英雄と美姫の物語   作:ながしながされ

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聖王国編の映画がようやく3/26に出ますね。

※今回から私の悪ノリがひどいです。

前回のあらすじ
アインズ様「どれが武技なの!!習得できないし!」

追記;胃腸炎で推敲が甘くなっているかもしれません。


十三話『初の依頼』

 武技の習得は諦めてから数日後の朝、モモンとナーベは宿屋の部屋にいる。

 特に何かをする訳でもなく、適当に会話をしていた。その会話はいつもと同じような内容で、ナーベラルの装備をどのように入手したのかや、その装備の使い方とかだ。

 前に一度、かつての仲間たちとの冒険の話をしたこともあったのだが、あまり食いつきは良く無かったので、食いつきの良い、入手が大変だった装備についての話ばかりしている。

 特に、ナーベラルの装備を入手するために戦闘をして大量にPKをする羽目になった時の話など、顔を真っ赤にしたり、目を輝かせたりと、色んな表情で話を聞いていたりしていた。

 その反応が面白くて、アインズはたくさんそういった話を聞かせていたのだが、とうとう今日その話題も尽きてしまい、ナーベラルの装備の全てを話し終えてしまった。

 時計を見ると時刻はまだ08:00で、お昼に冒険者組合に呼ばれているのだが、まだまだ時間はある。アインズは次の話題でもしようかなと考えていると、ここでふと、アインズは気付いたことがあった。

 

 

「この宿、朝食付きじゃなかったか?」

 

 

「はい。そのように記憶しております」

 

 

 2人は今まで一度も朝食を食べていない。アインズはこの宿に自分で泊まったわけではなく、ナーベラルの部屋に転がり込んだだけだったため、サービスについては詳しくなかった。だから朝食があることもすっかり忘れていたのだ。

 

 

「じゃあ、朝ご飯を食べに行くぞ!」

 

 

「はっ!」

 

 

 気が付いてしまえば、流石に金がもったいないので、アインズとナーベラルは1階の食堂まで行く。

 すると食堂の入口でウェイターに話しかけられる。

 

 

「お部屋の鍵をお見せいただけますか?」

 

 

 恐らく部屋の鍵番号で朝食サービスがあるか否かがわかるのだろう。それによってはもしかしたらサービス内容も変わるのかもしれない。

 アインズは部屋の鍵を見せ、中に通してもらう。するとすぐさま別のウェイターが2人来て、席まで案内してくれる。

 今まで1度も朝食に来なかったことを不思議には思わないのだろうか?それとも不思議には思っていたけど、そんな態度は見せないようにしているだけなのだろうか?

 そんな疑問はあるが別にどうでもいいので、案内されるままウェイターについて行くと、4人がけのテーブルに案内され、2人分の椅子が引かれる。

 アインズはナーベラルが上座に座るのを待つ。しかし彼女は全く座る気配がない。

 あれ?こういう時って女性から座らせるんじゃなかったか?

 あやふやな記憶だが、確かそんなようなマナーがあったような気がするので、アインズはナーベラルにアイコンタクトで座るように指示を出す。

 

 

「いえ、しかしモモンさん。私が先に座るというのは──」

 

 

 ナーベラルが喋るのを手で制して、今度は顎で椅子に座るように促す。ナーベラルは諦めたように椅子に座り、それを確認した後、アインズもナーベラルの対面の椅子に座ると、彼女はすぐに立ち上がる。

 その行動を不思議に思い、もしかしてメイドだから後ろで立ったまま待機するつもりか?だから座りたく無かったのか?と思ったアインズだが、ナーベラルはアインズの心配をよそに、アインズの隣の席まで移動して来て、その椅子に座る。

 えっ?どういうことだ?もしかしたらメイドは一緒に座る時は隣じゃないといけないみたいなマナーなのか?だからずっと隣に座りたがるのか…?

 アインズはそういうマナーには詳しくないので、ナーベラルはそれに従っているのではないかと推察するが、そもそもメイドは主人と一緒に座ることはないし、隣な訳もない。これは単純にナーベラルが隣に座りたいだけ、ということをアインズは知らないのだ。

 

 ナーベラルが隣に座った後、ウェイターは隣に座ったナーベラルに対して特に何も顔に出すことはなく、メニューを渡してくる。

 

 

「お飲み物はいかがなさいますか?」

 

 

 ウェイターもこの態度なのだし、恐らくナーベラルの行為はマナー違反ではないのだろう。

 アインズは安心して、渡されたメニューに目を落とす。が、全く読めない。 それを悟られたくもないアインズは時間稼ぎの意味も込めて、隣のナーベラルにもそのメニューを見せる。

 

 

「どうするナーベ?」

 

 

「モモンさんにお任せします」

 

 

 うん。全く意味がなかった。

 お任せも何もメニューが読めないんだ。何を頼めば良いかなんてわかるはずがない。

 悩んだ挙句、アインズはウェイターの方に顔を向けて──

 

 

「な、何かオススメの飲み物はありますか?」

 

 

 全てを丸投げした。

 そんな様子にウェイターはにこやかに笑い「でしたら、アイスマキャティアはいかがでしょうか?」と言ってくる。

 何だそれ?

 アインズには全く持って知らない飲み物だったので、それが表情にも出てしまったのか、ウェイターは説明をし、「アイスマキャティアはカフェラテに良く似た飲み物で、砂糖やシロップの代わりに練乳を使ったものでして、当店でも人気のお飲み物でございます」

 

 

「で、ではそれでお願いします」

 

 

「かしこまりました」

 

 

 カフェラテと似ているのであれば、変な飲み物ではないだろう。それにこれ以上世間知らずなところを見せる訳にもいかないと考えたアインズはその飲み物を頼むと、ナーベラルはウェイターに聞こえやすいように少しだけ身を傾けて、更に注文をつける。

 

 

「あ、私の分はミルク多めでお願いします」

 

 

 ウェイターはそれを聞いて再び「かしこまりました」と言って、一瞥したあと離れていく。

 アインズは彼女のその注文に呆気を取られ、ぼーっとナーベラルを見てしまう。

 

 

「どうかされましたかモモンさん?」

 

 

 そのアインズの様子を不思議に思ったのか、ナーベラルは心配するような口調で問いかける。

 

 

「あ、いや。ミルク多めで注文するのが何だか可愛らしいなと思って」

 

 

 アインズは何も考えず、つい本心を言ってしまう。

 その発言にナーベラルは体をピタッと硬直させ、目を見開きアインズを見つめる。そうして少しの間固まっていたが、ついに口を開く。

 

 

「で、でしたら今後はもっとミルクを入れようと思います」

 

 

 え?そういう話か?ミルクをたくさん入れれば入れるほど可愛いって話しではないのだが…。

 

 

「い、いや、それはしなくて良いんじゃないか?ミルクの量で可愛さなんて変わらないだろ」

 

 

 アインズの発言のすぐ後に、ガタッという音がする。ナーベラルはその発言に反応して膝をテーブルにぶつけたのだ。そして再びナーベラルは固まり、みるみる顔が赤くなっていく。そして少しだけ顔を逸らしながら、恐る恐ると言った感じでアインズに目だけを向ける。

 

 

「そ、それはつまり、私がか、可愛い、ということ、でしょうか?」

 

 

 えっ?

 アインズも彼女と同じように一瞬固まる。

 しかし自分の発言を思い出していくと、そういうことになる──というか、初めからアインズはそう言っている。

 アインズにとって、ミルクを入れる人は全員可愛いのかと聞かれればそんなことはもちろんない。

 アインズは普段の彼女の姿を知っており、いつも人間どもを鋭い目つきで見ていて、たまにポンコツだが、基本的にはクールな印象だ。オシャレをしたいから服が欲しいとか、アクセサリーが欲しいとかをねだって来たこともなく、失礼だとは思うが、今まで女の子らしい一面はあまり見た事がない。

 そんな彼女が、自分から人間に話しかけて、しかもカフェラテのような飲み物のミルク多め、という可愛らしい注文をするものだから、アインズはついついナーベラルを可愛いと言ってしまったのだ。

 つまり最初からアインズは「ナーベラルが可愛い」と言っているということになる。

 

 アインズはその事に気が付いてしまい、一気に恥ずかしさが押し寄せて来る。しかもナーベラルの問いかけを認めて、本人にそれを伝えないといけないのだ。

 一度目は伝えられた、しかしそれは何も考えず本心を伝えた結果で、改まって、しかもその事実を意識しながら言わないといけないとなるとかなり恥ずかしい。

 そのせいでアインズも顔が熱くなっていくのを感じる。そして彼女だけに伝わるよう、小さな声で言葉を発した。

 

 

「そ、そうだ」

 

 

 たった一言しか言えなかった。

 それでもナーベラルは更に顔を赤くする。何かを言おうと口を動かしてはいるが、彼女から言葉が発せられることはなく、そのまま無言で頭を下げた。

 

 そして、そこから勘違いが始まる。

 

 無言で頭を下げたナーベラルを、アインズは頭を撫でて欲しいのだと勘違いをする。

 彼女は普段から、人目も憚らず頭を撫でろと催促してくる傾向があり、そしてそのタイミングはよくわからない。つまり、まだ朝ごはんを取りにも行けていない状態でも、他に客がいる状態でも、お構いなしに頭を撫でて欲しがる可能性がある。

 アインズはそれに関しては既に諦めており、周りにいくら人がいようと、変なタイミングであろうと、頭を撫でてあげる。断った時に彼女がどんな顔をするのかは想像に難くなく、それを見たくないからだ。

 アインズはそっとナーベラルの頭に手を置くと、彼女は少しだけ体をビクッとさせ驚いたようだった。それを少しだけ不思議に思いながら、頭を撫で始める。

 

 アインズは周りの客がこちらを見ているのはわかっている。というかここに来た時から見られていた。

 漆黒の英雄と美姫が初めて朝食会場に来たのだ。見ない訳がない。しかも席に座ったかと思えば、美姫ナーベの方はわざわざ英雄モモンの隣に座り直している。その後2人が何をするのか、見逃す人間がいるだろうか。それを見るために、わざわざ飲み物を頼んで食堂に残っている人もいるくらいだ。見逃すわけがない。

 会話までは聞こえなくとも、2人が何だかいつもの雰囲気ではない事を周りの客は察している。急に美姫ナーベの顔が赤くなったり、今度は英雄モモンの顔が赤くなったりして、見ているだけで面白すぎる。

 

 そして何より、あの2人──共にこの上ない美貌──がそういう顔をするのは、決まって2人が会話をしている時だけだ。周りには絶対に向けられることのない顔が、2人の会話中であればその顔が飛び交いまくる。

 自分に向けてくれている顔ではなくとも、その顔を見るだけで一見の価値がある、とエ・ランテル中で言われており、特に英雄モモンが美姫ナーベの頭を撫でているのを見かけた者は、家族や友人にそれを自慢し、詳しい話を求める者が多発する始末だ。

 しかしそれも仕方がない。この上ない美しさをもつ2人、モモンの照れ顔とナーベの嬉しそうな顔が両方同時に見られるのだ。そんなの自慢したくもなるし、それが羨ましくてもっと話を聞きたくもなる。いつ、どこで、どんなシチュエーションだったのかを詳しく聞いては、今度は自分がそれを見る、という決意をする市民などそこらかしこにいる。

 そして、それを見た人間はモモンかナーベに恋心を抱くということも多々あるが、それでもモモンとナーベに近寄る人間など最近では皆無である。

 

 それは2人の関係性が所以であり、男女の関係、という人もいれば、本当にただの仲間だけど両想い、もしかしたら主従関係で大っぴらにできない、という声があり、そのどれだとしても、見ている方が好きだと言う人間が大多数だ。

 ちなみに2人の関係性について1番有力視されているのは、本当にただの仲間だけど両想い、という意見だ。男女関係ならやけにスキンシップが少ないし、主従関係だとしたら逆に距離が近すぎる。

 それでもどちらかの片想いという意見や、どちらも恋愛感情はない、という意見は1つもなかったりする。

 その理由はやはり2人で会話をしている時とそうでない時の顔だ。特に美姫ナーベなど、誰かに話しかけられても表情は微動だにしないどころか、どこか冷たい目をしており、モモンの方も丁寧には対応してくれるが、表情を変えることはない。

 だが今の2人は違う。今日のモモンは過去1と言って良いほど表情がいつもと違い、顔を少し赤らめながら、優しい目と優しい手つきでナーベの頭を撫でている。ナーベの方は顔を下に向けていて表情は周りの人には窺い知れないが、耳まで赤くなっているのがわかる。

 これでお互い何も感じていない、なんてことはないだろう。

 

 アインズはそんな事を思われているとは知らないまま、ナーベラルの頭を少しだけ撫でた後、手を離し、彼女のシュンとした顔を見届けたのち、まだ何も食べていないがこの場から早く離れたくなる。

 流石に今日は見られすぎだ。いつもであればチラチラこちらを見て、あまりバレないようにしている人が多いはずなのだが、今日に至ってはかなりガン見されていた。

 ウェイターまでガン見していたぞ…。

 そもそもがナーベラルに可愛いと言って恥ずかしかったのに、ここまで周りからもガン見されてしまえば恥ずかしすぎてどこかの穴に入りたい。

 アインズは顔を赤くしながら、ナーベラルから顔を逸らし、彼女を横目で見ると、耳はまだ赤いが先程のシュンとした顔から今度は満足そうな顔をしており、その顔が見られたのであればいいか、とアインズも少し満足する。

 そしてお互い無言のままでいると、ウェイターがこちらにやって来る。

 

 

「お待たせしました、アイスマキャティアでございます」

 

 

 ウェイターはそう言い、2人分のアイスマキャティアがテーブルに置かれる。随分とタイミングが良いが、恐らく頭を撫でている間は邪魔しないように持って来なかったのだろう。その証拠にウェイターの顔は少しニヤニヤしているように見える。どう見ても仕事用スマイルではない。恥ずかしさと戦いながらアインズが頭を撫でる姿を見て笑っているのだろう。

 そのニヤケ顔の男は飲み物をテーブルに置いた後はそそくさとこの場から去っていき、少しばかりその態度がウザい。

 

 いや、でも俺も食堂で頭を撫でている人がいれば見ちゃうだろうし、そこに飲み物を届けるってならば少しニヤつくかもしれないししょうがないよな。

 

 ほんのちょっぴりだけウェイターを心の中で擁護した後、アインズは飲み物に口をつける。

 その味は確かにカフェラテに似ているが、練乳なだけあってやはり甘さの種類が違う。そして飲み込むと、口の中にはその練乳の味が残り、喉に少纏わりつくような感じがして、ちょっとだけ苦手かもしれない。

 ただ不味いという訳ではなく、全体的には美味しいと思う。

 隣を見るとナーベラルもアイスマキャティアを一口飲んでおり、アインズは感想を共有する。

 

 

「どうだナーベ?美味しいか?」

 

 

「カフェラテというより、カフェ・シェケラートに似ておりますね。練乳が残るのが嫌な感じがしますが、悪くはないかと」

 

 

 シェ、シェケラート?何だそれ?

 それも知らない飲み物だが、ナーベラルは自分と同じような感想だったらしく、やはり練乳が嫌な感じがするようだ。

 

 

「そうだな。私も同じような感想だ。…ところで、カフェ・シェケラートとは一体どういう飲み物なんだ?」

 

 

 同意した後、素直にナーベラルにシェケラートについて聞いてみることにすると、ナーベラルは首を傾げて不思議そうな顔をする。え?知らないの?みたいに思っているのだろう。

 …シェケラートってそんなに有名な飲み物なのか?

 一瞬この世界限定の飲み物なのかもとも思ったのだが、ナーベラルとは一緒に行動しているがそんな飲み物を知る機会など無かったので、もしかしたら現実にもある飲み物なのかもしれない。もしくはユグドラシルにあったのかもしれないが、アインズはアンデッドだったので、バフのかかる食事や飲み物ならある程度は知ってはいるが、何の効果もない食べ物や飲み物に関しての知識はほぼ皆無である。

 

 

「私は今はこの姿だから食べられるし飲めもするが、実際にはできなかったのでな。あまりそういうのには詳しくないんだ」

 

 

「なるほど。大変失礼致しました」

 

 

 ナーベラルは頭を下げて謝罪した後、説明を始める。

 

 

「カフェ・シェケラートはエスプレッソに砂糖かシロップを入れた後に、氷などを入れてカクテルのように振り、泡立たせた飲み物でございます。シロップをナッツ系やハーブ系、フルーツ系などの風味のついたものにする事で、色々な種類のシェケラートがあり、ミルクの量を調整する事でまた違った味わいになることもあります」

 

 

「なるほどな、美味しそうだな。材料があればナーベはそれを作ることはできるのか?」

 

 

「いえ、申し訳ありませんが、職業(クラス)の関係上作ることはできないかと。コーヒーや紅茶などであれば淹れることはできるのですが」

 

 

「そうか、それは残念だ」

 

 

「申し訳ございません」

 

 

 どういった基準なのかはわからないが、ナーベラルがそう言うのであればシェケラートというのは本当に作れないのだろう。少し飲んでみたかったが、そのシェケラートとやらにこのマキャティアというのは似ているらしいし、これで我慢するしかない。

 彼女の話によれば、シロップの風味で味も変えられるらしいし、後でマキャティアで試してみようか。そういえばミルクの量でも味が変わるとかも言っていたし、ナーベラルの方の味はどうなっているのだろうか。

 

 

「ナーベのはミルクの量が多いんだったか?」

 

 

「はい。お飲みになられますか?」

 

 

「…えっ?」

 

 

「──?あっ…いえ、そういうことではなく、あの…あ、新しくミルク多めもお頼みになられますか?」

 

 

「あ、ああ、そういうことか。いや…大丈夫だ。それは後で頼む事にしよう」

 

 

「か、かしこまりました」

 

 

 びっくりしたああ!!いや確かに、飲み物シェアしてたギルメン(同性同士)もいたし、アンデッドだったからその輪に加われないのは少し寂しいと感じたこともあったけど、ナーベのは貰ったらダメだろ!

 

 元々かなり恥ずかしい状態であったのに、更にそんなことまでしてしまえば恐らく心臓が破裂して、レジストもできることなく即死だっただろう。

 それに関してはモモンはかなり運が良かったと言える。

 

 そのまま2人は黙り込んでしまい、飲み物を飲み終わると、朝食を食べに来たはずにも関わらず、何も食べずにそそくさと食堂を後にする。そしてお昼になるまで、部屋でこの国の言葉を勉強して過ごすのだった。

 

 

 約束の時間、モモンとナーベは冒険者組合を訪れ、組合長室に入室する。

 

 

「やあやあ、よく来てくれたモモンくん、ナーベ嬢も。どうぞ座ってくれたまえ。」

 

 

 アインザックはやけに親しげに話しかけてくる。その隣には依頼を受ける時に何度か顔を合わせたことのある魔術師組合組合長テオ・ラケシルの姿もあった。

 

 

「さあさあ、遠慮せずに。モモン殿、ナーベ嬢、どうぞ上座に」

 

 

 ラケシルもアインザックの言葉に続いて椅子を勧めてくる。なぜかラケシルはとても丁寧な言い方だ。モモンは「組合長二人を差し置いて上座に座るのは」と断ろうとするのだが、既にナーベがさも当たり前だというように椅子の方に移動しており、モモンの椅子まで引いて待機しているので、仕方なく椅子に座ると、ラケシルが飲み物を勧めてくる。

 

 

「い、いえ飲み物は大丈夫です」

 

 

 アインズは朝の件があるので、飲み物はしばらく飲みたくない。

 それに残念そうにするアインザックとラケシルの様子を見て、ここに来た時からの2人の態度がおかしい理由がなんとなくわかった。

 

 相当面倒な依頼をするつもりだ。

 

 それに気づいたモモンは心して、早速その依頼内容について尋ねてみる。

 その依頼内容は、北に広がるトブの大森林にどんな病でも治せるという薬草があり、それの入手をして欲しいというかなり単純な依頼であった。

 しかし──とアインザックは続ける。この依頼は非常に困難な依頼であり、準備に時間をかけても構わないと。

 

 生息地が不明だからここまで言うのだろうか、という疑問を投げかけると、生息地は既に判明しているらしく、ますます何故この依頼が非常に困難なのかがわからない。

 そんな様子を察したのか、アインザックはこの依頼の厄介な点を話し始める。

 

 この依頼を最後に達成したのは三十年前の今は引退しているアダマンタイト級冒険者チームのみで、それもミスリル級の冒険者チーム二つを引き連れてやっとというレベルだったらしい。なので、漆黒にも冒険者チームを同行させる予定だと言う──が、それを聞いてモモンは考える。

 

 この世界はまだ未知な部分が多い。その薬草の採取の時に恐らく強大な敵がいるのは確定だろう。名声を高めるという目的のために、同行者を付けてそれを目撃してもらうのはアリか?いや最悪このモモンの姿では対処できない可能性もある。それを他の者に見られるのもマズいし、むしろ一人で依頼を達成した方が名声は高まるかもしれない。ならば、ここは傲慢な態度で一人で請け負うべきだ。

 

 

「問題はない、同行者も必要はない。まだ溜まっている仕事もあるので、そちらはナーベに任せて、私一人で請け負いましょう。」

 

 

 その言葉を聞いて、アインザックとラケシルは驚愕の表情を見せる。本当に言っているのか、といった顔だ。

 

 

「なりません!モモンさ──ん」

 

 

 いやナーベが答えるかい!

 思わぬところから拒否されて少し驚くモモン。

 今までの依頼は全てナーベと共に達成してきた。一人行動するのは初だと言える。ナーベにしてみれば、そのような危険なところにモモンを一人で行かせる訳にはいかないのだろう。危険でなくても一人で行かせるなんてことはしないと思うが。

 

 

「え、いや、ナーベ。今私たちには請け負っている依頼もある。それはどうするつもり──」

 

 

「いやモモンくん、それはあとででも構わない。せめてナーベ嬢だけでも連れて行ってくれないか?」

 

 

 今度はアインザックもナーベの味方をしてしまう。その隣でラケシルも、うんうん、と頷いており、孤軍奮闘も虚しくモモンは渋々ナーベと共に依頼を受けることに決めた。アインザックはそれを見て安心するのだが、それでも二人だけなのだ。どうするつもりなのか──モモンに聞く。

 するとモモンはおもむろに懐に手を伸ばして、魔封じの水晶を取り出す。

 

 

「この魔封じの水晶には第八位階魔法が込められている。これで問題はない──ということはお分かりいただけますね?」

 

 

 アインザックとラケシルは今日二度目の驚愕をする。ラケシルに至ってはよだれを垂らしながら、それを見せろ!とベロベロ水晶を舐め始める騒ぎだ。モモンはそれを取り上げ、アインザックもそれを叱責する。水晶を取られ、叱責されたこともあり、未だにまだ興奮気味だがやや正気が戻ってきたので続きの話を始める。

 モモンは──森の賢王もいるから森の踏破も容易いし、第八位階魔法もある、そしてナーベも付いてくると言うのならば飛行(フライ)や転移で逃げ帰ることも可能なので、最悪命を落とすことだけはないと2人に語る。

 2人はそれに納得して、更なる詳しい内容を話し始め、その内容を聞き終えたモモンは、組合を出ていく。

 

 モモンとナーベは今回の依頼は絶対に泊まりがけとなるので、野営道具を買いに、ある店に来ていた。

 本来であれば野営などしなくても大丈夫なのだが、モモンは漆黒の剣と共にした野営がとても楽しかったので、今回はナーベとハムスケしかいなくなってしまったが、それでも野営をするべく張り切っている。

 店の中を周りいろんな野営道具を見ると割と高い。そもそもアイテムボックスにも野営道具は入っているから、野営道具を買う必要すらないはずなのだが、これはモモンの拘りで、せっかく異世界の野営をするなら異世界の道具を使いたい。

 アダマンタイト級である漆黒はかなりの量のお金を持っているはずだが、これもモモンの性格で、なるべく安く抑えたいということで、二人用野営セットと書かれている、なるべく安いやつを買うのだった。

 

 買い物を全て済ませて、宿屋に泊まりがけの依頼があるからと宿泊をキャンセルしてから、ハムスケとナーベを連れてエ・ランテルを出て行く。

 

 

「殿!某の背中には乗らないのでござるか?」

 

 

 なんやかんや数日振りに会うハムスケは、モモンに背中に乗ってもらいたそうなのだが、今はまだエ・ランテルを出たばかりで人に見られると恥ずかしいのでそれを断り「森に着いたらな」と伝える。

 2人と1匹は依頼されたところへ向かうと、カルネ村が見えてくる。前に見た時よりも周りを取り囲む壁が立派になっている。エンリが呼び出したゴブリンたちが頑張っているのだろう。リイジーとンフィーレアもカルネ村に引っ越すそうだ。

 前にリイジーに頼んだ情報や知識を貰うお返しに、ユグドラシルのポーションをあげたら、それをなんとしても解析しようと研究に明け暮れるべく、エ・ランテルの店は閉めてしまうらしい。ンフィーレアも失明したままなので、営業を続けるのは困難なのだろう。

 今回は特にカルネ村に用はないモモンはそのまま通り過ぎていく。その後森の近くまで来たのでハムスケの背に乗る。

 

 

「奥方殿は乗らなくても良いのでござるか?」

 

 

「そうだナーベ、お前も乗れ」

 

 

 ハムスケに同意して、モモンはナーベの手を取り、後ろに乗せる。ちなみにハムスケの言う「奥方」とはナーベのことで、モモンは訂正しようとはしたのだが、ハムスケは聞く耳を持たないので最早何も言わない。

 ナーベは少し躊躇いながら、ハムスケに乗りモモンの腰に手を回す。

 

 

「よし、ハムスケ。ここからはお前が頼りだ。案内頼んだぞ!」

 

 

 ナーベが乗ったのを確認して、モモンはハムスケにそう言った。

 モモンとナーベの2人とも道がわかるような魔法はないし、スキルもない。地図もかなり前のものだ。正直言って、森の中に入ればどっちがどっちなのか分からなくなるだろう。その為のハムスケだ。

 

 

「殿〜!!任せるでござるよ!この忠臣ハムスケ、殿の期待に答えるでござる!!──と言いたいところでござるが、某のかつての縄張りから離れたところでは某も自信はあまりないでござる」

 

 

 途中から申し訳なさそうに言うハムスケだったが、それはモモンにも分かりきっていた事なので責めることはしない。正確な位置は分からなくとも、方角さえわかればそのうち辿り着けるはずだし、ハムスケがいれば森の中でもそれなりの方角は分かってくれる…はず。

 

 

 それからしばらくハムスケに揺られていると、辺りは暗くなってきて、ハムスケにも疲れが見え始めたので今日のところはここまでにし、野営をすることに決める。

 しかし、ここは一体どこなのだろうか。ハムスケに聞いても、方角は間違っていないはずだが、どこだかは分からない、と言っているのでまだ完全に迷った訳ではないだろう。近くに開けたところはないか探してみると、テント一つくらいであればギリギリ建てられそうな場所を見つけて、そこに移動し、ナーベとハムスケを労う。

 

 

「さてハムスケ、ナーベご苦労だった。今日はここを野営地に決める!ナーベ、お前に命令だ──テントを建てるぞ!!」

 

 

「はっ!お任せください。」

 

 

 やる気充分のナーベに、うむ、とモモンは満足そうに頷き、早速テントの設置に取り掛かる。

 

 テントの設置は困難を極めた。杭を打つところまでは良かったのだが、骨組みがうまく形にならない。大体の構造は頭では理解している。それが理論上可能だということも。しかし実行ができない、ポールを対角線に伸ばせないのだ。一度無理矢理組もうとした時にポールが吹っ飛んで行った時には、ナーベは口を押さえてしばらく笑っていた。つられてモモンも笑い出してしまい、余計時間がかかるということもあったのだが、単純に使うパーツが違っただけということに気が付いてからは、今までの苦労はなんだったのか、すぐにテントの設置は終わった。かかった時間は一時間半である。その間ハムスケには薪を集めてもらっていた。

 ナーベもモモンも料理ができる職業(クラス)ではないので、火を起こしても料理はできないが雰囲気の為に火を起こす。

 

 そしてセットについてきたほかの道具をみると、料理道具は使わないからいいとして、横長の椅子が一つあるだけだった。安物だから仕方ないか、とモモンその椅子に座る。ナーベはその様子を立ったまま見ているので、ナーベも座れと言うと、隣に座ろうとするのだが、鎧が嵩張りすぎてとてもじゃないが座れるスペースがないことに気付く。というか、鎧がなくても二人で座るのはギリギリくらいの大きさのように思える。やっぱり待ってくれ、とナーベに言い、新たにシートを敷き、二人してそこに座り、ようやく落ち着くことができた。

 

 

「ハムスケ、近くに敵はいないか?」

 

 

 ハムスケに問いかけると、今のところはいないと言われたので、一先ずは安心できるだろう。

 そういえば、とモモンは立ち上がり、それを見たナーベも立ち上がる。テントを建てたはいいものの、まだ中に入っていなかったのだ。

 しかし、テントに入るにはやはり鎧が嵩張ってしょうがない、近くに敵がいないとは言われたものの、いきなり誰か来る可能性もあるので、足輪を使って人間の姿になり、鎧を消す。そしてその後に再びテントの中に入る。

 テントの中の感想を一言で言うのなら、狭すぎる。別にモモンもナーベも寝る訳ではないのだが、もし寝るとなったら足は伸ばして寝られないだろう。とてもじゃないが、二人でテントの中に入るのは無理だ。

 安物買いの銭失いとはこのことだな。

 モモンはテントを出て、結局野営らしいことはできないと知ったモモンは明日からはグリーンシークレットハウスを使うことに決める。今日はもうグリーンシークレットハウスを建てられる場所を探すのも面倒なので、このまま夜を明かすつもりだ。

 

 

「さて、ナーベ。見張りは私がやるから、ナーベはテントの中で休んでてくれ」

 

 

 モモンはナーベならあのテント内でもそこまで狭くはないだろうと考えて、ナーベにテントを勧める。

 

 

「いえ、モモンさん。私が見張りを致しますので、どうか御身がお休みになられてください」

 

 

 モモンの思惑も虚しく、ナーベは断る。しかしせめてテントだけでも有効活用したいモモンは譲らない。

 

 

「いや、ナーベ。お前は私によく尽くしてくれている。このぐらいの事は聞いてくれないか?」

 

 

 ナーベは基本的には命令には忠実だが、こういった時は命令に決して首を縦には振らない。モモン、いやアインズを守る者がナーベラルただ一人しかいないこの状況だ、他にも守護者やシモベがいるのであれば、ナーベラルも頷いたかもしれないが、今回に限ってそれはない。

 

 

「お待ちを、アインズ様。もし御身が見張りをなさっている最中にもしものことがあれば、私が盾となって死ぬことができません。どうか御再考を!!」

 

 

 ナーベは必死に訴えかけてくる。流石のモモンもこれだけ訴えられてしまえば、否と言えるはずもないのだが、それよりも「自害」と並んで聞き捨てならない言葉を発したナーベの方が気になる。

 

 

「分かったよ。私一人で見張りをするのはやめよう」

 

 

 とりあえずはナーベの言に従い、彼女は安心したような表情を見せ、その場で膝を付く。

 

 

「ありがとうございます。アインズ様、愚かな私の──」

 

 

「しかし、見張りは私もしよう」

 

 

 ナーベが言い終わる前にモモンはそう言った。

 膝をついているナーベの手を取り「まあ座ろうか」と言って手は握ったまま二人して椅子に座る。

 

 

「さっきお前は『盾になって死ぬことができない』と言ったな。頼むからそんな事は二度と言わないでくれ。私を守ってお前が死ぬなど、そんなのは見たくない」

 

 

「しかしモモンさん、そうは仰いますが──」

 

 

「そうなると俺が困るんだ」

 

 

 ナーベが言い終わるよりも早く、モモンはそう言って彼女の手を握りしめる。

 

 ナーベラルにとってアインズが最後の主人であれば、アインズにとってもナーベラルが最後のユグドラシルの思い出だ。

 この先ナザリックが見つかるかどうかは分からない。いや、見つからない可能性が高いだろう。

 

 正直なところ、モモンはこの世界に仲間がいるかもしれない、という願いにはあまり期待していない。もしいるのであれば、絶対にすぐわかるはずなのだ。ガゼフの名前を田舎村であるカルネ村の村長が知っていたように。

 ガゼフ程度でそれだけ知名度があるのならば、かつての仲間やナザリックのNPC達がいれば、それこそ誰もが知る名前のはずだ。

 漆黒でさえ、この世界に来て1ヶ月程でエ・ランテルで知らぬものはいない。それどころか周辺都市にもその名は轟きつつある。それでもかつての仲間もナザリックも今まで噂すら聞こえてこない。

 

 だからこそ──アインズにとってもナーベラルに死なれることは避けたい。彼にとって、ナーベラルだけが最後の──仲間達やナザリックがあったんだという証なのだ。

 

 モモンは続けてナーベに言う。

 

 

「ナーベ、いやナーベラル。ナーベラルが俺を守りたいように、俺もナーベラルを守るためならば、盾となって死ぬことも厭わない。でもそんな事は望まないだろ?それは俺も同じ気持ちだ。俺はナーベラルに死んで欲しくない。だから──守って死ぬことはしないでくれ」

 

 

 消え入りそうな声でアインズはそう言った。

 ナーベラルは初めて、アインズの本心を聞き、その言葉はナーベラルに涙を溢れさせるには充分な言葉だった。

 ナーベラルはアインズの盾であり、彼を守る為であればそれこそ命を賭ける。しかし、アインズも同じようにナーベラルを守る為ならば命を賭けて守ると言う。それ程大切に思われ、喜ばないシモベがいるだろうか。

 

 

「はい…アインズ様…絶対に死なないとお約束致します──そしてアインズ様も私にお約束して下さい…何があっても必ず死なないと」

 

 

 ナーベラルは涙を流しながら、握られている手をゆっくり動かして、アインズの指を少しずつ開いていき、徐々に自分の指を絡めていく。

 アインズもそれに気が付き、指を絡め、お互いにゆっくりと手を握りしめる。そして強固に手を握った後、アインズは口を開く。

 

 

「ああ、約束しよう。俺は絶対にお前を残して死なない」

 

 

 ナーベラルは涙を流しながらではあるが、アインズに微笑み、頭を下げる。

 

 

「ありがとうございます、モモンガ様」

 

 

 その下げた頭にアインズは手を置き、本日2度目のナーベラルの頭を撫でるのだった。

 

 

 

「…某のこと完全に忘れてるでござる。」




半分近くが朝食というのは笑えますね。
飲み物は一口貰うか貰わないかすごく悩みました。どちらが良かったのか未だにわかりません。

次回『世界を滅ぼす魔樹』
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