稲妻ぐらし! 作:しろくろ
「仁信、お前さんなぁ……いつか刺されるぞ」
「? えっと、それはどういう……」
「んんんんんそこのおっさんの戯言は気にしないでくれ! ……おっちゃん、折角の綾華嬢とのデートなんだから野暮なこと言わんといてよ」
「はあ。俺はどうなっても知らんからな」
祭り二日目。仁信は社奉行神里家の令嬢、綾華と祭りに繰り出していた。昨日は宵宮といたことを知る者達からすれば、女を取っ替え引っ替えしているようにしか見えなかった。
聞けば綾華は、今までこういった祭りに参加したことがないという。彼女とは数年来の友人であるが、確かに祭りに来ていたという話を聞いたことがなかった。何故疑問に思わなかったのだろうか―――いや、そんなことはこの際気にしない。
そのことを知った仁信は速攻アタック。始めは社奉行の公務などを理由に断られていた。だが諦めずにしつこく誘った結果、恥ずかしそうにしながらも何やら意を決したように了承してくれ……現在に至る。
「へっへっへ、綾華嬢の初めては俺が頂くぜ」
「ええ、私も初めての相手が仁信さんでとても嬉しいですよ」
「……なんか、ごめん……綾華嬢はそのままでいてね」
「……?」
先程声をかけてきた男性の屋台で飲み物を購入した二人は人混みの中を歩く。特に綾華はキョロキョロと辺りを物珍しそうに眺めている。
「どう? 初めての祭りは」
「そうですね……どれも私にとっては新鮮で目移りしてしまいます」
「一応俺のオススメに連れて行くけど、気になる屋台があったらすぐに言うんだよ」
「はい!」
綾華は民衆の人気者。言ってしまえば鳴神島のアイドル。そんな彼女が祭りに来ているというこの状況……当然、道行く人々や屋台連中からは次々と声をかけられていた。
「綾華様! ……と、なんだお前か」
「なんだとはなんだおめー」
「なんだやんのかお前」
「え、ええと喧嘩はよろしくないのでは……」
「ああ、すいません。我々も本気で喧嘩してる訳じゃないのでご心配なさらず」
「俺は本気でやってもいいんだぞ」
一方の仁信も色んな意味での有名人。そんな二人が並んで歩いているということは、多くの人々の関心と……少数の人々の不安を駆り立てていた。今しがた声をかけてきた男性も、若干心配になっている内の一人である。
「お前さ、いつか刺されるぞ本当に」
「シャラップ! 綾華嬢が勘違いしちゃうでしょ!」
「仁信さん、先程も同じことを言われていましたよね? もしや……誰かに命を狙われているのですか!?」
「ほら言わんこっちゃない!」
変な誤解をされる前に、何とか屋台の男の口を塞ごうとする仁信。しかし……
「コイツ、昨日は宵宮と来てたんですよ。あの長野原の」
「あああああ! 綾華嬢、ここには何も無さそうだから別の店行こうか! あと君は何も聞いていない、いいね!?」
焦った仁信は強引に綾華の手を引き、屋台の方から離れて行った。心なしか周囲の視線が痛い。
冷や汗をかく仁信に綾華は一言。
「……宵宮さんとも来ていたんですか?」
「ギクッ! ……あ、綾華嬢は今日しか空いてないって言ってたじゃん? 祭りは昨日からやってたけど君と行くから俺は二日目に参加するだけでいいかなーとか思ってたんだけど宵宮の方から誘ってくれたからまあ下見も兼ねとこうかなとか考えたりそれで……」
「分かっています。仁信さんは人気者ですから……私よりもご友人も多いですしそういう相手だっていますよね……」
寂しそうな、拗ねたような表情。クズは綾華にも宵宮にも大変失礼な言い訳をしていた。
このままではよろしくない。折角のデートが台無しだ。どうにかして気を逸らさねば。……クズはもう手遅れであることを自覚していなかった。
そして困った彼は、奥の手を使うことにした。
「綾華嬢、こっちこっち。ちょっと来てくれる?」
「? どうかなされましたか?」
手招きしたその先は、大通りから外れた人気のない路地裏。建物の陰に隠れたことを確認すると……
「―――綾華嬢」
「っ!?」
綾華の背を建物の壁に付けさせ、顔のすぐ側に手を着いた。所謂壁ドンである。
「確かに俺は、今年の祭りを既に別の人と回った。もしかしたら綾華嬢は、お互い新鮮な気持ちで回りたかったのかもしれないね。もし本当にそうだったのならごめんよ。でも、君との時間を待ち遠しくしていたのは本当なんだ」
「…………」
「心から君に楽しんでもらいたいと思って、一生懸命プランを練ってきたんだ。だって君は……俺の大切な人だから」
「仁信、さん……」
お得意の勢いで誤魔化す戦法が炸裂。クズはどこまでいこうとクズであった。
真剣な表情で真っ直ぐに見つめられ、恥ずかしさから頬を赤く染める綾華。……一瞬、覚悟を決めたような表情になると。
「分かり、ました……きっと
「……ん?」
どういうことだ、と聞き返す間も無く少女はそっと目を瞑った。自分より遥かに高い背丈の青年に合わせ、顔を上へと向ける。まるで何かを待っているかのようだ。
(え? 何何何その顔? ……嘘だろ、まさか誘ってんのかアレを!? いやいやいや確かに勢いでやっちゃった感はあるけど、綾華嬢も綾華嬢で勘違いが甚だしいぞ! 話が飛躍しすぎだろ! 待てよ。もしやこういう展開に密かな憧れがあったとか……?)
「…………」
(震えてんじゃん! 顔真っ赤だし滅茶苦茶恥ずかしがってんじゃん! てか本気なの? イっちゃっていいのか? いやソレは不味いってえええええ!)
「……あ、あの……まだ、でしょうか……」
(『まだ』!? おいおいおいマジかよ! コレってそういうことだよな!? 完全に準備オッケーってことだよな!? てか何でこんなことになってる!?)
内心パニックになる仁信。彼のヘタレな部分が、この状況に対する焦りを加速させていた。
理性が『手を出したらヤバいんじゃね?』『相手はあの神里の令嬢だぞ!』『考え直せ!』と警鐘をガンガン鳴らしている。
「ほ、本当に? 本当にいいんだよね?」
「……ですからそうだと……すいません、これ以上はもう私……」
「あああごめんごめんごめん! 今、俺も決心ついたから! ……い、いくぞ?」
―――もういいや。よく分からんが、後のことは後で考えよう。据え膳食わぬは男の恥。……クズは考えるのをやめた。
近づく互いの距離。青年が少女の肩に手を添えると、体がビクリと跳ねた。かつてない程高まる緊張感。
綾華はその緊張感から、思わず目を力強く瞑る。はっきりと感じる互いの吐息。二人には祭りの喧騒がやけに遠く感じていた。
人気のない路地裏。提灯の灯りに照らされ、二人の影が今、一つに―――
「キャアアア———!」
―――なろうとしたその瞬間。絹を裂くような悲鳴に正気に戻る二人。先程までのムードから一転、今度は違った意味での緊張感が走る。
「綾華嬢」
「ええ、参りましょう!」
二人は声の元へと駆け出した。
◇ ◇ ◇
「コラッ、暴れんじゃねぇ! コイツが見えねぇのか? 周りの奴も妙な真似はするなよ! この女が、ヒック、どうなっても知らないぞ!」
駆けつけた二人が目にしたのは、赤ら顔で女性の首元にナイフを突きつける男性。周囲にいた者達は、突然の事態と本物の凶器の出現に動揺していた。
「おいおい何だぁ? 折角の祭りの雰囲気をぶち壊しやがって」
「あ? ンだテメェ……チッ、女連れかよ。良いご身分だなあ!? ええ?」
「仁信さん、あの方は……」
「うん。ありゃあ完全に酒に呑まれてら」
本来ならすぐにでも同心達に来てほしいところ。だが天領奉行もきっと凡ゆるトラブルに対応しているため、今日ばかりは彼らの到着は遅れるだろう。
管轄外ではあるが、綾華は奉行家の者として。仁信は祭りに水を差す目の前の男に鉄槌を下すため。そして何より事態の収拾を図るべく、二人は現場へ介入する。
「何故このようなことを? 今日は特別な日で、折角のお祭りなのです。皆さんが楽しんでおられる中、貴方のソレは不適切な行為かと」
「ああ? 説教垂れやがって、ゥゥ……! 祭りだからってイチャコライチャコラ鬱陶しいんだよ!」
「いやあんたの逆恨みじゃねーか! 別に悪くないだろその人もカップルも! つか祭りはカップル以外の人口の方が多いだろ」
祭りの……というより祭りを楽しむカップルの雰囲気にやられて自棄酒に溺れた結果、この様な暴挙に出てしまったと推測される男性。……だが、いくら何でもやり過ぎだ。仁信は呆れを隠せなかった。
「うるせぇテメェが言っても説得力ないんだよ! いけ好かないツラしやがって、女が好きそうなその顔面で何人食ったんだよ!」
「ア!? ……ゼ、ゼロだわ! こちとらまだキスも済ませてない童貞だよ畜生!」
どういう訳か、仁信へ飛び火するという展開に。彼は見栄を張りたかったが、予想だにしない事態に面食らって正直に言ってしまった。
仁信は女性相手へのセクハラが絶えず、例え寝ている相手だろうと躊躇なく悪戯をする最低な男である。しかしギリギリのところでヘタレるタイプのスケベであるため、未だにそういった経験はないのだった。
「クッソ、何言わせてんだこの野郎! めちゃくちゃ恥ずかしいだろ! 大体、文句言いたいのはコッチもだよ! 言わせてもらうけどなぁさっきまでこの娘と良い感じだったんだよ!」
「えっ!? ああああの仁信さん、先程のことは……!」
そして綾華も巻き込まれてしまう。完全にとばっちりである。
「あともう少しでファーストキスが決まるところだったのに! お前みたいな酔っ払いの迷惑野郎のせいで台無しだよ!!」
「台無しにしてるのはお前だよ!! 場面をもっと考えろ!!」
「やめて……! もうやめて……!」
現場は逆ギレする仁信、正論を言い放つ酔っ払い、真っ赤になった顔を両の手で覆い隠す綾華の三つに分かれ混沌を極めていた。何だコレ。野次馬達は状況の理解を諦めた。
「カッチーン。あーもうあったまキたわ。許さん、許さんぞ! 覚悟しろコラァ!」
「ッ! おい、だから人質が見えねぇのかテメェ!」
我慢ならなくなった仁信は、実力行使だと言わんばかりに足を踏み出した。その手には雷元素を纏わせている。気付いた酔っ払いは怯えながら、ナイフの先を仁信の方へと向けた。
「く、来るな! 来るなよ! 分かったらさっさと戻……」
すると、仁信は何かに気付いたように。
「あ、天領奉行」
「何ッ!?」
彼は酔っ払いの後ろを指し、さも同心が到着したかのような反応をする。思わず酔っ払いは振り向くも―――そこには誰もいなかった。
「今!」
「―――ふっ!」
「!?
掛け声に合わせ綾華が扇子を一振りすると、冷気の塊が犯人目がけて飛んでいく。器用に刃物を持つ手のみに直撃すると、彼の手には過剰な冷感による鋭い痛みが走った。刃物を思わず手から放してしまう。
それを見た仁信はすかさず距離を詰める。人質の女性を引き剥がすと、男の胸元に手を添え……
「よくも恥かかせてくれたなこの野郎!」
「アババババババッ!?」
「お怪我はありませんか?」
「ええ、はい……ありがとうございます……」
「礼には及びません。よく耐えられましたね。貴女が無事で良かった」
優しく微笑む仁信。まるで物語の中から出て来たヒーローのようだ。誰だよお前。
紳士的なその振る舞いに、女性は胸の鼓動が高鳴った。先程まで醜態を晒していた人物とは到底思えない。
「現場は此処か!? 何があったか説明を頼みたい!」
「おっと、本物が来たな」
駆けつけた天領奉行の同心に綾華と二人で事情を説明し、犯人の連行と女性の保護を頼む。特に綾華がいたお蔭でスムーズに事が運び、その場で諸々が済んだ。同心や被害者女性は二人に感謝を述べて去って行った。
事が終わって、周囲から上がる称賛の声と拍手。気恥ずかしさから二人はすぐにでも離れたかった。
「さて、あと残り少ないけど……最後まで楽しもうか」
「はい、行きましょう!」
◇ ◇ ◇
「ふぃ〜、お疲れ様だ綾華嬢。それにしてもよくタイミングを合わせてくれた!」
「貴方に目線を送っていただけたから気付くことができました。私は手を貸しただけに過ぎません。中心となって解決したのは仁信さんだと思いますよ」
お互いの功績を労い合う二人。実はあの時の仁信は一歩踏み出した瞬間、綾華にアイコンタクトを送っていたのである。犯人の目線が元素を纏った腕へと向いていた隙を狙った彼らの作戦は、成功に終わった。
稲妻城から離れ、花見坂と紺田村を抜けて静かな夜道を歩く。仁信は綾華を屋敷へ送り届けるために同行していた。会話に花を咲かせながら、やがて神里屋敷が見えてくると。
「本日はありがとうございました。貴方のお蔭でとても楽しい時間を過ごせました」
「そんな……俺の方こそ礼を言わせてくれ。最終的に行くと決めてくれたのは君なんだから」
深くお辞儀をする少女。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「よし、今日はここまでってことで。また仕事か何かで会おう! それじゃまた」
「…………。……待って、下さい」
「ん? どしたの……」
踵を返し、自宅へ戻ろうとする青年の服の袖を控えめに掴み引き止める綾華。何事かと振り向く仁信―――瞬間、頬に柔らかな感触。
「!?!!?」
「で、では! 私はこれにて失礼します、おやすみなさい……!」
フリーズする青年を他所に、早足で屋敷へと戻って行く少女。その耳は暗闇でも分かる程赤く染まっていた。
「…………マジ?」
こうして、神里綾華の初めての祭りは幕を閉じたのだった。
オリ主:童貞が露呈したクズ。いざ事に及ぶとなるとビビり始めるチキン野郎。綾華相手には何かと勢いで誤魔化しがち。
神里綾華:社奉行神里家の令嬢。突然の事態に冷静さを失ってしまったことと、『八重堂の小説で読んだことある展開だ!』と想像を膨らませ思考があらぬ方向へ飛んだことによる結果あのような行動に出てしまったと思われる。本の読み過ぎである。