超え山を超えて長い階段を昇り、鳥居を潜って行く。ずんずんと進み、居住スペースまでやって来た二人。
(うわ懐かし。ガキの頃以来か?)
「ほれ。もうちと近寄るがよい」
「何だよ一体……うおっ」
ぼうっと突っ立っていた仁信を引き寄せると、妖術で体勢を崩し仰向けに。後頭部に柔らかな感触。
「膝枕、ですか……」
実質タダ働きでは? ボブは訝しんだ。
「此度の依頼料じゃ。極楽浄土の如き心地の妾の膝枕だぞ。良かったな、冥土の土産が出来て。安心して眠るがよい」
「いやそれ永眠しちゃってるー……って神子さんや殺さんといて?」
「八重神子流ジョークじゃ。面白かろ?」
「ハハハ」
「…………」
「イテテイテテテテテ、耳引っ張らないで!!」
「フン」
鼻を鳴らす神子。溜め息を一つ溢す。
「前から言ってやりたかったが、汝はその女癖の悪さを何時になったら改めるのじゃ」
「セクハラは俺のアイデンティティなんだよ。それに一線は超えてないからセーフ」
「アウトじゃアウト。くだらぬことを抜かすな阿呆め」
とうにアウトラインは跳び越えている。この男は大馬鹿であった。
もう何年もなかった二人きりの時間。空間には穏やかな雰囲気が流れていた。
「昔みたいに『お姉ちゃん』と呼んでくれてもよいのだぞ?」
「何時の話だよ……もうそんな歳じゃないし」
「恥ずかしがるな。いつも痴態を晒しておるのじゃ、今更であろう」
「なにおう……!?」
昔の話を持ち出され揶揄われる。青年の普段の様子からは想像できない場面であった。
そのまま話し込んでいると、程よい体温と柔らかさに眠気が誘われ始めた。
「ふぁぁ……やばい、超眠い……」
「仕方のない奴じゃ。特別に妾の膝で眠ることを許そう。死んでしまっても葬儀については心配するな」
「だから永眠させるなって……。…………」
「……寝たか。寝つきが良いのは赤子の頃から……否、もっと前からそうだったか?」
懐古の念に浸る神子。その瞳には何が映っているのだろうか。
「ふむ。汝の寝顔を見るのも何時ぶりであろうか」
一人ごちながら、青年の頭を撫でる。その手付きはとても柔らかいものだった。
(すっかり男前になりおって。性欲が強すぎるのはいただけぬがな。……どこで育て方を間違えたのやら)
呆れながらも、その顔には微かな笑みが浮かんでいた―――
オリ主:珍しく女性相手にセクハラをかまさなかった。ただし凄惨な現場を作り出してしまった。神子を避けるのは折檻が怖いから。悪いことしてる自覚があるならやめればいいのに……
八重神子:クズの育ての親。ただし本人の人格形成に悪影響を及ぼすような教育はしていない。クズが勝手にスケベに育っただけである。そりゃあんな格好してたらねぇ? やっぱ悪影響あったわコレ。
豚共:締め切り間際の作家陣。ネタ出しに困った彼らは再び、クズの元を訪れるであろう……